わたしは、もうすぐ、嫁いで行く。

まだ高校2年生で、借金のカタに嫁いで行くわたしの事を、事情を知る一部の人は、皆、気の毒がっている。
でも、わたしは……。






契約結婚



By ドミ



(1)結婚式



彼もわたしも、クリスチャンではなかったけれど、結婚式はキリスト教式で行われた。
と言っても、ホテルに併設のチャペルで、牧師さんは、近くの教会から派遣されて来た人だ。

形式にのっとって、誓いの言葉を述べて。
彼がわたしと向かい合い、わたしのベールを上げる。

彼の顔が近付いて、わたしはそっと目を閉じた。
唇に、かすめるように、柔らかで温かく湿った感触が触れ、すぐに離れた。

その瞬間、わたしの全身を甘やかな衝撃が走る。
生まれて初めての口付けは、結婚式の誓いのキスだった。


その後の事は、よく覚えていない。

お互いの左手薬指に結婚指輪をはめ、式は滞りなく終わった。


続いて行われた結婚披露宴は、彼の仕事関係の人が沢山いて、わたしは始終、緊張し通しだった。

花婿と花嫁の間には、注がれたお酒を捨てるバケツが置いてある。
お酌を受けるままに飲んでいたら、急性アルコール中毒になるのは、目に見えているからだ。

とは言え、さすがに未成年のわたしに、大っぴらにお酒を注ぎに来る人はいない。
彼はと言えば、にこやかに杯を受けながら、殆どのお酒を上手に相手に気付かれないようにバケツに落としているようだった。

「蘭。少しは何か食べた方が良い。身がもたねえぞ」

彼は、ひっきりなしに挨拶に訪れる人達からの杯を受けながらも、わたしの事を見ていてくれたらしい。
お客が途切れた合間に、横から、そっと囁かれた。

そして彼が、食べ易そうなものを小皿に盛って、わたしに回してくれた。
その気遣いが嬉しくて、切ない。

「蘭。おめでとう」
「園子……ありがとう」

今日の結婚披露宴には、わたしの友人達も招待されている。
その殆どがまだ高校生だから、ドレスのレンタルや美容代は全て彼が出してくれ、お祝儀も受け取らないという配慮ぶりだった。
ただ、目の前にいるわたしの親友・鈴木園子は、高校生だけど鈴木財閥のお嬢様なので、ドレスや美容代は親が出してくれたみたい。

「……蘭。とっても綺麗。きっと、今回の結婚は、蘭にとって悪いものじゃなかったって、わたしは思うよ」
「園子……?」
「心の底から、祝えるわ。本当におめでとう。幸せになってね」
「あ、ありがとう」

園子の笑顔に。
わたしが今回、決して「嫌々嫁ぐのではない」事が、この親友には理解されているんだと感じて、恥ずかしいけど、嬉しい。

「工藤さん。この度はおめでとうございます。蘭の事、よろしく頼みます」
「園子さん、ありがとう。オレの精一杯で、幸せにするよ」

園子が差し出した手を握って、彼は答えた。

「新一さん……」
「オレの、本音だから。ずっと大切にする」

隣の彼……工藤新一さんが、わたしに笑顔を向けて言った。
きっと新一さんは、結婚に伴う責任感と自覚を、強く持っている方なのだろう。
相手が誰であっても、同じなのだろうと思う。

でも、どういう理由だろうと、彼はわたしを花嫁として選んでくれたのだ。
これ以上の事を望んだら、ばちが当たると、わたしは思っていた。


「蘭ちゃん。本当に綺麗……こんな綺麗で若い子、新ちゃんには勿体ないわねえ」
「おい、母さん!」
「おかあ様……」

新一さんのご両親は、ロスアンゼルスに住んでいらっしゃるのだけれど、結婚式に駆けつけてくださったのだった。

「新一。お前は本当に果報者だね。大事にするんだよ」
「あ、ああ……わーってるよ……」

新一さんもご両親の前では少し子どもっぽい表情と口調になる。
何だかおかしかった。

新一さんと婚約してすぐ、ご両親が帰国してお会いしたけれど。
世界的に有名な大作家と、世界的に有名な元大女優のお2人なのに、とても気さくで、優しい方たちだった。
そして……事情を知らないご両親は、新一さんの結婚を大喜びして、わたしにとても気を遣ってくださって……わたしなんぞが新一さんに勿体ないなんてこと、ないのに……胸が痛かった。




   ☆☆☆




結婚式披露宴二次会と、全て滞りなく終わり、新一さんとわたしは、ホテルのスイートルームでくつろいでいた。

わたしは、先にお風呂を使わせてもらっていた。
バスローブだけを羽織って、クイーンサイズのベッドの端に腰掛ける。
今は、新一さんが、お風呂に行っている。

緊張で喉が渇いて、心臓がバクバクしていた。

お風呂上がりの新一さんが、バスローブをまとって出て来た。
そして、冷蔵庫を開けて、飲み物を取り出した。

「蘭も、何か飲むか?」
「い、いえ、わたしは……」

ガチガチに固まって俯いたまま、わたしが言うと。
新一さんは、スポーツドリンクのペットボトルを手に、ベッドへやって来た。
そして、わたしの隣に腰掛け、わたしにペットボトルを手渡す。

「え……?」
「緊張してたようだし、殆ど飲み食いしてねえだろ?きちんと水分取らねえと、脱水起こしちまうぞ」
「は、ハイ……」

新一さんが蓋を開けてくれたペットボトルを受け取り、口を付けた。
冷たい水分が喉を潤し、わたしはほうっと息をついた。

全部は飲みきれなくて、残ったスポーツドリンクを、新一さんが飲み干した。
間接キスだと思って、少し恥ずかしくなった。

新一さんが、空になったペットボトルを、テーブルに置いた。
その音で、わたしは我に返り、顔をあげた。
新一さんが至近距離から、真剣な目でわたしを見ている。
わたしの頬にまた血が上ってきた。

肩を抱き寄せられ、顔が近づき、わたしは自然と目を閉じる。
わたしの唇は暖かく湿ったやわらかいもので覆われ、わたしの全身が甘くおののく。

わたしの唇の隙間から、ぬるりとしたものが入り込んできて、わたしの舌に絡められた。
思わず頭を後ろに引きそうになったけど、後頭部がしっかりと抱えられていて、動けなかった。

舌が絡まる感覚に、わたしの全身を甘いしびれが突き抜けた。
新一さんの手が、わたしの胸の上に当てられ、ゆっくりとうごめく。

「んん……っ!」

わたしが反射的に新一さんの胸に手を当てて押すと、唇が解放され、胸に当てられていた手が離れる。
新一さんが、わたしを覗き込みながら、指でわたしの口の端から溢れたものを拭った。

「蘭……嫌なら、これ以上はやめる?」
「え……?」

わたしが目を開けると、新一さんがわたしをジッと見つめていた。
その眼差しが、少し揺らいでいる。

「新一さん……?」
「いずれは、受け入れてもらわないと困るけど。まだ、蘭に覚悟が出来てねえなら、今日はもう……」

新一さんが、わたしの肩に回していた手を放して、立ち上がる。

「ま、待って!」

わたしはとっさに、新一さんのバスローブの裾を掴んでいた。
新一さんが、わたしを振り向く。

「蘭?」
「す、少し怖いけど……でも、嫌じゃない……嫌なんじゃ、ないです」
「……」
「わ、わたし……新一さんと、ちゃんと夫婦になりたい」

わたしは、必死で新一さんを見上げていた。
新一さんは、目を丸くしていたが、ふっと笑顔になる。

「そっか。オレも、今夜、蘭と、ちゃんとした夫婦になりたいよ」
「新一さん……?」

新一さんが屈むと、わたしの背中と膝の裏に手を入れて、わたしを抱え上げる。
そして、わたしはベッドの上に横たえられた。

新一さんがわたしの上に圧し掛かって来て、深く口付けられる。

「蘭……オレも、はじ……しばらく禁欲生活だったから……」
「えっ?」
「当然だろう?婚約者がいるのに、他の女性を抱ける筈も、ないだろう?」

新一さんが何を言いたいのかわからず、わたしは曖昧に頷いた。
そして、今更のように、大人の新一さんに女性経験がない筈ないのだと、思い知る。

でも、わたしと婚約してからは、他の女性に触れてない、それだけで十分だって思う。

「……あまり自信がねえけど、優しくするよう、努力するよ」
「新一さん……?」
「辛かったら、言うんだぞ?」

わたしは、こっくりと頷いた。
この人はどうして、契約結婚しただけのわたしに、こんなに優しくしてくれるのだろう?

わたしのバスローブの紐が解かれ、広げられる。
胸の下着はつけていなかったので、わたしは、大事なところを覆う下着1枚だけになった。

明かりは煌々とついたまま。
消して欲しいと言いたかったけれど、口に出せなかった。
新一さんは、わたしが身にまとっている最後の布を引き下ろした。
生まれたままの姿が、新一さんの目にさらされる。

新一さんは、わたしの上に屈み込んだまま、バスローブを脱いだ。
彼は、下着は何も身に着けていなくて……わたしは、生まれた初めて目にするものに、思わず息を呑んだ。

男性のシンボルがどういうものか、朧気にしか知らないけれど、興奮した時に勃つという知識位は、ある。
にしても、あんな風だなんて、想像もつかなかった。

新一さんがわたしを強く抱きしめ、至近距離で囁いてきた。

「綺麗だよ、蘭」
「新一さ……」

わたしの言葉は、彼の唇に飲み込まれて、途絶えた。
新一さんの、思いのほか逞しい胸板と、力強い腕に抱き込まれて、わたしの胸は甘くキュンと締め付けられ、痺れが体を貫く。

新一さんの唇が、首筋をたどり、下の方に降りて行く。
わたしの胸は、新一さんの手で揉みしだかれていた。

「あ……」

声が出そうになって、慌てて唇を噛んだ。
新一さんが、顔をあげる。

「蘭。声、我慢するなよ」
「で、でも……っ」
「セックスの時、女が反応して声を出すのは、自然な事なんだ。蘭がどういう風に反応してるか、ちゃんと知りたい」
「んっ……!」
「蘭がオレに触れられて、感じているのか、それとも、嫌がっているのか……」
「い、嫌がるなんて、そんな……あんっ!」

新一さんの指と唇がわたしの肌をたどる度、わたしの奥底から言い知れぬ感覚が湧きあがって、わたしを翻弄する。
首筋をたどって降りてきた新一さんの唇が、わたしの胸の頂をとらえ、口に含まれた。

「あああんっ!」

唇と舌とで、胸の飾りをいじられ、突き抜ける快感に、わたしは思わず高い声をあげた。
同時に、わたしの秘められた場所から、とろりと溢れる感覚があった。

わたしの全身を這い回る、新一さんの指と唇の感覚に、わたしは翻弄され、思考が溶かされていく。

わたしの両足がぐいっと大きく広げられた。
秘められた場所が、新一さんの目の前にさらされる。
新一さんの指が、わたし自身も殆ど触れた事のない場所をたどる。

「ん……あ……」
「蘭……オメーのここも……すげえ綺麗だ……」

自分でも見た事なんかないから、そこがどんな形をしているものかも、知らない。
新一さんが、わたしのその場所に顔を寄せ……そして、舐められる感触と音に、わたしは身震いした。

「あ……や……そ、そんなとこ……っ!」
「蘭……嫌か?」
「い、嫌とかじゃ……ああん!」

嫌とは思わないけど、すごく恥ずかしいし、それに、新一さんはあんなとこ舐めるなんて、汚いって思わないのかな?
大事な場所の前あたりに、すごく敏感な場所があって、新一さんの指や舌でいじられる度に、わたしの体はビクンと跳ねる。

新一さんが、体を起こし、わたしの入り口に熱いものがあてがわれた。

「蘭。なるべく力を抜いて、口で息をして」
「し、新一さん……?」
「挿れるよ」

次の瞬間、わたしの入り口から無理やり大きな塊が押し入ってきて、今迄の快感を全て打ち消すような痛みが走った。
本能的にずり上がって逃げようとするわたしの体を、いつの間にか肩の上に置かれた新一さんの腕が阻む。

「う……あ……ううっ!」
「蘭……蘭……!」

すごく長く感じられたけど、多分、ほんの少しの時間。
痛みに何も考えられないでいる間に、挿入は終わったのか、新一さんの動きは止まり、わたしの下腹部に新一さんの下腹部が密着していた。
徐々に、痛みが落ち着いてくる。

「蘭……大丈夫か?」
「は、ハイ……大丈夫です……」

大丈夫とはとても言えないけど、新一さんの気遣う声が嬉しくて、わたしは頑張って返事をした。
新一さんが、そっとわたしの頬を撫でる。
いつの間にかきつく閉じていた目を開けると、新一さんの優しい眼差しと目が合って、ドキリとした。

「蘭。これでお前は本当に、オレの妻だ」
「新一さん……」

式の前に、2人で役所に行って、籍は入れていた。
そして、結婚式を挙げた。
法的に社会的に、2人は既に夫婦だったけど。

新一さんと結ばれて、わたしはこの体も、新一さんの妻に、なったんだ。

「一生、大事にするよ……」

そう言って、彼はわたしに優しく口付けて来る。
この人は、本当に優しい。
結婚に伴う責任は、しっかり背負う積りなんだろう。
わたしの家の借金を整理する為に、わたしと結婚してくれただけなのに、わたしを妻として大切にしようとしてくれている。

わたしは決して、愛されて望まれた訳ではないけれど。
誠心誠意妻としての務めを果たせば、いずれ、夫婦としての情愛は築けるかもしれない。

「蘭。そろそろ、動いていいか?」

わたしは、こくりと頷いた。
新一さんがゆっくりと腰を動かし始める。
おさまっていた痛みが、また、ぶり返す。

やがて、体の奥底から、痛みとは違う感覚が沸き起こってきた。

「あ……ああ……っ!」
「蘭……蘭……スゲー……イイ……」

新一さんの動きは激しくなり、2人の繋がったところから、粘着性のある水音が響く。
わたしは、必死に新一さんにしがみ付き、初めての感覚に耐えていた。

やがて。
わたしの頭が白くはじけ、背中を反らして大きな声をあげるのと同時に。
新一さんの動きが止まり、新一さんのものがわたしの奥深くで脈動し、熱いものが放たれるのを感じた。


新一さんは、荒い息を吐きながら、わたしを抱きしめていたが。
ややあって、体を起こし、わたしの中から新一さんのものが引き抜かれ、同時に、粘着性のある液体が溢れ出ていった。

新一さんが、ティッシュを取って、わたしのそこを丁寧に拭ってくれる。

「結構、血が出たな。すまない。痛かっただろ?」
「少し。でも、大丈夫です……」

新一さんは、わたしの肩を抱き寄せて、横になった。
わたしの額に頬に、そして唇に……触れるだけの口付けが降りてくる。

「蘭。スゲー、良かったよ。この先、ずっとオメーを抱けるのかって思うと、結婚して良かったって思う」
「し、新一さん……」
「慣れれば、オメーも苦痛じゃなくなって、快楽を得られるようになるだろうし」
「……」

わたしは、女だから、好きな相手に抱かれるのが幸せだって思うけれど。
新一さんは男性だから、単純に、女が欲しいという面があるのだろう。
結婚する事で相手に不自由しなくて済むと考える男性も、少なくないって聞くし。
新一さんがわたしと結婚を決めた理由のひとつは、きっと、それなんだろうって思う。


「蘭。オメーがこの先、他の男に恋をしても構わねえけど……」

わたしの胸が、ズキリと痛んだ。

「他の男とはぜってー、こんな事するなよ」
「は、ハイ……」
「オレも、この先決して、蘭以外の女を抱く事はない。それは、信じて欲しい」
「……」

そう。
結婚は、色恋沙汰ではなく、契約なのだ。
少なくとも、彼にとっては……。

でも、それでも、良い。
わたしは、大好きな人の妻になれたのだから。
少し前までは考えられなかった、幸せな事。


初めての情事の疲れもあり、間もなくわたしは、気を失うように眠りに就いていた。
大好きな新一さんに抱きしめられている幸せに浸りながら……心の奥深くが、僅かにきしみ、悲鳴をあげているのに、気付かない振りをして。





(2)に続く



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これを書こうと思ったきっかけは、今となっては思い出せません。
お互いに深く愛し合っているのに、お互いの気持ちを知らないまま、契約で結婚したというシチュエーションに萌えて書いた話、なのは間違いないですが。
下書きブログにアップしたものから、若干、手直しをしました。


初稿 2012年7月21日
改稿 2018年9月17日



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