契約結婚



By ドミ



(3)契約



新一さんに案内されて入ったのは、社長室隣の応接室のようだった。

「もう、秘書は帰ってるから、何のもてなしもできねえけど」

新一さんはそう言いながら、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れてくれた。
わたしは普段、あまりコーヒーを飲まないけど、彼が淹れてくれたコーヒーは、豆も最高級品で、コーヒーメーカーも良いものなんだろう、とても美味しかった。


わたし、こんなところに来て、何をしようと言うのだろう?
新一さんはきっと、お金を持っていると思うけど、お父さんの会社を助けてくれなんて、言えない。


新一さんは、何も言わずに、わたしの向かい側に腰掛けている。
わたしは手を握り締め、何か言わなきゃと考えていた。


「あ、あの……」
「ん?」

わたしは、顔をあげて言った。

「わ……わたしのバージン、買って貰えませんか?」

新一さんは、目と口を見開いて、今迄見た事がないような表情をしていた。
自分でも、何てとんでもない事を言い出したんだろうって、わたしは慌てる。

「す、すみません!今の言葉、忘れて下さい!」
「蘭ちゃん……お金が必要なの?」
「ひ、必要というか……」

わたしは泣きながら、彼に状況を話した。
新一さんは、難しい顔をして考え込んでいた。

「で?蘭ちゃんのバージンと引き換えに、オレにその借金を肩代わりしてくれないかって事?」
「ち……違います!そこまでの大金を出して貰えるほど、わたしのバージンに、価値があるなんて思ってません!た、ただ、わたしは……初めてがあの人だってのが、どうしても嫌なんです……!だから……!」

また、わたしの目から涙が溢れて来た。

「ま、毎月の務めは、何とか我慢しようって……でも、初めてだけは……!」

そうだ。
わたし、初めては、大好きなこの人に……新一さんにあげたいって、思ったんだ。

「あのな。会社を救うために身を売るなんて、そんな事、君のお父さんが承知しねえと思うぞ。関内が突然、分割で良いと言ったら、毛利さんには絶対に、蘭ちゃんが会社を救おうと関内に身を任せた事が、分かってしまう。君は、親を深く嘆き悲しませ絶望させたいのか?」
「で、でも……でも……っ!」

新一さんが深く溜息をついた。
きっと、呆れているのだろう。
軽蔑されているのかもしれない。


「蘭ちゃん。そこまで覚悟を決めているんだったらさ。オレがその借金を引き受けてやるから、オレのとこに嫁に来ないか?」
「え……?」

新一さんが何を言っているのか、意味がわかるまで、時間が掛かった。

「小五郎さんも英理さんも、難色を示すだろうから、当面は婚約だけで、蘭ちゃんが二十歳になったら結婚。婚約者の家を援助するのは、何らおかしな事じゃねえし。蘭ちゃんにとっては、実質身売りには違いないだろうけど、関内は妻子ある中年男、高校生でそんな奴の愛人をするより、れっきとした独身者であるオレと正式に結婚する方が、ずっとマシだと思うけど?」

わたしは、大きく息をついた。

「あの、あの。わたしには、正直、とてもありがたいお話ですけど……新一さんに何もメリットがないと、思うんですけど」
「メリット?あるよ」
「どんな……?」
「オレも二十代半ば、あと2〜3年の内には、身を固める事を考えなきゃいけない。けど、オレの周りには、利権がらみでオレと縁続きになろうとする輩が多くて、ウンザリしていたんだ。君は、そういう事がないから」
「……」
「それに。オレも男だから、女が欲しい事もあるが」

新一さんの言葉に、わたしは頬に血が上った。

「ヘタに手を出して期待されると困るし、かと言って、金で女を買うなんてのは好きじゃねえんだ。そういう意味でも、決まった相手ができると、助かる。できれば、他の男を知らない無垢な女性が良いし」
「それで……わたしを……?」
「オレが君に望むのは、オレだけを受け入れて、他の男には触れさせない事。それを約束してくれるなら、オレが借金を肩代わりするよ」


わたしには、イエス以外の答が、存在しなかった。



   ☆☆☆



予想通り、お父さんは、そしてお母さんも、新一さんとの縁談には、かなり難色を示した。
けれど、紆余曲折の末、結局、話がまとまった。


そうなると今度は、わたしが二十歳になるまで待つと言った新一さんの言葉に、お父さんが逆に反対し始めた。

「婚約したからと散々蘭の体を弄んだ挙句、いざ、蘭が二十歳になった時に、婚約解消でもされたら、たまらん」

彼はそんな人ではないと思うけれど。
結局、そんなこんなで、わたしがまだ高校2年生、17歳の夏休みに、わたしは彼と結婚する事になったのだった。


園子は最初、とんでもないと憤慨してた。

「借金なら、パパに頼んで……」
「そ、それだけは、絶対ダメ!そんな事やろうとするんだったら、絶交だからね、園子!」
「でも、蘭……」

そういった諍いも、あった。
でも、その内、園子が溜息をついて、言った。

「何だ。蘭は、工藤さんの事、好きなんだ。だったらもう、反対しないよ」
「な、何で、わたしは別に新一さんの事なんか……」

言いながら、わたしの頬に血が上る。

「やっぱりぃ。ここ最近、蘭が妙に綺麗になったと思ったんだよね。そっかそっか、恋をしてたからか……」
「だ、だからっ!そんなんじゃなくって!」
「工藤新一さんって、浮いた話のひとつもないし、多分、女より会社経営の方が好きってタイプなんだと思うのよね。だから、浮気の心配は、あんまりないと思うけど……」
「園子?」
「でも、結婚も、色恋じゃなくて、契約で割り切る感じなのかな?恋する蘭には、ちょっと辛いかも……」
「……愛して欲しいなんて、そんな贅沢、言えないわ」
「まあねえ。あのヒヒ爺の愛人になるよか、ずっとマシだって思うけど……工藤さんに、蘭の気持ちが通じたら、イイね……」
「……園子……ありがとう……」

わたしと園子は抱き合って、涙を流した。

わたしの事を分かってくれて、心から応援してくれる、一番の親友。
ずっとずっと……一生、大切な友達。


わたしは、好きな人のお嫁さんになれるだけで、幸せなんだから、心配しないで、園子。


瑛佑君も、とても心配してくれてたけど。
それに対しては、園子が冷たく対応してた。

「何よ、蘭の事見捨てて置いて、蘭の縁談には反対するわけ?」
「見捨てたって、僕は……!」
「園子、瑛佑君が悪いんじゃないわ。婚約も婚約解消も、元々、親同士が決めた事だもん。瑛佑君にだって迷惑な話なんだから、ね?」
「僕は……まだ高校生で何もしてあげられないのが、悔しいです……!」

わたし達は、まだ、高校生で。まだ、非力で。
力もお金も持っている新一さんが、助けてくれるのは、本当に幸運な事だったと、わたしは思う。


もしも、新一さんが同い年で、わたしの同級生だったなら。
きっとやっぱり、わたしは新一さんに恋をしたと思う。
でもその時は、関内さんの借金をどうにかする力は、まだないだろうから。
もし今回のような事になったらその時は、わたしは関内さんの愛人になるだろうけど、その前に、きっと、新一さんにバージンをあげようって思うだろう。



婚約が調ってからは。
忙しい合間を縫って、新一さんはわたしとの時間を作ってくれて、デートを繰り返した。


砂浜で夕陽を見ながら、雰囲気に浸っていると、新一さんの腕がわたしを抱き寄せ、顔が近づいてきた。

嫌ではなかったけれど、突然の事で心の準備ができていなかったわたしは、ギュッと目を閉じてその瞬間を待った。
柔らかいぬくもりは、唇ではなく、額に降りてきた。

わたしが目を開けると、彼の優しい眼差しがすぐ傍にあって、ドキリとなった。

「もしかして、蘭……キスも経験ねえのか?」

わたしは、コクリと頷く。

「じゃあ……その、初めての唇も含めて、結婚式まで取って置こう」
「新一さん……?」
「あと3年も待てと言われたら困るけど、もう少し、だからな。蘭の唇も体も、結婚式の日にいただく事にするよ」

そう言って新一さんは、わたしを抱き締めてくれた。

新一さんの行動は、愛ゆえではない事は、わかっているけれど。
大切にされて、優しくされて、怖い位幸せだった。



   ☆☆☆



安心できる優しいぬくもりに包まれて、目が覚めた。

わたしは、一糸まとわぬ姿で、やはり一糸まとわぬ姿の新一さんに抱きしめられている。
昨日、わたしは、結婚式を挙げて、夜、新一さんに抱かれて……新一さんの妻に、なったんだ。
下腹部に残る痛みと違和感も、幸せでしかない。

彼は、わたしより先に目が覚めていたようで、目が合うと優しく微笑んでくれた。

「おはよう、蘭」
「お、おはようございます……」

唇が塞がれ、舌が絡め取られ、彼の手がわたしの胸をまさぐる。
体中に触れられて、わたしは、あられもない声をあげていた。

彼のモノがわたしの中に入って来た時、まだ痛みは少しあったけれど、それ以上の歓びがあった。

「ああん……あんっ……あんっ……新一……さん……」
「蘭……蘭……すげえイイよ……」

彼のモノがわたしの中を激しくスライドするたびに、今迄感じた事がない不思議な気持ち良さで、どうにかなってしまいそう。

「あ……ああああっ……!」

わたしが歓喜の声をあげて新一さんにしがみ付くと、新一さんのモノが脈打って、わたしの奥に熱を放った。
そのまま抱き合って、余韻に浸る。
彼の優しい口付けが、顔中に降って来た。

「蘭……もう一度、いい?」
「え……あ……?」

わたしの奥に納まったままの彼のモノが、また、力を取り戻している。
わたしの返事を待たずに、彼は律動を開始した。

「や……やあっ……新一さん……わたし……おかしく……なっちゃう!」
「いいぜ……っ!蘭っ!……おかしく、なっちまえよ……っ!」

新一さんはわたしの両足を高く抱え上げ、自分の肩に掛けると、更に深く激しく動き始めた。

「ああっ……やあああん!んはあああっ!」


やがて、わたしの頭が白くはじけ、上り詰めて、わたしは果てた。



事が終わって、ひと段落すると。
わたしは、自分のあられもない言動を思い出して、恥ずかしくて恥ずかしくて、たまらなかった。

新一さんは、暫くわたしを抱き締めていたけど、優しい触れるだけのキスを落とすと、身を起こした。


「新一さん……?」
「ずっとこうしていたいのは山々だけど、会社に行って、ハネムーン前の仕事の整理しなきゃならねえから」
「……はい……」
「蘭は暫く、ゆっくりしてると良い。今夜、出発だから」

多忙な新一さんだけど、わたしとの新婚旅行に行く為、1週間の休暇を取ってくれていた。


暫くベッドの中でまどろんだ後、わたしは起きだして、シャワーを浴びた。
彼から注がれたものが、太ももの間を伝って流れ落ちて行く。
鏡に映るわたしの体には、あちこちに、彼に愛された印が散っていた。



新一さんとわたしとの結婚は、「契約」。
わたしは、新一さんに恋をしてる。
でも、新一さんは……。


わたしは、頭を横に振った。
少なくとも、新一さんにはわたし以外に「好きな女性」がいる訳ではないのだと、思う。
そういう女性がいたら、さすがに、その人と結婚するだろうし。

何となく、新一さんは、恋愛を自分に禁じているのかと、わたしは思った。


新一さんはお金を持っているし、家では、料理・掃除・洗濯その他、家事はプロが行っている。
わたしには、主婦業は、好きなようにして良いと言われた。
好きなようにとは、家事をやりたければやっても良いけど、学業もあるし無理はしなくて良いという事だ。

彼がわたしに望む「妻の役目」は、公の場でパートナーとして動く事と、夜、彼に抱かれる事。

でも、彼にご飯を作ってあげたり、そういう「普通の妻」のような事が、できれば良いなと思う。
旅行から帰ってきたら、そういう事も少しずつ、やって行こう。



新婚旅行で訪れたのは、地中海にあるリゾート地で。
泊まったホテルは、視界も遮られるプライベートビーチがある所だった。


「あ……んあ……ああっ!」
「蘭……すげえ……たまんねえ……」
「あん……イイっ……イクっ……!」

昼間少し観光したり、レストランで食事をしたり……でも、大半の時間は、ホテルの部屋で、プライベートビーチで、時には海の中で、新一さんに抱かれて過ごした。


「すげ……蘭のここ、オレのを美味そうに飲み込んでるぜ……」
「やあっ……意地悪……そんな事、言わないで……」
「たった数日で、見事に開花したな……すっかり、女の貌(かお)になってる……」

新一さんが、焦らすようにゆっくり腰を揺らしながら、満足げに言った。

「蘭……気持ちいいか……?」
「やっ。そんな事、聞かないで……」
「ふうん。気持ち良くないんだ。じゃあ、止めるか?」

彼が動きを止め、彼のモノを引き抜こうとする。
「いやぁ!止めないでぇ!お願い!」

こんな事、はしたないって、恥ずかしいって思うのに。
この数日、彼から覚え込まされた快楽で、わたしはあられもない言葉を口にするようになってしまった。

わたしが彼を欲しがる言葉を口にすると、彼は満足そうな顔をして、わたしを更なる高みに連れて行ってくれる。

この数日、何度交わり、何度わたしの中に彼の欲望が放たれたのか、もう、分からない。

「蘭……お前はオレの……オレだけのものだ……他の男に、こんな姿も貌も、見せるなよ……」

もしかして、新一さんは、若紫が欲しかったのかもしれない。
無垢な女を、自分だけの女に調教して行きたかったのかも、しれない。

それは、愛とは違うけど、でも、わたしだけが彼の女でいられるなら、それで良いと思う。


彼は、知らない。
わたしがこんな風に淫らな女になったのは、快楽を覚え込まされたからじゃなく、新一さんをこの世の誰よりも愛しているからだって。
わたしが好きなのは、セックスそのものじゃなくて、新一さんと1つになれる事なんだって。


新一さんに抱かれている時間は、幸せで幸せで幸せで。
でも、心のどこかに小さな棘が刺さって、いつまでも痛み続けていた。




(4)に続く



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初稿 2012年10月30日
改稿 2018年9月17日



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