あなたしか見えない




byドミ



(5)すれ違う心



月曜日の朝。

「毛利先生、金曜日に具合が悪くなって早引けされたと聞いたけど、大丈夫ですか?もしかして、腰を痛められたのでは?歩き方、変ですし」
「大丈夫です。ちょっとぎっくり腰をやっちゃったみたいですけど、大分良くなりました」

同僚から声をかけられ、蘭は俯き加減でお礼を言いながら、赤くなっていた。

本当は、歩き方が変なのは、昨日までの新一との情事の所為だとわかっていたからである。


初めて結ばれた金曜日の夜から昨日の日曜日まで、奇跡的に事件に邪魔される事もなく、2人はずっと一緒に過ごした。
何も考えず2人だけで、御飯を一緒に作ったり何という事もなくじゃれ合ったり、そして激しく燃えるひと時を過ごしたり・・・まるで新婚生活のようなすごく幸福な時間だった。

時折苦い思いが胸を過ぎるのを感じても、新一の腕の中では、全てを忘れて幸福で居られたのだった。



蘭は、高校生男子の欲望に望みをかけて捨て身で新一に迫り、新一とのひと時を過ごす事に成功した。
家族同然の付き合いであるこんな年上の女に、果たして反応してくれるのか、自信がない賭けだったが、新一は流石に17歳の男子、寝巻で迫った蘭に対して反応した。
新一はそれでも紳士でいようとしたのだが、結局、蘭の望みを容れて蘭を抱いた。



蘭は、新一が「引いて」しまわないようにと、出来る限り自分の羞恥心を抑え、何でもないかのように振舞おうとした。
紳士的に振舞おうとしてくれた新一の事だ、バージンと気付かれれば、最後まで抱かずに途中で止めるかも知れないと蘭は危惧していたのだ。


好きな男性に触れられるという事が、あれ程に自分の快感を呼び覚ますものだとは思っても居なかった。
蘭は、恥ずかしさを抑え、感じるままに声を出るのを止めようとしなかった。
それだけで、あられもない声が自分の口から迸り出るのが、自分でも驚きだった。



家守達に陵辱されそうになった時は恐怖心で濡れていた蘭の秘められた部分が、今度は新一に触れられる快感によって蜜を溢れさせ、しとどに濡れていた。
新一自身が蘭の中に入ってきた時、流石に痛みに苦痛の声が出てしまったが、他の誰でもなく新一にその痛みが与えられたのだと思うと、嬉しかった。
痛み以上の甘い幸福感が、蘭を満たした。

新一は蘭の事を気遣ってとても大切に優しく抱いてくれたし、蘭がバージンだったと知るや、プロポーズまでしてくれた。

その優しさがどんなに嬉しかった事か。
そして、その優しさが・・・どんなに辛かった事か。


「もしかしたら愛されてるかもって・・・勘違いしてしまうじゃない・・・」

新一に愛され、恋人同士になる。
その望みは、想いに気付いた最初の日から、封印してしまった筈だと言うのに、その封印が解けそうになってしまう。



たとえ愛されてなくても、新一に抱かれれば幸せだろうと思っていた。
事実、とても幸せだった。


けれど心の奥で、愛して欲しいという望みが燻っているのを、蘭は自覚していた。


新一にバージンをあげた事、優しく気遣いながら抱いてもらった事、それだけでも充分過ぎるほどの幸福。
これ以上を望んではばちが当たる、と蘭は思っていた。

蘭は殊更にはすっぱな台詞を口にして、新一とは体だけの関係で満足するよう、自分を戒めた。


「・・・まだ高校生の癖に・・・高校卒業したって社会に出て一人前になるの、まだまだ先の癖に・・・こんな、とうが立った女に捕まっちゃいけないわ」

蘭がこれ以上を望むのは、新一の将来を邪魔し、迷惑をかける事、と蘭は思い込んでいた。



  ☆☆☆



家守は、その日登校していなかった。
家守達が部室に閉じ込められていた事も、その前の事件の事も・・・誰も知る様子がない事に、蘭はホッとする。

けれどこの先、何か報復があるのではないかと怖れながら、蘭は日を過ごした。
こちらが悪いとは思わないけれど、権力を笠に着た家守が、自分はともかく新一に何かするのではないかと気が気でななかった。



しかし、それから更に1週間後。


蘭が月曜日に帝丹高校へ出勤すると、思いがけない事実に遭遇した。

家守とその取り巻きの男子達は、すでに帝丹高校に籍がなかった。
けれど不思議な事に、家守の「女」であった美幸や真理は籍が残っていた。

そして、理事の中からも家守の名が抹消されていた。

職員室では、家守理事の不正発覚や、息子の方が麻薬を使っていた事などが、こそこそと囁き交わされていた。



「え?家守君達、麻薬を?」

思わず声を上げた蘭を、職員の1人が手で制した。

「毛利先生、声が大きい。彼はただの麻薬使用者ではなく、密売ルートにも関わっていたらしくて、かなり重い罪になるようですよ。幸いと言うのか、不幸にもと言うのか、もう18歳になってましたしね。宝田達もヤクをやってたらしいが、一応被害者との事で、お咎めなしだとか。但し、ヤクを抜く為に入院中です。この事は、生徒たちにはオフレコで。もっとも、どうせどっかから話は漏れるでしょうがね」
「でも・・・一体誰が告発したんでしょう?」

蘭は、無意識の内に呟いていた。
それを本当に知りたい訳ではない。
ただ、もしやと言う思いが頭を過ぎったのだった。

蘭の頭には、たかだか高校生ではあるが警察にも顔が利き、凶悪犯相手にでも怯む事なく一歩も引かない、ある人物が浮かんでいた。

「毛利先生。世の中には知らない方がいい事が、いくらでもあるんですよ」

そう答えたのは、鰐口だった。

鰐口1人、周囲の職員と違い、どことなく嬉しそうに見える。
蘭は何となく不思議に思ったものの、それ以外に気がかりな事がたくさんあったので、その疑問はすぐに消えてしまったのだった。









そうして日々は過ぎる。
蘭も新一も、学校内ではお互いに素っ気なく接していた。

誰も2人の関係に気付いた様子はなく、蘭はホッとしていた。


蘭がこのところ急速に綺麗になり、周囲の耳目を集めている事など、蘭は知らない。
蘭は、体だけ(と蘭は思っている)であっても新一に愛されるようになった事で、清純な中にも艶と華やかさと微かな憂いを含んだ大人の美しさを持つ女性になっていたのである。



蘭は結局あれから工藤邸に入り浸り、半同棲状態になってしまった。
近所の人に見咎められないよう、蘭はいつも工藤邸の裏口から出入りしていた。


アパートに帰るのは荷物を取りにとか整理したりとか、その位である。

こうなる事を予測して1人暮らしを続けていた訳ではなかったのだが・・・親元に居たら勿論こんな事は不可能だったのは確かだ。



  ☆☆☆



夜の帳が下りる頃。
工藤邸2階の新一の寝室は、喘ぎ声と荒い息遣い、ベッドが軋む音、隠微な水音が響くのが常となった。

「あ・・・あん・・・しん・・・いち・・・はあっ」
「蘭・・・気持ち良いか・・・?」
「あああん・・・新一・・・じらさ・・・ない・・で・・」

新一は執拗に蘭を愛撫し、蘭は何度もイカされていた。
蘭はシーツを掴んでのけぞり、身をくねらせる。
蘭の秘められた箇所は新一のものを待って既に蜜を滴らせている。

「蘭。挿れるぞ」

新一のそそり立つものが、蘭の中に入ってきて、蘭はその重量感に僅かに身をこわばらせる。
新一とのセックスに慣れた蘭の体は、挿入時の痛みを殆ど感じなくなった。

「あああん・・・はあん・・・しん・・・いちぃ」
「くっ・・・蘭。すげえよ、蘭の中。熱くて・・・たまんねえ」


新一が激しく動いて、蘭は上り詰めそうになる。
しかしそうなった時、新一は一時的に動きを止めたり緩やかにしたりして、蘭を焦らす。

「ああん。おね・・・がい・・・新一・・・私・・・もう・・・」

蘭の懇願に、新一は荒い息を吐きながら、蘭の耳元で囁く。

「まだ、だよ。蘭。簡単には・・・終わらせねえ」

繋がり合ったまま、長時間に及ぶ行為に、蘭は意識が朦朧となりかける。

「あっあん・・・はあん・・・新一・・・ああんん・・・もう・・・駄目・・・」
「蘭・・・!オレも、もう・・・」

そうなった頃、やっと新一は、激しい動きをそのまま続ける。

「あああんん、イッちゃう〜!んああああああっ!!」
「蘭っ蘭っ・・・!!くっ!あっ!!」

蘭は朦朧とした意識の中で上り詰め、新一もようやく熱を吐き出した。



そして蘭は、そのまま意識を手放す。
最近は毎回その繰り返しだった。


蘭は、欲望をぶつけられるようなそういった抱かれ方は、嫌ではなかった。

全てを忘れて、新一に身を委ねていられるから。



蘭は、知らない。
失神した蘭をいつも新一が抱きしめ、切なそうに名を呼ぶ事も、愛の言葉を囁く事も。


蘭は、新一に抱いて欲しいという自身の欲望もあるにはあったが、工藤邸に押しかけて新一に身を任せ続ける理由は、それだけではなかった。
新一が誰か他の女性を愛してしまった時は、仕方がない。
その時は、どんなに身が引き裂かれるように辛かろうと、蘭は身を引こうと思っている。

けれど、新一に誰も好きな人がいないらしい今の状況では、新一の性的な欲望を出来るだけ満たす事で、せめても、新一の唯一の「セフレ」でいたかったのである。



そして、蘭は知らなかった。

新一が、自分の欲望の為に蘭を抱くのではなく・・・蘭が他の男を対象としないように、蘭の性的欲望を自分との行為だけで満足させようと必死である事を。
そして、「女性は体の関係を持つ事で気持ちが傾いて行く事が多い」と一般的に言われている事に望みをかけて、いつか蘭が自分を好きになってくれるのではないかと期待をかけて、蘭を抱き続けている事を。









夏休みのある日、蘭は久し振りに親友の園子を訪ねていた。

「園子、久しぶり〜、元気だった?」
「・・・お生憎さま、元気なんかなかったわ、何しろ誰かさんが米花町に戻って来たってのに、ちっとも顔見せてくれないしね〜」
「ご、ごめんね・・・」
「冗談よ、蘭。まあこっちも忙しかったしさあ、なかなか自分の時間って持てなくって。子供持つって、覚悟はしてたけど、たいへ〜ん」

園子は屈託なく笑い、蘭は相変わらずの園子の笑顔にホッとした。

園子は良くも悪くも前向きでバイタリティに溢れ、サバサバしている。
蘭は子供の頃から幾度となく園子の明るさに助けられていた。
蘭がそう言うと、園子は

「わたしだって蘭の懐の深い優しさと分け隔てない態度にどれだけ助けられたか。ま、お互い様ってとこね」

と笑っていた。
お互い様の用法はちょっと違うような、と苦笑いしながら、蘭は友の言葉を嬉しく聞いたものだった。



園子は高校時代、杯戸高校の空手部主将だった京極真と旅行先で出会い(その旅行は蘭と幼い新一も同行していた)、助けられたのが縁で付き合い始めた。
それから10年が経つ。

園子と真は、お互いの気持ちがいささかも揺らぐ事なく付き合いを続けた。
鈴木財閥の跡取りの立場だった園子は、両親・特に父親の猛反対にあったが、何とか説得して2年前に真と結婚し、先頃初めての子供を産んだ。



「いいなあ、園子。幸せそうで」

蘭は、揺り篭で眠る真と園子の子供・茉里花(まりか)を見ながら、思わず呟いていた。

「蘭?あんたさあ、誰か好きな人って居ないの?私よりずっともてた癖に、男作んないんだから。その気になれば、蘭だってすぐに幸せになれるよ!」

園子の呆れた様な、からかい交じりの励ましに、蘭はハッとなった。

「ううん、ごめんね、園子。変な言い方して。別に、結婚なんて私は良いの。ただ、赤ちゃんを見てるとちょっと・・・やっぱり子供が欲しいなって思っちゃって」

蘭は取り繕うように笑ったが、自分でもその笑顔は不自然だろうなと言う気がしていた。

「蘭・・・」
「あ、園子、ホント、気にしないで。茉里花ちゃんが可愛いから、ついつい・・・旦那は要らないけど、子供だけ欲しいって思っちゃったの」

蘭はそう言って舌を出した。

実は、その言葉は嘘ではなかった。

蘭は、今真剣に欲しいと思っていた。
新一の子供が。



けれど新一は、最初の時以降は蘭を抱く時、必ずゴムをはめていた。
勿論、新一の気遣いは嬉しく、誠意のある態度と言えるのではあるが。



新一に年相応の可愛い彼女が出来、新一との関係が終わりを告げた時に。
認知なども要らないから、新一の子供を授かっていれば、その子を育てて生きて行きたい。

蘭はそこまで考えていた。



「ねえ、蘭。まさかと思うけど・・・不倫、してるんじゃないよね?」

茉里花を見ながら物思いに耽っていた蘭だったが、園子の声に我に返った。

「えええ!?不倫!?何でそんな事思うの!?」

蘭の素っ頓狂な声に、園子が表情を緩める。

「いや、違うなら良いんだ。ただ蘭が、すごく辛い恋をしてんじゃないかって気がして・・・。蘭、すっごく綺麗になったけど、どっか陰があるから。だからもしかしてって・・・ごめんね」

蘭は、園子が気付いてくれた事、気遣ってくれている事が嬉しい。
昔からずっと蘭を支えてくれた親友だった。
それ故、新一への気持ちを園子にさえ隠している事が苦しくもあった。

きっと園子は、蘭の気持ちを知っても馬鹿にしたりけなしたりせずに聞いてくれるだろう。

けれど、新一とは仮にも教師と教え子であり、そしてセフレという立場になってしまった今、園子にも他の誰にも話す事は憚られた。



「園子。私ね、好きな人がいるの。片思いなんだけどね、諦めきれなくって。諦めの悪い自分にまた嫌気がさしちゃって」

辛うじてそう言った蘭だったが、園子は信じられないと言いたげに目を丸くした。

「うそ。蘭が片思いなんて・・・蘭がその気になれば、振り向かない男なんてこの世にいないと思うんだけどなあ」
「園子ったら。私の事、買いかぶり過ぎよ」

蘭は笑って手を振る。
園子は、ちょっと寂しそうに微笑んで、言った。

「蘭。あんたさあ、昔っから自分の中だけに収めてしまう事多かったけど・・・で、私への友情が薄いとか、信頼してないとか、そんなんじゃないの分かってるけど・・・私、いつでもここに居るからね。何かあったら、絶対力になるから。忘れないで」
「うん。ごめんね、園子。ありがとう、分かってるよ。もしかしたら、遠からず園子に相談するかも知れない。その時は、話を聞いてくれる?」

蘭は、園子の気持ちが嬉しく、けれどそれでも今はこの親友に何も話せないで居る事が、申し訳なかった。



新一が、蘭の決意とは全く違う方向で動いている事に、この時点で蘭は全く気がついていなかったのである。



(6)に続く



++++++++++++++++++++


<後書き>

最終回は、大体形が見えてきましたが、その途中経過がどうなるか、今のところ不透明です。
いやただ単に長くなるかならないかだけなんですが。
あんまり長くしたくはないなあ。けどどうなるかわからないなあ。

実は鰐口さんにはある設定がありまして・・・(新蘭を邪魔するって形ではないです)それをどの程度入れるかも、今考えている所。

多分、話自体は新一くんの18歳のバースデイあたりで終わると思いますが(←またかよ)。
来年の5月頃までこの連載が掛かっては洒落にならないと思いつつ、もしかしてそうなる可能性もあるのかなあとちょっと怖い今日この頃です。


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