血よりも深く



byドミ



(11)両親との再会



一旦、一線を超えてしまった2人には、もう、歯止めが効かなかった。
新一の部屋か、蘭の部屋か、どちらかで、2人は毎晩一緒に寝て、体を重ねた。

蘭が新一を受け入れる際に痛みを感じたのは最初の内だけで、やがて2人の体はしっくりと馴染み、歓びと快楽が支配するようになった。

「あ……あ……んんあっ……新一……ぃ」
「蘭……蘭……はあっ……」


新一の楔が蘭の奥深くに潜り込み、2人は隙間なく肌を触れ合わせ、1つになる……。


兄と妹ではないからこそ、許される交わり。
血のつながりがないからこそ、与えあい奪い合う深い快楽。

血のつながりよりも、ずっと深く強い絆。

お互いの人生を重ね合わせるパートナー。


もう、神ですら2人を引き離すことはできないと、2人は思っていた。


「あー。早く、膜越しじゃなくてお前に触れてえ」
「新一……新一が望むなら、今すぐそうしても良いよ」
「いや。さすがにそれは……やっぱりちゃんと高校は卒業しようぜ」
「うん……」
「いつまでも、親に甘えてもいられねえから、オレも頑張って早く稼げるようになるからさ」
「新一……」

そして、口づけを交わす。

2人は、口唇にキスを交わすことを幼い頃からやってきていたが、兄妹の縛りがある間は、軽く触れるだけのものだった。
けれど今は、舌を絡め合い、深く貪るような口付けになっている。


2人はもう、夫婦だという自覚があった。
あとは、新一の誕生日に、法的な手続きを行うだけだと……2人の理解者だけの参列でささやかな結婚式を行い、新しいスタートを切るのだと、信じていたのである。



   ☆☆☆



『新ちゃん。あの……蘭ちゃんとの入籍、待ってちょうだい』
「はあ?何言ってんだよ母さん。そっちの方から焚き付けてたクセに」
『ごめん!ほんっとーに、ごめんなさい!でも、ダメなの!その……例の婚姻届のサイン、本当は、本人たちが書いたものじゃないから……』
「ああ。それはまあ……赤ん坊を預けていくのに、婚姻届の証人の欄にサインしていくようなことはしねえだろうなと思ってたし……って!もしかして、母さん!」

あることに思い至って、新一は弾んだ声を出した。

『FBIとインターポールと、日本の警察から派遣されたメンバーも加わって……やっとやっと……蘭ちゃんのご両親が潜入していた組織を壊滅させることができそうなの。そしてどうやら、小五郎君と英理は、まだ殺されずに、働かされているらしいって……』
「そ、そうか!やったな、母さん!」
『あ、でも、変に期待させちゃいけないから、蘭ちゃんにはまだ黙っててよ』
「わーってるって!じゃあ、吉報、待ってるからな!」

新一が有希子との電話を切った時、ちょうど蘭がお茶を持って部屋に入って来た。

「お母さんからだったの?もう、わたしもお話したかったのに」
「蘭は、蘭の携帯から掛けたらいいだろ?」
「そりゃ、そうだけど……何も切らなくたっていいじゃない。で、お母さん、何て?」
「あ……えっと……親父が協力してた大きな事件が、やっと解決できそうだってよ!そしたら多分、父さんと母さんも、日本にしばらく帰って来るかもしれない」
「ほ、ホント!?良かった……じゃあ……その……入籍日に、結婚式もできるかなあ?」

蘭が言って。
新一は、「入籍を待って」と有希子から伝えられたことを言えずに、一瞬、詰まる。

「ああ。それまでに、父さんたちが帰って来られれば良いな」
「うん……」

蘭が花のように笑い、新一はその笑顔に見惚れる。


蘭の両親が生還するという喜ばしいニュースが、まさか新一と蘭を引き裂くことになるなんて。
その時の新一は、夢にも思っていなかったのだった。



   ☆☆☆



新一と蘭が2年から3年に進級する春休みが終わる頃。

工藤優作・有希子夫妻が帰国した。
毛利小五郎・英理夫妻を伴って。



「蘭!蘭ね!?」
「……大きくなったなあ……」

蘭は、目の前に立った見知らぬ男女に、戸惑った。
女性の方が駆け寄り、蘭を力いっぱい抱き締め、涙を流した。

「蘭!!」

蘭の体の奥底から、不思議な感覚が沸き起こる。

どこか懐かしい、狂おしいほどの慕わしさ。


「蘭……!お母さんよ!」
「お……かあ……さん?」

蘭は戸惑う目を男性の方に向ける。
男性は、目を潤ませて、立っていた。

「おとう……さん……?」
「ああ。そうだ。お前の父親だ、蘭」


これが、血のつながりというものか。
蘭の中から溢れ出る感情があった。

「お父さん……お母さん……」

蘭の頬を涙が溢れて落ちる。
ずっと昔、この腕の中に抱き上げられていた、形にならない記憶が、体の奥底でよみがえっていた。

両親は、蘭が以前見た写真とはずいぶん面差しが変わっていたが、間違いなく自分の親だと、蘭は確信を持っていた。


「お帰りなさい!」

蘭は、しらず、その言葉を口にしていた。
親子3人で抱き合って、お互いを呼びながら、しばらく涙を流していた。


「有希子。それに、新一君?だっけ。本当に、お世話になったわね……」
「さあ。蘭、帰ろう。俺達の家に」

英理と小五郎の言葉に、それまで涙を溢れさせていた蘭の目が見開かれる。

「帰る……って……だって……」
「蘭。長いことお世話になったのだから、ご挨拶して」
「お世話になった……?で、でも、わたしは……」


蘭が助けを求めるように新一の方を見た。

「待ってくれ!蘭は、もう、オレ達の家族です!」
「でも、養子縁組はしていないわよね。有希子も優作さんも、蘭を自分の娘にする積りはなかったということなんじゃなくて?」
「それは……!もしかして英理たちが生きているかもって希望を持ってたからで……!」

英理の言葉に、有希子も口を挟んだ。

「……ごめんなさい。有希子にも優作さんにも、そしてそこにいる新一君にも、感謝しているの。でも……自業自得なんだけど、たった1人の娘・蘭と、一緒に暮らせなかった。それを、取り戻したいの!」

英理の血を吐くような言葉に、一同は言葉が出なくなる。

「蘭。お前のことは、一日たりと忘れたことなど、なかった。いつか日本に帰って一緒に暮らすことを夢見て、俺は……俺達は、組織での強制労働に耐えた……。お前にとっては、いきなり現れた親に戸惑いもあるだろうが……今からでも、親子水入らずの時間を過ごしたいんだ」
「わ、わたしは……」

蘭の心が揺れる。
今、蘭にとって一番大切なのは、将来を誓い合った新一であるけれども。
正直、一番、一緒にいたい相手は、新一なのだけれども。
血の繋がりがある実の両親への慕わしい思いが湧き上がり、その切なる願いを叶えてあげたい気持ちも強いのだった。

「お父さん。お母さん。一緒に、この家で暮らせない?」
「それがいいわ、英理、小五郎君!ぜひそうして!あなたも異存はないわよね?」

蘭の言葉に、有希子が同意し、優作の方を見た。

「私には異存はないが……」

けれど、小五郎と英理は、首を横に振った。

「お気持ちはありがたいけど……家族水入らずで過ごしたいの」
「これ以上、工藤さんに迷惑をかけるわけにもいかんですし」
「迷惑ということはないですが……」
「今まで、本当にありがとう。さあ、蘭。一緒に帰りましょう」
「か、帰るって……」
「元々、米花町に家はあるんだが、蘭を工藤蘭として知っている人も多いこの地域にそのままという訳には行かないからな。俺達は任務遂行の犠牲になったということで、国の方で新しい家を準備してくれている」
「わ、わたし……!わたしは、今度の5月4日に……新一の誕生日に、新一と結婚するの!だ、だから、お父さんたちの家には行けないわ!」

とうとう、蘭の口からその言葉が出て、場は一瞬固まった。

「お嫁さん?何言ってるの、蘭。あなたたち、まだ子どもじゃない」
「そ、そりゃ、お母さんたちから見たら、子どもかもしれないけど!でも、いい加減な気持ちなんかじゃない。真剣に考えてるんだよ!」
「蘭……お前まさか……もう、こいつと、か、関係を持ったのか!?」

小五郎が新一を指さして叫んだ。

「関係って?」
「い、一線を越えたのかと、聞いてるんだ!」
「……わたし……もう、新一のお嫁さんだよ……」

「貴様……!俺達の大切な娘に……家で預かっているのを良いことに、蘭を慰み者にしたな!?」
「優作さん!有希子!あなた達だったら大切に守ってくれると信頼して蘭を預けたのに!よくも蘭を傷物に……!」
「お父さん、お母さん!違う!そんなんじゃ!」

小五郎と英理は、体を震わせ、怒りに燃える目で新一を睨みつけた。
新一はそれを真っ直ぐに受け止める。
後ろめたくなどない。
蘭への想いは、2人に負けていない自信があった。

小五郎が拳をあげ、新一の頬を殴る。
新一は歯を食いしばってそれを受けた。
ついで、英理に背負い投げをかけられ、新一は受け身を取った。

蘭と有希子が悲鳴を上げる。
有希子が新一の方に動こうとするのを、優作が制した。

「新一!」

蘭が新一の方に駆け寄ろうとしたが、それは小五郎に阻まれた。

新一が体を起こし、唇の端の血を拭って、小五郎と英理に向き直り、頭を下げた。

「おじさん。おばさん。オレ……僕は、蘭の兄として過ごしてきましたが。今は、たった1人の大切な女性だと思っています。これから僕達は、夫婦となって新しい家庭を築いていきたい。どうか、お許し願えませんか?」
「ガキの戯言なんざ、聞く気はない!蘭は俺達の娘で、18歳未満の子どもだ!お前にも、有希ちゃんにも工藤さんにも、何の権利もないんだ!」
「権利なんて……」

我が娘同然に可愛がって育ててきた自負のある有希子が、思わず呟いていた。

「蘭を渡さないというのなら、あなたたち全員、訴えてやるわ!」

英理が憎々しげに吐き出した言葉に、有希子と新一は困惑の表情を浮かべた。

「お父さん、お母さん!もう、やめて!わたし、お父さんたちと一緒に行くから。それで良いでしょう!?わ、わたしがお世話になった工藤の人達を訴えるなんて、そんなことはやめて!」

蘭が必死で言い募り、小五郎と英理は相好を崩した。

「親子3人で仲良く暮らしましょうね」
「蘭。欲しいものは何だって買ってやるからな」

そのまま玄関先から蘭を連れて出て行こうとする。

「蘭……!」

新一の声に、蘭が一度振り返り、切なそうな表情を浮かべたが、そのまま玄関の扉を閉められ、蘭は連れて行かれてしまった。



   ☆☆☆



「優作!何で止めなかったのよ!?」

リビングで、有希子が溜息をつきながら優作を詰った。

「今の毛利夫妻は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)で、まともな状態じゃない。まだ赤ちゃんだった蘭君を置いて行ってしまった負い目を、我々への攻撃に転換して心の平衡を保っている。彼らの中で蘭君はまだ幼い子どもで、男性を愛する女性に成長しているのだという事実も受け入れられないのだよ」
「そ、それは!分かるけど、でも!」
「毛利夫婦には、専門家によるケアが行われる。時間はかかるかもしれないが、普通の生活に戻れるだろう。その間の生活の心配も要らない」
「私が心配しているのは、蘭ちゃんの事よ!英理たちは蘭ちゃんを大事にするでしょう。でも、蘭ちゃんの意志や意見に聞く耳ありそうに思えないし!」
「……父さん。母さん。オレもそれが心配だ。蘭は色々なことを我慢して溜め込んでしまうところがあるし」
「私達が攻撃される分は別にいいわよ。訴えるなら訴えてみやがれって思う。でも、蘭ちゃんは……新ちゃんと引き離されて、大丈夫だとは思えない」
「私も、手をこまねいている積りはないよ。さっき無理に止めたのでは、蘭君にもしこりを残したと思う。少し落ち着く時間を与えて、穏便な形でおさめた方が良い」
「でも……英理と小五郎君が落ち着くまで待ってたら、その間に蘭ちゃんの方が壊れちゃう!」
「2人が完全に落ち着くまで待つ訳じゃないが、少し時間を置くことは必要だ。蘭君の限界が来る前に、こちらに迎え入れる」
「……わかったわ」
「で、この件については……新一君、君に任せようと思う」
「父さん?」
「もちろん、協力はする。私も……有希子も」

有希子は、一瞬目を見開いた後、頷いた。

「新ちゃん。私達が頼むのも変だけど……蘭ちゃんには新ちゃんが必要なの。蘭ちゃんのこと、お願いね」
「……わかった」

新一に、何らかの勝算がある訳ではなかった。
ただ、蘭のために、精一杯のことをやるしかないと、思ったのだった。

「新ちゃんの誕生日までに決着がつけばいいけど……」
「まあ、蘭君に苦しい思いをさせないために、最長でも夏休み前には決着をつけることだね」
「ああ。できるだけ早くに……頑張るよ」



毛利夫妻は、蘭を着のみ着のままで連れて行った。
荷物を取りに来るつもりはないだろう。
携帯電話も何もかも、置いて行かれてしまっている。

おそらく学校も転校させ、蘭が外部と連絡が取れないようにするだろう。

小五郎と英理はもちろん蘭のことを大切に思っている。
ただ、長い虜囚生活で、人間不信が強くなっており、「蘭を守り安心して幸せに生活してもらうために」良かれと、蘭の自由を奪ってしまうのだ。


毛利夫妻の新しい家は公表されていないが、そこを調べるのは、優作や新一にとって造作もないことだった。
新一は、焦る気持ちを宥めながら、蘭とコンタクトを取る方法を考えていた。


(12)に続く


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毛利夫妻が、帰ってきました。
それ自体は喜ばしいことなのですが、蘭ちゃんが連れて行かれてしまいました。

2人の態度については、優作さんの言うように、まともな精神状態ではないためということで、ご容赦ください。


2,016年4月10日脱稿


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