血よりも深く



byドミ



(13)4人目の転校生



授業の間中、蘭はボーっとして、園子の方を見ていた。
休憩時間になると、園子がつかつかと蘭のところにやって来た。

「初めまして」
「え……?は、はじめまして……」

蘭は、園子の挨拶に、「初対面ということにするのだ」ということを理解し、挨拶を返した。

「ねえねえ、毛利さんと世良さんって、転校生だって聞いたわ。わたし、こんな時期に親に言いつけられて転校してきたから、とーっても心細かったの!お友達になってくれる?」

園子のブリブリした言動に、蘭は笑いが込み上げそうになって、それを抑えるのに苦労した。
隣で真純が、園子に声を掛ける。

「ふうん。鈴木財閥のお嬢様がこの時期に転校って、何かやらかしたのか?」
「あら。世良さんってわたしの事知ってるの?」
「まあね。女子高生探偵だからね。察するところ、男関係で親の逆鱗に触れたとか?」
「んもう、そうなのよー!春休み遊び過ぎちゃって、あんたはもう女子高に行きなさいって怒られちゃってさー」

園子が怒るでもなく真純の話に合わせている。
蘭は、園子が真純のことを警戒しているのだと分かった。

蘭の夢遊病について、親身に相談に乗ってくれた真純のことを、今ではある程度信頼している。
けれど、心を開いてしまうには至っていない。
一方園子は、ずっと一緒に過ごしてきて、強い信頼関係で結ばれている大親友。
その園子が警戒しているのだから、それが誤解であろうと何だろうと、ここは園子に合わせようと、蘭は思った。

昼休み。
蘭・園子・真純の他に、クラスの子が3人ほど集まって来てグループでご飯を食べる。
蘭も園子も、当たり障りのない会話をしていた。

「ほんと、2年までは転校生なんていなかったのに、3年になってこんなに転校生が来るとは……」
「うちは、両親の都合で引っ越して、前の学校に通えなくなったから……」
「ボクは、アメリカからの帰国子女だから」
「わたしは、春休みの旅行が男女一緒だったことが親にばれて激怒されちゃってねえ」

園子は、真純とのやり取りでできた「設定」を押し通すようである。
そしてどうやら、その「設定」を楽しんでいるようだ。

「男女混合旅行!?」
「ちゃーんと、泊まる部屋は別々だし、健全なお付き合いだったのにー」

園子の嘆きようが、演技だと分かっている蘭は、吹き出しそうになって下を向いた。

「ところで今日は、B組の方にも転校生が来たのよね」
「さすがにA組はもうこれ以上人数増やせないでしょ」
「どんな人か、誰か知ってる?」
「さあ、まだ見たことないや」
「でも、午後の体育は合同だから、見られるんじゃない?」

蘭は、ほとんど興味を示すことなく、聞き流していた。
そして5時限目。
着替えて校庭に出た。

長い黒髪をなびかせた、長身の後ろ姿が見えた。
やや暑くなってきたこの時期に、上下ジャージ姿である。


見知らぬ筈のその女生徒の後ろ姿に、蘭は見覚えがあるような気がして、胸が高鳴る。
その女生徒が視線を感じたようで、ふとこちらを振り返った。

その顔に、見覚えはない。
なのに何故だか、心騒ぐ。

鋭い目つきが、蘭に向けられた瞬間、優しい眼差しになる。
その蒼い目は、蘭がよく知っているような気がして、鼓動が速くなる。

「転校生の江戸川南子(なんこ)さんだって」
「な、なんこ?うーん、ちょっと変わった名前ね」
「美人だけど、中性的な感じねえ」

クラスメートが囁きかわす。

「はああ……目立ち過ぎだって……」

園子が溜息をついて言った。

「そ……鈴木さん?」
「あー、その呼ばれ方、かゆいから、園子で良いわ。わたしも蘭って呼んでいい?」
「え?あ、う、うん……」
「あの、ボクは?」
「世良ちゃん」
「ボクだけ苗字にちゃん付かよ〜」
「で、園子、あの転校生の事、知ってるの?」

蘭が訪ねると、園子は奇妙な顔をした。

「う、まあ、知ってるというか何というか……」
「ふうん。江戸川さんには、ボクと同類の匂いがするな」
「えっ!?」

蘭は真純の言葉に驚く。
「同類の匂い」を、探偵の事かと思ったのだ。
しかし、続いた真純の言葉に脱力した。

「胸が平らなとこがさ」
「……ま、確かに、世良ちゃんって貧乳よね」
「言うねえ。でも、ボクによく似たママは豊乳だったから、ボクのここは、これからボーンと出てくる予定さ!彼女の方はどうか知らないけどね」

蘭は、江戸川南子という少女の方に、また目をやった。
ジャージを着ているからはっきりとは分からないが、メリハリはないようだ。
肩が張っていて、中性的というより男性的な体格だと思った。

ただ、ちょっとした仕草などが女性的で、男には見えない。

蘭は何故か胸が騒ぎ、体育の授業中ずっと、南子から目が離せなかった。



   ☆☆☆



「ねえねえ、蘭!帰りにウェルカムバーガーに寄ってかない?」
「あ、いいねえそれ!ボクも一緒していい?」
「園子、世良ちゃん。誘いは嬉しいけど、お父さんとお母さんが迎えに来るから」
「ええっ!?蘭ちゃんちって、どんだけ過保護なんだよ!?それにご両親、プーなのか!?」
「うちはちょっと色々あって……」

校門を出たところに、車が待っていた。
蘭が車に近付くと、園子と真純が蘭の両側から一緒に歩いて行った。

運転席の窓が開き、小五郎が顔を出す。

「なんですか、アンタたちは?」
「初めまして。蘭のお友だちの、鈴木園子で〜す!」
「同じく、蘭ちゃんのお友だちの、世良真純です」

すると、助手席のドアが開いて、英理が出てきた。

「あら、蘭。さっそくお友だちができたのね。いつも蘭がお世話になっております、母の英理です」
「へえ。美人なお母さんだね」

帰国したばかりの頃は長年にわたる虜囚生活でげっそりと面差しが変わっていた英理だが、今は本来の美貌を取り戻していた。

「あら?世良さんって、どこかでお会いしたかしら?」

英理が首をかしげ、小五郎も少し考え込んでいた。

「ボクはお2人とは初対面だけど、もしかして、ボクの兄を知ってる?ボクと似てるんだ」
「えっ!?」
「ワケあって、ボクとは苗字が違うんだけどね。赤井秀一っていうんだ」

途端に、小五郎と英理の表情が変わった。

「赤井さんの妹さんか」
「……お兄さんには、本当にお世話になったわ……」
「でさ。ちょっと相談なんだけど。ボク達、これから、蘭ちゃんと一緒にウェルカムバーガーに行きたいんだけど、いいかな?」
「え……でも……」

真純の申し出に、英理と小五郎はためらう。
横から園子も口を出した。

「毎日、学校から真っ直ぐ帰るなんて、息が詰まっちゃうわよ。ちょっとは息抜きの時間も必要でしょ」
「だ、だけどなあ」
「おじさんとおばさんは、高校時代同級生だったって聞いたけど。まさかお2人とも、毎日毎日、学校から家まで直帰してたわけじゃないわよね?クラスメートや部活仲間と遊んだりどっか寄ったり、してたんじゃない?」

小五郎と英理が顔を見合わせる。
英理が遠くを見る目をした。

「……高校に通っていた頃なんて、ずいぶん、昔のことに思えるわ……」
「ああ。あの頃は確かに……いろいろ、やんちゃもやったな……」
「やんちゃをやってたのは、あなただけでしょ」
「英理だって、友だちとパフェとかケーキとかハンバーガーとか、食べに行ってただろうが」
「分かったわ。じゃあ、ウェルカムバーガーまで送って……1時間後に迎えに来るわね」

1時間とは短いが、小五郎と英理の精一杯の譲歩だと分かったので、3人ともそれ以上何も言わなかった。
車の後部座席に納まり、近くのウェルカムバーガーまで送ってもらった。



   ☆☆☆



「期間限定のガーリックバーガーが、超イケるよ!」
「あ、いいねえそれ。お互い、この後デートの予定もないだろうし」

蘭にも異存はなく、3人でガーリックバーガーとセットの飲み物を頼んで、席に着いた。

「なーんか変だなとは思ってたけど、園子ちゃんって蘭ちゃんと知り合いだったんだね」

真純の言葉に、蘭も園子もむせそうになる。

「な、何で!?」
「だってさ。今日初対面で、そんな話する暇なかった筈なのに、園子ちゃん、蘭ちゃんのご両親が高校時代同級生だったこと知ってたじゃん」
「で、あなた一体、何なワケ!?」
「そう、怖い顔するなよ。ボクは別に、君たちの味方じゃないけど、敵でもないからね」
「……どういう意味?」
「さっき話をした秀にい……ボクの兄は、FBI捜査官なんだ」
「ええっ!?」

思いがけない真純の話に、蘭も園子も目が点になる。

「たぶん、園子ちゃんも聞いてるんじゃない?蘭ちゃんのご両親は、アメリカで犯罪組織に捉えられていたって話」

蘭も園子も、頷く。

「その事件捜査と、囚われている人たちの救出に、兄も関わっててさ。そこで、蘭ちゃんのご両親とも知り合ったんだよ」
「そ、そうだったのね……」
「で、ボクは、毛利夫妻のひとり娘・蘭ちゃんを守るように、兄から頼まれて杯戸女学園に来た」
「で、でも!だったら、世良ちゃんって、毛利夫妻の味方なワケ!?」

園子がいきり立つ。

「まあまあ。落ち着きなって。毛利夫妻は別に、蘭ちゃんの敵ってワケじゃないだろ?ただ、組織に長らく囚われていたせいで、トラウマと人間不信があって、蘭ちゃんを大切だと思うからこそ、軟禁状態にするかもしれない。そこでボクが蘭ちゃんのフォローのために派遣されてきたってワケ。だから、君たちの敵ってワケじゃないよ」
「でも、味方でもないっていうのは?」
「そりゃあ、園子ちゃん次第だね。ボクから見て園子ちゃんが蘭ちゃんの害になると思えば、敵に回るかも」

一瞬、園子と真純との間に火花が散った。

「でも、おそらく、蘭ちゃんを心配して探し出してこの学校に転校してきた君は、敵じゃないと思うけどね」

真純を取り巻く空気が柔らかくなり、園子と蘭は大きく息をついた。

「ところで。4人目の転校生:江戸川南子は、ボク達にとって敵?味方?」
「えっ!?」

蘭は心臓が音を立てるのを感じながら、声を上げた。

「……わたしから見た限りでは、敵じゃないわ。でも、世良ちゃんが同じように思うかどうかは、分からない」
「ふうん」
「ねえねえ、園子。彼女の事、知ってるの?」
「ごめん、蘭。今は……何も言えない」
「……そろそろ、タイムリミットだよ。ほら、お迎えの車だ」


蘭にとって、色々な事が起こり目まぐるしく変化した一日が終わったのだった。



   ☆☆☆



そしてその夜。
蘭は、ベッドに入るなり眠り込んでしまい、寝る前の薬を飲むのを忘れてしまったのだった。

夜中。
蘭はムクリと起き上がり、部屋のドアを開き、階段を下りた。

英理と小五郎は、物音で目をさまし、慌てて後を追おうとしたが、久し振りで油断があったために、蘭の空手技であっさり伸びてしまい。
気付いて慌てて置きあがったものの、もう蘭の姿はなく。
必死で探したが、蘭を見つける事は出来なかった。

「あなた……!」
「やむを得ん。ここは、警察に協力を頼んで……」
「でも、携帯電話もお財布も、家に置いて来てしまったわ……」

おまけに、小五郎も英理も、寝間着のまま飛び出していたのだった。
このままだと自分たちが職務質問の対象になってしまう。

2人は家にとって返し、管轄外であるが、捜査一課の目暮警部に連絡を取った。

「これというのも、あの新一の野郎が……」
『毛利君。工藤君は君が言うような男ではないよ。蘭君を本当に大切にしていて、傍から見ていて微笑ましい位だったよ』
「警部殿まで、アヤツにたぶらかされているのですか!?」

電話の向こうで、目暮警部の溜息が聞こえた。

『まあ蘭君が心配だ。とにかく、捜査一課の高木刑事と佐藤刑事にも連絡を取って探そう』

2人は改めて着替え、携帯を持って家を出、車に乗って蘭の捜索を開始した。
といっても、蘭がどちらに向かったのか皆目見当がつかず、あちこち探し回ったが見つかるはずもなかった。

携帯が鳴り、英理が取った。

「はい、毛利です」
『捜査一課の高木です。蘭さんを無事保護しましたので、今からご自宅の方にお連れします』

2人はほうと息をつき、慌てて自宅に帰った。
高木刑事が運転する覆面パトカーが毛利邸に着いたのは、ほぼ同時だった。
車から男女の刑事が降り立ち、男性の刑事が蘭を抱きかかえていた。

毛利夫妻と高木佐藤両刑事は、これが初対面だったが、目暮警部から話を聞いていたため、特にトラブルになることはなかった。


「警視庁捜査一課の高木です。申し訳ありません、蘭さんを保護するために、薬を使わせていただきました」
「薬?」
「麻酔薬です。効き目が切れるまでの時間は短いですが、今夜は多分、もう大丈夫だろうと思われます」

睡眠時遊行症では、意識はないが、体の動きは常と変らないため、無理に保護しようとするのは危険なのである。
なので、小五郎も英理も、それについてとやかく言う気はなかった。

「お世話を掛けました」
「お大事に」

小五郎が蘭を抱きかかえて、家の中に連れて入った。

佐藤刑事と高木刑事が車に戻ると、後部座席からむくりと起き上がる影があった。


「新一君」
「あん?」
「アンタが出て行くとややこしい事になるんだから、蘭を抱きかかえたからって高木刑事に妬かないのよ」
「……別にそんな程度で妬きやしないよ」
「あら。じゃあ私が抱きかかえて行った方が良かったかしら?」
「佐藤刑事。いくら鍛えていると言っても、女性のあなたが……」
「蘭ちゃんを抱えるくらいだったら大丈夫と思うけど」
「……にしても。声を聞くと確かに工藤君だけど……いやあ、化けるもんだねえ」

車の後部座席に乗っていたのは、杯戸女学園高等部の制服を着た女生徒2人。
鈴木園子と「江戸川南子」である。
もちろん、江戸川南子とは、工藤新一の変装した姿であった。

「幸か不幸か、母さんが変装名人なもんで」
「それにしても、南子って変な名前。もっと他にいい名前なかったの?」
「うっせーな。名前はどうでもいいだろ」
「そうね。どうでもいいけど、学校でボロ出さないでよ」
「……母さんから散々特訓されたからな……」

新一が転校するまでに時間がかかった理由の大きな1つが、行先が女子高だったからである。
体型は誤魔化しようがないが、「男に見えない女らしい仕草」の特訓を受けていたのだった。

「それにしても、蘭、夢遊病かあ」
「最近は薬で抑えられているって話だったけど……」
「新一君。さっさと蘭に正体を教えてやんなさいな。そしたら蘭の病気も治る筈だから!」

園子が力説する。
南子こと新一は、大きく頷いた。

「ただ、世良真純の前で正体をばらさない方が良いだろう」
「うん、それは確かに……でも、なるべく早くね!」
「ああ」

新出医師の話を、佐藤高木両刑事を通して聞いていた2人だったが、今夜、蘭がまるで起きているかのようにスタスタ歩いている姿を見た時は、ギョッとしたものだった。
新一が後ろから蘭を抱きとめようとしたが、空手技を食らいそうになり、かろうじて避けた。
新一の類稀な反射神経があったからこそで、そうでなければその場で昏倒していただろう。

蘭は完全に意識がない状態なので、相手が新一ということも分からないのである。
新一はやむなく、阿笠博士の発明品である腕時計型麻酔銃を使って蘭の体も眠らせたのだった。


「さて。明日も学校なんだろう?2人とも、送るよ」
「私は、目暮警部に、無事蘭さんを保護したことを伝えておくわね」


園子と新一は、杯戸女学園のほど近くにある家に送ってもらった。

「新ちゃん、園子ちゃん、お帰り〜」

新一達を出迎えたのは、有希子である。
ちなみに有希子は、蘭が心配なのはもちろんだが、毎日新一の変装をしなければならないため、一緒に住んでいるのだった。

「……母さん……まだ起きてたのか……」
「だって!私だって蘭ちゃんの事が心配なんだもん!」
「大丈夫だよ。取りあえず、毛利邸に連れて戻ったから……」
「新ちゃん!早く正体バレしちゃいなさい!蘭ちゃんの病気を治すためにも!」
「ああ……そうするよ。ただ、ちょっと気になっているヤツがいて……」
「何よ!さっそく浮気してんじゃないわよ!」

有希子が新一の背中をバンとはたく。

「んなんじゃねえって。色々な事がばれたらやばそうなヤツが1人、いるんだよ」
「えっ?女子高に、そんな人が?」
「おば様。FBI捜査官の妹が、蘭に近付いてるのよ。味方じゃないけど敵でもないとか、言ってたけどね」
「FBI捜査官?」
「うん。赤井って人らしいんだけど……」
「ああ!赤井さん!なるほど……じゃあそっちは、優作から話をしてもらおう」
「え?赤井捜査官は、父さんの知り合いなのか?」
「新ちゃん、あなたねえ。私達がアメリカに行ってただ遊んでいたとでも思っているの?」
「あ……いや。そうか。むしろ毛利夫妻よりオレ達の方に味方してくれそうな感じなのか」
「まあでも、妹さんの方は直接知らないから。新ちゃん、そっちの機嫌を損ねないように、注意してね」
「ああ、わーってる」


新一は、さてどのように蘭に接触しようかと、頭をひねっていた。



(14)に続く


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さて、どのように接触させようか。
と頭をひねっているのは、新一君だけでなくドミもです。

園子ちゃんはともかく、新一君はさすがに架空の存在での高校通いの単位をそのままとる訳には行きますまい。
なので、まともに考えたらこのままだと新一君は留年しそうなんですが。
そこは、突っ込まないでください。

蘭ちゃんの苦しみは次回位で終わりそうですが、全てに決着つけるまでは結構長くなりそうです。

2016年6月6日脱稿

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