血よりも深く



byドミ



(17)新一の誕生日



5月4日の朝。
目覚めた蘭は、一瞬、状況が分からなかった。

見知らぬ部屋。
部屋の中を見回すと……。

「お母さん……」

部屋の中のもう一つのベッドで、有希子が寝ていた。
蘭はようやく、鈴木家の別荘に招かれたのだということを思い出した。

昨夜の記憶は曖昧だ。
新一に誕生日プレゼントを渡して、その後の記憶がない。
多分、そのまま眠り込んでしまったのだろうと思う。

「あら。蘭ちゃん、おはよう」
「おはよう、お母さん……」
「今日は、忙しいわよ〜」
「えっ?」

有希子が、ちょっと悪戯っぽい微笑みを浮かべた。

「まずは、しっかり、朝ご飯をいただきましょう」

蘭と有希子が身支度して食堂に行くと、もう豪華な朝食の支度が整っていた。

「おはよう、蘭」
「や、おはよう」
「園子、世良ちゃん……」

園子と真純は、先に食卓に着いていた。

「2人とも早いのね」
「まあね。今日は、とっても楽しみでワクワクして、早く目が覚めてしまったのよね」
「……何があるの?」
「ま、すぐわかるわよ。何しろ蘭が主役なんだしさ」

蘭は、不得要領な顔をする。

「新一とお父さんは……?」
「ああ。まだ寝てるんじゃないか?」
「まあ、殿方はそんなに時間掛かんないしねえ」
「?????」

蘭にはワケの分からない会話である。

「さ。いただきましょう。しっかり食べないと。でも蘭、食べ過ぎてお腹がポッコリ出ないように気を付けてね」
「お、お腹がポッコリって……」
「蘭お嬢様は、和食と洋食、どちらをご希望されますか?」

鈴木家のメイドから声を掛けられ、蘭はあたふたした。
鈴木邸にはいつも複数のメイドがいるが、別荘では殆ど会ったことがなかったのだ。

「じゃ、じゃあ……洋食の方で……」

ほどなく、クロワッサン・ベーコンエッグ・サラダ・チーズ・フルーツソースをかけたヨーグルトと、かなり豪勢な朝食が運ばれてきた。
食後には淹れたてのコーヒーが供される。

蘭が朝食を食べ終わる頃に、新一と優作が食堂に現れた。

「おはよう、蘭」
「おはよう、蘭君」
「おはよう、新一……お父さん……」

普通に当たり前に新一と朝の挨拶を交わせる、そのことが幸せだと蘭は思った。


更に少し遅れて、他のメンバーも食堂に現れた。

「良かった。今日は天気が良くて」
「5月初めは晴れた日が多い……といっても、絶対じゃないからねえ」

園子と真純の会話に、蘭は、今日の予定は屋外なのかとボンヤリ思う。
初夏の今、別荘の中だけで過ごすなんて有り得ないだろうとは思うけれど。

「さ。蘭ちゃん、身支度しなきゃ」
「身支度?」
「ええ。今日は、蘭ちゃんが主役だからね」

有希子が園子と同じことを言ったので、蘭の頭の中はますますクエスチョンマークだらけになる。

そして蘭は、有希子と朋子に連れられて、別室に行った。
そこにあった衣装を見て、蘭は息を呑む。
レースをふんだんに使った、マーメイドラインの豪華なウェディングドレスだった。

「これって……これって……」
「だって、蘭ちゃん。今日は、新一のお嫁さんになる日、だったでしょ?」

蘭の目から涙がボロボロと零れ落ちる。

「それとも……小五郎君と英理ちゃんがいないとダメ、だったかしら?それか……今日結婚式を挙げて、小五郎君たちに認められた後また結婚式なんて、二度もやるのは嫌?」

有希子の心配そうな言葉に、蘭は首を横に振る。

「ううん、そんなんじゃない。そんなんじゃないの。だって……諦めてたから……嬉しい……」

有希子は蘭を抱き締め、そっと蘭の涙を拭う。

「蘭ちゃん。あなたは、小五郎君と英理の娘だけど、私たちにとっても大切な娘よ。大切な息子と大切な娘が……夫婦になるなんて、普通は有り得ない、なんて幸せな事だろうって、思ってるわ」
「お母さん……」
「小五郎君たちに認められて籍を入れるのはまだ先のことだろうけど、今日、蘭ちゃんは、新ちゃんの花嫁よ」

血の繋がった両親である小五郎と英理に内緒の結婚式。
全く気がとがめないと言ったら嘘になる。
けれど、それ以上に蘭は、新一が18歳の誕生日を迎えるこの日、新一の花嫁になりたかった。


「さあ、蘭ちゃん。今から着付けとお化粧をするからね。もう、泣いちゃダメよ」
「はい」
「でもホント、今日、天気が良くて、良かったわ……一応、屋根がついている部分があるから、雨でもできなくはないけど……」
「えっ?」

朋子の言葉に、蘭は目を見開く。
先ほど園子たちも天気の話をしていた。

「まあ、身内だけのささやかなものだけど、この別荘の庭で、ガーデンパーティ式を行うのよ」
「最初は教会で、とも思ったのだけど、鈴木さんの別荘の庭を貸して下さるという話になって……人気の高い教会より、時間の制限がなくてゆっくりできるし」


高原の5月のさわやかな風の中、庭園の新緑が美しい。

ウェディングドレスをまとった蘭が庭に出ると、そこには黒い燕尾服で正装した新一が待っていた。
燕尾服の新一は、いつもより数段カッコよく見える。
蘭は、また涙が滲みそうになって、必死にこらえた。

新一は少し赤い顔をして、ちょっとそっぽを向いている。

「新一。似合わないかな?」
「や、そ、その……まあまあなんじゃねえか?」

それが、照れくさがりの新一の精一杯だと分かったけれど、蘭はちょっとむくれてしまう。

「あっそ。まあまあ程度の花嫁で、お気の毒様」
「ら、蘭……怒るなって……そ、その……綺麗だよ……すごく……」

新一が俯き加減で真っ赤な顔をして消えるような声で言った。

「まったく。なりだけ大きくなっても、まだ子どもね!一世一代の花嫁姿を前に、出るセリフが『まあまあ』ですって!?結婚許すの、早まったかしら」

そう言って有希子が新一の頭をグリグリとする。

「いてててて!か、母さん!」
「蘭ちゃん、今からでも、こんな男、やめる?」
「お、お母さん……それは……」
「でも、こんな愚息をこよなく愛してくれる奇特な女性って、この世で、蘭ちゃんくらいしかいないのよねえ……」
「お母さん……」
「新ちゃんが何かやらかしたら、すぐに私に言ってちょうだいね!おしおきしてあげるから!」

散々な事を言いながら、有希子の目は怒っておらず……少し涙ぐみながら笑顔だった。
蘭も笑顔になる。

「わたしのことを本当に大切に思ってくれる男性は、この世で、新一くらいしかいません」
「蘭ちゃん……」
「蘭……」
「わたし……新一のお嫁さんになるんだね……とても幸せ……」

蘭が見せた笑顔に、新一だけでなく、その場の一同はしばし見惚れた。


参列者は、工藤家の人々、鈴木家の人々、新しい友人の世良真純、そして……。

「やあ。久し振りじゃの、蘭君」
「阿笠博士……それに、志保さんも……」
「2人とも突然転校してったから、何事かと思っていたけれど……良かった、元気そうで……」

工藤邸の隣に住んでいて、何かと面倒を見てくれた2人がいたことで、蘭の涙腺はまた決壊しそうになる。


園子が、小声で新一に声を掛けた。

「新一君」
「ん?」
「久しぶりに蘭と再会した時、とても喜んでくれたけど……まだすごく表情が暗くて、顔色が悪かったの……」
「……ああ……」
「でも、新一君と再会したら、元通りの蘭を見ることが出来て……蘭には、新一君じゃなきゃダメなんだって、再確認したわ……」
「……」
「で、新一君は、また帝丹高校に戻るって言ってたけど、どうする積りなの?」
「……蘭に会いに行くさ。何度でもな……」
「でも……」
「オメーたちのおかげで、蘭の部屋のベランダが開けられるようになった。夜這いってやつをやってみるよ」
「……はあ……なるほどねえ……でもま、蘭は、毛利の両親を見捨てることも出来ないだろうし……それが一番良いかもね」
「何かの時には、連絡、頼むな」
「任せて!」


新一と園子は、蘭を心の底から思っている「同志」のような存在であった。

「蘭がずっと傍に居たら、きっと、毛利の両親の心も解ける時期が来るだろうと思う」
「そうね。まったくもう、どっちが親なんだかって感じだけどね。それにもう、蘭が夢遊病になる心配はなさそうだし……」
「そう願いたいね……」


その日の蘭の笑顔は、輝くように美しく。
蘭を取り巻く人々は、皆、目を細めて蘭を見た。

新一と蘭の絆は、血の繋がりよりもずっと強いものなのだと、皆、改めて感じ。
そして、早く毛利夫妻に蘭のこの笑顔を見せてあげたいと、誰もが願ったのである。



(18)に続く


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あれから4年以上の月日が過ぎ……ひええ、すみません!
お話の内容から、新誕に間に合わせたかったのだけれど……。

実を言うと、どう展開させようか、私の中で色々迷いがありまして。
毛利夫妻同席での結婚式にしたいと思っていたけれど、そりゃ、どう考えても無理だろうな話で。
なので、こういう展開になりました。

民法変わっちゃいますが、このお話では開き直って、「20歳成人・男子結婚可能年齢18歳・女子結婚可能年齢16歳」のままで行きます!
っていうか、何年もほったらかしてるから……。

蘭ちゃんのためには、改めて、毛利夫妻も一緒に結婚式と、考えてはいますが。
それは本当に、だいぶ先のことになりそうです。

2021年9月日脱稿

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