愛人(!!!?)生活



byドミ



「んん、はああっ、あああんん、しん・・・いちっ・・・」
「っくっ・・・らん・・・!」

暗い室内に響くのは、息遣いと喘ぎ声と甘い悲鳴、そして隠微な水音。
ベッドの上で男と女がひとつになり、手足を絡ませ、激しくお互いを貪り合う。
ベッドがそれに耐え切れないかのように軋み、音を立てる。
やがて2人は上り詰め、男は女の中に情熱と欲望を吐き出した。



熱いひと時が過ぎ去った後、お互いに抱き締め合いながら、穏やかな眠りの時間が訪れる。
男は既に寝息を立てていた。
しかし女は眠れずにいた。

「新一・・・」

先程までひとつになっていた男の名を呼ぶ。
この男・工藤新一は、自分にとっては誰よりも愛しい唯1人の男性。

けれど、新一に取って自分の存在は、一体何だろう?
自分はいつまで新一に取って必要とされるのだろう?

その女は・・・毛利蘭はそう考え、不安と悲しみで押しつぶされそうになる。
蘭は、知らず涙を流しながら、1年前に初めて新一と会った時の事を思い出していた。




(1)就職試験




「毛利蘭さん、どうぞ」
「はい」

蘭は名を呼ばれて、深呼吸をひとつすると、すっと立ってドアの前まで行き、ノックをした。
中からの応えを確認して、ドアを開けて中に入り一礼する。
全てマニュアル通りの所作である。


景気が冷え込んで随分長く、就職は相変わらず厳しい。
来年卒業の女子大生も、どれだけの者がまともに就職出来るか判らない。
今年大学4年になる毛利蘭は、卒論準備のかたわら就職活動をしていた。

蘭が今日面接に来たナイトバロン社は、コンピューターソフトを主に手掛けている、小さいがこの不況下でも順調に業績を伸ばしている会社だ。
毎年新卒者の採用を行っているというだけでも、会社の業績の良さを窺わせる。
しかも労働条件は格段に良い。
当然人気も集中し、競争率も高い。

蘭がこの会社に興味を引かれたのは、ここで作られたソフトの中に、蘭の好きな三国志の「人物相関図・事典」とか、探偵をやっている父親が使っている「犯罪捜査マニュアル」など、ユニークな、一見マイナーとも思える(けれど妙に売り上げを伸ばしている)物が多数あったからだった。

今年そのナイトバロン社は、ソフト開発の専門職の他、若干名の事務員を募集していた。
蘭が駄目元で事務員募集に応募してみると、筆記試験と面接の通知が来た。
そして蘭は今ここ――ナイトバロン東京本社に来ているのだった。







蘭は面接室内に入る。
数人の面接官が並んで座っており、蘭は促されてその向かい合わせにある椅子に座った。
蘭の真正面に座っている面接官は非常に若く、蘭とあまり変わらない年齢に見える男性だった。
胸のネームプレートには「工藤」とある。
こういう場合だというのに、蘭は一瞬その男性に目を奪われてしまっていた。
端正なマスクに、スラリと細身でいながらしなやかで強靭な印象を与える男。
空手をやっている蘭には、その男のまとう空気や身のこなしに隙がない事が見て取れる。
何よりも蘭を惹き付けたのは、その眼差しである。

深い海を思わせる蒼く澄んだ瞳。
その瞳を見た者は目を逸らす事が出来ないだろうと思わせる程に強い光を宿している。

蘭は心を落ち着けようと深く息を吸う。
面接官からの質問に出来るだけはっきりした声で答えていく。
工藤という面接官は、若いながらもこの中では格が上らしい。
質問を中心になって行っているのはこの男だった。

「空手を長い事やっていて、かなりハイレベルのようだけど、始めた動機は何だったの?」
「はい。その頃全日本チャンピオンだった前田聡さんに憧れたのが切掛けです」
「・・・正直だね。普通こんな場では精神を鍛える為とか、体を強くする為とか、ありきたりの答を返しがちなのに」

工藤面接官の目は面白そうな光を宿している。
面接時に意地悪な質問をされたり切り返されたりするのは良くある事だと聞いていたし、ありきたりの無難な答えを返すのは反ってマイナスであるとも聞いている。
蘭は心を落ち着かせるよう努めながら言葉を継いだ。

「元々体を動かすのは好きで、何かスポーツをやろうとは思っていました。その、前田さんの試合を見た時、うまく説明出来ませんが、感動したのです。武道がただ乱暴なだけの物ではない、芸術にも通じる、高尚で優しさと強さを兼ね備えた物になり得る、そう感じさせられました」
「成る程。実は僕はね、武道が心身を鍛えるなんて事はこれっぽっちも信じていない。世の中には、自分の持っている強い力で弱い者虐めをする奴も居るからね」
「それは・・・!仰る通りだと思います。武道と言うのは手段であり、決して目的ではありません。悪となるも善となるも、それを用いる者の心掛け次第だと思っています」

蘭は真っ直ぐに工藤面接官を見詰め、心から思った通りの事を言った。
工藤面接官の目がフッと柔らかく細められ、優しい表情になった。
蘭は今のやり取りでの緊張が解け、再び別の意味でドキドキし始める。

『生意気な事言う小娘だって思われただろうか・・・』

そういった埒もない事を考える。

「君、パソコンは?」
「一通り、初歩程度に扱う位なら出来ます。正直あまり長けてはいませんが、これから頑張って勉強するつもりです」
「本当に正直だね。けれど、技術に付いては練習次第だというのは確かだ。わが社では、事務員にはパソコンの扱いよりも別の部分でのプラスアルファを求めている。下手に『私は上手に扱えます』ってのをアピールされるのも困るわけ」

蘭は心の内で頷く。
正直ここはパソコンの扱いに長けた者ばかり集まっている会社だ。
新人が「私はパソコン出来ます」とアピールしたところで、片腹痛いと言うものだろう。

「最後に。わが社のどこに興味を引かれたの?」
「珍しいソフトを多く手掛けていらっしゃるからです。実は、私は三国志が好きで大学で研究もしたのですけれど、人の名前を覚えるのが大変で、貴社の『三国志人物相関図・事典』はとても助かりました。また、私の父が私立探偵をしているのですが、『犯罪捜査マニュアル』が非常に重宝しているようです」
「それはまた光栄だね。けれど、事務職はそういったソフトの開発とは直接関係のない部門になる。と言っても、社内から広くアイディアを募集する事も多いから、無関係と言う事もないがね」



面接が終わった後、蘭はぐったりと疲れてしまった。
その後簡単な筆記試験を終えて、蘭が開放されたのは午後になってからである。

『就職試験って疲れる。でも、またいくつも受けないといけないだろうな・・・。出来ればここに受かってて欲しいけど、競争率高いし』

蘭の脳裏に工藤面接官の端正な顔が浮かぶ。
もしもここに就職出来たらまた会えるかも知れない、と考えてしまって、慌てて首を振る。



  ☆☆☆



帰りかけていた蘭の携帯が振動する。就職試験中だったのでマナーモードにしてあったのだ。
メールが届いているようだった。発信者の名を見て蘭は仰天する。
先程会ったばかりの工藤氏からの呼び出しメールだったのだ。



  ☆☆☆



「やあ。来てくれたんだね」

待ち合わせに指定された喫茶店で、工藤氏が笑顔で手を上げる。
蘭はその向かい側に腰を下ろした。

「あ、あのあの、何か先程の面接でまずい事でも・・・?」

蘭がおずおずと問いかけると、工藤氏は最初きょとんとしたような顔をし、次いで苦笑いした。

「いや・・・試験の事での呼び出しなら、会社内でしてるよ。ここに呼び出したのは、俺が君に個人的に興味を持ったから」
「え・・・!?こ、個人的に、きょ、興味って、あの・・・?」
「毛利蘭さん。1人の女性としての君に、俺・工藤新一が、1人の男として、個人的に興味を持ったわけ」
「は?」

蘭はここに至ってもまだピンと来ず、突っ立ったまま、暫らく固まっていた。



「あ、あの・・・工藤さん・・・」
「なに?」
「今、仕事時間中ではないんですか?」
「・・・午後、休暇を取ったんだよ。いつもハードワークだから、たまにはいいさ」
「あの、でも・・・業務上で知り得た情報で個人的に接して来ると言うのは、公私混同なのではないですか?」
「そうだね、俺もそう思うよ。けど俺は、それでもこの機会を逃したくなかったから」

蘭は、いつの間にか工藤新一に促されるままに、運転手付きの車に乗り込んでいた。
新一は強引ではあったが、決して無理矢理に誘ったわけではない。
蘭は、促されるがままに付いて行っている自分自身が信じられなかった。

「あの・・・私、今日の試験、駄目だったのでしょうか?」
「どうして?」
「だってあの・・・同じ職場って言うのは、色々と差し障りがあるでしょう?」
「ああ・・・うちは仕事に差し障ったり公序良俗に反するのでない限りは、オフィスラブには寛容だから。君を採用するかどうかと今の事は基本的に無関係だよ。あ、ついでに言っとくけど、もう俺の採点評価表は提出済みだから、君が俺の誘いに応じるか否かで評価が変わる心配はない。その点も安心しといて」

会話している内に、蘭は見慣れた城の姿が前方に見えて来たのに気付く。
そこは米花町から程近い所にある大きな遊園地のシンボルマークとも言えるお城だった。

「トロピカルランド?」
「そう。まずは遊園地でデートってのが定番かなと思って」

蘭は苦笑する。
新一の強引なやり口は、蘭にとって不快ではなかった。



  ☆☆☆



いくつかのアトラクションをこなした後、「氷と霧のラビリンス」の展望台で蘭達は一息ついていた。
望遠鏡で園内は勿論、東京湾やはるか遠くの景色も見る事が出来る。
景色を眺めている蘭の頬にふいに冷たいものが触れた。

「きゃっ・・・!」

振り返ると、缶コーラを持った新一が笑顔で立っていた。

「ホラ。喉渇いたろ?」

新一の瞳とその笑顔に引き込まれる。
今日初めて会ったばかりだと言うのに、この男性にどうしようもなく囚われている事を蘭は自覚し始めていた。



「お、そろそろ時間だ。いいもん見せてやるよ、おいで」

新一が腕時計を見て言うと、蘭の手を掴んで走り出した。
蘭は、訳のわからないまま新一に強引に連れて行かれる。

着いた所は円形の小さな広場だった。

「工藤さん、一体?」
「スリー、ツー、ワン・・・」

新一が腕時計を見ながらカウントダウンする。

「ゼロ!」

新一のカウントダウンが終わると同時に、蘭たちの周りで一斉に噴水が吹き上がる。

「わあ・・・凄い、綺麗」

日の光を浴びて踊る水が輝き、頭上に小さな虹がかかる。
その光景に蘭は感動し、同時に蘭にこれを見せようとしてくれた新一の気持ちが嬉しかった。
水の壁で外から切り離され2人きり。
蘭はふいに新一に抱き締められた。
そして、唇が重ねられた。


それはごく僅かな時間だった。

やがて噴水の壁が少しずつ低くなり、周囲が見え始めると、新一は蘭の唇を解放し、体を離した。

「じゃあ、行こうか」

新一は何事もなかったかのような涼しい顔をして、蘭の手を引いて歩き出した。
蘭は真っ赤になった顔を見られたくなくて俯いて歩く。
何事もなかったかのような新一の態度が、手馴れているように感じて、悲しくて仕方がない。

『私、もしかして本気でこの人の事・・・?今日会ったばかりだと言うのに』

蘭にとって、今の新一からの口付けが、実はファーストキスだったのである。







蘭が初めて異性と付き合ったのは、中学生の時。
上級生から望まれて交際を始めた。
しかし、初めてのデートの時、手を握られようとして振り払い、逃げ帰ってそれきりだった。
それ以降、高校・大学と、望まれて何回か男性と付き合ってみようとした事がある。
けれどいつも、触れて来ようとする相手に嫌悪感を抱き、手を握られるまでは何とか我慢しても、肩を抱かれそうになると我慢できずに振り払って交際は終わっていた。
しかも、蘭の空手の腕がだんだん上達しており、しまいには相手を怪我させそうになった。
自分は男性恐怖症なのだろうかと思い、思い余って親友の鈴木園子に相談した事もあるが、本気で相手にしてはくれなかった。

けれど今日、蘭は初対面の新一相手にあっさり抱き締められて唇を奪われ、それがいやどころか、体の奥が熱くなり、ときめいていたのである。
つまるところ、蘭が今までの交際相手に嫌悪感しか抱かなかったのは、相手が好きではなかったという単純な理由によるものだったようだ。

『私・・・もしかして、今のこれが、初恋、なのかしら?』







夕焼けの中、蘭と新一は観覧車に乗っていた。
広い視界の全てが赤く染め上げられ、息を呑むほどに美しい。

「綺麗・・・」
「良かった。喜んでもらえて」

新一の腕が蘭の肩に回され、蘭はそのまま新一にもたれかかった。
新一が蘭の頬に手を当て覗き込んでくる。
蘭が心惹かれたその眼差しに、蘭はうっとりとなる。
新一の顔が近づいて来た時、蘭は自然に目を閉じていた。
啄ばむ様な優しいキス。

しかし、幾度か繰り返される口付けはだんだん深く激しくなって行く。

新一の抱き締める力が強くなり、新一の舌が蘭の唇と歯列を割って中に入り込んで来た。

「んっ・・・!」

新一の手がスカートの裾から侵入しようとして、蘭は思わず身を固くし身じろぎする。

けれど、ガタンという音と共に観覧車は地上に着き、新一は蘭を解放した。







パレードを見ながら、蘭はぼんやりとしていた。
景色は目に入らず、蘭の神経は全て隣に居て蘭の肩を抱き寄せている男性に集中している。
自分で自分が信じられないと思う。
新一は決して無理矢理力尽くで事を進めている訳ではないのに、蘭はそれに逆らう事が出来ないのだ。



  ☆☆☆



トロピカルランド閉園後、蘭は新一と共にホテルの展望レストランで食事をした。
高級レストランのようだが、味は全くわからなかった。

食後のデザートが終わって、2人は立ち上がる。







エレベーターの中に他の客は居なかった。
新一が蘭を抱き締めて来る。
そして甘く深い口付け。

「ん、ふんん」

蘭の足から力が抜けそうになり、新一にしっかり縋りつき、新一も蘭を力強く抱き締めた。



やがてエレベーターが止まり、蘭は新一に促されるままに外に出た。
今日はもうこれでお別れかと思うと、蘭は悲しくなる。
新一の方は蘭の携帯の番号さえ知っているが、蘭はまだ新一がどこに住んでいるかも連絡先も何も知らない。
こちらから尋ねたら教えてもらえるだろうかと考えていると、新一が立ち止まり、鍵を取り出してドアを開けた。
蘭はハッとする。

そこは、1階のロビーではなく、客室が並ぶフロアであった。
そして、新一が鍵を開けたのは、紛れも無く客室のひとつである。

「さあ、蘭」

新一が蘭を招き入れようとする。

この部屋に入ると言うのがどういう意味か分からない程に子供ではない。
この扉をくぐれば、もう引き返す事は出来ない。

蘭は新一に肩を抱かれて促されるままに、後戻りが叶わぬ入り口への1歩を踏み出した。



(2)に続く



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(1)の後書き


ついに始めてしまいました、裏専用の連載話。
実は表の新連載「The Romance of Everlasting 〜異聞・白鳥の王子〜」が、なんと!本来裏専用で考えてたお話だったのですが、会長さんの要請で、裏部分だけ切り離して主要部分は表に持って行く事になりました。
けど、この話は、こんな調子で毎回濡れ場が出てくるのかどうかは定かではありませんが、主要部分まで全て「裏仕様」なので、こちら専用の連載になります。
ほのぼの新蘭を目指してた筈の1年前の私は一体どこに行ってしまったんでしょう(遠い目)

この話の発想のきっかけは、タイトルと関係あります。
最初は「愛人生活」にしようと思ったのですが、それには会長さんからクレームがつきまして・・・結局あれになったわけです。
言うまでもない事ですが、私は、新蘭で「三角関係」「不倫」を書く気は毛頭ありません。
じゃあ何故あのタイトルなのかは、その内おいおい出て来ます。

新一くんが手が早過ぎるとか、蘭ちゃんが逆らわずにホテルの部屋までついて行くのはどうかとか・・・色々思いますよね(書いてる私も思いましたから)
でも、この2人は「アダルト」で「幼馴染じゃない」って事で・・・原作の2人は、「幼馴染」だって事でなかなか踏み越えられないものがあると思うのですが、こちらの新一くんは突っ走ります。

彼も今の所蘭ちゃん視点では余裕バリバリに見えますが、実は必死だって言うのも・・・その内出てくると思いますので、よろしく。

次回は・・・どう考えてもこの2人の初エッチなのは間違いないでしょう(爆)
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