期限付きの恋人



(9)ナイトバロンの舞台裏



byドミ



蘭は、小五郎に帰宅の挨拶をし、具合が悪い事と、食事は自力で何とかするよう伝えると、自室に入った。

園子と旅行に行った事は何度もあるが、帰って来るなり具合が悪いと言う事は滅多にないので、小五郎は心配していた。
蘭は、多少良心の呵責を覚えたが、本当の事を告げる訳には行かなかった。


本当の意味で、具合が悪い訳ではないが。
初めての男性との交わりで、かなり無理をしてしまったのは確かだった。


自室で蘭は、服を脱ぎ。
姿見に自分の裸身を映して見た。


もう、この体は、昨日までとは違う。
体のあちこちに、紅い花弁が散っている。
新一は、一応配慮してくれたものらしく、服を着れば隠れる場所ではあったけれど。

蘭の肌全てに、新一が触れ。
そして、蘭の奥深くに、新一が入った。


新一にとっては一時の戯れに過ぎないであろう。
それでも、蘭に、後悔は全くなかった。


新一の求めは激しかったけれど、それでも、蘭を気遣って優しかった事は、初めての事であっても、何となく感じ取っていた。
蘭が心から愛する人に、求め抱かれたのだから。
後悔なんかしないし、不幸なんかではないと、蘭は思う。
たとえ、一時の関係であるにしても。


蘭は、パジャマを身につけると、布団に潜り込んだ。
色々な事があって疲れ果てた為か、眠りはすぐに訪れた。



   ☆☆☆



「・・・コナン、今日は早いな」

新一が店に入ったのは、開店後すぐの事で。
オーナーのミツルから、目を丸くして言われた。

「近々、前期試験が始まりますからね。そうなると暫く、店に出られなくなるかもしれませんので」
「そうか、お前は学生だったな」

新一は、肩をすくめて見せる。
ここでの新一の本名は「江戸川コナン」であり、杯戸大学に通う学生という事になっている。


「・・・今夜は、初めてだが、ビッグなお客さんが見えているから。粗相のないようにな」
「ビッグ?」
「若いお前は知らないかもしれないが。かつて一世を風靡した女優・藤峰有希子だ」
「えー?藤峰有希子?知らないなあ」

新一は、ポーカーフェイスで、ぬけぬけと言ってのけた。

「で、その方が、この店で評判のお前に興味を持って、指名してきた。粗相がないようにな」
「はい」
「あ〜、あと、この店で働きたいという男がいるから。今夜は、見習いで、お前に着けてみるから、その積りで」
「僕に、新人の指導ですか?」

ミツルが新一に引き合わせたのは、勿論、風戸京介であった。

「京介です。金が欲しい事が出来て、どうしてもこちらで働きたいので、ご指導宜しくお願いします」
「あ、こちらこそ、宜しく」

新一は言って、頭を下げる。
そして新一は、京介を連れて、「指名客」が待っている席に向かった。



座っているのは、もう40前後になる筈だが、歳より若く見える美貌の女性である。

「初めまして。憧れの女優さんに会えて、嬉しいです」
「あら〜。こちらこそ、は・じ・め・ま・し・て。宜しくね〜。評判のコナン君に会えて、とっても嬉しいわあ」

その女性は、お絞りを差し出そうとする新一の手を取り、抱きつくと、伸び上って新一の頬に、音を立ててキスをした。
まだ店内に客は少ないが、その行動に、他の女性客から思わず悲鳴が上がった。

「あの、お客様」
「いや〜ん、お客様だなんて。有希子って、呼んでvv」
「有希子さん。ここは、お触りバーじゃありませんので、店の中でそういう事は、困ります」
「いや〜ん。コナン君の、イケズう。分かったわ、今度、同伴を頼むわね。その時、ベッドでゆっくりとvv」
「ところで、有希子さん。こちらは、今日初めて店に入った新人の、京介です」

唐突に新一は、目を点にしている京介を、有希子に紹介した。

「あら、そう。新ちゃ・・・コナンに比べれば、負けるけど、顔立ちは悪くないわね。どうぞ、ヨ・ロ・シ・クv」

そう言って、有希子が京介に向かって手を差し出した。
ついでに言えば、思わず「新ちゃ・・・」と言いかけた有希子の足を、テーブルの下で新一が踏んづけた一幕があるのだが、それは誰も気付いていない。

京介が戸惑う。
新一は、京介に耳打ちした。

「こういう時は、恭しく、手の甲に口付けして差し上げるんだよ」

京介が戸惑いつつも、有希子の手を取り、その甲に口付ける。
有希子はニッコリ笑って手をひらひらと振ると、新一が素早く差し出したお絞りを受け取って、手の甲をゴシゴシとこすった。

京介が、一瞬戸惑って目を点にした後、バカにされたと気付き身をフルフルと震わせた。
しかし、そこはさすがに、それ以上の態度に出る事はなかった。

その後、その席では、当たり障りのない会話が続く。
店の客が増え、新一に別の客からの声が掛かり、挨拶の為に少しだけ中座した。


「いや、しかし、さすがにお綺麗ですね。私、子供の頃、あなたの出ているドラマを見て、憧れてましたよ」

京介が、つまらなそうにしている有希子に、話を向けてみた。

「・・・あなたが子供の頃?つまり、私がオバサンだって、言いたいのかしらあ?」
「え!いえ、決してそのような意味では!本当に、こうやってすぐ傍でお話しできるなんて、夢のようです」
「そう。ねえ、コナン君って、彼女いるのかしら?」
「は?い、いや、私も今夜初めてなもので、そのような事は・・・」

所在無げにしていた有希子が、京介の方を見て、少し意地悪い微笑みを浮かべた。

「そういった事を客にバカ正直に答える必要はないんじゃなくて?」
「は、そ、そうですね・・・すみません・・・」
「有希子さん。新人を苛めるのは止めて頂けませんか?」

いつの間にか戻って来た新一が、少し憮然とした顔で言った。

「あら〜、コナン君、ごめんねえ。あなたがいなくて寂しいものだから、ついつい、こっちの子をからかっちゃったあ」

新一は、一回大きく息を吸ってから、笑顔を作って言った。

「有希子さん。余所見をしないで下さいね。今は、僕だけを見て」
「あらん♪」

急に、ラブラブそうな雰囲気になった新一と有希子の様子を、京介は目を丸くして見ていた。

『何なんだ?この2人?』

京介は、有希子が「コナン」にばかり色目を使うのに対し、別に妬きはしなかったが、いたくプライドを傷つけられていた。
そして、コナンに対して、「ホストとしては解せない態度がある」と、引っ掛かるものを覚えていた。

彼がホストとしてのプロ意識を持っているというのなら、有希子に対しての最初の態度は、少し固く冷た過ぎなかったか?


有希子は、暫く楽しそうに過ごした後に、席を立った。
帰り際、「コナン」の頬にキスをして行ったので、店内にいた「コナンファン」に見咎められ、悲鳴が上がった。

京介は、慣れない仕事の上に、しっかり有希子に振り回されたせいで、すっかり疲れてしまった。
しかしその後も客足が途絶える事はなく。
「見習いホスト」の京介は、しまいには頭痛がするわ足が痛いわで、散々だった。


   ☆☆☆


真夜中。
少し客の流れが途絶える時間があり、京介はグッタリとソファーに座り込んでいた。

京介が見る限り、「コナン」は如才なく客をあしらい続けていた。
京介にも、少し余裕が出て来て、周囲のホストと「コナン」とを、比べる事も出来るようになって来た。

『コヤツには確かに、他のホストと違う所がある・・・が、どこだ?』

そして、ある事に気付いた。
ホスト達は、「ナイトバロンのホスト」として最低限の仕事はしているが、店を贔屓して貰うよりも、自分自身を個人的に気に入って貰おうと、客に対して働きかける。
しかし「コナン」は、個人的に客に気に入って貰おうという意思は、なさそうだった。
如才なく、それなりに誠意を込めて、客に対応しているが。
あくまでも、「プロのホストとして、お客様をもてなしている」のであって、それ以上に踏み込んだ個人的関係になろうとしない。

しかし、女性客は、そのような彼を「落とそう」と躍起になって、通い詰めて来る、そういう面があるようだった。

『これが、ヤツのテクニックだとしたら、すごい事だが・・・さすがに、おそらくそうではない。コヤツには、ホストとしてのし上がろうという野望もなければ、女達から出来るだけ金を絞り取ろうという欲望もない。けれどそれが逆に、女達を惹きつけている。ある意味、無欲の勝利というヤツだな』

さすがに、心理学を専門にしているだけあり、京介は、そこまでコナンの事を見抜いていた。

『それにどうやらこいつ、庶民の女が身を持ち崩したり借金まみれになったりしないように、気を配っている節もある。となると。
クイーンの娘をたぶらかす計画を、こいつが知って阻止したと言うより、単に、一見さんの女学生がホストクラブに夢中にならないように配慮しただけ、という事かもしれんな・・・』

一応、京介はそういう風に結論付けていた。
ただ、コナンへの疑いが晴れた訳ではなく、今後も油断はならないと考えてはいたが。

『あの娘を落とすのは、ホストを使うより、やはり、学校での方が良さそうだな。他の者を通じて彼女を手中にするには、限界がある。私の研究室まで連れて来る事が出来れば、何とでもなるのだが』

「どうしました?疲れましたか?」

声をかけられて、京介は顔を挙げた。
コナンが目の前にいて、京介に氷水を差し出して来た。

「あ、これはどうも」

京介は水を受け取って飲んだ。
この男、本当によく分からんと、京介は再び思う。

「いや、別にホストの仕事をバカにしてた訳ではないが・・・正直、慣れない事ばかりで、疲れました」
「そうですか・・・」
「お金が欲しかったが、私には向いていないから、止めようかと・・・」
「この店としては、結構繁盛しているから、人手が欲しいでしょうけどね。残念だけど、仕方がないでしょう」

コナン自身、学生アルバイトで、店の心配までするような身でもない筈だが、そう言って、残念そうな表情をした。
他人を如才なくあしらう事に長けているのは確かだと、京介は考える。

だが、京介はもう、コナンへの興味は無くしていた。
断わりを言って、オーナー室へと向かった。


「センセイ、どうだったかね?」

ミツルが問いかけて来た。

「まあ、疑いが完全に抜けた訳ではないが・・・ヤツは、どうやら庶民客に身を持ち崩させたくないらしいな。よっぽど、親に甘やかされて来たお坊ちゃんなのかな?それにしては、こういうところでアルバイトをしているのは解せんが」
「ふん。まあ、ヤツは、自分の事に関しての根性はあるが、他人、特に女には甘い。まあ、そういうヤツでも、やりようによっては、水商売でのし上がれない事もないんだがね。まあ、ヤツにはその気がなさそうだから、無理だろう」
「まあ、どっちにしろ、他人を介していては無理のようだから、あの娘に関しては、こちらでやるさ」
「それは、構わんが・・・センセイ、あっちの方は?」
「・・・出資金をすぐに引き上げるとは言わんよ。その娘の事がなくても、お互い、利用価値があって協力出来る間はな。また、おまえに何か頼む事もあろうよ」


去って行く京介を、ミツルは、苦い顔で見送っていた。

その昔、ミツルが、ホストの経験を生かし、新しいホストクラブ「ナイトバロン」を立ち上げた時。
最初は客が入らず、資金繰りに窮していた。
その時、救いの手を差し伸べたのが、風戸京介だった。

一介の大学教授が、そこまで資金を持っている筈はなく、何か後ろ暗いところがあるだろう事は承知の上で、ミツルは京介の話に乗った。
そして、資金提供の見返りとして、京介の指示するままに、何人もの女性を誘惑し、身を持ち崩させて来た。

自分の仕事に誇りを持つミツルは、「女性が楽しく気分良く過ごせる場を提供し、その代価をいただく」事が、ホストクラブとホストの本来の役目だと思っている。
決して、女を身ぐるみはがし、身を持ち崩させてまで、儲けたいと考えていた訳ではない。

けれど、実際には、自分の事業見通しの甘さが、京介のような男に付け入らせる結果を招いてしまった。

現在の「ナイトバロン」は、固定客もつき、資金繰りも順調になった。
京介が、出資金を引き揚げても、もう大丈夫であろう。
けれど、京介を怒らせると、どういう事になるものか、想像するだに恐ろしい。
それが為に、ミツルは京介と決別できないでいた。

「あの男は下種だが。あの男を切れない俺は、もっと下種だな・・・」

ミツルは、自嘲的に言った。

店の名前は、ミツルが愛読している、推理小説家・工藤優作の著名な作品の登場人物から、取った。
コナンは、何故だか、その工藤優作を思い起こさせる人物だ。

コナンが来てからの1年。
ナイトバロンに通って来る女性が身を持ち崩しそうになると、コナンがさり気なく助けを出していた事に、ミツルは気付いていた。

「勝手な言い分かもしれんが。もし、ヤツが、あのセンセイと対決するというなら、俺は応援したいと思うよ」

ミツルの独り言を聞いた者は、誰もいない・・・筈だった。


(10)に続く


+++++++++++++++++


<後書き>

新一君は、ホストを続けている訳ですが。
何しろ、蘭ちゃんはもう、ホストクラブに通う訳じゃないんで、ホストの場面を出しにくく。
個人的に、蘭ちゃん以外の女性の相手をしている新一君の姿を、書きたくもなく。(いくら、節度を保っていると言ってもね)
無理に、有希子さんにご登場いただく事になってしまいました。

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