期限付きの恋人



(11)探偵事務所のスタッフ



byドミ



「瑛祐君、中道君。一体・・・?」


蘭は、風戸教授からある程度離れたところで、蘭から離れ大きく息をついた2人に、声をかけた。
中道はそれに答えず、蘭達から離れ、携帯電話を取り出して、誰かに電話を掛けていた。

「瑛祐君?訳の分からない事して、どういう事なのか、説明してくれるんでしょうね!?」

蘭は、柳眉を逆立て、瑛祐に詰め寄った。

「あ・・・や、それはその・・・」

瑛祐が、明らかに狼狽した様子で言葉を濁した。
その時、携帯で話している中道の言葉が蘭の耳に入って来た。

「ああ、分かった、気をつける。じゃあな、工藤」

中道が「工藤」と相手に呼びかけたのが、気になった。
割合ありふれた名前だと思うけれど、そうそう沢山そこら辺にいる名前でも、ない。

中道が、蘭に向き直って言った。

「・・・毛利。細かい説明は、工藤がしてくれる筈だ」
「えっ!?」
「工藤新一だよ。分かるだろ?」
「う、うん・・・」

蘭は、目を丸くしながら頷く。
やはり、中道の電話の相手は、新一だったのだ。

「オレ達の口から、あまり多くは言えない。けど、今の毛利に全部隠したままだとかえって危ういからって、二つだけ話すように、言われた」
「・・・・・・?」
「風戸京介教授が、心理学のエキスパートであると同時に、催眠術の達人でもあるって事」
「えっ!?」
「そして・・・教授は、女子学生を催眠術で騙して、酷い目に合わせているって疑いが、ある」
「そ、そんな事!」

信じられないと、一瞬、思った。
けれど。

「それは・・・新一が、言った事なの?」
「ああ」
「あなた達は、一体・・・?」
「オレ達はただの、工藤の高校時代の同級生だよ。今回の件で、協力を頼まれてるけどね」
「まあ、工藤服部探偵事務所の協力所員っていうか・・・」
「あ、バカ!瑛祐!」

中道に叱責されて、瑛祐は慌てて口を押さえた。
蘭は、目を丸くする。

色々と、混乱している。
けれど・・・。

工藤服部探偵事務所という事は、新一は服部某という人物と共に、探偵事務所を構えているのだろう。
新一は、夜はホストの顔をしているけれど、決して、探偵を止めている訳ではなかったのだ。

そして新一は、何らかの事件の捜査をしていて、その被疑者が風戸教授という事なのだろう。

捜査中の事件の事を、新一が蘭に詳しく語ってくれなくても、それは構わない。
蘭は、探偵としての新一の事を、無条件に信頼している。
だから、新一から依頼されて活動しているという、瑛祐と中道の事も、信用しようと思った。

風戸教授が犯罪者かもしれないという事は、にわかには信じ難かった。
新一とて「捜査中」であり、確証を得ている訳ではないのだろうから、蘭としては彼が犯罪者であるという思い込みは、避けるべきであろうと思う。
けれど、もしも、新一の疑いの通りなら、うかうか近付くと蘭が犯罪に巻き込まれる恐れはある。
だから、「犯罪者と決め付けはしないけれど、ハッキリしていない今は、近付かないで置くべきだろう」と判断する。


「ねえ。じゃあ、2人がこっそり捜査している風戸教授が、わたしに声をかけて来たから、わたしを守ろうとしてくれたのね」

蘭が、言った。
2人は、ホッとしたような表情で頷いた。

「風戸が毛利に接触した事で、こりゃやばいと思って、たった今、工藤に連絡したんだよ。後の詳しい事は、工藤本人に聞いてくれ」
「分かったわ。とにかくわたしは、風戸教授に近付かないようにするから。それで良いのよね?」

蘭の言葉に、2人は再び頷いた。
この時点で蘭はまだ、風戸がもし新一の疑う通りの犯罪者であったとしても、風戸教授が蘭に声をかけて来たのは、たまたまターゲットにしたのかと考えていた。


   ☆☆☆


その日。
蘭が工藤邸を訪れると、新一は留守だった。
色々忙しいのだろうと思う。
新一は「留守がち」だとも言ったし、「蘭だったら勝手に入っていて良い」と言ったのだから、蘭は気にしない事にした。

蘭は、台所に向かうと、買って来た食材を台の上に置いた。
そして、冷蔵庫を開けて、首を傾げる。

「新一って・・・自分で料理を、するのかしら?」

中には、結構色々な食材が入っていた。
それも、昨日今日買ったばかりの新鮮なものである。

蘭は、台所を見回した。
ごく最近、きちんとした形で、使って整理したような気配がある。

忙しい新一が、たとえ自炊したとしても、台所をこういう風に整える事は、考えにくい。


『もしかして、他に女の人が?』

蘭は、頭に浮かんだ考えを打ち消す。
新一は蘭をたわむれに期限付きで恋人扱いしてくれているだけ(と蘭は思っている)だから、他に女性が出来ても、責める筋合いはないと、思うけれど。

『期限が来るまでは、わたしだけだって言ってくれたし。それに・・・もし新一に、元から恋人がいるのなら、わたしと浮気するような人じゃないよね』

蘭は、気を取り直して、料理を始めた。

やがて。料理が出来あがろうとする頃。
玄関のドアが開く音がして、程なく、新一がキッチンに顔をのぞかせる。


「蘭。来てたんだ」
「あ、お帰りなさい」
「もしかして、ご飯作ってくれてんの?」
「う、うん・・・迷惑だったかな」
「そんな事、ある訳ねーだろ?すっげー、嬉しい」

新一が、満面の笑顔で言う。
蘭は、新一の表情に、胸がキュンとなると同時に。
どこかで、ツキンと痛みが走るのを、感じていた。

ダイニングに食事を運ぶのを、新一が手伝ってくれる。
そして、2人で食べ始めた。

「すっげー、美味え」
「ホント?」
「ああ。旅行の時のお弁当で、蘭が料理上手なのは、分かってたけど。やっぱ、うめえよ」

新一は、大層な食欲を見せて、蘭が作った料理を平らげてくれた。

「美味かった。ご馳走様」
「お粗末さまでした」

蘭が、お皿を片づけようとすると、新一がそれを制し、台所に持って行く。

「後片付けは、オレがやるよ。料理作らせて置いて、片付けまでなんてったらバチが当たるって」

新一は、そう言って笑い、蘭に座っているよう促した。
蘭は、そっと新一を窺い見る。
新一は、さっさと食器を流しの方へと運んで行った。

座っているようにと言われても。
何もやる事がなくて、なんだか落ち着かず、ソワソワしていた。
そして、何となく部屋の中を見回す。


気のせいだろうか?
何となく。

新一以外の、女性の影を、そこかしこに感じてしまうのは。


蘭は、膝の上で、ぎゅっと両手を握り締めた。


蘭がここに来て、食事を作ろうと思い立ったのは。
学業と探偵の仕事とホストの仕事をやって心身ともに疲れているだろう新一を、少しでも、癒す事が出来ればと、考えたからである。

蘭は、突然、思い出していた。
最初に「期限をつけた恋人」の提案をして来た時の、新一の言葉を。

『特定の恋人がいると、誤魔化したい相手がいる』

新一は、そう言っていた。
もしかして。
誤魔化したい相手とは、新一の元カノだったりするのだろうかと、蘭は妙に勘繰ってしまっていた。

『仕事上のサービスではなく、普通に女の子と過ごしてみたい』
とも、言っていた。
という事は、新一に入れあげて通って来る女性客に、閉口しているのかもしれないとも、思う。


『でも、待って。新一がどういう理由でホストをやっているかは、しらないけれど。女性を勘違いさせて、探偵業に差し障るようなヘマを、するかしら?』

グルグル考えると、余計に分からなくなる。
と、突然、目の前にコーヒーが差し出されて、蘭は驚いた。


「ホラよ。砂糖とミルクは、好みで入れて」
「え・・・?」
「紅茶かなんかの方が、良かったか?あいにく、今は切らしてて、コーヒーしかねえんだけど」
「大丈夫よ。ありがとう」

蘭はかろうじて笑顔を作ると、カップに口をつけた。
コーヒーの苦さが、胸に広がって行く。

「・・・オメーさ。ブラックで大丈夫なのか?」
「ちょっと苦いかも」
「あのなあ」

新一が呆れたような顔をする。
蘭は、砂糖とミルクを少しずつ入れ、改めてコーヒーに口をつけた。

「・・・新一・・・今日、お仕事は?」
「ああ。今日は一応、終わり」
「えっ・・・?」

時刻は、夜の8時。
ホストクラブ「ナイトバロン」は、まだ開店したばかりだろうにと、蘭はちょっと首をかしげた。

「あ・・・仕事って、あっちの方か」

新一が苦笑して。
蘭は、そのやり取りで、不意に分かった事があった。


新一に取って、仕事とは、探偵業で。
ホストは、少なくとも、メインの仕事ではないのだ。


「ナイトバロンは、今日は休み」
「えっ?」
「蘭。今夜は、泊まってくか?」

新一の言葉に、蘭は思わず、カップを取り落としそうになった。



   ☆☆☆


蘭は、自宅に電話をして「園子の家に泊まる」と、告げ。
促されるままに、新一の寝室に入った。

工藤邸の中で、そこかしこに何となく、この前蘭が訪れて以降に、他の人の気配があった事を感じていたのだけれど。
新一の寝室ではそのような事がなく、蘭はホッと息をついた。

「あ、灯り・・・消して・・・」
「いやだ。蘭の綺麗な体が、見たい」
「そ、そんな・・・っ!あん!」

新一の手が、蘭のシャツの中に入り込み、肌をたどる感触に、蘭は思わず声を上げた。
最初の時より、自分の体が反応し易くなっている事に気付き、恥ずかしくてたまらなくなる。
性急に蘭を求める新一の息づかいが、荒い。

「んっ・・・んっ・・・あっ・・・」

新一の指と唇が肌を辿って行く感覚に、蘭は声を上げる。

「蘭・・・すげー、可愛い・・・」
「し、しんい・・・あん!」
「オメー、最初の時より、感じ易くなってんな」
「そんな事!ああっ・・・!」

新一に言われなくても、感じ易くなっている自覚はあったが。
それを指摘されるのが、恥ずかしくてたまらない。

「怒るなよ。蘭が感じてくれる方が、オレも嬉しい」

新一の言葉が、余裕しゃくしゃくに感じられて、蘭は何となく悔しい。

『でも、わたしの片思いなんだから。仕方ないのよね』

経験がない蘭だけれど、新一は、蘭の心身を気遣いながら、大切に抱いてくれていると、感じている。
それは、新一の持つ「女性への優しさ」と、経験から来る余裕だろうと、蘭は思っていた。



蘭の下腹部に、疼くような感覚があり。
蘭の中から、トロトロと溢れ出すものがある。

新一に蘭の足を広げられた。
溢れ出したものが滴り落ちるのも、新一に見られているかと思うと、蘭は羞恥に身をこわばらせた。

蘭の入り口に、猛ったモノがあてられ、グッと押し入って来る。
痛みは殆どなく、ただ、圧迫感と共に、蘭の中いっぱいに新一が存在しているのを感じた。

蘭の中に入ってすぐに、新一が腰を動かし始める。

「はあ・・・ああん・・・!」
「蘭・・・蘭・・・っ!」

快感の波に襲われ、蘭はあられもない声をあげて身悶えした。

粘着性のある水音、体がぶつかる音、2人の荒い息づかいと、蘭の嬌声、そしてベッドのきしむ音が、部屋の中に響く。
空調が効いている筈なのに、熱気が充満する。


蘭がひときわ高い声をあげて果てると同時に、新一の動きも止まり、新一のモノが蘭の奥で大きく脈動するのを感じた。

新一が、ゆっくりと蘭の中から己を引き抜き。蘭の隣に横たわって、蘭を抱き寄せた。


愛する人との交わりで満たされた気持ちと、一方的な片思いだという認識での哀しみが、蘭の心の内で交錯する。

新一が優しく微笑み、蘭の額に頬に瞼に、そして唇に、口付けて来る。


新一以外の男性と交わった経験がない蘭には、事が終わった後の新一の行動が、いかに愛情溢れたものなのか、分かっていなかった。
ただ、新一はベッドの中でも女性に優しいのだなと、思っただけである。


「ねえ、新一って・・・恋をした事、ないの?」
「はあ?」

蘭も自覚はあったが、蘭の質問は突拍子もないもので。
新一は、目が点になっていた。

「誰にでも優しいけど・・・本気で誰かを好きになった事って、ないのかなと思って・・・」
「・・・あるよ・・・」

新一の返事に、蘭は目を見開いた。
まさか、そういう返事が来るとは、予想していなかった。
新一は、体を起こし、蘭から新一の表情は見えなくなった。

「高校生の時、だな。事件現場で出会った女の子に、オレは恋をした。見た目も、すげー可愛かったんだけどよ・・・腕っ節はなまじの男より強くて・・・でも、信じられねーくれー優しくて・・・人の事でも自分の事のように思って、泣いちまうお人好し・・・気付いたら、はまってた。もう、オレには、こいつしかいねーって、思った」

蘭は、ショックを受け、泣きそうになりながら、聞いていた。
新一が、誰か1人の女性に本気になる事があるなんて、想像した事もなかった。
誰の事も好きでないのなら、片思いでも耐えられると思っていたのに。

「す、素敵な女性なのね」

振りかえった新一は、今にも笑い出しそうな、奇妙な表情をしていた。

「ああ、とっても素敵な子だな・・・けどまあ、その子は、オレの事なんか歯牙にもかけてなくてよ。ツンケンした素っ気ない態度だったなあ」

工藤新一にツンケンした素っ気ない態度を取れる女性なんか、この世にいるのだろうかと、蘭は思う。

「そ、その人とは・・・どうなったの?」
「・・・まあ、完全に片思いだったな」
「えっ?え・・・っ?」
「過去の事は、どうでも良いじゃねえか。今、オレの恋人はオメーなんだから・・・」

新一は、優しい目で蘭を見詰め、抱き締めて来た。
今は、蘭が新一の恋人。
けれど、それも、後2ヶ月の間だ。

『わたし・・・わたし・・・その時が来たら、本当に耐えられる?』

新一が、蘭の髪と背中を撫でる。
その優しい感触が、かえって辛い。


「蘭。催眠術については、知ってるか?」

蘭を抱き締めたままに、新一が突然の話題を転換し、蘭はついて行けず、思わず目を見開いていた。
心理学の風戸教授が催眠術に長けていて、それを使って犯罪を犯していると、中道達が言った事を思い出す。

「ええっと・・・テレビとかで見た事あるけど・・・催眠術にかかった人は、術師の言いなりになって動くんだよね?でも、何か、やらせっぽくしか見えなかったんだけど・・・」
「催眠術は、れっきとした科学だよ。誰でも、使ってる」
「えっ?」
「たとえばさ。蘭、空手の試合なんかに臨む時、どうしてた?緊張している時、自分で自分に『大丈夫』って言い聞かせたりしなかったか?」
「う、うん・・・」
「母親が転んで泣きだした子供にさ、『大丈夫、痛くない、痛くない』って言うのも、暗示の一種と言えば、言える」
「ああ・・・そうね、そうかもね」
「普段でも、暗示の力である程度、自分や相手をコントロールする事が出来る。催眠術は、おおざっぱに言うなら、それを更に進め、人をトランス状態に導き、操ったり、心の奥底に眠っていた記憶を取りだしたり、するものなんだ」
「な、成程・・・」
「風戸教授は、精神医学と心理学の大家であり、催眠術にも長けている。そして今迄、講師や学生達を操っては、何人も破滅させてきた」

蘭は、顔をあげた。
新一の眼差しが、怖い位真剣なもので。
蘭は、息を呑む。


「催眠術って・・・本当に、そんな事まで、出来るの?」
「人間の精神の力って、時に思いがけない事を起こす。蘭、聖痕・・・聖なる痕跡って・・・知ってるか?」
「知らない・・・」
「熱心なクリスチャンが、イエス=キリストと同じ苦しみを自分の身に受けようとして、イエスが磔にされた時に釘を打たれたのと同じ手首足首から、血を流して、傷跡が残る・・・そういう事があるんだ」
「・・・・・・!」
「催眠術って言っても、あくまで、当人の力を利用しているだけだが。術者が誘導に長けたヤツなら、殺人や自殺すら、させる事が可能だ」
「そ、そんな!」

蘭は、身を震わせた。

「米花大学では、最近、色々とおかしな事が起こっている。蘭も、噂を聞いた事はねえか?いつの間にか恋人以外のヤツの子供を宿していた女子学生の話」

とても信じられないので、蘭が聞き流していた噂の中に、確かにそういうものがあった。

「も、もしかして・・・催眠状態で、他の男の人と・・・?」
「ああ。余程深いトランス状態にして、逆らえないようにしていたか、あるいは、目の前の男を恋人と思い込む暗示をかけられたか。催眠状態の間の事は忘れるようにする事も出来るからな。金を持った男達に、トランス状態の女子学生達を斡旋して、報酬を得ていたらしい」


蘭は、身震いした。
別の男を、新一と思い込んで抱かれ、その男の子供を宿す。
もしも蘭が、そういう事になってしまったら、蘭は、生き続ける事すら厭わしい程のショックを受けるだろう。


「ただ。催眠術ってのは、物証が殆どないだけに。犯罪の立証が、とても難しいんだ」

蘭は、震えて新一に縋りつきながら、頷いた。
風戸教授には近付かないようにしなければと、改めて思う。

新一が、蘭の震えを宥めるように、優しく蘭の髪と背中を撫でていた。
蘭の顎に手を掛けられ、上向かされると、新一の唇が蘭のそれに重ねられる。

優しく触れるだけの口付けが、段々貪るように深いものに変わり。
蘭は再びベッドに横たえられ、新一の手が蘭の肌を辿り始める。


若い2人の欲望に、再び火がつくまで、さほどの時間はかからなかった。



(12)に続く



++++++++++++++++++++++++



<後書き>

蘭ちゃんには、色々と辛い想いをさせてます。
ごめんなさい。

でも、蘭ちゃんが本当にひどい目に会ったりとか。
本当に辛い事になったりとか。
そういう事は絶対、ありませんので、ご容赦ください。


新一君にしても。
イタズラに隠している訳ではなく。

蘭ちゃんに全てを話してしまうのと、今の時点では隠して置くのと、いざとなった時どちらが蘭ちゃんを守れる事になるのか、見当がつかなくて。
それで、言えないでいる部分が、あったりするのです。

戻る時はブラウザの「戻る」で。