愛人(!!!?)生活



byドミ



(最終回)もう1度、あの場所から



「・・・はあ・・・蘭・・・もう放さねーと、俺は・・・うっ」

新一のものを口に含んで愛撫している蘭を引き剥がそうとしたが間に合わず、新一は蘭の口の中に熱いものを放った。

「うっ、ケホケホ」

蘭は特有の臭気を放つ「それ」を飲み下そうとして飲みきれず、むせてしまった。
新一が蘭の背中を撫でる。

「蘭、大丈夫か?」

蘭がまだむせながらも頷いた。

「でもなんでまた急にこんな事をしようと思ったんだ?」

新一が問うと、蘭は泣きそうな目で新一を見上げた。

「男の人はこうすると喜ぶって聞いたから。でも、あんまり良くなかった?」
「い、いや・・・。すげー気持ち良かったよ。だからこそすぐ出ちまったんだしよ」
「そう・・良かった・・・」
「でもなあ蘭。オメーがしたくもねえ事を俺の為にと思って無理してやる事はねえんだぞ」
「ううん。無理なんかしてない。私、新一が喜んでくれる事なら、何だってやるから」

そう言った蘭の笑顔はどこか痛々しかった。
新一は何が蘭をそうさせているのか解らず、もどかしてたまらなかった。

『一体どうしたんだ、蘭は?』

このところ蘭は妙に積極的である。
それが、今まで受身だった蘭が「目覚めて」の事であれば新一に取って大歓迎なのだが、新一は、どうもそうではないような気がしていた。
蘭の様子は何だか妙に必死で痛々しい気がするのである。

さて、気になる事は多々あれど、蘭の口の中に放ってそれで終わり、となる新一ではない。
体勢を入れ替え蘭を仰向けにし、その上にのしかかる。
たっぷりとした乳房は、横になっても綺麗にその形を保っているのに、新一の手の中で柔らかくその形を変える。

「柔らけー。それにスベスベして気持ち良い」

新一がそう言うと、蘭は恥ずかしそうに頬を染め、目を伏せる。
新一は蘭の胸の頂にかたく尖り、赤く色付く果実を口に含んで吸った。

「はあああああん!!」

蘭はそれだけで仰け反って声を上げる。

「感じやすいな、蘭は・・・」
「いやっ、そんな事・・・あん、あああん!」

恥ずかしがりながらも、新一の指や唇が蘭の肌に触れて行くと、蘭は反応し皮膚が赤く染まり声を上げる。
新一は満足げに薄く笑うと、更に蘭の感じ易い所を攻めて行く。


初めての時も、蘭は最初から感じて声を上げていた。
新一は蘭が初めてだったと知って嬉しかったのと同時に、蘭の中に眠っていた感覚を呼び覚まし、男性と交わる快感を覚えさせてしまったのではないかと、それが密かに気がかりだった。
すぐに、蘭の貞操観念はかなり高く、節操のない女などではないと判ったが、それでもどこかで不安だった。

蘭が紛れもなく新一を愛しているのだとわかって自信が付いたのは、実はついこの間の事である。
新一が日曜日の夜にマンションに帰って来た時、蘭は泣き疲れた様子だった。
夢現に新一を求める姿を見て、新一はそんな思いを蘭にさせていた事に罪悪感を覚えると共に、ようやく蘭の心が自分の元にあるのだと実感出来たのであった。

この1年、肌を重ねる度に蘭の感度は増し、ベッドに入った最初は恥ずかしがっていても、新一の愛撫に応えている内にやがて艶やかな表情と様々な媚態を見せてくれる。
新一はそんな蘭の様子を見ると嬉しくて、更に興奮して行く。

蘭の中は熱く新一を締めつけて来る。

「蘭・・・!くっ・・・蘭の中、熱くて、すげぇ。気持ち良いよ」

蘭が果てようとする瞬間に浮かべる恍惚とした顔が堪らない。
自分だけが見る事の出来るその表情を見たくて、新一は蘭の奥深くを何度も突き上げる。

蘭を抱く行為は、肉体的な快感も素晴らしいが、それ以上に、蘭と一体化しているという精神的な歓びがはるかに大きい。
抱けば抱くほどに、蘭への愛しさがより募って行く。
抱けば抱くほどに、蘭を欲する気持ちが更に大きくなる。
ただ残念ながら新一はまだ、そういった自分の気持ちを蘭に伝える術を持たなかったのである。

蘭が何らかの不安を抱えている事に新一は気付いていた。
だからこそより熱く激しく、「愛している」という思いを込めて蘭を抱いたのであるが・・・新一が意図した通りにボディランゲージがうまく行ったのかどうかは・・・ここで語るまでもないであろう。

新一と蘭は手足を絡み合わせ、激しくお互いを貪り合う。
激しい2人の動きに、ベッドが壊れるかと思われる程に軋み、揺れる。

「蘭、蘭、蘭!」
「ん、はあ、あっ・・・!新一・・・っ!」

そして2人は上り詰め、新一は蘭の奥深くに、情熱のままに熱いものを放った。



  ☆☆☆



「新一・・・」

蘭は、先程までひとつになっていた男の名を呼んだ。
新一は既に寝息を立てている。
以前は蘭の方が寝つきが良く、こんな風に新一が先に寝てしまうなど滅多になかった。
しかし最近の蘭は、なかなか寝付かれなくなっていた。

蘭は無意識の内に涙を流していた。

『私はいつまで新一に取って必要とされるのだろう?』

「たとえ一生新一の愛人でも構わない」と覚悟を決めたものの、その内いつか新一が離れて行く日が来るのではないか、蘭はそう考えて不安になる事があるのだ。

蘭はそっと下腹部に手を当てる。
最近新一は殆ど避妊をしなくなった。

もしも子供が出来たなら・・・と蘭は考える。

『あの奥様を泣かせてしまうわね。それとも新一は、奥様には隠し通すかしら?お父さんとお母さんは嘆くよね。でも・・・』

もしも子供が出来たなら、たとえこの先何があっても、新しい命だけは新一との愛の証として残る。
たとえ1人で育てる事になったとしても、出来る事なら新一の子供が欲しい。
蘭は祈りを込めて、先程新一に大量に情熱を注がれた下腹部をそっと撫でた。









「お久〜、元気してた〜?」
「死んでた〜、社会人って大変ねえ」
「そう、夏休みなんて2,3日しかないしね」

とある金曜日の夜、蘭は機会があって、大学時代に仲の良かった数人で飲みに行く事になった。
久し振りに集った者たちで話が弾む。
お互いに社会人となったばかり、話の中心は最初、仕事の大変さや人間関係の難しさに集中していた。

「けど、それでもこの不況下、仕事があっただけマシなのかもね〜」
「そうね〜」
「蘭、あんた凄いじゃない?社長秘書でバリバリなんてさ」
「そう?」
「うん。忙しいでしょ?」
「まあね。でも、やりがいはあるかな?」
「ねえ、蘭。彼氏出来た?」

突然ふられた話に、蘭は赤くなりながら頷く。

「うん。でも、何で?」
「だって感じ変わったもん。ひょっとして蘭って、男性恐怖症か何かかと心配してたんだけど、大丈夫だったみたいね」
「そうそう、もてる割に男作んなかったし。男性体験まだなかったんでしょ?」

蘭は更に赤くなる。
卒業式の頃には(雅美の騒ぎがあった為もあるが)園子以外の友人達は蘭の変化に気付いていなかった。
しかし、久し振りに会った蘭の様子に、相手が出来た事に気付いたらしい。

そして、気の置けない者同士、お酒も入ると段々話がきわどくなって行く。

「ええっ!?蘭、すごい!初めてでイッタんだ?」
「う、うん・・・」
「それって、絶対相手の人、すっごいテクニシャンだよ〜、かなり経験豊富なんじゃない?」
「やっぱりそうなのかな・・・」

蘭は顔を曇らせて目を伏せた。
新一以外の男性との体験が皆無な為比較は出来ないが(それ以前に、他の男性となど、おぞましくて想像する事も出来ないが)、初めて抱かれた時から、新一の様子はとても手馴れているように思えた。
新一は見た目も良いし、立場的にも、非常に女性にもてたろう事は想像に難くない。
やはり女性体験は豊富なのだろうと蘭は思う。

「蘭!そんな事気にしなくていいじゃん、今、蘭一筋ならさ!」

園子がそう言ってフォローしてくれたが、蘭の顔はますます曇った。

『新一がたとえ過去にどんな女性体験があったって、それは、全く気にならないって言ったら嘘になるけど、過去の事なら別に良いわ。でも園子、新一は・・・私一筋なんかじゃないのよ・・・』

そして蘭は、いつもだったらしつこい位に蘭から話を聞き出そうとするだろう園子が、今日は何も訊こうとしないのが気になりつつもホッとしていた。
蘭は元々嘘が苦手な性質である。
親友の園子相手に、蘭が今現在、上司である新一と不倫の仲である事を隠しおおせる自信はなかったのだ。

「え?し、新一?」

飲み会が終わった後店を出ると、新一がそこに立っていた為、蘭は驚く。

「蘭。迎えに来たんだけど・・・せっかく大学時代の友達と久し振りに会ったんだろ?まだ一緒に過ごしたいんなら、また後で来るよ」
「へえ、イケメン!」
「良い男じゃん!」

友人達が騒ぐ。
蘭はハッとして園子の方を見た。
園子は、新一の顔も、彼がナイトバロン社の社長であり蘭の上司である事も知っているのだ。

「蘭。お迎えなんて心憎いじゃない。野暮は言わないから、行って来なよ」

そう言って園子が蘭に向かってウィンクして見せた。

『園子・・・もしやあのパーティの時に、気付いてたの?だから、何も言わずに居てくれるの?』

蘭は、園子が全てを知った上で蘭の為にそれを追求せずに居てくれたのだと思い、その友情に感謝した。

園子は後日、この時蘭が何を考えたかを知り、頭を抱える事になるのだが・・・それはまた別の話。
友人達が騒ぐ中、蘭は新一に肩を抱かれてその場を去って行った。



  ☆☆☆



「駄目よ、新一。そんなけじめのない事は。私は大丈夫だから、ちゃんとお家の方に帰って」

蘭が友人達と飲みに行った次の日の土曜日の夕方、今までと違ってマンションに居座ろうとする新一を、蘭は無理に外に押し出していた。

「けじめっつったってよ、今更・・・」
「あのね、私はこの先もずっと新一と一緒に居たいから・・・だから、だから、お家の方に顔向け出来ないような事はなるべく控えて頂戴!」

殆ど無理矢理ドアの外に押し出されて、新一は深い溜息を吐く。

「家族に顔向け出来ねーっつってもよ・・・学生じゃねーし、いい年だし、もう母さんにはバレバレだから、今更良いかと思ってたんだけどな・・・」

今夜も蘭との甘い夜を過ごす積りだった新一は、しっかり当てが外れて途方に暮れていた。

「まあ仕方ねえか。とにかく例の計画を早く進めよう」

そう1人ごちて新一は歩き出した。



  ☆☆☆



「工藤様、ご注文の品はこちらで宜しいですか?」

新一が入って行ったのは、小ぢんまりしているが、宝石店としての実績は定評がある小泉時計店だった。
新一がここを選んだのは、有希子の行きつけではないからである。
ライバル会社の(新一と同じく2代目)社長であり、宝石などを見る目は確かなものを持つ白馬探から教えてもらった店だ。

『工藤くんにだったら教えても大丈夫でしょう。他の若い男性には絶対に教えようとは思いませんがね』

別にさして新一と親しかった訳でもないその男が、新一が宝石店を捜していると知ると、何故か親切に教えてくれたのがこの店だった。

ここの店主はまだ若いが妖艶な美しい婦人である。
サラサラの長い黒髪、赤い唇、切れ長の瞳。
この店に入って宝石より先にこの店主に魅せられない男はまず滅多に居ないだろう。
しかし新一はその滅多に居ない1人だった。
新一は、若く美しい店主の小泉紅子ではなく、ひたすら指輪を凝視していた。

「如何でしょう?誕生石であるエメラルドを中心に、永遠を表すダイヤモンドをあしらってデザインした指輪・・・どの石も粒よりの一品を使っておりますわ」



  ☆☆☆



ふと、玄関で音がしたような気がして蘭は声をかける。

「新一・・・?」

しかしそれは蘭の気のせいだったらしく、何の気配もしなかった。

「私ったら、馬鹿ね・・・新一の筈ないのに・・・」

今頃新一は家で、あの赤味がかった茶髪の美しい人を抱いているのだろうと思うと、蘭の心に苦しみと嫉妬の炎が渦巻く。

『ああ、私ったら、何てさもしいの!?奥様にしてみれば、私こそが憎むべき浮気相手なのよ!週末しか家に帰って来ない愛する夫のウィークデイを奪っている憎い女・・・本当だったら、私の方こそがさっさと身を引くべきなんだわ!』

蘭はそう自嘲的に考えながらも、昨夜何度も自分を高みに導いた新一が今夜は別の女性を愛撫し愛の言葉を囁くのだと思うと、胸が切り裂かれるような気持ちだった。

新一が居ない週末は、元々漠然とした不安を抱えて過ごして来た。
けれど今は絶望と自己嫌悪に苛まれる夜を過ごさなければならなくなったのである。

蘭はカレンダーを見た。
来週の金曜日は、新一に初めて会い、初めて抱かれてから丁度1周年になる。
果たして新一は、その日が2人の記念の日である事を覚えているのだろうか?
どちらにしても、新一に仕事さえ入らなければその夜連れて行ってもらう場所をおねだりしようと蘭は思っていた。
蘭は普段、滅多な事で新一におねだりなどしない。
けれど、この日だけはあそこに連れて行って欲しいと蘭は願っていた。







金曜日の昼休み、蘭は社員食堂で七川絢、仁野環、香坂夏美と一緒に食事を摂っていた。

「え?絢さんたち、今夜トロピカルランドへ・・・?」
「うん、今夜はあそこ夏休み最後の金曜日という事で花火大会があって、夜遅くまで開園してるよね」
「うん」
「トロピカルランドに今度出来た最新式のアトラクションって、コンピューター技術にうちの社が協力してたでしょ?で、その見返りに今夜の花火大会の無料招待状がたくさん来てるのよ。で、丁度大きなプロジェクト終わった直後で今日は残業無しの人が多いし、行く人多いみたいよ。私も、環や夏美と一緒に行くんだけど、蘭はどう?」
「わ、私は・・・」

蘭と絢の会話に、環と夏美が茶々を入れてくる。

「あ〜ら、週末蘭を誘うなんて、野暮野暮」
「そうそう、今夜は社長も仕事がないみたいだし、ねえ」

2人の突っ込みに絢も笑って返す。

「あ、そっか〜。久し振りにゆっくり出来る週末だもんね」
「ななななな!?」

蘭は真っ赤になった。
蘭がまともに言葉を出せる状態ではないのに、3人には蘭の言いたい事がわかったようだった。
ニヤニヤしながら返す。

「何で知ってるかって?みんな知ってるわよ」
「だって、ねえ。第一社長の眼差しが違うもん。すっごく優しい信頼に溢れた目で蘭の事見詰めてるしさ」
「眼差しが違うのは蘭の方もだって。もう2人居るとラブラブなオーラが漂ってて、そこだけ世界違うし」
「そう、けど社内では2人妙に真面目に距離置いてるでしょ、誰がいつ社長室に飛び込んでもやばい場面に遭遇する事はないし」
「超多忙な中、2人がまともにデートしてるのか、余計なお世話な心配してる連中も居るのよ」
「もう一線を越えているか否かで賭けしてる連中も居るのよねえ、どうやって確かめるか、わかんないけどさ」

蘭は頭から湯気が出そうだった。

「ちょっと失礼」

携帯が鳴り、絢が席を立つ。
程なく戻って来た絢は、携帯の画面を見せた。

「じゃ〜ん!」

そこに映し出されている写真を見て、蘭は思わず悲鳴を上げそうになった。

「たった今社長室で、友成さんが激写に成功した社長のお弁当!」

絢が言い、環と夏美はマジマジと画面と蘭の弁当を見比べる。

「ほっほ〜、このところ社長が出前を取らなくなったという情報は流れていたけど・・・」
「な〜るほど、『愛妻弁当』だったわけか〜」
「よし!これで賭けは勝ったも同然!」
「ってあんた、賭けに一口乗ってた訳!?」

「愛妻弁当」という言葉に、蘭の胸はまた痛んだ。
元々「愛妻家」だという評判だった筈の新一が、部下である蘭と社内でそれだけ噂になっていて、どうして皆平気な顔をしているのだろうと疑問に思う。

「ねえ、あの・・・でも、オフィスラブって・・・ご法度ですよね」

蘭が俯いて小さな声で言う。
流石に「不倫は」とまでは口に出せなかった。

「あら、うちの社では全然!」
「そう、自己責任においての恋愛なら、仕事や職場の人間関係に支障来たさなければ良いんだって!」

そうあっけらかんと言われて蘭は妙な気持ちになった。
この会社では皆「不倫」に対しても寛容なのだろうかと不思議に思った。
それともそれは、新一が「社長」だからなのだろうか。
蘭には解らなかった。









「え?今からトロピカルランドにか?」
「うん。今夜は新一も仕事ないでしょ。あそこ、花火大会で遅くまで開いてるし・・・だから、お願い。連れてって欲しいの。それとも・・・嫌?」
「嫌って事は・・・蘭がおねだりなんて珍しいな。わかった、今夜は久し振りにあそこに行こう」

蘭は新一の答えにホッとして、今までの1年間の事を思った。

『色々あったけど・・・これからも色々あるだろうけど・・・でも、新一に出会えて、愛し合えて、とても幸せだった。新一に取って私が「オンリーワン」でなかった事は悲しいけれど、私にとっては1人だけ・・・きっと、これからもずっと、あなただけよ』









夏休み最後の金曜日の夜、夜遅くまで開園しての花火大会とあって、トロピカルランドは人が多かった。
新一と蘭は、珍しく5時丁度に会社を出てトロピカルランドに向かった。
夕暮れの中、人がごった返していたが、それでも2人は様々なアトラクションに乗り込み、目一杯遊び回った。
蘭は新一と2人の時間を、久し振りに色々思い煩う事も無く楽しんでいた。

次第に夕闇が濃くなる中、先を歩いていた新一が突然足を止めて蘭を振り返った。
蘭は新一の真剣な眼差しにドキリとする。

「ここで、1年前、初めて蘭とキスしたんだったな」

そこは、いきなり新一に抱き締められ唇を奪われた、あの噴水広場だった。

「覚えてて・・・くれたの?」
「忘れる訳ねーだろ。だから、蘭も今日ここに来たいって思ってたんだろ?」
「え?私も?」
「俺も・・・今日は思い出のここにしようか、それとも、って迷ってたんだよ。何しろ今日は混むだろうし、おまけにうちの社の連中がたくさん来てるの間違いねえから、広い園内だからってどこでどう目撃されるかわかったもんじゃねーし」

新一の言葉に蘭は目を伏せた。

「そう・・・やっぱり、目撃されたらまずいものね・・・」
「ああ。何と言って冷やかされるか、想像するのもおそろしいもんがあるからな」

蘭が気配に気付いて目を上げると、すぐ目の前に新一が立っていて、いきなり左の手をとられ、薬指に何かがふれた。

「俺達の・・・1周年記念のプレゼントに・・・その・・・エンゲージリングを・・・」
「は?え、エンゲージ?」

蘭の頭はパニックを起こしかけており、「エンゲージってどういう意味だったかしら」と考え込んでいた。
蘭は呆然として左手の薬指を見る。
そこには、エメラルドとダイヤが嵌った眩いばかりの指輪がはめられていた。

「結婚しよう」

新一が言った言葉の意味が解るまで、蘭はかなりの時間を要した。

「は?結婚?何言ってるの新一、そんな事出来る訳ないじゃない!」

蘭は泣き笑いしながらそう言った。
この人は、何馬鹿げた事を言っているのだろう、と思う。
新一の顔色と表情が、見る見るうちに変わり、蘭の両腕を乱暴に掴んだ。

「いたっ・・・!!」
「蘭!!オメーは俺のもんだ!今更他の男に乗り換えようったって、許さねーぞ!」

睨みつけて来る新一を、蘭も涙ながらに睨み返す。

「何よ、そう言いたいのは私の方よ!新一には誰よりも大切な奥様がいらっしゃるじゃないの!2人もの女と結婚出来る訳ないでしょ!!」

新一は、目が点になって呆然としていた。
蘭の両手を掴んでいた力が緩む。

「はあ?奥様・・・って、何の話だ?」
「とぼけないでよ!園子から聞いたんだから!ナイトバロン社の社長には、元女優の美しい奥様が居て、社長はその奥様を溺愛してるんだって!」
「待て待て待て。園子って・・・鈴木財閥の・・・?」
「そうよ!親友なんだから!」

新一がガックリとうな垂れ、蘭の両肩に手を置いた。

「蘭・・・それ聞いたのいつの話だ?」
「え?い、いつって・・・2ヶ月位前よ」
「鈴木財閥主催のパーティよりも前の話だな」
「え?そうかも知れないけど・・・それがどうしたのよ!」
「あのな・・・その時園子さんが言ってたのは、うちの先代社長・・・親父の話だ・・・」
「はあ?」
「園子さんは、あのパーティの日まで、ナイトバロン社の社長が代替わりしている事知らなかったんだよ・・・」
「ええ?」
「だからな・・・『元女優の美しい奥様』ってのは、お袋の事だよ」
「あ・・・え・・・え?じ、じゃあ、新一は・・・?」
「俺は、紛れもなく、独身なの!」
「で、でも・・・だってっ」
「まだあんのか!?」
「週末はいっつも『家』に帰ってたし」
「だから、それは、親父とお袋がいる家の事だって!」
「でも、この前、綺麗な人があなたのお家に居たもん!2人で楽しそうに笑い合ってたじゃない!」
「は・・・?綺麗な人・・・?綺麗なんて言われても全く心当たりねーけど」
「赤味がかった茶髪の・・・確か『志保』って・・・」
「シホ?・・・ああ、あいつって美人なのか?それは隣人の阿笠志保だ」
「隣人・・・?」
「俺はその親父さんと仲が良くて、よく発明品なんかを貰ってんだけど、志保はそれを届けに来てくれてるだけ。まあ昔馴染みだから気心は知れてるけど、それだけだよ」
「だって、だって・・・っ!お互い何だか照れてすごく甘い雰囲気だったもん!」
「だから、んなんじゃねーって。第一、彼女ももうすぐ嫁入る予定だし。この前はなあ・・・お互いに自分の恋人の事で惚気合ってたような気がする。お隣さんだけど、昔からお互い1度も怪しい雰囲気にも気持ちにもなった事はねえよ」
「本当に?」
「嘘なんか言わねえ・・・って、何で蘭がそんなとこ目撃してんだ?」
「新一に・・・奥様が居るって聞かされて・・・信じられなくて・・・私・・・」

顔を覆って俯いた蘭の肩を、新一がそっと抱き寄せる。

「ああ・・・あの日オメーが泣いてたのは・・・そのためだったのか・・・」

新一が蘭の背中を軽くポンポンと叩いた。
蘭が突然はじかれたように顔を上げて新一に詰め寄った。

「ね、ねえ・・・じゃあまさか新一って、マザコン?」

新一はそれこそ意外だと言わんばかりの顔で即答した。

「それは絶対違う!」
「何でそう言い切れるのよ!?」
「だって俺、母さんより蘭のが大事だもん!」
「じゃあ何で毎週お家の方に帰ってたの?」
「それは、何と言うか・・・蘭との事がばれたら母さんが面白がって邪魔しに来るのは目に見えてたからだよ!」
「え・・・?」
「俺だって、週末蘭と一緒に過ごしたかったさ!母さんは蘭の事気に入ってるし、嫁いびりの心配はまずねえんだけどよ。妙にぶっ飛んでるし、絶対俺達をからかって遊ぶに決まってんだ。悪気がねえだけに始末にわりぃんだよ!」



さて、2人が言い合っている間に、だんだん暗くなる中、周囲にはいつの間にか見物人の山が出来ていた。
しかし2人はそれに全く気付きもしなかった。
そして、世間もトロピカルランドも、広いようで狭い。
人だかりの中には、ナイトバロン社の社員も大勢混じっていたのである。

「だって・・・新一、『もし出来てたら俺の子を産んでくれるか』って言ったけど、責任取るとは一言も言ってくれなかったじゃない!」

蘭のその言葉を聞いた途端に、人だかりの中に居たナイトバロン社の面々の何人かは、「よっしゃ、やっぱり一線超えてた、賭けに勝った!」と喜び、何人かは「くっそ〜、負けた!」と口惜しがった。

「それはっ!『責任とって結婚する』なんて積りは全くなかったんだよ!だって俺、子供が出来ようが出来まいが、そんな事には関係なく、絶対蘭を嫁さんにするって決めてたんだからな!」
「え・・・うそ・・・」
「嘘でこんな事が言えっかよ!俺は・・・蘭を一目見た時からそうしたいと思ってたし!蘭を抱いた時には、絶対に嫁さんにするんだって思ってたんだよ!」


「ねえ・・・工藤社長も蘭も、周囲が全く見えてないみたいね・・・」
「全くもう、何て恥ずかしい台詞をポンポン言い合ってるのかしら」
「それにしても蘭ったら、どこをどう引っくり返したら、工藤社長に奥さんが居るなんて馬鹿げた事を思い込めたのかしら?蘭しか見えてないの、一目瞭然なのに」

赤い顔をしながらそういった会話を交わしているのは、ナイトバロン社の七川絢、仁野環、香坂夏美の3人である。
彼女達も幸か不幸か、かなり最初の段階から野次馬に混じっており、新一と蘭の会話をバッチリ聞いていたのである。


「だ・・・だって・・・」
「まだ納得出来ねえのかよ!?」
「だって、新一なら、女の人選り取りみどりじゃない・・・私が、バージンだったから?だから、責任取ってくれるの・・・?」
「あ〜〜〜っ、ったく、もう!責任取るんじゃねえって、さっき言ったばかりだろうが!あのな・・・そりゃあ、蘭が初めてだったのは滅茶苦茶嬉しかったけどさ、俺の方も、特定の女相手にその気になったのは初めてだったんだよ!」
「は?」
「あのな・・・笑うなよ・・・俺は・・・、俺にも、蘭が初めての女だったの!」

流石に新一のこの台詞には、周囲の人だかり(特にナイトバロン社の社員)からどよめきが起こった。

「えっ・・・?」
「だから俺はその・・・蘭を抱くまでは・・・童貞だった、って言ってんだ!」

蘭の顔が耳まで真っ赤になる。

「え?・・・嘘・・・何で?」
「だ、だからな・・・俺、蘭じゃないと勃たねーんだよ!」


「ねえねえお母さん。あのお兄さん、何て言ってるの?」

小さな子供が、理解出来ない会話をしている新一たちを指差し、母親の服を引っ張って無邪気に訊く。

「子供が聞く話じゃありません!」

母親の方は赤い顔をして子供にそう言いながらも、この面白い見ものを見逃す気にはなれずに、その場に留まっていた。



「蘭に会うまでは、特定の女を見て『勃つ』なんて事はなかった。正直、男だから、生理的に勃つ事がなかったと言えば嘘になる。けど、まあ欲望処理するだけなら1人で出来る訳だし・・・七面倒臭い手順を踏んで様々なリスクを冒してまで、女を抱きたいと思った事はなかった。蘭に会って初めて俺は、1人の女を『欲しい』と思ったんだよ!」

周囲の人だかりからはどよめきと拍手が沸いたが、新一と蘭の目にも耳にもそれは全く入って来なかった。

「だからな・・・面接の時、正直言ってすっげーやべー状態だったんだ・・・誤魔化すの大変だったぜ」

初めて会った面接の時、新一は蘭とクールに言葉を交わしているようで居て、実はテーブルの下で新一の下半身はそれを裏切っていたのだと言うのである。
それを聞いたナイトバロン社の面々(特に入社試験の面接で同席していた山田人事部長達)が赤くなって目を逸らし呆れ果てていたとしても、無理もないであろう。

蘭は、新一の言葉の意味が全てわかるまで、暫らく固まったまま動かなかった。
やがて意味がわかると、嬉しく思うより先に、今までの緊張が解け、新一に縋り付いて泣き出してしまった。

「お、おい、蘭!?」
「っく、ひくっ、・・・わ、私・・・えくっ・・・新一の愛人じゃ・・・なかったんだね・・・」
「蘭・・・ああ、そうだよ。蘭、オメーは俺の恋人。愛人なんかじゃねえんだよ」

新一は蘭を優しく抱き締めて言った。
夫婦同然の関係だった2人が単なる「恋人」と呼べるのか、若干疑問ではあるが、この際それは横に置いておく。

「ごめん、ごめん、蘭。俺・・・全然気付いてなかった。俺の態度がオメーを不安にさせてたんだな。ごめんよ」

蘭は縋り付いて泣きながら頭を横に振る。
新一が蘭の顎に手を掛けて上向かせた。

「蘭、泣き止んでくれよ。オメーに泣かれると、俺・・・すごく困るんだ」

新一はポケットからハンカチを取り出すと蘭の顔を拭う。
やっと蘭が泣き止み、微かに笑顔を見せた。

新一が蘭に顔を寄せ、蘭が目を閉じた。
野次馬が固唾を呑んで見守るまさにその時――!

「ゲゲ〜〜ッ!何だこれ!」
「わぷぷぷっ!!」

その広場が何であるか知らなかった野次馬の一部は、もろに吹き出た水を被ってしまった。
他の大勢の見物人は、いい所を噴水に邪魔されてがっくりしていた。

しかし、噴水が治まって再び新一と蘭の姿が現れた時、2人は固く抱き合って熱い口付けの真っ最中だった。
2人は噴水が吹き上がり、そして治まった事にさえ気付いていないかも知れない。



「ねえねえお母さん。あのお兄さんとお姉さん、チューしてる」
「コラ!子供が見るものじゃありません!」

小さな子供を連れた母親は、赤くなってそう子供に言いながらも、自分は目を皿のようにして見続け、その場を動こうとしなかった。



「蘭。結婚しよう」

再び新一が言った時、蘭は輝くような笑顔で頷いた。

「はい!」
「よし!そうと決まれば、善は急げだ!」

新一は、突然蘭の手を掴んで引き摺るように走り出した。

「え?し、新一っ!?」
「今から婚姻届を出しに行くぞ!」
「ええっ!?新一、今は夜でもう・・・それに明日は土曜日で、役所はお休みよ!」
「心配しなくても、戸籍関係の届出受付は、年中無休だよ」
「で、でも私印鑑持ってないし・・・」
「工藤も毛利もよくある姓だ、3文判がそこら辺に売ってあるさ」
「しょ、証人は・・・?」
「誰か適当に捕まえるさ」
「ででででもでもっ・・・新一っ・・・!」

蘭が問答無用で新一に引き摺られるようにして連れて行かれるのを、野次馬達は半ば呆然として見送ったのであった。
期せずして、拍手と万歳三唱が湧き上がった頃には、2人の姿は見えなくなっていた。
辺りはいつの間にか真っ暗で、やがて花火が次々と上がり始め、大空一面に広がって彩った。









その後。



週明けのナイトバロン社で、新一と蘭が社員一同から祝福されながらもからかわれ続けたとか。
一連の出来事と蘭の勘違いを知った園子が頭を抱え、呆れ果てたとか。
双方の両親が、親への挨拶より先に入籍してしまった事に機嫌を損ね、特に毛利小五郎の怒りを解く事がとても大変だったとか。
新一が今度はマリッジリングを特急で注文したので、普段ものに動じない小泉時計店のうら若き女性店主が流石に驚いたとか。
結婚式・披露宴の準備にまた1騒動あったとか。

まあ色々とあるのだが、それはまた別の話。









新一は、2人が初めて結ばれたホテルのセミスイートをちゃっかり予約していた。
もともと、彼なりに一周年の夜を祝いたかったらしい。
新一は役所で婚姻届を済ませると、すぐその足で蘭を予約したホテルの部屋に連れ込んだ。
そして何を今更と思うが、「新婚初夜」と称して、蘭を一晩中どころか次の夜になっても離そうとしなかったのである。

「はあ、ああああんん!!し、新一・・・お願い・・・もう・・・許して・・・」
「駄目だよ。・・・俺が・・・っくっ・・・蘭一筋、だって事・・・蘭が・・・うっ・・・わかって・・・くれるま・・・で、離・・・さない」
「ああん、わ、わかったから、もう・・・しん、いちっ・・・ああっ、んあああああっ!!」
「っくっ・・・!!まだ、だよ、蘭・・・」
「あん、あっ、ああん!!新一いっ!」
「オメーは・・・俺、の、もんだ、蘭・・・そして俺は・・・オメーのもん・・・だから、な・・・」
「はあああああんん!!」

その週末、蘭は休む事無く何度も高みに上り詰め、意識は朦朧として体力の限界を越していたが、まあ・・・幸せな時間を過ごしたと言えるだろう。


こうして蘭の、愛人(と思い込んでいた)生活は、終わりを告げたのであった。







Fin.



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(最終回)の後書き

ようやく終わりました。
最後までお付き合い頂いてありがとうございました。
そしてここまで読んだ方、苦情は一切受け付けませんので、宜しく(滝汗)。
そして新一くんが童貞であったというのにも、文句がある人もおありでしょうが、それは私の信念ですので、絶対に苦情は受け付けません。

昔読んだあるレディースコミックにて。
自分は「愛人」の積りだったヒロインが、相手に奥さんがいると思っていたのが誤解(過去には結婚してたがヒロインと付き合う時点ではとっくに独身だった)だったという話がありました。
それを新蘭でやりたいと思ったのがこの話を書いた切っ掛けです。

それにしても不思議ですね。日本語では「愛人」というと不倫の関係を指してしまいます。字面だけ見ると「恋人」と意味が一緒のような気がするんですけどね。
そして、何だかシリアスそうに話が展開していた筈なのに、何故最後がギャグになってしまったのか・・・ごめんなさい、私にも謎です。


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