あなたしか見えない



byドミ



(1)新任教師の赴任



「工藤、今度来る国語担当の先生、まだ若くて美人だってよ」
「美人・・・?って事は、女か?」
「へ〜、工藤でも美人には興味あんだ?」
「っせえな、当たり前だろが」
「嘘つけ、お前一応俺達に話合わせてっけど、女に本当に興味持ったことねえじゃん」
「・・・・・・」

帝丹高校の新学期。
高校生探偵として脚光を浴びている工藤新一は、今年2年に進学し、2年B組に籍を置いている。
もっとも1年からの持ち上がりなので、クラスメートは前と一緒である。

新一は世間では「平成のホームズ」「日本警察の救世主」ともてはやされているが、高校では一介の男子高校生に過ぎず、クラスメートと馬鹿話したり、女の話をしたりしている。
けれど、一介の高校生らしくなく、別に同性愛趣味でも女嫌いでもなさそうなのに、彼がどんな女にも本当は興味を示さない事は、クラスメート達にはとっくに感付かれていた。

けれど、新一がどんな女性にも心動かす事のない本当の理由は、クラスメート達の誰一人として知る事はなかったのである。

「別に、女に興味がねえ訳じゃねえんだけど・・・」

新一がそう呟いた時、退屈な始業式が始まった。
そして、新任の教師として紹介された女性が壇上に上がった時、新一は丁度欠伸を噛み殺そうとしていたのだが、目を剥いて壇上を見詰めた。

「ら・・・蘭!?」

周囲のクラスメートが思わず小さく声を上げた新一に不審そうな目を向ける。
新一は慌てて口元を押さえた。



「毛利蘭です。国語が担当です。大学卒業後4年間は川崎市の高校に勤めていたんですけど、今年からは母校の帝丹で勤めさせて頂く事になりました。若輩ですが、皆さんと一緒に学んで行きたいと思いますので、どうぞ宜しくお願いします」

そう言って艶やかな笑顔を浮かべ、ペコリと頭を下げたのは、工藤新一が幼い頃から知っている女性であった。
長く艶々サラサラな黒髪、白磁のような肌に桜色の唇、黒曜石の大きな瞳。
そして細身なのに、スーツ姿でも判る位に胸が大きい。
もう27歳になる筈だが、20歳前後で通用するのではないかと思える位清純可憐で美しい毛利蘭に、男子生徒の殆どが見惚れていた。



  ☆☆☆



「工藤です、失礼します」

新一が職員室に入って来ると、教員達が皆振り返る。
単に週番なので次の授業の資料を貰いに来たに過ぎないのだが、工藤新一と言う男、妙に人目を引くのである。

「聞いたぞ工藤君、またまた大手柄だったそうじゃないか」

教師の一人・政治経済が専門の鰐口が声を掛けて来た。
鰐口は30代前半独身の、見た目もまあまあ悪くない男で、女生徒からは結構人気がある。
新一はこの男の名前通り爬虫類を思わせる目付きが嫌いだった。
しかし新一はその感情をきれいに押し隠して笑顔で言った。

「ああ、昨晩の事件の事ですね」
「電光石火の解決、そして夜遅かったにも関わらず、今朝はちゃんと定刻通りに登校している。そしていつも成績はトップだ。帝丹高校の誇りだよ、君は」

新一は愛想笑いで答えながら、内心深く溜息を吐いていた。
猫撫で声でこう言っているこの鰐口が、帝丹高校入学早々探偵として華々しいデビューを飾った新一の事を、その同じ口でどれだけ悪口を言っていた事か。
けれどその名声が高まり、帝丹高校側でも特例で「探偵活動は出席扱い」をするようになると、今度は掌を返したようにちやほやするようになった。
もっとも、有名作家を父に持ち、元有名美人女優を母に持っている関係で、新一は幼い頃から、掌を反す態度に出る人々、人の裏を嫌と言うほど見てきた。
そういった事を意識せず寛げる相手は、毛利一家の人達――特に蘭だったのである。



  ☆☆☆



「相変わらずね、新一」

蘭が声を掛けて来た。

「相変わらずって・・・何がだよ、蘭」

仏頂面でそう新一が答える。

「何って・・・どこに居ても目立つって事かな?昔から新一はそこに居るだけで周囲の注目を集めていたじゃない」

それは蘭もだろ、と内心突っ込みを入れながら、新一は言った。

「父さんと母さんが有名人だったからな。今やっと、一応俺自身の力で有名になったかなって思うけど。蘭はやっぱ国語教師なんだろ?2年も担当すんのか?」

椅子に座っている蘭は、新一を上目遣いで見上げて言う。

「こら!私はここでは教師なのよ、毛利先生、でしょ?」

蘭の表情にドキリとしながら、新一の胸には苦いものが広がっていた。

蘭と自分の年齢差、立場の差を思い知らされたような気がしたのだ。

「はい、毛利先生。けどそれを言うなら、俺は工藤君、じゃねえのか?」
「そうだったわね・・・今年はまだ担任はしないけど、授業は1,2,3年とも持つ事になるわ。しんい・・・工藤君の2年B組も担当する筈よ」

蘭が自分を「工藤君」と呼ぶのを苦々しい思いで聞きながら、けれど蘭が新一のクラスをいち早く知っていてくれていた事に心躍る。

「もうそろそろホームルームが始まる時間でしょ?行きなさい」

新一は一礼して職員室を出た。









子供の頃、新一は母親の有希子に連れられて、高校時代からの親友だという毛利(妃)英理の所に時々遊びに行っていた。
普通の子供なら退屈するところだろうが、新一はまだ幼い時から好奇心旺盛で、法律の本などがたくさんある英理のアパートは行く度に格好の遊び場だった。
まだろくに舌も回らない1,2歳位の頃から、新一は結構な数の漢字を知っていた。
本を色々引っ張り出して来ては、有希子や英理に新しい漢字を教えて貰うのが常であった。

「ねえ、いくら先天的に頭が良いとしても、この年頃で言葉もまだろくに操れないのに漢字をこんなに覚えるって、変なのじゃない?」

心配した母親の有希子が父親である優作に言うと、優作は笑って答えた。

「心配ない、漢字を覚えるのは言語中枢とは実は別の部分が働いているのだから。新一が今漢字を覚えているのは、一種のパターン図形として視覚認識しているだけだ。それが言語として統一された認識になるのはまだ先の事。今は好奇心のまま覚えさせると良い、アンバランスだからと心配する必要はないよ」

父と母との間にこんな会話が交わされていた事を新一が知ったのは、勿論後年になっての事である。

さて、英理は毛利小五郎と結婚し、子供が1人居たのだが、新一が生まれたのと同じ頃に英理は些細な事から小五郎と喧嘩して別居してしまっていた。

新一はそれこそ物心付くか付かないかの頃の話だが、英理のアパートに遊びに来ていた英理の娘・蘭との最初の出会いを鮮明に覚えている。
新一より10歳年上の蘭は、その時まだ中学1年生の子供だったのだが、新一からしてみれば充分に「大人の女性」に見えた。
真っ黒で大きな瞳、サラサラで艶々した黒髪、桜色の唇、白く透き通った肌。
お人形さんのようだ、と一瞬で見惚れてしまっていた。

「私、蘭っていうの。よろしくね!」

そう言って笑った顔が、幼い新一の脳裏に焼きついた。
まだたった3歳の時であったが、後年になって新一は、あの時の自分の感情が「一目惚れ」に相違なかった事を自覚するのである。

蘭は自分の名前の漢字を書いて見せてくれた。
その頃の新一は、視覚的にたくさんの漢字を覚えていたが、自分で書く事は出来なかった。
ようやくひらがなの一部を書き始めた頃である。
しかし必死で練習して、たどたとしいながらも「蘭」という文字だけは書けるようになり、周囲の大人を驚かせた。

やがて新一は毛利小五郎宅によく出入りするようになった。
蘭の方も、工藤邸によく遊びに来るようになった。
蘭は新一の面倒をよく見たし、新一も蘭によく懐き、なまじの大人より蘭の言う事ならよく聞いた。
本当の兄弟以上に親しく接する2人を、周囲の大人達は微笑ましそうに見ていたものだった。

周囲の大人たちにも、おそらく蘭にも、新一の蘭に対する思いは姉に対する思慕のようなものだと思われていたが、新一にとっては最初から、蘭は女性として映っていた。
小学校に上がった位から、新一ははっきりと蘭への恋心を自覚するようになっていた。
新一が大きくなっても、蘭はそれ以上のスピードで手の届かない大人になって行く。
どんどん綺麗になって行く蘭に、男達が群がる。
新一はと言えば、「蘭の弟」という特権でもって蘭の周囲をうろつく事しか出来ない。
一時はその差を思って絶望的になった事もあった。

しかし、中学校に上がった年に、新一は決意した。
高校を卒業する時に、蘭にプロポーズする。
その頃蘭は28歳。
新一が世間に認められるような存在になっていれば、釣り合いが取れない事はない筈だ。
その為に、自分を磨く。
何かで一流になって見せる。

新一が中学生になった年は、蘭が社会人となった年でもあった。
蘭は神奈川県川崎市の高校へ教師として赴任し、アパートを借りて1人住まいをしていたが、週末毎に実家に帰って来ていたし、新一も時に川崎へ遊びに行っていた。
蘭とは相変わらず「兄弟のように仲が良い」関係だった。
蘭は不思議な事に綺麗でスタイル抜群で気立ても良いのに(当然の事ながらすごくもてる)、新一が知る限り恋人を作った事はなかった。

新一が中学校2年になった時、両親がロスへ移住したが、新一は1人日本に残った。
そして高校1年になったばかりの春、16歳の誕生日を迎える直前に、新一は飛行機の中で殺人事件の謎を見事に解き、高校生探偵として華々しいデビューを飾った。

そして・・・新一は蘭が今年から帝丹高校に赴任する事を知らず、度肝を抜かれたのである。
ただ、どういう理由でここにしたかは不明だが、これからずっと蘭の近くにいられると思うと単純に嬉しかった。

「後、2年・・・」

新一が蘭にプロポーズしようと思う時まで、後2年。
それまで蘭に近付く虫を追い払い続けないといけないな、と新一は決意を新たにしていた。









「工藤君とはお知り合いなのですか?」

鰐口が興味津々と言った顔で蘭に尋ねて来た。

「ええ。母同士が親友だったので、幼い頃から・・・お互いに1人っ子だったから、私に取っては弟みたいなものです」
「弟・・・それはそれは。でも気を付けた方が良いですよ、あの位の年頃だとやりたい盛りですからな、信用してるといつ何時豹変するか」

鰐口の下世話な物言いに、蘭は真っ赤になって怒りを露にした。

「工藤君は、帝丹高校の誇る立派な生徒じゃなかったんですか!?変な事言うの止めて下さい!」
「いやいや、これは失礼。しかし、あの年頃の男の欲望をなめちゃいけない。実際の性犯罪では、女の方に隙がある事が多いと私は思っているのでね、忠告したまでで」

鰐口のセクハラとしか思えない言い方に、蘭は怒りを覚えたが、それ以上は何も言わなかった。



『私の嘘つき。新一が弟だなんて・・・私自身がそんな事考えてもいないのに』

実は毛利蘭も、10歳年下の新一への恋に、ずっと苦しみ続けていたのである。





(2)に続く



++++++++++++++++++++

<後書き>

ぶわははは。
またもや性懲りもなく、裏パラレルです。

さて私は、「新一くんがコナンくんのまま元に戻れず・・・」といった話は、たとえ2次創作でも好きではありません。
やっぱり元に戻って蘭ちゃんと幸せにならなければね。

けれど、もし新一くんと蘭ちゃんが元々10歳差だったら・・・これはそういった妄想です。
で、裏だから(今回はなかったけど)いずれ・・・そういうシーンが出て来ます。
途中かなりシリアスだったり危機一髪の目に遭ったりしますが、基本的には本サイトのコンセプトは外していない筈です。

1回目の話に呆れ果てていなければ、この先もお付き合い頂くと嬉しいです。


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