幻影の魔術師



byドミ



(3)あどけない魔女



快斗の誕生日から1週間たった、6月28日の放課後。
掃除当番をサボろうとして同じ当番の女子に見つかり、結局サボれず、ようやく解放された快斗は、おそらく青子が待っているだろうと、急ぎ教室へ戻っていた。
ドアを開けようとしたとき、声が聞こえた。

「中森さん。オレ、あさって誕生日なんだ」
「あ、そうなんだ。おめでとう、田中くん」
「で、あの……オレ、中森さんにプレゼントして欲しいもんがあるんだけど……」
「え、そう?言ってみて」
「いいの?」
「うん。何でもイイよ。ただし、青子にあげられるもんだったらね」
「でも、黒羽君に悪いかなと思って……」
「快斗に?何で?」
「だって、黒羽君は、中森さんの恋人だよね」
「違うよ。快斗は、ただの幼馴染だよ」

青子の言葉に、快斗は真っ青になって、扉から離れた。
「ただの幼馴染」という言葉が、頭の中でグルグル回る。
恋人同士になったと思っていたのは、ただの独りよがりだったというのだろうか?

「それに、青子……あのプレゼントは、オレにだけ特別じゃ、なかったのか?」

青子はもう、快斗にバージンを捧げたから、今から田中にバージンを捧げる事は無理であるが。
田中が誕生日のプレゼントに、青子との一夜を望んだら、青子はそれに応じるのだろうか?


快斗がもう一度、教室に戻ってドアを開けた時は、もう、田中はいなくなっていた。

「快斗、遅かったね」
「お、おう……」
「いつも、サボるからだよ」

青子が、邪気のない笑みを快斗に見せる。
この笑顔をどの男相手にでも見せるのかと、快斗は一瞬、誰よりも愛しい筈の少女に憎しみを覚えた。

青子は快斗と並んで歩きながら、しきりに、江古田美術館に今展示されている宝石の話をしていた。

「『掌中の玉』って大粒のピンクダイヤ。あれがキッドの次のターゲットだろうって、もっぱらの噂だね」
「ああ、そうだな……青子、30日に一緒に見に行ってみねーか?(下見を兼ねてな)」

快斗が青子に水を向けてみると、青子は、困ったような笑顔で言った。

「あ、ごめん。青子、30日は田中くんと約束があるんだ」
「た、田中と!?」
「うん、田中君、誕生日なんだって。だから……」

快斗の心に湧き上がった黒いものを知らぬげに、青子は、更に快斗の心を波立たせる言葉を吐いた。

「それにしても。青子、怪盗キッドって、本当に、だいっきらい!何であんなに人気あるのかなあ?早くお父さんに捕まって、うんと、とっちめられたら良いのに」

快斗の心を、闇が巣食い始めた。



   ☆☆☆



そして、その日、6月28日の午後5時過ぎ。
警視庁捜査二課に、1枚のカードが舞い込んだ。

(中森警部の「掌中の玉」を、6月30日午後7時に、頂きに上がります)
「なに……!?キッドからの予告状だと!?やはりキッドはあれを狙って来たか!今度こそ、目に物見せてくれようぞ!」

中森警部を始めとする捜査二課の面々は色めきたった。
警視総監の息子で高校生探偵でもある白馬探は、ただ1人、そのカードを見て首を傾げる。

『中森警部の掌中の玉?あの宝石は、中森警部のモノではないのに。それに、いつもはもっと……暗号を使って、警察を攪乱するのに、今回はどうして?』

探は、ある可能性に思い至って、溜息をついた。

『ウマに蹴られたくはないから、今回は静観するといたしますか……』



そして、キッドの予告の日であり、田中の誕生日でもある、6月30日の、午後6時。

快斗達のクラスメート田中は、思いがけない訪問者に目を白黒させた。

「なななな、何で怪盗キッドがオレの家に!?」
「怪盗キッド!何でアンタがここに!?アンタは今日、犯行予告出してる筈じゃ……!」

「……中森警部のお嬢さん。やっぱり、ここにいらしてたんですね」

青子は今迄、キッドを間近で見た事はない。
変装の名人である為、顔が見えたところで、それが本人のものであるかどうかは分からないが、今は逆光でその顔も表情も見えなかった。
ただ、キッドの周りに、黒いオーラが立ち上っているのを、青子は感じていた。

『これは……何……?怒り?絶望?キッド、何に腹を立てて、何に絶望しているの……?』

キッドが、青子の方に手を伸ばし、その顎に手を掛ける。

「な……何よ?」
「あどけない顔をして……あなたは、クラスメートの魔女より余程、男を狂わせ惑わせる、最凶の魔女のようだ……」
「何の話……きゃああっ!」
「な、中森さんっ!」

キッドは青子を横抱きに抱え上げると、そのままハンググライダーを広げて飛び上がった。
ハンググライダーは地上から飛び立てない筈だが、エンジンか何かをつけているらしい。

キッドは田中に向けて銃を撃った。
トランプが田中の服の端を家のドアに縫い付ける。

「中森さあああん!」

田中が悲しく叫ぶが、もう随分離れてしまった。

「ちょ……離してよっ!」
「暴れないで。今、私が手を放すと、大怪我をしますよ」

青子は、下を見て、もう上空高く飛び上っている事に気付き、慌ててキッドにしがみ付いた。


キッドが青子を連れて降り立ったのは、青子の部屋のベランダだった。

キッドはそのまま、青子を抱えて部屋に入り、窓を閉める。
日が暮れて、月の光が下界を照らし始めていた。


「い、一体、何を考えてるの!?」
「予告通り、盗みに来ただけですよ」
「え……?」
「今夜私は、中森警部の掌中の玉を盗むと、予告した。中森警部の掌中の玉……つまり、娘である、あなたですよ、青子さん?」
「な、な、何を……?」

青子の言葉は、キッドの唇に飲み込まれた。
青子は目を見開く。


大嫌いな筈のキッドに口付けられて、青子は甘い痺れが全身を貫くのを感じていた。


「青子嬢、あなたは……どんな男にも逆らわず受け入れ、相手を虜にする……魔性の女性だ……」


青子の衣服を取り去り、肌を這い回るその手に逆らう事ができず……青子は、堕ちた。





(4)に続く

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あわわ。
漫画版とちょい展開が変わっちゃった。
キッドが、よりブラックに……ひえええ。


2012年11月1日脱稿


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