久遠の一族



byドミ



<前書きおよび注意書き>

このお話は……不老不死のヴァンパイアである工藤新一君と、人間の少女・毛利蘭ちゃんとの、ヴァンパイアパラレルシリアスラブロマンスです。
キャラは名探偵コナン、けれどヴァンパイア。パラレルが多いドミの書くモノの中でも、更にパラレル度合いが高いです。
ヴァンパイアの設定は、ドミが大好きな(というより、殆どバイブルな)萩尾望都先生の「ポーの一族」を下敷きにして、アレンジしてあります。
スタンダードな(?)吸血鬼とは、多少趣が違うかもしれません。
そして、「吸血鬼といったら、やっぱり欧州よね」というドミのこだわりで、「欧州(ヨーロッパ)」です。
日本名で東洋人の風貌であろうと、舞台は日本ではなく、「欧州の帝丹国」です。
って事で(?)、名探偵コナンの登場人物達の名前は、そのままですが。オリキャラ達の名前は、ドイツ風だったりフランス風だったりイギリス風だったり、無節操です(爆)。
諸々の件、どうぞ良しなにお願いします。





何の望みも願いもなく
ただ、生きる為に生きていた日々
君は、そんなオレに
光を与えてくれた
生きる力を与えてくれた
愛しているから君を求めた
君とひとつになれて
オレは仕合わせだった
でも……
愛しているから
連れて行けない
この呪わしい存在に
君を巻き込む事は出来ない



初めて出会った時からあなたは
わたしのただ一人の男性(ひと)
あなたが何者であろうと
わたしの気持ちは変わらない
あなたに求められて
わたしは嬉しかった
あなたとひとつになれて
わたしは仕合わせだった
お願い、連れて行って
わたしはあなたの
孤独を癒す存在になりたい




第1章 出逢い



『……んちゃん……新ちゃん……』
「母さん!」

叫んで、飛び起きた。
窓の外には夜の帳が下り、僅かに残った残照の向かい側には、煌々と満月が輝いている。

庭から、むせ返るような薔薇の香りが漂って来た。
昔々、母親が丹精込めて育てていた赤い薔薇。
今は、新一が世話をしているが、残念ながらそれは、花をめでる為ではなかった。

工藤新一は、心の内で溜息をついた。
普通の人間だったら、これから休息の時刻。
しかし、新一は「普通の人間」ではなかった。
もう、かなり……百年以上も昔に、吸血鬼(ヴァンパイア)になっていたから。

母の夢を見たのは、久し振りだ。
父と母が天寿を全うする時、新一は危険を承知で会いに行った。
別れた時と変わらぬ十七歳の姿の新一を前にして、老婆となった母・有希子は、涙を流し微笑んだ。

『新ちゃん……幸せに……』

それが、最期の言葉だった。


吸血鬼らしからぬ、感傷。
実際、一族の者達には、人間であった頃の記憶があっても、気持ちを引きずっている者は殆どいない。
しかし新一は、一族の変わり者。
人間であった時の気持ちを、強く持ったままである。

『まったく。一族の中でも強い力を持ちながら、どうした事かしら?時々は、人間に戻りたがっているでしょう、あなた?』

新一を一族に加えた女性・ベルモットは、そう言って溜息をついた。

「時々じゃない。いつだって、戻りたいと、思っている……」

人間のままだったら、新一はとっくの昔に、天寿を全うして、この世にいない。
死にたいと思う訳ではないし、自身の存在を消したいと思う訳でもないけれど。
それでも、もしも人間に戻れるなら、たった今、白骨死体となってしまっても構わないと、心のどこかで思っていた。

「さて。そろそろ、狩りをしなきゃな」

気が重いが、命の糧を手に入れなければ。
飢餓状態になってしまった場合、本能に引きずられて、人の血を貪り尽くし、相手を殺してしまう可能性がある。

新一は、人を殺したくなかった。
今迄も、ただ一人も、殺した事はない。

一族の中で、「吸血行為の果てに人を殺してしまう事」は、禁忌ではない。
しかし、迂闊な事をやって、一族を危険にさらす事は、タブーだ。

人の生気をすする事で永らえている一族は、騒ぎを起こさないように、人間達が一致団結して狩りを始めないように、「血を吸った証拠を残さない」事が、不文律となっている。
その目的に合致するなら、人を死に至らしめても、死なせなくても、構わない。

吸血鬼と言えば、喉元に牙を突き立てて血をすするイメージがある。
しかし、実のところは、手を当てるだけで、相手の生気を吸い取る事が可能なのだ。

牙を突き立てる事で、媚薬や鎮痛剤のような成分が、相手の体に入る上に、記憶を消せるというメリットがある。
記憶を操るだけなら牙を立てなくても可能だが、そうした方が、より、やり易い。

また、対象になる人間が性的興奮している方が、血の味が美味になり、得られるエナジーもより高まる、と言われている。
吸血鬼一族には生殖能力はないが、何故か、性欲はある。
だから、若く美しい好みの異性相手に吸血行為に至る場合は、牙を立て血をすすりながら、同時に性行為を行う場合も、少なくない。
逆に、同性や年輩者を相手に「食事」だけが目的の場合は、手を当てて生気を吸い取るだけの事が多い。

と言っても、新一の場合、性行為と同時の吸血など、された事はあっても、自分がやった事はないので、伝え聞いただけなのだが。

新一は元々、女性への欲望があまりなく、同時にフェミニストでもあるから、老若問わず、一度も女性を襲った事がない。
新一が狙う「獲物」は、殆どが、生命力がありそうな屈強な男性であった。

新一がいくら「女好き」ではないと言っても、同性愛者な訳ではなく、男性への興味は更にないから、むくつけき男の喉元に牙を立てる気になど、全くなれない。
だから自然、新一が獲物を襲う時は、牙を立てるのではなく、喉元に手をかざして生気を摂る方法を使う事になった。

吸血鬼は夜目が利き、尋常でない運動能力がある。
新一は、暗闇に紛れる黒いマントを羽織り、足音も立てずに町の方に向かって駆けて行った。

風に乗って、血の嫌な臭いが流れてきて、新一は目を細めた。

血を糧とするヴァンパイアにとって、新鮮な血は甘い芳香に感じる。
しかし、生気が失われた血は、生臭くて嫌な臭いだ。

街道の上を続いている馬車の轍(わだち)が、ある個所で乱れていて、そのすぐ傍から血の臭いがしていた。
そこに転がっているのは、馬車の御者らしい男と、良い家の使用人らしい男の二人。
二人とも命がないのは明白で。
新一は、二人の死骸を一瞥した後、すぐに轍の後を追った。

もはや、助けようがないし、ヴァンパイアの糧になる訳でもない。
それよりも……。

「生きている女子供の匂いがする」

新一は、轍の跡を追って、走り続けた。


   ☆☆☆


「この紋章は、毛利子爵家のものだ。この小娘、上手くすれば良い金蔓になるぞ」
「けど、危険じゃないですかい、お頭?」
「ふっ。毛利子爵の子供は、このひとり。おまけに子爵は、子煩悩だと聞いている。こちらにこの小娘がいる限り、保安隊に連絡も出来まいよ」

馬車の中。
やや小太りの、中年の女性が、小さな女の子を抱いていた。
男二人が、女性の目の前でにたりと笑っている。

「金をたんまり頂くまでは、その子供を生かして置かなくちゃな。あんたには、子供の世話をして貰う」
「ひ、ひいっ!」

女性はガタガタ震えながら、子供を抱き締める。
子供の方は、怖さを感じているのかいないのか、男達を真っ直ぐに見詰めていた。
その、汚れのない黒曜石の目に、盗賊の頭領が一瞬、たじろぐ。

「……乳母(うば)やは、解放してあげて」
「お、お嬢様!何を!」
「自分の面倒位、自分で見られるわ。あなた達が狙っているのは、毛利家の娘である、わたしだけでしょ?だったら、乳母やを……」
「はっ!高貴なお嬢様は、言う事が違うねえ。けど、そういう訳には行かないんだよ、お嬢ちゃん。この女が、保安隊のところに駆け込んだりしないという保証は、どこにもないからねえ」

頭領の言葉に、子供の顔は、悲しげに伏せられた。

「お嬢様!」
「乳母や……ごめんね……巻き込んで……」

子供は、馬車の窓から外をちらりと見た。

今、御者台でこの馬車を操っているのは、盗賊のもう一人の仲間である。
元々の御者と、毛利家執事のひとりは、盗賊達に殺されてしまった。

子供は唇をかむ。
毛利家が持つ金目の物を狙った盗賊達の、犠牲になってしまった二人を思うと、小さな胸が痛んだ。

突然、馬が大きくいななき、馬車が大きく揺らぐ。

「きゃああっ!」

女性は、馬車が揺れた拍子に頭を打って、気を失ってしまった。

「乳母や!乳母や!?」
「一体、何事だっ!?」

馬車は、完全に止まった。
目を見張る子供の前で、盗賊の前に、黒マントの若者が、ひらりと舞い降りるように現れる。

「な……貴様っ!?」

盗賊二人は、銃を構えたが。
その若者がひらりと手をかざすと、あっという間にその場に昏倒した。

「こ……殺したの?」

子供の咎めるような声に、若者は振り返った。

「いや。オレは、人は殺さねえ。こいつらは、気を失っているだけさ。まあ、丸一日位は、目を覚ませねえと思うけどな」

そう言って笑った若者の顔を、満月が照らした。
子供の目にも眉目秀麗だと分かる。

若者が近づき、子供のおとがいに手を掛けた。

「……オメーの記憶も、奪っておくべきだろうな」
「ま、待って!お兄さんは、助けてくれた恩人だもの!何か訳があって、人に知られたくないなら、今夜の事は、誰にも言わない!だから!」

子供は、叫んだ。
咄嗟に「この人の事、忘れたくない!」と、強く願ってしまったのだった。

若者は、目を丸くする。
そして、口の端に笑みを浮かべて言った。

「まあ……今夜の事程度なら、たとえ喋られても、拙い事にはならねえだろう」
「ね、ねえ。乳母やがさっきから動かないの!大丈夫かな?」

若者は、気絶している女性を見て、言った。

「大丈夫。頭を打った衝撃で、一時的に気を失っているだけで、大きな怪我はしていない。じき、気付くよ」
「そう……良かった……」
「さて。乗り掛かった船だ。オメーの家まで、送って行くよ」

若者は、気を失った男三人を軽々と持ちあげると、馬車の後ろにおり重ねるように突っ込んだ。
すぐに目覚めるとは思えないが、念の為に、縛り上げて置く。
気絶した女性は前方の座席に、そっと横たえた。

子供は、女性に付き添う。
そして、御者台に座った若者を、そっと窺い見た。

子供自身、家までの道筋を知っている訳ではない。
なのに、若者は迷いもせずに、馬車を操り、やがて馬車は、見覚えのある屋敷の前に着いた。


「さて。オレは、誰かに見つかる前に、退散するとしよう」

そう言って、そのまま飛んで行きそうだった若者のマントの端を、子供が、はっしと掴んだ。

「おい!」
「わたし、蘭っていうの!毛利蘭」
「は?」
「お兄さんの、名前を教えて」
「新一……工藤新一だよ」
「新一お兄さん……」
「やれやれ。オレの事、大人達には、内緒だぜ?」
「う、ウン……」
「それじゃ」
「待って!」

子供……蘭は、必死でマントを掴み続ける。

「おい!」
「もう……会えないの?」
「さあな」
「ねえ。今日のお礼、したいの」

若者……新一は、困ったような笑みを浮かべた。

「ったく。オレに関わったりすっと、ろくな事に、なんねえぞ。オレなんかの事は、さっさと、忘れちまった方が良い」
「そんな事、ないもん!お兄さんが来てくれなかったら、わたし……きっと、殺されてたか、売り飛ばされてたもん!」
「オメー……」
「たとえお父様が身代金を渡したとしても。この人達の顔を見たわたしが、無事に帰してもらうなんて、絶対、ないもん!」
「……そこまで分かってて、それでもオメーは、こいつらの命の心配してたのか?」
「だって!」
「面白いな、お前」
「新一お兄さん?」

新一は、蘭の前に屈んで、顔を覗き込んだ。
端正な顔に浮かぶ優しい微笑みに、吸い込まれそうな蒼い瞳に、蘭の胸が、ドキドキと高鳴る。

「蘭。大人になったら……十年経って、オメーが十七歳になったら、オレの花嫁になるか?」
「えっ?」
「オメーが十七歳になった日、オレとの約束を覚えていて、礼をしたいと、まだ思うなら。その時は、町外れの米花の森の中にある、米花の館まで、おいで。待ってるからよ」
「そうしたら、蘭をお兄さんのお嫁さんにしてくれるの?」
「ああ。オメーが覚えてたら、な」

蘭は、頬を染めて頷いた。

「うん!約束よ!」

新一は、ふっと優しい笑みを浮かべると、そっと蘭の額に口付け、ふわりと飛び上がった。

足音も立てず、軽やかに飛び跳ねるようにして、新一は駆け去って行った。
蘭は、その後ろ姿を、ずっと見詰め続けていた。

新一は、幼い蘭が十年経ってもこの事を覚えていて、約束を果たそうとするなど、考えていなかった。
ただ、生きる希望もなく、灰色だった日々に、僅かに彩りを得たような気がして。新一は、口の端に僅かに笑みを浮かべていた。


時は、十八世紀中期。
所は、欧州帝丹国米花地方。

ヴァンパイアの新一と人間の蘭の、初めての……そして運命の、出会いであった。



第2章に続く




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