期限付きの恋人




byドミ



(2)かつての高校生探偵



「工藤新一さんは、最近、マスコミに姿を見せなくなったけど、探偵活動は続けている筈よ。お父さんが時々口にしてるから」
「そっか、蘭のお父さんも、探偵だもんね。でも、その探偵さんが、何でまた、ホストなんか・・・」
「そうだね。女の人を弄ぶような人じゃないって、信じていたいけど・・・」
「蘭、人間って変わるのよ。わたしも蘭も、そして彼も。彼はもう、蘭が憧れていた高校生探偵じゃない。それ以前に、仕事の顔と私生活の顔は、違うかも知れない。探偵としては立派でも、女性に対してはだらしないかも知れないわ」

「うん、園子、分かってるよ。幻想に囚われたりは、しないから」
「蘭・・・」
「彼と関わるのは、今夜だけ。この店の中だけの、一晩の夢だって、ちゃんと分かってるから・・・。大丈夫だよ」

園子は不安だったけれど、キッパリ大丈夫と言い切る友に、それ以上何も言えなかった。


   ☆☆☆


「毛利」
「青木先生・・・」
「ゼミの事で、ちょっと相談があるのだけど」
「はい・・・」

蘭は、ゼミを担当している若い助教授・青木隆に声をかけられ、躊躇いつつも、青木の研究室へと向かった。

青木は、研究内容とゼミに関して、蘭が非常に興味を持つテーマを取り扱っていたので、蘭は蘭は青木の授業を選択しゼミを取り、とても熱心に打ち込んでいた。
青木に関しては、悪い噂をちらちらと聞いた事があったが、信じていなかった。

しかし、ここ最近、青木の蘭への態度は「助教授が学生に対して取る態度」を逸脱し、蘭は辟易し始めていた。
蘭が青木に興味を持っていたのは、あくまで学問的な事であったというのに、その熱心さを完全に勘違いされているようだ。

けれど、無視する訳にも行かない。
特に、次回のゼミでは、蘭がチューターとなって進行させる事になっているのだから。

青木の研究室で、ゼミに関する打ち合わせが済んだ後、青木はおもむろに口を開いた。

「この前の話、考えてくれたかい?」
「いえ。全く考えていません」
「は・・・?」
「だって。私の答は、決まっていますから。先生は先生です。学問の方面では、とても尊敬しています。でも、個人的に親しくなる気は、ありません」
「毛利。一体、僕の何が不満なんだ?」
「不満とか、そんなんじゃ。だって、先生と学生という関係ですし」
「何を固い事を。君はあと2年もしたら、卒業だ。そうしたら、僕達の間を隔てるものは、何もなくなる」

蘭のやんわりとした拒絶が、青木には全く通じていないらしい。
立場とか何とか以前に、そもそも青木に対して恋愛感情など全く持てないという、単純な事が、この男には通じていないのだった。
そこで蘭は、奥の手を出す。

「あ、あの。先生、申し訳ないですが。わたしには、恋人がいるんです」

本当は、そのような男性は居ない。
蘭の脳裏に浮かんだ顔はあったけれど、彼とはそもそも何の接点もないのだし。

蘭は今迄、縁はあってもその気になれず、恋人と言える存在を作った事がなかったのだ。

けれど、言い寄って来る男性に対して、断る口実として一番適切なのは、「彼氏がいる」と言う事だと、思ったから。
蘭はあえて、嘘をついた。
しかし、青木という男、蘭の想像をはるかに超えていた。

「恋人?同級生かい?」
「え、ええ・・・まあ・・・」
「この大学の?」
「い、いえ。別の大学です」
「君には、同級生のような男は子供過ぎて釣り合わないだろう?」
「そ、そんな事はありません!」
「じゃあ、会わせてくれるかい?」
「な、何故!?」
「その男が、本当に君に相応しい存在か、見極めてあげるよ。でなきゃ、僕は引かないからね」

蘭は、喘ぐように息をついた。
何をされている訳でもないのに、目の前のこの男が恐ろしかった。

「わ。わかりました。お連れします!」

蘭は立ち上がって礼をすると、研究室を飛び出して行った。


本当だったら、完全に縁を切ってしまいたい。
もはや今の蘭には、学問への興味より、青木から逃げ出したい思いの方が勝っていた。
けれど、青木の授業とゼミを、中途で放り出した場合、留年か、最悪の場合は退学を覚悟しなければならない。


青木の目の前に、「蘭の恋人」を連れて行ったとて、それで事態が解決するものかどうかは分からないけれど。
青木に文句を言わせないだけの男を探し出して、何とか凌ごうと、蘭は考えた。


ふと、蘭の頭にひらめくものがあった。

『ホストには、確か同伴・店外デートというシステムが、あった筈・・・』

エッチ付きが普通だと園子は言っていたが、エッチはあくまで、客を喜ばせる為のものだから。
それなりの見返りを用意すれば、エッチなしの店外デートに応じてくれる筈だと、蘭は考えたのだ。


   ☆☆☆


蘭は、再び1人で、ナイトバロンに向かった。

開店と同時の20時に、蘭は店に入る。

「毛利蘭様、再びのお越し、ありがとうございます」

さすがに客商売、一度来た客の事は、把握しているようだ。
このまま常連になって行く者も、多いのだろう。

蘭は、常連客になる気は、全くなかったけれど。

席に案内されると、蘭は同席しようとするホストを押しとどめ、開口一番に言った。

「あの。指名をお願いしたいのですけど」
「ご指名ですと、料金が別にかかりますが?」
「構わないわ」
「どなたを、ご指名で?」
「くど・・・コナンさんを、お願いします」
「あ、あの・・・コナンはまだ・・・他のホストでお願いする訳には参りませんか?」
「・・・どうしても、無理なら。今日は、帰ります」

売れっ子らしいコナンを、まだ常連でない蘭が指名するのは、もしかしてマナー違反だったのかも知れない。
けれど、他のホストでは、意味がないのだった。
告げられたホストは、多少困惑の表情で、

「少々お待ち下さい」

と言って、その場を去った。


向こうの方で、数人のホストが会話しているのが、切れ切れに聞こえる。

「困るなあ、システムを知らない素人さんは」
「コナンは、いつも遅いし、毎日入るとは限らないんだけどな」
「今日は確か、10時頃来るという事になってたようだぜ、指名客もいるし」
「・・・一応、連絡してみたら?ヤツも、体が空いていたら、早い時間でも来る事もあるし」

蘭が、今日は帰ろうかと思案し始めた時。
ホストの一人がやって来て、蘭に告げた。

「間もなく、来るとの事です。ただ、コナンは、10時から既に常連客の指名が入っておりまして、それまでの間という事になりますが」
「ええ。構わないわ」

蘭は、ホッと一息をついた。

やがて、蘭が求めていた姿が、現れる。


「お待たせしました、早速のご指名ありがとうございます」

コナンはにこやかにそう言って、蘭の隣に座り、早速、水割りを作って手渡して来た。


しかし、他のホストが場を離れた途端に、コナンの表情は一変した。


「何で、来たんだよ?ここは、あんたのようなお嬢さんが、何度も足を運ぶようなとこじゃねーぜ」


以前とは打って変わって、冷たい声音、ぞんざいな口調。
蘭は、テーブルの前で拳をぎゅっと握りしめた。


(3)に続く


+++++++++++++++++++++++++


<後書き>

えー。
言うまでもありませんが、ドミは、ホストクラブっちゅうものについて、全くの無知〜です。
決して短くない人生(笑)の中で、一応ホストクラブと呼べる所に行ったのは、前の職場の同僚に連れられて行った事が一回あるきり。しかも、田舎のホストクラブなんで、銀座あたりの高級店の事なんか、正直更に分からんですし。

でもまあ、「ホストクラブってのは、基本的にスナックのホステスがホストになったバージョン」だって事だけは、その1回で何となく理解出来ましたけどね。って辺りが、この作品で少〜しだけ、活かされてるかな?

で、スナックもですが、ホストクラブも、高い!高級店じゃなくても、高い!
それでも、ボトル入れて水割り飲んでりゃ、まだ割安だってのに、一緒に行った内の1人が、ガチのビール党で、しかも飲む飲む。あんな場所でビール頼んだら、一体いくらになると思ってんだ!?
正直言って、支払時には、青くなりました。こいつとは二度と、居酒屋の飲み放題コース以外には一緒に行かん!と心に誓ったものでした。

同伴システム等に関しては、様々な情報ソースから、こういうものらしいという事で。もしも嘘があったら、申し訳ないですが、そこは「フィクション」という事でご容赦ください。


青木助教授は、勿論、決して良い人間ではないですが。
彼も実はちと、可哀相な人間だったりします。彼が蘭ちゃんを狙う背後には、別の影があるのです。

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