家族のカタチ 続・初体験クライシス



By ドミ



(1)



「母さん。わりぃ。受験が終わるまでの短期間で良いから、帰国して一緒に生活してくれないか?」
『あら。新ちゃん。一人暮らし始めるときに、一人の力で生活できないなら、問答無用でアメリカに連れてくって、言った筈よね?』

 あることで思い詰めていた工藤新一は、アメリカに居る母親・工藤有希子に電話を掛けた。有希子の言葉は、字面にすると辛らつだが、声が笑いを含んでいたため、本気で言っているのではないと分かる。

『ま、いいわ。3年間……ううん、コナンちゃんになってた時期を引いたら2年半かな?頑張ったご褒美に、新ちゃんの受験が終わるまで、ちょっとだけ母親業をしてあげる』
「あ……ありがとな……」

 高校三年の十二月、受験追い込みの時期。有希子は一時日本の工藤邸で過ごすために、帰国したのであった。



 新一の恋人である蘭は、ある日、学校帰りに工藤邸に寄ると、新一の母親・有希子が出迎えてくれたため、驚いた。

「蘭ちゃん、久しぶりね〜」
「おば様!どうなさったんですか?」
「新ちゃんが、受験までの間、家事に手が回らないっていうんで、おさんどんしに帰って来たのよ〜」
「えっ?わ、わざわざそのために……?」
「まあ、普通は、子どもが高校生くらいまでは親が面倒見るものだから……今までがほったらかし過ぎだったっていうか……」
「……」

 蘭は考え込んだ。新一の家も蘭の家も、「普通」とは程遠いのだと思う。

 蘭は今、毛利家の家事を一手に引き受けているが。本当だったら、親が家の中を整え、子どもは「お手伝い」が普通なのだろう。

 新一の家も蘭の家も、「普通」とは言えないかもしれない。ただ蘭は、それが嫌だとも苦痛だとも思わなかった。
 新一の両親も、蘭の両親も、子どもを愛し大切にしてくれていることは、分かっているし。それぞれの家族の在り方が、あるのだから。


 蘭と新一は、もうすぐ高校を卒業する。望む大学に行けるように、今、頑張っているところだ。まだまだ一人前とは言えないが、大人に近づく。

 いずれ大人になったら。その時、隣に新一が居て、二人で新しい家族を築けると良いと、蘭は思う。

 新一への気持ちを自覚してから、「いつか新一のお嫁さんに」と夢想するようになり、新一と恋人同士になってから、少しずつ具体的に思い描くようになった。そして……新一に抱かれたことで、その望みがさらに強くなったと思う。

 高校生の時のお付き合いから、そのまま結婚に至るカップルは、そう多くないことを、今の蘭は知っている。
 でも、皆無ではない。蘭の両親だって、幼馴染から始まり、高校時代に付き合い始め、結婚している。

 新一以外の男性が蘭の隣に立つことは全く想像できないし、新一の隣に他の女性が立つことも……こちらは時々「妄想」してしまうことがあるのだが、嫌だと思う。

 12月のはじめ、蘭は初めて新一と体を重ね、それから何度も交わってきた。

『あんなこと……新一以外の人とは、できないよ……』

 初めての時から苦痛が殆どなく早くに抱かれる歓びを知った蘭だけれど、新一以外の男性とでは、気持ち悪くて絶対に無理だと思っている。新一と結ばれて、気持ち良かったのも事実だが、愛する相手と一つになれたあの幸せは何にも代え難かった。この先、新一とずっと、その幸せな時間を積み重ねて行きたいと、蘭は思う。

「そのために今は、目の前のことを頑張らなきゃね!」

 蘭は、新一が何故有希子を呼び寄せたのか、薄々、察していた。すぐに飛んできてくれた有希子にも、感謝しかなかった。



   ☆☆☆



 有希子が来てくれて、エッチになだれ込む心配なく勉強できるようになり、家事の負担も随分軽減されて、蘭の成績は再び伸び始めた。
 蘭の志望大学・東都大学は、蘭の元々の成績から考えると、少しハイレベルになる。高校三年になる時に担任教師から志望大学を聞かれた蘭は、「今の成績だと少し厳しくないか?」と言われ……けれど猛勉強して、部活引退後には順調に成績を伸ばし、もう、「高望みではない」ところまできていた。

 蘭が東都大学を目指しているのは、何と言っても、新一の志望大学であるからだ。大学が別になっても、二人の絆は揺るがないと信じているけれど、おそらく新一は探偵活動に忙しいだろうし、蘭も空手を辞めるつもりはないし、滅多に会えなくなるのは目に見えている。
 蘭の父親・小五郎も、蘭の母親・英理も、大丈夫なのか心配はしたが、努力するのは悪いことではないので、最終的には支持してくれた。担任教師も、蘭の頑張りを見て「やれるだけやってみろ」と言ってくれた。

 蘭のネックになるのは、理数系の科目。塾に行くことも検討したが、新一が勉強を見てくれると申し出てくれて、蘭は迷ったがありがたく受けることにした。塾だとお金がかかるし、きめ細かく分からないところを理解できるまで質問するのも難しいだろうと思ったのと……新一に勉強を見てもらえば、新一に会える時間が増えるという計算もあった。

 何しろ新一は、高校3年になっても、難事件があれば警察に頼られていたため、「一緒に勉強」でもしなければ、会える時間が減りそうだと思ったのである。


 今日も新一と蘭は、工藤邸の新一の部屋で勉強をしていた。今日は、物理の勉強である。

 国立大学でも文系学部を受験する場合、理科系の科目は共通テストのみで2科目。最初蘭は、物理は難しそうだと思い化学・生物の組み合わせを選択しようとしていたのだが、新一が「化学と生物では、覚えなければならないことが多過ぎて大変。数学と物理・地学は近いから」と、物理と地学の選択を勧めて来た。

「いくら東都大受験者といっても、文系学部志望者は、理系科目が比較的苦手ってヤツはやっぱり多い。理系科目と数学ダブルで点数を稼げると、勝率は高いと思うぜ」
「……なんか、文系志望のクセに理系科目が超得意な新一に言われても……」
と言いながら、蘭は新一の勧めに従って、物理と地学を選択することにした。

 蘭は、物理で使われる公式を見ながら、「確かに数学と近いな」と思う。結構サクサクと問題が解けて、なんだか嬉しい。

「これで大丈夫かな、しんい……」

 顔を上げた蘭は、じっとこちらを見つめていた新一の瞳の中にいつかと同じ灼熱の彩を感じて息を呑んだ。蘭の下腹部がきゅんと疼き、蘭は自身も新一を求めていることに気付く。
 最後に新一と体を重ねてから、もう一週間以上が経とうとしている。新一と見つめ合う格好になり、目を逸らせない。ふっと、新一の顔が近付き……。

 と、突然、ドアがバーンと大きな音を立てて開いた。
 新一と蘭はビクッとなって離れる。

「そろそろお茶にしなーい?」

 乱入した有希子の手には、トレーがあり、コーヒーと紅茶が乗っていた。

「お茶菓子もつけようかと思ったけど、夕ご飯前に間食するのもどうかなって思って」
「おばさま。ありがとうございます」
「母さん、ありがとな」

 それにしても、何というタイミング。新一と蘭が我を忘れそうになったその瞬間に、有希子が入って来るとは。と、蘭は感心したのだが。
 実を言うと、新一によって、有希子が新一の部屋を見張るためのテレビカメラがつけられていたのを、蘭は後になって知ることになる。

「ねえ、蘭ちゃん。すごく頑張っているけど……たまには息抜きも必要よ。だから……クリスマスイブには、うちにお泊りしない?」
「えっ?」
「ご馳走作って、一緒にお祭りしましょ。小五郎君は私が説得してあげるから!」
「あ……ありがとうございます!」

 蘭の脳裏に、昨年のクリスマスイブのことが甦る。
 この工藤邸のくらがりで、新一と僅かな逢瀬があり、その後ずっと新一を追いかけた、あのクリスマスイブ。

 新一はコナンの姿だったため、蘭の前に姿を見せるわけには行かなかったのだと、ずっと後になって知った。

 今年のクリスマスイブは、新一と一緒に過ごしたい。たとえ二人きりでなくても、新一と一緒に居られるならば、充分嬉しい。
 そう、蘭は思っていた。


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