家族のカタチ 続・初体験クライシス



By ドミ



(2)



 クリスマス直前の、工藤邸での学習会。蘭は、数学の問題を解いていたのだが。
 突然、今までに勉強したことが繋がる感覚が起こった。今まで機械的に公式を暗記していたことも、その理屈が繋がっていく。

「蘭……?」

 突然、シャープペンが止まった蘭に、新一がいぶかしげな声を掛ける。

「新一……わたし、新一が言ってたこと、分かったかも……」
「ん?」
「どうしてこういう公式になるのか、どうしてこういう解答方法になるのかってことが……」

 蘭は新一に、今取り組んでいた問題の解き方を見せる。今迄のように単純に「公式を当てはめる」のではなく、公式そのものを導き出すやり方で。

「……すげえじゃねえか、蘭。それだよ。良かったな、試験に間に合って」
「うん!これで……直前に公式忘れても、落ち着いて対応できそう」

 通常、大学入試を切り抜けるだけなら、公式の丸暗記でも何とかなる場合も多いが、蘭が挑むのは秀才が集う天下の東都大。いくら文系でも、理数系の科目で確実に点数を取るためには、丸暗記ではなく理解力が重要だ。

「あー。でも、頭がウニになって死にそう……」
「よく頑張ったよ、蘭」

 新一は蘭の頭を抱き寄せ、なでなでした。
 すると。

「そろそろ、お茶にしなーい!?」

 新一の部屋のドアがバーンと音を立てて開き、有希子がコーヒーと紅茶を持って入って来た。どうやら、新一の「頭なでなで」が、監視カメラでは、今からよからぬことを始めるように見えたようだ。

「おばさま、ありがとうございます!ちょうど頭がウニになって、死にそうだったんです!」
「あ、あら……そうだったのね……」
「母さん。蘭は本当に頑張ったよ。この分だと、志望大学、楽勝だな!」
「あー……甘い紅茶が美味しい……生き返る〜」

 今日の紅茶は、ロイヤルミルクティに蜂蜜を入れたもの。頭を使って疲れた蘭の、体中に沁みわたる。

「タイミング的にもちょうど良かったわね。クリスマスイブは心置きなく気晴らしが出来て」
「はい!」


 そして。
 新一は蘭を送って毛利邸まで向かった。

「新一……ありがとう」
「ん?」
「新一が居なかったら、今日みたいな日は、来なかった……」
「そっか」
「新一だって受験生なのに、ごめんね」
「いや。人に教えるのは、自分にも勉強になるからよ」

 新一が優しく微笑み、蘭は嬉しかった。これで、新一と並んで立つ将来がまた近付いたような気がする。

「ねえ、新一」
「ん?」
「新一は、将来……、仕事は探偵一本に絞る積りなんだよね?」
「ああ、まあな。けど、そのためにも、学生時代に出来るだけ多くの資格を取って実績も積み上げなきゃな」
「そ、そっか……」
「蘭は……?将来、何をしたい?」
「わ、わたしは……事務員」
「へっ?」
「……新一の探偵事務所の……」

 新一が目を丸くして蘭を見た。

「め、迷惑かな……?」
「いや。ありがてえけど。確かに、事務的なことやってくれるスタッフが居ると助かるけど……でも、オメー自身の夢はねえのか?たとえば……空手のインストラクターとか!」
「うん、でも……空手はずっと続けたいけど、それを職業にしたいわけじゃないの」
「そっか……」

 新一は少し考え込んだ様子だった。
 蘭の言葉の意味するところを、新一は分かっているのだろうか?蘭は新一に雇われる積りなのではない。「家族従業員」になりたいと、逆プロポーズまがいの言葉だったのだが。

 蘭が東都大を目指しているのは、新一と共にキャンパスライフを送りたいのも大きいが、探偵になる新一の手伝いをするためにも出来るだけ多くの知識を身に着けたいと思っているのだった。

 毛利邸の1階になる喫茶ポアロは、もうとっくに閉店して灯りも消えていた。明日のクリスマスイブは、いつもより遅くまで開店する予定のようだが。
 新一は、キョロキョロと周りを見回し、誰も居ないことを確認して、そっと蘭の唇に自分の唇を重ねた。

「じゃあ。また、明日……」
「うん……」

 新一が手を挙げて去って行く。その後ろ姿を、蘭はいつまでも見送っていた。



   ☆☆☆



 そして、クリスマスイブ。帝丹高校二学期の終業式が行われた。

 三年生の殆どは、今から受験本番で、冬休みはないに等しい者が多い。それでも、クリスマスイブの今日だけは、遊び倒す者も少なくない。
 3年B組の独り身たちの一部は、同級生で集まって騒ぐ予定のようだ。

 新一と蘭は、有希子から言いつけられた買い物をして帰宅する。

「お帰りー、新一、蘭ちゃん」
「おお、お帰り……」
「父さん……」
「おじ様!お久しぶりです!」

 新一と蘭を出迎えたのは、有希子と優作だった。

「それにしても、こんな時期によく飛行機のチケット取れたな……」
「有希子が帰国を決めた時から、クリスマスは我が家で過ごそうと思っていたからね」
「あっそ」

 父親の言葉に、新一は脱力する。この年になって親が恋しいわけではないが。ここ3年、優作は日本でクリスマスを過ごすことは無かったのに、妻の有希子が日本に居るとなるとアッサリと帰国する辺りが、永遠のバカップルという感じだった。

 一方、キッチンでは、有希子が中心となり蘭が手伝ってクリスマスのご馳走づくりが始まっていた。もっとも、有希子によって、既にある程度仕込みはされていた。

「すごい!七面鳥って……童話ではよく見るけど、初めて……!」
「ふふふ。我が家のオーブンは七面鳥の丸焼きのために大きいのにしたのよ♪」

 などと会話しながら、作業を進めて行く。

「ねえ、おば様」
「ん?なあに、蘭ちゃん」
「おば様たちはどうして、新一を日本に置いてアメリカに行ったんですか?」
「……私は優作の妻だから、優作がアメリカに行くというなら、一緒に行く以外の選択肢は無かったの。でも、新ちゃんは絶対に日本を離れないって言ったから……」
「新一が?どうして?」

 蘭は単純に疑問だった。新一は英語に不自由しないし、探偵として修行するならアメリカの方が向いているだろう。何しろアメリカは探偵の公的ライセンスがあり、日本よりも一目置かれている職業だからだ。
 と、有希子は大きな溜息をついた。

「ああまあ、そのことはいつか新一に聞いたら良いわ……」
「だって……家族離れて暮らしたら、寂しいじゃないですか」
「そうね。蘭ちゃんは、まだ小さい時に、英理が出てってしまったんだものねー。ま、新一の場合は、もう中三になってたし、男の子だしねー」

 有希子と蘭がご馳走を作っていた間、優作と新一は遊んでいたわけではない。家の中の飾りつけは男たちの仕事だった。

「やれやれ。せっかくのツリー、4年ぶりに登場か……」
「しゃあねえだろ、オレ一人の手にあまるくれえ大きいんだからよ!」

 工藤邸のリビングは、大きなツリーと様々なオーナメントで飾り付けられた。



   ☆☆☆



 クリスマスのご馳走が出来上がる頃、玄関の呼び鈴が鳴った。

「お招きありがとう」
「あれ?お母さん!?」
「英理、いらっしゃい」

 訪れたのは、蘭の母英理だった。ほどなくして、小五郎も工藤邸を訪れる。

「せっかく蘭ちゃんがうちに来てるんだから、二家族合同のパーティにしようと思って!」

 有希子が満面の笑みで言った。
 新一と蘭はノンアルワインで、アダルト組はアルコールで、乾杯をし。有希子と蘭が作ったご馳走とケーキに舌包みを打ち。
 小五郎と優作はお酒を片手に談義をし、新一は何となく、お喋りする女性たちの傍にいた。

「……何だか不思議。わたし……考えてみれば、お父さんとお母さんが揃っているクリスマスなんて、10年ぶりくらいじゃないかしら」

 そう、蘭が言った。英理が家を出て行ったあとは、英理のマンションでクリスマス、工藤邸でクリスマス、そのどちらかで。親子三人でのクリスマスは無かった。
 有希子が気づかわしげに言った。

「あらら。蘭ちゃん、毛利家水入らずの方が良かった?」
「そういうことじゃないんです。もうわたしは、小さな子どもじゃないし……」

 蘭は、新一の方をちらりと見た。
 もう、蘭は小さな子どもではないし、あの頃に戻ってやり直したいわけではない。

 そう遠くない未来に、新一との子どもを産んで、ずっと新一と一緒に仲良く子育て出来たら。一家そろってクリスマスパーティ、一家そろって夏のキャンプ、一家そろって……子どもが成長して自分たちの元を巣立つまで。

 今日、毛利家工藤家うちそろってのクリスマスパーティは、楽しかった。
 でも、これから先は、蘭が共に過ごして行きたい相手は、新一。
 両親はいつまでも大切な愛しい相手ではあるけれど、いつの間にか巣立ちの時期が訪れているのだった。


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