血よりも深く



byドミ



(7)転機



「蘭、来たわね。今日は時間通りだと思ったら、やっぱり、新一君が一緒か」
「園子、おはよう。何よその、やっぱりってのは?」
「だって蘭ひとりだったら、いっつも遅れて来るんだもん」
「仕方ねえ、こいつは方向音痴で、前来たはずの場所でも迷っちまうんだからよ」
「だから、いつも新一君がフォローしてあげれば良いじゃない。なのに、事件だとか言って、2回に1回、ううん、3回に2回くらいは、この園子さまの誘いをすっぽかすんだから!」
「へえ、なるほど。園子が蘭だけじゃなくてオレまで誘うのは、蘭のフォローの為か」
「当たり前でしょ。じゃなかったら、新一君なんか、誘うワケないじゃない」

言葉ヅラだけ見ると、刺々しいが、新一も園子も、特に気を悪くしている風ではない。いつもの軽口の応酬なのである。

連休初日の今日は、園子に誘われて、鈴木家別荘へ行く事になっていた。
園子の姉である綾子の、大学時代のサークル仲間や、その友人達も集まるとの事だった。
園子は、良い男がいないかと、張りきっている。

園子が、蘭の傍に行って、小声で耳打ちした。

「蘭、あんたも、いつまでも思い悩んでないでさ。良い男がいたらゲットしなよ!」
「ええっ?わ、わたしは、別に」
「ま、無理にとは言わないけど?イイ男と思わないのに無理しちゃったら、また、高梨君の二の舞いになりかねないからね」

その時。
新一の携帯が鳴った。

「はい、工藤で……目暮警部?」

新一の顔つきが変わった。
蘭が、新一の方を見る。

「はい。はい。……わかりました」

新一が電話を切った。

「新一。事件なの?」
「ああ。今から、行って来る」
「……行ってらっしゃい。気をつけてね」

新一と蘭のやり取りを見ながら、園子が手を広げる。

「ったくもう、事件オタク!さっさと行って来たら!?」
「せっかく誘ってもらったのに、わりぃな、園子」
「別に〜。わたしは良いのよ、新一君を誘ったのは蘭の為で、わたしが新一君と一緒にいたいからじゃないんだから!謝るなら、蘭にでしょ!?」
「そ、園子!新一、わたしなら大丈夫だから」
「園子」

新一にじっと見詰められて、園子は焦る。

「な、何よ!?」
「蘭の事、頼むな」
「……別に、新一君に言われなくても!」
「ああ。わーってる。蘭の事では、オメーを100%信頼してっからよ。だから、安心して行けるんだ」

園子は、目を見開いた。
新一が蘭を抱き寄せ、その額に口付けた。
園子は赤くなって、その光景を見ていた。

「じゃあ、行って来る。蘭、オメーも、楽しんで来いよ!」

新一が手を振って、去って行こうとした。
蘭が、新一の服の裾を捕まえる。

「ら、蘭……?」
「わたしも、一緒に行っちゃダメ?」
「それは……!」
「絶対、邪魔にならないようにするから」
「邪魔って事はねえさ。けど、オメー、園子んちの別荘、楽しみにしてただろ?」
「でも。新一が一緒じゃないと……」

蘭が目に涙を浮かべて言った。
園子が、手を腰に当てて言った。

「あー、もう!分かったわよ、蘭!今回はもう、諦めるわ!」
「園子……ごめんなさい……」
「っていう事で、姉貴、悪い!サークル仲間水入らずで、楽しんで来て!」

そう言って園子は、蘭の腕に自分の腕を絡めて、言った。

「さ、行きましょ!善は急げよ!」
「えっ!?そ、園子!?」
「姉貴の大学時代のサークル仲間の集まりだからね。蘭が行かないんじゃ、1人仲間外れで、面白くないもん」



佐藤刑事と高木刑事が、覆面パトカーで新一を迎えに来た時、新一と蘭の他に園子まで待っていたので、目を白黒させていた。
が、新一を連れて行く命を受けていたので、仕方なく新一と離れようとしない蘭と、蘭と離れようとしない園子も一緒に、連れて行く事になった。


到着したのは、大きな洋館である。
天井は高く、内装も豪華だった。
殺されたのは、この館を受け継いだばかりの、前当主の長男だという事だった。
色々と、家族内でも使用人との間でも、トラブルがあったらしい。


「工藤君、これはどういう事かね?」

女性2人を連れて姿を現した新一は、目暮警部に呆れ顔をされてしまった。

「妹の蘭と、友人の鈴木園子です」
「いやだから、ワシが言っているのは!蘭君はまだともかくとして、何でもう1人、女の子がいるのかって事なんだが……」
「彼女には、僕の助手として来て貰いました」
「へっ!?じょ、助手っ!?」
「……話を合わせろよ。追い返されたくねえだろ?」

目を白黒させた園子は、新一に小声で耳打ちされて、姿勢を改めて言った。

「そうです、わたし今、探偵の修行中なんで〜す!」
「彼女はなかなか、結構鋭い目を持ってるんですよ。僕も随分助けられる事があるんです」

「工藤君がそこまで言うのなら……」

目暮警部は渋々という感じだが、園子が一緒にいる事を認めたようである。

「任せて下さい!犯人なんて、すぐに見つけ出して見せます!」

園子はすっかりその気になって、ノリノリになっている。
新一は逆に心配になって、改めて耳打ちした。

「おいおい。そういう口実でここにいて貰うんだから、せめて邪魔はしないようにしてくれよ」
「分かってるって!任せなさい!」

園子のノリノリの様子に、新一は思わず溜息をついた。

とは言え。
園子の目の付け所は、案外、悪くない。
というより、蘭も園子も、完全に素人であるがゆえに、違った切り口から物事を見、新一が気付いていない視点からの助言をしてくる為、案外、ありがたかった。

そこにいるメンバーの中に犯人がいるだろうと、最初から目星はついていたが、新一が思いのほか早くに事件を解決できたのは、2人がいたお蔭と言えた。

そして、新一が名指しした犯人は、殺された男の妻だった。
犯人である被害者の妻が肩を落とし、高木刑事が手錠をかけた。
その時、思いがけない人物が、思いがけない動きをした。

「孝之さんの敵!死ね!」

殺害された男性の愛人だったと思われる、メイドの1人が、いつの間に隠し持ったものか、出刃包丁を手に、犯人である被害者の妻に向かって、突進したのだった。

その後の事は、不幸の連鎖としか言いようがないのだが。


その女性のすぐ近くにいた蘭が、素早く動き、包丁を持った手元を蹴り上げた。
出刃包丁は女性の手から離れ、天井に向かって勢いよく飛び、天井に突き刺さった。
その時、少し古風なシャンデリア風の灯を支えている鎖を切る形で飛んだ為、シャンデリア風灯が落下した。
その真下にちょうど蘭がいて、そのままだと蘭が大怪我するところだったが、新一が反射的に蘭を庇って突き飛ばし、蘭は無傷で。
結局、新一がその重い灯をもろに受け止めたのである。

「ぐわっ!!」
「し、新一ぃっ!」

新一に庇われてかすり傷ひとつなかった蘭は、真っ青になって新一に駆け寄った。
新一は、飛び散ったガラスで無数の傷を負っているようだが、表面的な傷は大した事はなさそうだ。
ただ、新一の顔色の悪さが、気になる。

「誰か、救急車を!」

目暮警部の声が、遠くに聞こえる。
新一は、右脇腹を押さえながら、起き上がった。
脂汗を流していて、顔色が悪い。

「らん……だいじょう……」
「新一!新一!」
「……多分……フレイル……チェスト……」
「新一、喋らないで!」
「蘭……伸縮性のない……布で……バスト……バンド……」

新一が、右脇腹を押さえながら、切れ切れに言った。
蘭は慌てて、周りを見回す。
すると。

「はい、蘭。これ」

園子が蘭に、布を手渡してきた。
どこから調達したのか詮索せずに、蘭はありがたく受け取り、その布を畳んで細長い形状にすると、新一の胸の下部に巻きつけた。

後から聞いたのだが、園子は咄嗟に、すぐ近くにあったソファーのカバーを取ったのだという事だった。
園子はこういう時、案外素早く機転を利かせる事ができるのである。
蘭も、新一の事でなければ機転が利く方だが、気が動転していてそれどころではなかったのだ。

「少し、きつめに……そう……」

新一に指示されるままに、帯のように端を縛って固定する。
新一は、ふうと息をついた。
脂汗は相変わらずだが、顔色は幾分、良くなった。

「ありがとな。助かった……」

蘭はようやく、周りの様子が目に入るようになった。
殺人犯の奥様も、奥様を刺そうとしたメイドも、いなくなっている。
2人とも多分もう、連行されたのだ。
メイドは、傷害未遂の現行犯で。

佐藤刑事と高木刑事は、残っていた。
殺人犯を連行する役目を他の警官に任せたのだろう。
目暮警部は、高木刑事と佐藤刑事に後を任せて2人を連れて行ったのか、もういなくなっていた。

救急車のサイレン音が近づいてくる。
新一と、蘭・園子・佐藤刑事・高木刑事を乗せて、救急車は警察病院へと向かった。



   ☆☆☆



新一は、検査を色々された後、個室で点滴を受けて眠っていた。
救急車に乗っている時点から、酸素マスクがつけられていた為、かなり重症なのかと心配である。

蘭達は、診察した医師から説明を受ける事になった。

「先生!新一は、新一は、大丈夫ですよね!?」

蘭が、すがるような眼差しで、医師に迫った。

「まあまあ、落ち着いて」

医師は、なだめるように言って、パソコンの操作をし、画面に、レントゲン写真らしいものが現れた。

「こちらが、彼の、胸のレントゲン写真と、CT画像です。で、ここのところですが……肋骨が数か所、折れてるんですねえ」
「肋骨の、骨折……ですか?」

蘭が、痛ましそうな表情をする。
肋骨の骨折は珍しい事ではないけれど、骨折は骨折、痛いのには変わりない。

「彼の場合、それが数か所なもんで……フレイルチェストという病態を起こしてるんですよ」
「え……フレイルチェストっ!?」
「そうです。医療従事者でも、若い人は知らない事があるんですが、ご存じなんですか?」
「いえ、新一本人が、フレイルチェストって言ってたんで」
「ほう、そりゃ、大したもんだ。知っているだけで大したものだが、息も出来ない状態だったろうに、冷静にそこまで分析するとは」
「い、息が出来ないって……」
「肋骨は、肺を包んで、呼吸する時の胸の動きを助けているんですが、こんな風に数か所で骨折すると、胸郭が動揺してしまい、まともに空気が肺の中に入らずに、呼吸不全を起こす事があるんですよ」
「えっ……!?」

蘭に、医師の説明が十分わかったとは言い難いが、新一が「息がまともに出来ない状態に陥っていた」事は、よく分かった。

「肺挫傷とか気胸とか血胸とか、合併症を起こしていたりすると、大変です。気管切開して人工呼吸器をつけたり、手術したりして治療しても、予後が悪い場合もある」
「よ、予後が悪いって……」
「早い話、死につながるという事です」

蘭は、気が遠くなりそうな思いで、医師の言葉を聞いた。

新一が、死んでしまう?
蘭を残して、いなくなってしまう?

そんな、そんな、そんな!




「しかし、彼の場合、肺は全く傷付いてないですし、驚いた事に、気胸も血胸も起こしてないですね。ま、痛みますから、暫くは鎮痛剤を使わないと、まともに息が出来ないでしょうが。酸素ももう、必要ないだろうから止めようかと。今後は、バストバンドと鎮痛剤だけで、OKでしょう」
「へっ!?」
「いや、私もフレイルチェストは久しぶりに見ましたが。ここまで軽傷のフレイルチェストは、初めてですよ、はっはっは」
「はっはっはじゃないですよ!脅かさないでください、もー!」

怒ったのは、佐藤刑事である。

「いやいや、本当に、一歩間違っていれば、集中治療が必要でしたが、彼の場合、肺が全く傷付いてないのが幸いでしたな。体を鍛えているみたいで、筋肉が結構ありましたから、守られたようです。それに、応急処置が良かったんで、酸素不足状態にも陥ってなかったですし。まあ、一晩くらいは入院して様子見た方が良いでしょうが、明日には退院出来ると思いますよ」


一同は、大きく息をついた。

「蘭、良かったね……って、蘭!?」

高木刑事と佐藤刑事と園子は、一緒に説明を受けていた筈の蘭が、いつの間にかいない事に気付いた。

「蘭、どこに行ったのかしら!?」
「先生の説明、最後まで聞かずに、勘違いしたんじゃ?」


おそらく蘭は、新一のいる病室に駆け込んだのだろうと、一同の認識は一致して。
新一が収容されている個室へと、向かった。



   ☆☆☆



蘭は、医師の説明の途中で抜け出して、新一のいる個室に駆け込んでいた。

医師から「酸素吸入中止」の指示を受けた看護師が、新一の酸素マスクを外していた事や、顔色がもうすっかり良くなっている事に、蘭は全く気付いていなかった。
そのまま、新一に取りすがって泣き崩れる。

「新一!新一ぃ!嫌、嫌!わたしを置いて行かないで!他の人と結婚しても、恋人になっても、構わないから、生きていて!新一がいなくなったら、わたし、生きていられない!誰よりも、この世界の誰よりも、新一が好きなのに!」

蘭の頭を、突然、優しく撫でる手があった。
蘭は、ハッとして顔をあげる。
新一の優しい眼差しと目が合った。

「バーロ。生きていられないなんて、簡単に言うな。それにオレは、オメーを残していなくなったりしねえよ」

蘭は、新一が大丈夫な状態である事を瞬時に悟り、喜び。
その後、自分の気持ちが新一に知られてしまった事に気付いて、顔に血が上った。
顔を覆い、新一に背を向けて、言った。

「……っ!新一!今の、忘れて!お願い!」
「忘れるワケ、ねえだろ?好きな女からの告白なんて、この世で一番嬉しい言葉、忘れられっかよ」

蘭は驚いて、新一の方に向き直る。

「嘘……っ!」
「バーロ。こんな状況で、嘘なんか、つくワケねえだろうが。オレも、蘭の事が好きだ。世界中で、一番」

新一がゆっくりと起き上がる。
蘭は、新一の怪我に障らないよう気を付けながら、新一に抱きついた。

新一の顔が近づき、蘭は目を閉じた。
そして2人は、初めての「恋人同士のキス」を交わした。



   ☆☆☆



園子と高木刑事と佐藤刑事の3人が、新一のいる個室について、ドアを開けた時。
2人はちょうど、深い口付けを交わしている真っ最中で。

3人は真っ赤になりながら、そっとドアを閉めた。

「さ、2人とも、行きましょ。邪魔しちゃいけないわ」

佐藤刑事が2人を引っ張って、ズンズン歩く。

「で、でも、佐藤さん、良いんですか!?あの二人、兄妹なんでしょ!?」
「……まあ、世間では後ろ指刺されるかもしれないけど、蘭が選んだ事なら、わたしは応援する。深く想い合っている2人を引き離そうなんて、思えない」

高木刑事と園子の言葉に、佐藤刑事は振り向いて、言った。

「あの2人、近親相姦にはならないわよ。だって、血を分けた兄妹じゃないんだから」

目を丸くしている2人を連れて、佐藤刑事は、休日である為人気のない病院の受付まで行き、自販機の飲み物を買って2人に渡し、話をした。

「私の殉職した父親から、私がまだ子どもの頃、聞いた話なんだけどね。昔、FBIとの合同捜査の為に、アメリカに渡った若い警察官がいて。でも、その人は、捜査中に、行方を断ってしまったの。
で、その人の奥さんが、彼の行方を捜しに渡米して、その人もまた、行方を断ってしまった。まだ赤ちゃんだった娘を、友人夫妻に預けたまま」
「え……もしかして、その赤ちゃんが、蘭なんですか?」
「ええ。何しろ父から話を聞いたのがわたしがまだ小さい頃のことだったから、なかなか思い出せなくて。でも、この前、目暮警部に訊いて、確認したわ。工藤夫妻の元で、兄妹同然に育てられた2人だけど。当人達も、自分達が血を分た兄妹ではないと、知っているみたい」
「……蘭に、そんな辛い過去があったなんて……多分、蘭は、自分だけが新一君の事を異性として見ていると思って、苦しんでたんじゃないかな。そして、新一君の方も」
「ああ。何か、分かるような気がする。お互いに、兄と妹であろうとして、必死だったんだろうね」
「で、ようやく、お互い、そのつかえが取れたって事かな。これが、本当の怪我の功名ってヤツ?」

新一の怪我がきっかけとなって、今迄隠していたお互いの気持ちを告げる事となったのだろうと、3人は想像していた。

「まあ、学校では、2人が血を分けた兄妹って事になってるから、晴れて恋人同士になったって事も、隠さなきゃいけないだろうけどさ。でも、良かった……色々な意味で」
「園子ちゃん1人だけでも、味方がいたら、あの2人もきっと、心強いと思うわ」
「わたしは、いつだって、蘭の味方。任せて下さい!」

そう言って、園子は胸を叩いた。
この先、色々と大変な事はあるだろうが、お互いに気持ちが通じ合った2人なら、何があってもきっと大丈夫だろうと思えた。


(8)に続く


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新一君と蘭ちゃんの「兄妹」の壁を壊すきっかけを、どういう風に作ろうかと、それはもう、必死で考えました。
やはり「生きるか死ぬかの瀬戸際」が良いかなあ。でも、本当に瀬戸際にはしたくないなあ。
という事で、まあ新一君をかなり痛い目に遭わせましたけど(汗)、見た目の割にさほど重症じゃなかったという事で、落ち着かせました。

フレイルチェスト、私も長い看護師人生の中で、直接見たことがあるのは、1回だけです。
その方は奇跡の復活を遂げましたが、しばらくは、人工呼吸器を装着したりとか、そりゃあ大変でした。

そして、これを書いていたのは、2012年の初夏ごろですが……その頃、DSのコナンゲーム「過去からの前奏曲」にはまってました。ゲームでは、コナン君が関わった事件が、コナンになる前に解決した事件と繋がっていて……ってもので。新蘭要素が盛りだくさんで、まだ「ただの幼馴染」なくせにラブラブで、園蘭も結構あって、なかなか好きなゲームでした。
で、このお話は、ゲームの影響をかなり受けています、特に園子ちゃんの言動の辺りが。

次話では、ブログ掲載時に、はしょってしまっていた、真園エピソードを入れたいなあと思っています。

2013年5月26日脱稿

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