期限付きの恋人



byドミ



(1)ホストクラブ「ナイトバロン」



銀座でも一等地に、「ナイトバロン」という高級ホストクラブがあった。

「コナン、今日も遅くの勤務だな・・・同伴でもないのに」
「ああ、オレは色々やる事がありますからね」
「まあ店が本当に忙しくなるのは夜半過ぎからだから、お前のような勤務でも助かるんだが」

ナイトバロンの開店時間は夜8時。
今の時刻はもう10時を回っている。
今出勤して来て、先輩ホストのユーヤから声を掛けられた男は、源氏名をコナンと言い、ここに入って1年程だ。
彼は現役の学生との事で、勉学の他にも何かやっている事があるらしく、いつも店に入るのは早くて10時、遅いと12時頃だった。
都合がつかないとの事で休む日も多い。
もっとも店にとってはそれでも、彼を雇うメリットが充分にあるのだった。

ホストクラブには、夜遅いお客が多い。
飲み屋やスナックやファミレスなどで夜遅くまで働いた女性や、準夜勤務が終わった看護師などが、今度は自分がサービスを受ける為にやって来る。
だから、ホストクラブは閉店が遅い。
ナイトバロンではそろそろ始発電車が動き出す朝5時が閉店時間となっていた。

コナンは、眉目秀麗なその容姿もさることながら、元来フェミニストであるらしく女性の扱いがうまく、既にかなり熱心な客が沢山ついている。

「誰かパトロネスを探せば良いのに。そしたら勤務時間は短くても美味しい思いが出来るんじゃないか?」

ホストとしての給料は安いものではないが、さりとて勤務の厳しさに比較して高いとも言いがたい。
けれど固定客がつけば、指名料の他にも同伴手当てや客からの貢物など、普通だったら色々実入りがあるものなのだ。
コナンは、最近指名料は入るようになったものの、同伴や店外デートは絶対にしないので、そういった実入りがなかった。

ユーヤの言葉に新一は苦笑する。

「オレには、客と寝る趣味はありませんので」

ユーヤも苦笑して返した。

「言ってくれるなあ。俺たちだって、趣味で誰とでも見境なく寝てる訳じゃないんだぞ」
「見境なく、なんて思ってませんよ。気を悪くさせたのなら謝ります。お互い割り切っての体の付き合い、それ自体が別に悪いとも思わない。ただ、オレは、そういう気にならないだけで」


「体を使って客を取るのは、実は水商売の世界でも、2流に過ぎない。あいつ、その気になれば絶対、超一流のホストとして、のし上がれるのにな・・・ヤツには、そういった野心は、欠片もないらしい。惜しいな」

そう言ったのは、若くしてこの店を開いたオーナー・ミツルである。

「オーナー、ですがヤツに野心があったら、いずれライバルになりかねませんよ」
「違いない」

ユーヤの言葉に、ミツルは笑って答えた。




午後11時、そろそろお客が多くなって来た時刻に、店の入り口で若い女の言い合いが聞こえた。

「園子、ここって、相当高いんじゃない?」
「まあまあ蘭、お祝いじゃない。社会勉強と思ってたまにはこういった店に入ってみなよ」

綺麗なソプラノの声と、やや鼻にかかったアルトの声である。

「でも・・・こんなとこ、園子に奢って貰う訳にはいかないし、かと言って自分では払えないし」
「固い事言わないの、誕生日くらい奢られたって、バチは当たんないわよ」
「だって・・・」

「お客様。そこは入り口ですから、どうぞ中に入ってお掛け下さい」

コナンが、いつまでもじゃれ合った言い合いを続けていそうな2人に声をかけた。
2人の女性は顔を見合わせて赤くなり、促されるままに店内に入った。

蘭と呼ばれていた女性は長く艶々サラサラした黒髪の、大きな黒目の綺麗な女性だった。
細身だがバストは大きく、抜群のプロポーションである。
もう1人の、園子と呼ばれていた女性は、対照的に肩の上で切り揃えた明るい色の髪で、カチューシャで留めて額を出している。
勝気そうな目をしているが、こちらもなかなかの美人で、やはりスタイルが良い。



蘭がコナンからおしぼりを受け取りながら、俯き加減で小さな声で言った。

「ごめんなさい、あんな所で騒いで、迷惑掛けちゃって」

コナンは、ふっと笑って言った。

「あれ位、迷惑などではありませんよ。僕の本音としては、是非とも貴女方をお客様としてお迎えしたい、あなた方の傍でお話をしたい、そう思ったのです」

蘭という女性は、こういう所に慣れていないのであろう、コナンのその言葉にポッと赤くなった。
園子は逆に場慣れしているらしく、悪い気はしていないようだが蘭ほどに際立った反応は見せなかった。

コナンは、ブランデーのボトルとセットを、新一が運んで来た。

「え?このボトル・・・」
「以前、お母様と一緒においでになった時、お母様が入れられたボトルですよ、園子さん」

「あら、私達のテーブルに着いたわけでもないのに、良く覚えてるわねえ」

園子が感心したような声を出す。
コナンは気障にウィンクして答えた。

「チャーミングな方は、1回見たら忘れませんよ。こちらの方は、また、とても素敵な方だが、初めてお会いしましたね」
「あ、あの・・・」

蘭が戸惑った声を出した。

「ああ、これは失礼。僕は、コナンといいます。どうぞお見知り置きを」

コナンが優雅に礼をして、言った。

「前回、わたし達のテーブルにはついてないけど、ひときわ目立っていたから、君の名は知っているわ。この子は、蘭。たまにはこういう所も良いかと思って連れて来たの。でも、悪い遊び覚えさせちゃ駄目よ」
「そんな事は。とても純で、すれていない事は、一目で分かります」
「すれていないから、騙し易いとか思わないでね。この子に何かしたら、わたしが黙っちゃいないんだから」
「肝に銘じておきますよ。ところで・・・どうなさいます、誰か御指名がありますか?」

新一の言葉に、園子は笑って答えた。

「こんな状況で他の人を指名したりすると思う?君で・・・ううん、君が良いわ。って、でも、貴方って多分売れっ子なんじゃない?先約は居ないの?」
「先約が居れば、貴女方の所に来たりしませんよ。僕で良ければ、喜んでお供させて頂きます」

園子が振り返って蘭を見る。

「蘭も良いでしょ、この人で?」
蘭は俯いて「わたしは、別に・・・」と口の中で呟いた。

新一は、一旦席を立つと、今度は緑色のカクテルを持って来て、蘭の前に置いた。

「これは、僕から蘭さんに。今日、誕生日なんでしょ。5月だったら誕生石はエメラルドだから、それに合わせてエメラルド色のカクテルを」

園子が呆れたように言う。

「さっきの会話、聞いてたのね?」

蘭が慌てて園子の袖を引っ張って言った。

「あそこで騒いでたんだもん、そりゃあ聞こえるよ。あの・・・コナンさん、ありがとう」

コナンが水割りを2つ作り、園子と自分の所に置く。
園子には薄めに、そして自分の分は濃い目に。
そしてグラスを上げて言った。

「じゃあ蘭さん、20歳のお誕生日、おめでとう」

そう言って笑ったコナンの顔は、さっきまでの気障な雰囲気とは少し違い、柔らかく幼い感じがした。

「はずれ。どうして20歳と思ったの?」
「ひょっとしたら成人のお祝いにお酒を飲みに来たかと思ったのですが、違ってましたか?」
「今時、高校卒業したなら未成年でも堂々と飲んでるわよ」
「あ、そうですね。じゃあもしかして・・・未成年?」

コナンが声をひそめて、言った。
園子は苦笑する。

「もう、分かってるくせに、上手なんだから。わたしはまだ20歳だけど〜、蘭は今日で、21歳ね」

蘭と園子もそれぞれにグラスを上げた。

「それじゃ、乾杯!蘭、おめでとう」
「ありがとう」

チンと音を立てて、3人はお互いのグラスを合わせた。

蘭は、コナンが持ってきたカクテルに口を付ける。

「甘くて美味しい・・・」
「カクテルは口当たりが良いのが普通ですからね。でも、アルコールは結構強い。口当たりが良いからって飲み過ぎないようにして下さいよ」

グラスが空になる前に新しい水割りが作られる。
トイレに立ったら戻った時におしぼりを渡される。
テーブルの上は常に片付けられ、灰皿は新しいものと交換される。
園子と蘭は煙草を吸わないが、他のテーブル客を見ていると、煙草を吸おうと口に咥えれば、ライターで火を点けてくれる。

スナックだったらホステスが、ホストクラブだったらホストが、普通に自然に行うサービス。

しかし蘭という女性は、世間ずれしていないらしく、その全てが未知数のようであった。

コナンの一挙手一投足を感心したように見て頬を染める蘭の姿に、流石に連れの園子が心配になったらしい。
小声で蘭に耳打ちした。

「蘭。こういうとこのサービスは商売なんだから、本気になってのぼせたりしないのよ」

蘭がきょとんとしたように園子を見、そして微笑む。

「園子、ちゃんとわかってるよ。お父さんがスナック十和子のママに入れ込むのとおんなじ・・・と思えば良いんでしょ?」

コナンが感心したように蘭を見て言った。

「へえ・・・すれてない割りに、結構鋭く本質を見抜いてますね。そうです、ホストクラブって誤解を受け易いけど、早い話、スナックの男性版なんですよ」

園子がちょっとコナンを睨んで言う。

「あらま、地獄耳。私達の会話、聞いてたわね」
「ええまあ、耳は良いもんで。けどお2人とも覚えておいて下さいよ。同じホストクラブでも、店も従業員も千差万別、悪質なのもないとも限らない。こういう場所はその場限りの夢を買う場所だって事だけ覚えていれば、まず火傷をする事はない筈です」
「1夜限りの夢・・・ね。覚えておくわ」

蘭が少し悪戯っぽく笑ってそう言った。

「1夜限りという訳ではない。再び夢を見たい時は、いつでもこの店においで下さい。けれど決して、店の外でも夢を見ようなどとは思わない方が良い」

コナンは、ひたと蘭を見据えてそう言った。

夜遅くの方が、客が増える。
新一は本当に売れっ子らしく、他のテーブルから声が掛かり、挨拶などで少し席を立ったりする事が多かった。

コナンが傍を離れた時、園子がそっと蘭に話しかけた。

「蘭。ホストから同伴や店外デートをねだられても、知らん振りして、絶対応じないのよ」
「え?園子、同伴って?」
「こういう店ではね、客と共に店に入る事を同伴って言うの。店に入る時間が遅れても咎められないし、同伴手当てもつく。
但し客の方は、同伴手当て分余計に支払わないといけないし、それに・・・殆どの場合、同伴だと事前のデートをするのよ。そのデート代も勿論、客もち」
「へえ・・・そうなんだ。じゃあ、お金をそれだけ持ってて、そのホストをそれだけ気に入ってないと、出来ないよね」
「あのね、蘭。ホストやホステスとの同伴デートってのはね、ホテル行きがあるのが普通なの」
「ホテル?えっ!?そ、それってつまり・・・!!」
「そ。エッチ付き」

男性経験がなく、全く世間ずれしていない蘭は、その言葉に真っ赤になった。

「お客さん相手だと、女性の好みとか贅沢言ってられないし、自分のやりたいようにじゃなくて相手に奉仕しなくちゃならないけど。
それでも、手当てが入るし美味しいもの食べられるし、殆どのホストは喜んで同伴をやるわ。むしろ、自分の方からおねだりしたりしてね」
「そそそ・・・!そうなんだ。でも園子、何でそんな事まで詳しい訳?まさかと思うけど、京極さん居るのに・・・」
「まさか、わたしが店の外でのホスト遊びする訳ないでしょ。私のお小遣いは世間より多いけど、そこまで出来るほどじゃないし。精々、時々憂さ晴らしにこういった店に飲みに来る程度よ。その場限りでも、チヤホヤされるのは気分良いしね。
わたしが色々知ってるのは、将来、鈴木財閥を背負う立場としての、お付き合い上でなの」
「お付き合い・・・」
「日本の社会も、随分変わって来たけれど。接待に使われるのは、昔も今も、飲み屋なの。そして、こういった世界でのし上がる人は、全員じゃないけど、パトロンかパトロネスをつけている事が多いわ。
金持ちマダムの多くは、自分が持っているものがお金と権力だって事、ちゃんと知っててわきまえてる。だから、ホストとの関係も『金で買う』の。
わたしは、こういう世界を覗くのも、あくまで仕事上と割り切ってやってるし、店以外で夢を見ようとは思わないし、誰のパトロネスになる気もないけれど。鈴木財閥関係者だって分かっているから、ママやわたしの歓心を得ようと画策するホストも、多いわよ。
全くの庶民の女性がホストに入れあげたりしたら、いいように搾り取られて捨てられるだけ。だから、蘭、店の中だけって割り切らなきゃ、駄目よ」
「うん・・・。ねえ、園子。コナンさんも、人気ホストなら、やっぱりそういう事、きっと、沢山やってるんだよね?」
「多分ね。蘭、お願いだから、彼に入れ込まないでよ。顔が良くても、気障な台詞が板についても、彼は水商売の世界の人なんだからね」
「そう・・・そうよね・・・」

蘭の目が寂しげに伏せられる。
園子は、心配そうな眼差しを蘭に向けた。


蘭は、多少ミーハーなところはあっても、顔が良い男性にも、気障な物言いの男性にも、心揺らした事がない。
男性の下心ある優しさに、心動かされた事もない。

だから園子は、蘭が簡単にホストに堕ちる事はないだろうと、安心して連れて来た訳なのであるが。
蘭が、コナンを見詰める眼差しが、気になっていた。
しかし、蘭は思いがけない話題を園子に振って来たのである。

「ねえ園子。わたし達が高校生だった頃、評判になっていた高校生探偵って、覚えてる?」

園子は首をかしげた。

「さあ?わたしはあんまり、探偵とか興味なかったし」
「あの人。一時は『日本警察の救世主』と呼ばれた、かつての高校生探偵、工藤新一君だと思うわ」
「ええっ!?」


(2)に続く


+++++++++++++++++++++++


<後書き>

このお話を書き始めた時って、本当にこの第1話分しか考えてなくて。
1話を書いただけで、長い間放置してました。

で、後から色々と、辻褄合わせが大変でした。

一応、おぼろげな全体構想ってものは、ないでもなかったですが。
蘭ちゃんがこの後巻き込まれる(いや、本当は既に巻き込まれている)陰謀に関しては、かなり行き当たりばったりで決めました。

当初の予定と変えた部分もあります。新一君がホストになった理由とかね。

そこら辺に関しては、おいおい、触れて行こうかと思います。
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