久遠の一族



byドミ



第9章 二つの儀式



教会の鐘の音が、響き渡った。

同じ音の筈なのに、結婚式の時とは全く違う響きに聞こえるのは、どうしてだろう?


「毛利子爵家の蘭お嬢様が、厩にいる所を、子爵家に忍び込もうとした盗賊と鉢合わせて、撃たれちまったんだとよ」
「婚約者の、本堂伯爵令息の目の前で、だったそうな」
「新出先生が駆け付けた時には、もう、完全に事切れておられたとかで」
「来年の六月には、ご婚儀も決まっていたそうなのに」
「子爵夫妻は、いたく心落としだそうだよ……」
「うう、可哀想にねえ」
「憎むべき賊の行方は、結局見つかってないらしい」
「ああ、何て事だろう!」


今日は、賊の凶弾に倒れた毛利子爵令嬢の葬儀が、しめやかに営まれているのだった。
同情に満ちた声が、町中で聞こえて来た。

可憐な美しさで、身分の上下関係なく、誰にでも隔てなく優しい子爵令嬢は、多くの人から慕われていたのだ。


「蘭……らあん!」

いつも気丈に振る舞い、乱れた姿を見せた事のない、毛利英理子爵夫人が、棺に取りすがって泣き崩れる。
その傍らで、毛利小五郎子爵も、男泣きに泣いていた。

蘭の遺体の周りには、人々の手向けた花が沢山あった。
凶弾に倒れたというのに、蘭の死に顔はとても穏やかで、微笑んですらいた。

最期のお別れの後、棺の蓋が、閉められた。

そして。棺が運び出される段になった時、不意に人々を睡魔が襲い、皆、そこに倒れ込むようにして眠りに落ちていた。

教会の中に、一人の男が入って来て、棺の蓋を開け、蘭を抱きあげる。
そして、別の男が、空の棺の中に重しとなるものを詰め、蓋を元通りに閉めた。


「……じゃあ。後の事は、頼んだぞ」
「はい。任せて下さい」

新一が、蘭を抱えて去って行った後を、瑛祐は、切なそうに見詰め続けていた。



   ☆☆☆



蘭が目覚めたのは、光溢れる昼間だった。

人間だった蘭が、新一に純潔を捧げたベッドの上で。
ヴァンパイアとしての蘭は、目覚めた。

「蘭」

愛しい男性が、蘭の顔を覗き込んでいる。

「新一……」
「分かるね?お前が、オレ達の一族になった事……」
「ウン……」

蘭の気持ちは、心は、変化していない。
けれど、蘭の体は、確実に、変化していた。

ヴァンパイアの本能が目覚めた為に、状況は分かっていた。
新一の首筋に淀む生気が、今の蘭には見える。

新一が蘭の唇に指を当てた。

「目覚めたばかりで、唇が渇いている。オレの血を、お飲み」

蘭は、おずおずと躊躇いながら、新一の首筋に唇を当て、そこに淀んでいる新一の生気を、分けて貰った。
変化が終わったばかりで疲れている体に、生気が満ちて来る。

蘭は、少し離れて、新一を見上げた。
新一の優しい眼差しに、涙が溢れ出す。

ヴァンパイアになっても、涙は流せるようだ。
新一が泣いたところは見た事がなかったけれど、それは単に、新一が泣かないだけの事だったらしい。

「新一……わたし……」
「蘭。ずっと、一緒にいよう。もう、絶対、離さない」
「うん。約束だよ!」

蘭は、涙を溢れさせて、新一にしがみついた。
新一が蘭のおとがいに手を掛け、優しく上向かせると、唇を重ねて来る。

「蘭が、目覚めるまで、不安だった……」
「新一?」
「オレにも、初めての事だったからな。間に合ったのか、自信はなかった。それに……ごく稀に、血が合わず、変化しないまま死んでしまう者もあると言うし。もしも、お前が目覚めなかったらと思うと、生きた心地がしなかったよ」
「わたし、どの位眠ってたの?」
「丸三日。やや長目の方かな?」
「三日間。心配、掛けたわね」

新一は、優しく微笑んで、首を横に振る。
蘭は突然、表情を曇らせた。

「蘭?」
「瑛祐さん!わたしを殺したと思って、自分を責めてないかしら?もしそうなら、どうしよう……わたしの所為で!」
「……ヤツにだけは、お前が別存在になって生きて行く事を、伝えている。幸せになってくれって、言ってたよ」
「そう……彼が罪の意識を持ってないなら、良かったわ……新一、何で不機嫌そうな顔をしてるの?」
「いや、別に」

蘭は、首をかしげた。
蘭が他の男を気に掛けた為のヤキモチである事は、蘭には分かっていなかったのである。

新一は、蘭を強く抱きしめると、その服に手を掛けた。

「新一?」
「抱きたい。蘭」
「あ……」

新一の指と唇が蘭の体を辿って行く。
愛する男性に触れられる歓びは、人間であった頃と何ら変わる事はなかった。
蘭の両足が押し広げられ、中心部に新一の猛ったモノがあてられ、貫かれる。

「んああん!」
「蘭……蘭……!」

ヴァンパイアになった蘭だけれど、涙が出るように、人間の頃とは異なっていても、何らかの分泌物が出るものらしい。
粘着性のある水音が響き、新一のモノで中を突きあげられる感覚に、快楽の波が押し寄せて来る。

「あ……はあっ……しん……いちぃ……はあああん!」
「く……うっ……蘭っ!」

二人、同時に達した。

新一は、余韻を楽しむように、蘭の中に入ったまま、蘭の顔中に口付けの雨を降らせた。
そして、蘭の中から己を引き抜き。
上からのしかかった体制のまま、微笑んで蘭を見詰めた。

「蘭」
「なぁに?」
「今更だけど……オメーは、オレの妻だ」
「……うん……」

蘭の目から、また、涙が溢れ落ちる。

「本当に、今更だよ。わたしは、十七歳の誕生日に、新一の花嫁になったんでしょ?」
「……ああ。そうだな。そうだった……もう、一生、離さねえ。蘭」
「新一……」

人であっても、一生という言葉の持つ意味は重いけれど。
ヴァンパイアである二人にとって、一生とは、気の遠くなるような長い年月を指すのだ。


蘭の脳裏に、一瞬、両親の事が浮かぶ。

『ごめんなさい……お父様、お母様』

恋人と、親と。
どちらも大切で、選べるようなものでは、ない筈だけれど。
蘭は、新一を選んでしまった。

もう、きっと。
十年前に初めて新一に出会った時から、蘭は新一を選んでいたのだ。

「蘭。落ち着いたら、暫く、遠くに行こう」
「えっ?」
「この付近では、オメーの顔を見憶えている者が多いから。たとえあまり表を出歩かなくても、蘭がここにいるのは、危険だ」
「う、うん……」

蘭は頷きながらも、両親の事を考え、胸のどこかがチクリと痛んだ。



   ☆☆☆



新一と蘭が、米花の館を出発すると決めた、前の日。

「クール・ガイ、エンジェル、こんばんは〜」

突然、訪れて来た者があった。
ベルモットである。

「ベルモット!何しに来たっ!」
「ご挨拶ねえ。我ら一族の、新しい仲間を、歓迎する為に、決まっているでしょ」

蘭は、目を丸くして、美貌の訪問者を見詰めた。

「まあ、今回のような緊急事態の時は、仕方がないんだけどね。きちんとした儀式を開いて、仲間に迎えてあげるって事が出来なかったから。で、今からでも、歓迎の儀式をやっちゃおうかと」
「……そんなん、ありなのかよ?」
「前例がない訳じゃないわ。あなたのエンジェルが、一族の仲間としてきちんと受け入れられている方が、今後の為にも良いかと思うんだけど」

新一は、不承不承といった体で、頷いた。

ベルモットが、蘭に向き直り、にこりと笑う。

「初めまして、エンジェル。私はベルモット。一族の長老の一人として、あなたを歓迎するわ」
「え、エンジェル?」
「クール・ガイは、あなたにばかり目が向いていて、全く気付いていなかったようだけど。一族の間では、鉄の男・工藤新一の心を溶かした、清純可憐なエンジェルの噂でもちきりだったのよ」
「……皆、神への信仰なんか持ってないクセに、エンジェルという呼び名をつけるとは、悪趣味だな」
「ふふふ。皮肉っぽくて、良いでしょ?今夜、また改めて来るから、よろしくね。じゃあ」

そう言って、ベルモットは去って行った。


   ☆☆☆


最初の時以来、蘭は「まだ大丈夫」と言って、新一からも血を貰おうとしない。
おそらくは、蘭も新一のように、人から血や生気を貰いたくないのだ。
けれど、そろそろもたなくなる筈と踏んだ新一は、蘭の為に、庭の薔薇を切って来た。
赤い薔薇は、ヴァンパイア一族の糧となる生気を宿している事が分かっていたからだ。
蘭は、お礼を言いながら、薔薇を手に取った。
生気を奪われて、薔薇の花は朽ち果てて行く。
舞い落ちる枯れた花びらをどこか暗い目で見詰めながら、蘭が口を開いた。

「ねえ、新一」
「ん?何だ、蘭?」
「あの人だよね。新一の初めての相手って」

蘭の言う「あの人」が誰を指すかは明白で。
新一は、それこそ、飛び上がらんばかりになった。
蘭は、瑛祐の気持ちにも気付いていなかったようだし、結構、恋愛で鈍い面があると思っていたけれど。
どうして、新一の「女関係」にだけは、こうも鋭いのだろう?

「だ、だからっ!昔の事で!オレは別に、あの女の事、何とも思っちゃいないし、アイツだって……!」
「新一。別に、責めてるんじゃないし、疑ってるのでも、ないの。ただ……わたし、自分の気持ちの事しか、考えてなかったけど……新一の隣にいる資格はなかったんじゃないかって……」
「な!何で、んな事、考えるんだよ!?」
「わたしは……一人ぼっちの新一の癒しになりたいなんて、勝手に自惚れてたけど。新一にはちゃんと仲間がいるし……」
「……蘭……?」
「……ヴァンパイアになった今、分かる事だけど。新一、あの時、撃たれても死んでないよね?」
「……!」
「わたし……無意味な事、したんだなって……新一を守りたいって、死なせたくないって、思ってたけど……何の意味もない、一人相撲、空回りだったんだなって……新一に迷惑を掛けただけで、重荷を背負わせただけで、わたし……」

新一は、涙ぐむ蘭を、強く強く抱きしめた。

「オメーがあの瞬間、他の何も考えず。ただただ、オレを守ろうとだけ考えて飛び出した、それは分かってる。分かってるから……」
「でも、新一……!」
「自分を責めるな。悪いのは、オレだ。お前の気持ちを、お前の覚悟を、分かっていなかった……」

蘭は、新一の背中に手を回して、嗚咽を漏らした。

「オレは……ずっと、オメーを連れて行きたかった!オメーの幸福を考えているなんて、言い訳で!本当は……いつかオメーが、ヴァンパイアになった事を後悔したとしたら、取り返しがつかねえと……それが怖くて、仕方がなかった……だから……覚悟を決める事が、出来なかった」
「新一……?」
「オメーが銃弾に身をさらしたあの瞬間。オレの世界は真っ暗になった。心臓を抉られるとは、まさしく、あの感覚だと思う。あの、身を千切られるような絶望は、とても……言い表せねえよ……蘭……」
「新一……」
「オレにはあの時、お前を喪わない為に、仲間にする以外、何も考えられなかった。もう二度と、オレにあんな思いをさせないでくれ……頼むから……」
「うん……新一……ごめんなさい……」

新一が、蘭の唇に唇を重ね。
そのまま、いつもの流れで服に手を掛けようとすると。

わざとらしく、咳払いの声が聞こえた。
ヴァンパイアの場合、わざわざ演技しないと出来ない、咳払い。
それが誰かは、分かっている。

「ベルモット、オメー……!」
「あの。そりゃ、お取り込み中、邪魔をしたくないのは、山々だけど。今夜、儀式をやるって言ってた筈よね」

気がつけば、外は、夜の帳がおりている。
ヴァンパイアに変化した蘭の目には、夜の暗さも感じなかったけれど。


「儀式そのものは、下の広間で行うとして。クール・ガイ、あなた、お隣の部屋で、この衣装に着替えて来て」
「は?」

衣装を押し付けられて、新一は目が点になる。
今迄、一族の「儀式」で、改まって衣装まで換えた例は、聞いた事がない。

「エンジェルは、この部屋で、私が着付けてあげるから。男はさっさと、出てった出てった」

そう言って、ベルモットは、新一を部屋から追い出した。

「あ、あの……ベルモットさん?」
「今夜、エンジェルには、私がお化粧をしてあげるわ。でも、折角だから、仕上げは鏡に自分の姿を映して見た方が良いわよ。……と言っても、私達の一族の場合、念を込めないと、鏡に映らないけどね」
「ええっ?」
「さあ、まずは、この衣装に着替えてね」
「え……こ、これって……この衣装って……まさか……?」

それは高価そうな、見事な衣装だったが、蘭が驚いたのはそれだけではなかった。

「クール・ガイの母親・有希子が、昔、着た衣装よ、それ。ま、百年以上前のモノだから、箪笥から出して手入れをして置いたけどね」
「そ、そんな大事なもの……!」
「あら。そのままだったら朽ち果てるだけなんだから、クール・ガイの役に立てた方が、有希子も喜ぶと思うわよ」

話しながらベルモットは、手際良く蘭に衣装をつけて行く。
そして、椅子に腰かけさせ、衣装が汚れないようにケープを掛けて、髪を結い、化粧を施す。

「……蘭ちゃん」
「は、はい!?」
「あの子は……クール・ガイは、私が仲間に加えたの」
「……多分、そうだろうと思ってました」
「あの子は知らないけれど、あの子が幼い頃に初めて見かけてね。興味を持って、私はずっと、あの子を追っていた」
「好き……なんですね?新一の事……」

蘭は、胸が苦しくなるのを覚えながら、言った。
新一が幼い蘭と出会ってずっと想っていてくれたように、この美貌の女性は、新一が幼い頃に出会って、ずっと想いを寄せていたのだろうか?
蘭の思いを知ってか知らずか、ベルモットは、「あはは」と笑った。

「ええ。可愛くて、大好きよ。でも、あなたが心配するような事ではないから」
「え……あの……」
「まあ何というか、感覚的には、息子に近いものがあるわね」
「で、でも!」

息子とは寝ないでしょうという言葉を、蘭は飲み込んだ。

「さて。鏡で、仕上がりを確認しましょうか?」

ベルモットが、大きな姿見を、蘭の前に運んで来た。
蘭は驚く。そこには、ベルモットの姿しか映っていなかったのだ。

「蘭ちゃん。鏡に姿を映そうと、念じてみて?この先、人間に混じって生活する時には、必要になる事だから」

蘭は、必死で念じる。
ようやく自分の姿が映った時は、ホッとした。
人であれば、何も考えなくても、鏡に姿が映るのは当たり前だったけれど。
ヴァンパイアになった今は、意識しないと映らない。

鏡の中で、美しい装いになった蘭。
しかし、その後ろに、美貌のベルモットが映っていて、蘭は落ち込んでしまう。

「エンジェル。すっごく綺麗よ……」
「あ、ありがとうございます」
「表情が暗いわね。何が気にかかっているの?」
「え?あの……」
「ん?」
「ベルモットさんは……新一の……恋人だったのでは、ないんですか?」

鏡の中のベルモットは、目を丸くした後、ふっと微笑んだ。

「私は確かに、あの子の最初のお相手だけど」

予想していたとはいえ、ベルモットの答に、蘭は胸が苦しくなった。
新一を疑っている訳ではなくても、このような美貌の女性と関係を持って、新一が少しでも心揺らがなかったなんて事が、あるのだろうか?

「でも。私達の関係は、そのようなものではないのよ。私はあの子を気に入っていたけど、恋をした訳じゃない。それに……私の相手は、その時々で入れ替わっても、いつも複数いるのだし」
「えっ!?」
「私達一族にも、同族や人間を愛する気持ちは、あるわ。たまに、決まったパートナー以外と関係を持たない者も、いる。でも、子供が出来ない所為もあるのか、性的に奔放な者の方が、ずっと多いし。若い異性の人間と、体を重ねながら血を貰う……糧を得るのと同時に快楽を追及する事も、多いのよね」
「……」

ヴァンパイアの本能に目覚めた蘭は、そのような面があるという事を、頭では理解した。
今も、蘭は、新一以外の男性に触れられるのを厭う気持ちがあるけれど。
ベルモットにとって、新一がただ一人の男性ではなかった事は、何となく分かった。

「だからまあ、人間だったあの子と最初に関係を持った時って、あの子を操って、お食事と快楽とを同時に頂いたのよね」


『オレ達の一族には、人を操る力がある』

蘭は、新一が言った事を、思い出していた。
新一は、「自分の意志ではなかった」とだけで、それ以上の事はハッキリ言わなかったけれど。
普通の人間が、ヴァンパイアの力に逆らえる筈もないのだ。
ベルモットに操られていたのなら、無理もない。

「……仕方ないわね。これは、私のプライドが許さないから、他の者には、絶対内緒よ。エンジェルにだけ、特別に話してあげるのだけれど」
「えっ?」
「あの子を仲間に加えた後も、私は時々あの子をベッドに誘っていた。さすがに、仲間になった後は、操られてって事はなかったんだけどね……あの子ったら、マグロだったのよ!」
「ま……マグロ?」

蘭は、意味が分からず、目を白黒させた。

「自分からは、全く動かないの!やるなら勝手にやれば?って態度で、服を脱ぐのすら面倒がる、私の肌に触れようともしない、挿入すら自分から行こうとしない、もう全く、お人形!」
「え……ええっ!?」

新一が蘭を抱く時は、いつも蘭の全身に手で唇で触れ蘭の快感を高め、蘭の中に入った後は激しく突き上げ、貪るように情熱的に求めて来るのに。
されるがままのお人形状態の新一なんて、全く想像もつかなかった。

「こーんな美女が、あの手この手でサービスしてるのによ!醒めた目で醒めた態度で、いっつも上げ膳据え膳、殿様状態。まったく失礼だと思わない?」
「え……ええっと……」

蘭は、目を点にして瞬いた後。
やがて、笑い出してしまった。
蘭の中に、少しは残っていた、嫉妬や劣等感が、綺麗に拭い去られて行く。

「ベルモットさん。ありがとうございます。でも、あなたは何故、そこまで、わたし達に良くして下さるんですか?」
「私にとって、クール・ガイとエンジェルが、大切な存在だからよ」
「えっ?」

蘭は、目を見張った。

「あの子は、とても輝いていた。私は、その輝きに惹かれて欲しいと思った。だから、仲間にした。でも、仲間になった途端に、あの子の輝きはすっかり失われてしまったの。一族に加わった者は、人間だった頃の未練やこだわりは消えるのが普通なのに、あの子はそうならなかった。だから私は……ずっと、あの子の事が、気がかりだった」
「……」
「十年前、久し振りに会ったクール・ガイが、目に生気を宿しているのを見て、驚いたわ。見違えるように、輝きが戻って来た。どうしてだろうと不思議だったけど……あなたの存在を知って、納得した」
「ベルモットさん?」
「殆ど生ける屍も同然だったクール・ガイに、生きる喜びをもたらしてくれたのは、エンジェル、あなたなの。だから……私はやっと、胸のつかえが取れる。あの子を、宜しくね」
「はい……!」
「さあ。広間では、クール・ガイがイライラして待っているでしょう。行くわよ」


蘭が、二階の回廊に姿を現すと。
先に一階の広間にいた新一が、顔をあげて、蘭の姿を見、目を見開いた。

ゆるい螺旋状になっている階段を、蘭はドレスの裾を引きながら、ゆっくりと降りて行く。
純白のドレス、胸には新一からの誕生日プレゼントであるエメラルドのペンダント、結った髪には白いバラを飾り、ヴェールが長く後ろに垂れていた。

花嫁衣裳である。
迎える新一も、正装……花婿の恰好をしていた。

「蘭……」
「新一……」

二人はお互い、言葉もなく見惚れ合う。

集まった一族の間から、好意的な賞賛のざわめきが、あがった。
二人の前に、司祭のような格好をした男が進みでる。

「我ら久遠の一族の男、工藤新一よ」
「は……はい」
「そなたは、この毛利蘭を妻とし、時を超えて永遠に、愛し守り慈しみ続ける事を誓うか?」
「……誓います!」
「我ら久遠の一族の娘、毛利蘭よ」
「……はい」
「そなたは、この工藤新一を夫とし、時を超えて永遠に、愛し傍に寄り添い続ける事を誓うか?」
「誓います!」
「よろしい……ここで、二人は、一族の祝福を受け、正式な夫婦となった」

その場に拍手が沸き起こる。
新一と蘭は、集まった一族達の前で、誓いのキスを交わした。




第10章に続く



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