恋の風林火山



byドミ



(4)風・人は運命の悪戯に、抗い立ち向かう



何と言う、巡り合わせなのだろう。
夫と向き合おうと決意した時、夫は帰らぬ人となってしまった。


そして。
今度は、龍尾家の康司さんが、「殺された」。
義郎さんと違い、完全に、「殺人」だ。

落ち込んでなど居られない。
私は、何の為に、義郎さんに嫁いだの?
しっかりしなきゃ。

崩れそうになる気持ちを何とか立て直そうと、している時に。
私は、彼と再会した。


復帰した敢助は、今回の「殺人事件」を担当していた。
そして、捜査の為に、彼は虎田家を訪れた。


敢助を見た途端、溢れてしまう気持ち。


ああ。
義郎には悪いけど、私はやっぱり、この人が好きだ。
誰よりも、何よりも。


左目と左足を失った姿に、心痛むが、それでも、生きていてくれて、嬉しかった。

愛しさ切なさ嬉しさ懐かしさが、ないまぜになって。
封じ込めていたものが、堰を切って溢れ出そうになる。


でも、だからこそ。
私は、自分の気持ちを抑えて行動する為に、あえて「夫を失って悲嘆にくれている妻」として、敢助に向かい合うしか、なかった。


馬小屋に来て、私に「事情聴取」をする彼に対して、「もう帰ってくれる!?」と言うしか、なかったのだ。
「奥さん」と呼ばれて胸が潰れそうになりながら、強気で対応するしか、なかったのだ。



そして、その場に飛び込んで来たのは、色黒の大阪弁の少年と、その連れらしき数人。
・・・後から知ったが、一行の中のチョビ髭の男性は、ここ最近頭角を現してきた超有名探偵の、毛利小五郎さんだった。
何しろ、彼が有名になり始めた頃には、私は警察を辞めていたので、情報に疎くなって知らなかったのだ。

色黒の少年は、大坂府警服部本部長の息子で、まだ高校生だが、その推理力には定評があり、私も評判を聞いた事はあった。


彼らの前で、敢助は私に再び問う。
そして・・・やはり彼も、これが「忌まわしい連続殺人の幕開け」である事は、感じ取っている事が分かって、私は何だか、嬉しかった。

そう。
彼は警察官。
事件を解決する事も大事だが、「未然に防ぐ」事は、もっと大事だ。

それは、甲斐さんにも教えられた、警察官の魂。


私は、今は辞職しているけれど。
その魂だけは、忘れていない。
そう。
絶対に、連続殺人となる事を、阻止するんだ。


でも。
もう、私は、昔のように、彼に「由衣」と名前で呼ばれる事もない。
仕事で相棒として活躍していた時のように、「上原」と姓で呼ばれる事も、ない。


私は私で、敢助に頼る事なく、自分の力で精一杯の事をやるしかない。
死んだ夫の為にも、敢助の為にも、甲斐さんの為にも。


   ☆☆☆


虎田家が依頼をした毛利探偵と、龍尾家が依頼をした服部高校生探偵は、どうやらかなり親しい知り合いのようで、合流して事件の検討を始めた。
私は、彼らの態度を好ましく思った。
依頼主達が対立しているからと無駄に対立するのではなく、真実を曲げてまで依頼主の便宜を図ろうとするのでもなく、純粋に、事件の謎を解こうとしている。
そしてこの先、更に事件が起きるのなら、それを阻止しようとする正義感も垣間見える。

服部探偵の連れである、ポニーテールの遠山和葉ちゃんが、服部探偵をにくからず思っているのは、見え見えだった。
もう1人の女の子、毛利蘭ちゃんは、そのお相手はこの場に居ないみたいだけど、やっぱり恋する乙女なのだろうと、見当がついた。
2人とも、すごく可愛くて、だけどすれてない純な子で。
一途に想いを寄せる姿は、微笑ましい。

私があの年頃の時。
敢助は、警察官になったばかりだった。

もしも、あの位の時に、素直に自分の気持ちを伝える事が出来ていたら、何かが変わっただろうか?

私は子供の頃、甲斐さんに「大きくなったら甲斐さんのお嫁さんになる」と宣言し、甲斐さんから「敢助に恨まれちまう」と返された事があったけれど。
甲斐さんへの気持ちと敢助への気持ちは種類が違うって事、その頃の私自身が自覚してなくても、甲斐さんには見抜かれていたのだと、思う。


「其の疾き事、風の如く」

私は、和葉ちゃんにと言うより、自分自身に言い聞かせるように言った。

もう、何もかもが、遅いかも知れない。
でも、私も諦めの悪い人間のようだ。


諦めたくはない。
連続殺人事件を阻止する事も、甲斐さんの事件の真相を解く事も、そして・・・愛も。

何だろう?
純粋で一途なあの子達を見ていると、何だか、私の心に火が点けられたらしい。


   ☆☆☆


けれど。
犯人に、先手を打たれた。

次に殺されたのは、龍尾家の景さんの妻である綾華さん。
阻止しようと動いていた、敢助や探偵達や私をあざ笑うかのように、駆け付けた私達のすぐ傍で、彼女は命を落とした。


「おい上原!時間取ってくれ・・・」

こういう時に、不謹慎だけれど。
敢助が咄嗟に、刑事としてコンビを組んでいた頃のクセで、私に頼ったのが・・・嬉しかった。



刑事は、捜査中の諸々を、民間人にペラペラしゃべる訳には行かない。
けれど、私は、つい半年前まで、長野県警の仲間だった。
だから、鑑識の結果、綾華さんの指に青いシャドウがついていた事を、私は(知り合いの刑事にさりげなく訪ねて)知った。


『おい!そこの黒い馬の女!』

そう。
あの人は、黒い馬に乗っていた。


綾華さんが、殺される前に、必死で知らせようとした事。
そして、命を賭してでも守ろうとした相手。
それを私は、知る。

綾華さんは、夫である景さんを、こよなく愛していた。
結婚して何年も経つ筈なのに、綾華さんが景さんを見詰める眼差しは、恋する乙女そのものだった。

虎田家龍尾家の皆から慕われていた、景さん。
綾華さんにとって景さんは、尊敬し慕う相手でもあり、異性として深く愛する相手でもあったのだ。


私は、ほんの一瞬だけど。
そこまで想う相手と添う事が出来た綾華さんを、羨ましく思った。


連続殺人犯が、風林火山になぞらえて殺人を犯しているのは確かだが。
その動機が、信玄を汚す者への怒りなどではない事は、明白だ。
おそらく、風林火山になぞらえる事は、本当の動機や犯人から目を逸らさせる為の手段。


景さんを守らなければ。
卑劣な連続殺人犯から、守らなければ。
たとえ、この身に代えてでも。



しかし、連続殺人犯が狙う相手は、もう1人、居た。

虎田家の繁次さんが、火だるまになって亡くなった。
釣竿で電線に触れて、高圧電流を受けて、亡くなったのだ。


風林火山の、最後の「火」が完成してしまったと、毛利探偵達が騒いでいたが。

私の中で、ようやく繋がったものがあった。


犯人が最後に狙うのは、景さんに間違いない。
そして、孫子の兵法になぞらえて、殺人を続けている事も、間違いない。


「雷・・・」

繁次さんは、「雷に打たれて」死んだのだ。


「風林火山雷陰」

孫子の兵法には、よく知られている「風林火山」以外に、ふたつある。

6年前に殺された甲斐さんを「陰」になぞらえて。
まるで「甲斐さんの仇を取る為に」行った殺人であるかのように見せかけて。
最後の1人である景さんを「火」に見立てて殺す積りだろう。

卑怯な、なんて卑怯な!

甲斐さんを本当に慕う人が、「甲斐さんの仇を討とうと殺人を犯す」なんて事は、絶対に有り得ないのに。


   ☆☆☆


育ての息子と実の息子を相次いで亡くした、虎田家の当主・直信義父は、怒りと悲しみに身を震わせていた。
それを殊勝気に慰める、達栄義母。

なさぬ仲の息子2人を、可愛がって立派に育てた、良妻賢母の顔の裏に。
私利私欲にまみれた恐ろしい顔を隠し持っているなんて、一体誰が想像するだろう?

今はまだ、決定的な証拠がない。
綾華さんの必死のダイイングメッセージも、状況証拠でしか有り得ない。



私は仏壇に向かい、義郎の遺影に語りかけた。

『義郎。どうか、守って。あなたが慕い守ろうとしていた、あの人を』

「由衣さん」
「お。お義母様?」

いつの間にか、音もなく、達栄義母が、傍に寄って来ていた。
私は、身の毛がよだちそうな悪寒に、必死で耐える。

「義郎さんと繁次さんに、お茶とご飯をあげる時間ですからねえ」

達栄義母は、沈痛な面持ちでそう言って、仏壇にご飯とお茶を備える。

義郎はともかく、繁次さんは、まだ葬儀も終わってないし、この仏壇に位牌や遺影が安置されても居ない。
なのにもう、仏様扱いなの!?


殺されてしまった人達の為にも、景さんを絶対に守らなければ。

私は、夜、密かに家を抜け出すと、景さんが籠っているだろう龍尾家の道場へと向かった。


   ☆☆☆


高潔で、甲斐さんを尊敬していた景さんは、自分の大切な友人や妻の「罪」に心痛めているようだった。
そして、今回の連続殺人事件の犯人が私で、動機は甲斐さんの仇打ちと思ったようだ。

でも、(仇打ちだって、決して褒められたものではないが)今回の事件の動機は、もっとずっと私欲にまみれた、とんでもないものだったのだ。


私は、何としても景さんを守る気で、乗り込んだのだが。
まだまだ、甘かった。

あの卑怯な達栄さんが、「1人で来る筈ない」事に、思い至っていなかった。


それにしても、情けない。
昔からの伝統ある祭り行事を、賭け事に利用して私腹を肥やそうという輩が、こんなに沢山居たなんて。

堂々と宝探しをしていた繁次さんは、こんな輩に比べれば、ずっとずっと純粋だわよ。

いや、基本的に、虎田家の人達も、龍尾家の人達も、皆、「人が善い」のだ。
龍尾家の当主である為史さんは、祭りの役員であったにも関わらず、陰で博打が行われていたなど、全く知らなかったようだし。
虎田家当主の直信さんは、妻である達栄さんの裏の顔に、全く気付かなかったのだから。

義郎、繁次さん、綾華さん、康司さんの4人は、花火程度で甲斐さんの馬が崖下に落ちるまで暴走したと思い込み、6年間も罪の意識を抱え込んでいたし。


無念の死を遂げた皆の為にも、絶対に、景さんを守らなければ。


すると。

私などより早く行動して、じっと静かに待っていた先客が、突然姿を現した。


服部高校生探偵と、何故か眼鏡のおチビちゃんが。
今迄色々あって、おチビちゃんの事は全然意識していなかったんだけど、この子、只者ではないわね。

そして、ただの飾りだった筈の鎧兜の中には、あの人が、敢助が、息を潜めて構えていた。


ああ。
私ってバカだな。
孤独な戦いをしている積りだったけれど、そうじゃなかったんだ。

それにしても。
敢助が、片目片足が不自由になっても、相変わらず強いのには感心したが。
服部高校生探偵と、眼鏡のおチビちゃんの戦闘能力は、すごいものがあった。

あれよあれよと言う間に、達栄さん一行は全てのされて、事件は解決。


とは言え。
虎田家龍尾家は、今迄の「両家のいがみ合い」という確執は、完全になくなったものの。

次を担う若い世代が、次々と失われ、残ったのは龍尾家の景さんのみという、大き過ぎる爪痕が残ったのだった。



(5)に続く


+++++++++++++++++


<後書き>

ここら辺は、原作をほぼなぞっただけと言うか。

由衣さんが、単独で必死に、せめて「最後の仕上げに狙われる」だろう景さんを助けようと動く訳ですが。
大和刑事が先回りしている辺りが、新蘭を彷彿とさせる、「奥底で気持ちがちゃんと繋がっている夫婦の風格」だなと。

そして、次回以降がいよいよ、「原作のその後妄想・捏造補完」になります。

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