恋の風林火山



byドミ



(3)雷・突然の天災に、人は無力でしかない



行方が知れなくて、もう、死んでしまったものだと諦めていたあの人が・・・大和敢助が、帰って来た。


知らせを聞いた時、最初は信じられなくて、でも、天にも昇るほどに、嬉しかった。
雪崩に巻き込まれて、左目と左足を失ったとの事だったが、それでも、生きて戻って来てくれた、それが本当に、嬉しかった。


でも。
私は、もはやあの人の部下でもなく、他の男性に嫁いだ身。

会う事は、出来ない。
その事に、愕然とした。


生きて帰って来てくれた事が、嬉しくて泣いて。
もう会う事が出来ない立場である自分自身が、悲しくて泣いた。

これは、「あの人が絶対に生きている」と信じ切れなかった私への、罰かも知れないとさえ、思った。


『今のままでは、私は、敢助と向き合おうとする資格もない』


とにかく、甲斐さんの事件の真相を暴く仕事を、続けよう。
全ては、それが終わってからの事だ。




「由衣・・・」

夫の求めに、私は、きつく目を閉じて耐えた。
最近は、この行為にも、かなり慣れたと思っていたけれど、敢助が生きていると知った今、この身が義郎のものだという事実が、辛くて仕方がない。

いつも以上に反応を返さない私に焦れてか、夫の愛撫は激しく執拗なものになって行く。

「!」

乳首に歯を立てられ、私は痛みに眉を寄せた。
早く終わって欲しいと、私はひたすら耐える。

ふいに、私に圧し掛かる重みと、温もりが離れた。
私は、目を開けた。

夫が、寝床の上に起き上がって、首を項垂れていた。


「あなた?」

私が戸惑って、夫を呼ぶと。

「あの男の元に、戻るのか?」

夫の低い声が、聞こえた。

「あ、あなた・・・何を?」
「大和刑事、生きていたんだな・・・知らせを聞いた時に、お前は、顔を輝かせたんだ。俺には絶対に見せた事のない、笑顔で」
「そ、それは!」
「お前は、大和刑事が死んだと思ったから、諦めて。俺の元に、嫁いで来たんだろう?」

夫が私を見た。
その眼差しにあるものは、怒りではなく、慈しみと哀しみ。
私は、胸を突かれる思いだった。

「あなた。そりゃ、死んだと思っていた親しかった人が、生きて戻って来たのですもの、嬉しいに決まっているでしょう?」
「由衣・・・」
「私は、あなたの、妻です」
「それが、本当に、君の答なのか?」
「私が、この先、生涯を共に生きて行こうと、決めた相手は、あなたよ」
「由衣!」

夫が私を抱き締める。
私はそっと抱き返した。

そう。
私はあの時、どういう理由であれ、自分の人生を、人生のパートナーを、選んでしまったのだから。
この人を愛して、生きて行こう。

切なさも、苦しみも、きっといつかは、思い出に変わる。
瞼の裏の面影も、やがては、薄れて行くだろう。

私の心の中には、確かに義郎への愛情が、少しずつ芽生え始めていた。


一旦中断された義郎の行為が、再び開始される。
そして、私の中に、義郎が入って来る。
充分潤ったそこは、苦痛もなく、彼を受け入れた。

「あ・・・ああっ!義郎さん!」
「由衣っ!愛してる・・・愛してるよ!」
「んっ・・・ふ・・・ああっ!」

まだ、絶頂と呼ぶには程遠い感覚だけれど。
義郎が、私を愛してくれている、その気持ちが伝わって来る。
私は少しだけ、交わりによる快感を、感じたような気がした。

事が終わった後、気だるさにウトウトしていると。
夫が、ボソリと言った。

「由衣」
「なに?あなた」
「俺は、決心したよ」
「え?」

私が夫を見ると、夫は、力強い眼差しで、私を見返した。

「由衣の夫として、相応しい男になる為に。逃げるのを止める。俺の罪を、償うよ」
「あなた・・・」

夫の、何かが吹っ切れたような晴れ晴れとした顔に、私は感動を覚えていた。

きっと夫は、甲斐さんの事件での、自分の「罪」を懺悔する積りなのだろうと、私は思った。
私は今、あの事件の真相には、夫達の「過失」だけではない、何かがあるという気がし始めていた。
夫が、逃げるのを止め罪を償おうとするならば。
きっと、真実に近づける手掛かりになる筈だ。


夫が、私を抱き締める。

「由衣。昔からずっと、好きだった。手に入れられて、嬉しかった。お前の事は、生涯離さないよ」
「うん。ありがとう。嬉しいわ、あなた」


義郎自身も私も、まさか義郎の「生涯の終り」が、すぐそこに迫っているなど、夢にも思っていなかったのである。


   ☆☆☆


「あなた・・・」

私は、変わり果てた夫の姿を前に、呆然としていた。
まさか、このような形で、永遠の別れが来ようとは。

向き合って、生涯を共にしようと、決意したのに。
これから、少しずつ、愛して行けると思っていたのに。


敢助と違い、義郎の場合は、その遺骸を目にしているので、間違いなく、もう戻って来ない。

悲しみと、後悔と、様々な想いが私の胸を渦巻く。

思いがけないほど大量の涙が、私の頬を、濡らしている。

夫が「死んだ」直接の理由は、紛れもない天災だった。
けれど、夫の遺骸の傍に置かれた百足が、あの忌まわしい連続殺人事件の、予告状であったのだった。


(4)に続く

++++++++++++++++++++++

<後書き>

死んだと思っていた、最愛の人が帰って来た。
その喜びと、自分の身は既に人妻である絶望。

由衣さんの気持ちを想像すると、すごく辛いものがあります。

運命を切り開くのは、自分自身。
けれど時にこうして、人智を超えた運命に、翻弄される事もある。

天災による生死は、まさしくそうですね。

大和刑事は、雪崩に巻き込まれたが、辛くも生き延びた。
虎田義郎氏は、自分の罪を償おうと決心した直後に、竜巻で命を落とした。

けれどそこで、運命を嘆くのではなく、諦めずに戦うのが、コナン世界の住人らしいなと、私は思います。

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