久遠の一族
byドミ
第5章 刹那の関係
誰もいないと思っていたのに。
気配もなく、彼は室内に立っていた。
「いつから、そこに?」
「オレは、いつでもオメーの傍にいるよ」
「ウソっ!」
「本当だ。十年間、オレはずっと、お前を見守って来た」
「じゃあ……何で、会いに来てくれなかったの?わたし、ずっと待ってたのに!」
蘭は、涙声になる。
「会えば、歯止めが利かなくなっから」
「えっ?」
「オレ達の一族は、人を操る力がある。お前がまだ幼くて、自分で判断する力もない内に、会ってしまえば、オレは……力を奮って、お前を我がものにしてしまったかも、しれない」
新一の悲しそうな表情に、蘭は胸が詰まる。
「だから。オメーが自分の意思でオレのところに来るまで、待っていた」
「新一……」
新一が、近付いてきた。
そして、蘭の目の前で止まる。
「……今日は、いつもより、お洒落をしているんだな」
「だって、わたしの誕生祝いの晩餐会だもの、仕方ないじゃない!ど、どうせ……馬子にも衣装って、言いたいんでしょ!」
「そんな事は、言わねえ。よく、似合ってる」
笑って言う新一に。
見た目は同じ位の歳に見えるが、実態はうんと年上なのだと、蘭は感じる。
「けど。オメーは、何もまとってないのが、一番綺麗だよ」
「えっ……?」
蘭は一瞬考え、意味が分かると、かっと赤くなった。
新一が手を伸ばし、蘭を抱き寄せると、その服に手をかけた。
そして、蘭の耳元で囁く。
「オメーの一番綺麗な姿を、見せてくれ」
「あ……」
今日の日の為にあつらえたドレスは、床に滑り落ち。
下着も全て、取り払われて行く。
「こんなもの付けて締めつけなくても、オメーの体はこんなに綺麗なのに……」
コルセットを外す時、新一は言った。
蘭はベッドに横たえられ、手早く自分の服を脱ぎ捨てた新一が、その上にのしかかる。
「蘭。お前のこの姿……他の誰にも、見せたくない」
「あ……んんっ……」
新一のひんやりした手が、蘭の体を滑って行く。
知り始めたばかりの快感が、蘭の体を電流のように走り、ピクピクと動く。
新一の両手が、蘭の胸の双丘を包み込んで、やんわりと揉みしだいた。
すると、蘭の胸にある二つの果実が、その存在を誇示し始める。
その一つが、新一の口に含まれた。
「んあああん!」
蘭が背中を反らせて、声をあげた。
「……お前は、ただの人間の女なのに……女は魔物とは、よくも言ったものだ……」
「え……?新一……?あんっ!」
「普段は天使の清浄さを持つお前が、オレの腕の中で、どんなに妖艶になるか、お前は知らないだろう?」
「あ……はああん!」
「ヴァンパイア一族である、このオレを……オメーは狂わせる……」
新一の切なげな声。
蘭は、意味をなさない嬌声をあげながら、新一はやはりヴァンパイアだったのかと、頭の片隅で考えていた。
ヴァンパイアと情を交わした事に対して、蘭は全く後悔も嫌悪感もなかった。
純潔を捧げる相手は、新一以外考えられなかった。
もしも新一が蘭の血を欲するなら、最後の一滴まで捧げても良いとすら、思う。
新一の愛撫に、蘭の中心部から、とろとろと溢れだすものがある。
そして、新一は蘭の両足を抱え上げ、蘭の中心部を穿った。
「んあ……んうんっ!」
昼間、初めて新一を受け入れた時程の痛みは感じなかったが。その質量感に、一瞬息がつまりそうになる。
新一が激しく動き、粘着性のある水音と体のぶつかる音が、響く。
内部をこすられて、蘭の体を信じられない程の快感の波が襲った。
「あ……や……ああん……んあんあん……」
「蘭……蘭……っ!」
「あ……んああっ……はああああっ!」
蘭は初めて絶頂に達し、新一の背中に爪を立てた。
と同時に、新一の動きが止まる。
「蘭……」
新一は、蘭を一瞬きゅっと抱きしめると。
蘭の中から、己を引き抜いた。
そして、蘭の隣に横たわり、蘭を抱き寄せた。
新一が蘭を見詰める眼差しがとても優しくて、蘭はドキリとする。
蘭の額に張り付いている前髪を、新一が優しくはらい、額に新一の優しい口付けが降りた。
次いで、瞼に、頬に、そして唇に、触れるだけの口付けが降りてくる。
蘭は、今この瞬間、幸せだと思った。
けれど、心のどこかで、ヴァンパイアとの恋に未来がない事にも、気付いていた。
「このまま、時が止まってしまえば良いのに……」
蘭が思わず呟いた言葉は、新一の胸を抉るものだったのだが。
新一は一瞬目を伏せただけで、表情を変えなかったので、蘭は気付かなかった。
「ああ。そうだな。このまま時が止まれば、オメーはずっと……」
「新一?」
「……夜明けまでは、間がある。少し眠れ」
「ウン……」
蘭は、新一に寄り添ったまま、ウトウトとまどろみ始めた。
☆☆☆
目覚めた時は、すっかり辺りは明るく。
裸だった筈の蘭は、下着を身につけているし、いつの間にか夜具が体にかかっているし、隣には誰もいないしで、あやうく、昨夜の事は夢だったのかと思いかけたのだが。
気付くと、蘭の首にはいつの間にか、蘭が見た事のない緑の石のペンダントがかかっており。
小机の上には、メモがあった。
『言い忘れていたが、誕生日おめでとう。プレゼントは何が良いか迷ったが、蘭の誕生石のペンダントにした。また来る。新一』
嬉しくて、胸が詰まる。
蘭は、ギュッとペンダントを握りしめた。
蘭は身支度を整えて、食堂へと向かった。
母親の英理は、眠そうな様子で、お茶を飲んでいた。
昨夜は夜更けまで会は続いていた筈。
英理は殆ど寝ていないかもしれない。
「おはようございます、お母様」
「ああ、蘭、おはよう。具合はもう良いの?」
「御心配をおかけしました。お陰さまで、今朝は大丈夫です」
メイドが、蘭の為にお茶を運んでくる。
英理の目が、ふと細くなった。
「蘭?それ、どうしたの?素晴らしいエメラルドのようだけど」
「あ、こ、これは……頂いたんです、誕生日のプレゼントに」
「あら。伯爵令息は、そこまで気が利く方のように見受けなかったけど、意外だわね。多分それ、かなり値打ちものよ。まあ、本堂伯爵は、その程度の宝石位いくらでも揃えられる財力があるらしいけど」
「……」
蘭は、母親の勘違いを良い事に、黙っていた。
ヴァンパイアである新一は、様々な超常能力を持っているようだが、さすがに魔法は使えないだろう。
一々人を襲って財を得ているようではないし、一体どうやって、このような高価なものを手に入れたのだろうと、考え込んでしまった。
☆☆☆
夜の帳が下りる頃。
毛利邸の二階の窓から、ひっそりと中に入る姿があった。
そして、中から出迎えて、駆け寄る者がある。
「新一」
「蘭」
二人は、熱い抱擁を交わし合う。
「あの。ペンダント、ありがとう」
「喜んでもらえたなら、良かった」
「でも。これって一体、どうしたの?」
「ああ。母さんの形見だ」
「えっ!?」
蘭は、目を見開いた。
「そんな大切なものを……」
「心配すんな。形見はまだ沢山あるし、蘭が身につけてくれるのなら、オレも嬉しい。きっと、母さんも喜んでくれる」
「新一……」
ヴァンパイアの新一にも、親があったのかと、蘭は不思議な気持ちになっていた。
新一が蘭のあごに手をかけ、上に向ける。
そして、唇が重ねられ、舌が絡められた。
「ん……」
新一が慣れた手つきで蘭の衣服を取り去って行く。
そして、蘭はベッドに横たえられた。
「すげえ、綺麗だ……蘭……」
新一が、蘭の体に手を這わせ、うっとりとしたように言った。
「あ……ん……だ、だって……もっと綺麗な人、いっぱいいるのに……」
「そんな事はない。オメーは世界一、綺麗だ。蘭」
思考力が飛んだ頭の片隅で、何かが引っかかってはじけ。
蘭は、新一を押しのけて、叫んだ。
「嫌っ!!」
「蘭!?」
「他の女の人を触った手で、触らないでっ!」
蘭は眼に涙を溜め、シーツを手繰り寄せ自身の体を覆って、叫んだ。
新一は、蘭が初めての相手では、ない。
「蘭が一番綺麗」という言葉に、他の女性と比較されている、新一は過去、他の女性を抱いた事があったという事が、蘭には分かってしまった。
考えてみれば、当然の事かもしれない。
男性は年頃になったらその手の経験を積んでいるのが当たり前であり、新一にとって蘭が初めての女という事は、まず有り得ない事だったのだ。
それでも、頭では理解出来ても、感情は納得出来なかった。
新一に決まった妻が居て、蘭は一夜限りの花嫁でも構わないと、思っていた筈なのに。
今、新一には、他の女性がいたと知って、蘭は大きなショックを受けていた。
「蘭!」
「いや……嫌っ!!」
新一がシーツごと抱きしめようとして来るが、蘭は身をよじって抗う。
「オメーだけだ、オレが求めた女は、蘭、お前だけだ!」
「いやあっ!」
「オメーと出会う前の事だ、許せ!」
新一の必死な訴えに、蘭の抵抗が止まった。
顔を背けていた蘭が、新一の方を見ると、新一が真剣な眼差しで蘭を見ていた。
蘭は、シーツを体に巻きつけたまま、起き上がり、新一と向かい合った。
「わたしと……出会う前?」
「ああ」
「だって、新一がわたしと出会ったのって……」
「十年前のあの日以来、他の女には、誓って指一本、触れていない」
「……」
「昔だって、オレから望んでそうなった事はない。オレが望んだ女は、欲しいと思った女は、お前だけだ。いつか、お前に出会えると、分かっていたら、間違いなく、童貞のまま、お前が生まれるのを待ってた」
「な、何よ、それ……」
蘭は、思わず笑い出してしまった。
新一がどの位生きているのかは知らないが。蘭が生まれるずっと前から、今の姿のまま、存在していた事は分かっていた。
蘭と出会う前の長い年月を、新一が全く女気なしで過ごしたとしたら、そちらの方が、よほど不自然であろう。
蘭がまだほんの子供だった十年前から、いつか蘭が新一の花嫁になるという約束を信じ、蘭に操を立ててくれていたのなら。
それ以上に、一体何を望む事が、あるだろう?
「……ごめんなさい。昔の事は、責められないよね……」
「ごめん。蘭。本当に、今は、そしてこれからは、オメーだけ……蘭ただ一人だけ、だから……」
「これからって……」
「蘭が年老いて、オレを置いて逝ってしまっても。オレは決して、他の女には、指一本触れない」
蘭は、思わず息を呑んだ。
幼い頃、ずっと大人だと思った新一に、今、蘭は追いついている。
そしてこれからは、新一を置いて、蘭は歳を取って行く。
新一が、哀しみを秘めた眼差しで、蘭を見詰めて、言った。
「……この先、お前が、他の男のものになっても。オレは、永遠に……未来永劫、お前だけのものだ」
「な、何でっ!?わたしが、他の男のものにって……!昨日、誰にも渡さないって、言ってくれたのに……!」
「誰にも、渡したくはない。だけど、蘭は……毛利子爵令嬢として、いずれ、誰かに嫁ぐだろう?」
「そ、それは……でも!」
新一は、悲しげに微笑むと、蘭の両頬に手を当て、唇を重ねて来た。
シーツが取り払われる。
蘭は、抗わなかった。
「ん……あ……新一……」
「蘭。愛している……」
「えっ?」
「愛しているよ、蘭」
新一の、哀しみが籠った告白に、蘭の目から涙が零れ落ちた。
「新一……新一……」
「蘭。蘭。オレの……蘭……」
蘭も、新一を愛していると言いたくて。
でも、言葉には出せなかった。
蘭には、両親がいる。
子爵令嬢という立場もある。
蘭は、それらを振り棄てて、新一と二人だけで生きて行く事など、出来ない。
父と母を裏切る事など、出来なかった。
そして新一には、それが分かっているのだ。
それでも蘭は、新一に出会わなければ良かったとは、思わなかった。
抱かれた事を、純潔を捧げた事を、後悔する気はなかった。
たとえ刹那の関係に終わるとしても、出会えた事が、愛し合えた事が、幸せだと思っていた。
『このまま、時が止まれば良いのに……』
新一の腕の中で、蘭は今、真剣にそう思っていた。
☆☆☆
それから、毎晩。
夜の帳が下りる頃、新一が蘭の部屋を訪れ、蘭を抱き。
そして、夜が明ける前に、どこへともなく去るという、夜が続いた。
あれ以来、二人の間で、深い話が交わされる事はなく。
ただ、貪るようにお互いを求める時を、重ねていた。
そして、蘭は、変化していた。
新一の腕の中以外では、天使のあどけない清純さを保っていたが。
固く閉じていた蕾がほころぶように、肌にも表情にも眼差しにも、色香と艶が加わって行った。
舞踏会などで正装した蘭が現れると、その場の注目を一身に集めるようになっていた。
とは言え、新一以外眼中にない蘭は、周囲の耳目に、全く気付く事もなかったのであるが。
本堂瑛祐を含め、多くの男達が、蘭の姿に思わずごくりと喉を鳴らし、頭の中で蘭の服を脱がせて凌辱していた。
いつも、近くから蘭を見詰め続けている新一は、男達がどんな目で蘭を見ているか、よく分かっていた。
舞踏会があった次の夜などは、新一は憑かれたように激しく蘭を求めた。
「あ……新一……ちょっと待って……」
「待てない。蘭」
「や……そんな……ああっ!」
「オメーが……あんまり魅力的なのが、悪い」
「ンン……はあ……やああん!」
「叶う事なら……オメーをずっと……オレの腕に、閉じ込めて置きたい」
その時の蘭には、新一の目に浮かぶ狂おしい光の意味が、分かっていなかった。
それに、新一に激しく求められるのは、嫌ではなく、むしろ嬉しかったから。
蘭は新一の葛藤に気付いていなかった。
いや、気付こうとしていなかった。
☆☆☆
「ねえ、ちょっと、リディ。聞きたい事があるのだけれど」
ある日、蘭付きのメイド・リディが、毛利子爵夫人・英理に呼ばれた。
「ハイ、何でしょう、奥方様?」
「リディ。まさかと思うけれど。蘭はもしや、もう『女』になっているのではなくて?」
「まさか……!」
リディが息を呑む。
確かに、最近の蘭お嬢様は、雰囲気が変わったとは思う。
以前と確かに違う、匂い立つものがある。
しかし。
「さすがに、外においでの時の事は、わかりかねますけれど。夜はいつも、早くから自室でお休みになっていらっしゃいます」
「そうよねえ。舞踏会とか晩餐会で出かけた時に、どちらかの殿方とそのような事になった風もないし。館に仕える者でそのような不埒な真似をする者は有り得ないだろうし……」
「それは、絶対にありませんわ。朝目覚めたときの蘭様は、いつも、きちんと寝巻を着ていらっしゃいますし」
まさか、人ならぬ存在が、毎晩、蘭の部屋に忍び込んで、抱いているなどとは、さすがに、英理にもリディにも想像の外だった。
男女共に、婚姻外での遊びはあるが、やはりこの時代、女性の方が貞操を求められる。
純潔でなくなった娘でも、黙って嫁に迎えるのは、経済的に困窮している者が持参金を目当てにしている場合か、格が上の娘を貰い受ける場合だ。
「結婚した後なら、まだしも。いくら、家同士の結婚とは言え、格が上の家に嫁ぐのに、既に生娘ではなくなっているというのは、さすがに問題になりかねないのよね」
「お嬢様が変化なさったのは、お誕生日の晩餐会からですから、あの時お会いになった伯爵令息を、にくからず思い始められたからでは?」
「そうだと良いけど……うん、きっと、そうね……」
英理は、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
幸いにも、本堂瑛祐は、蘭の事を非常に気に入った旨、連絡があっていた。
本堂瑛祐伯爵令息と、毛利蘭子爵令嬢との縁談が、順調に進められていたのである。
第6章に続く
戻る時はブラウザの「戻る」で。