血よりも深く



byドミ


(6)消毒



「新一。気持ち悪いの、消毒して」

新一の寝床にもぐりこんで来た蘭の言葉に、工藤新一は内心、青くなっていた。
蘭の気持ち悪さを取り除いてあげたいと、心底から思っているけれども。
高梨に少しでも触れられて気持ち悪いところを「全部」「消毒」するなら、自分の理性がどこまで保てるのか。
蘭の体に新一の存在を刻み込みたい、その誘惑に抗える自信が、全くない。

けれど、蘭の心の傷を癒す為に、やるしかなかった。


薄暗がりの中、純白の下着だけを身につけた蘭の姿に、新一の男根はぐぐっとそそり立っていた。
新一は、荒くなりそうな息を必死で整える。

「もう二度と、好きでもねえ男と付き合うなんて、バカな真似、すんじゃねえぞ」
「うん。しない」

新一は、蘭の顔中に口付けた後、その唇に己の唇を重ね。
蘭をシッカリと抱き込み、背中と腰を手で撫でて行った。

蘭は安心したように、新一に全身を預けて来る。
新一は、自分の中に湧き上がる衝動をねじ伏せ、欲望に猛っている自身の男根の感触が、蘭に僅かでも触れないよう巧妙に体をずらした。

「新一」

蘭が信頼のこもった眼差しで新一を見詰める。

暗闇の中。
新一が自身の欲望を必死で抑えていることに蘭が気付かないのと同様、蘭の眼差しには、信頼とは異なる熱もこもっている事に、新一は気付かない。

高梨に抱き締められて、服の上から触られて、「気持ち悪い」と蘭が感じた所を、新一の指と唇が直に触れて行く。

蘭の全身を、不快感とは全く逆のゾクゾクした感覚が走り、蘭は上がりそうになる声を必死で抑えていた。
新一は新一で、蘭の穢れない白い肌の感触に、蘭の下着を取り去り蘭の全てを見て触れたい衝動が湧き起こるのを、必死で我慢していた。


やがて、新一がほぼ隈なく蘭の全身の「消毒」を終えた頃。
蘭の安心しきったような寝息が聞こえて来た。
新一は、もう一度蘭の唇に自分の唇を重ねると、きっと眠れないだろうと思いながら、蘭を抱き寄せて目をつぶった。


蘭は、新一の苦悩に気付いていなかったが。
新一もまた、蘭が抱える苦しみに、全く気付いていなかった。



   ☆☆☆



「へえ。蘭、結局、高梨君とは別れたんだ……」
「う、うん……」

放課後。
新一は、昼過ぎに警察から事件で呼び出され、不在だった。

今日はテニス部も空手部もお休みの日だったので、蘭は久し振りに園子と2人で一緒に帰り、途中、カフェで一息ついていた。
蘭と園子が座ったところは、他の座席と少し離れた感じになっていて、会話が聞かれてしまう心配もなさそうだった。

蘭が高梨と付き合い始めた時は、その事実を園子になかなか告げなかった為、園子からむくれられたので。
今度は、即行で園子に話をしたのだが。
園子は、何故だが、眉を寄せて考え込んでいるようだった。

「まあ、仕方ないよね。蘭は、高梨君の事、好きじゃなかったんだし」
「…………そうだね……」

園子の言葉に、蘭は素直に頷いていた。

「っていうかぁ、そもそも、付き合ったのが間違いだったんじゃないの?」
「うん。そう思う……だから……高梨君にも悪い事したなって、思うけど……」

園子がグッと身を乗り出して、ひそひそ声で言った。

「ねえ。蘭ってさ……まだ、恋をした事がないだけなんだよね?」
「え……?」

園子の眼差しは、いつになく真剣な色をたたえていて。
蘭は、言葉に詰まる。
けれど、今、園子に、蘭の秘密を打ち明ける訳には行かなかった。

「うん。多分……恋がどんなものか、知らないんだと思う」
「そう。新一君のことを、兄妹の垣根を越えて好きだってことは、ないよね?」
「そ、園子!それは……!」

園子が核心を突いて来たので、蘭は焦った。

「蘭が、ブラコンなのは、全然構わないと思うんだけどね。新一君と2人きりの時はラブラブでも全然イイと思うよ。でも、さすがに、人前での態度は気をつけないと……色々言われて辛い想いをするのは、蘭だよ?」
「……園子……」
「わたしはさ。蘭がたとえ、道ならぬ恋をしていたって、責める気は全くないよ。でも、他人から後ろ指さされたり、隠れたりしなきゃならないような道は、出来れば、進んで欲しくないな。辛い想いをするのは蘭だから」

蘭は、息を呑む。
そして、園子にも気付かれる位に、態度に出てしまっているのかと、思った。

蘭は笑顔を作って言った。

「園子。わたし、近親相姦、なんて事だけは、絶対、ないから。安心して」

蘭が告げた事は、嘘ではない。
蘭と新一とは、血が繋がっていないのだから、この想いは「近親相姦」には当たらない。


「蘭……」
「新一は、新一はね。今のわたしにとって、一番好きで、一番大切な人。でも……」
「わたしさ。蘭はもしかして、新一君への想いを断ち切ろうとして、高梨君と付き合ったんじゃないかって、思ってた」

園子の鋭い言葉に、蘭はドキリとする。

「そんなんじゃないよ、園子。ただ、このままじゃいけないって、わたしがいつまでも新一ベッタリだったら、新一がいつまでも恋人作れないし、お嫁さんの来てもないなって、だからってのは、あったけど……」
「はあ。蘭ってやっぱり、そういう事、考えてた訳ね!」
「新一からも、怒られちゃった。わたしが好きな男と付き合うなら何も言わないけど、そんなバカな理由で付き合うなら許さないって」
「そりゃあ……わたしも、新一君に同感だな。新一君に恋人が出来るかどうかは、新一君の甲斐性で、蘭とは関係ないよ」
「新一にも同じ事、言われちゃった」
「あー。何か、昔から蘭の事に関しては、アヤツとシンクロしてしまう事が多いんだよねえ、悔しいけどさ」

園子は苦笑する。

「まあわたしら、まだ高校生だしぃ?わたしだって、初恋もまだで、本当に恋する気持ちってどんなのか、解ってないし。気持ちも関係性も、無理してどうにかする必要ないって思うのよ。蘭が今、新一君の事が一番大好きで、ベッタリ甘えても新一君がそれに応えてくれるってんなら、それで良いじゃない」
「うん、そうだね。将来は、なるようになるよね?」
「そーそー。焦る事、ないって」


いつの間にか、このカフェ名物の特大パフェが、なくなってしまっていて。
蘭は、心からの笑顔が出て来た。



   ☆☆☆



「工藤君!今日は会議だって言ってあったのに、どこに行くの!?」
「わり。事件で呼ばれたんだ」
「事件!?あなた一介の高校生のクセに、何ふざけた事言ってんのよ!委員の仕事、溜まってるんだから!」
「そもそも、オレは別に、立候補した訳じゃねえし。気に食わないなら、いつでもリコールしてもらって構わねえぜ。じゃ」


そそくさと、教室を去っていく新一を、忌々しそうに見詰める、女生徒1人、阿笠志保。
今年、帝丹高校生徒会長に選ばれた、才色兼備の少女である。
赤味がかったゆるいウェーブのボブ、切れ長の目、少し日本人離れした美貌を持っていた。

窓から怒鳴った後、忌々しそうに椅子に座り込んだ志保に、生徒会書記が声をかけた。

「志保……また、工藤君とやり合って……生徒会役員になってから、一段と仲が良いわよねえ」
「仲が良い?どこが?おサボりを咎めただけじゃない。彼に抜けられると、こっちの仕事が増えるんだからね。あんなやる気ナッシングの男を推薦して投票した無責任連中に文句を言ってやりたいわ」

志保は、片眉をあげ、低い声で言った。
そういう志保も、自分から好き好んで役員をやっている訳ではない。
推薦され選挙で当選したので仕方なく、である。

「まあまあ。だって、工藤君にあんな口を利けるの、志保位じゃない。お互い、遠慮なくズケズケものを言えるようだし」
「うん、阿笠先輩と新一先輩は、仲が良いって、思いますよお」

書記の言葉に、委員の1人が相槌を打つ。
志保は、溜息をついた。

「まあ、お隣さんだしね。でも、お互い、からっきし、恋愛感情なんかないわよ」
「えー!?志保、そんなのって、あり?」
「阿笠先輩の方は友情だったとしても、工藤先輩の方は分からないじゃないですかあ」
「分かるわよ。これでも、長い付き合いだから、彼の好み位はね」

志保の言葉に、皆の目の色が変わる。
志保は思わず、一歩分、身を引いた。

「工藤先輩の、好み!?」
「お、教えて下さい!」
「……全くもう。あんな男の、どこが良いんだか。知りたいなら教えてあげるけど、この中の誰も、どう足掻いたって彼の好みになれるのは、無理だと思うわよ」
「そ、そんなの、分からないじゃないですか!」
「分かるわよ。だって、彼が好きな女性のタイプって……他人の事でも自分の事のように思って泣いてしまう、いざとなったら自分の身を顧みず他人を守る、損得なんか考えず心底優しくて強い、そういう女性だもの。プラス、面食い。可愛い系の美人が好きみたいね。見た目はともかく、中身を真似出来る人って、いないと思うけど?」
「……何か、それって、工藤先輩自身の事みたいですよね……まあ、泣きはしないだろうけど、普段面倒くさがりの割に結構、損得考えず、自分の身を顧みず他人を守ろうとする、そういうとこ、あるじゃないですか」
「うん、私もそう思った。工藤君と同じ魂をもった女性?けど、そんなのに該当する女って、世の中に激稀なんじゃないの?」

皆、難しい顔をして考え込んだ。

「ふうん。さすがに、同じ帝丹高校生として、あなた達、工藤君の本質をちゃんと見てるわよね」
「え?そうですか?」
「だって、あの男、世間からはクールで冷静沈着だって思われてるけど、案外そうでもない、熱い男よね。みんな、彼の事は、世間の評判と同じように見てるって思ってたわ」
「そりゃ、この帝丹高校生なら、工藤先輩がクールぶってるけど本当は熱血漢だとか、沈着冷静に見えて実は後先考えていないとか、分かってると思いますよぉ。でも、女で損得考えずに動くって、案外少ないじゃないですかあ」

志保は、後輩たちの人を見る目の意外な鋭さに、少し舌を巻いていた。
けれど……。

「ま、工藤君は好みが難し過ぎる上に、妥協してまで恋人が欲しい訳でもないみたいだから、もしかして一生独身でも、仕方がないんじゃない?」

志保は、眉をあげてそう言って。
また、生徒会の資料に目を落とした。

『いるのよね。その、いざとなったら自分の身を顧みず他人を守る、損得考えず動く女の子が、彼の傍に、たった1人だけ……』

志保は、新一の「好みの女性」に、1人だけ、心当たりがある。
新一と蘭の兄妹には、血の繋がりよりずっと濃く深い、魂の繋がりが存在していると思う。

志保には「禁断の関係」を推奨する気は毛頭ないけれど、あの2人の間には、他の誰も割って入る事など出来ないだろうと、感じていた。



しかし、志保や、他の生徒会役員達の思惑とは裏腹に。
高校生探偵と、美貌の生徒会長との噂は、帝丹高校の中で広まりつつあったのである。



   ☆☆☆



「阿笠博士、志保さん、こんにちは」
「おお、蘭君、久し振りじゃの」
「あら、いらっしゃい。どうぞ、あがって」

工藤家と阿笠家は、単なる隣人ではなく、家族ぐるみのお付き合いである。
もっとも、志保は、中学生の頃に、阿笠博士の養女として引き取られた為、工藤の両親との付き合いは浅かったが。

貰いものや作ったもののお裾分けなどで、お隣の戸を叩く事は多かったけれど。
志保が高校に進学した頃から、お互いに結構忙しく、訪れる事も随分、少なくなっていた。

「アメリカにいるお母さんから、美味しい紅茶を送って来たので、お裾分けにと思って……」

蘭が包みを解く。
アメリカから来たが、中身はイギリス製品だった。

「これは、日本の水で淹れても美味しく淹れられるヤツだわね。さすが、有希子小母様だわ。さっそく、淹れて来ましょう」

優作と新一も、阿笠博士と志保も、普段、コーヒーを飲む事の方が多いが、紅茶が嫌いな訳ではない。
ただ、口に合う紅茶が少ない事と、コーヒーメーカーに任せればまず間違いないコーヒーと違って、淹れるのが難しく手間である事から、普段はコーヒーになってしまうのだ。

志保が紅茶を淹れている間に、阿笠博士が、自宅にあったクッキーを、お茶菓子として準備した。


「工藤君は?もしかして、まだ帰って来ないの?」
「ええ、まだ、事件現場に籠っているみたい」

蘭の、一瞬の寂しそうな表情を、志保は見逃さない。
ちなみに、志保がそういう聞き方をしたのは、結構遅い時刻なのに、蘭が1人で阿笠邸を訪れたからだ。
新一がいる時は、2人で阿笠邸を訪れる事が多い。

もっとも、ここ最近、そういう機会は、めっきり減ってしまっている。


「まったく……妹を1人にして、しょうもない人よね」
「そんな事、ないもん!新一は、大切なお仕事をしてるんだから!」

紅茶に口をつけようとしていた蘭は、志保の言葉に顔をあげ、少し怒った調子で言った。

「収入にもならない探偵ごっこなんて、私には、単なる道楽にしか思えないわね」
「収入にならなくても、人の為に役に立ってるわ!」
「まあまあ、志保君、蘭君、落ち着いて。志保君は、蘭君が1人家にいるのを心配しているだけじゃよ。じゃが、だからと言って、新一君を貶める発言をする必要は、なかろう。収入にならん事が全て無駄という事もあるまい」
「……ごめんなさい。言葉が過ぎたわ」
「ううん、わたしこそ。志保さんはわたしの事、心配してくれたのに」

少し険悪になりかけた雰囲気が、博士の仲裁でなごむ。

「ふふっ。いつも穏やかで優しい蘭さんだけど。大切な人をバカにされる発言には、黙っていないわよね」
「……もしかして、志保さん、それを確認したくて、わざと?」
「そうかもね。まあ、本音も多少は、混じっているけど」
「志保さん!」
「意地悪して、悪かったわ。工藤君は、蘭さんにとって、とても大切な人、なのね」
「そ、そりゃあ。たった1人の兄だし……」

蘭の表情が、また少し曇る。
顔をあげた蘭は、別の事を尋ねて来た。

「ねえ、志保さん。恋人、作らないの?」
「藪から棒に、一体、何?」
「だって。志保さんって、こんなに綺麗で、もてない筈ないのに」
「それを言うなら、蘭さん、あなただって同じでしょう?ううん、家庭的で優しいあなたは、私なんかより、もっともてる筈よ。なのに、何故?」
「そ、それは……!その気になれる相手が、いないから……」
「私も同じ。今、恋をする対象の男性がいない。それだけの事。何かおかしい?」
「ううん……」

蘭がまた、俯いた。
そして、顔をあげ、思いきったように口を開いた。

「ねえ、志保さん。新一の事、どう思ってる?」
「はあ?」

志保が目を丸くした。

「どうって……腹立たしい事も少なくないけど、話が合う事もあるわねって、お隣さんで、一応、友達。ま、好きか嫌いかで問われたら、どっちかと言えば好き、程度だけど、それが何か?」

蘭の唇が、何か言いたげに震えた。
志保は、この隣人には好意を持っているが、正直、今は少し、イラついてしまう。

「最近、新一が、志保さんと仲が良いって噂が……」
「……2人が特別な仲じゃない事位、あなたも知っているでしょう?」

蘭は頷いた。
新一と志保がもし付き合っているのだとしたら、志保の隣人で新一と同居している蘭が、気付かない筈など、ないのだ。

「もしかして。私が工藤君の事好きだから、他の男性からのアプローチになびかないのかもと、勘繰っているの?」

蘭は、迷うような様子で、頷いた。
志保は、ハアッと溜息をついた。

「もう、あなたまでそんな事を……勘弁して頂戴。私が彼に対して、遠慮なく物言いが出来る事は、認めるわ。でもそれは、恋愛感情とは全く違うの」
「えっ……?」
「それを、普通は、友情とか呼ぶのかしらね?まあ、お友達ってのともちょっと感覚が違うのだけれど、彼に対しての気持ちって、戦友とか仲間とか、そんな感覚?何と言うか、彼に異性として惹かれる事は、ないのよねえ」
「志保さん……」
「彼の人格、嫌いじゃないけど。中身が同じなら、同性相手の方が良いわ」
「えっ!?ま、まさか、志保さん、そっちの趣味……?」
「バカ言ってんじゃないわよ。私は、友達としての話をしてるんだけど」


蘭は、納得出来たのか、出来てないのか、酸っぱいような顔をしている。
志保は内心、蘭は男性からだけじゃなく、女性からの好意にも鈍感なのだと思って、溜息をついた。

「私は残念ながら、初恋もまだなのよね。どこかに、私のお眼鏡に適うような男性が、転がっていないかしら?」
「……!志保さんのお眼鏡に適うような男性って……どんな男性なの?」

蘭が、目を丸くして訊いてきて。
志保は、そう言えば自分でも、自分の好みを把握してなかったかもしれないと、ちょっと考え込んだ。

「そうねえ。工藤君のように有能過ぎて鋭敏過ぎる男性より、どこかちょっと抜けてて、朴訥で、一途な人が、良いかも」
「もう!そこでどうして、わざわざ新一を引き合いに出すのよ?」

蘭は志保の言葉に文句を言いながらも、ようやく表情が和らいだ。
今の今まで、「新一は対象外」という志保の言葉が、どこか、信じられなかったのだろう。

「蘭さんは、工藤君が探偵として忙しく飛び回っている事に、文句はないって事は、分かるけど。でも、寂しいと思う時もあるのも、事実でしょ?」
「それは……否定しないけど。でも、それは……」

蘭は言葉を飲み込んだが。
志保は、蘭にとって、新一がそれだけ大切な存在なのだと、だから傍にいないと寂しいのだと、言外の意味を理解する。

志保にとって、蘭は数少ない、心許せる大切な友人で。
だからこそ、良い男性と巡り会い、幸せになって欲しいものだと、思うのだけれど。

どう考えても、今、蘭に相応しい男は、蘭の兄しかいないという事実に、何となく酸っぱいものが胸に上がって来るのだった。



突然、蘭が顔を輝かせて、立ち上がった。

「新一だ!」

志保が気付かなかった、隣家の門扉が開く僅かな物音を、蘭は聞きつけたのだ。
いそいそと阿笠邸を去る蘭に、志保は紅茶のお礼を言って、見送った。



   ☆☆☆



玄関まで共に蘭を見送りに来た阿笠博士に、志保は、躊躇いながら話しかける。

「あの2人、ブラコンとシスコンを早く卒業しないと、ずっとあの屋敷で2人暮らしのままなんじゃないかしら?」
「……結婚ばかりが人生ではないからの。それもまた、2人の生き方じゃて」


昔から工藤家と交流がある阿笠博士は、蘭が預けられた子どもだという事を知っていたが。
その秘密を志保に打ち明ける訳には行かず、それ以上の事は言わなかった。


博士から見ても、新一と蘭は、お互いに深く想い合っているように見える。
けれど、血が繋がらなくても「兄妹」として育てられた歴史が、簡単に2人を結びつけてくれないのも、分かるような気がした。
若い2人の未来に幸あれと、祈らずにはいられなかった。



(7)に続く

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パラレルって、「もしも」ができるのが、良いですよね。

もしも、志保さんが、黒の組織とは関わりなく、普通に新一君と知り合っていたら。
まあ、あんな屈折した性格にはならなかったかもだけど、どちらにしろ、新一君に恋をする事はまずないだろうと思います。

蘭ちゃんが嫉妬する対象としては、内田麻美さんか、志保さんか……パラレルにおいては、麻美さんの方が順当なのかもしれないけれども、このお話では敢えて志保さんをもってきました。
何故なら、パラレルにおける黒の組織と関わりがない志保さんは、新一君に恋はしないだろうけど、新一君の理解者にはなりそうだと思うからです。
新志の関係って、多分、「悪友」ってのが一番近くなるんじゃないだろうかと、思っています。
原作のような特殊状況でもなければ、新一君って志保さんの好みとは全く違うでしょう。
新一君の場合は、どんなタイプが好みとかってより、蘭ちゃんがいなけりゃ、女の子に興味を持つ事もないだろうし。

以前、私は、志保さんと新一君の関係って、平次君と新一君の関係に近いような事をどこかで書いた事があると思いますが。
原作設定だと、志保さんと新一君との間には今のところまだ、平新のような信頼関係はないですね。


このお話では、蘭ちゃんは、志保さんに嫉妬したってのとは少し違い、自分の存在が新一君と志保さんの仲を邪魔しているんじゃないだろうかと、考えてしまった訳です。
なかなか、開き直れないんです。


冒頭の「消毒」の部分は……ブログ掲載時と、かなり変えています。

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