愛人(!!!?)生活



byドミ



(番外編)最強の・・・



「副社長、今日は鈴木財閥主催のパーティに出席ですからね、忘れないで下さいね!」
「え〜、そうだったかなあ。今夜は予定が入ってたのに・・・」
「とにかく!ちゃんと伝えましたからね!すっぽかしたりしたら許しませんよ!」
「はいはい。真由美ちゃんったら、怖いなあ」
「副社長。そんな呼び方はしないで下さい、誤解の元です!」

私の名は松岡真由美。

短大と専門学校の秘書科を卒業後、この社に入社、秘書課に配属され、今は副社長の専任秘書をやっている。
仕事ぶりは、結構有能だと思うのよ。
それに、顔と体も人並み以上で見た目は悪くないって自負してる。
自分で言うのもなんだけど、秘書としてはかなりのハイレベルだと思うの。

けどねえ・・・この副社長、私が真面目に仕事するのが馬鹿馬鹿しくなる程、馬鹿だし仕事出来ないし、もう最悪よ。
専任秘書の私が頑張ってるから何とか副社長としての任務をこなせているのよね。
親の七光りで現在は副社長、将来は社長と来れば、どんなに馬鹿で能力なくても、寄って来る女達に事欠かない。
その副社長も、親が決めた良い家のお嬢さんと昨年結婚したばかり。
一家の大黒柱になって少しは成長したかと思えば、これがとんでもない話でね。

「結婚と恋愛は別」と言って憚らず、あちこちの女を摘み食いし、湯水のように会社の経費を注ぎ込んでいる。

友人から

「真由美、不倫相手にだったら丁度良いんじゃないの?」

って言われるけど、冗談じゃないわ!

そりゃね、気楽な愛人生活も悪くないかなって思うけど、相手によるわ。
副社長、よく私にもセクハラすれすれの誘いをかけて来るけど、私はいつも上手くかわして全く相手にしなかった。
あんな、七光り以外に何にもないような男、全然好みじゃないし。
それに、あの男、摘み食いは得意で手に入れるまでは金を注ぎ込むけど、いつも食い逃げなのよ。
嫌悪感を堪えて身を任せた挙句食い逃げされるなんて、私のプライドが絶対許さないわ!

それにしても、最近ちょっと考える。
まともに秘書としてやりがいのある会社か、愛人狙いが美味しそうな社長の居る会社か、そんな所にトラバーユしたいなあって。
この不況の世の中、迂闊に会社は辞められないけど、私は虎視眈々と機会を狙っていた。

そんなある日、またとない美味しい話が転がり込んで来たのだった。









「へ!?ナイトバロン社の社長秘書!?」

年が改まり、街角ではチョコレート売り込み合戦が盛んな頃。
短大時代の友人・仁野環から久し振りに電話があり、呼び出されて喫茶店に行くと思い掛けない話を聞かされた。
ナイトバロン社では現在早急に新しい社長秘書を探しているとの事で、もし良ければそれにどうかという話だった。

ナイトバロン社は、コンピューターのソフトやシステムを中心に開発している会社で、この不況下でも業績が好調、労働条件も格段に良い方だ。
おまけに、現在の社長はまだ若い、私よりひとつ年下の2代目だが、ただのお坊ちゃん七光り社長ではなく凄腕のやり手という評判で、おまけに(パーティで見た事があるが)ルックスも飛び抜けて良い。
学生時代はサッカーの名手として鳴らし、プロに入ってもかなりのレベルでやって行けると各チームの引きがすごかったのだが、それを蹴って親の会社に入ったと言う位だから、スポーツマンでもある。

そんな社長の下で秘書をするのなら、仕事もやりがいがあるだろう。
先月結婚したばかりの新婚さんで、その点は残念だが、あれ程の人なら、愛人狙いも良いかも知れない。


「ねえ環、それにしても、何故今社長秘書を急募してるの?ナイトバロン社の社長秘書だったら、なり手はたくさん居そうだけど」

私は、1番疑問に思った事を環にぶつけてみた。

「ああ、それがね。今の社長秘書が5月に出産予定で、4月には産休に入るからなの。引継ぎの事なんか考えると、新卒採用者を待ったんじゃ間に合わないし、即秘書の仕事が出来る人をハンティングして来いってうちの人事部長に命令されたのよ。私だって人事部に移って間もないって言うのに、ったく。で、そう言えば真由美が社長秘書をしてて、でも仕事にやりがいがないって嘆いていたなあって思い出してさ。どう?」
「普通そんな時、社内で移動させない?それに、社長秘書って、複数配置してるとこも多いでしょ」
「・・・それがね。誰も秘書室には行きたがらないのよ。今の秘書さんが去年の大学新卒で若い割に結構有能で、今まで特に困った事はなかったんだけどね」
「誰も行きたがらないって・・・何か問題あるの?」
「あ、心配しなくても、真由美が行く分にはノープロブレムよ。うちの社長は仕事をきちんとしない相手には厳しいけど、真由美、その点は大丈夫でしょ?」

環の話には腑に落ちないものも感じていたが、私は腹を決めた。
どの道、今の会社に留まっているより悪くなる筈はないのだから。









「初めまして。毛利蘭です。今回は私事でご迷惑を掛けますが、どうぞ宜しくお願いします」

ナイトバロンの社長室で、私は専任秘書である毛利さんと会った。
私の第一印象は「う・・・負けた」である。
凄く綺麗なんだけど、清楚な感じの女性。
顔もスタイルも申し分なく、まず間違いなく殆どの男が見惚れてボーっとなるだろう。
5月出産予定と言ってたから、今は6ヶ月に入ったくらいだろうか、でもまだ殆どお腹は目立たない。

ただ・・・環の話だと、新卒にして有能で優秀な秘書だという事だったが、勤め始めて1年で産休に入るとはプロ意識が欠如しているように私には思えた。
けれど、ナイトバロン社の面々はそう思っていないようだった。
環にその疑問をぶつけた時も、言われたものだ。

「仕事はあくまで仕事、私生活まで犠牲にするのが本当のプロではないと思うわ。子作りなんてねえ、計画的に行くもんじゃないんだから、出来た時には大切にしなきゃ」

それはそうかも知れないけど・・・外資系でもないくせに、そこら辺の割り切り方は会社全体がちょっとアメリカっぽいかも。

まあとにかく、優秀だという毛利さんのお手並み拝見させて貰おうじゃないの!



「あら、それはこう処理した方が効率良いんじゃない?」
「あ・・・ほんとだ。松岡さん、ありがとうございます」

毛利さんが行っていたパソコンでのスケジュール管理法が結構2度手間で非効率なのを見て、私は前の会社で行っていた方法を教えた。
毛利さんはメモを取りながら素直に聞いている。

何だ・・・思わず肩に力が入ってしまってたけど、毛利さん、まだまだだわね。
勿論、1年目にしては凄く優秀なのは認めるわ。
けど、他の人に代わりが出来なくなってしまう程ではない。
性格も素直だし・・・何でみんなこんな子を恐れて秘書室への移動を嫌がるんだろう?



工藤社長が社長室に入って来た。
私は流石に緊張する。

「毛利君、お早う」
「あ、社長、お早うございます」
「松岡君・・・だね。初めまして。僕はナイトバロン東京本社の社長を務める工藤新一、宜しく頼むよ」

工藤社長・・・流石やり手と言われてるだけあって、優しげな物腰だけど、目付きは鋭くて動作に隙がないわ。

「初めまして。松岡です。秘書として働き甲斐がある所を探して、仁野さんの紹介でここに来ました。精一杯頑張りますので、宜しくお願いします」

私がそう言って頭を下げると、工藤社長は微笑んで手を差し出してきた。

「ああ。宜しく頼む」

私は差し出された手を握り返した。
取り敢えず、第一関門は突破・・・ってとこね。
どこの会社でも秘書業務は大きく違わない筈だけど、早くこの会社全体のシステムに慣れて、皆から一目置かせる存在になってやるわ!



  ☆☆☆



社員食堂で、環と一緒になった。

「真由美、どう?」
「ん〜、まだ何とも言えないわね。でも、あの子って・・・確かに1年目にしては優秀だって認めるけど、みんなが恐れる程ではないと思うけど?」
「ふふ、その内わかるわよ。真由美、妙な風に張り切りすぎて、火傷しないようにね〜」

火傷って何の事だろうと思いながら私は秘書室へと向かった。



まだ昼休みが終わる前だって言うのに、毛利さんはパソコンに向かっていた。
ったくもう、身重なんだし、休憩をきちんと取る事だって大切でしょうに。
そう思いながら彼女がチェックしているパソコン画面を見て、私は息を呑んだ。
つい今朝方私が教えたやり方に、元から行っていたやり方をミックスさせて、更に効率良くやり易い方法に変化させている。
砂が水を吸い込むように貪欲に新しい方法を我が物として吸収してしまう、この柔軟さと応用力はただ事ではない。
誰もこの子の後釜に座りたがらない訳だ。
私は初めてこの子が怖いと思い、先程までの自信がガラガラとお音を立てて崩れて行くのを感じていた。



  ☆☆☆



「真由美、どうしたの?顔色悪いよ」

夕方タイムカードの所で環に声を掛けられた。
元からの友人である上に、私を引き抜いた事で責任を感じているのか、環はずい分私に気を使っているようだ。
私は環の好意に甘えて、飲みがてら夕御飯を食べに行く事にした。



  ☆☆☆



「ふ〜ん、直接一緒の場で仕事した事ないけど、そんなにすごいんだ」
「うん。私、自信なくなりそうよ。このままだとあの子が産休に入った後、社長から無能な奴って思われそう」

少しアルコールが入った勢いで、私は環相手に愚痴をこぼしていた。
次の日も仕事なので、勿論飲む量はセーブしてる。
その位のプロ根性はあるのだ。

「去年、あの子が新卒で入って来た時ね。秘書室には3人のお局がどん座っていたの」

環の言葉に耳を傾けながら、私は更に杯を空けた。

「お局秘書達は蘭に殆ど何も教えなかったんだけど、蘭はそれこそ先輩のやっているのを見聞きして、自分で勉強して、ほぼ自力で仕事を覚えたのよ。先輩のお局達の苛めすら苛めと認識せず、自分は鍛えられてるんだって思ってた・・・そういう子よ」
「苛めとすら認識せず・・・か」

私は空になった杯を手で弄んだ。
私が前の会社に入社して秘書室に配属された時、それこそ先輩秘書の苛めに遭ったものだった。
私は、「なにくそ!」と必死で勉強してそのお局を見返すだけのスキルをすぐに身につけた。
その点ではちょっと毛利さんと共通するものがある。
けど流石に私は、苛められてる事はわかってたし、反発心があった。
毛利さんの場合、反発するのではなく常に上昇志向なのね。

毛利蘭って子、もしかしてすごい大物なのかも知れない。

「真由美。心配しなくても、社長は蘭と他の人を比べたりなんかしないって。ゴーイングマイウェイよ!」

そう言って環がポンと私の肩を叩いた。
私の心は少しだけ軽くなった。









何のかんの言いながら、新しい職場に慣れ、まあ毛利さんがいつ産休に入っても大丈夫かなって自信が付いてきた頃の事。
出勤時、エレベーターを待っていると、男性社員2人の会話が耳に入って来た。
企画部の所属で、今は北海道にあるスウィート楓社のシステムソフト開発チームに居る、稗田さんと猪口さんである。

「社長のとこの子、いつ出産予定日だって?」

そう尋ねたのは猪口さんの方、ちょっと痩せ型で眼鏡を掛けた神経質な感じの人。

「ああ・・・みんな物好きに計算してさ・・・それこそ、結婚初夜に仕込まれたんだって話だぜ」

そう答えたのは樋口さん、体格が良く浅黒い肌で結構好青年。

「ははは、そうか、あの日か・・・あの時の秘蔵ビデオがダビングされて出回ってるって?」
「ホント、皆物好きだよなあ」
「そう言うお前もだろ?」

へえ、初耳だけど、社長のとこも子供が生まれるんだ。
確か結婚式が12月だったって事だから、「結婚初夜に仕込まれた」って事は、出産予定は9月くらいかな。
でもまさか今時、結婚式のその晩が初夜なんて事ある筈は・・・あ、でも家同士の結婚とか政略結婚だったら、今時でもそうなのかも知れない。
私はそういう事をボンヤリと考えていた。



社長は今日から1週間、北海道へと出張する。
一緒に行くのは企画担当者である稗田さん・猪口さんなど、今回スウィート楓社の仕事に直接関わった人達。
そして社長秘書として私が同行する事になった。
毛利さんは身重である為、留守番である。

出発は夕方の便。
午後3時に会社を出る事にしていて、午前中には準備万端整っていた。



  ☆☆☆



昼休み、私は社員食堂に行こうと一旦秘書室を出たが、昼休みの間に目を通しておこうと思っていたスウィート楓社の資料を置き忘れた事に気付いて取って返した。

資料を手に取った時、奥から微かに悲鳴のような声が聞こえた気がして・・・私は社長室へと足を向けた。



社長室の後ろには、社長が会社に泊まり込んだ時などに使う仮眠室がある。
そこから、声が漏れ出ていた。

「あ・・・ん・・・はあ、新一・・・駄目よ・・・社内でこんな・・・」
「今は昼休み、プライベートタイムだろ。それにここは・・・俺の私的な場所だし」
「だ、だって・・・っ!はあん」
「これから1週間もオメーに会えねえ、触れられねえんだぜ・・・我慢なんか出来っかよ・・・」
「あん、あああん・・・嫌・・・新一・・・明り消して・・・」
「何でだよ・・・オメーの姿、ちゃんと見たい」
「だ、だって・・・こんな大きなお腹で・・・恥ずかしい・・・」
「綺麗だよ、蘭・・・」
「赤ちゃん・・・つぶさないでね・・・」
「ああ、気をつけるよ」
「ああ、はあん・・・しん・・・いち・・・」
「くっ・・・蘭・・・」

私はその場を離れようと思ったが足が一歩も動いてくれなかった。
喘ぎ声、嬌声、隠微な水音が響き、そこで繰り広げられている光景がありありと想像できてしまう。

やがてひときわ高い声が響き、静かになった。


私はようやく動けるようになり、足音を立てないように用心しながらその場を離れた。



  ☆☆☆



昼休み時間が終わり、私が改めて社長室に戻って来た時は、2人とも何事もなかったかのように仕事をしていた。
いや・・・流石に良く見ると、毛利さんの目は潤んで艶やかな色気があった。

社長と秘書の不倫、ってのはよく聞く話だけど、毛利さんは身重だし、社長はまだ新婚時代だって言うのに。
まあ、いいけど。
私は別にそれをとやかくなど言うつもりはサラサラない。
仕事の時間にはきちんと節度を保ってた訳だしさ。
何となく今まで堅物だって思ってた社長も、やっぱり若い男だったって訳ね。
今まで会社内では控えてたけど、出張を前にして我慢できなくなったって事か。



そして私は、仕事以外での野心がムラムラと湧き起こっていた。
忘れていた筈の「社長の愛人狙い」を思い出したのだ。
1週間の出張の間には、社長も絶対「溜まる」に決まってる。

そこに付け入ってやろうじゃないの!

そう私は決心していた。



  ☆☆☆



「これは資料、そしてこっちは・・・」

毛利さんが取り揃えたものを確認して社長に渡していた。

「行ってらっしゃい、気を付けて」

そう言った毛利さんと社長の視線が一瞬だが甘く切なく絡み合う。
ったくこの2人ってばもう、不倫の癖にまるで純愛してるみたい。
たった一週間の出張位で何をセンチになっているのかしら。
毛利さんは身重なので、空港まで見送りに行く事も出来ない。
車の後部座席から、いつまでも手を振っている毛利さんの姿が見えた。



  ☆☆☆



千歳空港で、私達はナイトバロン札幌支社の高柳支社長と、今回の取引先相手であるスウィート楓社の原口社長の出迎えを受けた。
そしてその日はそのまま札幌のホテルに向かい、到着するとすぐに(夕食会を兼ねてではあるけれど)プロジェクトについての説明会と会議が行われた。
朝から仕事をこなして、その足で空路はるばるやって来た身には堪えるわ。
まあ、仕事だから仕方ないけどね。
出張に同行した者にはその分代わりの休暇が与えられる事になっているし。
そしてやっぱり、企画部の稗田さんだけでなく、社長も資料内容は完全に把握してるようで、その点は本当に流石だって思ったわ。



連日観光に回る暇もなく(まあ仕事だから当たり前だけど、夜も歓楽街に繰り出す間もなく)、見学だの説明だの会議だので時間が過ぎ、ようやくそれらが一段落した4日目の夜、スウィート楓社主催のパーティが行われた。
結構くたくたになったけど、仕事は順調で、充実感はある。

「松岡さん」

ナイトバロン社の企画部で、今回の仕事の中心になっていた稗田さんが声をかけて来た。
仕事においても有能だけど、学生時代フットボールをやってたと言う事で結構体格もよく、浅黒い顔をした好青年だ。

「稗田さん、お疲れ様」

私はグラスを上げて稗田さんのグラスに合わせた。

「松岡さんこそ。この短期間によくうちの社の業務内容勉強したじゃない。感心したよ」
「ありがとう。でもまあ社長が何でも把握してるから、秘書としてはそんなに仕事しなくて良くて、楽だったけどね」
「御謙遜。もうすぐ毛利さんが産休に入るだろ?みんな心配してたんだけど、流石に仁野さんが連れてきた人材だって皆感心してたよ」
「でも、毛利さんまだ仕事始めて1年足らずでああでしょう?私、何か自信ないなあ」
「ああ、毛利さんは何て言うか・・・特別だから。誰も彼女と比べたりなんかしないさ」

ふ・・・ん。「彼女は特別」ね。

皆社長との仲も知ってて黙認してるのかしら?
かも知れないわね、だから誰も秘書室には移動したがらないし、環が言葉を濁してたのもこれだったのね。



  ☆☆☆



パーティがお開きになり、高柳支社長や原口社長など地元の人は帰って行った。
私は人気がなくなったのを見計らって、社長の前でフラッとして見せる。

「松岡君?」

私をガシッと支えてくれた手は結構力強い。

「すみません・・・ちょっと、酔ったみたいで」
「ああ、それはいけない」

社長がその後も何か言ってたようだったけど、私は目が回ってしまって何も聞こえなかった。
芝居のつもりだったのに、どうやら連日の疲れが出て、本当にアルコールが回ってしまったらしい。



  ☆☆☆



ふと気付くと、私は横抱きに抱え上げられて運ばれていた。
やん、社長ってば結構逞しいじゃない。
そう言えば元々サッカー選手だったっけ。
私は朦朧とした頭で、今の状況にうっとりとなる。

やがて私の部屋が開けられて、私はベッドの上に下ろされた。
そのまま離れて行こうとする相手に私は首を回してしがみ付いた。

「あん・・・お願い、傍にいて・・・」

相手は一瞬躊躇する気配を見せたが、すぐに私を抱き締めてきて唇が重ねられた。
結構分厚い舌が私の口内を嘗め回し、その間にあっという間に脱がされてしまう。
ふふっ、やっぱりそろそろ溜まってたのね。
そして結構据え膳食うタイプなんだ。

乳首を強く吸われた位で前戯もあまりないまま、彼の逞しい分身が一気に私を貫いた。

「あ・・つっ・・・!」

このところ御無沙汰だったし、まだ充分濡れないままに入れられたので、結構痛い。
けど太く逞しいもので私の中をかき回されている内に、段々気持ち良くなって来た。
私は彼にしがみ付き、高い声を上げて果てた。









朝の光が差し込む中目覚めた時、私は逞しい腕にまだ抱き締められていた。
胸板も厚いし、腕も思ってたより太い。
結構毛深いのね、それに浅黒くって・・・。

え・・・?

浅黒い・・・?

私は恐る恐る顔を上げて視線を上に動かした。

「おはようございます」

そう言って笑った人の顔は、稗田さんのものだった。



「キャアアアアアッ!何であなたがここにいるのよ〜っ!」

私は体にシーツを巻きつけながら後退りして叫んだ。

「何でって・・・酔った貴女を部屋に運んで来たら、離してくれなかったから」

え゛・・・。
じゃ、じゃあ・・・横抱きで運んでもらった時点から既に相手は稗田さんだった訳・・・?
私は気が遠くなりそうになった。

「あの・・・もしかして昨夜の事・・・覚えてないの?」

稗田さんが気遣わしげに顔を覗き込んでそう尋ねてくる。
覚えてるわよ、覚えてるけど・・・ここはお互いの為になかった事にしてしまおう!

「あ、そうなの、ご、ごめんなさい。私全然記憶になくって・・・昨夜は飲み過ぎちゃったみたい・・・」

私はそう言って笑って誤魔化す。
そして早々に稗田さんを部屋から追い出した。

この年までの男性体験は1人や2人じゃないし、まあ犬に噛まれたとでも思って・・・あ、それはあんまり失礼よね、こっちが迫ったんだし昨夜はそれなりに楽しんだんだし。
まあとにかく、1晩の過ち位の事、忘れてしまおう。



  ☆☆☆



私は気を取り直して、取り敢えずバイキングの朝食を食べに行った。

「おはよう、松岡君。昨夜は大丈夫だったかい?」

社長が私を見るなりそう尋ねて来た。
まさか稗田さんをくわえ込んだなどと言う訳にも行かず、私は微笑んで答えた。

「はい、御迷惑をお掛けしました」
「いや・・・連日の疲れが出たんだろう。すまなかったね。今日最後の仕上げ確認の後は自由行動になるから、ゆっくりと英気を養ってくれ」

その爽やかな笑顔が格好良い。
やっぱりこの人とエッチしてみたいなあ。
そしてあわよくば、大勢の1人でも良いから愛人に。

私は今夜こそ!と拳を握り締めた。



  ☆☆☆



今日はシステム稼動の最終チェックを行い、特に問題もなく昼には終了していた。
後は、明後日の夕方の便で帰るまで自由に観光でも何でもして良い事になっている。
そして帰ったら3日間の休暇がある。
まあそれに見合う分、今までの5日間はハードだったと思うけど、普通の会社だったら例え徹夜仕事になってもそれに見合う休みの保障はない所が多い。
やっぱりナイトバロン社は従業員への待遇が格段に良い、と実感する。



うう、寒い。

北海道は建物の中はきちんと暖房効いているからあったかいけど、やっぱり外はさ〜む〜い〜。
東京ではもう春の気配がしてるけど、こっちはまだまだ冬だわ。

私は寒さに震えながら札幌大通り公園を歩いたりと、それなりに観光を楽しみ、札幌ラーメンやジンギスカン鍋に舌鼓を打ち、そして夜ホテルへと戻った。
さて、ここからが本番。
昨日は私の部屋に社長を連れ込もうとして失敗したけど、今日はその逆を行ってやるわ。

私は社長の部屋に忘れ物を取りに来たと言って、ボーイさんに部屋を開けてもらった。
連泊している私達はもうホテルマン達に顔を覚えられていて、同じ社の者だって事も把握されてたから、特に怪しまれる事もなく社長の泊まる部屋に入り込む事が出来た。



社長の部屋は続き間で広々としている。
何人かで打ち合わせたり、資料を広げたり、パソコン操作したりする為にゆったりしたスペースを確保してあるのだ。
社長はまだ帰って来ていない。
多分今日は薄野かどこかに飲みに行ってるのだろう。

私はシャワーを浴び、香水をつけ、裸の上に浴衣だけを羽織り、明りを消して待った。



  ☆☆☆



ガチャリと音がしてドアが開かれた。

「お帰りなさい、待ってたのよ」

私は入ってきた人影に飛びついて行って、首筋に抱きついた。

え?あれ?

何か・・・身長とか体格とか・・・違和感が・・・。

「熱烈な歓迎、嬉しいなあ」

頭の上から降ってきた声・・・この声って、まさか・・・!
恐る恐る顔を上げると、そこには稗田さんの顔があった。

何で?ここ、社長の部屋の筈なのに?
パニックになった私が何も言えないでいる内に、稗田さんはさっさと私をベッドまで運び、抵抗する間もなく私は再び稗田さんに貫かれていた。



  ☆☆☆



第2ラウンドが終わった所で、稗田さんが満足したように息を吐いて私の横に体を横たえた。

「何で?ここ、社長の部屋じゃなかったの?」

私がぼんやりとしたままそう呟くと、稗田さんが思い掛けない事を言った。

「あ、社長は今日昼の便で帰ってしまったんだ。この部屋キャンセルするのも勿体ないから、俺が2晩、代わりに使わせてもらう事になったわけ」

何だか情けなくて、私は涙が出て来た。
稗田さんが慌てたように声をかける。

「あ、あのさ・・・松岡さん、社長の事は諦めた方がいいよ」

私は驚いて問い返した。

「え?諦めるって・・・」
「その・・・社長の事、好きなんだろ?昨夜も俺に抱かれながら、ずっと社長の名を呼んでたし・・・」

私は驚いて稗田さんの顔を見詰めた。
彼は困ったような慈しむような目で私を見ていた。

私が昨夜ずっと稗田さんの腕の中で「社長」って呼んでたのは、相手が社長だって思い込んでたからで・・・社長の事好きかって言われると、勿論嫌いじゃないけど、そこまで好きな訳でもない。
ただ私、みんながすごく高く買ってるあの毛利さんが、社長の愛人でもある事実を知って、対抗心を燃やしただけだと思う。

稗田さんは私を抱き締め、頭を撫でながら言った。

「あ、あのさ・・・社長ってああ見えても恋愛沙汰には結構鈍い方でさ・・・松岡さんが誘惑しようとしてたって事、まだ気付いてないと思うんだ。もし気付かれたら、それこそ社長は怒りまくるの必定だからさ、今の内に諦めた方が良いと思うよ。その・・・社長は奥さん一筋だし。結局今日も仕事さえきりが付けばさっさと予定を早めて奥さんの元に帰った位だしさ」

それは嘘よ・・・だって毛利さんは?

と私は内心思ったが、声には出さなかった。

「あ、そうだ!松岡さん、秘蔵のビデオを見せてやるよ!」

突然稗田さんが起き上がって、私の返事も待たずに、荷物の中からDVDを1枚取り出すと、部屋にあるプレーヤーにセットした。

私は仕方なく浴衣を羽織り、起き上がってそのビデオを見た。
場所は・・・トロピカルランド?
夜の帳が落ちかけている時刻に、広場に佇み向かい合っている男女の姿が映っている。
それは社長と、まだお腹が大きくない毛利さんの姿だった。

「ここで、1年前、初めて蘭とキスしたんだったな」
「覚えてて・・・くれたの?」
「俺達の・・・1周年記念のプレゼントに・・・その・・・エンゲージリングを・・・結婚しよう」
「は?結婚?何言ってるの新一、そんな事出来る訳ないじゃない!」

誰がいつの間に取ったものか、そこで繰り広げられる社長と毛利さんとの会話。
延々と続く言い合いに、私は固唾を呑んで見入ってしまっていた。





そして私は全てを了解した。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、体がワナワナと震え、涙が出て来る。

何で社内ではわざわざ「毛利君」「社長」と白々しく呼び合ってるのよ、あのバカップル夫婦はっ!

どおりで・・・誰も何も教えてくれない訳だ。
当然、私がすぐにその位気付くだろうって思われてたのね。
多分、私が「知らない」って事、誰もわかってなかったのね!?

うが〜っ、ちゃんと教えてくれなきゃ、わかる訳ないでしょうがっ!







ビデオのラストを見れば、2人はこの日に籍を入れたらしい・・・はは、なるほど。
この日に「出来た」とすれば、予定日は合ってるわ。
だから「初夜に仕込まれた」ね。

そして結婚式の方が後になっちゃったわけか・・・私があの2人を夫婦と思わなかったのは、1つにはこの「結婚した日」のずれがあったのよ。
社長の結婚は12月と聞いてたけど、それは「披露をした日」だった訳ね。





「松岡さん、大丈夫?気をしっかり持って」

そう稗田さんが気遣わしげに声をかける。

「え?だ、大丈夫よ」

良い人なんだろうけど、なんだかな〜。

「あのさ・・・わかったろ?社長はホント、奥さん以外女に見えてないから、早く諦めた方が良いよ」
「諦めるも何も・・・馬鹿馬鹿しくって、もうこの2人に横恋慕しようなんて気力はないわ・・・」

私が溜息を吐いてそう言うと、稗田さんは嬉しそうに笑って私を抱き締めた。

「良かった・・・」

そう言って、顔を近付けて来ようとするので、私は思わず押し退けて叫んだ。

「どさくさ紛れに何するのよ!」
「あ、ご、ごめん・・・。実は俺、前から松岡さんの事気になっててさ・・・だからその、昨夜も社長と勘違いしてるのわかってて据え膳食っちゃって・・・。でも良ければ、これを機会に、って訳じゃないけど、俺との事、考えてくれないか?」

稗田さんの突然の告白に、私は一瞬固まった。
でも・・・不快ではなかった。

「考えとく」

そう小さな声で答えると、稗田さんは「やったー!」と叫んで私を押し倒した。

「え?ちょ、ちょっと!私は考えとくって言っただけでまだ・・・!」

私の抗議の声も空しく、問答無用で第3ラウンドが始まってしまった。

ま・・・でも、いっか・・・。









ここから先は、後から環や他の人達に少しずつ聞いた話だ。

例のトロピカルランドでの大告白の後、社長は日を置かずに毛利さん宅へ押しかけ、結婚の申し込みではなく事後報告をした。
当然の事ながら、蘭さんの父親である毛利小五郎さんは烈火の如く怒り、最初はほぼ門前払いだったという。
工藤の両親(ナイトバロン社の会長夫妻)と、蘭さんの母親である英理さん(この人も仕事上は旧姓の「妃」を使っている)は、流石に「先に籍を入れてしまっていた」事には渋い顔をしたものの、2人の仲については好意的だった。
普通母親は息子の恋人に良い顔をしない事も多いが、社長の母親である有希子さんは最初から蘭さんの事をいたく気に入っていたとの事だ。
それに、今まで女性に興味を示さず密かに心配していた息子が、初めて愛した相手となれば、無条件で受け入れるつもりであったらしい。
工藤優作会長は、いかなる時も社長が自分で決めた事ならそれを尊重するというスタンスを取っている。
英理さんは母親として、娘が愛し愛された相手を信用する、と言う立場だった。

そうこうしている内に、蘭さんの妊娠がわかり、最後まで難癖を付け続けた小五郎さんも涙ながらに渋々折れた。

工藤の両親――特に母親の有希子さんは、嬉々として張り切って結婚披露宴の準備を行い、蘭さんが安定期に入った12月に大々的に披露宴が行われた。
予約も多い筈の師走の大安吉日日曜日に、どうやって場所を取ったものか、1流ホテルの大きな会場が押さえてあった。(それには、蘭さんの親友である鈴木園子さんが力を貸したとも言う)





文字通り公私共に社長のパートナーとして活躍して来た蘭さんだったが、産休に入る前に代わりの秘書を配置しなければならない。
しかし、蘭さんの前に秘書室にいた人達は訳有りで、本人達も周囲の人も秘書室に戻る事には難色を示した。
そして、たまたま人事部にいた環に私が声を掛けられる事になったのだった。









ある晴れた初夏の夕方。
私は病室に入ろうとして、ふと入り口のプレートにある名を見て、苦笑した。

《工藤蘭》

そう、蘭さんの本名は勿論工藤蘭なのだ。
ったく、何で会社ではいまだに「毛利蘭」って名乗ってんのよ、紛らわしい。

ドアをパッと開けて、私と、一緒に来た環達は固まった。

社長が蘭さんのはだけた胸に顔を埋めていたのだった。

「しゃしゃしゃ社長!」

思わず私達が声を上げると、社長は顔を上げ、私達を一瞥して言った。

「んあ?入る時はノック位しろよ」

蘭さんは慌てて寝巻きの襟元をかき合わせている。
この中に男性が居なくて良かった・・・もし居たら、社長に後でどんな目に遭わされるかわかんないわね。





「もう、社長こそ産褥にある人相手に何やってんですか!?」

赤くなってそう怒鳴るのは、私達と一緒にやって来た七川絢だ。

「だからちゃんと下半身は遠慮してるぞ」

社長はそう言って、怒った顔で真っ赤になった蘭さんから後頭部をボコッと殴られていた。





そう。
蘭さんは一昨日、予定日より早かったが無事元気な子を出産したのだった。
男の子で、命名は今からだという事だ。
お互いのじじばばがツノ突合せ、ああでもない、こうでもない、と言っているらしい。

「社長、赤ちゃん見てきましたよ。可愛いですね」

そう私が言うと、社長は相好を崩して言った。

「そうだろそうだろ、蘭にそっくりで可愛いだろう?」
「・・・・・・」

まだ生まれて3日目、誰に似てるかもわかる段階ではない。
まあ気のせいか、どうも父親似になりそうな気がするんだけれどね。
社長は「蘭に似て可愛い」と臆面もなく言い張る。
妻馬鹿+親馬鹿?もう、やってらんないわ。

すると今度は蘭さんが言った。

「え〜?あの子新一に似てるよ、つむじのとこなんかそっくりじゃない」

それに社長が返す。

「そうか?俺は蘭にそっくりだと思うんだけどなあ」
「ううん、新一にそっくりだってば」

・・・・・・。

もう、勝手にして。
私達は皆目を逸らし赤くなっていた。
そして、社長が居る時間にここに来た事を心底後悔した。
でもあの社長の事だ、仕事以外の時間はここに入り浸ってるに違いない。



「ああ、でもあの子予定より大分早く、新一とおんなじ日に生まれちゃうもんだから、新一のお誕生日のお祝いし損ねちゃったたわ」

「あ?そう言えば一昨日って俺の誕生日だったっけ?いいよ、そんなの」
「良くないよ!だって私、まだ結局1度も新一のお誕生日祝ってないんだもん」
「いや・・・最高の贈り物受け取っただろ?天とオメーから」
「しんいちぃ」

もう既に2人には私達の姿が見えていない事は一目瞭然だった。

多分聞こえていないと思うが、一応挨拶はして帰らないといけないだろう。
私はコホンと咳払いをして声を掛ける。

「じゃ、私達はこれで。社長、奥さん出産に伴う休暇は今日までで、明日からまた仕事に励んで貰いますからね。ゴールデンウィーク開けの今日、社長が不在なもんでてんてこ舞いでしたよ」

そして私は、一同を促して部屋から出た。

勿論2人は、私達が部屋を出ようとするのにも気付く様子などなかった。
多分あのままキスシーンに突入してしまうのだろう。
もう本当に、最強で最凶のバカップルだわ。



『出産してまだ3日目の奥さんに無理させなさんなよ、社長』

私は内心でそう呟いて、病院を後にした。





Fin.



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《後書き》


今回はオリキャラを入れ、その視点であの2人のその後を描いてみました。

ちょっと途中ビックリされた箇所があるかもしれませんが、落ちがあんなんで・・・はい、すみません。
だって新一くんがそんな事する訳ないじゃないですか、ねえ?
それにしても、オリジナル人物の絡みって、難しかった・・・。

本編の連載中、終わりを惜しんで下さる方が結構居られたので、続きを書いてみようと思ったのですが、どう書いたところで「勝手にやってろ」なバカップルになる以外ないかと思います。
それであえて、読者様には既に全てわかっている事を「何も知らない立場の第3者」から描いてみようと思ったのですが、うまく行ったのかどうか。
待って頂いた皆様、こんなので良かったでしょうか(汗)?


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