血よりも深く



byドミ



(15)新しい親友



「蘭?どうしたの?」

進路指導室から帰ってきた蘭を迎えた園子が、心配そうに蘭の顔を覗き込んだ。
ちなみに、今の時間は自習になっているが、生徒たちは帰る訳には行かないので、教室でそれぞれに過ごしている。
3学年の初めであるが、外部進学予定者は少ないため、勉強している人はおらず、殆どはスマホを手にSNSやゲームに熱中していた。

「何だか顔が赤いし、目も潤んでる。熱があるんじゃないか?」

真純も心配そうに言った。

「あ、ううん……大丈夫よ……」

蘭が園子と真純に、幸せそうな笑顔を向けて言った。
そこで、園子はピンときた。

「あ、そうい……まあ、大したことないんなら良いんだけど……」

園子は「そういうことね」と言いそうになって、隣に真純がいることを思いだし、言葉を濁した。
蘭は進路指導室に行った筈なのに、どこでどうして「新一との再会」になってしまったのかは分からないけれど。
それは後で新一に聞けばいいと、園子は思った。


6時限目終了のチャイムが鳴った。
スマホを手にしたクラスメイト達は急いで帰ろうとはしなかったが、園子・真純は立ち上がる。

「じゃ、蘭。帰ろう」
「きっとお迎えが来てるよ」
「あ。う、うん……」

3人は、校門の外に出た。
そこに、毛利夫妻の車が待っていた。
2人が目に青痣を作っているのを見て、真純は蘭と園子を見る。
今朝の会話を思い出したのだ。

「ねえねえ、おじさま、おばさま。今から、毛利の家に遊びに行きたいんですけど、ダメですか?」

園子が声を掛ける。

毛利夫妻は、蘭の「新しい友だち」として紹介された園子が「鈴木財閥のお嬢様」だということや、茶髪は生まれつきで染めた訳じゃないという話を、蘭から聞いて知っていた。
加えて、園子が礼儀正しいことで、悪い感情を持っていなかった。
園子は、普段は親しみやすい「普通の女の子」であるが、相手次第では、礼儀正しくふるまったりお嬢様然とふるまったり、できるのだ。

「ああ、別にかまわんが……そっちの、赤井さんの妹さんも?」
「ボクもいいの?じゃあ、お邪魔させてもらおうかな?」
「おうちの方が待っていらっしゃるだろうから、あまり遅くならないように、夕ご飯の前には送りますからね」
「え?お夕飯は……」

園子が「大丈夫」と言いかけたのを、真純が素早く遮った。

「もちろん!そんなに長居はしないから!」

園子がちょっと恨みがましそうに真純の方を見たが、何も言わなかった。
そして、蘭には、これが真純なりの気遣いだということが分かった。
夕ご飯の時間まで居座るのは、毛利の両親の心証を悪くしかねないという配慮なのだろうと。

首尾よく、園子と真純が遊びに行く段取りを取り付けて、3人は車の後部座席に納まった。


「ところで蘭。顔が赤くて目が潤んでいるようだけど、熱があるんじゃないの?大丈夫?」

車の中で、助手席に座っている英理が蘭に声を掛けた。

「あ、だ、大丈夫よ」
「そう?でも大事を取って、今夜は、ご飯が終わったらすぐにおやすみなさい」
「うん、分かった」

蘭には、園子や英理が「熱があるんじゃ?」と心配した理由に心当たりがあり、思わず俯いていた。


久し振りに、新一の腕に抱きしめられ、深く甘く口付けられた。
その感覚が、いまだ蘭を支配している。

場所が場所だけに、お互いに何も言わなかった。
新一が何故女装までして転校して来たか、それは蘭にも重々わかっているので、何も問おうとは思わなかった。
ほんのひととき、ハグとキスだけの短い逢瀬。
ただ、これからは毎日会える、それが嬉しかった。

園子は多分、江戸川南子の正体を知っているのだろう。
真純はおそらく知らないし、知られない方が良いような気がする。


ほどなく毛利邸に着き、園子と真純は、まず、リビングルームに通された。
蘭が着替えている間に、英理が2人にコーヒーとケーキを持ってきた。

「あ、ありがとうございます」

蘭もやって来て、英理がその場を去ろうとするのを、園子が呼び止める。

「……ねえ、おばさま。蘭……蘭さんと、せっかく仲良くなったから、今度の連休に泊りがけで遊びに行きたいなーと思うんですけど」
「それは……」

そこに、小五郎がやって来て言った。

「あいにくだが、泊りがけは許可できねえな。高校生の女の子だけって、アブねえだろうが」
「あ、あのー。軽井沢にうちの別荘があるんで……」
「ふん?じゃあ、ご両親も一緒で?」
「いえ。父と母は仕事が忙しいんで無理なんですけど……」
「保護者抜きは、感心しませんなあ」
「大学院生の姉が一緒です。それじゃ、ダメですか?」
「ふうむ……しかし、女ばかりというのは……」
「別荘の管理をしているご夫婦もいるので……」

小五郎と英理は、なかなか首を縦に振らない。
蘭は、ここで自分が行きたいと言えば、2人が頑なになりそうだと思い、黙っていた。

助け舟を出したのは、真純である。

「ねえねえ、園子ちゃん!ボクも、行っても良いかな?」
「え?も、もちろん……構わないけど……」

園子の返事の歯切れが悪いのは、本当は来てもらっては困ると思っているからだったが、真純は意に介さない様子で言い募った。

「おじさん、おばさん。ボクはジークンドウやってるから、少しは役に立つと思うよ。もしそれでも心配なら、兄に頼んでみるけど」
「お兄さんって、赤井さん?」
「いや。もう1人の次兄の方。将棋やってる、羽田秀吉ってんだけど」
「羽田……どこかで聞いたような……」
「もしや……太閤名人か!」
「そうそう、その人」

小五郎は長年日本を離れており情報からも遮断されていたが、今は仕事をしていない状態なので、暇を持て余して、新聞はよく読んでいるのだった。

「にしても、苗字が違うわね」
「うん。養子に行ったからね。といっても、養子になったのはある程度の年齢になってからで、我が家との付き合いは続いているけど」
「何だか複雑そうなご家庭ね……」
「ただまあ、太閤名人がついててくれるなら、安心だ!な、英理」
「ええ、そうね」

園子と蘭は、「将棋の名人だからって、何で安心だと思えるのだろう」と内心で突っ込んでいた。
実を言うと、話を振った真純ですら、内心で同じ突っ込みをしていた。
もちろん、誰もそれを表に出そうとはしなかったけれど。


リビングでお茶を飲んだ後、3人は蘭の部屋に移動した。
2階にある蘭の部屋は、英理が「可愛いわが子のために」と一所懸命選んだインテリアだった。
正直、小五郎と英理にとって蘭は感覚的に「まだ小さな子ども」であったことと、英理自身の好みも混在していたため、ディズニーやサンリオのキャラクターものが置いてあるかと思えば、機能美を追求した家具が置いてあったり、アンバランスでチグハグだった。
園子も真純も、アンバランスだなあと思ったが、親の愛情は十分に感じ取ったため、何も言わなかった。

蘭の部屋には、ミニキッチンとミニ冷蔵庫があり、蘭は2人に改めてお茶を淹れた。

「……なんか、大事にされている感じはするね」
「うん。ものすごく、大事にしてくれてるって思う。息苦しい位」

蘭の言葉に、園子は目をパチクリさせる。
新一が蘭に寄せる愛情表現は、傍から見たら息苦しそうな感じに見えていたが、蘭はそれを苦痛に思ったことはない様子だった。
その蘭がここまで言うとは、毛利夫妻の愛情表現は、よほどなのだろうと園子は思う。

「……ここ。窓に格子が嵌ってるね」

立って行ってカーテンを開けた真純が言った。
窓を開けることはできるが、外への出入りはできない。

「え?う、うん……」

普通の窓だけなら、2階であるから、危険防止のためと思えたが……。
真純は、掃出し窓のカーテンも開ける。
ベランダがあるのが見えたが、窓の外側には、やはり格子が嵌っていた。

「ベランダに出ることもできないの?」
「う、うん……ベランダから落ちたりしたら危険だし、侵入者がいるかもしれないからって……」
「へえ。飾りベランダなワケ?」

蘭の顔が歪む。
両親のやることは、何でも良い風に捉えようと思っている。
実際に、蘭の身に危険が及ばないようにと、両親が蘭のためを思って、格子が開かないようにしていることは、蘭も理解している。

「っていうか、侵入者防止はともかく、内側からは開けられるようにしておかないと、火事とかの時に逃げようがないじゃんか」
「……一応、その格子、内側からは開閉できる筈なの」
「……開かないけど……」
「何か引っかかっているみたいで……」
「ふうん……っと、あれ?」

真純が格子戸の留め金の部分を色々いじっていると、挟まっていた金属片のようなものが外れた。
そして、真純が格子戸を開けると……。


ジリジリジリジリジリジリジリジリ……


大音響で非常ベルの音が響き渡った。

「オイ!何があった!?」

小五郎が飛んできてドアを開ける。

「キャーッ!エッチ!」

叫んだのは園子である。
もちろん、着替え中の者はいない。

「え、エッチって……」
「乙女の部屋を、ノックもしないで開けないでよッ!!」
「あ、す、すまん……って、それどころじゃねえ!この非常ベルは……っ!」
「格子戸を開けたんだけど、まずかったの?」

しれしれと、真純が言った。

「当たり前だっ!防犯用に、格子戸が開いたら非常ベルが鳴るようにしてんだッ!」
「えー、でもこれじゃ、ベランダに出ることもできないよ」
「だ、だから……っ!」
「ふうん。おじさんは、蘭ちゃんがベランダから逃げ出すかもしれないって思ってるワケ?」
「ぐっ……!」

その時。
隣近所の人達が、何事かと毛利邸の前に集まってきた。
いくら毛利邸が広い敷地に立っているとはいえ、非常ベルは隣近所にも響き渡っているのだ。

小五郎は慌てて非常ベルの音を消し、小五郎と英理とで近所の人たちに謝っていた。

さて。
蘭は優しく辛抱強いが、相手の理不尽な行動が限界を超えると、豹変する。
毛利夫妻は初めて、仁王のようになった我が娘と相対することとなった。

「お父さんもお母さんも、そんなに、わたしのこと、信用してないんだ!」

蘭自身、今まで考えないようにしていた。
一応、玄関から出ることはできるのだから、「閉じ込められている」とは思わないようにしてきたのだ。
けれど、自分の部屋からベランダに出たら非常ベルが鳴るとは、どう考えても蘭が外に出ないように閉じ込めているとしか考えられないと、蘭は思った。
蘭が今まで我慢してきたこと、堪えてきたこと、それが全て裏切られたような気持ちで、蘭は両親に相対した。

小五郎と英理は、ひたすら謝りまくり、非常ベルを切ってしまう約束をしたが、それでも、蘭の怒りが収まるまでにはかなりの時間を要した。



さて、真純と園子は、蘭が両親相手に切れまくっているのを見て、そっとしておこうと蘭の部屋に戻り、お茶を飲みながら話をしていた。

「世良ちゃん。もしかして、ああなってるのを予想してた?」
「うんまあ、そういうことになってるかもしれないって思ってたよ。で、実際に格子を見て、やっぱりって思ったんだ。ただ、蘭ちゃんが切れるとは思ってなかったけどね」
「蘭は、普段、我慢強い分、爆発したらすごいのよ。でも、誰かれ構わず八つ当たりはしないの」
「ふうん。そっかー」
「世良ちゃん。ごめんね。わたし世良ちゃんのこと、誤解してた」
「んん?なになに?それは、もう信用してくれるようになったってこと?」
「うん」
「ありがとう、嬉しいなあ」
「世良ちゃんは、わたしのこと信頼してくれてる?」
「もちろん!だって蘭ちゃんを守ろうとしてるって分かるからね」

ほのぼのとした空気が流れた。

「ところで。ボクの事、信頼してくれるなら、江戸川南子の正体も教えてくれる?」

園子は、飲みかけのお茶でゲホゴホとむせた。

「やっぱりそこまでは信用できない?」
「っていうかあ。かれ……彼女の同意を得ないと……わたしの一存じゃ……」
「なるほど、分かった」
「ごめんね」
「いいって。で、連休の旅行は、本当についてっていい?」
「えっ?もしかして、毛利の両親へのアリバイだけで、実際にはついて行かない積りだったの?」
「まあね」
「いいと思うけど……それも、確認させて」
「うん、分かった」


騒ぎがひと段落し、真純と園子は、もう帰る時間となった。
2人とも遅くまで毛利邸にいても問題はないのだが、毛利の両親の信頼を崩さないように、早目の時間に帰ることとした。

小五郎が送ってくれるというのを、2人は固辞する。
園子は有希子が、真純は秀吉が、それぞれ迎えに来てくれることになったのだ。
もちろん、有希子は毛利夫妻と知り合いであるため、園子の母親である鈴木朋子に変装しての登場だ。
正直、ホンモノの鈴木朋子とは若干違和感があったが、会ったことのない小五郎と英理相手には十分だった。

帰りの車の中で、園子が言った。

「おば様。実在の人物に変装するのは、あまり上手じゃないのね」
「ごめんねえ。私の変装のお師匠さんは、それこそ名人だったけど……私の場合、実在していない人物か……身内なら完璧に変装できるんだけど」
「へえ。じゃ、蘭とか新一君とか工藤のおじ様に変装するのは、大丈夫なの?」
「ええ、まあね」

そして2人は工藤邸に戻った。
新一を交え、夕食を取りながら話をする。

「ふふーん。新一君、顔が赤いわよ?」
「う……うっせーな」
「ま、ようやく、蘭ちゃんと本当の意味で再会できたってことよね」
「ああ……まあな」

新一と蘭は、とっくに一線を越えている仲なのに。
久し振りの逢瀬で、こんなにはにかむとは、どこまで純情なんだろうと、園子と有希子は思っていた。

「それにしても、蘭の部屋って、格子戸が嵌っていて、ベランダにすら出られない状況だったのよ。今日、無理やり開けてみたら、非常ベルが……」
「無理やり開けたって、蘭が?」
「ううん、世良ちゃん。金属片が留め金のとこに挟まってて……っていうか、あれ、わざと挟んであったんだと思う。それに世良ちゃんが気付いて開けたの」
「英理と小五郎君、ひどい!いくら実の親だからって、そこまで……!」

英理が憤慨し、新一は考え込んでいた。

「世良真純……か。赤井さんの妹で蘭のフォローのために派遣されたって話だけど……」
「世良ちゃんは、蘭の味方よ!」

新一は、園子の言葉にうなずく。

「多分、な。兄に命じられた任務の範囲を超えて、蘭のために動いてくれてるって気がする」
「あのね、ゴールデンウィークの泊りがけ旅行に蘭を誘ったんだけど……」
「そりゃ、無理だろ?」
「うん、最初はケンもホロロだったけど、世良ちゃんが一緒に行くってことでようやくお許しが出たの」
「……そっか……」
「一緒に行っても良いでしょ?」
「まあそりゃ、世良が一緒に行ってくれるんでなきゃダメだったんだから……」
「くうう!小五郎君も英理も、許せないッ!」
「まあまあ、母さん。仕方ねえよ。ま、女3人で楽しんで来なよ」
「新一君!バッカじゃないの!?あんたが一緒に行かなくてどうするのよ!?」
「は?オレもか?」
「……なんかアホらしくなってきた。わたしと蘭なら、そこに世良ちゃんが加わるのにアンタの許可なんか要らないじゃないの」
「わりぃ。世話かけた。園子と世良が蘭を連れ出して、後でオレと合流ってことなんだな?」
「面倒くさいから、女3人で行っちゃおっかなあ」
「待て待て待て!本当に、すまん!一緒に行かせてくれ!」
「……バカね。新一君も一緒に決まってるでしょ。蘭のためだもん」
「そ、その……ありがとな」
「ただ、世良ちゃんが同行すると、新一君と蘭のことは変に思うだろうし、江戸川南子の秘密がばれちゃうかもよ。彼女、探偵だし」
「ああ。でも、ばれても大丈夫な気がする。オメーが大丈夫って思ってるんだからよ」

昔から新一は、蘭に関することでは園子を全面的に信頼していた。
園子は少し頬を染めてうつむく。

「言っとくけど、アンタのためじゃない。蘭のためだからね!」
「ああ。わーってるさ」

おそらく、目の前のこの男は、誰かが「新一のために」動くより「蘭のために」動く方がずっと嬉しいだろうと、園子は思う。
色々な意味で新一には敵わないと、園子は思う。

『悔しいけど……蘭には新一君がいないと、ダメなのよ……』

蘭に笑顔が戻って良かったと、心から思っている。
この先、一緒に住むまでにはまだ時間がかかるだろうけれど、会うことはできるようになった。

「でもま、蘭が毛利の両親に切れたのは、良い傾向だ」
「……なんでよ?」
「蘭は、心を開いた相手にしか切れられないからさ」
「えー!?じゃあ、じゃあ、蘭がわたしに対して切れたことがないのは、わたしに心開いてないってことなの!?」

園子が、思わず机に手をついて立ち上がった。

「いや。オメーは別。蘭が切れるようなポイントを突いたことがねえだけだよ」
「……そうお?」
「オメーはワガママそうに見えて、そうじゃねえ。相手が嫌がることはしない気配りがあっから」
「新一君に言われると、何か胡散臭いんだけど」
「ホントだってば。まあ、毛利の両親は、今回のトラウマがなかったとしても、結構あくが強くてワガママな人たちだと思うよ。オレも、自分がワガママって自覚はある。蘭に何度切れられたことか」
「へええ。そうなんだあ」
「あら新ちゃん。私と優作は、蘭ちゃんに切れられたことはないわよ」
「へ?そうだっけ?」
「あの子は、私達に遠慮があるの。無意識の内に、血の繋がりはないって感じ取っていたみたい」

園子は、目を見張った。
蘭が今まで切れたことがあるのは、新一と毛利の両親に対してだけ。

実の親である毛利の両親を除いて、唯一、蘭に切れられたことのある新一は、どれだけ深い絆を作って来たのだろう。


「でもま、これで、蘭の夢遊病は治るわね」
「さあ?どうだろう」
「え!?何でよ」
「だって蘭は、子供の頃しばらく夢遊病だったし」
「ええ。そうだったわね……」
「ええええええええっっ!?」

新一と有希子の言葉に、園子はぶっとんだ。

「いつも新ちゃんが傷だらけになりながら蘭ちゃんを止めていたのよねえ」
「あの頃、蘭の手が届かねえところに部屋の鍵をつけたりしたよな」
「物心ついたころから始まって……10歳くらいまで続いたかしらね」
「ななな何で!?」
「子どもは結構夢遊病にかかりやすいものなのよ。脳が発達途中ということもあるけど……」
「けど多分蘭は……」
「ん?何なの、新一君?蘭がどうしたの?」
「いや……蘭は、毛利の両親と赤ん坊の頃に別れた筈だけど、どうも無意識領域で、親に置いて行かれた寂しさを抱えていたみてえで。夜は『おとうさん、おかあさん』って寝言言いながら泣いてたことが、よくあった」
「……残念だけど、私達の力だけじゃ、蘭ちゃんのその寂しさを埋めてあげることはできなかったわ。新ちゃんが、ずっとずっと蘭ちゃんに愛を注ぎ続けて、それで……」
「そ、そうだったのね……」


新一は、蘭の無意識下にあった寂しさを癒し、愛で満たしたのだ。
それなのに、その2人を引き離したのが、かつて蘭に寂しく辛い思いをさせた蘭の両親だとは、何と皮肉な事だろう。

「でも、これからは、ずっと一緒にいられるのよね」
「そのことだけどな、園子。さすがに、オレがずっと女装したまま杯戸女学園に通い続けるのは、色々な意味で無理がある。だから……もう少ししたら、オレは帝丹高校に戻ろうと思う」


新一の言葉に、園子はまたも目を見開いたのだった。




(16)に続く


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2016年9月26日脱稿


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