期限付きの恋人



byドミ



(3)表の顔、裏の顔



コナンの、突然の冷たい態度。
蘭は、テーブルの陰で拳をぎゅっと握りしめた。

コナンの態度に、傷付いたのでは、ない。

『何故だか分からないけど、この人はわたしを、ホストクラブに通う女にさせまいとしてるんだわ』


この世界をろくに知らない蘭にも、分かっている事がある。
ホストの仕事は、甘い言葉と態度で客に夢を与え、その対価としてお金を巻き上げる事なのだ。

客が全くの素人で、身を持ち崩すほどにホストにのぼせようと、借金まみれになって堕ちた人生を送ろうと、どうでも良い筈。
いや、どうでも良いとまでは行かなくても、客として通って来る限りは、夢を与えお金を受け取るのが、彼らの仕事だ。

なのにコナンは今、あえて冷たい態度を取って、蘭を来させまいとしている。
コナンには、ホストとしてのプロ意識は足りないのかも知れないと、蘭は思った。

裏に優しさを秘めた、冷たい態度。

『誰にでも、そうなのかしら?ううん、それじゃ商売あがったりだろうから、学生だったり貧乏そうだったりする女性には、そうなのかしら?』

嬉しくも切ない想いが、蘭の胸をよぎる。
蘭は、自身の憧れに近い淡い想いが、少しずつ膨らみ始めた事を、いまだ自覚出来ていなかった。


「・・・多分もう、ここに来る事はねえだろうって思ってた」

コナンがボソリと言った。

「え?」
「たまに、鈴木さんとか他の人と一緒になら、ともかくも。1人で来るなんて、思ってなかった」
「・・・・・・」

コナンは、無表情で、何を考えているのか、分からない。

「わたしは、今夜ここに、夢を求めて来たのではないの」

蘭が言うと、コナンは片眉を上げた。


「コナンさんに・・・ううん、工藤新一さんに、頼みたい事があって」

コナン・・・新一は、目を丸くして大きく息を吐きだした。

「そうか、分かってたのか」
「うん」
「オレに頼みたいって・・・事件関係?」

新一の眼差しが、蘭がかつて垣間見た事がある「探偵の眼差し」に切り替わる。
ああ、やっぱりこの人の本質は探偵なんだと、蘭は妙に嬉しくなった。


「あ、ううん、ごめんなさい。そういった事じゃなくて。あの、あの・・・店外デートというものを、して欲しいの」
「ゲホゲホゲホッ!」

新一は、口をつけていた水割りを吹きそうになったのをこらえて、盛大にむせた。

「あ、ご、ごめんなさい!」

蘭が慌てておしぼりで新一の服を拭こうとした。
新一はそれを押しとどめ、自分で拭く。

「あのな。ここではオレはホストで、オメーが客なんだから、オメーからサービス受ける訳には行かねえよ」
「・・・全然、ホストらしい態度、取ってないじゃないの」
「ま、それは認めるけどよ。オメー、店外デートの意味、分かって言ってんのか?」
「・・・別に、工藤さんとホテルに行きたいって、言ってる訳じゃないわ」

新一は、天を仰いだ。

「・・・いちいち、予想外の反応してくれる女だな」
「だ、だって!あなた以外に、頼める相手が居ないんだもの!」
「で?オレに何をして欲しいんだ?」

新一が、蘭を真っ直ぐに見据えて、問うてきた。
ホストのコナンとも、探偵新一とも異なる、その眼差しに、蘭は吸い込まれそうになる。

「わたしの通う米花大学の、ゼミ担当の青木助教授の前で、わたしの彼氏だってお芝居を、して欲しいの」
「・・・って事は、その助教授がオメーに言い寄っていて、断る口実として恋人がいると言ったら、今度はその恋人を見せろ、でないと納得しないと言われ、恋人がいるのは嘘だから窮地に立った、で、オレにその役目をして欲しい、と?」
「うん、その通りよ!すごい!さすが探偵ね!」
「あのな。別に探偵じゃなくても、これ位、すぐ分かる事だろうが。けど、オメーの同級生とか友人のつてとかで、頼める相手は居ねーのか?」
「・・・同級生で、青木助教授に太刀打ち出来る人なんて、居ないもん。友達の恋人で、そういう事頼めそうな心当たりは、一人居ないでもないけど、その人は海外に居るし」


それだけではない。
蘭がそういう事を頼んだら喜んで応じてくれそうな男性の学友は、当然、「蘭が恋人になる」という見返りを要求するだろう。
そうなれば、その男が青木の代わりになってしまうだけだ。

「工藤さんだったら、頭脳の面では勿論、他の事でも、青木先生に負ける事は絶対ないし。度胸もあるしはったりも利くから、先生に何を言われても動じないでしょう?だから・・・」
「で?ホストであるオレに頼むんだから、当然見返りが必要だろうという事で、店外デート、か・・・」
「ええ。聞いたところでは、ホストとの店外デートは、食事代とかのデート費用全部と、おこづかいのようなお金を渡して、お店には同伴手当を上乗せした料金を払って、行くんでしょ?確かにエッチ付きが普通だって聞いたけど、それは、お客さんへのサービスとしてって事だから、客が望まなければ必要ないと思うし・・・」

新一は難しい顔をして考え込んだ。
何を考えているのか、見当がつかない。

「あ、あの。あなたが、青木先生を納得させて、退ける事に成功したら。その時は、成功報酬として・・・私が今まで、いざと言う時の為に個人的に貯金した五十万を、全額出すわ。そんなんじゃ、ホストに頼む報酬としては、足りないかしら?」
「いや。不足って事は、ねーと思うぜ」
「じゃあ、お願い出来る?」
「・・・断る」

にべもない即答に、蘭は、頭が真っ白になる。
何故だか、「断られる」事は、考えていなかったのだ。

『わたし・・・何だか・・・馬鹿みたい・・・何でこの人が、1回客として会っただけの私の頼みを、聞いてくれると思ったんだろう?』

「ホストのコナンへ、店外デートとしての依頼だったら、断る。けど、最初オメーは、『工藤新一』に頼みたいって、言ったよな?」
「う、うん・・・」
「探偵の仕事とは言えねーが、工藤新一としてなら、その依頼、引き受けても良いぜ」
「ほ、ホント!?」

一旦ガッカリしただけに、新一の申し出は思いがけなく、蘭は思わず顔がほころんでいた。

「ホストとして受けるんじゃねえから、金銭の報酬も要らない。けど・・・そうだな・・・成功報酬で良いんだけど」
「え・・・?」
「例えばその青木という助教授が、その場で一旦引いても、後々、オメーを困らせる可能性も、ありそうだろ?だから、アフターフォローも兼ねての事になんだけど」
「う、うん・・・」
「3ヶ月間。期限をつけて。毛利蘭が、工藤新一の恋人になる、って条件でなら。引き受けても良いけど。どうだ?」



それこそ、思いがけない申し出に、蘭は大きく息を呑んだ。

青木助教授の罠から逃げ出す為に、新たな罠に自分から望んで捉われようとしている事を、その時の蘭は、自覚していなかった。


新一からの、「期限をつけての恋人関係」の提案。

これがもし、他の男性から提案されたものであるのなら、期限があろうとなかろうと、考えるまでもなく、却下しかない。
けれど、誰でもない、新一からの提案に、蘭は戸惑い考え込んだ。


「期間限定しての、恋人?」

喉の奥が乾いたために、掠れた声で、蘭が問うた。

「ああ。今から3か月・・・8月31日まで。9月1日の0時で、期間満了って事で」
「恋人ごっこをするって事?」
「・・・まあ、そういう風に思って貰って、構わない」
「それであなたには一体、何の意味とメリットがある訳?」
「一つは、オレにも、オメーと同じく、特定の恋人がいると誤魔化したい相手が居る事。もう一つは、仕事上のサービスでなく、普通に女の子と過ごしてみてえなって思ってる事。その二つが、オレの側の意味とメリット・・・だな」

蘭は、俯いて、唇を噛みしめた。
新一の真意が奈辺にあるのか、掴めない。

新一の言い分が、不当なものだとは思わないが、蘭の中に苛立ちと怒りの気持ちがあった。
それこそが、蘭が既に囚われかけている証だったのだが。
蘭は、気付いていなかった。

「3ヶ月って、期限をつける理由は?」
「契約上だけの恋人なら、期間を限定してた方が、お互いに割り切れるし、気が楽だろう?」
「で、あの・・・どういう事をするの?お互いに、誤魔化したい相手の前で、お芝居するだけ、じゃないわよね?」
「そりゃ、勿論。デートして、電話やメールをして。普通の恋人同士と同じように、2人でスタイルを作って行けば・・・って、思ってるけど」
「じゃあ・・・仕事を止めてとは、言わないけど。わたしと恋人でいる間は、他の人と店外デートや同伴をしないでって言ったら、・・・どうするの?」

その瞬間、新一が俯いた為、暗い照明の中、前髪に隠された表情は、蘭から伺い見る事が出来なかった。
蘭は、口に出した途端に、言った事を後悔していた。
新一の「仕事」に、そのような口出しをする気はなかった筈なのに。

『この人が、3ヶ月間恋人になろうって言うのは、きっとゲームみたいなものだよね・・・こんなウザい事を言ってしまったら、やっぱりこの話はなかった事にしようって、言われてしまうかも・・・』

新一が顔を上げた。
その眼差しと表情からは、何も読み取れない。

そう言えば彼は、ポーカーフェイスが得意な筈だったと、蘭は思った。

「そうだな。恋人の立場としては、それも、当然だろうと思うよ。だから、オメーがこの条件を呑んで、恋人契約を結んだら、その時は。蘭の恋人で居る間は、お客さんと店外デートや同伴はしない。他の女性に、指一本触れない。・・・その間は、オメーだけのもんで居てやるよ」


蘭には、分からなかった。
新一がどういう積りで居るのかも、分からなかったけれど。
新一の提案を、いつの間にか受け入れてしまおうとしている自分自身が、もっと訳が分からなかった。



(4)に続く


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<後書き>

タイトルの部分が、ここで、出て来ました。

新一君が蘭ちゃんに提示したのは、「期限をつけての恋人関係」。
一応、その「期限」には、意味があるのですが。

蘭ちゃんには、暫くの間、「片思いの辛さ」を味わわせてしまう事になります。
え?私の書くパラレルではいつもの事?わははは〜ん。

新一君にも、想定外だった事が沢山あります。
今回の蘭ちゃんの行動は、まさしくそうでした。
けれど新一君は、それを逆手に取る事にした・・・その目的は、元々、決して、彼自身の利益では、ありませんが。
ちと、彼自身の欲望に沿った暴走もしますけどね(爆)、ええ。

おいおい、色々な事が明らかにされると思います。

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