言葉では表せない



byドミ


『蘭。ようやく、帰って来たぜ』
「新一・・・本当なの?」

新一から電話があった時、蘭は、にわかには信じられなかった。
今迄、新一が稀に帰って来た事はあっても、すぐに居なくなってしまっていたから。
だから今回もまた、そうなのではないかという不安が頭を掠める。

『今度こそ、本当に。全部、きりがついたから』
「新一・・・今どこにいるの?」
『オレんち。・・・蘭、今から来れるか?』
「うん!」

蘭は急いで身支度を整えると、家を飛び出して、新一の家に向かった。


長い事主不在だった工藤邸は、門も玄関も、開け放たれていた。
蘭は飛び込むように玄関に入った。

蘭が入ると同時に、玄関の扉は閉められた。

蘭がずっと会いたかった人が、そこに立っていた。

「ただいま。蘭」
「新一。おかえりなさい」

蘭はそれだけしか言えなかった。
胸がいっぱいになり、涙が溢れそうなのを必死で堪える。

不意に新一の腕が伸びて来て・・・気付くと蘭は新一の腕の中に居た。

新一にきつく抱き締められ、蘭も必死で新一を抱き締め返す。
お互いに、相手の存在を確かめ合うかのように、自然に抱き合っていた。

新一の手が蘭の背中と髪の毛を何度も何度も撫でて行く。
お互いの頬が触れ合い、新一は蘭に頬擦りしたかと思うと、ふとちょっと体を離し、蘭を真正面から見詰めた。
蘭も新一の目を見詰め返す。

新一の顔が近付いて来た時、蘭は自然と目を閉じていた。
そのまま蘭の唇が温かく湿ったもので覆われる。

蘭は今、新一と口付けを交わしているという事をどこかで自覚しながら、一方でまるで夢の出来事であるかのように信じられない思いもあった。
触れ合った唇から、電流のような感覚が全身を駆け抜ける。

新一の唇はすぐに一瞬だけ離れ、そして再び蘭の唇に重ねられた。
最初は軽く触れ合うだけだった口付けが、角度を変えて繰り返される度に深くなって行く。

唇が重ねられたまま、何かが蘭の唇に触れ・・・それが新一の舌だと気付いた時、蘭の体は震えた。
新一の舌先が蘭の唇をなぞって行く。
甘さとも痺れともつかない不思議な感覚が、蘭を貫いた。

「ん・・・っ」

新一の唇で隙間なく自分の口を覆われ、蘭がくぐもった声を出す。
僅かに開いた歯列の隙間から、新一の舌が蘭の口腔内に入り込み、蘭の舌を絡め取った。

蘭の下腹部を、疼くような不可思議な感覚が襲う。
全身を電流が走るような甘さが襲い、蘭は足から力が抜け、立っていられなくなり、崩れ落ちそうになって新一に必死でしがみ付いた。

いきなり、ふわっと体が宙に浮く。
新一に横抱きに抱え上げられていると知って、蘭はかっと頬に血が上るのを感じていた。
恥ずかしさと・・・嬉しさで。


「蘭」

新一が蘭を抱え上げたまま、見詰めてくる。
その真剣な深い眼差しに、蘭は見惚れていた。

新一が蘭を抱え上げたままゆっくりと歩きだし、蘭は新一の首に手を回してしがみ付いた。


階段を上り、ドアを開けて入った部屋は、新一の寝室で。
蘭はそのベッドの上にそっと降ろされた。

横たわった蘭の上に新一がのしかかってきて、そのまま強く抱き締められ、激しく口付けられる。
息もつかせぬほどの激しさに、蘭は頭がくらくらし、何も考えられないままその甘さに酔った。


「ん・・・ふっ・・・」

お互いにお互いの唇を塞いでいるので、言葉は出ない。
部屋の中には、蘭が時折出すくぐもった声と、激しい抱擁にお互いの衣服が擦れる音、お互いの舌が絡まりあう水音とが、かすかに響くだけである。

「う・・・っ!」

新一の手が蘭の胸に伸びて来て服の上から片方の乳房を覆い、ゆっくりと揉みしだき始めた時、流石に蘭は身を固くした。

新一が唇を離し、至近距離から蘭の目を覗き込んで言った。

「蘭・・・いい?」

新一の瞳に燃える情念の色に、蘭は戦慄した。
不快なのではなかった。
怖いというのともまた違う。

蘭は、新一の問いの意味が充分に分かっていて・・・こくりと頷いた。



新一が蘭のネクタイを解く。
その手がかすかに震え、息遣いが荒い。
蘭自身も全身が震え、息が荒くなるのを感じていた。

新一の手が蘭の身を覆っている布をを少しずつ取り去って行く。

蘭の衣服を取り去りながら、新一は、蘭の首筋に唇を落とし少しずつ露になっていく蘭の肌へ唇を移動させていった。

やがて、蘭の胸を覆う下着が取り外され、蘭の胸が揺れて2つの膨らみとその頂が、外気に晒された。

「あ・・・・・・」

蘭は、自分の胸が新一の視線に晒されているのがひどく恥ずかしくて目をぎゅっと瞑った。

新一だから、見られても構わない。
でも、愛する新一だから、余計に恥ずかしい。

「蘭・・・綺麗だよ・・・」

新一が蘭の胸の膨らみを両方の掌で覆い、2つの頂を人差し指の腹で擦った。

「ああっ・・・!」

胸の頂を擦られる初めての感覚に、蘭は声を上げた。
新一の唇が右胸の頂に寄せられ、口に含まれ、舌でなぶるように舐められる。

「んああっ・・・!はああん!」

今迄誰にも見せた事も触れさせた事もない場所を新一に触れられる感覚に、蘭の口からは、あられもない高く甘い声が自然に上がり、蘭は羞恥心でいたたまれない気持ちになった。
胸の谷間や膨らみを新一の唇が辿り、舌が這う。時折、新一の唇が触れた場所にちりっとした痛みを覚えた。

「蘭、蘭・・・」

新一がうわ言のように蘭の名を呼び続ける。

「はあ・・・あああん・・・しん・・いちぃ・・・」

蘭も、自分のものではないような甘い悲鳴の合間に、新一の名を呼ぶ。



そして、蘭を覆う最後の布が取り払われた。
蘭がハッと思う間もなく、新一の手によって蘭の足は大きく広げられ、蘭が自分ですら目にした事のない秘められた場所が、新一の目に晒された。

「あ・・・あ・・・しんいち・・・見ないで・・・そんなとこっ・・・」
「・・・蘭・・・?いや、か・・・?」
「だって・・・恥ずかしい・・・」
「・・・綺麗だよ・・・蘭・・・オレ、蘭の事・・・全部、見たい」

蘭がなお手で顔を覆っていやいやするように首を振ると、両足を広げていた新一の手がどかされ、新一のぬくもりが離れて行くのを感じた。

「え・・・新一・・・?」

蘭が嫌だと言ってしまったので、新一が蘭に触れるのを止めてしまったのかと、不安に思いながら蘭は目を開けた。

すると。
新一はベッドから降りて、自身の服を脱ぎ捨てているところだった。


毎年夏になると水着姿などで見知っている筈の新一の体。
服を着ていると細身に見えるが、きっちりと筋肉は付き、しなやかなたくましさを持っている。

ここ数年は、子供から大人の体へと変化して、年々たくましくなって来ていた。

そう言えば、高校2年生の夏、新一の水着姿は見ていない。
一段とたくましさを増した新一の体に、蘭はぼんやりとそういう事を考えてた。


新一がこちらを向いた時、蘭は生まれて初めて、怒張した男性自身を目にし、一瞬息を呑んだ。

「蘭・・・」

新一が再び蘭の上にのしかかってくる。

抱き締められると、新一の引き締まった固い皮膚が蘭の肌に直接触れ、蘭は眩暈がしそうになった。

「・・・うわ・・・蘭・・・やわらけー・・・オメーの体・・・」


今2人の距離は0mmで触れ合っている。

恥ずかしさも戸惑いも全て超えて、それが嬉しかった。


荒い息の中、それぞれ互いの体をまさぐり合い、全身くまなく触れ合う。
愛する人に触れられる心地よさに、蘭は酔った。


蘭の両膝の裏を新一が抱え挙げ、蘭の秘められた場所が再び新一の目に晒される。

「う・・・!」

蘭の中に侵入する異物感に、蘭は身を固くした。
新一の指が、蘭の秘められた入り口から押し入って来たのだった。

「・・・蘭、大丈夫か?」
「う、うん・・・」

答えながら蘭は、先ほど目にしてしまった新一のものを思い出し・・・それが指とは比較にならない大きさだった事も考えて、やはり少し不安を覚えた。

正直なところ、他の男性のものなど目にした事はない為、平均的な大きさがどの位かなど見当もつかない。
既にエッチ経験済みのクラスメート達の話によると、最初の体験は激烈である事が多いようであるが。


新一の指が蘭の中をかき回すと、粘着性の水音が響く。
蘭の下腹部から、何とも言えない痺れるような感覚が全身を貫いて行く。

「あ・・・ん・・・はん・・・」

蘭の口から喘ぎと共に無意識の内に甘い声があがる。

新一の熱く固くなったものが蘭の入り口にあてがわれ、蘭は少し身を震わせた。
新一が蘭の唇に軽いキスを落とすと、言った。

「蘭。入れるぞ」

蘭は言葉を出せず、こくりと頷いた。
新一は再び蘭に軽くキスをすると、蘭の両足を大きく広げ、ぐっと蘭の中に押し入って来ようとした。


「あう・・・うっ・・・いたっ・・・!」

体が切り裂かれるような想像以上の痛みに、今までの快感全てが打ち消されてしまう。
蘭の口から思わず呻き声が漏れた。

蘭の体が無意識の内にずり上がり苦痛から逃れようとするが、いつの間にか蘭の両肩の上に置かれた新一の腕によって阻まれた。
蘭の入り口は固く閉じ、新一のものはかなり強引に入って来ようとするのだが、なかなか入れないでいる。

「蘭・・・ごめん・・・でもオレも・・・どうしていいか分かんねえ・・・止まんねえし・・・」

辛そうな新一の声に、蘭は苦痛で思わずぎゅっと瞑っていた目をうっすらと開けた。

新一がじっと蘭を見詰めている。
蘭の好きな、蒼く澄んだ瞳の奥に、狂おしく切なげな彩がある。

それを見詰めていると蘭の顔に、自然と笑みが浮かんだ。


「新・・・一・・・大丈夫だから・・・続けて・・・」
「蘭・・・でも・・・いてえんだろ?」
「痛い・・・けど・・・でも、新一だから・・・大丈夫」
「蘭・・・!!」

新一は切なそうに顔を歪め、蘭を1度ぎゅっと抱き締めた。
そして、再び唇を重ねて来る。

抱き締める腕の力に、絡まりあう舌の熱さに、蘭の心に何か温かいものが満ち。

その為か、少し緩んだ蘭の入り口から、新一自身が一気に入って来た。


「・・・・・・!!」

熱さと重量感と痛みに、声にならない悲鳴をあげながら。
蘭は、苦痛によるものではない涙を流した。


「蘭・・・っ!!」

蘭の中に入り込んで動きを止めた新一が、狂おしく蘭の名を呼び、深く口付けた後、蘭の涙を唇で拭った。

「蘭・・・ごめん・・・」
「謝らないでよ・・・新一・・・」
「蘭・・・けど・・・」
「だって・・・私・・・嬉しいんだもん・・・新一が・・・ここに・・・居るって・・・実感出来る・・・から・・・」
「でも・・・ありがとう・・・オレを・・・受け入れてくれて・・・オレも・・・嬉しい」


新一が帰って来て。
紛れもなく蘭の元に帰って来て。
そして、今、蘭の中に新一が居る、それを実感して。

蘭は、身を引き裂かれるような痛みをはるかに凌駕する、無上の幸福感を覚えていたのだ。


「今、オメーん中にオレが居るの・・・分かるか?」
「うん・・・分かるよ・・・」
「もう、オレ達、ただの幼馴染は卒業だな」
「うん・・・」

私達、恋人同士に、なったんだよね?
蘭はそう言葉に出そうとして・・・けれど少し躊躇った。
新一が言った「卒業」とはどういう意味なのか?
蘭は「何か」が怖くて、言葉が出せなかった。
ようやく痛みが薄れてきたものの、蘭の思考力はまだ正常とは言えず、自分が一体何を恐れているのか、蘭自身にも分かっていなかったのだ。


「蘭。動くぞ。またいてー思いすると思うけど・・・」
「うん、大丈夫。新一、ちゃんと最後まで・・・」
「ああ、わーった」


新一の律動が緩やかに始まり、すぐに激しい動きになって行く。


「くっ・・・蘭、蘭!」
「う・・・あ・・・つっ・・・新一・・・」

少しずつ、蘭の中から痛みとは違う感覚が生まれ、蘭の意識は白濁し、上り詰めて行く。


「あ・・・はあっ・・・ああああん・・・新一っ・・・はああああんん!!」


新一の律動は激しさを増し、蘭は必死に新一にしがみ付く。
粘着性の水音とベッドの軋む音、2人の荒い息遣い、そして蘭の上げる甘い悲鳴が室内に響く。


蘭は薄れ行く意識の中で、新一が囁いた言葉を聞き取る事が出来なかった。
蘭はひときわ高い声をあげて果て、蘭の奥深くに熱いものが放たれたのを感じながら、意識を手放してしまったのだった。


   ☆☆☆


「お?蘭、どうしたんだ?灯も点けねえで」
「あ、お父さん、お帰り。ちょっと・・・疲れちゃって」

蘭が帰宅した時にはまだ明るかったのに、いつの間にか時間が過ぎ、周囲は夜の帳が下りていたのだった。

小五郎は蘭の様子に特に不信感も抱かなかったらしい。
今日は御飯は要らないと言葉を残し、麻雀をしに行ってしまった。


「新一・・・本当に帰って来たんだよね・・・そして私、新一と・・・」

蘭の下腹部と体の節々に、鈍い痛みが残っており、確かに新一に抱かれたのだという事を示しているのだが。
ほんの数時間前、新一と抱き合い結ばれたその時の事が、まるで夢だったかのように実感がないのであった。


1人きりなので簡単に夕食を済ませ、入浴しようと浴室へ向かった。

「あ・・・!」

更衣室の鏡に映った蘭の体には、あちこちに赤い痣が散っていた。
それは、新一がつけた、所有の印。
蘭が純潔を失い新一のものになった証。

「夢なんかじゃ、ないんだね。新一は本当に、私のところに、帰って来たんだ・・・」

もはやこの体は自分のものではなく新一のもの、そう感じて、蘭は嬉しかった。

蘭がお風呂から上がると、タイミング良く蘭の携帯が鳴った。

「新一・・・?どうしたの?」
『ああ。オメーの声が、聞きたくなって』
「ついさっき、別れたばっかりなのに?」
『いいだろ、別に』

新一の声がちょっとむくれていて、蘭は逆に嬉しくなる。

「うん。そうだね。私も新一の声聞けて、嬉しい」
『で、あのよ・・・』

新一が何か言いよどんで、蘭は小首をかしげた。

「ん?」
『体・・・大丈夫か・・・?無理、させちまったから』
「・・・大丈夫だよ。ありがと」

新一が気遣ってくれたのが、何よりも嬉しい。
蘭の顔は自然にほころんでくる。

『で・・・あの・・・オレさ・・・最初からその積りだった訳じゃねえから、その・・・準備出来なくて・・・』

新一が何を言おうとしているのか掴めず、蘭は黙って新一の次の言葉を待った。

『あ、あの・・・もしもの時は、オメーにも苦労かけるけど・・・』
「新一・・・?」
『2人で頑張って、育てて行こうな』

蘭は思わず頬に血が上った。
先ほどの2人の行為は、まさしくそういう事で。
蘭自身、その可能性がある事が分かって居た筈なのに無意識に考えないようにしていた事を、新一はきちんと考えていてくれた、そう思うと蘭は嬉しかった。

「・・・多分、大丈夫だと思うけど・・・その時は、宜しくね」
『お、おう。おっちゃんに殴られるだろうけど、ま、そりゃ仕方ねえな』


蘭は、幸せな気持ちで電話を切った。


   ☆☆☆


復学してからの新一は色々と大変だった。
もう2学年も終わりがけであったが、新一が進級する為には山程の課題を学校側から提示された。
それでも留年させられなかっただけマシだと新一は文句1つ言わずにそれに取り組んだ。

探偵活動も、以前のようにこなしている。

そして――。


「ん・・・はあ・・・あん・・・しんい・・・ち・・・」
「くっ・・・はっ・・・蘭・・・」

新一の部屋で、まだ日も明るい内から。
蘭は新一に抱かれていた。


新一が帰って来たあの日から、新一と蘭はほぼ毎日、体を重ねていたのである。
蘭が工藤邸にお泊りする事は滅多にないが、学校帰りに工藤邸により、まずは新一の寝室で肌を合わせる、そのような生活が続いていた。
蘭は既にその行為に苦痛を感じる事は全くなくなり、快楽に溺れてしまう日々であった。

新一は最初こそ勢いのまま蘭と体を重ねてしまったが、2回目以降は、避妊に細心の注意を払うようになっていた。
いつも、蘭を気遣って慈しむように優しく抱いているのを、蘭は感じている。

新一は、忙しい合間に蘭とのデートの時間も作っていたし。
蘭に対してとても優しく、大切にされていると思わせてくれる。



けれど、蘭にはある悩みが生じていて。
それを新一に言えないで居たのであった。


   ☆☆☆


そんなある日。
蘭は、園子と一緒に屋上で昼食をとっていて。

園子から水を向けられたのである。


「ねえ、蘭。新一君と何かあったの?」

蘭は動揺した。
この親友に、様子が変だと気付かれていたのが、嬉しくもあり申し訳なくも思う。

「え?な、何かあったって訳じゃ・・・」

蘭は少し赤くなりながら困ったような表情で目を泳がせた。

「あんた達・・・傍からはすっごくラブラブにしか見えないんだけど・・・うまく行ってるんじゃないの?」

園子は蘭に顔を寄せ、声をひそめて訊いてきた。
その鋭さに、蘭は感服する。
そして、園子に相談してみようかという気になった。

蘭は俯き、顔を上げ・・・ちょっと泣きそうな顔で言った。

「よく、分からないの。あれがうまく行ってるって事なのかどうか」

そして蘭は、今迄の事を全てありのままに園子に告げた。
どう説明したら良いものか迷い、言葉を選びながら。

「へ?え?告白・・・していない・・・?」

蘭の言葉に、園子は素っ頓狂な声をあげた。

「あ、えっとね・・・新一からは好きだとも付き合おうとも、1度も言われていないの・・・」

そうなのだ。
新一は、蘭に優しく接してくれるし、大切にしてくれる。
そして、新一には他の女性の影はないと、今のところ蘭だけが新一の女だと、蘭は確信を持っている。

けれど、言葉として気持ちを告げられた事もなければ、はっきり「付き合おう」とも「恋人になろう」とも、言われた事がなかったのだ。

「・・・でも、お付き合いしているのと変わらない事やってんでしょ?2人で遊びに行ったりとか、ご飯一緒に食べたりとか」

園子の言葉に、蘭は泣きそうになって返した。

「でも、そんなの昔からだもん。新一が帰って来て変わった事と言えば・・・」

2人は、「只の幼馴染」だった頃から、何度も2人だけで遊びに行ったし、何度も2人だけでご飯を食べたし、1人暮らしの新一の為に蘭が手伝いに行った事も数え切れないほどだった。
変わった事と言えば、それこそ、キスやエッチをするようになった、それだけなのである。


「ね、ねえ、蘭。新一君って女を弄ぶタイプじゃないと思うよ。多分あやつはもう蘭と正式にお付き合いしている積りで、今更だって思ってるだけだって思うな」

園子が必死な様子でそう言った。
蘭は俯く。
蘭にだって、分かっているのだ。
新一が女性を弄ぶような男ではないという事は。

ただ、新一だって男性であるから、別に蘭の事を特別好きでなくても、ついあの時の雰囲気で目の前の女である蘭に欲情してしまったという事はあり得ると、最近の蘭は考えるようになっていたのだ。
そして新一は、1度抱いた蘭を放り出すような無責任な事は出来ず。
だから、そのまま蘭を傍に置いている、それだけなのではないかと。
蘭はそのマイナス思考のループから、抜け出せないで居るのだった。

「うん、新一が遊びで・・・とは思ってないけど。でも、でもね。あの時、もしかして新一は雰囲気に流されてしまったのかも知れないって・・・だからもしかして、責任取って私と一緒にいるのかも」
「蘭、そりゃ考え過ぎだって!」

園子が強い調子で反論して来た。

「うん、そうかも知れないと思うの。単に言う機会がなかっただけかも知れないとも思ってるの。だって私だって、何も言ってないし、訊いてないから。でも・・・今更新一に問い質すのが怖い。私の気持ちを伝えるのが怖い。『新一の心は、新一の恋人の場所は。その場所は、誰のものですか?』って、訊きたいけど・・・訊けない」

園子が、何か言おうと口を開こうとして・・・けれど結局押し黙っていた。
そうなのだ。この不安を払拭する為には、結局新一自身に問い質すしかなく。
けれどそれが出来ない為に、蘭は鬱々と悩んでいたのであった。

そうこうしている内に午後の授業開始を告げる予鈴が鳴り。
蘭と園子は教室に戻り、とりあえずその話は立ち消えになった。


   ☆☆☆


「あ・・・」

ある日の朝。
蘭は下駄箱で、一通の手紙を見つけて声をあげた。

声を聞きつけた園子も、下駄箱を覗き込む。

蘭がその手紙を手にとって、差出人を見ようとすると、ふいに背後からひょいとそれを取り上げられてしまった。
蘭が振り返ると、そこには不機嫌そうな顔をした新一が立っていた。

「あ!?し、新一!?」
「ほおお。1‐Aの高村圭二か。命知らずな奴」

新一が冷たい声でそう言い放った。
新一の「命知らず」という言葉に、蘭はカッとなった。

「ななな何よ!?私がいくら空手やってるからって、そういう言い草はないでしょう!?」

蘭は思わず真っ赤になって新一に食って掛かっていた。

「・・・ま、そういう事にしておくか」

新一は苦笑して、そう言いながら、蘭の手にその手紙を返した。
先程の絵に描いたような不機嫌とは打って変わって、優しい目で蘭を見詰めてくるものだから、蘭の胸は高鳴り、それ以上何も言えなくなってしまった。

新一の言動はどうも不可解な事が多過ぎると蘭は思って園子にそう言うと、園子は溜息を吐いて言った。

「そおお?私から見たら、とっても分かりやすいと思うけどね〜」


何故、園子は分かり易いと言う新一の言動が、蘭に取って不可解なのか。
蘭にはさっぱり分からなかった。


さて、蘭が高村の手紙を読むと、放課後体育館の裏に来て欲しい、大切な話がある旨、簡潔に書いてあり。

「ねえ、私高村君の事良く知らないんだけど。私の知らないところで恨みを買って、果たし状が・・・って事は、ないわよね?」

蘭が思わずそう言うと、園子には思いっきり馬鹿にされた目で見られてしまったのであった。

ともあれ、蘭が放課後、高村が指定した場所へ行くと、そこに待っていたのは新一で。
新一は「彼は用事を思い出したから帰ると伝言してこの場を去った」と蘭に伝え。
蘭は首をかしげながら、新一と一緒に帰り、そのまま高村の事は忘れてしまったのであった。


   ☆☆☆


そしてまた別のある日。

新一は、事件に呼び出される事がなければ、いつも図書室で調べ物などをして蘭を待ち、一緒に帰るのだが。
蘭が、部活が終わって着替えて出て来ると、待っていた新一に告げられたのだった。

「蘭、わりぃ。オレ今ちょっと・・・1年の女子に呼び出されててさ。暫く体育館の入り口んとこで、待っててくれねえか?」

それが、どういう意味なのか、蘭には分かった。
新一は昔から、もてるのだ。
探偵として全国的に有名になってからは、余計にもてるようになった。
今日だって、告白されるのに決まっていると、ピンと来た。


蘭は体育館の入り口に座って待ちながら。
もし新一が、今度こそ告白して来た子に心動いてしまったらどうしようと考えていた。
すると不意に声をかけられた。

「蘭、どうしたの?新一君は?」

蘭が顔を上げると、親友の園子がそこに立っていた。

「あ、新一は今、1年の子に呼び出されてて・・・ここで待ってろって言われてるの」

園子は真直ぐに蘭を見据えて来る。

「ねえ、新一君が呼び出された場所はどこか、知ってる?」
「すぐ近くよ。体育館の裏側」

すると園子は、屈んで蘭の手を引いて、言った。

「蘭、行こうよ。新一君がどんな話してるか、気になるでしょ?」

「で、でもっ・・・」
「新一君が蘭に場所を教えてるって事は、蘭に話を聞かれても構わないって事だと思うよ」

蘭が渋るが、園子は半ば強引に蘭の手を引っ張って、体育館裏まで連れて行った。


体育館の裏から、話し声が聞こえた。
2人は植え込みの陰に隠れて、そっと様子を窺った。

新一と向かい合っている子は、今年の新入生の中でも可愛いと評判の、1−Dの本村留美だった。


「私、工藤先輩に憧れて、一生懸命勉強して、この帝丹高校に入ったんです。本気なんです!だから・・・」
「それは錯覚だよ。君は、オレの事何も知っちゃいない。オレも君の事は何も知らねえし」
「あの、だったらせめて、お互いに知る機会を与えてもらえませんか?私の事知らないからって断られても、私・・・」

本村留美は必死で新一に食い下がる。
あんな可愛い子に食い下がられると、今度こそ新一の気持ちが動いてしまうかもと、蘭は気が気でなかった。

「わりぃけど。オレは君をどれだけ知っても、君の気持ちには応えられねえよ。それだけは、間違いねえから」
「それは・・・付き合っている人がいるからですか?」

新一の眉が少し上がり、蘭は、胸がドキリとする。

「あの・・・噂は聞きました。幼馴染の方と、お付き合いしているって」

蘭と・・・傍で聞いていた園子も、思わず固唾を呑んだ。
蘭が新一に問いかけたくて出来ていない事を、この1年の子があっさりと言葉に出したのだ。
新一がどう答えるのか、蘭は不安で押し潰されそうになりながら、新一の言葉を待った。

「蘭の事か?あいつとは・・・んなんじゃねーよ」

蘭は、自分でも血の気が引いていくのが分かった。
自分がずっと不安に思っていた事が的中したと、蘭は自嘲気味に思った。
園子が蘭の肩を支えてくれるのを、蘭は遠のきそうになる意識の中で感じ取っていた。

自分は、新一に取っては体の関係すら腐れ縁の延長である、たまたま身近に居ただけの存在なのだと・・・蘭は惨めな気持ちで思っていた。
その場から逃げ出したくても、体が全く動かなかった。

「でも、あの・・・毛利先輩とは夫婦だって噂ですけど・・・違ってたんですか?」
留美が更に食い下がってるのを、蘭はボンヤリと聞いていた。

『お願いだから。これ以上、私を惨めにさせないで・・・』

蘭は悲しくそう思っていた。

けれど、新一の次の言葉は、別の意味で蘭の想像を裏切るものだった。


「あ。そっちの噂のが真実に近い」

新一の言葉があまりにもあっさりしていた為、蘭は一瞬、その言葉の意味が良く分からず、呆然としていた。

相手の本村留美も、ポカンと口を開けていた。
我に返った留美は、顔色を変えて新一に詰め寄った。

「たった今、毛利先輩とはそんなんじゃないって、言ったじゃないですか!?どっちが本当なんです!?」

その後の新一の言葉こそ、蘭は一生忘れる事はないだろう。
新一はにっと笑って、言ったのだった。


「だからさ。夫婦ってのは、付き合ってるとは言わねえだろ?」

蘭も園子も留美も。
暫く皆、石のように固まっていた。

「まあ何て言うかな〜、オレはそもそも、浮気する積りはサラサラねーけどよ、『奥さん』に疑われるような行動して離婚言い出されても困るし?だから、最初から他の女性の事をよく知ろうとも思わないんでね。って事で、わりぃけど、君の事を知る機会を与えて貰うつもりもねーんだ」


蘭が回らない頭で何度も新一の言葉を反芻している内に。
留美は肩を震わせると、その場から逃げるように走り去ってしまった。


「蘭。新一君のその場所は、蘭のものだよ。良かったじゃない」

園子が蘭の方を支えたまま、そう囁いて来た。

蘭はまだ呆然としていたけれど、園子の気遣いを感じ取って、頷いた。
心の中を様々な想いが渦巻いているが、今現在蘭の心を占める1番大きな感情は、喜びであった。



「オメーら、何やってんだよ、こんなとこで」

突然声がふって来て、蘭と園子は飛び上がった。
いつの間にか新一が2人の目の前に立っていたのだ。

「新一君・・・気付いてたの?」

園子が言い、新一が半目になって答える。

「蘭の特徴ある髪の毛が、茂みからはみ出して見えてたから・・・と、ら、蘭!?」

蘭はたまらず、新一にしがみ付いていた。
泣きそうになった顔を2人に見られたくないと言う気持ちと・・・何よりも、新一が蘭を想っていてくれた事がはっきり分かって嬉しかったから。


「ららら蘭!?オレ、オメーに何かしたか?」

新一が上ずった声で焦ったように言う。
それも、蘭への深い愛情があればこそだと、今の蘭には分かったのだった。

「ううん・・・新一・・・そんなんじゃないの・・・ごめんね・・・」


新一の気持ちがすごく嬉しい。
園子の気遣いがとても嬉しい。

そして、新一の深い気持ちに気づかなかった事と、園子に心配をかけた事が、申し訳なかった。



気付いた時には、既に園子はその場に居なかった。
おそらく気を利かせてくれたのだろうと思い、また申し訳ない気持ちになった蘭であった。


   ☆☆☆


その夜、蘭は工藤邸に泊まった。
小五郎に外泊する旨電話をかけた時、蘭はいつものように誤魔化さず、新一と夜を過ごすという真実を告げた。

『はあ!?蘭、オメー・・・!!馬鹿な事を言ってねーで、帰って来い!!』
「お父さん。ごめん。私の帰る場所はもう、新一のところなの。私は・・・新一が帰って来たその日に、身も心も新一のものになったんだもん」

小五郎はまだ何か叫んでいたようだったが、蘭はそのまま電話を切った。
新一が心配そうに蘭を見やる。

「蘭。その・・・オレは嬉しいんだけど・・・大丈夫なのか?」
「うん。でも、ごめんね新一。多分、新一がお父さんにすごく怒られると思うの・・・」
「いや、それはちっとも構わねえけどよ・・・」
「お願い、新一。抱いて・・・」

蘭からの誘いの言葉に、新一の目は大きく見開かれた。

「そんな嬉しい事言われっと、歯止め利かねえぞ?」

新一が蘭を抱き上げながらそう囁き、蘭は頬を染めながら頷いた。


その夜の新一は、歯止めが利かないと自身で言った通り、優しくも激しかった。
蘭は快楽よりもずっと大きな、愛される喜びに包まれて、幸福感でいっぱいだった。


事が終わった後、腕枕をしてくれた新一の胸に頭を預けながら、蘭は訊いた。

「ねえ、新一・・・今日言ってた事、どういう意味なの?」
「ん?どの部分の事だ?」
「新一、私との事・・・夫婦って噂の方が真実に近い、って言ったでしょ?」
「ああ。それが、どうかしたのか?」
「真実だって言い切らずに、真実に近いって言ったの、どういう意味だったのかなって思って・・・」

新一が頭を上げ、蘭の瞳を覗き込んだ。

「オメーさ。普段はとことん鈍いくせに、どうして時々妙に鋭いとこ、突いて来んだろうな・・・」
「え・・・?」

新一が蘭を見詰める深い深い瞳の色に、蘭は囚われて身動きできなくなる。

「本当に、言っちまって良いか?これ聞いて、逃げ出したくなったって、オレはオメーを逃す気はねえからな」
「う、うん・・・」

蘭は、思わず身を固く縮めながら、頷いた。


「何て言うか・・・オメーがオレにとってどんな存在か、オレがオメーをどう思ってるか・・・1番近い言葉と言われれば、better half・・・これ、日本語に訳すと良き配偶者とか妻とかってなんだけどよ・・・ちょっとニュアンス違うんだよな・・・」
「新一・・・?」
「単に夫婦っつったら、別れもあるし浮気もあるだろ?けど、オメーはオレにとって、唯一の存在、唯一の相手・・・単に好きだとか愛しているとかって言葉だけでは、言い表せねえんだ・・・」
「新一・・・」
「一生、離す気はねえからな」

新一が今迄蘭に、愛の言葉をくれなかったのは。想いが深すぎて、言葉にならなかったから。
その事を知って、蘭は幸福感でいっぱいになった。

蘭は新一の首に手を回して抱きついて、答えた。

「うん、新一・・・一生離さないで・・・一生離れないから・・・」

新一が、力を込めて蘭を抱き返した。


そして再び、2人はお互いを求め合う。
眠れない幸せな夜が更けて行った。



実は新一は、1度も愛の囁きをした事がなかった訳ではなくて。
初めて結ばれた晩に、新一が蘭の耳に囁いた言葉が、蘭の意識が既に朦朧としていた為に届いていなかったとか。
そういう事を蘭が知るのは、また後日の事である。




その後、蘭の両親である小五郎・英理、新一の両親である優作・有希子と、新一・蘭の間に、どのようなやり取りがあり、修羅場があったのかは、ここでは語るまい。

ともあれ、若い2人の揺るぎなく固い決意に、とうとう親達が折れ。
新一が18歳になったその日に、2人は法律上の正式な夫婦になったのだった。





Fin.



++++++++++++++++++++++++++++++


<後書き>


このお話は、新蘭夏祭りに贈呈した、「この場所は誰のものですか」の、蘭ちゃん視点裏バージョンになります。
つか、本当はこちらの方が先に構想されていたのですが。
夏祭りに進呈する為に、お題に合わせ、18禁話にならないよう園子ちゃん視点で急いで書いたものが、あちらの話になります。

新一君が、「そっちの噂のが真実に近い」と、あえて「近い」という言葉を使わせたのにはそれなりの意味があって、それが元々話の中心テーマだった筈なのですが。
時間を置いている間に、肝心の部分を危うく忘れてしまうところでした(爆)。


今回苦労したのが、濡れ場シーンです。
何度書き直した事か。だって、私が書く新一君ってば、すぐに蘭ちゃんの耳に「愛してるよ」「好きだよ」って、囁いちゃうんですもん。
でも既に、夏祭りのお話で「言葉がなかった」って書いちゃってるし、テーマとも関わるので、必死で「言葉がない濡れ場」を修正しながら書きました。
そしてねえ。やっぱ、本当の意味で「何も言ってない」のはどうかと思いますし、「新一君なりに言ったんだけど、蘭ちゃんには通じてなかった」って事を描こうと思って。苦労しました。
苦労した分、この作品には愛着もあります。読者の皆様にも楽しんでいただければ、幸いです。

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