期限付きの恋人




(12)過去のトラウマ



byドミ



7月に入ると、蘭も新一も、大学の前期試験が入り、忙しくなった。
新一はその期間さすがに、ホスト稼業の方は休みを取っているようだった。

試験期間中の為か、大学では、瑛祐や中道と会う事も少なく。
風戸教授を見かける事は、更になく。


蘭は、新一と「外でデート」をする余裕もなく。
けれど、恋人同士でいられる限られた期間を、新一に会わずに過ごす事も出来ず。
時々工藤邸を訪れて、新一に抱かれていた。

蘭は、新一とひとつになっている瞬間も、好きだが。
事が終わって、新一に抱きしめられている時間も、好きだ。
その時の新一はとても優しく、愛されているような錯覚に陥る。

蘭を抱こうとする時の新一は、獲物を狙う肉食獣めいた目で蘭を見据えているが。
事が終わった後の新一は、蕩けそうに優しい目で、蘭を見詰めてくれる。
蘭を抱き締める腕も優しく、顔中に触れるだけの優しい口付けが降って来る。


「蘭。オメー、抱く度に、ドンドン良くなるな・・・」
「えっ?」
「オメーの中はいつも、オレのを熱くキュッと締め付けて来て、スゲー気持ちイイし」
「やっ!な、何て事言うのよ!?」
「今はこうやって、清純なあどけない顔をしているオメーが、あの時、どんなに妖艶な女の貌(かお)をしてるか。あの貌と声、他の男に見せたり聞かせたりしたくねえ。ずっと、オレ1人のものに、していたい」
「・・・・・・」

そんな事を言っていても、新一と蘭は、8月末までの、期限付きの恋人なのにと、蘭は恨めしく思う。
悔しいから、その期に及んで「手放したくない」と思わせる女になりたい。
でも、蘭には、計算して「新一が手放せないような女」になる事なんか、出来ない。

新一がとっくの昔に、蘭だけに囚われているなど、全く知らない蘭は、そういう風に考えていた。



7月の後半、前期試験が終わり、夏季休暇に入り。
新一には、ホストの仕事と探偵の仕事とがある為、結構忙しく、蘭も、ゼミやバイトや空手部の活動でそれなりに忙しかったけれど、試験中よりは時間も取れるようになり。
以前のように、新一と「外でのデート」が、くり返されるようになった。
ただ、以前とは違い、外デートの後、工藤邸で体を重ねる事が、当たり前のように行われるようになったけれど。



   ☆☆☆



青木准教授の影は、スッカリ薄くなっていた。
蘭は、身の危険を感じる事もなく、単位を落とす心配もなく、ゼミを続ける事が出来ていた。
新一に、その事を報告すると。

「良かったな。けど、油断は禁物だ。青木准教授は、風戸の催眠暗示で、その気になっていた可能性が高いようだから」
「えっ!?」
「青木が元から、蘭の事をにくからず思っていたのは、確かだろう。けど彼も、元々は、学生相手にそれなりに良識を持って対応していたようだし、風戸と関わる事がなかったら、蘭にちょっかいを掛けて来る事もなかった筈なんだよな」
「な、何で!?どうして、風戸先生が、青木先生を煽るような事、する訳!?」
「最初は、単に。まだ助手だった青木が、研究成果を高名な教授に取られて、けれど訴える気の強さもなくて、泣き寝入りしていたところを。風戸教授の催眠暗示を受ける事で、自信を持てるようになり、変わって行ったんだ。そして、研究成果を次々発表して、世間に名を知られるようになった」
「そ・・・それだったら・・・別に、悪い事なんかない、むしろ、良い事なんじゃないの?」
「ああ。催眠術って、別に、それ自体が悪でも何でもない。リラックス出来たり、自信を持てたり、過去のトラウマを治療したり・・・良い方向での使い道も、沢山あるんだ」
「でも、それだけでは、収まらなかったって事なの?」
「ああ。青木は、それまで女子学生に一方的に懸想しても、それを自分の胸に納めていたんだが。学問で成功すると、恋に対しても、相手の言動を自分に都合良いように解釈して強引に行くほど、ポジティブ過ぎるようになった。それだけならまだしも。一旦思いを遂げると、相手への興味が急速に失せ、別の女性に興味が移り、結果、やり逃げするようになった」
「・・・・・・!」

蘭は、息を呑んだ。
青木の、女学生に対してのだらしなさについて、噂を聞いた事はあったが。
それがまさか、風戸の暗示によるものだったとは。

「蘭。勘違いすんなよ。青木のやり逃げに関しては、風戸の所為じゃなくて、青木本人の資質だ。ただ、以前は片思いで終わらせていたので、誰にも実害がなかったのに、風戸の暗示の所為で妙にポジティブになった挙句が、そうなったって事なんだ」

蘭は、身を震わせて、頷いた。
女子学生を弄んだ件は、青木准教授に全面的に責任がある。
青木の件だけを見るなら、風戸教授に責任があるとは言い難い。

「あの日、オレの行動で、蘭に対してスッカリ自信を失った青木准教授だが。風戸の催眠療法を受けて元気になったら、またいつ、その気になって蘭に手を出そうとするか、分かったもんじゃねえよ」
「うん。気をつけるわ」
「風戸が、青木に対して行っているのが、単なる催眠療法だったにしても。催眠療法で悩みを楽にする、元気になると、呼び寄せた女子学生を、催眠状態で金持ち男達に売っていたのは、ほぼ間違いない事実だ。ただ、物的証拠が、なかなか・・・」
「ねえ、新一。だったら、わたしが囮になって・・・」
「バカな事を考えるな!」

突然、新一が怒鳴ったので、蘭はビクリとする。
新一は、ふうっと息を吐き出すと、穏やかな表情になって、低い声で言った。

「・・・大きな声を出して、ごめん。蘭、オメー、催眠にかかった振りをして、風戸を出し抜こうと、考えてただろ?」
「う、うん・・・」

新一が言った事が図星だったので、蘭は頷くしかない。

「ヤツの催眠暗示を、甘く見るな。自分は絶対かからないなんて、侮るな。生涯癒えない傷を負う可能性が高い。オメーに、もし、何かあったら、オレは・・・」

新一の顔が歪み。
蘭は、俯いた。

「ごめんなさい・・・」
「謝って欲しい訳じゃない。ただ・・・自分を大事にして欲しいんだ」
「うん。分かった」

蘭の心に、新一が蘭を大切に想っている気持ちが、伝わって来る。
それでも、蘭は、あくまで「新一は探偵として、蘭という1人の女性が、事件に巻き込まれないように心配しているのだ」としか、思っていなかったけれども。


新一が蘭を抱き寄せた。
そして、そのまま、熱く甘い時間へと突入する。

体を重ね合わせるようになって、日は浅いが、2人の体はしっくりと馴染んで来るようになった。


新一との、ひと夏の思い出を胸に。
この先の人生を、ひとりで、生きて行けるだろうか?

想像するだけで、悲しく寂しい。
けれど、新一以外の男性を愛する日が来るなんて、永遠になさそうだから、ずっとひとりで生きて行くしかないと、蘭は思っていた。


けれど。
愛されていると錯覚するほど、いつも優しく熱く抱かれて。
もしかしたら、新一が蘭の事を愛してくれるかもしれないと、期待を持ってしまう瞬間も、多くなっていた。

期限が来ても、このまま、蘭を傍に置きたいと思ってくれないだろうかと、蘭は夢見るようになっていた。



   ☆☆☆



熱いひと時の後、蘭は新一の腕の中で、気になった事を聞いてみた。

「ねえ。新一って、探偵事務所、立ち上げてるの?」
「・・・まだ、名前だけだ。実際に事務所を構えている訳じゃない。個人でやってる延長みたいなもんだよ。今は、実績を挙げて、資金を作っているところ」
「服部さんって人は?」
「大阪出身の、オレと同い年の探偵だ。高校時代は、西の服部東の工藤と呼ばれた・・・いわば、ライバルかな?」
「・・・新一って、すごいね・・・まだ若いのに・・・高校時代から、探偵として名を挙げて・・・」
「ん?高校生探偵なんて、遊び半分でやってる様なヤツは、軽蔑してんじゃなかったのか?」
「えっ!?」

新一のからかうような口調に、蘭は身を起こしてマジマジと新一を見た。
正直、身に覚えがない。

「わ、わたしが、そんな事!?」
「・・・へえ。こっちは結構、傷付いたのに。言った当人は、覚えてねえんだ?」
「新一に、そんな事、言ったの!?いつ!?」
「まだ高校生の頃だよ。オレに直接言ったんじゃねえけどな。聞こえちまって」
「ご、ごめんなさい!わたしがそんな事、言ったなんて!でも・・・絶対、本気で言ったんじゃないから!」

蘭は、青くなって頭を下げた。
どういう状況でそんな事を言ったものか、蘭にはとんと、覚えがなかったけれど。
新一がそういう嘘をつくとは思えなかったので、どこかでそんな事を言ってしまったのだろうと思う。

「オメーは、滅多な事で人を悪く言う事はねえから、話の流れで言っちまったんだと、思ってる。凹んだのも事実だけど・・・まあ実際、その頃のオレは、事件に真剣に取り組んでいる積りで、一方ではチヤホヤされて、天狗になってた部分もあった。だから、鼻をへし折られて、ちょうど良かったんだよ・・・」

新一が手を伸ばして来て、蘭の頬を撫でた。
蘭を見詰める眼差しは優しく、そのどこにも責めるような色はない。
けれど、蘭は何だか、いたたまれなかった。



   ☆☆☆



「らーん。こっちこっち!」
「絢、久し振り〜!」
「蘭。ホントだね〜。会いたかったよ」

蘭は、園子と共に、中学時代の同級生・七川絢と、久し振りに遊びに行く事になったのだった。
絢との交流はずっと続いていたけれど、大学に入ってからは、お互いに忙しいのもあり、会う回数は減っていた。

今日、3人が来ているのは、トロピカルランド。
小中高校が夏季休暇に入ると、ますます来場者が増えるだろうからと、その前に行く事にしたのだった。
梅雨明けはまだだが、今日の天気は、薄曇り。
強い日差しも雨もない、まずまずの天候と言えた。

平日とはいえ、多くの大学が夏季休暇に入っているし、梅雨の合間だしで、結構混み合っていた。
人気のアトラクションに、並んで待つ。

絢が、蘭を真正面から見据えて、言った。

「ねえ、蘭ってば・・・昔から超可愛かったけどさ。何か・・・すごく綺麗になっちゃって、どうしたの?」
「そりゃあ、聞くだけ野暮ってもんじゃない?ようやく蘭にも、春が来たって事よ」
「あ、そっかあ。蘭は無茶苦茶もてるクセに、彼氏作ろうとしなかったもんねえ。どんな男も、袖にしちゃってさあ」
「蘭ってば、高望みなのよねえ」
「そ、そんなんじゃ!だって・・・好きでもない人と付き合っても、意味ないじゃない!」
「そうねえ。蘭って、男嫌いなのかって思う位、好きな相手が出来なかったもんねえ。で、どんな人なの、蘭のハートを射止めたのは?やっぱ、超イイ男?」
「まあ、イイ男の部類だろうと思うわよ。わたしの好みとは違うけどねえ」

園子と絢が、蘭の恋愛を肴に盛り上がっている。
蘭は、こっそり溜息をついた。
新一とは、近い内に期限が切れてしまう仲だから、あんまり、彼氏が出来たと、周りに知られたくなかったのだ。

「蘭。写真は持ってないの?」
「えっ?そんな・・・写真持ち歩いたりなんか・・・」
「普通、写メで撮ってたりしない?」
「・・・考えた事もなかった・・・」
「蘭らしいわねえ。どんな男か、見たかったのに〜」
「わたしらと、タメで。なんかさ、わたしは知らなかったけど、高校生の頃、高校生探偵とかで、名前と顔が売れてたらしいのよね」
「園子って、ミーハーだけど、探偵には興味ないよね」
「だって、わたしが好きなのは、怪盗キッド様だもん!」
「・・・ねえ。蘭。高校生探偵って・・・なーんだ、あの時の彼か」
「えっ!?」

絢の言葉に、蘭は目をむいた。

「蘭ってば、あの時は、気がないような事を言って置いて、結局、照れてるだけだったのね〜」
「わ、わたし・・・絢に、新一の事で、何か言った?」
「シンイチっていうのか、蘭の彼」
「そうそう、工藤新一だって」
「名前は覚えてなかったけど・・・その時の彼、でしょ?」
「う、うん・・・多分・・・」

蘭は必死で、思い起そうとする。
何しろ、蘭が高校生の頃、事件絡みで新一と出会った機会は、かなり多かったので。
どれと特定する事が難しいのだ。

「ほら、わたしがバイトしてたコンビニで、窃盗が繰り返されて、わたしが疑われた時。蘭が、解決してくれた事があったじゃない?」
「う、うん・・・」

蘭と園子が、たまたま、絢がバイトしているコンビニに行った時。
絢は、店長から疑いを掛けられ、叱られている真っ最中だったのだ。

そしてその時は蘭が、自信がないながらも、コンビニのトイレ天井裏に隠れ住んでいる犯人を突きとめ、事件を解決したのだった。

「でも、その時って、新一は関係ないよね?」
「問題は、その後。蘭が、警視庁にいる蘭のお父さんに、お弁当を届けに行ったから、わたし、着いてったでしょ?」
「そう・・・だったっけ?」
「ああ!わたしは次の予定があったから、別れたんだったよね。何、その時、絢は工藤君を見た訳?」
「うん!婦警さん達がキャーキャーやってるから、どこの芸能人かと思ったら、高校生探偵の、工藤君?だったって訳」
「!」

蘭はようやく、その時の事を思い出した。
婦警達を如才なくあしらう新一の姿に、妙にムカムカしてしまっていたのを、覚えている。

「わたしが、高校生で警察に頼りにされてるなんて、すごいねって言ったら、その時、蘭ってばさ。『何がすごいのよ、少しは頭が切れるかもしれないけど、お遊びでやってるだけじゃないの』って、言ったんだよねえ」

蘭は、血の気が引きそうになった。
確かに、その時、そういう事を言った。
でも、その時の蘭は。

新一の事を意識してしまっていたから、ついつい、それを認めたくなくて。
婦警達がキャアキャア言っているのに対しての嫉妬もあって。
照れ隠しの強がりで、そう言ってしまっただけ、だったのだ。


『でもさ。蘭のお父さんと同じ、探偵だよ?彼位だったら、蘭の恋のお相手としても、ちょうど良いんじゃない?』
『冗談じゃないわ。そりゃ、お父さんみたいに、仕事として責任を持って、事務所でも立ち上げるって言うんなら、考えても良いけどね!』


普段だったら言わないような毒舌も。
新一を意識し過ぎているからこそだったのだけれど。

蘭は、過去の自分の発言と、それをスッカリ忘れていた自分自身に、目眩がしそうだった。

そして、先日の新一の発言を、思い出す。
新一は間違いなく、蘭と絢との会話を聞いてしまっていたに違いないと、蘭は気付いて。
それこそ、卒倒しそうになった。


「蘭が、そこまで言うから、あ、逆にこれは、意識しまくってるかなって、思ったんだけどね。案の定・・・」
「そうね。蘭も、素直じゃないところ、あるからさ。本当は、その頃から工藤君の事・・・って、蘭!?どうしたの?真っ青だよ?」
「・・・その時の会話・・・新一に、聞かれてる・・・」
「えっ?」
「偶然だろうけど。わたしが絢と話している時、新一はきっと近くにいたんだわ・・・」
「蘭?」
「でも、今、蘭とお付き合いしてるんだったら、工藤君はその事、何とも思ってないんじゃない?」
「そうそう!聞かれてたとしても、気にする事ないって!」
「・・・たとえ、新一が許してくれたとしても。わたし、自分で自分が、許せない・・・」
「蘭・・・」
「彼は、いつも、真剣に事件と向き合っていたのに。そして、そんな彼を、わたしは誰よりも、認めていたのに・・・」

園子と絢が、気遣わしげに蘭を見やった。

『何てバカなわたし!あんな事を言ってしまったわたしを、新一が好きになってくれるなんて、ある筈がないじゃないの!なのに、何を夢見ていたのかしら?』


「もう!蘭、元気だしなって!」
「蘭が、あの時はごめんなさい、本気じゃなかったのって可愛く言えば、工藤君も絶対、笑って許してくれるから!」

園子と絢が、蘭の背中を叩いて言った。
2人は、蘭と新一の「契約」の事を知らない。
単純に、恋人同士なのだと思っている。
だから、大丈夫だと、請け合う事も出来るのだ。


蘭は、2人の為に必死で笑顔を取りつくろったが、心の中では、スッカリ打ちのめされていた。



(13)に続く


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後から辻褄合わせを色々やっている為に、今頃になってこんな過去のエピソードが出てきたりして、ホント、すみません・・・。

蘭ちゃんがホストクラブに来て再会するまでの間、新一君が、何故、蘭ちゃんと関わろうとしなかったのか。
「空白の2年間」の理由を、どこかで出さないといけないと、思っていたので。

その「理由」は、一応、最初から考えていたのですけど。
当初の予定より、ちとグレードアップしてしまったかなーと。

蘭ちゃんが、本音を隠した憎まれ口を言ってしまった相手に、園子ちゃんとは別の友達、って事で、絢ちゃんを出してみました。

昔の裏下書きブログにはかなり前に載せていたのに、ラブ天にアップするのはずいぶん遅くなってしまいました。
重ね重ね、すみません・・・。


このお話で大きなポイントとなっている「8月31日」。
2011年8月31日までには、終わらせたいなーと。

そんな事言って、またもや、狼少年になってしまう予感が、ひしひしとしています。


2010年9月19日脱稿


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