血よりも深く



byドミ



(8)夏の海は危険がいっぱい



ある程度、時間が経ったところで。
佐藤刑事が改めて、個室のドアをノックした。


新一の状態は悪いものではなく、一応今夜は入院させるが、明日は退院できそうだという事を、佐藤刑事から蘭と新一に伝えられた。
そして蘭は園子と共に、佐藤刑事の運転する車で送ってもらう事になった。


「……でまあ、園子さん、先ほどの話は、あなたが蘭さんの親友だから、本来、他人に伝えてはいけない話をしてしまった訳だけど」
「あ、はい、もちろん、分かってます。誰にも、言いません」

蘭はひとり、話が見えず、園子の顔と、佐藤刑事の後姿を、交互に見やった。

「蘭さん。私の父も、警察官だったの。殉職しちゃったんだけどね」
「は、はあ……」
「その父から、昔、聞いた事があったのよ。蘭さんの実のご両親の事。で、さっきその話を、高木君と園子さんにも、しちゃったわけ」
「…………!」

蘭が息を呑んだ。

「で、ごめん。蘭、わたし達、見ちゃったんだ。蘭がさっき、新一君とキスしてるところ」
「そ、それは……っ!」
「お互いに、告白し合って、恋人同士になれたんでしょ?」

蘭は、真っ赤になって。
そして、こくりと頷いた。

「でまあ、蘭。新一君と無事、恋人同士になったのは、喜ぶべき事なんだろうけど。本当は血の繋がりがない事も、恋人同士になった事も、他の人にばれたら、大変な事になると思うのよ」

園子の言葉に、蘭は頷いて、言った。

「うん、そうだね。今更本当の事を言ったら、みんなから、内緒にされてた事を怒られると思うし。園子の事も、今迄ずっと、騙してて……本当にごめん」
「!違う違う!そうじゃないの!わたしは怒ってないし!」
「えっ……?」
「っていうか、蘭、やっぱ全然、分かってないね。……その……蘭の育ての親である工藤家のご両親は、どうだった?」
「え?……どうだった……って……?」

蘭が、話の展開について行けず、ポカンとした顔で園子に問い返す。

「ご両親は、蘭に冷たかった?新一君と差別してた?」

蘭は、ブンブンと首を横に振った。

「ううん!本当に、大切にしてもらってたよ!わたしが中学生の時、パスポートを作る関係で戸籍抄本を取り寄せた時に、本当の子どもじゃないって教えてもらうまで、全然、気付かなかった位だし。新一は、何か、推理して、知ってたみたいだけど……本当に、心から、可愛がって貰ってた」
「そんなご両親が、蘭が実の子じゃないって事を周りに内緒にしていたのは、蘭が貰いっ子だって差別させない為と、もう一つは……血の繋がらない男女が一つ屋根の下で暮らす事に、世間の目が厳しいからって思う」
「え……?」
「新一君と蘭が2人暮らしでも、今は、血の繋がった兄妹だからと、誰も変な目で見てないけど。もし、血の繋がりがないって知られたら、年頃の男女が一つ屋根の下で、しかも2人っきりで暮らすって、何てふしだらなと、白い目で見られる事になるんじゃないかな」


蘭は、目を丸くして、大きく息をついた。

「そっか……そういう風に、見られてしまうんだね……」
「だからさ、蘭。新一君も蘭も、この先も事情を知らない横恋慕者から言い寄られて、うざったいだろうって思うけど。これからも、周りには言わない方が良いと思うよ。何かあったら、私も力になるし」
「園子……本当にありがとう……」
「何よ、水臭いわねー!わたしと蘭は、無二の親友、でしょ?」

そう言って、園子はにかかっと笑いながら、蘭の背をバンと叩いた。

「で、蘭達の事は、蘭とわたしだけの……ううん、佐藤刑事達と新一君も含めて、5人だけの秘密!」
「……それが、良いだろうね。周りに対しては、今迄通りの態度で良いと思うよ」
「あなた達はまだ高校生なんだから、別に無理に恋人作る必要もないんだし、周りには今迄通り、仲の良い兄妹で通して行けば良いんじゃない?」

蘭は大きく頷いた。
園子と、佐藤刑事・高木刑事が、蘭と新一の仲を知って見守ってくれている。
それだけでも随分、心強いと感じていた。



   ☆☆☆



いくら、入院は一晩で良いと言っても、怪我をした後はやはり、それなりに安静にしなければならない訳で。

新一は退院後、1週間、学校を休んだ。
当然、探偵業もお休みで、電話で相談を受ける位に留めた。

蘭は部活もそこそこに、家へすっ飛んで帰っていた。

一応、「恋人同士」になったと言える2人だが。
何しろ新一が怪我人ではあるし、恋人同士の口付けすらも、退院してからは、まだない。
その続きとなると、なおさら、ある訳がなかった。



そしてようやく、1週間ぶりに新一が登校した時。
園子は、2人の様子がおかしいのに気付いた。

前は2人並んで、お互いに笑顔で見つめ合いながらの登校だったのであるが。
今は、少し距離を置いていて、何となく、よそよそしい。


「お?あの双子、喧嘩でもしたのか?」
「今だったら付け入る隙がありそうだ♪」


強度のシスコンブラコン兄妹に、隙を見いだせなかった面々が、活気づいている。
それを横目に見ながら、園子は、ある事に気付いていた。


『……蘭と新一君。今更ながら、めっちゃ照れて緊張してんのね』

それまでは、対外的にもお互いの意識でも、「兄と妹」であったが為に、むしろ正々堂々と(?)ラブラブ出来ていた部分があったのだけれど。
お互いに気持ちを通じ合わせた今、逆に、妙に意識するようになってしまったものらしい。

『まあ……どっちにしろ、蘭と新一君にコナかけて来る相手は、あんまり変わりないだろうから、良いのか』

新一はともかく、蘭も、新一と気持ちが通じ合った事で随分、強くなれたようだ。
以前は、呼び出しに応じて、誠意を持って断っていたけれど、今は、呼び出しそのものを断るようになっていた。

2人が余所余所しいのは、喧嘩をしたからではなくその逆で、むしろ、他の人達にとっては完全に見込みがなくなった事を意味する。
気の毒とは言えたが、元々、見込みがなかったのだから、仕方がない。

『わたしはきっと……子どもの頃から、新一君は蘭のものだって、気付いてたんだろうなあ……』

園子はそういう風に自己分析する。
親しくなれば、新一が、いささか変わり者である事は分かるけれど、それでも、良い男の部類に入るのは、間違いない。
最初から無意識の内に、全く恋愛対象外にしていたのは、きっと無意識領域下で、2人の事が分かっていたのだろうと、園子は考えていた。


多分、新しい距離感に慣れれば、2人の余所余所しさはなくなるだろう。
園子は、微笑ましく、2人を見ていた。


「あー。わたしも、恋がしたいなあ……」

園子は独りごちる。
アクセサリーとして恋人が欲しい訳ではない。
けれど、新一と蘭の絆を見ていると、女同士の友情とはまた違った世界がそこにあると、感じられてならなかったのだ。


やがて、新一と蘭との余所余所しい感じは、少しずつなくなって行ったが。
それでも、2人の間には、以前にはない距離が出来たように、傍目には見えていた。
事情を知る園子からは、2人がお互い異性である事を強く意識しているだけと思えたけれど。

どちらにしろ、新一に懸想する女子も、蘭に懸想する男子も、全く報われる事がないのは、以前と変わりないのだった。



   ☆☆☆



新一の怪我は、順調に回復し、鎮痛剤を使わなければならない程の痛みは、1か月程で落ち着いた。
まだ激しい運動は止められているが、何もしないと体がなまってしまうため、新一は、肋骨に響かない程度の筋トレを続けていた。


そして、夏休みを迎えた。
蘭は園子から、伊豆の海への旅行に誘われたが、新一は「女の2人旅」は危険だと反対した。
今回、行き先が鈴木家別荘などではなく、民間の旅館に泊まるというから尚更だ。


「蘭、たまには新一君なんかうっちゃってさあ、パーッと遊びに行こうよぉ」
「ダメ。新一の言いつけは聞くようにって、工藤の両親からも言われてるんだもの」
「うーん……もう、新一君はいつも同じ屋根の下にいるんだからさあ、たまにはわたしに蘭を譲っても良いと思うんだけどなあ」
「そういう問題じゃないと思うよ」

蘭も園子も、まだ高校生の女の子であるため、新一が「女二人旅」をよしとしない本当の理由をわかっていない。
一応、説明を受けてはいるものの、心底納得できていないのだ。
2人は幼い頃から周囲の人たちに守られる環境で育った為、男性の本当の怖さを理解していない部分があるし。

「わたし達を襲おうとする男があったら、蘭の蹴りでイチコロよねえ」

蘭の空手の腕を過信し過ぎている部分もあった。


確かに、蘭の空手の腕は相当なもので、まともに渡り合った場合、数人の男性相手だったら、まず問題ない。
けれど、不意を突かれたら、薬を盛られたら、寝つきが良過ぎる蘭の寝込みを襲われたら、蘭が園子とはぐれたら……そういう想像ができない2人であった。

ただ、蘭は真面目な上に新一と工藤の両親に対しては絶大の信を置いており、園子とて根は真面目な人柄であるから、新一の言いつけを正面切って破ろうとは思っていない。


「だったらさあ。新一君も一緒なら、良いの?」
「へっ?」
「要するに、新一君としては、蘭が新一君の知らないところでナンパされたりしないか、心配で仕方がない訳でしょ?」
「ナンパはともかく……多分、新一も一緒なら、ダメとは言わないと思うけど……でも、園子、それで良いの?」
「良いって良いって。でも、蘭、ちゃんと新一君には釘刺しといてよね!蘭とわたしの楽しみを邪魔しないでって」

新一はさすがに、それでもダメとは言わなかった。

「園子、本当にオレが一緒でも良いのか?」
「良いわよ、別に。ただ、変な邪魔をしなければね」

という事で。
男1人女2人の3人組旅行になったのだった。




新一は、水に入ったらいけない訳ではないが、バストバンドをしていなければならない為、蘭と園子が海に入っている間、海辺のパラソルの下でシャツを羽織って1人腰掛けているという、何とも情けない状態だった。

「あちぃ……」

新一は汗をだらだら流しながら、脱水にならないように飲み物をちびちび飲みつつ、海の中で遊ぶ蘭たちを遠目で見守っていた。

たとえ日陰にいても夏の太陽の暑さを完全に遮る事ができる訳ではない。
だからと言って、蘭の姿が見えない所へ行こうと考える事ができる男ではなかった。

水着姿は、蘭のスタイルの良さを更に引き立てる。
新一にとっても目の保養であるが、他の男たちにとってもそうであるに違いない。
目の保養で留まっている分には仕方がない(とはいえ、見せたくないのはヤマヤマ)が、手に入れたいと狙う男はきっと沢山いる。

蘭への欲目がある新一には、園子は眼中になく、全く狙われる心配はしていない。
蘭の親友であるし、園子への友情は一応あるので、園子が本当に危ないと判断したら、守る気はない訳ではないのだが、自分を基準に考えるこの男は、園子が男から狙われる筈がないと非常に失礼な判断をしている。

実際のところ、園子はやや勝気そうな目をしているが充分可愛く、蘭より色白で、スタイルも決して遜色がある訳ではないのだが、長い黒髪をなびかせ、清純であどけない美貌を誇る蘭は、男たちの征服欲をかき立てる存在だ。
実際に2人に声を掛ける男の多くは、蘭狙いだ。

ただ、勿論、園子が好みの男だっているし、あるいは2人ともを「性欲の餌食」としてだけ見る男だっている。
そこら辺については、普通の高校生より世間を知っている積りの新一も、案外分かっていない部分だった。


女の子2人組であるから、声をかけて来るのは、男性の2人組が多い。
けれど、新一が「オレの妹に何か用ですか?」と出て行くと、大抵は舌打ちして去って行く。

「もう!新一君、何で邪魔するのよ!」
「オレは別に、邪魔している積りはねえけど?」

という、園子と新一の小さな諍いがあったりしたが。
園子も、悪態をつきながら、仕方がないと解っていたようだ。
何しろ、新一は蘭の「恋人」ではなく「兄」と名乗っているのに、それでもアッサリ諦めて去って行くとしたら、その程度の男たちに違いないのだ。


何人もの男たちが、新一が出て行くと去って行った。
時に、力で押して来ようとする男たちがいたら、その時は蘭の空手技が炸裂した。
新一とて常人以上の戦闘能力はあるが、何しろ今の彼は怪我が完治していない状態なので、蘭の方が先に手を出してしまうのだ。

さすがに力技で来ようとする男は、園子もノーサンキューである。
その上……正直、ナンパしてくる男たちは、正直言って顔が園子の好みではなかった。

だから余計に園子は、新一相手に本気で怒ろうとは思わないのだ。


しかし。異変が訪れた。
園子好みのハンサムな大学生位の男性が、1人で、蘭と園子に声を掛けて来たのだ。

新一が「オレの妹に何か?」と言って出て行き、蘭の肩を抱き寄せると
「いやいや、僕が狙っているのはこちらのお嬢さんですよ」
と、園子を指して言ったのであった。

「へっ?マジで?」
「……そちらの黒髪の子は妹さんで……だったら実はこちらのお嬢さんは恋人とか、狙っている相手とか、言わないですよね?」
「いやいやいや、それは違います!」

新一は首をブンブンと横に振り、思いっきり全力で否定した。

「園子!良かったじゃない!」

蘭が園子の肩を叩く。
園子は、展開について行けてないようで、ボーッとしていた。

「園子。せっかくだから、2人きりで遊んできなよ」
「お。それが良いかもな」

蘭は勿論、新一だって、決して、「園子が邪魔なので追っ払おう」なんて考えていた訳ではない。
ただ純粋に、せっかく園子に言い寄って来た園子好みのイケメンだから、2人にさせてあげようと思ったのだった。
結局のところ、蘭も新一も、世間知らずなのである。

しかし園子は、去って行こうとする蘭の腕をパッと掴んで阻止した。
やはり、知らない人といきなり2人きりは不安なのだ。



という事で。
新一たち一行は、砂川と名乗るその男と、ダブルデートのような格好になった。

そして、ちょうど昼食時間でもあり、4人で海の家に入った。
海の家で応対したのは、色黒でサングラスをかけた無愛想な男だったが、出された焼きそばは、なかなか美味しかった。

「美味しいですね、砂川さん!」
「岬にあるイタリアンレストランは、値段も良いけど、ここの焼きそばなんかよりずっと美味しいパスタがあるよ」
「ホントですか?」
「ああ。だけどさすがに、そこは君と2人だけで行きたいな」


蘭は、砂川の言葉に、ちょっと違和感を持った。
若い男性にはありがちで、声高にいう事でもないだろうけど、「ここの焼きそばなんか」呼ばわりはどうかと思う。

そして蘭は、焼きそばを運んで来たサングラスの男性を、どこかで見たような気がして、首を傾げていた。

「ねえ新一。あの人、どこかで見た事ない?」
「ああ。あるよ」
「えっ!?ホント!?どこで!?」
「昨夜泊まった旅館で、仕事をしていたよ」
「え?そ、そうだった?」
「ああ。もっともその時は、サングラスは掛けていなかったけど……」
「確かにわたしも、サングラスじゃない彼の姿を見た記憶が……でもわたしは、旅館じゃなくて、ずっと以前、もっと別のところで見たような……」

蘭は何度も首を傾げたが、どうしても、色黒サングラスの男をどこで見かけたのか、思い出す事ができなかった。



(9)に続く


+++++++++++++++++


「危険がいっぱい」というサブタイトルなのに、危険が全く出て来ていません。というか、その前哨は一応あるのですが。
もう少し先まで書く積りでしたが、時間切れです。

7話の後書きに書いていたように、ブログにはなかった真園を入れました。
といっても、まだ、真→園で、しかもまこちんは名前も出ていないという。

一応、事件自体は原作とかぶらないように、園子ちゃんの危険は別の形で描く積りです。
とは言え、何というか、危険の種類が変わっただけですが(汗)。

真園は9話前半まで続きます。
9話の後半と10話は、ブログに載せていた部分に戻って、11話からはまた書下ろしになります。


2013年7月29日脱稿


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