Better Development



byドミ



(4)



「ドライブって、どこに行くの?」

わたしが新一にメールで尋ねると。

「内緒。帰りは遅くなるから、おっちゃんにはちゃんと言っておけよ」

とだけ、返って来た。


新一は、どういう積りなんだろう?
何を考えて、誘ったのかな?

ひとつだけ、考え付く事は、「エッチ以外してない」とわたしが詰ったのに対して、じゃあ、ドライブデートを、って考えてくれたんだろうと、思う。
でも、梅雨入りしたばかりの蒸し暑い夜に、ドライブって・・・しかも遠方って・・・どこに行く気かしら?
天気予報では、土曜日の夜は、何とか晴れそうな感じだけれど。

どこに行くか明かさないって事は、きっと新一、サプライズを狙ってるんだろうから、わたしは大人しく待つ事にした。
そのサプライズが、たとえわたしにとって「外し」であったとしても、決して怒ったり詰ったりしないようにと、わたしは自分を戒める。
新一が、わたしの為に頭を絞って、エッチ以外のデートを考えてくれたんだろうから。


新一の声を聞かないままで、5日。
そろそろ、かなり辛くなって来ている。

わたしから電話をかけてみても、繋がらないし。
新一からも時々着信があっているから、お互いに、間が悪いようだ。


わたしは既に、ドライブなんかどうでも良かった。
ただ、その日には新一に会える、それを心待ちにする。

事件が起きたら、ドタキャンになる可能性もあるが。
それは、祈るしかない。

わたしは、探偵をやっている新一を誇りに思っているから、たとえ寂しくても、新一に「行くな」とは、絶対に言えないもの。


   ☆☆☆


そして、土曜日。
夕方4時に、家の前に出ると。
新一が既に車を止めて、待っていた。

新一は、大学に上がる前の春休み、正式に運転免許を取得していた。(それ以前に、運転技術はあったらしいけどね)
今、新一が運転している車は、小父様名義のもので。
新一が運転免許を取得してから、改めて整備してナンバープレートをつけ、新一に貸し出しているのだそうだ。

高い保険料(新一がまだ若いから)とか、整備費用とか、そういったものは、新一が何とか捻出しているらしい。
高校を卒業してからの新一は、事件解決をした際には、それなりの謝礼を貰うようになっている。

わたしは、助手席に乗り込んだ。
久し振りに見る新一の姿に、涙が出そうになる。


「じゃ、行こうか」
「うん」


新一の運転は、普段は無茶する事も滅多になく、上手だと思う。
助手席に乗っていて、怖い思いをした事は、殆どない。
・・・この前は、ちょっとあれだったけど。
あれは、新一を動揺させたわたしが、悪いんだよね。

そう、滅多に動揺する事がない新一が、思わず運転を誤りそうになった位に、動揺したって事は。
わたしの言葉が、新一には大きな影響力があるって、そういう事だったのに。
そんな事にも気付かなかったわたしって・・・。
ちょっとどころじゃなく、自己嫌悪。


「蘭。何か、聞きたい曲とか、あっか?」
「え?うーん・・・」
「もしあれだったら、テレビ見てても良いぜ。電波状況が悪い時は、DVDもあるし」
「・・・・・・」

いつの間にか、車には、小さなテレビまでついている。
新一が運転中に見る訳じゃないだろうから、もしかしてこれも、わたしの為だったりするのかな?
DVDは、多分新一の趣味ではないが、わたしが見て面白いと思った映画なんかが揃っていた。
わたしは、その一つを手に取り、再生を始めた。

車は、高速のインターへと、入って行った。


   ☆☆☆


ふっと気づくと、日はもう大分傾いていて、周りの景色は山の中で、DVD映画は、もう最終場面近くになっていた。

「え!?新一、わたし、寝てた!?」
「ああ。ぐっすりとな」
「ご、ごめんなさい!」

新一に運転させている横で、すっかり眠り込んでたなんて。
ああ、わたしのバカバカバカ!

「新一は?眠気が来たりしなかった?」

助手席の者には、運転手が睡魔に襲われないように、対応する役目があるってのに。

「・・・眠気なんか、吹っ飛んじまったよ。隣で蘭に、呑気な顔して眠られてっとな」

新一は前を見ながら、冗談めかして言うが。
その目は笑っていない。
やっぱり、怒ってるかな?

「ほ、ホントに、ごめん・・・」

突然、新一が車を停めた。
ハンドルに突っ伏して、わたしの方を見る。

「オメー。ホント、分かってねえのな」
「えっ・・・?」
「オレは、別にオメーに怒ってる訳じゃねえ。ただ・・・」
「ただ?」
「男は、色々あんだよ」
「えー!?何よ、それー!?」

気になったけれど、新一はその先を、言ってはくれなかった。


「ここで、食事をして行こう」

新一が、小さな店の前で、車を停めた。
山菜を中心とした料理店のようだ。
多分、事前にめぼしいところを調べていたのだろう。


「でも、新一。閉店の札がかかってるよ?」

先に車を降りたわたしが、入口にかかっている札を見て、言った。
店内に灯りはついているようだが、駐車スペースに他の車はないし、人の気配が感じられない。

「へっ!?おかしいな、この前は、土曜日は開いてるって聞いたのに」

あ。
やっぱり新一、今日の為に、下見に来てたんだ。


新一が、玄関のドアを開けると、鍵もかかってなくて、簡単に開いた。
背筋がぞくぞくして、嫌な予感が走る。


生臭い臭いが鼻をついた。
これは、血の臭い。


「キャアアアアアッ!!」


店の床に、血を流して倒れている人が、いた。


新一が倒れている人に素早く駆け寄って、様子を見た。
そして、わたしを見て、首を横に振った。

まず優先すべきは、命を救う事だが。
もはや、とっくに手遅れなのは、明らかだった。

「蘭。警察に連絡を」
「わかった」

わたしは、探偵・毛利小五郎の娘で、探偵・工藤新一の恋人。
気持ちを奮い立たせて、すぐに、警察に連絡を取る。

案の定、携帯は圏外だったので、店にある電話を使わせて貰って、110番する。
勿論、わたしの指紋をつけないように、新一の車に常備してある手袋を使った。

もしも、固定電話すらもなかった場合は、新一の車には実は無線機も置いてあったりする。
新一は、いつの間にか、アマチュア無線技士の資格までも、持っていた。
わたしには使う資格はないが、緊急の時は例外的に使用可なのだと、新一が言っていた。

わたしが、電話連絡をしている間に、新一は、何一つ痕跡を見逃すまいと、細かな観察を行っていた。


「警察だ!君達は包囲されている!」

サイレンを鳴らしてパトカーが到着したのは良いが、突然に拡声器で叫ばれて、わたしは面喰ってしまった。

「山村刑事!」
「おや、君は毛利さんとこの?って事は、毛利探偵がここに!?」
「え、いえ、今日は・・・」

「こんにちは。警察の方ですね?」

新一ったら、山村刑事と、本当は初対面じゃないクセに、しれしれと挨拶をした。
でも、新一の姿で会うのは、初めてだものね。

「ねえ新一、山村刑事がおいでと言う事は、ここは群馬県?」
「蘭。何言って・・・あ、そうか、蘭は眠ってたから、道路標識を見てないんだな」
「ききき、貴様は何者だ!?事件現場を素人が荒らすんじゃない!」

山村刑事が、新一を指差して叫んだ。
新一はさすがに少しむっとした顔になる。

「工藤新一、探偵ですよ。山村ミサヲ刑事?」
「君、君、どうして僕のフルネームを知っちゃってたりする訳?あ、そうか、僕の名声は、遠く県外まで、鳴り響いちゃってる訳だ」

山村刑事が、顎を押さえてウンウンと頷いた。

「あ、あの!新一は・・・工藤君は、父に負けない名探偵なんです!」

わたしは、新一の腕をひっつかんで、必死に言った。
お父さんは、残念ながら、コナン君が居なくなると、以前ほどの名探偵ではなくなってしまったが。(その秘密を知った時には、さすがにわたしは、新一に一発、お見舞いしてしまった)
でも、その時に色々経験を積んだ所為か、お父さんも今はそこそこ、頼りになる探偵になっている。

この山村刑事は、今でも、お父さんの事を、ものすごい名探偵と信じてくれているフシがあるので、ここはもう、「父に負けない探偵」と言うのが、一番効果的だろう。
で、すったもんだの末、何とか、新一が事件捜査をする事に、山村刑事の了承を得て、捜査が再開された。

「ところで・・・毛利探偵は、今回はおいでじゃない・・・という事は、毛利探偵の娘さんは、今回、どうしてここに?しかも、工藤探偵と2人で?」

山村刑事が、事件と関係ない事を突っ込んで来る。

「あ!僕、分かっちゃいましたよ!工藤探偵が依頼を受けて、蘭さんが助手として同行しちゃってたり、する訳ですね?」

ずる。
どこでどうして、そういう発想になるんだろう?

「デート、ですよ。山村刑事」

捜査をしている筈の新一が、こちらを見ないままに、言った。

「なるほど、事件の鍵は、デート・・・っと」

山村刑事が、メモ帳に書き込む。
本当に、この人、大丈夫だろうか。

「そうじゃなくて。毛利蘭さんは、オレの恋人なんです。で、今夜はデートでした。食事しようとこの店に立ち寄ったら、店休日でもないのに、休業の札がかかっていて。中に入ると、店のご主人が、息絶えて倒れていたのを見つけたと、いう訳です」

新一が淡々とした口調ながら、ハッキリ「デート」と言ってくれた事で、わたしは何だか嬉しくなった。

「ほほう、という事は、工藤探偵は、毛利探偵の婿殿になっちゃったりする訳ですね」

むむむ、婿っ!?
山村刑事って、何でこんなぶっ飛んだ発想になるんだろうと、顔が熱くなりながら、わたしは考えていたが。

振り返った新一は、山村刑事に笑顔を向けると、言った。

「ハイ。そういう事です」

わたしは、息を呑んだ。
この場凌ぎの誤魔化しだとしても、新一が、そんな風に言ってくれるなんて、思ってなくて。

『ど、どうしよう・・・何か、泣きそう・・・』


新一の活躍で。(と、わたしは確信している)
事件は、スピード解決を見た。

それでも、新一が突き止めた犯人が、群馬県警に連れられて行った時には、もう既に、時刻は10時を回っていた。

パトカーを見送った後、新一は、車に背中をもたれかけさせ、顔を覆って言った。

「蘭・・・済まねえ・・・こんな事になっちまって」
「ううん、新一。休業の札を信じてそのまま行ってしまって、後で殺人があった事を知ったりしたら、絶対、新一もわたしも、後悔する事になったと思うし。
新一は、探偵なんだもの。わたしは、その探偵の恋人だもの。新一のお陰で、事件がスピード解決したんだから、わたしは誇りに思ってるよ」

新一は、わたしの言葉には答えずに、腕時計を見て、溜息をついた。
もしかしたら、新一がわたしを連れて行こうとしていた場所は、時刻と関係があるのだろうか?

「・・・東京に帰るのは、完全に日付が変わった後になるな・・・蘭、連絡、入れておけよ」
「う、うん・・・連絡は、さっきもう、したから」

家に電話した時、お父さんは色々悪態をついていたが、本気ではないのは分かった。
お父さんだって、探偵。
事件が起これば、それを解決させるのが先だって事位、分かっているのだから。

新一が、もう一回溜息をついたが。
ふと、顔を上げた。

「待てよ。もしかしたら、2回目の・・・」
「えっ!?」
「蘭。どうせ遅くなったついでだ、行くぞ」
「う、うん」

新一は突然、何を思いついたのだろう?
わたしが助手席に収まると、新一は、夜の山道を、かなりのスピードで運転し始めた。

「し、新一!」
「大丈夫。事故はぜってー、起こさねえからよ!」

さすがに、このような道で、こんな夜中に、人が飛び出して来てはねるなんて可能性は、殆どないと思うけれど。
曲がりくねった道を、かなりのスピードで走る事も、かなり怖い。
でも新一は、そこら辺はさすがで、決してラインからはみ出す事なく、車を走らせる。

街灯もない、人家も殆ど見られない、暗い山道を走って行く。
高い木々の闇に、何かが潜んでいそうで、わたしはビクビクしてしまう。

でも、1人じゃない。
新一が隣に居る。
それが、どれ程に、心強い事か。


ようやく、新一が車を停車させた。
良く見ると、ちゃんと駐車場になっているのだが、今、停まっている車は、殆どなかった。

「ここ?」

新一に促されて、車を降りながら、わたしは心細くて思わず我が身をかきいだいた。

「いや。車は直接、乗り入れられねえから。・・・さすがに、この時間に来てる人も、殆ど居ねえみてえだな」

新一に促されて、わたしは靴を履き換えた。
実はわたしのスポーツシューズも、新一の家に置いてあったりするのだ。
今日、新一はそれを車に載せてくれていたみたい。

新一の手には、懐中電灯が握られていて。
その、ほのかな灯りを頼りに、進んで行く。

新一が手を差し出してくれたので、わたしはその手をしっかりと握った。
そして、山道を、5分程も歩いただろうか?


ほのかに見えるものがあって、わたしは目を凝らす。
新一が、懐中電灯の明かりを消した。


黄色の小さな光が、点滅している。
あちらでも、こちらでも。

新一に手を引かれて、おっかなびっくり、歩を進めると。


「うわあ・・・!」


言葉もない。
小川があって、草叢があって、木々の間に、草の上に、沢山の明滅している灯りがあった。

蛍の群生である。


今迄に、蛍を見た事は、あったけれど。
ここまで、沢山の蛍が飛び交う様は、初めて見た。

そうか、新一は、これをわたしに見せようとしてくれてたんだ。


「新一・・・ありがとう・・・すごく綺麗・・・」

新一が、わたしの方を見て、ホッとしたような笑顔になるのが、蛍の僅かな光に浮かび上がる。

「良かった・・・蘭に喜んで貰えて」

暫く、手を繋ぎ合って、蛍に見入る。
すぐ傍を飛んだり、荷物に止まったり。
蛍は人間を全く恐れていないようだ。


「8時前後が、一番ピークなんだけどな。事件が終わってみたら、もう10時過ぎ、こりゃ、完全に間に合わなかったって、思ったんだけど。蛍は、夜3回、飛ぶ時間があるってのを、思い出して」
「ああ。だから新一、2回目って・・・」
「本当は、8時頃の方が、もっと見頃だったんだろうけど・・・」
「ううん、新一。これだって充分、綺麗だよ・・・わたしこんなの、初めて」

わたしが、新一の手をきゅっと握ると、新一もきゅっと握り返してくれる。
嬉しい。すごく、嬉しい。

「・・・前にさ。光彦が、歩美ちゃんと灰原に、蛍を見せようと頑張った事があってさ」
「う・・・うん・・・」
「オレは・・・ああいった、純粋な気持ちを、いつの間にか忘れてたんだなって・・・思ったよ」
「新一・・・」

わたしは、新一をマジマジと見た。
新一は、照れたような表情をしていた。

「でも、光彦君の場合、対象が2人だから、あんまり純粋とも言えないんじゃないの?」
「・・・ああ。まあ・・・まだガキだから・・・」
「子供だから、気持ちが真剣じゃないの?」
「んな事は、ねえよ!オレは、ガキの頃からずっと!」

新一が、わたしを真剣な目で見た。

「あの頃から・・・いや、物心ついた頃から・・・オレにはずっと、オメーだけだった」


わたしは、声も出せなくなって、固まってしまった。
新一が、ふっと笑って、わたしの頭をくしゃっと撫でる。

「・・・そろそろ、帰るか?」
「うん・・・」

考えてみたら、今日は新一と、手を繋いだ位で。
今も、頭をくしゃっとする以上の事は、しようとしなくて。
新一がわたしにあまり触れて来ようとしない事に、わたしは今更ながらに気付いた。


(5)に続く

+++++++++++++++++++++++

<後書き>

何故、突然、蛍?

いや、何でも良かったんですけども。
新一君が頭をひねって、エッチ抜きで蘭ちゃんを喜ばすデート、って事が表現出来ればね。


群馬県には、蛍の名所が沢山あります。と書きながら、残念ながら、私はまだ、蛍を見に行った事はないんですけども。
原作でも、山村刑事が出て来ましたしね。
って事で、場所は「群馬県のどこか」。

超個人的に、この山村刑事は、某Jさんに捧げます(笑)。
要らんって言われたら、どうしよう・・・。


何ゆえ蛍かって言えばね。
このお話を書き始めた頃に、某恋愛相談掲示板にて、とある相談がありまして。

会えばエッチの彼が、体目当てなのかってお悩みだったんですけども。
で、色々文句を言って、別れようと決意してたら、その彼が、何でか蛍を見に連れてってくれたんだという事で。

「いつもエッチだけ」とお悩みのその彼女は、じゃあ、エッチを拒むかと言えば、拒まない。
と言うか、決してエッチが嫌なんじゃない。けれど、彼が求めるものがそれだけ、ってのが空しい。

ま、その詳細をここに載せるのは憚られるのでやりませんが、個人的には、「彼は彼なりに、愛してくれてんじゃないの?」と、感じました。

はい、もう殆ど、このお話の原型になっちゃってます(笑)。
いや、色々な意味で違う部分も多いんですけどね。
そのご相談のケースでは、事が終った彼氏は、背を向けて寝たり、さっさとホテルを引きあげて帰っちゃったりしてますから。

蘭ちゃんを深く愛しちゃってる新一君が、事が済めば背中向けるとか、そういう事はまず有り得ないでしょう。

似たような相談ってのは、多いんですよ。
そして、男性が体目当てなのか、一応ちゃんと愛してくれてるのか、それはもう、ケースバイケースなんですね。
現実世界では、まあ色々ですが。コナン世界では、新一君が蘭ちゃんを深く愛しちゃってる事だけは、紛れもなく譲れない事実です。

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