久遠の一族



byドミ



第11章 未来へ



時は移り過ぎ。
二十一世紀を間近に控えた、帝丹国の首都・帝丹市。

そこで、新一と蘭は暮らしていた。

一族は、人間社会に混じって生きて行くに当たり、必要な金銭を得る為に、事業を行ったり一族のネットワークを使って適切な貿易をしたりと、様々な方法を使っているが。
ここ最近百年程は、株式投信や先物取引などで、簡単に富を得られるようになった。

一族は、若干の先読み能力がある事が多いので、株式についての知識が全くなくても、株価の上がり下がりを予測出来るのである。
ただし、巨万の富を得る事が目的ではないので、悪目立ちしない程度に行っている。

新一も、自身や蘭の両親が残してくれた財産を元にして、二人の生活や一族の使命に困らない程度の収益を上げていた。

「遠くに移動するにも、自動車とか、超高速の列車とか、飛行機とか……情報処理するコンピューター、映像や音声も記録再現出来る……便利な世の中になったもんだ」
「さすがに、ヴァンパイアのわたし達も、超特急や飛行機の速さには、敵わないものね」
「便利な反面、オレ達には困る事もある。国を移動する時なんかは、パスポートの偽造が必須だし。まともな個人情報がねえ分、不動産の取得や口座開設にも、支障をきたすし」
「……そこら辺は、役所に勤める人間を操って、コンピューターの情報を適宜書き変えて、対応しているんですって?」
「ああ。人口が増えた分、我らの一族には、やり易い面もあるけど。そういう大変さもあるよな」

いつもは、どこに住むにも、「十八歳同士の若い夫婦」という事にしている二人だが。
今回は、帝丹ハイスクールに生徒として入り込む為に、現在十六歳の従兄妹同士という設定にしてあった。

「ったく。オレ達は、れっきとした夫婦だっていうのによ」

ブツブツ言う新一に、蘭はくすりと笑う。

「でも、今回は、少し長丁場で。大学進学もしないといけないんだから、最初はやっぱり若く設定しないと、無理があるでしょ?」
「まあなー。けど……他の男子生徒が、ぜってー、オメーにコナかけて来るだろうと思うと……」
「心配要らないわよ、新一。人間の男の子に、わたしをどうこう出来る筈、ないもん」

実際、男性に無理に迫って来られようが、今の蘭には、人間にはない身体能力がある上に、一瞬の内に相手を気絶させる事が出来るので、危険な事はまず有り得ない。
蘭は、新一こそ、きっともてるだろうにと、内心で思っていた。

新一は、フェミニストで優しい。
だから、女性を勘違いさせてしまう面が、ある。

蘭は、それが不満な訳ではない。
けれど、罪作りだなと思っていた。

実はそういった面でも「似た者夫婦」であるのだが、蘭に自覚はなかった。


二人の目的は、帝丹大学に進学し、ヴァンパイアの研究を行っている白鳥任三郎教授を見張る事。
そして、出来れば、研究成果を一族に持ち帰る事であった。

人間に狩られる事を恐れる一族は、それに繋がるような研究を、場合によっては阻止する必要があるし。
また、自分達自身の事をよりよく知る為に、人間の研究成果も知識として取り入れたいという面も、あった。

そこで白羽の矢が立ったのが、十七歳で時が止まっている上に、人を狩る必要が殆どない、新一と蘭の二人だったのである。

久遠の一族では、その能力がある者が、自身の判断に置いて、気に入った相手を一族に迎える事は、止められていない。
新一は問題なく、人一人を仲間に加える事が出来るし。
新一から仲間に加えられた蘭は、真祖から数えて三世代目、新一より血は薄いものの、人を仲間に加える事は、充分可能であると見なされている。
ただ、新一は、蘭以外の人間を仲間に加えた事がないし、蘭の場合は、やってみた事すら、ない。
二人とも、多少気に入った人間が出来たとしても、その人生から切り離してまで連れて行こうと思う事は、なかったからだ。

「ほんの二十年ほど前に一族に加わった、京極真ってヤツが、オレ達と前後して、スポーツインストラクターとして学校にやって来るらしい」
「ふうん」
「元々、すごい格闘家だったとかで。一族に加わって、何の努力もせずに、人間だった頃よりずっとすごい能力を得た事で、落ち込んでいじけているとかいう話だったぜ」
「そっかー。それは、可哀想ねえ。何とか、生き甲斐を見出してくれたら、良いのだけれど」

そういう会話を交わしながら、二人は制服に身を包み、家を出た。
帝丹ハイスクールの制服は、青いブレザーの上下、男女共にネクタイという恰好である。


   ☆☆☆


帝丹ハイスクールでは、新一と蘭が転入する予定の、二‐Bのクラスで、女子達がお喋りをしていた。

「ねえねえ、園子。今日、うちのクラスに、転校生が来るらしいよ」

園子と呼ばれたのは、鈴木園子。
茶髪ボブの前髪をあげ、カチューシャで留めている、やや吊り目がちの美少女である。

「へえ。男、女?」
「それが、従兄妹同士だっていう、男女二人組ですってさ」
「そっかー。イイ男だと良いなあ」
「もう!園子ったら、そればっか!」
「何でよ?貴重な青春、恋しなくちゃ、勿体ないじゃない!今の十七歳という時期は、二度と戻って来ないのよ!」

見た目は決して悪くない上にアクティブである割に、今のところ決して、男運が良いとは言えない園子が、腰に手を当てて啖呵を切った。

やがて本鈴が鳴り、皆が着席したところで、噂の転校生が現れて、挨拶をした。

「初めまして。工藤新一です」
「毛利蘭です。よろしくお願いします」

美男美女の登場に、教室内にどよめきが走る。

「すっごいイケメンじゃない、園子!」

クラスメートの囁きに、園子は溜息をついて手を広げた。

「わたしは、パス」
「ええっ!?何で!?」
「あの位イイ男なら、園子だったら、絶対目をつけると思ったのに」
「まあ、ライバル少ない方が助かるけど」
「ライバル?あんねー……見てて分かるでしょ?あの二人、出来てるわよ。完全、夫婦の風格じゃん」
「え……?でも、従兄妹同士だって話だけど?」
「従兄妹同士でも、結婚は出来るでしょ?わたし、無理はしない主義なの。降りるわ」

園子の言葉に、女子達は顔を見合わせる。園子以外の女子達は、「親戚だから親しいだけだろう」という希望的観測を、捨てられなかった。

「あ……でも、『妻』の方とは、仲良くなれそうかな?」

園子は今回むしろ、初対面の蘭の方に興味を持ったのであった。


授業が終わり、休憩時間になると。
蘭の周りに、男子達が寄ってこようとする機先を制して、園子が蘭の所まで行った。

「こんにちは、毛利さん。学園の中、案内してあげるね。でもまあ、まずは食堂に行ってランチからかな?」
「こ、こんにちは……あの……」
「わたしは、鈴木園子っていうの」
「鈴木さん?」
「園子で良いわ。わたしも、蘭って呼ぶし」
「そ、園子?」
「じゃ、行きましょ」

蘭は、新一の方に伺うような視線を寄越し、新一が優しく笑って頷いた。
蘭は園子について歩き始める。

「……へえ。ホント、夫婦してんだね、あんた達」
「え?ええっ?な、何で!?」
「蘭は、顔に出易いし。工藤君の方は、ずっと、とろける様な眼差しで、蘭を見てるしね。あ、そこが体育館。で、食堂はあっち。ランチは安くて美味しくて、お勧めよ」
「あ、ありがとう……」
「でさ。工藤君と蘭って、従兄妹同士って事だけど、まあ、恋人同士なんだよね?」
「ええっと。許婚(いいなずけ)なの……親同士が決めてて、十八歳になったら、正式に結婚する事になってて……」

蘭は、今回の設定をよどみなく話す。
一方的に想いを寄せられてそれがこじれると、新一と蘭が不愉快な思いをするだけでなく、悪目立ちしかねないからだ。

「へえ。でも、お互いに異存はない訳でしょ?」
「うん。ずっと昔から、他の人は目に入らなかったしね」

そういった会話をしながら、二人は食堂に入って行った。

蘭は、食事は不要だけれど、人間との付き合いで食べ物を口にする事は出来る。
それぞれ、トレーに好きな食品を乗せ、会計を済ませて、座席についた。

「蘭、たったそれだけ?ダイエットでもしてるの?」
「え、ええ、まあ……」
「どこをダイエットする必要があるのよ!?理想的な体型じゃない」

蘭は、笑って誤魔化す。
同じ年頃の女の子と食事をする機会は滅多になく、どの位が「適正な量」なのか、蘭にも既に分からなくなっているのだ。

一族に加わると、それから体型が変わる事はない。
だから、予定調和的に一族に加わったある女性などは、儀式の前に必死でダイエットをやったという笑い話も、あったりする。

新一は、服を着たら細身だが、程良く筋肉がついていて、引き締まった良い体をしている。
人間だった頃、それなりに体を鍛えていたのだろうと、蘭は思う。
ヴァンパイアになると、ついている筋肉の量と、運動能力の間に、全く相関関係はなくなるけれど。

「ねえ、蘭。工藤君の事、許婚だって、みんなにちゃんと釘刺して置いた方が良いよ。結構、狙っている子は、多いから」
「う、うん。ありがとう……でも、園子は、どうして?」
「そりゃ、一目見て、あんた達の雰囲気が夫婦だって、分かっちゃったからね。ああ、わたしも、イイ男が欲しいなあ」
「……データだけでは、分からないわね……」
「ん?蘭、どうしたの?」
「ううん。あ、このケーキ、結構美味しい。病みつきになりそう」
「でしょでしょ?」

実は、この帝丹ハイスクールに潜り込むに当たり、二人は、生徒や教師の事を、ある程度事前に調べていた。

鈴木園子は、鈴木コンツェルン会長である鈴木史郎の次女で。
蘭は、園子の事を、もう少し「お嬢」している女の子だと、勝手に想像していたのである。
しかし、実際に接してみると、すごく好感が持てる女の子だった。

「新一の事だったら、心配はしてないの。新一、結構もてるんだけど、絶対、浮気はしないし。ただ、すごく焼き餅焼きだから、どっちかと言えば、そっちのが大変かも」
「ああ、成程ねえ。蘭にコナかけて来る男も、多そうだもんねえ。たださ、蘭、工藤君の浮気の心配がないにしても、女って陰湿だから。もしも、工藤君ファンに苛められたりとか、何かあったら、この園子様に言いなよ?」
「……ありがとう。気をつけるわ」


   ☆☆☆


学校が終わった後、新一は、調査する事があると、蘭と別れてどこかに行っていた。

新一が帰宅すると、蘭は、鼻歌を歌いながら、お茶を淹れてくれた。
そして、薔薇のエッセンスを垂らす。

「蘭。上機嫌だな」
「分かる?ふふっ!学校って、楽しいね」
「そうか?」
「うん!昔、わたしがまだ人間だった頃に、学校に行った事があったけど。あの時も、まあそれなりに、楽しかったんだけどね。良家の娘として、お嫁に行く為の行儀作法なんかが中心で、窮屈で窮屈で。でも、今の学校って、女性も自由だし、男女平等だし、個性が大事にされるし、沢山の事が学べるでしょう?友達も、出来たしね」

笑顔の蘭。
新一は、つい、釘を刺してしまう。

「でも。あんま、入れ込まないようにしろよ?」
「えっ?」
「別れが、辛くなるだろ?」
「新一……」

園子という友達が出来て浮かれていた蘭は、水を浴びせられたような気持ちになった。

「うん。別れは、辛いかもしれない。でも、新一。わたしは、そんなの恐れて友達作らないよりも。別れが寂しくて泣いても。また会おうねって約束が果たせないものでも。それでも、友達が出来た方が、ずっと良いよ」
「……そっか。蘭が、そこまで考えてんのなら、オレは何も言わない」
「新一?」
「たとえ、別れが来ても。出会えなかったよりはずっと良い。そう思えるなら、蘭の好きにすれば良い」
「うん……」

蘭は、久し振りに見る新一の悲しげな表情が、気になった。


夜の帳が下りる頃。新一と蘭は、いつものように、寝台で肌を合わせていた。
もう、二百年を軽く超す年月を、こうやって過ごして来たが。
二人の気持ちはいささかも減っていないし、体を重ねる行為への飽きもない。

ただ。
今夜の新一は、執拗に蘭を愛撫しながらも、なかなか、中に入ろうとはしなかった。
新一の手と唇が蘭の全身を這いまわり、緩やかな快楽の波が何度も押し寄せるが、蘭の待つ瞬間は訪れない。

「う……は……あん……新一……」
「蘭……蘭……」
「ああ……ん……しん…いちっ……お願い……焦らさ…ないで……」

滅多に出て来ない言葉が、とうとう蘭の口から飛び出した。
新一が、そっと蘭の頬に手を滑らせる。

「あの子、結構大きくなってたよ」
「えっ!?」
「もう、五歳だものな」

蘭は、それまでの媚態が嘘のように、目を見開き、勢いよく体を起こした。

「新一っ!会いに行ったの!?」
「様子を見に、行っただけ」
「そんな……酷いよ!わたし……!」
「うん。ごめん。今度、一緒に行こう」

蘭が、まつ毛を震わせる。

「絶対だよ……」
「ああ」
「どうだった?元気だった?」
「元気いっぱいで、とても可愛くなってたよ。……蘭に似てる」
「ホント?」
「ああ。後二年もすれば……初めて会った時の蘭と、同じ感じになるかな?」
「……ちゃんと、歳を取ってるんだね」
「蘭。前代未聞の奇跡だが、これからも起こらないとは言えない。オメーは、大丈夫か?耐えられるか?」
「大丈夫。辛くなんかない!だって……だって……!」
「別れの辛さより、出会えた事の歓びの方がずっと大きい……か?」
「うん!」

生殖能力がない筈の、ヴァンパイア・久遠の一族。

しかし、数年前に、一族をあげて上を下への大騒ぎになる奇蹟が起った。
蘭が、新一との子供を、妊娠出産したのだ。

一族の仲間で、人間社会で医師として活動をしている宮野志保が、蘭の主治医となった。
妊娠と出産の過程は、人間の女性とほぼ同じだった。
そして……生まれた子供は、ヴァンパイアとしての特徴を全く持たない、まるっきり人間の女の子だった。

蘭はさすがに、母乳は出なかったし。
生気を分け与える事も、出来ず。
一応、人工乳を使って何とか育ててはいたが、ヴァンパイアの新一と蘭では、人間として育って行く子供の対応が出来なくなると判断された。
まだ物心つく前の方が良いだろうとの判断で、子供に恵まれない人間の夫婦に、赤ん坊は貰われて行った。

蘭は、別れの時、散々泣いたが。
子供の将来を思い、手放す事には同意した。

「元々、子供は出来ないって、ずっと言われてて、諦めてたのに。授かっただけでも、奇蹟だもの」

蘭は、泣きながらも、笑顔を見せてそう言ったのだった。


今回、二人が白鳥教授の研究室に入り込もうとしているのは、自分達でもよく分かっていない、一族の生態を解明したいという想いも、強いのだった。

「大丈夫。だって、新一がいるもの」
「蘭?」
「新一が、ずっと傍にいてくれる。だからわたしは……別れがあっても、耐えられるよ?」
「そっか……」

新一は、再び蘭の体をまさぐり出す。
蘭の体に、再び火がつく。
そして、新一のモノが蘭の中に入り、二人は一つになった。

「あ……はあああん!」
「蘭!愛してる!愛してるっ!」
「新一……わたしも……ああっ!」

体が繋がって一つになって。
血の交流が行われて。
身体的にも精神的にも、最高の快楽が押し寄せて来る。


一期一会。

血を分けた子供も。
長い時の中で出会う、友人達も。

たとえ先に別れが待っていても、一つ一つの出会いを大切にしたい。


その中では時として、永遠に繋がる出会いも、あるかもしれない。
新一と蘭が、生涯かけての伴侶として出会ったように。



   ☆☆☆



二〇〇九年、大晦日。

米花の森にある、米花の館では、クリスマスから続くパーティが、最高潮を迎えようとしていた。


「神への信仰など、とっくに捨て去っている一族が、クリスマスを祝ったり、キリスト紀元の年号を数えたり……皮肉なものだね」
「まあまあ、白鳥先生。お祭りが好きなのは、人間も我々の一族も、同じです」
「そうそう、先生、固い事言わないで、飲みましょうよ〜」
「園子さん。あなたは、未成年じゃないですか?お酒はちょっと……」
「真さん!そんな事言ったらわたし、永遠にお酒なんか飲めないじゃない!大体、十八歳になるのを待たずに(帝丹国では、成人は十八歳)、わたしの首にカプリと噛みついたのは、真さんじゃないの!」


新一と蘭は、かなり久し振りに、故郷のこの館へ戻って来た。
そして、一族の親しい者達を招いて、泊り込みでパーティを行っているのだが。
参加しているメンバーには、ここ最近一族に加わった新顔が、結構多かった。

「先生は、止めて下さいよ。もう、とっくに退官したのですから」
「白鳥さん、せっかく教授だったのに、辞めるなんて勿体なかったですね」
「私は、三十を過ぎて仲間に加わったので、今迄何とか誤魔化せて来ましたけど。もうそろそろ、厳しいかと思いましてねえ」

白鳥任三郎は、十年ほど前に、一族に加わった。
少し前まで、帝丹大学の教授だったのだが、先頃それを辞し、暫くヨーロッパ中を巡る旅をしたいという事だった。
彼の傍らには、一族の仲間であり伴侶でもある、白鳥(旧姓・小林)澄子がいる。

帝丹ハイスクールにスポーツインストラクターとして入り込んでいた京極真は、園子と運命的な恋に落ち。
新一と蘭が呆気に取られる位に、さっさと園子を仲間に加えてしまった。
生来楽天的でポジティブな園子は、さほど深刻に悩む事もなく、蘭達と共に、帝丹大学に進学したが。
本当だったらもうそろそろ三十に手が届こうかという年齢、さすがに「童顔」「いつまでも若い」では、誤魔化しが厳しくなって来て、親元を離れる事にしたのだった。


「こんばんは。馬なら通れるけど、車は通れないような道しかない館なんて、勘弁して欲しいわ」
「ふう、やれやれ。カウントダウンには、間に合ったようじゃな。まったく、こんな田舎道、年寄りには、こたえるぞい」
「志保さん、阿笠博士!」
「博士……いくら五十歳過ぎて仲間になったといっても、一族になった今は、息が切れる訳でも神経痛が出る訳でも、ねえだろう?」
「気分の問題じゃよ。それより新一君、新しい発明品じゃが」
「……今度は爆発しねえだろうな?」

宮野志保は、医師や研究者として、人間社会に入り込んでいるが。
一族の常として、歳を取らない為、適当なところで辞めて、別の土地で新たに仕事に就く。
多忙な医者として昼夜問わずの激務、不規則な生活をしていても、全く健康を損ねないのが、大きな利点であった。

阿笠博士は、人間だった幼い志保を引き取って育てていた養父のような存在で。
長じた志保が一族に加えられた時、志保を心配して自分も仲間に加わったのだった。
人間だった頃から、色々な発明を手がけていて、今も、時々新一の元に発明品を持って来る。
非常に有用なものも結構あるが、ガラクタと変わらないようなものも多かった。

この「米花の館」は、建って数百年経つが、色々と手を入れている。
とは言え、ヴァンパイアの場合、空調と食事が不要なので、最新設備を揃えているのは、ネットを含めた通信環境などが殆どだったりするのだが。
道を整備しないのは、ヴァンパイアには不要である事に加え、迂闊に人間が寄って来ないようにとの、用心の為だ。


「こんばんは。皆さん、お揃いね。ローズワインを差し入れに来たわ」
「ベルモットさん!」
「そいつは、ありがたい。蘭をはじめ、ブラッディワインが苦手な面々がいるからな」
「クール・ガイ、エンジェル。あなた達の小さなエンジェルを見て来たわよ。ううん、もう小さくもないわね、あなた達と変わらない位?」
「あの子は、九月生まれだから……今年の九月に、十七歳になる筈です」
「もう、そんなになるのか〜。時の流れって、本当に速いもんだわねえ」
「え?私が取り上げたあの子が、もう、そんなになるの?」

ベルモットとの会話に、志保が加わって来る。

「真祖様の出現から数百年の時を経て。白鳥さんと志保さんの研究で、ようやく、一族と人間との違いは、実は、あんまりないんだという事実が、判明して来たわねえ」
「っていうか、ヴァンパイアウィルスが原因だったって事だろ?」
「ええ。でも、一旦感染した者から、ウィルスを消し去る事は不可能。完全に私達の遺伝子と同化しているから。もしかして……奇蹟の子・リトルエンジェルが、完全な人間なのだとしたら、ヴァンパイアウィルスへの強い抗体を持って生まれて来たのかも、しれないわね」

ベルモットは、面白そうに、新一と蘭を見やる。

「同じ顔とずっと何百年も一緒にいたら、退屈し過ぎて発狂してしまうんじゃないかって思ってたけど。要らぬ心配だったわねえ。私から見たら、何よりもそれが、大いなる奇蹟だって思うわよ」
「いや、最近は、世の中ドンドン移り変わってるし、新しい仲間も加わってるしで、退屈する暇がねえって言うか」
「ふふふ……そういう事に、しておきましょうか。私達の一族は、受胎能力がないのではなく、物凄く低かっただけで。あなた達のように継続的に睦まじく過ごす一族の夫婦が、そう多くなかったから、分からなかったんでしょうね。でも、これから先、他のカップルにも有り得るのかもしれないわ」
「……そうだな。色々と、未知数な事が多いけど」
「ただ、どちらにしろ、人間の生気を糧としている上に、人間から派生した種族である事に変わりはないから。これからも、ひっそりと目立たず、仲間を増やしながら、共存をはかって行きましょう」

「おーい、工藤君、蘭さん!」
「そろそろ、カウントダウンが始まるぞい!」


広間の一角には、シアターが作ってあって。
テレビ番組がスクリーンに映し出されている。
二〇一〇年へのカウントダウンは、もうすぐだ。


新一は、皆の方へと向かいながら、蘭の手を握り締めて、囁いた。


「何があっても。オレ達は、ずっと一緒だ……」
「うん。ずっと……約束だよ……」


二人は、幾度も繰り返し、誓いを交わす。


百年先も千年先も、きっと一緒にいるだろう。



Fin.




今回のお本は、名探偵コナンの、工藤新一君と毛利蘭ちゃんの、ラブロマンス。
発行が2010年五月のスパコミだったのに、「新一(コナン)君お誕生日おめでとう」本でも、映画本でもなく、ヴァンパイア新蘭のお話でした。
ドミの書くモノの中でも、とりわけパラレル色が強いものになったかと思います。

このお話は、私・ドミがまだ高校生だった頃(はるか昔)、すごく大好きで、はまっていた漫画(萩尾望都さんの「ポーの一族」)の影響をモロ受けして、オリジナルで書いていた、ヴァンパイアの青年と人間の少女との、シリアスラブロマンス漫画が、元になっています。
名探偵コナンの二次創作を始めた初期の頃から、それを新蘭に置き換えたパラレルネタは、私の奥底にひっそりと眠っていました。
ですが、書く事はないだろうと思ってました。
種族を超えた二人の愛が成就するには、かなり痛い部分がありますし、苦しめる展開になるだろうし。

2009年の新蘭オンリーで、とある方のヴァンパイア本を手にとりまして。
ヴァンパイアネタ読むのは、初めてではなかったけど、どうも、そのご本は、私の萌えツボスイッチを、押しちゃったようなんですね。
それからは、封印していた筈のネタが、膨れ上がって、頭の中でぐるぐるぐる。

で、結局、書いちゃいました。
その方のご本にありがたくもゲストとして呼んでいただけて、このお話のハイライトシーンを漫画にしたヤツを押し付けてしまいました。いや、私にそれだけの力があったのなら、この本編をまんま漫画にしたかったのですが、まあさすがにそれは……。同じ分量の話を書くなら、やっぱり小説の方がずっと楽です。

で、高校生の頃書いていた漫画が元になったといっても、新蘭変換をした為に、元ネタとは色々変わった部分も、勿論、あります。
キスシーンですら描くのに照れる純情な高校生の頃は、濡れ場シーンまで考えてなかったってのは、まあ、置いといても(爆)。

キャラに合わせて色々変わったのは勿論の事、最大の変更部分は、未来に繋がって行くところですね。
新蘭の二人には、最大限、幸せになって欲しいので。

このお話は、私が書く新蘭では、唯一、新一君が蘭ちゃん以外の女性と性体験があります。
が、キャラを変えた訳では、ありません。
新一君の「蘭ちゃん以外なら女性は不要」である部分は、そのままです。
まあ、新一君をヴァンパイアにしたキャラを、あの人に設定したのが、最大の要因だよなあ……。

「久遠の一族U」は、このお話の続きですが、主役が代わります。
まあ、脇役の筈の新蘭が、結構出張っていますけど。


とても楽しく書けました。
読んだ方が少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。


2010年5月3日初出
2014年9月2日一部改訂脱稿



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