幻影の魔術師



byドミ



(5)幻影から実像へ



青子は、更に言い募る。


「昨夜、生で中出ししたでしょ!3回も!」
「は……?」


快斗は、固まったまま、動かない。


そして、快斗も青子も気付いてない(眼中にない)が、実は、その道には、登校中の江古田学園の生徒達が沢山いて。
青子の小声でもないトンデモ発言に、それぞれ、ぶっ飛んだり引っくり返ったりしていた。


ようやく、快斗が少し立ち直って、言葉を出す。

「昨日は確かオメー、安全日だと……」
「安全日ぃ?そんなの、存在しないよ。女の体は、妊娠しようとして予定外に排卵する位の芸当は出来るんだからね」

青子が、半目で快斗を見ながら、言った。
快斗は、どう返したら良いのか分からず、つい、意地悪に言ってしまう。

「へ、へえ……じゃあ、青子の体はオレの子を産みたがってんだ?」

すると、青子は真っ直ぐに揺るぎない眼差しで快斗を見据えて、言ってのけたのである。

「産みたいに決まってるでしょ!快斗の子どもだったら!」


時が、止まった……ように、快斗は感じた。
ちなみに、周囲の江古田学園生徒たちは石化しているが、もちろん、快斗と青子の目には入っていない。

不幸で哀れな田中は、石化しながら滂沱の涙を流すという器用な事をやっていたが、やっぱり全く、2人の眼中にはなかった。


「ちょちょっと、洋子〜、あの2人、周囲を無視してすごい会話してんだけど、どうしよう?」
「たたた、他人の振りするしか、ないでしょ。こっちが恥ずかしいし」

青子の親友恵子と、クラスメートの洋子が、額に汗を貼りつかせながら、こういう会話をしていた。


「そりゃ、嬉しい……って、そうじゃなくて!青子、オメー、昨夜、オレだって事……分かってたのか?」

快斗は、ようやく、その事を青子に問うた。
青子は、最初、ポカンとしていたが。
徐々に怒り表情になっていく。


「バ快斗おっ!」

一体、どこに隠し持っていたのか、次の瞬間、快斗めがけて、モップが振り下ろされる。
快斗は慌ててよけた。
その後暫く、モップで攻撃する青子と逃げ惑う快斗という、いつもの光景が繰り広げられる。

江古田学園生徒達の石化は、ようやく解けつつあった。


「青子の事、何だと思ってるのよ!?青子は、青子はねえ!青子が……青子が、快斗の事分からないって、本気で思ってたの!?」
「あ、青子……?」
「快斗だったから、抱かれたんじゃない!快斗にとって青子がただの幼馴染でもセフレでも遊びでも!」

快斗は、青子の両手首をぐっと握る。
青子の手から、モップが落ちた。

「青子……!セフレ?遊び?何だよ、それ?」
「青子は、快斗だけなんだからっ!快斗以外の男の人には、絶対、絶対、触らせないんだからっ!!!」
「け、けど、田中は……?」
「田中君がどうしたのよ!」
「だってオメー……誕生日プレゼントで、田中に抱かれる積りだったんじゃ……?」
「それは、青子があげられるものじゃ、ないっ!」

快斗は、ようやく、理解した。
青子は、快斗にも田中にも、「青子があげられるものなら、何でもあげる」と言ったけれど。
快斗と田中とでは、青子の「あげられるもの」が違っていたのだ。


快斗は青子のバージンを望んだけれども、体の関係に至った事で気持ちが通じ合ったものと勝手に解釈して、肝心の事を何も伝えていなかった事に気付いた。
快斗が悩んでいた以上に、青子を悩ませ苦しめていた事を、快斗は悟った。


快斗は、青子をぎゅっと抱きしめる。

「快斗……?」
「ごめん……本当に……バ快斗だ、オレ……」


快斗は、きちんと言葉にして最初に伝えなきゃいけなかった、大切な事を、青子の耳に囁いた。
青子が流す涙を、そっと拭う。

「ヤツは……怪盗キッドは、ただの幻影ではなく、確かにオレの一部なんだ。青子……オメーはヤツの存在ごと、オレを受け止めてくれたんだな……」
「快斗……?」
「ごめん。オメーが何で苦しんでるのか、分かろうともしてなくて、オレは……オレの一部であるキッドがオメーに受け入れられてねえからだと……」


そして、快斗は青子に口付ける。
ここが道のど真ん中である事も忘れて。



「やれやれ。何かよく分かんないけど、これでめでたく2人は本当の夫婦ね」
「快斗君って、意外と不器用だったのね〜」

青子の親友である恵子は、心から青子の「恋の成就」を祝福し、洋子は呆れた眼差しで2人を見やっていた。

恵子と洋子の傍らを、美貌のクラスメート・小泉紅子が通り過ぎる。

「ホラ、あなた達。遅刻しますわよ」
「あ、紅子ちゃん。でもあの2人……」

恵子が快斗と青子の2人を指して言いかけると、紅子は歩みを止めずに、言った。

「どうせ今は、何を言っても聞こえやしませんことよ、ほっときましょう」

そう言い捨てて、紅子は学校へと急いだ。
恵子たちは、「さすが大人の紅子ちゃん」と感心しながら、それでも動けずにいると、今度は、クラス担任の女性教師が、スタスタと歩きながら、恵子たちに声をかけて来た。

「もうすぐ予鈴よ、早く行きなさい」
「で、でも先生、あの2人……」

今度は洋子が、快斗と青子を指さして言うと。
教師は歩みを止めずに、言った。

「あの2人?何の事?先生には何も見えません!」

見て見ぬふりをするしかないという事なのだろうと、恵子と洋子は思った。

「じゃ、我々も、学校に行きますか」
「そうね、そうしよう」

恵子と青子は、予鈴が鳴り始めた校舎に、大急ぎで駆け込んでいった。



   ☆☆☆



快斗達のクラス3‐Bのクラスメートは、予鈴が鳴ったというのに、大急ぎで、快斗と青子が登校した時に頭の上で割れるくす玉と垂れ幕作りに励んでいた。
垂れ幕には大きな相合傘、その下に快斗と青子の名前と「ご成婚おめでとう」の文字が、書いてある。


「ちょっと田中君、いつまで泣いてんの!?」
「最初から無駄だったんだから、いい加減、諦めなさいよ!」
「もう時間がないのよ!紙ふぶき足りないんだから、さっさと手を動かす!」

田中にとっては、哀れ以外の何ものでもない。
ただ、彼は、青子を攫って行ったのが他ならぬ怪盗キッドであったことを知っている為、「自分だけが怪盗キッドの正体と秘密を知っている」と思う事で、何とか心の平衡を保っていた。

「ねえねえ、こんな事しても、2人とも学校に来ないんじゃない?」
「あ、オレも。2人この後、登校しないに1票!」
「皆同じ方に賭けたら、賭けになんないじゃん」
「じゃあこれ、どうすんのよ?」
「明日の朝だな、使うのは」

3‐Bの結束は、固い。


「ふっ……昨夜のは、彼の生涯最大の獲物、だろうねえ……」

クラスメートの内職を見やりながら、白馬探は苦笑し。

小泉紅子は、窓から空を見上げ、今頃、本当の意味で「結ばれている」だろう2人に想いを馳せた。




その頃、警視庁では……。

「おのれ、怪盗キッド!予告をすっぽかしやがって〜〜〜!!」

自分の「掌中の玉」をキッドに奪われたとも知らない中森警部が、雄たけびをあげていた。




快斗と青子が、今、どうしているのか。
それは、2人を優しく照らす日の光だけが、知っている。





Fin.


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「キッドから手を出された時に、相手が快斗君だと分かって、受け入れる」
……私の書く快青の定番ですね。

青子ちゃんの言葉が下品と感じた方、ごめんなさいい。
私としては、青子ちゃんは純粋故に、変に持って回った言い方をしないだろうと、思うのですよ、うん。


そして、もう一度、漫画を描いてみたいなあという思いが、ふつふつと。
無謀?


お付き合いいただき、ありがとうございました。


2012年11月2日脱稿


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