初体験クライシス



By ドミ



(2)



 昼休み。
 園子は携帯をいじっていた。

 いつもだったら、恋人の京極真との連絡が主なのだが、今日は、普段滅多にメールしない相手へメールを送る。
 いや……それなりの頻度でメールすることはあるのだが、それは全部、蘭がらみだ。今日も、蘭が絡んだ用件でのメールだった。

 ほどなくして、着信があった。

「了解」
というだけの素っ気ない返信だったが、それで十分だ。

「園子。京極さんの連絡?」
「うん……真さん、今は中国奥地に修行に行っちゃってて……クリスマスまでには帰ってくるって約束してるんだけど……」
「え?そんなところで、携帯の電波、届くの?」
「蘭。一応中国奥地でも、ネット回線が通じてたりするところもあるのよ」

 実際のところ、メールで連絡が取り合えているのは事実なので、園子は悪びれず答える。今、連絡があった(というか返信があった)のは、目の前にいる蘭の恋人だったのだが、それはきれいに押し隠している。

 園子にはもちろん、新一への下心など全くないが。新一も全く園子へその手の興味などないのは分かっているが。

『これって……状況だけを見るなら、友人の恋人と密会、になるのかしらね』

 なんてことを考えてしまったが、全然ドキドキワクワクできないのであった。

『蘭は……怒るだろうなあ』

 蘭の怒る理由。それはもちろん、「親友の園子が恋人の新一と密会!」するからではなく、「それだけはやめて!」と蘭が言ったのに、それを反故にしそうだからである。
 けれど、園子としては、やはり黙っていられないのであった。



   ☆☆☆



「よっ」

 待ち合わせていた先客が手を挙げる。

「新一君……わたしの用事、当然、分かってるんでしょうね?」

 喫茶店の奥の方の席で、園子は、先に来ていた新一の向かい側席に座るなり、言った。

「そりゃまあ。蘭のこと以外、有り得ないだろ?」
「ふうん。蘭に対して、酷いことをした自覚は、あるんだ?」

 園子の言葉に、新一は表情を変えた。

『誰かしら……新一君のことを、いつも冷静沈着・ポーカーフェイスなんて評したのは……蘭が絡むと面白いくらい表情豊かなんだよねえ』

 新一の表情を見て、園子は確信する。一線を越えたことで新一の蘭への気持ちが冷めたなんてことは、有り得ないと。
 その点はホッとしたのだが、蘭を傷つけたことは、やっぱり許せない。
 ただ、何をどう言ったら良いのか、園子は考えあぐねていた。

「アンタたちさ。喧嘩でもしたの?」
「……そんなんじゃない。……とオレは思うが……蘭がどう思ってるのかは、分からない……」
「……ここ数日、蘭と一緒に登校しないのは、なんで?」

 園子はまず、今起きている現象の中で、無難なところから攻めてみた。

「……蘭がオレんちに迎えに来ねえからだよ……」

 園子は思わず飲んでいた紅茶でむせそうになった。

「ちょ、ちょっと待って!何、アンタって、いつも蘭に迎えに来てもらってたの!?自分で蘭を迎えに行こうとは思わないワケ?」
「や、そりゃ、迎えに行くことくれー、あるけどよ。蘭が怒ってんのに、迎えに行くのも……」
「は?蘭が、怒ってる?」
「蘭から何も聞いてねえのか?」
「わ、わたしが聞いたのは……」

 園子の顔は思わず赤くなる。

「そ、その……何日か前、蘭がアンタと勢いで……エッチしたって……」

 言葉の最後の方は、何となく小さくなってしまった。
 新一は大きな溜息をついた。

「……その……オレさ……蘭が辛そうなのに、無理やり……はあ……蘭が怒っても無理ねえよな……」

 園子はまた、盛大にむせた。今度は、店のスタッフが「大丈夫ですかお客様!?」と慌てて飛んできたほどである。

『ちょ、ちょっと待って!蘭の話と違うじゃない!』

 園子はむせながら、内心で大きく突っ込みを入れていた。
 蘭は、初めてなのに痛くも辛くもなくむしろ気持ちよくて、だから新一は「蘭が処女じゃなかった」と勘違いしているのではないかと心配していたのに。新一の方は、蘭が痛くて辛い思いをしているのに強引に無理やり抱いたと思っている?

『……はあ。これが、夫婦喧嘩は犬も食わないってヤツなのかしら?』

 園子は脱力しながら思った。正確に言えば「喧嘩」ではないのだが。とりあえず、園子の出る幕では無かったと思った。


「新一君」

 園子は、新一の方にずいと迫る。

「な、なんだよ?」
「新一君、アンタたち、言葉が足りなさ過ぎ!」
「は?言葉が、足りない……?」
「蘭と、ちゃんと話し合いな!蘭が何をどう思ったのか、ちゃんと聞きなさいよ!そして、新一君が何をどう思ったのか、ちゃんと話すの!いい?」

 新一は、首を傾げて考え込む。

「はあ。あのさ……蘭は、本当に嫌だったら、空手技の一つや二つ、掛ける筈よ!」

 新一が目を見開き、口が「あ」の形に開く。

「それと、蘭は、怒ってるんじゃなくて、泣いてんの!」

 新一の顔色が変わる。

「泣いてる……って!何で!?」
「だから!それは、自分で聞きなさい!自分で!」

 蘭の気持ちを園子が伝えたのでは、何の解決にもならない。あとは、新一に努力してもらわなければ。

「言いたいことはそれだけ。じゃね」

 これ以上の用はないとばかりに園子は立ち上がった。

「園子」
「なに?」
「ありがとな」
「……新一君のためじゃないわ」
「蘭のために、ありがとう」

 園子はムッとして、向きを変え、そのまま立ち去る。

『なによ!蘭のためにありがとうですって!?蘭は自分のものとでも言いたいワケ!?』

 憤慨していた園子だったが、突然、一つのことに思い当たった。

『蘭……アンタ本当に……アヤツと夫婦になったんだねえ……』

 新一と蘭が一線を越えたから……というのではなく。新一にとって既に蘭は「身内」になったのだと、園子は感じたのだった。
 


戻る時はブラウザの「戻る」で。