あなたしか見えない




byドミ



(8)想いのすれ違い



夏休み後半、やや小休止をしていた新一の書斎での作業は、再び深夜に及ぶようになった。
秋も深まる頃には、それこそいつ寝ているのか分からない位で、新一の容貌すら変わっており、蘭はいささか心配であった。

そして、10月がもう終わろうとしている日曜日に。
蘭は、新一がリビングの陽だまりの中でうたた寝をしているのを見つけた。

「もう!こんなとこで寝たら、風邪引くでしょ!?」

蘭がそう言って新一に毛布をかぶせようとすると、新一は目を開け、ふと悪戯っぽく微笑み、蘭の腕を掴んで引き寄せた。
蘭はあっという間にソファーに横たえられ、新一がその上にのしかかる。

「あっためてもらうなら、こっちのが良いな」
「し、新一・・・?」

新一の口付けに、蘭はたちまち酔わされてしまう。
そしてそのまま、流されるように快楽に溺れて行く。


「んん、ああ・・・ああんん・・・しんいちぃ・・・」

秋の日差しの中で。
リビングのソファーの上で。

蘭はあられもない格好をして、甘い声を上げて体をくねらせていた。

新一の求めは、執拗で、貪欲で。
蘭はこのひと時、新一に激しく愛されているような錯覚に酔う。

新一に抱かれている時は、蘭は大胆に奔放になる。
何もかもを忘れ、お互いの立場を忘れ、年齢差を忘れ、ただの「男と女」になって。



「蘭って、結構エッチだよな・・・」

事が終わり、新一が蘭を背後から抱きしめてその乳房をもてあそぶ様に撫でながら、何気なく言った一言に、蘭は冷水を浴びせられたような気持ちになった。

蘭が乱れるのは、他ならぬ新一に抱かれているからで。
他の男相手には、決してそうならない事を、経験はなくとも蘭は確信している。

けれど、それは言えない。
口に出す訳にはいかない。

幸い蘭は、後ろから新一に抱きしめられるような形だったので、その表情は新一からは見えない筈だった。
1度ぎゅっと目を瞑り、自分の気持ちをなだめた後、蘭は口を開いた。

「誰かさんが、経験なかった割に意外とテクニシャンのようだからね」

何気なく、冗談ぽく言うのに成功しただろうかと思いながら、蘭はそう返した。

新一の手の動きが止まり・・・蘭は背後から強く抱きしめられた。

新一が蘭の耳元で、低い真剣な声で言った。

「なあ、蘭。蘭はまだ・・・恋人になれない男の事が、好きなのか?」

蘭は息を呑んだ後、呼吸を整えて答えた。

「ええ、そうね・・・きっと、この先もずっと・・・気持ちが変わる事はないと、思う・・・」

では新一は、初めて蘭を抱いた後に蘭が言った言い訳を、ずっと覚えていてくれたのかと思い、蘭は苦く甘い気持ちを覚えていた。

それは新一、あなたの事よ、そう言いたいけれど、言えない。



「蘭。そいつと結婚できなくても、いつか結婚はしたいと、思ってるよな?」
「・・・まあ、そうね。機会があれば。私、エッチだし」

蘭がちょっと皮肉っぽくそう言うと、新一が蘭を抱く手に更に力を込めた。

続いて新一が言った言葉に、蘭は驚いた。

「なら、オレと結婚しなよ」

「えっ・・・!?」

蘭が思わず新一の方を向く。
新一は真剣な瞳で蘭を見詰めていた。

「責任を感じる必要はないって、前に言った筈よ?」
「責任なんかじゃねえさ。けど、オレ達ってエッチの相性も良いみてえだし、結婚すりゃお互い相手探しに苦労する事もねえだろ?やっぱ相手が誰でも良いって訳には行かねえんだしよ。それに実際、今のオレ達の生活って、結婚生活と殆ど一緒じゃん?蘭が1番好きな男と一緒になれねえんだったらさ、オレで妥協しなよ」

蘭の心が震える。
思わず、新一に縋り付きそうになる。

それを強いて押し留めて、蘭は言った。

「新一、気持ちはありがたいけど、止めておきなさいよ。これから誰かを好きになった時に、きっと後悔するよ」
「誰かを好きになる事なんか、ない。オレが1番好きな女は、蘭だから」

思いがけない新一の言葉に、蘭は涙が溢れそうになる。

「新一・・・新一は・・・まだ、恋をした事がないだけよ・・・私は新一の身近に居た、身内のような姉のような存在だったから・・・だから今は私の事が1番かも知れない・・・けど、今から恋をすれば・・・」

蘭がようやく言葉を紡ぎ出すと、新一は真剣な瞳で頭を振った。

「違う。オレは・・・姉だったら決して抱きたいなんて思ったりしねえよ」
「えっ・・・?」
「蘭はその・・・襲われた事もあるから男の欲望が怖いだろうし、オレは蘭が弟のように思って可愛がってくれてるし。蘭の信頼壊しちまって今までの関係まで壊れちまうと困るから、そんな気持ち、ぜってー表に出さねえように抑えてただけで。オレは・・・本当は、中学生の頃から、蘭を・・・蘭だけを、抱きてえって思ってた・・・」

蘭は、驚きに目を見開く。
新一に抱いて欲しいと、そういう欲望を持っていたのは、自分の方だけだと思っていたから。

「ごめん・・・呆れるよな、こんな話・・・」

新一が目を伏せてそう言ったので、蘭は慌てて首を横に振って言った。

「ううん、そんな事ないわ。私・・・ごめん、気付かなくて」
「嫌だって思わねえか?」
「嫌なら・・・新一に抱かれたりしない」

蘭はキッパリとそう言った。
新一がまっすぐに蘭を見詰める。その瞳に、吸い込まれそうになる。
蘭は今まで分からなかった、新一の眼の中にある蘭への熱い想いに、今初めて気が付いたのだった。

「蘭にとっての1番がオレでなくても、他の男を想っていても、それでも良いから・・・結婚して欲しい」


蘭は、幸福感で胸が詰まりそうになった。
でも、それでも、蘭はそこで自分の気持ちを押しとどめた。

「ねえ、新一。結婚って生活なのよ?新一は、一応あと数ヶ月で親の許可さえあれば法律上は結婚できる年になるって言っても、ご両親の許可も貰ってないでしょ?それに、まだ高校生なのに、どうやって生計を立てるつもり?」
「親は、説得するよ。きっと分かってくれる。それに、生活は・・・高校を辞めて、働く。最初は不自由かけると思うけど」


蘭は、嬉しさと辛さのあまり、表情を保っていられなくて、新一から顔を背けた。

生活面では、確かに新一だったら、どうにかして生計を立てられるのかも知れない。探偵としての名声と実績もあるし、彼の頭脳なら他の方法で収入を得る事も可能だろう。

しかし、日本の最高峰の・・・いや、世界のトップレベルの大学でも難なく入れる頭を持つ新一が、蘭の為に高校中退するなど、許される事ではないと蘭は思った。
蘭の存在が、新一の輝かしい未来を奪ってしまうなど、到底耐えられる事ではない。



新一の両親は理解のある人達だが、このような事まで許してくれるとはとても思えない。何と言っても、彼らの可愛い息子である新一の、未来を閉ざしてしまう方向の話なのだから。


やはりこのまま自分が傍に居ては、新一が駄目になってしまう、蘭は、ある決意を固めて唇を噛んだ。

そして、蘭は笑顔を作って新一の方を向いた。


「駄目よ、新一。現実はそんな甘いものじゃないわ。私、安易に高校中退するような人のお嫁さんになんかなれない」
「でも、蘭・・・」

蘭は、何かを言い募ろうとする新一の唇に指を当てて、新一の言葉を遮った。

「新一。私、出来れば30前に結婚して子供を産みたいって気持ちはあるけど、別に当てがある訳じゃないから。新一が大学を卒業して、その時もまだ新一の気持ちが変わらなくて、私がまだ売れ残ってたら、迎えに来て。待ってるから」

新一の瞳が揺れ、目を伏せた。
いつも自信に溢れて前を見詰めている新一には、滅多に見られない表情だった。
蘭はそれに胸を痛めながら、新一の為にと心を鬼にして歯を食いしばる。

「ちっとも当てになんねえ約束だな・・・」
「そう?そんな事ないわよ」
「だって蘭がその気になれば、嫁の貰い手位いくらでも見つけられるだろ?」
「私だって、貰ってくれさえすりゃ誰でも良いって訳じゃないんだからね。新一より良い男じゃなきゃ、たとえ売れ残っても妥協はしないわ」

暗い声でボソッと呟いた新一に、蘭は殊更に明るい声で返す。
蘭としては、暗に「新一以上の男なぞ世間にそうそう転がっていない=まず、誰か他の男性と結婚する事は有り得ない」という意味を滲ませていたのだが、新一にそれが通じてはいなかった。



新一がソファーの上に起き上がってうな垂れる。
蘭も起き上がった。そして、新一の首に自分の手を回して抱きつき、自分から新一に口付ける。

「蘭・・・?」

蘭は屈み込むと、新一のものを口にくわえて舌でチロチロと刺激した。
先程熱いものを放ったばかりの新一のものが、蘭のその行為ですぐにピンとそそり立つ。

「ら、らん・・・っ!」

あまりの事に呆然としていた新一は、蘭のなすがままにソファーの上に倒れ込んだ。
蘭は新一の上にまたがり、新一のそそり立ったものに自分の秘められた花びらをあてがい、腰を落とした。

「蘭!ちょっと待て、まだゴムが・・・!」

いきなりの蘭の行動に、避妊具を着けそびれた新一が思わず叫ぶ。
しかし蘭が腰を動かし始めると、新一の方も耐えられなくなったように腰を振り始めた。

「んん、はああん・・・しんいち・・・」
「くぅっ・・・はっ・・・らんっ・・・!」


我を忘れてしまった新一であったが、それでも、欲望を放つ瞬間、慌てて蘭の中から自身を抜き出そうとしたようである。
しかし、蘭が上に乗る形になっていたので、それがかなわず、蘭が歓喜の声をあげると同時に、蘭の奥深くに熱いものが放たれた。



暫く2人は重なったまま、荒い息を吐いていた。

新一のものが力を失って蘭の中からずるりと抜ける。
と同時に、新一と蘭の体液が交じり合ったものが、滴り落ちた。

新一は、蘭を引き寄せて、胸に抱き締めた。

「蘭・・・大丈夫なのか?オレ、今、全く避妊出来なかったんだけど」

新一の戸惑った声に、蘭はまたひとつ、嘘を重ねる。

「うん、大丈夫。私今、ピル飲んでるから」
「え!?ホントに!?」

新一が蘭の肩を持って少し離し、驚いた目で顔を覗き込んで訊いて来た。

「うん、実は私の友達が最近立て続けに妊娠して・・・どうやらゴム着けてたけど、避妊に失敗しちゃったらしいのね。だからちょっと心配になっちゃってて」

実は、蘭の友人達がゴム製の避妊具で避妊に失敗したの自体は、本当の話であった。
もっともそれは、着け方が杜撰だったとか、挿入した後途中からはめたとか、誤った使い方が原因ではあったのだけれど。

「ピルの方が、確実だし。それに、・・・ゴム使わない方が気持ち良いでしょ?新一、これから遠慮せず、中で出して構わないからね」

「蘭・・・ピル使い始めたのは、まさか、他にも男が出来たから、とかじゃねえよな・・・?」

新一の言葉に、蘭は悲しくなった。
けれど、新一にそういう疑いを持たせるように仕向けたのは、新一への想いを隠し続けている自分自身だった。

新一の瞳が悲しげに不安げに揺れている。
新一は、蘭の心がとっくに自分のものである事を知らない。
蘭を手に入れたのは、体だけだと思っているのだ。

「・・・いくら何でも、他にも相手が出来たのに、新一の家に居候する程、恥知らずじゃないわ」

蘭はようやくそれだけを言った。
新一はそれで一応納得してくれたらしく、目の光が和らいだ。



蘭は、知らなかった。
この時の新一は、ひとつの区切りが付いた時であり、それに手応えを感じていたからこそ、蘭に再度のプロポーズをした訳なのだが。

新一が蘭を想っていてくれた事を知った幸福感と、蘭が新一の傍に居ては新一を駄目にするという悲壮な思い込みと決意とで、いっぱいいっぱいになってしまった蘭は。
新一の変化に気付いていなかったのである。


その後新一は、深夜に及ぶ作業も滅多になくなり、再び警察の求めに応じて精力的に飛び回るようになっていた。



   ☆☆☆



季節は、移り変わる。
やがて、冬が来て。年末年始には流石に、蘭は親元に帰っていた。

「蘭、せっかく米花町に帰って来たのに、むしろ川崎に居た頃より家に帰って来ないんだから」

母親である英理が、そう愚痴った。

「ごめんね、お母さん。部活の指導とか、テスト問題作りとか、結構色々忙しくて」
「だから、1人暮らしせずに家に帰って来れば良かったのに」
「でも、お母さん達のお邪魔しちゃ、悪いでしょ?」

蘭の言葉に、英理は頬を染めてちょっとむくれた顔をした。
その表情に、蘭は不覚にも、「あ,可愛い」と思ってしまう。

「私としては、邪魔して欲しい位よ。あの宿六と始終2人きりで顔を付き合わせるこっちの身にもなってよ」

蘭の父親・小五郎と英理とは、幼馴染で付き合いが長いのに、いまだに恋人同士のような雰囲気を漂わせている。
お互いに好き過ぎて、男と女であり過ぎて・・・距離感をうまく取れずに、暫く別居していたのだと。
子供の頃には分からなくても、今の蘭には、分かっている。

流石に、小五郎も英理も、お互いある程度の年になって少しは丸くなったせいか、同居してもうまく距離感が取れるようになって、今は喧嘩は日常茶飯事でも何とかうまく暮らしている。

「お母さん。お父さん以外の男性が目に入った事って、なかった?」

英理は真っ赤になり、口をパクパクさせた。
そして、ふうと息を吐く。

「娘にそんな事を訊かれるようになるとはねえ。自分でも何故か分からないわ。あの人より良い男って、周りにたくさん居た筈なのに、私にも何で他の男が目に入らなかったのか、謎なのよねえ」

英理は、蘭の方を真面目な目で見やって、言った。

「ねえ、蘭。あなたは、誰か好きな人が居るのではないの?」
「うん、居るよ」

英理の問いに、素直に言葉が出た。

「好きな人、居るよ。ずっとずっと、好きだったの。ずっと、片思いだって思ってたの」
「蘭・・・?」
「でもね、でもね、お母さん、彼も私の事、想ってくれてたって、それが最近、分かったの」

英理が怪訝そうな目で蘭を見る。
蘭が言葉とは裏腹に、涙を流し始めたからだろう。

「それは・・・良かったじゃない。何故、泣くの?」
「だってお母さん、あの人は私の為に、自分の行く道さえ曲げようとしたんだもん。私が居ちゃ、あの人を駄目にしてしまうの。だから、だから・・・」

英理が手を伸ばし、蘭を抱き寄せた。
蘭は母親の胸で、涙を流す。

英理は蘭の背を撫でながら、尋ねた。

「ねえ、蘭。1つだけ訊くけど・・・お相手は、結婚している男性じゃ、ないわよね?」
「ううん、そんなんじゃない・・・」
「そう・・・人の道に反した恋じゃないのなら、私は応援するわ。あなたの思う通りに、頑張んなさい」
「でも・・・お母さん、彼はまだ・・・あの人の人生は、本当にこれからなの。なのに、私が傍に居たら、足を引っ張ってしまう・・・」



思いもかけず自分の心情を母親に吐露してしまい、泣き疲れて眠ってしまった娘にそっと毛布をかけて、英理はふと気になった事を調べる為に、立ち上がった。

「蘭の好きな相手って、もしや・・・それにアレ、今年は史上最年少の合格者があった筈・・・確かそれって・・・」



   ☆☆☆



蘭が実家から工藤邸に帰って来ると、新一が待ちかねたように蘭を抱こうとした。

「あ、あの・・・ごめん、私あの日になっちゃって・・・」

実家から帰ってくる直前に月のものが始まってしまった蘭は、申し訳なさそうにそう言った。

「は?あの日?」

新一がちょっと訝しげに言った。

「・・・仕方ないじゃない、年末年始で生活が狂ってずれちゃったんだもん。それとも新一、あれだけが目当てな訳?」

蘭はそう言った後、新一の気持ちを知ってしまった為にちょっと意地悪な言い方をしてしまったかと、ちょっと悔やむ。

「いや、そういう訳じゃねえけどよ。蘭が実家に帰っている間、禁欲生活だったから、つい」

そう言いながら、新一は蘭の胸をはだける。

「ちょ、ちょっとっ・・・!」
「胸だけ。下は、触らねえから・・・」

そう言って新一は、蘭の胸に顔を埋め、柔らかな白い肌に舌を這わせる。
その刺激に蘭の胸の頂は立ち上がり、蘭の口から声が漏れる。

「あ・・・んんっ・・・」
「すげ・・・綺麗だ・・・柔らかくて気持ち良い・・・」

硬く立ち上がった蘭の胸の赤い果実を、新一は口に含み、舌先で転がすようにして嘗め回した。
蘭は思わず高い嬌声を上げた。

上半身だけへの執拗な愛撫で、蘭は意識が朦朧となっていた。
新一が微かな声で、しかしはっきりと呟いた。

「蘭。オメーをぜってー、他の奴には渡さねえ」

蘭は半分夢うつつの状態の中、ほろ苦く甘美な思いで、その言葉を聞いていた。


その3日後、蘭の月のものが終わり。
新一は待ってましたとばかり、1晩中蘭を離さず、蘭の奥深くに何度も自身の欲望を放ったのだった。



   ☆☆☆



「もう、蘭の方からもうちょっと遊びに来てくれると思ってたのに!」

園子は、尋ねて来た蘭の顔を見るなり、そう言ってむくれた。

蘭が園子の家を訪れたのは数ヶ月ぶりで、もう早春、梅がほころび始めた頃である。
園子と真との娘・茉里花は、もうつかまり立ちするようになって、目が離せない時期だ。
人見知りもするので、最初蘭を遠くから見ていた。

「ほんと、子供ってあっという間に変わっちゃうんだね〜」

園子も蘭も、お互いに殆ど変わらないように思うのに、茉里花はあっという間に大きくなり姿形も変わり、這ってさえ居なかった赤ん坊だったのが、もうすぐ歩こうかという幼児になっていた。

「蘭。何かあったの?」

園子に尋ねられて、蘭は茉里花を見詰めていた目を園子に向けた。

「え?何で?」
「蘭が茉里花を見る目、前は何だか辛そうだったのに、随分柔らかくなってるから」
「そうかな〜?私、そんなにもの欲しそうだった?」

蘭はそう言いながら、多分そうだったのだろうと考えていた。


新一が・・・たとえ若さ故の一時的な激情であったにしても、蘭を女性として愛してくれていた事を知った、あの日から。
表面上は何も変わらなくても、蘭の中で何かが大きく変わっていた。

遠くから蘭を見ていた茉里花が、ようやく蘭の近くに来てニコリと笑った。
蘭は茉里花に笑顔を返す。

子供とは、何と愛らしい存在なのだろう。
他人の子でさえそうなのだから、愛する人の命を分けて生まれいずる子供は、どんなに愛しく可愛い存在であろうかと、蘭は思う。


園子が紅茶とケーキをトレイに運んで持ってきた。
甘く食欲をそそる香りに・・・蘭は急に胸がむかつき、思わず手で口元を押さえて洗面所に駆け込んだ。


「蘭?アンタ、まさか・・・」

園子が、蘭の背後で顔色を変えて立っていた。



(9)に続く



++++++++++++++++++++


<後書き>


し、しまった〜〜!


何がしまったかと言えば、私、この話で園子ちゃんの娘に「茉里花(まりか)」と名付けてたのをすっかり忘れてて。
別の話で全然違うイメージのオリジナル人物に、同じ名前を使っちゃったんですね〜。
まあ、漢字がひとつ違うんだけど、それでも何だかな〜。


で、いきなり季節がポンポンと飛んで、済みません。
いや、この間にはさしたるエピソードもないんですよ。
単に2人が毎晩いちゃこらしているだけで(爆)。

まあ、話の流れとしては・・・おそらく見え見えだと思うのですが。
蘭ちゃんの最後の吐き気は、まず間違いなく読者様のご想像通りです、はい。
ベタ過ぎですけどね。

あ、蘭ちゃんは別に四六時中「つ○り」で苦しんでいる訳ではありません、時々そういう事もある、という程度で。

そして、蘭ちゃんは実は胃潰瘍だったとか、胃癌だったとかアニサキス(注)だったとか肝臓を患っていたとか白血病だったとかは、一切ありません。

で、まあそこら辺は予定通りの進行なのですが、新一くんがいきなり告白を始めてしまったので、かなり困りました。とても困りました。
でもまあ蘭ちゃんには、ずっと最後まで片思いと思い込んでいるよりもこっちの方が良かったのかな、と思います。
この話の蘭ちゃんが、頑なで思い込みが激しいのは相変わらずですが。
でもまあ何とか無理矢理、予定の範囲に話を収めています。

多分、後2話で、終わります。
ただその2話が、それぞれどの位の長さになるのかは、私にも分かりません。
この後、今まで出番もなかった、おっちゃん&クイーンと新一くんとの対決とか、鰐口先生の気遣いとか、色々控えていますし。
後2話と言いながら、長くなり過ぎたらやはり分割するかも知れませんし。
でも終わりが見えて、かなりホッとしています。


(注)アニサキスとは、青魚などに居る寄生虫で、鯖や鰯を「生」で食べると十二指腸に取り付いたりします。駆除は、胃カメラで行います。
青魚を生で食べる風習がない地域では、まず寄生される事はありません。すみません、ローカルネタで。

戻る時はブラウザの「戻る」で。