期限付きの恋人




byドミ



(10)風戸の犯罪



「お帰りなさい、新ちゃん」
「ただいま。母さん。帰って来るなら来ると、連絡くらい入れてくれよ」

新一が帰宅すると、そこには、藤峰有希子・・・いや、現在の名前は工藤有希子である、新一の母親が待っていた。
新一は、やや憮然とした表情で、母親の挨拶に返した。
リビングに移ると、有希子が淹れたてのコーヒーを差し出して来た。

「うふふっ。一度、ホストをしている新ちゃんの姿ってのを、見てみたくってね〜」
「・・・悪趣味だな・・・」
「女性をあしらう新ちゃんの姿には、私までドキドキしたわ〜。でも、さすがに優作と私の息子ね。どんな状況だろうと、絶対、女性をもてあそんだり傷付けたりしないんだから」
「あのな。んなの、当たり前の事だろうが」
「そうね。当たり前の事ね。でも残念ながら、世の中では案外、そうなってないものなのよ」
「・・・父さんは?一緒じゃねえのか?」
「あら。母親より、父親の方が良いの?寂しいわ〜」

そう言いながら、有希子はさして傷ついた風もなく、ニコニコしている。
我が母ながら、有希子の相手は疲れると、新一は溜息をついた。

「暫くこっちにいるのか?」
「うん、まあ、せっかく帰って来たんだし。色々、気になる事もあるから、暫くこっちにいると思うわ。でも」
「でも?」

有希子が新一の方を見て、意味深な笑みを浮かべた。

「お邪魔のようだから、私と優作は、ホテル暮らしする事にするわね♪」
「じゃ、邪魔って!?」
「んふふふ〜。親のいる家に、女の子連れ込むのは無理ですもんねえ」

嬉々として言う母親に、新一は頭を抱えた。
しかし、ここで下手に反応すると、悲惨な目にあうだろう事は、重々学習済みである。

蘭を送ったその足でナイトバロンに向かった新一は、この家に蘭がいた痕跡を消す余裕もなかった。
有希子は、新一以上の推理能力と観察力を持つ優作の妻だ。
新一がこの家で女性と過ごした事に気付かれても、不思議ではない。

新一は、カップを置くと立ち上がった。

「ごちそうさま。母さん、オレ今日は、朝から講義だから、もう寝る」
「新ちゃん?」
「母さんは適当にやっててくれ。じゃあ、お休み」
「新ちゃん、待って!英理はこの件での正式な依頼者なのよ、分かってるの?」
「あん?」

階段を上りかけていた新一は、母親の方を振り返った。
有希子は、真剣な眼差しで新一を見上げた。

「守るべき相手に手を出して、あなた一体、どういう積りなの?」
「何だ。母さん、オレが蘭を毛利邸まで送ってったとこを、見てたのか」
「今は、謎解きをしてるんじゃなくて!新ちゃんやっぱり、蘭ちゃんに手を出したのね!」
「・・・オレは、蘭を全力で守る。でもそれは、依頼されたからじゃ、ない」
「新一?」
「初めて会った時から、オレにとって蘭は、特別だった。仕事だから私情を絡めるなと言われても、蘭に関してだけは、それは出来ない」

有希子は、目を丸くした。
そして、ニッコリ笑う。

「偉い!それでこそ、優作の息子だわ!」
「はあ?」
「だあってえ。優作が私と付き合い始めた時、今の新ちゃんとおんなじ事言ったんだもん!」
「あっそ・・・」

有希子と優作は、推理ドラマの主演女優と、原作の作家として、出会った。
そこでの経緯に関して、新一は特に聞いた事もないが。
あの、クールな父親が、母親相手にそのような情熱をぶつけた事もあったのだと聞くと、何やら複雑な心境になった。

「おめでとうって言うべきかしら?新ちゃんの想いが実ったって事だから。英理は苦い顔をしそうだけどね」
「もしかして。母さん達は、小母さんや蘭達の為に、こっちに暫くいる事にしたのか?」
「まあ、それも、あるわねえ。で、新ちゃん達の邪魔をしないように、お手伝いするから。頑張ってね」

新一は、脱力した。

「ナイトバロンのオーナーが、不本意ながらも、風戸に協力をしていた事は、掴めたけど。蘭をどうやってあの店に誘導したものか、それがまだ分かんねえんだよな・・・」
「あら。本当に分からないの?」

有希子が笑いを含んだ声で言って、新一は首をかしげる。

「ナイトバロンのオーナーが、鈴木朋子さんを通じて、蘭ちゃんをあの店に寄越そうと画策してたのは確かだけどね。それに乗った振りをするよう、進言したのは、私♪」
「な、何だって!?母さん!?」

さすがに新一は驚き、上りかけていた階段を下りて母親に詰め寄った。

「何で!?」
「あら怖い。あの日、新ちゃんが確実にお店に入る事が分かっていたからあ。新ちゃんがきっと蘭ちゃんを守ってくれる筈だって、確信してたからに決まっているじゃな〜い」

新一は大きく息をついた。

「成る程な〜。オレは、感謝すべきなんだろうけど・・・」
「そうよう。感謝しなさいよ。だって、新ちゃんがいない時に蘭ちゃんがお店に行ったとしたら、果たして蘭ちゃん、どうなってた事か」


普通だったら。
蘭が、騙されてホストに入れ込むなど、考えにくいけれど。

風戸絡みで、催眠術をかけられてしまった場合、どうなっていたか、分からない。



新一達が英理に協力して追っている風戸京介の犯罪は、催眠術を使った巧妙なものだったのだ。



風戸京介は、元、非常に優秀な外科医だったのだが、手術中、他の医師のメスで怪我をし、黄金の手技に自信が持てなくなって、医師を止めたという過去を持つ。
その後、今は蘭のいる米花大学の、心理学の教授になっている。
医師免許を持っているから精神科医として活動する事も可能なのだが、彼は別の道を選んだのだった。

風戸は確かに、頭脳は非常に優秀であったらしい。
心理学の研究で、大きな実績もある。
ただ、彼は教授として最低限必要な研究や講義以外では、滅多に表に出ようとしなかった。



この2〜3年、米花大学では、色々と黒い噂が付きまとっていた。
精神的におかしくなったり、自殺したりする学生が、多いのである。
女子学生の中には、「自分でも知らない間に」恋人以外の男性の子供を身ごもってしまい、人生を狂わされたという、不可解な事件もいくつかあった。

事態を憂慮した米花大学学長のから、妃英理弁護士に密かに相談があったのは、2年前の事。
米花大学には、英理の娘である蘭も入学したばかりであり、英理としても、他人事ではなかった。

しかし、英理は弁護士であって探偵ではなく、抱えている案件も多数あり、身動きが取れない。
そこで英理は、当初、探偵である夫の毛利小五郎に、相談しようとしたのだが、相談する前に些細な事で喧嘩になり、話が出来ずじまいになった。
そういった愚痴を、久し振りに会った親友の有希子に相談したところ、有希子の息子である新一を紹介されたのである。
その頃新一は、同じ東都大学に籍を置く、大阪出身の服部平次と共同で、将来は探偵事務所を作ろうと、その準備をしているところであった。

英理はそれまで、新一との直接の面識はなかったが、有希子の夫の推理作家・工藤優作が、元々探偵として優秀である事も知っていたし、新一の数々の活躍を聞いてもいた。

そして新一は英理の正式な依頼を受け、「工藤服部探偵事務所」最初の大仕事として、英理の依頼を請負う事になったのである。

「工藤服部探偵事務所」は、まだ、事務所自体は構えておらず、正式に発足するのはまだ先の事であるが、組織的には一応の形式を整え、新一が所長、平次が副所長、そして平次の幼馴染みである遠山和葉が事務員となっている。

新一も平次も、今迄に何度も、米花大学の学生の振りをして、入り込んでいた。
しかし、自分達も東都大の講義をそうそうサボる訳には行かないので、毎日行ける訳ではない。そこで新一は、高校時代の同級生など信頼出来る者を中心に、米花大学内に協力スタッフを作っていた。


そうして。
心理学教授の風戸京介が、催眠術の使い手であり、多くの学生や講師達を催眠術で操り、彼らを破滅させ、自分は私腹を肥やして来たという事実を、突き止めた。

ただ、そこからが問題で。
事が催眠術である為に、風戸の犯罪を立証する事が、非常に困難であるという現実に、ぶち当たったのだった。

英理と新一達は相談し、搦め手から行く事にした。
催眠術で、風戸に操られて犯罪を犯した者を、逮捕起訴させる事に成功したのである。

証人として、風戸を裁判所へ引っ張り出す。
そして、必ず風戸の犯罪を立証する。
催眠術というものへの理解があまりないだろう裁判官達の目の前で、風戸が何をやったのかを、きっちり暴かなければならない。


風戸もさすがに、その動きの中で、自分に目星をつけて罪を暴こうとしている者達がいる事に気が付いたらしい。
この春頃から、蘭の身辺が怪しくなって来た。

元から、蘭は、男子学生や講師陣に、もててはいた。
ただ、蘭の意思を無視してかなり強引に蘭に迫る者達が、妙に多くなって来始めたのだ。
青木准教授も、以前から蘭に対して気はあったものらしいが、積極的に迫って来るようになって来たのは、風戸に操られての事だと思われる。

英理に対する牽制として、英理の娘である蘭が狙われ始めたのは、間違いないようだった。


そこで、英理個人から新一達に、事件捜査と並行して、蘭を守るようにという依頼があったのだった。


高校時代から、蘭に対して好意があった新一は、正直、仕事とは別に、蘭と再会して関係を深めて行きたいと思っていたが、身動きがとれず、ままならず。
蘭を守りたい意思は元からあったものの、「仕事」としてそれをやるのには躊躇いがあったが、色々考えて結局は、英理の依頼を受ける事にしたのだった。



   ☆☆☆


「毛利さん。大丈夫?顔色悪いけど」
「あ・・・瑛祐君?ありがとう・・・大丈夫よ、週末ちょっと一泊旅行に出かけたから、その疲れが出たんだと思う」

少しボンヤリしていた蘭は、本堂瑛祐から声をかけられて、笑顔を見せて言った。
瑛祐は、大学に入ってから知り合った男子学生であるが。
女顔で線も細く、蘭はどうも、瑛祐に対しては、「女友達」のような感覚で見てしまうところがある。

蘭に対してコナかけて来る男子学生も多いが、それとは別に、純粋に友情としての好意で蘭に接してくれる男子学生も、このところ多いような気がしていた。
サッカーをやっている中道とか、今目の前にいる瑛祐とかが、ここ最近は特に親しげに声をかけて来る。

「旅行って、いつも蘭さんが言ってるお友達の園子さん?」
「あ・・・ううん・・・」

蘭はこういう時、妙に誤魔化しや嘘が言えない。

「もしかして、この前から噂になってる、東都大の工藤新一君と、ですか?」
「え!?な、何で分かるの!?」

蘭は思わず真っ赤になって言った。
すると。
何故か瑛祐は、ちょっと肩を落としてガックリきたような様子だった。

「瑛祐君?どうかしたの?」
「あ、い、いや・・・何でも・・・そうですか、順調にお付き合いしてるんですね」
「・・・順調と言えるかどうかは、分からないけど・・・」

蘭が少し沈んだ気分になって、答えると。
瑛祐が、にっこりと笑って言った。

「大丈夫ですよ、工藤君なら。幸せになって下さい!」
「え・・・?あ、ありがとう・・・」

瑛祐の言動は不可解な部分もあるが、どうやら蘭の恋を応援してくれているのは、間違いないようである。
良い友人が出来たなと、蘭は素直に考えていた。


「蘭さん、今から昼食をご一緒しませんか?」

瑛祐の言葉に、蘭はちょっとだけ逡巡する。
他の女子学生が一緒ならためらわないのだが、一応瑛祐は男子だから、2人でというのはちょっと・・・と思わないでもなかった。
決して、嫌な訳ではない。
何しろ、どうしても感覚的に、女友達のような感じがしてしまうのだから。

「あ、無理にとは言いませんけど」
「そ、そんな事はないわ。でも、学食は今の時間、混んでないかなあ?わたしは弁当持参だし。」
「あ、じゃあ、気候も良いし、僕、そこのコンビニで買って来ますから、あのベンチで・・・」

蘭は頷いた。

「じゃ、すぐ来ますから、待っていて下さいね」

瑛祐がそう言って駆けて行くのを、蘭は笑顔で見送った。
そして、ベンチに腰掛け、弁当を広げる。
すると、声がかかった。

「へえ。今時、手作りのお弁当かい?それとも、お母さんが作ったものかな?」
「えっ?」

蘭は顔をあげた。
直接講義を受けた事はないが、顔は見知っている、風戸京介教授が、そこに立っていた。

「こんにちは・・・心理学の風戸先生ですか?」
「ああ。学生の心理研究の為に、こうやって学内をぶらついたりしてるんだよ。今時の女子学生の心理とか、特に興味あってね」
「あ、あの・・・」
「君にも、協力して貰うと、嬉しいな」

蘭は、目の前の相手に対して、特に警戒心も起こらなかったが、さりとて、好意らしきものも生じなかった。
ただ、戸惑いがある。
そこへ。

「も、毛利!」
「蘭さん!」

駆けつけて来た男が2人あった。
中道と瑛祐である。

「毛利、田中教授の講義をこの前サボったんだけど、その時のノートを見せて貰えないかな!?」
「あ、僕は、前田先生のこの前の講義のノートを!」

2人、妙に不自然に、蘭に絡んで来て、蘭は目を白黒させた。
しかも2人とも、何故か風戸教授の方を絶対に見ないように、目を背けている。

「あ、あのっ!」

2人は両脇から蘭を強引に引っ張って、その場から離れて行った。
蘭の頭の中は、クエスチョンマークでいっぱいになっていた。



(11)に続く


++++++++++++++


<後書き>

やっと、風戸が行っている犯罪の片鱗が、見えて参りました。
自分で設定して置きながら、その描写が嫌で嫌で。
はい、修行が足りません。

蘭ちゃんは事件に「巻き込まれている」訳ではなく、最初から中心に座っていた訳です。


催眠術に関しては。
リアルな部分を残しながらも、ご都合主義の描き方になると思います。
私は、社会小説を書きたい訳でも、現実主義のお話を書きたい訳でも、ありませんから。
書きたいのは、ラブコメ!
漫画的に、いや、漫画以上に、ご都合主義になってしまうかと思います。


あ、今回から、世間の流れに合わせて、青木さんを助教授から准教授へ変えています。
以前の分は、いずれ修正します。

学校も、知らない間に、ドンドン変わって行ってますよね。
色々と、冷や汗かきながら、書いています。

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