Better Development




byドミ



(3)


何だか勢いに任せて、酷い事を言ってしまったという後悔と、新一に愛想を尽かされたらどうしようっていう恐怖感とで、悶々として眠れなくて。
1日経っても2日経っても、新一からメールひとつ来ない事で、またズーンと落ち込んでしまった。

新一の声が聞きたい。
顔が見たい。

考えてみれば、新一と一緒に居られるのなら、わたしは、遊園地に行ったり映画を見たりしなくたって、ちっとも構わないのだった。

じゃあ、何が引っ掛かっているのか。
自分でも、この苛立ちの理由が、よく分からない。


「わたしは、ただ・・・」

「ただ」の先が、何なのか。
自分でも分かっていないのだった。



新一と、喧嘩(?)と言うか・・・わたしが一方的に苛立ちをぶつけてから、3日が過ぎた時。
大阪の和葉ちゃんから、電話があった。


『もしもし、蘭ちゃん?』
「和葉ちゃん、久し振りね。そっちはどう?」
『ん〜、まあボチボチなんやけどな・・・蘭ちゃん、アンタ・・・工藤君と、何かあってん?』

和葉ちゃんがやけに真剣な声で、聞いて来て、わたしは呆然となった。

「ええっ!?な、何でっ!?」
『あんな。平次に、工藤君から電話がかかって来てん。ちょうどアタシが平次と一緒におる時で。平次も、アタシには詳しい事言うてくれへんのやけど。工藤君、蘭ちゃんの事で、大分悩んでる風やったから・・・』

わたしは息を呑んだ。
新一が、男性の友人に、わたしとの事で相談をするってのも、とても考えられない事だったし。
ここ3日程音沙汰がないから、この前の事は新一にとってどうでも良い事だったのかと思っていたら、どうやら新一は新一で、色々と考えてくれたものらしい。


『元々は、別の用があってかけて来たらしいんや。で、最初は平次、事件の事とか、推理の事とか、喋ってん。けど、だんだん話の内容変わって来て。女は面倒臭いもんなんや、エッチ抜きのデートをせな機嫌損ねるでとか、女は肝心の事は何も言わんと溜め込むもんなんや、姉ちゃんは典型やろ、爆発したら恐ろしいでとか・・・』
「それって・・・いつの事?」
『おとつい、夜の12時回ったところやったかなあ』

おととい。
という事は、わたしと会った「次の日」って事よね。
考えている内に、わたしは、ちょっと怖い事に思い当って、恐る恐る聞いた。

「あ、あの・・・和葉ちゃん。夜の12時過ぎって事は・・・まさかその・・・」
『・・・蘭ちゃん、察しがええなあ。せや、平次はアタシとベッドインしてん。アタシは脱がされて、平次も上半身裸で、これからやっちゅう時に、電話があってな。平次、送信者の名前見て、嬉々として電話に出てん。工藤、どないした、言うてな』
「か・・・和葉ちゃん、ゴメン!」

わたしは息を呑んで、思わず謝罪の言葉を口にしていた。
和葉ちゃんが電話の向こうでコロコロ笑う。

『蘭ちゃんが気にする事あらへんよ、いくら工藤君かて、透視が出来る訳やあらへんのやし、そないな時に、工藤君からの電話を受けたんは、平次の責任やもん』
「で、でも・・・そんな時間に・・・」
『蘭ちゃん。安心したで。工藤君が電話して来た事で、蘭ちゃんが謝る言うのんは、ちゃんと夫婦しとるって事や』
「和葉ちゃん・・・」
『何があったかは、知らへんけど。蘭ちゃん、男の人は、何ぼ人より観察能力ある筈の探偵かて、言わんと分かってくれへんで?』
「え・・・?」
『ここに行きたい、これが見たい、連れてってえな、そないな事は、ちゃんと口で言うて伝えんと、絶対察してくれへんよ。口で言って要求せな、そないな事、必要あらへん思ってまうみたいやで?そこを察してくれへんから、愛が足らんいう事とは違うんや』
「和葉ちゃん達は?やっぱり、そうなの?」
『アタシは、平次に遠慮せんと言うように、頑張ってるで?けど、平次のいけずとは、よう喧嘩になってまうけどな。蘭ちゃんは、溜め込んで我慢してまう方やろ?なんぼ人より察しのええ工藤君でも、それでは通じへんよ?』

『おとついは結局、大喧嘩で、エッチはオアズケやったわ、あはは』

和葉ちゃんは、最後にあっけらかんとそう言って笑い、電話を切った。
高校の頃、新一がコナン君だった時に知り合った、服部君と和葉ちゃんのカップルは、新一とわたしに似ている部分もあるけれど、異なる部分も多い。
彼氏が探偵で、幼馴染同士のカップルという意味では、よく似てるんだけど。
和葉ちゃんは、感情表現がわたしよりストレートだ。

服部君と和葉ちゃんが一線を越えたのは、高校を卒業する頃だったらしい。
和葉ちゃんは、むしろその後の方が、言いたい事を服部君に率直にぶつけ、喧嘩も多いけど、後腐れのない、良い関係を築いているようだ。

わたしは・・・新一と恋人同士になって、新一と深い関係になって、その後は。
何だか、前にも増して、言いたい事が言えないようになった。

でもそれは、我慢強いとか、そういうんじゃなくて。
きっと、新一に嫌われたくないって、自己保身・・・。

今も、本当は、わたしから電話をしたい、声を聞きたいって思いながら。
新一が怒っていたらどうしようって、もし拒絶されたらどうしようって、それが怖い。


そうだね。
きっと新一は、「最近エッチしかしない」事で、わたしが不安に思ってるなんて、夢にも思ってなかったんだろう。
映画は、断られたけど。
わたしも、「どうしてもその映画が見たい」って訳じゃなかったし、考えてみれば、新一にも「話題の映画だから見てみたい」って言ったんだもの。
「どうしても見たいの!」と真剣にお願いしていないものを、乗り気になってくれなくても、仕方ないよね?


   ☆☆☆


「もしもし?あ、佐藤刑事。どうなさったんですか?」

和葉ちゃんとの電話が終わった後に、突然、思いがけない人から電話があって。
わたしは、驚いた。

『蘭さん、工藤君と、何かあった?』
「え!?新一、佐藤刑事に何か言ったんですか!?」

わたしは思わず、大きな声を上げてしまった。

『・・・やっぱり、蘭さんと何かあったのね』
「・・・え?ど、どういう事です?」
『うん、まあ、彼、推理力はさすがに相変わらずで、冴えてるわ。今日も、事件はスピード解決。だから、他の人は気付いてないみたいだけど。彼、時々、携帯をチェックしては、溜め息をついてたから。私がどうかしたのか聞いても、笑って何でもありませんって答えるんだけどね』

新一が?
携帯を見て、溜め息を?

わたしが、新一からの着信がないか、携帯をチェックしては溜息をつくのと、同じ事を、新一もやっていたと・・・言うのだろうか?

佐藤刑事との電話を切った後、わたしは思い切って、新一に電話をかけてみた。
けれど、間が悪いってあるものだ。

『おかけになった電話は、電波の届かない地域におられるか・・・』

無機質な電子音のアナウンスが、流れる。
佐藤刑事の話からすれば、新一が取り組んでいた事件は、もう解決した筈。
大学の講義は、とっくに終わっている時刻だし。
今は、もしかして、車の運転中だろうか?


後日、この時やっぱり新一は、ある目的で車の運転をしていた事が分かったが。
その時のわたしは、間の悪さを嘆いただけだった。


   ☆☆☆


「蘭、ちょっとお茶して行こうよ」

園子に誘われ、真紀と、もう一人の学友・村木明日菜と一緒に、ケーキが美味しいと評判の喫茶店に向かった。


で、その・・・何故か、どういう訳か、まだ宵の口、お酒も入っていない時間に、女同士の「真面目な」猥談に、なってしまったのよね・・・。


「やっぱさー、大きさも形も、色々だよねえ」
「あたし最初、かぶっている人とそうじゃない人がいるって事も、知らなくてさあ。栄治のを初めて見た時、今までの彼と形が違うって、ビックリしちゃって・・・」

か、勘弁してよお。
わたし、わたし、新一のアレがどういう形状かなんて、そんな話、出来ないよお!

「蘭は、そういう経験って、ない?」
「え・・・?」

話を振られて、わたしは今飲んでいる紅茶を噴きそうになった。

「そそそ、そういう経験って!?」
「前の男と違ってて、ビックリしたって事」
「え!?そ、そんな事、ある訳ないじゃない!わたし、新一以外の人となんて、した事ないもん!」

思わず声が大きくなりそうになって、わたしは慌てて口を押えた。

「あら、蘭って、今の彼氏が初めての男?」
「んな、勿体ない」

何が勿体ないのよ。
今も昔もこれからも、新一以外の男の人となんか、一切そんな事する気はないわよ!

「あたしの初めては、好奇心でやっちゃったんだよねえ。あれはちょっと後悔だった」
「うん、やっぱ、好きな人との方が、いい思い出になるよね。わたしの場合、好きだって迫られて、つい付き合っちゃった人に、強引にされちゃってさあ」
「蘭は、今の彼氏が初めての人って事は、初体験は、好きな相手だったって事よね?」

今迄、優越感たっぷりに話していた筈の2人の目に、羨望の色が見えて、わたしはハッとした。

「う、うん・・・訳分かんなくて、死ぬほど痛くて、でも・・・」

幸せだった。
すごくすごく、幸せだった。

新一だったから。
誰よりも大好きな新一だったから。

わたしの全てを見せて、全てに触れられて、わたしの奥深くに新一が入って来て、初めてひとつになったあの日の事を。
わたしは、絶対に忘れない。


「やっぱり、エッチは好きな男とじゃなきゃ、気持ち良くないわよねえ」

漂漂とそう言って、アイスコーヒーを啜る園子。

真紀も明日菜も、尊敬の眼差しで大人発言をする園子を見ていたが。
わたしは知っている。
園子は京極さんと、まだキス止まり。つまり、バージンなのだ。

こういった話題の時、顔色も変えずに適度に話を合わせられる園子は、なかなかに大物だと思う。


「蘭って、彼氏の工藤君とは、高校の頃からの付き合いって言ってなかったっけ?」
「う、うん・・・付き合って丸3年、かな」

幼馴染としての付き合いは、生まれた時からだけど。
新一と、「彼カノ」としてのお付き合いは、そろそろ3年になろうとしている。


「でもさ、そんなに長い付き合いだったら、飽きが来て、エッチもマンネリ化したり、おざなりになったり、回数減ったりするよね?」
「え・・・?」

よく分からないけど。
そういうもんなの?

マンネリ化?
は、しているのかも知れない。毎回、別に変わり映えはしてないと思うし。

でも、おざなりにはなってないと、思う、たぶん。
むしろ、以前より濃厚になってるような?

回数は・・・会える機会が減ったから、多少減ったかも知れない。
でも、会った時は必ずエッチだし。一晩一緒に居る時は、その・・・絶対、1回じゃ終わらないし。


「よ、よく、分かんない」
「うーん、分からないって事はさ。羨ましいなあ。蘭ってやっぱ、彼氏に大切にされてるよね」
「え・・・?」

真紀の言葉に、明日菜も頷いたので、わたしは混乱する。

「分からないって事は、基本、変わってないって事だって思うよ」

そうかな。
そうかも知れない。

「元彼なんかさあ、冷めて来たら、前戯殆どなしでこっちは濡れてないのに入れて来ようとしたり、終わったらサッサと背中向けて寝ちゃったり。ま、それで別れたんだけどね」
「男の人は、事が終わった後は、精力使い果たすから素気なくなるのが普通だって言うけど、あんまり極端だとやっぱり悲しいよね」
「え?終わった後って、素気なくなるのが普通なの?」

わたしは思わず、聞いてしまっていた。
真紀と明日菜は、目を丸くしてわたしを見る。

「蘭とこの彼、終わった後って、どうしてるの?」


ど、どうって。
抱き寄せられて。
顔中に、口付けられて。

そうこうしている内に、次のラウンドに突入する事も多いけど。

朝迄、あるいは、わたしが帰る迄、彼の腕はわたしを捉えて、離さない。


「イイなあ!」

真紀と明日菜は、2人揃って叫んだ。

「愛されてるよねえ。それじゃ、他に目が向かない訳だ」


わたしは驚く。
恋人同士のエッチでは、そういう事が当たり前なんだろうって、いつの間にか考えていた事が、全部当たり前じゃなくって。

新一が、わたしと夜を過ごす時は。
すごく大切に優しく、わたしを扱ってくれていたんだ。


「まあ、新一君が蘭の事溺愛してるのって、昔から、傍目には見え見えだったわよ。もうホント、脇目も振らず、蘭一直線って感じ」
「そっか、園子は、2人が付き合いだした頃の事、知ってるんだ」
「小さい頃からよ。新一君って、ずっと蘭に片想いしてたんだよね。傍から見たら、涙ぐましい日々だったわあ」
「あー、成程。長い片想いが実ってやっと彼女に出来た蘭だから、そりゃ、大切にする訳だよね」

園子達に口々に言われて、すごく恥ずかしかったけど・・・嬉しかった。
新一が、子供の頃からわたしを想ってくれてたってのは、告白の時に、新一の口から聞いた。
新一はずっと変わらず、優しかったのに。
あの頃の気持ちを忘れていたのは、わたしの方だった・・・。


『体目当てだなんて・・・すごく、失礼な事、考えてたんだ、わたしって』


わたしは、自己嫌悪に陥りながら、家路についた。
あの猥談には、最初はビックリしたけど、でも、結果的には、感謝よね。
新一の事が、今まで以上に分かったんだから。


新一に、電話をかけよう。
謝りたいし、それに・・・声が聞きたい。


家に帰りついた後、わたしは、メールが届いているのに気付いた。
土曜日の夕方、時間が取れるなら、ドライブに行かないかという、新一のお誘いメールだった。


(4)に続く


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<後書き>

実はこれ。
第2話の後書きで書いていた、会長との約束の「後のフォロー」話、だったりします。

当初は、蘭ちゃんが誤解したまま、次の話に繋がる予定だったんですが。
さすがにそれだとあんまりかなと、思いまして。

各方面との会話で蘭ちゃんの誤解は一応解け、「会えばエッチばかりの新一君だけど、蘭ちゃんの事、ちゃんと愛してるんだ」って事だけは、蘭ちゃんにも理解して頂きました。
平和のフォロー話は特に入れてませんが、彼らもいつもの痴話喧嘩で、すぐに仲直りしてます(笑)。

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