愛人(!!!?)生活



byドミ



(5)私は愛人!?



「園子、久し振りね〜」
「蘭、ところで良かったの?日曜日はデートじゃないの?」
「あ〜、うん、彼、日曜日も仕事が入っている事が多いから」

梅雨明けしたばかりの日曜日。
蘭は親友の園子と久し振りに一緒に出掛けていた。
園子は大学卒業後、真の居る外国に出掛けたり鈴木財閥での仕事を覚えたりするのに忙しく、なかなか蘭と会う機会もなかったのだった。


蘭の目に園子の左手薬指が映る。
そこには、小ぶりだが眩しい光を放つダイヤの指輪が光っていた。

「ねえ園子。式はいつなの?」
「う〜ん、色々落ち着いてからだから、2,3年後かな?」
「そんなに長く待てる?不安にならない?」
「だって、今迄だって長かったんだし。それに、お互いの気持ちを確認してきちんと約束交わしてるしね。待ち遠しいけど、不安にはならないかな」

蘭は、自分と新一の間には何もない、と思った。
体の繋がりがあっても、唯一それだけではとても安心出来るものではない。
約束も、愛の言葉も、確かなものは何もない。

『愛してるよ』

蘭が朧な意識の中で幻のように聞いた新一の言葉。
おそらく自分の願望による幻聴か、でなければベッドの上だけでのその場限りの睦言だと蘭は思っていた。

「ねえ、蘭。指輪、貰ってないんだ?」
「え?だ、だって・・・まだ私たちはそんな・・・」
「正式なものじゃなくたって良いのよ、ステディリングをねだったら?左手の薬指が塞がってたら虫除けにもなるし、彼の方も安心出来ると思うんだけどなあ」
「・・・・・・そうね、そうかもね」

蘭は無意識の内に手を胸のペンダントに当てていた。
新一と江ノ島に出掛けた時に買って貰った貝細工のペンダント。
安物ではあるが、蘭にとって初めて新一からプレゼントされたアクセサリーである。
値段ではなく、そのような事をして貰ったのがとても嬉しかった。
けれど、たとえ安物でも新一は「指輪」は買ってくれなかった。



5月の蘭の誕生日には、新一は蘭をいきなり高級レストランに連れて行って驚かせてくれた。
その時のプレゼントは、バッグと財布。
蘭も知っている銀杏をあしらったテーマで有名な「フサエブランド」のもので、社会人になっても学生の時のままのバッグと財布を使っていた蘭は、申し訳なさ(フサエブランドのバッグの値段を知っていたので)と嬉しさで一杯だった。
けれど今の所、服やアクセサリーなどを買ってもらった事は殆どない。
蘭は決してそういう事をして欲しいと思っているわけではないが、体を重ねていても新一との間に距離を感じてしまう事があるのだ。

新一が蘭の誕生日をちゃんと把握していて祝ってくれたので、蘭が新一の誕生日を尋ねると、既に過ぎ去ったあとであり、しかも「その日」はゴールデンウィーク中だった為に新一は「家」の方に帰っている時だった。
新一の誕生日へのお祝いもさせてくれないのかと蘭は酷くショックを受けた。
蘭が詰ると新一は申し訳なさそうな顔をして、

「ごめん。俺、自分の誕生日には昔からあんまり関心なかったから」

と言ったのだった。



蘭は久し振りに園子と2人でのショッピングを楽しみ、喫茶店でおしゃべりに花を咲かせた。
他愛もない話ばかりだが、元々親友同士の2人、一時でも話が尽きる事はない。
お互いの仕事の事や近況を話し、園子からは京極真への惚気を散々聞かされた。



  ☆☆☆



「新ちゃん、こんなとこで過ごしてて良いの?蘭ちゃんほったらかして大丈夫なのかな〜?」

「うっせーな。んなんじゃねーって」

「今更隠さなくったっていいじゃな〜い。花の日曜日に彼女をほっぽって、トンビに油揚げされても知らないわよ〜」

新一は、蘭が園子と出掛けた日曜日、実家で母親の有希子にからかわれていた。
有希子は、初めて蘭に会った時からおそらく新一の気持ちには感付いており、この前週末に新一が実家に帰らなかった事から2人が既に深い仲である事もばれてしまっているようだった。

新一は深い溜息を吐く。

「そろそろ潮時だな・・・」

どうせ有希子にばれてしまったのなら、もう毎週実家に戻る必要などないのだ。

金曜日には蘭の体中に自分の印を付け、月曜日の夜には蘭の体中を点検して男の影がない事に胸を撫で下ろす。
その繰り返しだった。
無論、蘭が節操のない女などではない事は、新一には良く解っている。
しかし、蘭を週末1人にする事への後ろめたさと不安が、新一にその様な行動を取らせていた。

ホテル暮らしの間、蘭は週末自分のアパートに戻っていた為、完全に自分の目を離れてしまう。
だから、マンションを借り、強引に同棲する事で、蘭を縛り付けた。


2人の付き合いが、新一のナンパに蘭が応じた事から始まっていた為、新一は不安だった。
溺れるように何度蘭を抱いても、不安は拭えない。
男性に免疫のない蘭がたまたま自分と一線を越えてしまった為に、その後も付き合っているだけなのではないかという不安を、新一はいつも抱えていたのである。



  ☆☆☆



「ねえねえ蘭、知ってる?友香ってば、ウェストボール社の岡本社長の愛人やってるんだって」
「えええ?そうなの?」

園子の口から、大学時代「契約同棲」をしていた同級生のその後を聞いて、蘭は驚く。
故郷へ帰って結婚でもすると言っていたが、結局そのまま東京に留まっていたと言うのだ。

「友香って、何か妙に割り切るタイプだと思ってたんだけどさ、愛人なんて今は良くても将来わかんないじゃない?で、私この前会った時話をしたんだけどさ・・・あの友香がよ、『わかってる、けど岡本社長の事愛してるんだもん』って、親子ほど年の離れた相手の事頬染めていうのよ、信じられる?」
「そ、そうなんだ・・・でも、奥様いらっしゃるんでしょ、不倫なんでしょ?私だったらそんな事、許せないし耐えられないと思う」
「うん、妻子持ちよ。しかも息子は友香より年上。でも不倫している本人はそんな風に割り切れないんだってさ。それに、私には理解出来ないけど、その社長、奥さんも大切だけど友香の事も愛してるんだって。男って、複数の人を同時に愛せる人も居るらしいのよね。どうしても、1人の女じゃ満足出来ないって言うか・・・」
「・・・・・・」
「まあ、そんな男ばかりじゃないけどね。真さんは私一筋だって誓ってくれるし」

最後には蕩けるような顔になってのろける園子に、蘭は苦笑した。

「はいはい、ご馳走様」
「ところで蘭、ナイトバロン社では社長秘書をしてるんだって?大変でしょ」
「うん、まあでも社長が色々助けてくれるから」

蘭と園子は場所を変えてまだおしゃべりに花を咲かせていた。

「ああ、工藤社長。あの人はフェミニストそうだもんね」

園子が言うのに蘭はうんうんと頷く。
蘭が絡むと新一がフェミニストの仮面をかなぐり捨てる事は、蘭はまだ知らない。

「ナイトバロン社の工藤社長かあ・・・まだ若いのに切れ者で、ハンサムで、フェミニストで・・・スポーツは万能らしいし。素敵よねえ」

園子の言葉に、蘭はまたうんうんと頷く。

「でもさ、あの人、人当たりは良くて女性の扱いはうまいけど、誰がアプローチしても軽くかわして落ちないんだってさ」
「そう・・・かな」
「うん!もんのすごい愛妻家!奥さん溺愛しちゃってて、他の女性には見向きもしないんだよね」

園子の言葉に、蘭は一瞬きょとんとした後、雷に打たれたような衝撃を受けた。

「え・・・?愛妻家・・・?」
「うん!蘭、まだ見た事ないの?元女優ですっごい美人の奥方。人妻とわかっててもアプローチする男が後を絶たず、工藤社長ってば裏で手を回してはそんな男達を撃退してたんだってよ」

蘭は自分がショックで倒れないのが不思議だと、どこかで妙に冷静に考えていた。

「園子、ごめん。私この後用があるの思い出したから、帰るね」

蘭は慌しく立ち上がって去って行った。
園子は怪訝そうに蘭を見送ったが、割合鋭い園子にしては珍しく、蘭の様子がおかしいのには気付いていなかった。

「まだ40代半ばの若さでナイトバロン社をあそこまで育て上げて・・・工藤優作社長・・・すっごい素敵な小父様よねえ」

最後の園子の独り言は、残念ながらとっくにその場を去った蘭には聞こえる事がなかったのである。



  ☆☆☆



方向音痴の蘭だったが、何かに突き動かされるように、住居表示だけを頼りに電車に乗ってある場所に向かった。
初めて行くそこは、蘭の実家から歩いて来られる位の近距離だった。

『こんなに近所だったのに・・・昔はお互いの存在に全然気付かなかった・・・』

新一の母親・有希子は、蘭の両親である小五郎、英理と高校の同級生だったという事を、蘭は思い出した。
尤も工藤一家はアメリカ暮らしも長かったようだから、今まで蘭と接点がなかったのも無理なかったのかも知れない。



たどり着いた所は、馬鹿でかい洋館で、蘭は近付くのにも躊躇した。
表札を見ると、紛れもなく「工藤」とあった。

「志保、何だよそれ?」
「あら・・・ふ〜ん、顔が赤いじゃない、どうしたの?」
「うっせ〜!」

聞き知った新一の声と、アルトの柔らかい声が聞こえ、蘭は思わず門扉の隙間から中を覗き込んだ。

新一の傍には、赤味がかった茶髪をボブにした、切れ長の目の美しい女性が立っていた。
蘭にはその女性に見覚えはなかったが、元女優だと聞くと成る程と思わせるほどの美人である。

「志保」と呼ばれたその女性が新一を見詰める瞳には、柔らかな光が湛えられている。
新一の方も、頬を赤らめはにかんだような顔をしてその女性を見詰めている。
蘭はそれ以上その場所に居る事が出来ず、踵を返して走り去った。

だから蘭は、残念ながらその後の2人の会話を聞く事はなかったのだった。

「お父さんも新一くんも、私を発明品の届け係にするの、いい加減にして欲しいわね。2人とも、ものぐさだったらありゃしないわ」
「はは、わりぃ。ついな」
「それにしても、新一くんにそんな顔をさせる女性、私も早く見てみたいわ。あなたって恋愛が出来ないタイプかと思って、幼馴染としては心配だったのよ」
「そっちこそ、研究にしか興味がねえ鉄面皮だとばかり思ってたけど、そうでもなかったんだな」
「言ってくれるじゃない。まあね、両親とお隣さんの工藤家以外の人の中では、構えずリラックスして過ごせる相手と初めて巡り会えたなと思ってるけど。新一くんと私、お互いに、良い人に出会えたのが他人より少しばかり遅かったみたいね」
「ああ、そうだな」
「今日はまたえらく素直ね」
「お互いにな」
「結婚式には呼んでくれるんでしょう?」
「阿笠博士とフサエさんと志保、大事なお隣さんは3人とも、是非呼ばせてもらうよ。あ、志保の旦那さんもな」
「あら。まだ旦那になってるかどうかわからないわよ。そっちの方が早いかも知れないでしょ?」



  ☆☆☆



蘭はどうやってマンションまで帰って来たものか、覚えていなかった。
独立した1Kの方の部屋に入り、ベッドに突っ伏して涙を流した。

「何故、何故、何故なの・・・っ!?」

先程見た光景が、茶髪の美しい女性「志保」の事が、頭から離れない。
そこまで愛している奥様がいるのに、何故自分と・・・。
蘭の頭の中はその疑問が渦巻いていた。

「家が遠いから、毎日通うのが大変なんだよ」

『愛しい美しい奥様が居られる家には、週末しか帰れない。だから、ウィークデーの欲望処理と身の回りの世話をしてもらう為に、たまたま目の前に現れた私と・・・?』

新一が自分の誕生日を祝わせてくれないのも無理はない、と蘭は自嘲的に思った。
家で奥様と2人きりで祝ってもらったに決まっているのだ。

「もしもの時は俺の子を産んでくれるか?」

『奥様には子供がなかなか出来ないのかしら?だから愛人にも子供を産ませようと・・・?』

自分で考え付いた「愛人」という言葉に、蘭の胸は痛んだ。

「私・・・新一の愛人、なんだ・・・」

自分で口にしてしまって、蘭はまたぽろぽろ涙を流した。
新一はナイトバロン社の社長という立場、女は選り取りみどりである。
それでも、蘭の心の中に、いつか新一の花嫁になれるのでは、という期待が全く無かったと言ったら嘘になる。

「何故、最初の時、奥様が居るって事、教えてくれなかったの!?そしたら私は・・・!」

もしそうだったら、新一を好きにならずに済んでいただろうか。
それは今となっては判らない。
しかし、もはや取り返しがつかない程に、新一を愛してしまっているのだった。

「ああ!友香に対してあんな事言ったけど、私・・・新一に奥様が居たとしても、許される事でなくても、それでも私はあの人の事・・・ッ」



  ☆☆☆



新一はいつもと違い、日曜日の内にマンションに帰って来た。
玄関に入り、人の気配が無い事に眉を顰める。
もしや蘭は実家の方にでも帰っているのだろうかと思うが、そんな話はしていなかった。
新一の心をどす黒い疑念と不安が渦巻いていく。

しかしやがて新一は、ある事に思い当たり、リビングの奥のドアを開けた。
新一が求めた姿がそこにはあった。
蘭はそこのベッドに突っ伏したまま、寝入ってしまっているようだった。



  ☆☆☆



蘭は暗闇の中で手を伸ばした。

「新一、新一。行かないで、行ってしまわないで」

すると、暗闇の中、応えの声がした。

「蘭、俺はここに居るよ。ずっと傍に居るから・・・蘭、安心して」

そして温かい腕が抱き締めてくる。

「新一、新一、私を離さないで、しっかり抱き締めていて!」

蘭はこれが夢だと確信していたけれど、それでも嬉しくてポロポロ涙を零した。
新一の唇が蘭の唇に優しく触れ、指が胸をまさぐり始めた。



蘭の意識が浮上しかける。
蘭の体中を這い回る指と唇の感触がリアルで、蘭は一気に目が覚めた。

「んああああっ!」

蘭が覚醒した瞬間に新一のものが蘭の中に入って来て、蘭は思わず高い声を上げる。
蘭の体は睡眠中でも新一の愛撫ですっかり準備が出来上がっていたらしい、挿入はスムーズで痛みはなかった。
けれど体はともかく、心の方の準備が全く出来ていなかったので、蘭はパニックを起こしかけて呆然としていた。
しかしやがて、蘭を抱き締める新一の熱い肌と蘭の中をかき回す固く熱い新一自身の感触に、何も考えられなくなり、蘭の方もしっかり新一にしがみ付いて高い声を上げていた。

「・・・っ、蘭、蘭。・・・っ・くっ・・・良いよ、最高だよ、蘭!」
「あああん、新一・・・ッ!はあん、あああああんん」

やがて蘭も新一も果て、重なり合ったまま荒い息を吐きながらグッタリと弛緩した。


「もう!寝込み襲うなんて何考えてんのよ!酷いじゃない、サイテー!」
「あたたた、そう怒るなって。俺だって蘭が寝てっからそのままただ抱き締めて寝ようかと思ってたんだけどさ、蘭の方から『離さないで、抱いて』ってしがみ付いて来たんじゃん」
「え・・・?」

目が覚めたらそれこそ「真っ最中」だった為、事が終わって落ち着くと蘭は怒って新一に詰め寄っていたのだが、新一の言葉を聞いて青くなり、動きが止まる。

『そう言えば夢の中で・・・え?私、夢現の内に新一に迫っちゃった訳?』

「まあ俺にしてみれば嬉しかったけどさ。・・・ごめんな、いつも寂しい思いさせてんだろ?」

新一の言葉に胸の奥がツキンと痛む。
新一に涙の跡を見られ、夢現に新一を求める言葉を聞かれてしまったようだ。
何かまずい事は言わなかっただろうかと焦りながら考える。

『ああ、駄目よ。気を付けなくちゃ。新一の重荷になってしまったら、私、傍に居られなくなる・・・』

蘭は新一の胸に頭をもたせ掛けて口を開いた。

「そう言えば新一、今日はまだ日曜日なのに・・・その・・・お家の方は良かったの?」

新一が蘭の髪を指先で弄びながら答える。

「・・・早く蘭に会いたかった。早く蘭の顔を見たかったんだ」
「新一・・・?でも・・・」
「愛してるよ、蘭」

今度こそ蘭は新一の愛の言葉をはっきりと聞いた。
胸の内に渦巻く罪悪感よりも、喜びの方が遙かに凌駕する。

『ああ・・・新一の奥様、ごめんなさい。お父さん、お母さん、ごめんなさい。私、罪深い事わかってるけど、新一が好き、新一を愛してる。許されない事だって分かってるけど、一生、愛人でもいいから、新一の傍に居たい・・・』

「新一、お願い。私を離さないで、ずっと傍に居て」

蘭は心の内で『たとえ永久に2番目でも良いから・・・』と付け加えていた。

「蘭。そう言ってくれて嬉しいよ。俺は絶対にオメーを離さない、ずっと傍に居るよ」

蘭は新一に甘えるように擦り寄った。

『凄く幸せ。でも、忘れてはいけない、新一には最愛の奥様が居る事。でも、新一の言葉も嘘とは思えない。・・・男の人って、1度に複数の人を愛せるって聞くけど、本当の事だったのね』

再び新一が蘭の体をまさぐり始める。
蘭は新一に身を委ね、全てを忘れて新一との行為に没頭しようとする。
しかし頭のどこかに引っ掛かった悲しみは、消し去る事など出来る筈がなかった。









「あっ!?」

パソコン画面を睨んでいた蘭が突然声を上げ、新一が社長机の上のノート型パソコンから顔を上げて声を掛けて来た。

「どうした?ら・・・毛利くん」
「あ、失礼しました、社長。今夜は鈴木財閥主催のパーティに出席ですね」
「そうか、今夜はあそこか・・・あそこは大企業だが悪どい手を使わずに堅実に事業を伸ばしている大切な取引先だ。失礼の無い様に・・・君も、経費で落として良いから衣装を調えておいてくれ」
「はい、かしこまりました」

答えながら蘭はドキドキしていた。
多分園子は今日のパーティに出席する筈である。
蘭は園子と「仕事」で顔を合わせるのは初めてであった。



  ☆☆☆



「皆様、わが鈴木財閥主催のパーティにようこそお出で下さいました。私は本日会長の名代として皆様のお世話をさせて頂きます、鈴木園子です。どうぞ宜しくお願い致します」

園子が堂々として挨拶をしている姿を見て、蘭は胸が一杯になる。

『園子、立派になって。頑張ってるのね。私も負けては居られない』

園子は、蘭が来ている事にはすぐに気がついた様子で、チラッと蘭の方を見て少し微笑んで見せた。

新一が場を巡りながら様々な人と挨拶を交わす。
蘭はずっとそれに付き添って歩く。

「おや、新一くん、お連れのお嬢さんが噂の新しい秘書だね。これは噂に違わず美人だ。どうかね、うちの息子の嫁に・・・」

眼鏡を掛け意志の強そうな瞳をした中年の男が、2人に声を掛けて来た。

「せっかくですが、楠社長。うちの有能な新人秘書の引き抜きは遠慮して頂けますか?毛利くんが居ないとこちらの業務が滞ってしまうのですよ」

新一がやんわりと断りを入れる。
微笑を湛えながら実はその目は笑っていなかった。
楠社長は黙って肩を竦めた。


新一が蘭をパーティに伴うようになってから、今までどんな美女にもなびかなかったナイトバロン社の若き2代目工藤社長が、現在、新人秘書に夢中らしいという噂は業界内に浸透しつつあった。
蘭にアプローチしようとする男達への半端ではない牽制とガードの仕方を見れば、新一の気持ちは自然とわかってしまうのである。
その噂に全く気付いていないのは渦中にある蘭だけだった。



  ☆☆☆



客の間を巡っていた園子が新一の所に来て挨拶した。

「ようこそお出で下さいました。ナイトバロン社の工藤新一様ですよね?副社長の・・・今日はお父様の代理でお出でなのですか?」
「1年前に代替わりして今は僕が社長職にあります。父は会長職に就いてグループ全体を統括するとか言ってますが・・・まだ若いくせに半分隠居のような優雅な生活を送ってますよ」
「あら・・・蘭ったら、この前変な顔してたと思ってたら、それでだったのね。教えてくれれば良かったのに」

園子が口の中で呟いたが、幸か不幸かそれは新一に聞こえていなかった。
園子は口調を改め、新一に向き直り、飛び切りの営業用スマイルで言った。

「そうだったのですか。社長の世代交代の事、私、存じ上げなくて失礼しました」
「いえいえ、お気になさらずに。これからも、今迄以上のご愛顧をお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ナイトバロン社の製品は優秀と言う評判ですから。時にあの・・・工藤社長は独身ですよね?」
「あ、ええ、まあ。何故?」
「指輪をしていらっしゃらないから」
「女の方はそういった事に目敏いですね。そろそろ・・・と考えてはいるのですがね・・・」

そう言った新一の視線がさり気なく動いて蘭のほうをチラリと見たのに、園子は目敏く気付いた。
蘭は少し離れた所で顔馴染みの社長に捕まり話し込んでいた。

今迄妙にタイミングが悪く蘭の恋人の名前をいつも聞きそびれていたが、目の前のこの男が蘭の相手に間違いないようだ、と園子は思った。
しかも、どうやら将来の事まで考えている様子である。

「あの、工藤社長!」
「はい、何か?」

園子は営業用でない真顔になって新一に向き合った。

「あの・・・蘭の事、よろしくお願いしますね」
「・・・園子さんは、毛利くんのお知り合いですか?」
「親友なんです、昔からの。あの子は、純で気持ちの綺麗な子だから、守ってあげて下さいね」

その言葉を聞いて新一の顔にも、営業用でない笑顔が浮かんだ。

「蘭も良い友達に恵まれてますね。こちらこそ、これからも宜しく」

園子は、この前蘭と話した時、ナイトバロン社の社長がまだ先代の工藤優作であると思い込んでいた。
けれど、社長秘書である蘭が社長の家族背景を知らないなど、普通は有り得ない。
まさか自分の言葉が原因で、いまだに蘭が新一を妻帯者だと思い込み苦悩しているなど、夢にも思っていなかったのである。





(6)(最終回)に続く



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(5)の後書き

当初の予定では、新一くん側の事情は全て最終回まで伏せておき、読者様達をも騙しておく心算だったのですが、そうは行かず、撃沈。
さて、ようやく何ゆえ「愛人生活」なのかって話が出てきました。本当はもっと序盤で出す筈だったんですが。普通、いくら何でも、社長秘書なら社長が独身か否か位解っている筈でしょうが、そこはそれ、蘭ちゃんですから(意味不明)。
あああ、今回、蘭ちゃんが果てしなくブルーになっちゃってる。ごめんなさいいいい。だからそれは誤解だってばよ。(←って、誤解させてるのは私だが)

で、この話、次回で最終回です。うん、多分、きっと(爆)

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