血よりも深く



byドミ



(16)旅行



「な……何でよッ!?蘭を見捨てる気!?」

園子の叫び声が、部屋に響く。

「バーロ。見捨てるわけねえだろ?蘭と会う手段はちゃんと考えてる」
「へっ!?」
「学校が元に戻るだけ。学校以外の場所で、会う」
「でも……蘭は見張られているのに、どうやって?」
「今、そこに風穴開けてるところだろうが」
「ふうん。何か考えがあるのね。……なら、良いけど……」
「ただ、オメーが杯戸女学園にいてくれたままの方が、何か遭った時に蘭と連絡を取りやすい」
「わたしは今更、また転校する気はないわよ。でも、伝書鳩はやりたくないなあ」
「いや……そりゃ無理だろ。蘭に伝わるまでに話がどんな風に変わってしまう事か」
「言ったわねーー!」
「いやいやいや、別にオメーをバカにしてんじゃなくて、人づての話なんか、変わっちまうのが当たり前だしよ」
「なーんか、バカにされてるような気しか、しないんだけど」
「まあ、どっちにしろ、蘭と連絡したり会ったりする手段がきちんと整ってからだよ、江戸川南子が転校するのは」
「……わかったわ。わたしは、保険ってことね」
「悪いな……」
「別に、謝る必要はないわよ。わたしは、わたしの意志で!蘭のために!杯戸女学園に転校したの。新一君に協力するのも、ひとえに蘭のため。蘭のためなら、橋渡しでも何でも、やっちゃうわよ!」
「……ありがとな、園子」

新一が、素直に謝るのもお礼を言うのも、蘭のことだから。
園子は、それが分かっているので、何となく悔しい気持ちになっていた。

「ま、世良ちゃんがどこまで味方してくれるのか、よく分からないしね。新一君がずっと女子高にいたんじゃ、ボロが出るだろうし」
「ああ。世良はやっぱり探偵だから、江戸川南子が男だって、いつか気付かれてしまうと思う」
「なるほどねえ。でもま、ゴールデンウィークの頃はまだ杯戸女学園にいるわよね?」
「ああ」

その後、園子は「女同士の話」と言って、新一を部屋から追い出し、有希子と話し込んでいた。



   ☆☆☆



次の日。

蘭が晴れやかな顔で登校してきたので、園子も真純も、目を見張って蘭を見た。

「蘭、どうしたの?何だか……」

そこまで言って園子は、蘭が新一に会ったからだろうと想像ついたので、あとは言葉を濁した。

「昨夜は、薬を飲まなかったから、今朝は目覚めスッキリよ」
「ええ?大丈夫なのかい?薬飲んだら眠いのは分かるけど、勝手に中断したら……」

真純が気遣わしげな表情で言った。

「大丈夫。昨夜は、夜中に歩き回ったりしなかった」
「え?」
「もう、大丈夫だと思う」
「治ったってこと?」
「うん」

蘭が、にこりと微笑む。
園子は、何だか暑くなって、手で顔を仰いだ。

新一と引き離されて発症した夢遊病は、新一との再会であっさりと治ってしまったらしい。

『結局、あの男が、蘭の全てってことなのよね……』

神ですら引き離せないほどの絆を持った2人を、実の親が、娘への愛情ゆえに引き離そうとするなんて、なんという皮肉な巡り合わせだろうか。
その原動力が悪意ではないだけに、たちが悪い。

『よかったね、蘭』

蘭の心からの笑顔を見ていると、園子も嬉しくなる。
色々と問題は山積しているけれど、それでも蘭が今までのように苦しむことはない筈だ。

『で、後はもう、新一君に任せてしまっても良いような気もするけど……旅行の計画は予定通り行きますか』

本鈴が鳴っても、いつまでも担任代理が姿を現さないので、教室内はずっとザワザワし続けていた。
園子は、どうしたのだろうと首をかしげる。

するとやがて、女性の教頭がやって来た。
気のせいか、顔色が悪く、暑くもないのに汗をかいている。

「皆様、静かに」
「あれ?教頭先生、井口先生は?」
「……井口先生は、今日、具合が悪いので欠席すると、連絡がありました」
「えー!?」

そこそこイケメンの若い新任教師が、昨日の今日でもうお休みと聞いて、教室内は騒然となった。

「静かに!授業は普通にあります!もうすぐ一限目ですから、ちゃんと席についてください!」

園子と真純は首をかしげていたが。
蘭は、井口のことが上にばれたのだろうと、見当がついていた。



   ☆☆☆



真純がどこまで味方になってくれるものか、分からないけれど。
園子は、ある程度手の内を明かして巻き込んでしまった方が良いと、思った。

「世良ちゃん、蘭、今日は中庭でお弁当食べない?」
「え?園子……わ、わたし昼休みはちょっと……」
「あ、そう。分かった」

蘭が困ったような顔になったので、園子はあっさりと引いた。
考えてみれば昼休みは、蘭と新一にとって貴重な時間と思われる。
なので、園子は、取りあえず真純と2人で話をしようと、考えた。

中庭で弁当を広げる生徒は他にもいるが、見通しが良く、話を聞かれる距離に人がいない場所を取ることができる。
園子は真純に、工藤の両親と新一のこと、蘭との関係について、話をした。

「ふうん。高校生探偵で有名な、工藤新一君が、蘭ちゃんと兄妹として育ったけど、今は恋人同士で、工藤君が18歳になったら結婚する約束もしてた。けど、無事帰還した毛利の両親が、それを許さなかったってことなんだね」
「そうそう。世良ちゃん、話の飲み込みが早くて助かるわ」
「でもま、日本でも、子どもが18歳になったら親の権利は消失するだろ?蘭ちゃんの誕生日が5月半ば(注)なら、そこまで待てば、蘭ちゃん解放されるんじゃないか?」
「蘭がその気になれば、ね。でも蘭は、多分、毛利の両親と決裂することができない。だから、難しそうな気がする……」
「自分の意志ではなかったとは言え、ずっと蘭ちゃんをほったらかした挙句に、今になって監禁同様のことをする横暴な親の言いなりに、何でならなくちゃいけないのさ!?」
「……新一君やおば様の話によると、蘭はずっと、無意識領域下で、親を求めていたみたいだから……」
「そっかー」

しばらく沈黙が降りる。

「でもさ。その工藤新一君とやらは、園子ちゃんに全部お任せで、自分は何にもしないワケ?」
「あ、そ、それは……だってここ、女子校だし……」

園子はそこまで言って、真純の目が笑っていることに気付いた。
どうやらこれは、江戸川南子の正体も気付かれているのではと、感じたが。
それを口に出すことは、しなかった。

「まあ、毛利の両親も、工藤君が追って来られないように、女子校に転校させたんだろうけどさ。教師には男もいるからねえ」
「え?でも、おじいちゃん先生しか……」
「何言ってんだ。この前来ただろ、若い男性教師。あいつ、調べたら、とんでもないヤツだったんだよ」
「えっ!?」
「被害に遭った子の将来を考えて表沙汰になってない、女子高生を食い物にした事件をたくさん起こしてたんだ……どうやら蘭ちゃんも狙われたみたいだけど、蘭ちゃんの空手技でやられたか、それとも助けが入ったのか……」

思っていた以上に切れ者だったらしい真純の言葉に、園子の背筋を冷たいものが流れた。
でも、信じると決めたのだからと、腹をくくる。

「園子ちゃん。FBI捜査官のボクの兄は、毛利の両親より工藤の両親の味方だから。一緒に戦ったのは、工藤の両親で、助け出した相手が毛利の両親。だから……安心して」

そう言って真純が笑い、園子はホッとして笑顔になった。

「んじゃあ、旅行の計画の件、聞いてくれる?」



   ☆☆☆



「ん……あ……新一……」
「蘭……蘭……!」

昼休み、誰もいない別棟の視聴覚教室で、新一と蘭は抱き合っていた。
最初は、キスまでの積りだったけれど、お互いにそれだけでは足りなかった。
時間がない事は分かっていたけれど、慌ただしく、ご飯を食べることも忘れて、行為に没頭した。

「……ッ……!」
「痛いか?ごめんな、蘭」
「ううん。痛いの、嬉しいから……」
「蘭?」
「夢じゃない。新一が、確かに、ここに……わたしの中にいるって……感じられるから……」

お互い、服を着たままで。
蘭の美しい体を見ることも直に触れることもできないのは残念だが、蘭の奥深くに楔をうがって一つに繋がり合い、お互いの存在を感じることができる。

「スカートって、脱がなくて良いから、セックスの時は便利だな……」
「な、何バカなことを……あん!」
「くっ……!」

久し振りの快楽に、蘭がまだ達する前に、新一は一度達してしまった。
1回蘭の中から出て、新一は新たな避妊具を付け直す。

「新一……そんなの着けなくて、イイのに……」
「蘭?」
「直に、来て欲しい……」
「いや、そういうワケには……」
「新一の子どもが、欲しい」

新一は息を呑んだ。

「そ、そりゃ、まじいだろ!?毛利の両親が何というか……!」
「だって。子どもが生まれる頃は、わたしとっくに18歳だもん。何も言わせないよ……」
「蘭……」

新一は、避妊具を着けた状態で、蘭の中に入る。

「あ……ああっ!」
「子作りは、高校を卒業してから、な」
「し、新一……」
「大丈夫。オレはずっと……お前の傍に……」
「新一……」

二度目の交わりを終えた2人が教室に戻ったのは、昼休み終了の本鈴が鳴るギリギリの時間だった。



   ☆☆☆



5月3日の朝。

園子を乗せた鈴木家の車と、真純を乗せた羽田秀吉の車が、それぞれ毛利邸に来た。
真純を降ろした秀吉は、毛利の両親に挨拶をして去って行った。
園子を乗せた車を運転していたのは、園子の姉・鈴木綾子の婚約者・富沢雄三で、女の子3人の保護者役を務めると挨拶した。

それで小五郎と英理の心証は上がり、蘭は2人から快く旅行に送り出してもらうことができた。
雄三が運転する車に、綾子・園子の他、蘭と真純も乗り込む。
そして車は出発した。

女子3人、いや4人、お喋りに花が咲く。
……筈だが、気付いたら喋っていたのは園子・真純・綾子だった。

「蘭ちゃん、何だか元気がないわね。大丈夫?」

女子の中では最年長の綾子が、蘭を気遣って言った。

「だ、大丈夫です。ただちょっと、疲れているだけで……」
「ふふーん。蘭、あれでしょ?『ああ、今夜0時になったら愛しい新一の誕生日なのに、直に会うこともできないなんて……』ってとこじゃないの?」
「ちょちょっ!そんなんじゃ……って、あの……っ!」

園子の発言に、蘭は慌てまくる。
しかし、綾子も真純も、それを微笑んで受けていた。

「蘭ちゃん、心配しなくても、事情は聞いてるから、大丈夫だよ」
「えっ!?そ、そうなの!?」
「蘭。世良ちゃんは味方だから、大丈夫。もちろん、姉貴と、雄三さんにも、事情は話してあるから……」
「そ、園子……」

新一の誕生日に、新一と一緒に過ごしたいのはヤマヤマだが、何しろ学校が休みの日で、新一とは会えないと、蘭は思い込んでいた。
だからこそ、旅行の誘いに乗ったのであるが……。
女だけの旅行も悪くはないと思っているけれど、楽しみではあるけれど、新一の「誕生日」に、肝心の新一に会えないのは、悲しかった。

園子に頼めば会う段取りをつけてくれたと思うけれど、蘭のために親身になって色々やってくれる園子に、そこまでワガママは言えないと、蘭は思い込んでいたのだった。

すると、運転手として同行していた雄三が、声をかけて来た。

「親の無理解で色々大変なのは、僕にも分かるよ。僕はたまたま鈴木財閥会長の長女である綾子さんを好きになったんだけど、もし、そうじゃなかったら、親父は決してこの婚約を許してくれなかったと思う」
「雄三さん……」
「ま、あんな親父だったけど……真犯人を突き止めて、僕の嫌疑を晴らしてくれた工藤君には、感謝してるし、出来る限り協力するよ」

昨年の夏、蘭が新一と一緒に園子の別荘に遊びに行った時、隣の富沢家の別荘で殺人事件が起きた。
そこの主・富沢哲治(雄三の父親)が殺されたのだった。

哲治を殺したのは、雄三の三つ子の長兄・太一だった。
そしてそれを突き止めたのが、新一だったのである。

それからの富沢家は、大変だった。
三男の雄三は、元々富沢財閥を継ぐ予定ではなく、綾子の入り婿になることがほぼ決まっていたのだが、その事件の所為で、結局、綾子が富沢家に嫁入って富沢財閥を継ぐことになったのだ。
で、鈴木財閥の方は、次女である園子が鈴木財閥を継ぐことがほぼ決まっている。
何のかんのあったけれど、京極真のことを鈴木家の方でも受け入れ、このまま順当に行けば、真が鈴木家に婿入りすることになるだろう。

……というような事情があり、雄三は、新一と蘭に対しては非常に好意的なのである。


「別荘には、他の招待客たちが先に着いて待ってると思うわ」
「え?他にご招待している人たちって……?」
「もち!出会いを求めて姉貴の大学時代の学友たちを……」
「園子!」
「冗談冗談。ま、一年前の夏だったらともかく、わたしたち今や皆、彼氏持ちだからねえ」
「えー!?ボク一人だけ、彼氏いないんだよ!」
「あらら。世良ちゃんのために、独り身の男性の一人や二人、準備しておくべきだったかしら」
「そ、そんなこと、言ってるわけじゃないけどさ……なんかボク、ただのお邪魔虫じゃない?」
「そんなこと、ないわよ!世良ちゃんが一緒に行くって言ってくれなかったら、今回の旅行、実現しなかったんだから!」

微妙に話がずれて、蘭は、別荘に誰がいるのかを聞きそびれた。



   ☆☆☆



「毛利さん、いらっしゃい。って、客である私が言うのも変ですが……」
「京極さん!?こんにちは。園子、他の招待客って、京極さんのことだったの?」
「いや、真さんも、その一人ではあるけれどね。わたし、招待客「たち」って、複数形で言ったでしょ」

そう言いながら、園子は蘭・真純を別荘に招き入れる。
鈴木家はいくつかの別荘を持っているが、この軽井沢の別荘は、蘭が初めて訪れるところだった。
実は工藤家も、軽井沢に別荘があったため(工藤の両親がアメリカに移住するときに手放していた)、蘭も、軽井沢には何度か訪れたことがある。

昔、軽井沢でテニスをやった時のことを、蘭は思い出していた。
新一はスポーツ全般得意な方だが、野球・テニスの腕前は、ほどほどで、テニスでは蘭に負けることもあった。
どうやら新一は、手より足を使う方が器用にこなせるようだった。
長年、サッカーで鍛えた賜物であろう。

蘭が荷物を部屋に置いて、ダイニングに入ると、昼食を準備して待っていたのは……。

「蘭ちゃん!」
「お……お母さん!お父さん!」

工藤優作と有希子だった。
蘭は、有希子にしがみ付いて泣いた。

「う……う……うわあん!お母さん……っ!」

小五郎と英理に対しては、血の繋がりを魂の底で感じて、親として慕っているけれど、今目の前にいる工藤の両親も、蘭にとっては親であった。
そして……。

「蘭」

蘭にとって、この世で一番大切な存在が、そこにいた。
昨日、学校で会ったばかりであるが、彼の本来の顔で会うのは結構久し振りだ。
蘭の胸がキュウウンと疼く。

育ててくれた工藤の両親よりも、血の繋がった毛利の両親よりも、この世界の誰よりも大切な存在になった、たった1人の男性。
感極まっていたが、さすがに、ここで抱き合うような真似は出来なかった。
というより、直に会って眼差しを交わしただけで、満足できた。

『良かった……新一への誕生日プレゼント、持って来てて……』

そして蘭は、園子を振り返り、笑顔で言った。

「園子。ありがとう……」
「ふふん。そもそも、この旅行を何で企画したかって、蘭が新一君の誕生日に、新一君に会いたいだろうって思ったからよ」
「園子……」

蘭は感激のあまり涙ぐんでいた。

「ところで、蘭。蘭の本当の誕生日、教えてくれない?新一君と双子ってことになってたから、去年までは蘭の誕生日プレゼント、いつも5月4日にあげてたけど……本当は違うんでしょ?」
「う、うん……実は……」

そして蘭は自分の誕生日を園子に告げる。
蘭が小さい頃、誕生日プレゼントをもらうのは新一と一緒だったけれど、その日には何故かご馳走が並んでいたこと、そして蘭が実の子どもではないということを告げた後は、工藤家で蘭の誕生日をきちんとお祝いするようになったことなども、話した。

「色々話は尽きないだろうけど、お昼の準備ができているから、いただきましょう」

有希子が言って、みな、食卓に着いた。

「君が、工藤新一君?」
「ああ。初めましてだよな、世良さん」
「本当に、初めましてなのか?」
「だと思うけど」

という、真純と新一のやり取りがあったりもしたが。
食事自体は、和やかに進んだ。

その後は、別荘のテニスコートで、皆で汗を流す。
京極真は、運動神経抜群であるが、テニスはほどほどなようだ。
というか、ラケットにボールを当てることはできるし、ボールがすごいスピードで飛んで行くものの、ノーコンで、オーバーすることが多いのだった。
対戦相手は、ボールが当たらないように避けていれば、ポイントを稼ぐことができる。

優作は、テニスもそつなくこなせるが、執筆があるからと、部屋に引きこもっていた。

女性陣は、おおむねテニスが得意な者が多く、男女に別れての団体戦でも、女性陣の方が優位に試合を進めることができた。

「蘭!ちゃんと日焼け止め塗っておきなさいよ!汗かいたら、塗り直すこと!」
「え?でも……」

女性陣の殆どは、日焼け止めを一応塗っているものの、そこまで神経質になっていない。
しかし、園子と有希子は、蘭に対してだけ、「日に焼けないように」と厳しく接していた。

夜になると、園子の両親である鈴木史朗・朋子まで訪れたので、その豪華メンバーに、蘭は驚いていた。

「ちょっと園子、イイの?」
「ん?何が?」
「本当は、連休、家族旅行の予定だったんじゃない?」
「違うわよ。大事な行事があるから、お父さんとお母さんも呼んだだけ」
「大事な行事?」
「明日になったら、分かるわ。さて蘭、今夜は新一君と一緒に過ごしたいだろうけど、我慢してね」
「え?そりゃ、鈴木家の別荘で新一と一緒の寝室、という訳には行かないこと位、分かってるよ」
「ま、今夜は……女子会と行きましょ!でも、夜更かしはダメよん、お肌が荒れるから!」
「もう、園子!今日は変よ!日焼けするなって言ったり、夜更かしするなって言ったり!去年の夏は、こんがり焼いて男の人を捕まえようとか、言ってたじゃない!」
「人間、一年も経てば、成長するのよ」

ということで、最初蘭は、園子・真純と3人で同室の筈だったのだが、そこに否やを唱えたのは、蘭の育ての母・有希子だった。

「やっと、母子の時間を持てるんだから、邪魔しないでちょうだい!」

との、有希子の鶴の一声で、蘭は有希子と同室となった。
ちなみに、新一は優作と同室、朋子と綾子が同室、そして真・雄三・史朗が同室という部屋割りになった。

「あらー。園子のお父さん、未来のお婿さん二人と同室なのね」

史朗と幾度も会っている雄三はともかく、真にとっては、なかなかに気詰まりな恐ろしい夜であった。



   ☆☆☆



「さ、蘭ちゃん。明日は大事な用事があるんだから、寝なきゃ」
「で、でも……」

夜の11時という、普段だったら有り得ない時刻に、寝ようと促す有希子に、蘭はもじもじしながらも、首を縦に振らなかった。

「ふう。その瞬間だけは、やっぱり……ってこと?仕方がないわねえ。今夜一晩、っていうのは無理だけど、12時過ぎまでのちょっとの間だけ、新ちゃんと代わってあげるわ」

そう言って有希子が部屋を出て行き、ほどなく、新一が部屋に現れた。

「蘭」
「し、新一ぃ」
「泣くなって。昨日も会ったばっかだろ?」
「でも、でも!」

新一が、優しく蘭を抱き締める。

「蘭。オレは……さすがにずっと女装して杯戸女学園に通い続けるのは、無理がある」
「うん……」
「だから、もう少ししたら、帝丹高校に戻ろうと思う」

蘭は、はじかれたように顔をあげた。

「でも!じゃあ、わたし、新一ともう、会えなくなっちゃう!」
「落ち着け。ちゃんと、連絡取ったり、会ったりする手段を講じてからだよ、オレが帝丹高校に戻るのは」
「新一……きっとだよ」
「ああ。で、オレが今、考えていることはだな。その……オメーの協力が必要不可欠で、そもそもオメーが受け入れてくれるかどうか……」
「それは?」
「まあその……ラプンツェル作戦というか……」
「すごい……」
「は?」
「新一、世良ちゃんや園子と、何か打ち合わせしてたわけじゃ、ないよね?」
「どういう意味だ?」
「ちょっと前までだったら、それ、無理だったの。だってわたしの部屋、ベランダに出られないようにされてたんだもん。でも、今だったら、大丈夫」
「蘭……」
「わたし、待ってるよ。新一が部屋に来てくれるの」
「オメー……毛利の両親に申し訳ないからできないって、断るかと思ってた……」

新一が目を丸くすると、蘭はくすくすと笑いだした。

「新一。案外、わたしのこと、分かってないのね」
「は?」
「もし、夜這いが毛利の両親にばれたら、その時は……わたし、開き直って、工藤の家に戻るから!」
「蘭?」

蘭はそれ以上、何も言わなかった。
蘭が新一に「わたしのこと、分かってない」と言った意味は、「今の蘭にとって世界中で一番大切なのは新一である」ということを、新一が分かっていないということだ。

一方、新一は、「ラプンツェル作戦」という言葉だけで、蘭が手引きしての夜這いのことだと即座に理解し、受け容れてくれたことに、感慨深い思いをしていた。

「あのベランダ、新一だったら登れると思うけど、登り易いように準備しておくね。わたしの髪を垂らして」
「おい」
「あれ?ラプンツェルって言ったのは、新一だよ?」
「それは、ものの例えで……」
「ウソウソ。髪の代わりになるものを準備しておくから」
「お、おう……」

蘭が悪戯っぽい眼差しで、上目づかいで新一を見て……それから目を閉じた。
新一はそっと、その唇に触れる。

「新一。ハッピーバースデイ」
「蘭……」
「良かった。直接、言えて……」

蘭が目を潤ませながら、用意しておいたプレゼントを新一に渡す。
一時期は、新一の誕生日に、顔を見ることも声を聞くこともできないと、絶望に近い思いを抱いていたのだ。

新一が、力を込めて、蘭を抱き締めた。

「本当だったら、今日、新一のお嫁さんになってる筈だったのに……」

新一は蘭の髪を撫で、もう一度そっと、蘭の唇に触れた。



(17)に続く


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(注)蘭ちゃんの誕生日が5月半ば、について。マイ設定。というか、新蘭二次創作界隈でそういう設定になっていたところは多いと思われます。が、多分、原作での蘭ちゃんの誕生日は、もっと遅そう。でも、パラレルだしということで、押し通します。

サブタイトル、何にしようか悩んで、結局無難なものに。
旅行というより別荘滞在ですけど。

さて。
園子ちゃんたちの計画について、察しの良い方は、もう悟っているかもしれませんが。
その話は、次回で。


2018年1月3日脱稿

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