血よりも深く



byドミ



(14)再会



翌朝、始業前。

「ふわあああ」

鈴木園子が盛大にあくびをしていた。

「……園子。今日はずっと、あくびばっかしてるわね」
「ちょっと昨夜、夜更かししたもんで」
「あら、珍しい。いつもなら美容のためって早く寝る園子が!」
「……いったい、誰のせいだと思ってるのよ……」

最後の園子の呟きは小さな声だったので、蘭には届かなかった。
蘭は蘭で、溜息をついて言った。

「わたし、昨夜、久しぶりにやっちゃったみたい……」

真純が身を乗り出してくる。

「んん?蘭ちゃん、どうしたの?」
「お父さんとお母さんの目に青痣ができてて……よく考えたらわたし、昨夜、いつもの薬を飲み忘れたのよね。おかげで今日は眠気もなくスッキリなんだけど……」

逆に、蘭の夢遊病の所為で夜更かしする羽目になった園子は、机に突っ伏して「ははは」と空笑いをしていた。

「そっかあ。やっぱ薬飲まないとダメなのかあ」
「う、うん……」
「夢遊病になるほどの蘭君のストレスって、何なんだろうね」
「そ、それは……」
「それを話せるほど、信頼されてないワケだ、ボクは」

真純の言葉に、蘭はグッと詰まる。

「別に責めてるわけじゃないよ。まだ、出会って間もないしね」
「……ごめんね……」
「いいって。そこはボクが努力するところだからさ」


笑顔の真純に、蘭はますます申し訳なくなる。
でも、今はまだ……新一とのことを打ち明ける気にはなれない。


チャイムが鳴った。
蘭も園子も、慌てて席に着く。

ドアを開けて入って来たのは、いつものお爺さん先生ではなく、女性の教頭先生と若い男性だった。
教室は一旦静まり返った後、黄色い声が飛び交った。

「みなさん、静かに!」
「あのー、教頭先生。安積先生は、どうしたんですか?」

クラス委員長が手を挙げて行った。

「安積先生は、昨日、ご自宅の階段から落ちて、怪我をなさったんです」

教室がざわめいた。
3年A組担任の安積は、かなり年配の男性教師で、生徒たちから恋愛対象になることはなかったが、そこそこ慕われていた。

「安積先生、大丈夫なんですか?」
「足を骨折して、今、入院なさっています。お元気そうでしたが、復帰までは時間がかかりそうですね」

教室が更にざわめいた。

「こちらは、安積先生がお休みの間、臨時に担任代理をしていただくためにお呼びした、井口先生です」
「皆さんこんにちは。しばらくの間、皆さんの担任をさせていただく、井口です」

そこそこイケメンの若い教師。
教室のざわめきは止まない。
年配の女性教頭は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「イイ男〜♪」
「こら!園子、京極さんにチクるわよ!」
「もう、蘭ってば、固い事言わないの!これは別腹!」
「別腹って……」
「へえ。園子ちゃんって、彼氏いるんだ〜」

「皆さん、静かに!」

真純が更に何かを言おうとしたところで、教頭が大きな声を張り上げたので、話は中断した。
教頭も一緒に朝礼が行われ……そしていつも通りに午前中の授業が進んで行った。



   ☆☆☆



「なんか、教頭先生、機嫌悪かったねー」
「そりゃあ、井口先生が若くてイケメンだからよ」
「え?なんで?」
「うちは、女の人かおじいちゃんばっかでしょ。本当は、安積先生の代わりの先生も、そうしたかったんだと思うよ」
「だから、何でよ!?」
「教師と生徒の恋愛沙汰がご法度だから」
「あ、そっかー」
「でも、探したけど、すぐに来れる先生が井口先生しかいなかったんじゃない?」
「井口先生って、若いけど結婚してるらしいよ」
「だって、男性教師の場合、うちに来るのは、爺ちゃんでも若い先生でも、既婚者に限ってるんだってよ」


蘭と園子、そして真純も、近くのグループの会話に聞き耳を立て、「あ、そういうことだったのか」と納得していた。

「お父さんとお母さんは、ここが女子校ってだけじゃなくて、教師も女性かお年寄りしかいらっしゃらないから、わたしの転校先をここにしたんだと思うのよね」

蘭の言葉に、真純が身を乗り出してくる。

「へええ。蘭ちゃん、見かけによらず、男関係で何かあったワケ?」
「……見かけによらずってどういうことよ?」
「別に、もてそうにないなんて言ってるんじゃないさ。純情で大人しそうな感じだから、遊びそうにないように見えるって意味で……でもま、案外、大人しそうな子の方が色々あったりするんだけどね」
「……それ以上はノーコメントにするわ」

蘭は、新一との大切な思い出が、何だかバカにされたように感じ、その話を打ち切ろうとした。

「怒るなよ。高校生ともなれば、恋人ができたら体の関係もあることが多いと思うけど、親からしたらとんでもないって感じなんだろうね」
「……」

真純の言葉は、核心をついているように思えた。

蘭は、ふと考える。
毛利の両親の気持ちを。

やっと会えた我が娘が、まだ高校生なのに、親より恋人を選び、恋人と体の関係があったと知ったら。
それは許しがたい大きな衝撃だろう。

あの時、蘭が、「新一のお嫁さんになる」と言わなければ、ここまで監視される生活にはならなかったのかもしれない。
けれど……。

『……新一……』

あの時、大人しく両親について行くことを選んでいたとしても、新一とは、たまにしか会えない状況になったことは間違いない。
毛利の両親の気持ちが理解できたとしても、蘭が誰よりも大切に思い一緒にいたい相手は新一であることは、変わりようがなかった。

『新一……新一のところに帰りたいよ……』

園子に頼めば、蘭をここから連れ出してくれるだろうと思う。
けれど、蘭がこのまま逃げるようにして工藤邸に戻れば、毛利の両親は、新一のことも工藤の両親のことも赦してはくれないだろう。
そして、工藤の両親と新一は、毛利の両親から訴えられ、困ることになるのではないか。

何とか毛利の両親に納得してもらう形で、新一のもとに戻りたかった。
けれど、毛利の両親の気持ちが解けるのはいつの日か。
正直、それまで耐えられる自信がない。



一方、思い詰めた蘭の様子を見て、園子はこっそり溜息をついた。
昨夜、有希子や新一たちと会話していたことを思い出す。

『蘭のことだから、きっと、オレや親父たちに迷惑かけるだろうと考えて我慢しようとするだろうな』
『もう本当に……私たちも新ちゃんも、小五郎君と英理に比べて立場が弱い訳じゃない。訴えられても痛くも痒くもないんだけど……蘭ちゃんは自己犠牲の精神が強過ぎるから……』

園子は、新一から、蘭の転校先を教えらえると、すぐに親に頭を下げて転校させて欲しい旨を告げたのだった。
園子が行きたいという先が、「お嬢様学校」であったため、「いずれ園子を鈴木財閥の跡取りに」と考えている両親は、渋った。
変な虫がつかないという意味では良い環境かもしれないが、鈴木財閥の跡取り娘としてシッカリ勉強して欲しいからだ。
けれど、両親が勧める大学に必ず進学することを条件に、両親も折れた。

新一が女装して転校しようと考えていることを聞いた時は驚いたが、蘭のためにはそれが良いだろうと思い、協力することにした。
最初は園子も、蘭がいる場所を知ったらすぐにでも鈴木家の車で連れ去ろうと過激なことを考えていたのだが、蘭自身がそれをよしとしないだろうし、結局問題解決にはならないと考え、取りやめたのだった。

携帯電話を蘭に渡すのは、毛利の両親に気付かれてしまう可能性が高く、危険だ。
新一からの手紙を渡すのも、同様。
そして蘭は、新一への手紙を園子に渡すということすら思いつかないようだった。

正直言って、新一が女装して乗り込む以外に、新一が蘭と接触する方法はないだろうと思う。

『にしても……転校生が多過ぎたせいで新一君は隣のクラスになっちゃったし……まあ、アヤツのことだから近い内にきっと何とかするだろうけど……』

すぐ傍にいるのに「新一」に会えないでいる蘭を、園子は気遣わしげに見つめていた。



   ☆☆☆



新しい担任が来た翌日。
自習となった6時限目、蘭は、進路指導室に呼び出されていた。
ちなみに、進路指導室の呼び出しは3学年の生徒が交代で行われているもので、主な内容は進路の確認である。
特に外部進学を表明している者や転校生などが優先して進路指導の対象となっていた。

「へえ。日本の高校は教師が進路指導をするんだねー」
「にしてもさ。井口先生って、来たばっかの担任代理なのに、早くない?」
「ん〜。よく分からないけど、こういうことって早く済ませた方が良いかなと……」

真純と園子に手を振って進路指導室に向かう蘭を、「江戸川南子」が物陰から見ていた。
進路指導室の入口を蘭はノックする。

「毛利です」
「ああ。入って」
「失礼します」

中にいるのは、臨時で担任代行となった井口1人だった。
それを特に疑問に思うこともなく、蘭は中に入り、井口の向かい側に腰かける。

「この学園、通常はあんまり転校生はいないそうだけど、今年妙に転校生が多いらしいね」
「は、はあ……」

蘭は、自分自身が転校生なので杯戸女学園のことはほとんど知らないため、曖昧に返事をした。
井口が書類を繰りながら言った。

「1人は帰国子女だってことでまあわかるんだけど……残る3人は全員、名門の帝丹高校からなんだよね」
「えっ!?」

蘭は思わず声を上げた。
園子はよく知っているが、江戸川南子はこの学園で初めて会ったと思う。
けれど彼女は帝丹高校からの転校生だとのこと。

帝丹高生は人数が多いので、蘭はもちろん、全員の顔と名前を憶えている訳ではない。
けれど、同学年であれば見た記憶位はあるだろう。
特に、南子は目立つので、見覚えがないなんて考えられない。

「ん?どうかしたの?」
「いえ……園子……鈴木さんのことは知ってたけど、江戸川さんのことは知らなかったので……」
「あ、そういうことなのか。で、3人とも成績は悪くない。毛利さんは女子生徒の中でかなり成績は良い方だ。なのになんで敢えて高校3年生のこの時期に転校なのか。解せないねえ」
「か、家庭の事情で、こちらに引っ越してきて……帝丹高校は遠いし……」
「遠いったって、1時間半程度だろ?1年間だけなら、通えないこともないと思うけどねえ。正直、杯戸女学園ごときに転校なんて、有り得ないだろう?」
「え……?」

杯戸女学園は名門ではあるが、正直、偏差値は高い方ではない。
帝丹高校は進学校で、毎年東大合格者を二桁の人数出す位なので偏差値が高く、杯戸女学園に比べたら格が高いと言える。
だからこそ、蘭も……そして園子もおそらく江戸川南子も、あっさり転校できたのだ。

けれど、杯戸女学園の教師として赴任したのに、そこをバカにするような言動をとった井口に対して、蘭は腹立たしく思った。

「井口先生。そんな……杯戸女学園ごときなんて言い方、しないでください」
「家庭の事情って言ったけど、本当は逆だろ?君を転校させるために親が引っ越したんじゃないの?」
「……どういう意味ですか?」

井口が立ち上がり、机を回って蘭の傍までやって来る。
頭から足までじっくりと舐めまわすように見られて、蘭は身震いした。

「純情そうな可愛い系の美貌と、細身だけど出るべきところはきっちり出てるスタイルの良さ。男好きするだろうねえ」

蘭はぞわっと総毛だった。

「男関係で何か問題を起こしたから転校になったんじゃないの?」
「……何でそんなことを言われなきゃならないんですか!?そもそも今日は進路についての面談じゃなかったんですか!?」
「進路についての話と関係があるんだよ。君の場合、内部進学希望となっているが、成績から見てMARCH(※)以上は十分狙えるから、かなり勿体ない話だ。逆に……男関係で問題があったことが明るみに出れば、どんなに成績が良くても内部進学は不利になるね。ただでさえ、転校生ということで内部進学は不利なのに」
「……転校生だと、不利なんですか?」
「そりゃそうだよ。長く杯戸女学園にいる方が優先されるからね」
「……」

蘭は別に強いて内部進学したいわけではない。
内部進学を望んでいるのは、蘭の両親だ。

ただ、それをわざわざ言う必要はないだろうと、蘭は思う。

「じゃあ、わたしは、外部進学をした方が良いと仰っているのですか?」
「いやいや。今までの成績が良くても、ここは受験勉強向きじゃないから。内部進学を考えた方が良いと思うよ」
「え……?先生の仰っていることが、よく分からないんですけど……」
「君の態度次第で、君の不品行な過去について報告するかどうか考えると言ってるんだよ」
「不品行な過去って……!わたしはそんなの……!」
「実際がどうかなんて関係ない。高三に進級するこの時期に、進学校である帝丹高校から、お嬢様学校である杯戸女学園にわざわざ転校してきた事実から、いくらでも推測できる」
「……」

井口が何を考えているのか、分からない。

「君次第で、内部進学を有利にしてあげられるんだよ」

井口がにやっと笑って言った。
蘭は、何だか嫌な感じを受けたが、それがなんなのかよく分からなかった。
蘭には、「教師とは品行方正なもの」という思い込みがあったため、ここに至っても井口のもくろみが分かっていなかった。

井口が立ち上がり、蘭のいる側に回ってくる。
そして、蘭の全身をじっくりと頭から見詰めた。

「あの……?」
「君は、全国の高校生空手女子選手の中でも、とびきり有名なんだよ。何しろルックスが良い。長い黒髪に目が大きくて整った顔立ち、たおやかな外見で、空手も強い。雑誌で紹介されたこともある」
「えっ……?」
「ただし、そこで紹介されていたのは『工藤蘭』、作家・工藤優作と元女優・工藤有希子の娘で、双子の兄は高校生探偵・工藤新一。なのに……突然こんなところに転校してきて、名前も家族も違う。これは何かあると思ったね」
「……!」

蘭は目を見開いた。

「僕が知っているのが不思議かい?前にスポーツ誌で高校生の有望選手特集ってのがあって、『関東大会優勝者』の君の写真を見たんだよ。その時から、いつかこいつと姦(や)りたいって思ってた」
「はあ!?や、やりたいって……!?」
「カマトトぶってんじゃないよ。男が女とやりたいってのは、セックスのことに決まってるだろう」

蘭は嫌悪感で鳥肌が立ち、立ち上がって後退る。
井口が近づき、蘭は壁際に追い詰められた。

「せ、先生は、確か結婚してるって……!」
「ははは。結婚とこれとはまた別だよ。それに、僕と妻は、立場上契約かわしているだけで、お互い好き勝手にやってる」

目の前に井口が立ち、蘭は思わず身構えた。

「おっと。空手技を使ったらどうなるか、分かっているか?大人しく……」
「失礼します!」

突然、大きな音を立てながらドアを開け乱入して来たのは、隣のクラスの転入生・江戸川南子だった。
井口が慌てて蘭から離れた。

「な……!?お、お前は!?」
「B組の江戸川南子です。担任の先生から進路指導室に呼ばれたのですが」
「……A組の方が先に使っている。時間を間違えたんじゃないかね?」
「おっかしいなあ」

南子は首をかしげながら、部屋から出るどころか井口の前までつかつかと歩いてきた。
井口は思わず身を引く。

一方、蘭は、南子の姿を見た途端にドキドキし始めていた。
新一以外の男性に心惹かれなかったのは、実は女の子が好きだったからなのかと、一瞬思ってしまったくらいだった。

新一のことを考えた時、蘭はようやく、南子の身長が新一と同じくらいだということに思い当たった。

顔が違う。
声が違う。
仕草が違う。

けれど……。


「き、君……背が高いね……」
「スポーツやるには低い方ですけどね。身の軽さとジャンプ力には多少自信があるけどバスケやバレーをやれるほどじゃない。でもま、一番好きなのはサッカーだから」
「だ、だから君……今はうちのクラスの……」

井口はそれ以上言葉をつづけることができなかった。
江戸川南子に素早く股間を蹴り上げられ、悶絶したからだ。

「え……江戸川さん!?」
「ったく。女子高だからって油断も隙もあったもんじゃねえ。甘いんだ、毛利のオッチャンたちはよ」

南子の乱暴な口調に、蘭は目が点になった。

「今の会話、録音してっから。こいつはすぐに放逐されるさ」

声は違うけれど、その口調に。
その眼差しに。
蘭は確信する。

そして、蘭の足は動いた。

「新一……っ!」
「おわっと」


駆け寄って飛びついた蘭を、南子……新一はシッカリと抱きとめた。



(15)に続く


++++++++++++++++++++++



当初は、蘭ちゃんに横恋慕男2人目を出す気はなかったのですが。
教師で蘭ちゃんを狙う男ってのを出してみたら、とんでもないヤロウになってしまいました(汗)。
まあ、蘭ちゃんが、新一君に気付くための、捨て駒キャラです。
私ってつくづく、オリキャラに対して愛がないなあ……。

オリキャラの名前はですねー、アイウエオ順です。
元々担任だったのが安積、急きょ新規の担任になったのが井口。
元々の担任は、女教師の方が良かったなと思ったのですが、先に登場した時の口調がどう読んでも男性だったので、今更変更もできず、おじいちゃん先生だったということにしました。


もうちょっと先まで書こうかと思ったのですが、蘭ちゃんが新一君に気付いて「再会」したところで、区切りが良いので終わらせました。
この後、色々ありますが、2人がすぐにまた一緒に暮らせるようにはなりませんが、蘭ちゃんの苦しみは終わったも同然なので、ご安心ください。

気絶した井口のその後は、書きませんので、ご自由にご想像ください。(まあ、わざわざ想像したくもないでしょうけど)



※MARCH
名門私大5校の頭文字。
この世界では……

明慈大学
青川学院大学
立杏大学
セントラル大学
方曹大学

とでもしておきましょうか。

2016年8月30日脱稿

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