奴は只の幻影
只俺が演じているだけの存在
そう思っていた
けれど違う
奴もまた俺自身、俺の一部
奴の存在まで含めて俺は俺なんだ
オメーには全てを受け入れて欲しい
我侭だってわかっているけど
奴がオメーに嫌われたままなのは俺には耐えられない
奴の存在までひっくるめてオメーに受け入れて欲しいんだ
幻影の魔術師
byドミ
(1)幼馴染の終わり
江古田高校3年B組。
そろそろ梅雨入りしそうな時期だが今日は晴れ渡っている。
昼休み、何人かの女生徒が弁当を広げてお喋りに花を咲かせていた。
いつもは明るく朗らかな中森青子が、今日はボーっとして上の空である。
潤んだ目でボンヤリと空を見詰めては、時折ふうと溜息を吐く。
お弁当を広げているものの、箸は全く動いていない。
「青子。青子?」
青子の親友である桃井恵子が青子の目の前で手をひらひらと振ってみせるが、いっかな反応がない。
「寝不足なんじゃない?昨日は、黒羽君の誕生パーティだったでしょ」
青子や恵子のクラスメートである水田洋子がサラリと言った。
昨日は青子の幼馴染の少年・黒羽快斗の、18歳の誕生日だった。
黒羽家で、青子が音頭を取っての誕生パーティが行われ、お開きになったのは結構遅い時間だった。
青子はその後も後片付けで残っていた。
「でも、寝不足にしても……本当に心ここにあらずって感じだもん。それに青子だったら、寝不足でも弁当は食べるもん」
恵子が心配そうに青子を見詰めて言った。
付き合いが長い親友なので、今日の青子の様子はなんだかいつもと違うと感じたのだ。
「青子、青子」
恵子が揺さぶって話し掛けると、ようやく青子が恵子の方を見た。
「ほえ?恵子、どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょう、もう!ねえ、弁当手をつけてないじゃない。どっか具合でも悪いの?」
「ああ、ううん。ただちょっと……下腹が痛くて」
「えっ?お腹壊したの?昨夜のパーティで食べ過ぎたってわけでもなさそうだけど?」
「ううん、食べ過ぎたとか、食べ物にあたったとか、そんなんじゃないの」
「もしかして、あの日?」
「違うよ。何も心配する事じゃないの、多分、暫らくすれば治るから」
「ねえ、青子。昨夜、眠れた?」
「え?あ、あんまり寝てないって言えば寝てないかも」
「……何かあったの?」
「もしかして、黒羽君と何かあったんじゃないの〜?案外、本当に夫婦になっちゃったりして」
心配げな恵子だったが、クラスメートの水田洋子が、からかい口調で横から言った。
中森青子と黒羽快斗は、いつも自然に2人で過ごし、一緒に遊びに行ったりする仲で、クラス中で公認の「夫婦」扱いだが、それでも実はまだ幼馴染の域を出ていなかった。
クラスメート達にとって2人は絶好のからかい相手であり、「そんなんじゃねーよ!」「そんなんじゃないもん!」という反応を楽しむのが常であったのだ。
洋子もいつもの軽口で冗談として言っただけで、別に何らかのリアクションを求めていた訳ではなかった。
「本当の夫婦?」
青子がきょとんとした顔で言う。
恵子が「そん位にしときなさいよ」と呆れ顔で言うのも構わず、洋子が意地悪い半目になって更に言い募った。
「そ。下腹が痛いって言うし、昨日の夜、快斗くんとエッチしたんだったりして」
青子が机の上に身を乗り出し、目を見開いて言った。
「え〜〜〜っ!!洋子ったら、すごい!何でわかったの?」
恵子と洋子、それに近くにいたクラスメート達は、一瞬石のように固まった後、派手な音を立ててすっころんだ。
「あれ?恵子、みんな、どうしたの?」
青子がきょとんとした顔で言った。
恵子達は真っ赤になって口も利けないでいた。
「ね、ねえ、青子……エッチの意味、ちゃんとわかってる?」
「そうそう、スカートめくりとは違うのよ!」
クラスメート達は、いまだ信じられずに、思わず問い質していた。
「しっつれーねー!ちゃんと、わかってるわよ!男の人の〇〇を、女の人の××に入れる事でしょ!」
青子の口から飛び出したとんでもない単語に、クラスメート女子達は石化する。
恵子が慌てて、青子の口を塞いだ。
青子の頭を、こつんと叩く感触があった。
青子が振り返ると、そこには美貌のクラスメートが立っていた。
「こら」
「紅子ちゃん……」
「大人の女性が、そのような、はしたない言葉を口にするのではなくってよ」
紅子が青子を「大人の女性」と呼んだ事で、周りのクラスメートは、ホーッとなった。
青子は相変わらず、子ども子どもしているけれど、確かに大人の階段を登ったのだ。
「ねえねえ、小泉さんって、すごい大人の女性じゃん?やっぱり、経験ありかなあ?」
「うーん、でも、あの誇り高い小泉さんが、そんじょそこらの男に身を任すとも思えないしー」
美貌の女性の生態は、やはり謎に包まれていた。
☆☆☆
「でも、青子達、とうとう、正式に付き合い始めたんだね」
ようやく立ち直った恵子が、言うと。
青子は、ちょっと目を伏せて、言った。
「ううん、青子、快斗と付き合ってなんかいないよ」
「はあっ!?」
最初の衝撃からようやく立ち直ったクラスメート女子達は、青子の更なる爆弾発言に目をむいた。
「つつつ、付き合ってないって青子!?だ、だって、エッチしたんでしょ?」
「うん。でも、それは、快斗への誕生日プレゼントだから」
「はあっ!?」
「快斗と青子は、付き合ってる訳じゃないよ」
恵子が、本格的に頭痛を覚えたとしても、いたしかたがない事であろう。
「だって、快斗からは、告白された訳じゃないし、付き合おうとも言われてないし。多分、快斗は、誰でも良いからエッチをしてみたかったんだって、思う」
「……そ、そんなの……あんまりだよ!!」
「うん。そうだね。青子は軽い女って言われても、仕方ないよね」
「違う!あんまりだってのは、快斗君の方よ!青子を、便利な女扱いして!」
「恵子……青子は、青子はね。たとえセフレだって遊びだって、快斗に抱かれて幸せだから、いいの」
青子が微笑む。
それは、恵子がドキリとする程綺麗な笑みで。
恵子は、目の前の友人が、確かに大人の階段を登ったのだと、実感する。
(快斗君……一体、何してるのよ?あんただって、青子の事、好きな筈なのに……何で、きちんと言ってあげないのよ!)
恵子は、悔しそうに唇を噛んだ。
(2)につづく
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2005年10月9日の快青オンリーで、同人誌発行した同タイトルの漫画を、小説に書きなおしてのアップです。
展開や細かい部分は異なっても、基本的なお話自体は、変わらないかと思われます。
2011年10月14日脱稿
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