初体験クライシス



By ドミ



(4)



 昼休み。

 新一と蘭が居たのは、別棟にある化学実験室だった。
 新一はチャイムと共にダッシュでトイレに行ってしまったため、どうするのかと思ったら、蘭の携帯にメールが入っていたのだった。

「ちょっと新一。ここ、用がない時は立ち入り禁止だよ?」
「ああ、わーってる。でもま、二人きりになれるのは、ここくらいしかねえからな」
「……うん……」
「さあ、食おうぜ」

 化学実験室では、正直……綺麗に清掃されていることは分かっているが、ご飯を食べる気にはなれない。
 でも仕方なく、蘭は弁当を広げようとした。新一は昼食どうしているだろうと思ったが、どうやらコンビニで購入したらしいサンドイッチを持っていた。

「新一。サンドイッチだけじゃ、足りないでしょ?」

 新一は食べ盛りの高校三年男子、部活をしていないにしても、サンドイッチ一つではとても足りないだろうと蘭は思う。

「……わたし、新一の分のお弁当も作って来たから……」
「えっ?マジ?今日、一緒に昼めし食うかどうか、分からなかったのに?」
「あー……実は毎日、新一の分も作って来てたから……」
「え?でも、二人分は食べきれねえだろ?どうしたんだ?」
「帰ってから、夕ご飯にしたよ」
「蘭。それは、食中毒の心配があるからやめた方が良いぜ」
「だって!」

 突然、蘭は新一に抱き寄せられた。そのまま優しく抱きしめられる。

「悪かった。オメーがオレのために毎日作って来てくれてたのに……」

 久しぶりに、新一のぬくもりに包まれて、蘭の方もそっと新一の背中に手をまわした。
 新一は軽く蘭の唇に触れると、そっと蘭の体を離した。

「とにかく食おうぜ。腹減った」

 そして二人はしばらく、食べることに集中した。新一は、蘭の分の弁当のおかずも少し欲しがり、その分、サンドイッチは二人で分けて食べた。

「で?新一、話って何なの?」

 食べることがひと段落したところで、蘭が新一に問いかけ、新一は一瞬考え込む。

「え?話があるって言ってたのは、違うの?」
「いやまあ……色々話してえことがあるってのは事実なんだけどよ……」
「じゃあ、わたしの方から聞いても良い?」
「あ、ああ……」
「新一……あの時以来、わ、わたしを……避けてたよね?」

 蘭にとって、その問いは、勇気がいることだった。
 今日、新一が、何事もなかったかのように普通に接して来たのだから、そのまま普通に過ごして行けば良いのかもしれないけれど、でもここでなあなあにしてしまってはいけないと、蘭は思った。
 新一と結ばれるという、人生最大の幸福の後に、数日間無視されるという辛い日々を過ごした、それを無かったことにしてはいけないと、蘭は思ったのだ。

「あ……う……まあ、避けてたというか……」
「避けてたよね!?」
「あ、まあ。た、確かに……」

 蘭の瞳が潤む。

「お、おい!泣くこた……」
「泣くわよ!し、新一が……まさか……エッチした途端にわたしに飽きたのかって……わたし……!」

 突然、新一は蘭をぎゅっと抱きしめ
「すまん!」
と言った。

「確かに、オメーを避けてた!どんなに言い訳しても、オメーを悲しませて泣かせたのは事実だ!悪かった……!」

 新一の言葉に、真心を感じ取って、蘭のささくれ立っていた気持ちが少し落ち着いてくる。蘭も新一の背中に手を回してぎゅっと抱き着いた。

「……理由を、聞いても良い?」
「あ、ああ……その……理由はいくつかあるけど……」
「うん?」
「まず、オメーがオレを避けてた……」
「えっ!?」

 蘭は思わず新一の胸を押して離れ、新一の顔をマジマジと見つめた。
 言われれば確かに、蘭の方も新一を避けるような態度を取っていた……ような気もする。

「……で、オレとしては、その……いきなりオメーにあんなことをして、オメーが怒ってるのかって……」
「そんな!わ、わたしは……!」
「そうだな……オメーは、もし嫌だったのなら、ちゃんと態度に出すよなあ」
「……嫌だったら新一相手にでも、空手技掛けてるわよ!」
「でも、それだけじゃない。っていうか、別の理由の方が大きい」

 蘭の心が再び冷えた。涙がまた溢れそうになる。

「……蘭……」

 新一が蘭の頬に手を当て顔を覗き込む。

「大前提として!オレは蘭が好きだ!それだけは、変わらない!」
「だって……じゃあ、何で?」
「そ、そのさ……あの後オレは滅茶苦茶ヤバい状況になっちまって……」
「えっ?」
「蘭のあの時の顔とか声とか体とか感触とかが思い起こされて、超ヤバくてよ……」
「え……え……っ?」
「オメーの顔を見たり声を聞いたりしたら、抱きたくて抱きたくてたまらなくなっちまうんだ……」

 高校男子の性欲の強さについて、蘭には分かっていなかった。なので、新一の言葉に驚いていた。

「今はその……オメーをいたわんなきゃなと思って、がっつかねえように、何とか自分を抑えちゃいるけど……」
「……だったら、二人きりにならない方が良かったんじゃない?」
「二人きりじゃねえと、こんな話、できねえだろうが」
「……」

 ふと蘭は、蘭を抱きしめている新一の動悸が強く速いことに気付いた。服越しにでも伝わってくる。
 新一がそれだけ強く蘭を求めているのだと感じられた。

「ねえ、新一……新一側の事情は、何となく分かったけど……」
「うん……」
「せめて、言葉に出して言ってよね!」
「……悪かった……ごめん……」

 多分、新一は、蘭が「怒っている」と勘違いもしていたから、言葉を掛けることも憚っていたのだろうけど。言ってくれなければ分からないのに。
 けれど、そこまで考えたところで、それは蘭の方も同じだったと、蘭は気付いた。

「……そのさ。いつかは、って思ってたけど、試験が終わってからとか、雰囲気を整えてからとか、色々考えてた筈なのが、あの日、ぶっ飛んじまって……止まらなかった……ごめん……」
「バカ。謝らないでよ。わたしだって……し、新一とだったらって……いつかはって……思ってたから……だから……」
「うん……スゲー幸せで……満ち足りてた……」
「そ、それは、わたしも……」

 新一は、そっと蘭の体を離すと、顔を覗き込み、唇を触れ合わせてきた。新一の舌が蘭の口内に侵入して蹂躙する。
 お互いに息遣いが荒くなった。蘭の下腹部がぎゅんとなり、新一の手が蘭の胸の上を這う。

「だ、ダメっ!」

 蘭は理性を総動員させて新一を突き放した。男性の性欲とは違うのかもしれないが、蘭の方も、確かに今新一を求めていたと思う。
 新一の眼差しが、あの日と同じで、蘭は体の奥がゾクゾクとなっていた。

「ご、ごめん……」
「もう、言ったハナからこんな……」
「……悪かった……」
「もう昼休みが終わるわ。戻りましょう」

 そう言って蘭は立ち上がった。新一が蘭の腕を掴む。

「今日、うちに来る?」

 蘭は、逡巡しながら頷いた。


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