一週間〜ハニーウィーク〜



byドミ



<第6日>



蘭は新一とひとつになっている最中に、日付が変わる時報をかすかに聞いた。
蘭の旅行は6日目を迎えようとしていた。

そのまま意識を手放してしまっていた蘭が、次に目覚めた時は、既に空が白みかけていた。

「おはよう、蘭」
「お、おはよう。・・・新一、ずっと起きてたの?」
「少しは寝たさ。けどよ、目が覚めたらオメーの寝顔があんまり可愛くて、何か寝るのも勿体なくて」

蘭は真っ赤になり、慌てて話題を逸らそうとした。

「今日は・・・5月4日だね」
「ああ、・・・5月4日って何の日だったっけ?」
「何の日って・・・憲法記念日と子供の日に挟まれた、国民の休日、でしょ?」
「何かあったような気がしたんだよな〜。でもま、いっか」
「・・・ねえ。私、休暇は7日までで。5日に帰るチケットを持ってるんだけど・・・新一はいつまでここに居るの?」
「・・・この部屋は、もうひと晩、4日の夜の宿泊まで予約してある。もう帰らなきゃな」
「・・・うん・・・」
「同じ列車で一緒に東京に戻ろう」
「・・・でも、今から予約取るの無理じゃない?」
「あ〜、その・・・最初、佐々木と一緒に帰る予定で取ってた列車のチケット、そのまま持ってっから」
「・・・・・・」


思えば不思議な事だった。
新一と蘭とは、ずっと、目と鼻の先に住んでいたのに。
今迄に出会う事はなく、旅先で出会って、運命とも言える恋に落ち、そして一緒に東京に帰ろうと言うのだから。


「新一・・・きっと忙しくてろくにデートする暇もないだろうけど。でも、浮気しないでね。時々は電話ちょうだいね」
「その事なんだけど・・・蘭・・・」
「え・・・・・・?」


居住まいを正して話し始めようとする新一に、蘭はドキンとする。
(しかし実は、お互い真っ裸のままなので、その格好でベッドの上で真面目に居住まいを正した姿など、傍から見る者があったら間抜け以外の何ものでもないのだが・・・2人共にそこら辺の感覚は全く麻痺していた)
そして蘭は、考えるより先に、言葉が口をついて出た。

「イヤ!」
「え・・・?オメー、嫌って、聞く前から・・・」
「やだ!絶対嫌!」
「わーったよ・・・オメーがそんなにやだっつーなら・・・一緒に暮らすって話は、なしにするよ・・・」

新一が溜め息をつきながら言って、蘭は耳を疑った。

「え!?一緒に暮らすって・・・!?新一?」
「・・・嫌なんだろ?」

蘭は頭を横にブンブンと振った。

「じゃあオメー、何をそんなに嫌がってたんだ?」
「・・・旅先の一時の気まぐれかって思ったの・・・」
「は!?」
「だから・・・東京に戻ったら、この関係は、もうなしなのかって・・・」

蘭の頬を涙が伝い、新一は目と口を丸くして、思考停止している風だった。
その後、目に見えて不機嫌になる。


「じゃあ何か、蘭?オメーはオレの事・・・そんな男だと思ってた訳?」
「だ、だって・・・!改まって話をしようとするから・・・てっきり別れ話かと・・・」

蘭は、新一の不機嫌にオドオドして、涙腺が緩んでしまった。

「だ〜〜〜っ!!だから、泣くなって!オメーにそんな風に勘繰られて、泣きてえのはこっちだって!」

新一が蘭を抱き締めてきた。

「ご、ごめんね・・・」
「・・・ま、良いけどよ・・・オレって信用ねえなあ」
「違うの、そうじゃないの、そんなんじゃないの・・・きっとあんまり幸せだから、とっても不安なの・・・」
「・・・ごめん・・・」
「何で新一が謝るの?」
「オメーを不安にさせて泣かせた・・・」

新一は蘭に頬擦りして頭と背中を撫でて来る。

「ねえ新一。最初に私を抱いた時も、私が泣いたからごめんって言ったよね?」
「・・・ああ。だってオレ・・・オメーに泣かれると・・・どうしたらイイか、分かんねえから・・・」
「・・・ねえ新一・・・一緒に住むって・・・同棲って事?」
「あ・・・えっと・・・工藤蘭になってオレんちに住む気、ねえか?」
「・・・え!?」
「あ、やなら、オレが毛利新一になるんでも良いけど・・・」

新一が蘭を抱き締める腕の力がちょっと強くなる。
蘭はちょっと頭を傾げて、更に反対側に頭を傾げて、暫く考えた。

「それってもしかして、プロポーズだったりする訳?」

新一がずずずと脱力したように頭を下げて行き・・・そのまま蘭の胸の谷間にすっぽりと頭を埋めた。

「ちょ、ちょっと!?」
「プロポーズ以外にどんな解釈があるのか、こっちが聞きたい・・・」

それが新一の答であった。


新一がもぞもぞと頭を動かすと、蘭の胸の果実を口に含み、舌先で転がしながら吸った。


「はああん!」

蘭は高い声を上げ、新一の頭を抱えながら仰け反る。
新一はそのまま蘭をベッドの上に押し倒した。
そしてじっと蘭を見下ろす。

「新一・・・?」

新一の目には、情欲とは違う暗い炎があった。
蘭が一瞬怖いと感じた、高梨に嫉妬していた時の新一の瞳に似ている。

けれど今の蘭は、不思議と「怖い」とは感じなかった。


「・・・普通だったら、結婚って、社会的に責任取ろうと思ってするもんなんだろうけど」
「新一は、違うの?」
「オレはただ・・・ずっとオメーと一緒にいたい。一刻も早くオメーを・・・法的にオレのもんにしてえだけだ」

蘭は、新一の蘭への独占欲の強さに、呆れはするものの、不快ではなかった。
呆れるほどの独占欲は、むしろ心地良い。

「ねえ、新一。分かってる?」
「あん?何だ?」
「縛られるのは私だけじゃなくて、新一の方も、だよ?」
「上等。ってかオレ、蘭以外の女に興味ねえし」
「私も。新一以外の男の人に、興味はないわ」

新一は、蘭の瞳を覗き込んで、再び問うた。

「で?蘭、返事聞かせて欲しいんだけど?」

蘭は、即答しなかった。
出来なかった。
蘭自身、新一の妻になってずっと一緒に生きて行きたいと今は思っているし、ハッキリ答えないと新一を不安にさせる事は分かっているが、それでも、今すぐには答えられず、別の事を訊いてしまう。

「ねえ、新一。具体的にいつごろとか、考えてる?」
「帰ってすぐ。出来ればそのままオレんちに蘭をお持ち帰りしてえと」
「・・・あのね・・・」
「マジで。籍を入れて同居しては、すぐにでも。流石に式の方は、ちょっと先になると思うけど」
「でも、入籍も連休明けじゃないと・・・」
「あ、入籍なら休日でも受け付けてくれるぜ?」
「だって、戸籍謄本が取れないじゃない」

蘭の言葉に。
新一がベッドから降り、机の引き出しを開け。

まさかと思う蘭の目の前に差し出されたのは、新一と蘭の戸籍謄本と婚姻届の用紙だった。

「新一。これは一体・・・?」
「蘭を抱いたその日の内に手配して、速達で送ってもらった」

流石にこれには蘭も呆れ返った。
新一が警察内の知り合いに頼み、「捜査に必要だから」という名目で非合法に手に入れたのは間違いない事は、蘭にも分かった。

「新一・・・あんたね・・・」
「あ。勿論、まだ中身は見てねえし、蘭がOKしてくれなかったらこれはちゃんとシュレッダーにかけて廃棄処分する予定だったから」

悪びれず新一が言って、蘭は脱力した。


「で?あの・・・オレまだ、オメーの返事を聞いてねえんだけど・・・」

新一がおそるおそるといった様子で蘭を覗き込みながら、言った。


蘭は、ふうと息をついた。

新一とは何度も、避妊せずにやる事をやっているのだから、もしもの時の事を考えれば、すぐにでも籍を入れるのが順当かも知れないと思う。
出会ってまだ数日だが、お互いに深く惹かれ合ったのは間違いないのだし、時間をかければ良いというものでもない気がした。

それでも、事ここに至って。
蘭は、決して嫌な訳ではない筈なのに、イエスの返事が出来なかった。



黙り込んで俯いたまま、返事をしない蘭に焦れたのか。
新一は、蘭の胸の果実を口に含み、もう片方を指の腹で刺激して、やや性急な愛撫を始めた。

「あ、ああん、はあ・・・ん」

蘭は快楽に飲み込まれ、思考力がなくなり、新一に身を委ねた。
蘭が新一と結ばれてから、やっと5日目だが、既に数え切れない位交わっている。

身も心も蕩け、快楽に溺れ切って行きながら。
けれど蘭には、この行為はただの快楽の追及ではなく、愛の交歓である事が分かるようになっていた。


「蘭・・・愛している・・・」
「はあん・・・しんいちぃ・・・」
「オメーはもう、法的にどうであれ、オレの妻だ・・・誰にも、渡さねえ・・・ぜってー、一生離さねえから・・・」
「ああ・・・んんっ・・・」

新一の声色は穏やかで。
一昨日、高梨に嫉妬した時のような状況ではなさそうだった。

蘭が今回分からないのは、自分の心だ。
新一に恋した最初から、新一と共に歩きたいと、生涯を共にしたいと、思っていた筈なのに。

その願いが叶いそうな今、何故踏み込めないのか。
何が、不安なのか・・・。


『不安・・・?私は不安なの?何故・・・?』

出会ってから、愛し合うまでの期間が短すぎたからだろうか?
熱し易いものは冷め易いと相場が決まっているから、だからだろうか?

いや、そうではないだろうと蘭は首を振った。



「蘭・・・想いが永遠である保障は確かにねえけど、でもそれは、2人で出来る限りの努力をして行くしかねえだろう?」
「しん・・・いち・・・?」
「2人で、ゆっくり作って行こう?2人の関係を」
「あ・・・ん・・・しんい・・・ち・・・」
「蘭・・・オレとオメーが繋がってるこの瞬間は・・・」
「あああん!」
「刹那ではなくて、永遠だ」


新一の腕の中は、とても安心出来て。
こうして2人で過ごす事、お互いの気持が通い合っている事が、幸せで。

ずっと、この幸せが続くと信じたいのに。



『お母さん、行っちゃやだ〜〜〜っ!!』


「あっ・・・!」

突然。
蘭の脳裏に、幼い頃の自分自身の悲痛な声が、甦った。

ずっとずっと、親子3人、幸せな日々が続くと信じていたのに。
それが突然裏切られた。
まだ7歳の蘭を残して、母親は家を出て行ってしまったのだ。


「う・・・っ・・・!!」

蘭は、両手で顔を覆った。
指の間から、涙が零れ落ちる。


「蘭・・・?」
「やだ、行っちゃやだっ、蘭を置いて行かないで、どこにも行かないで!」
「・・・・・・蘭。ずっと傍にいるよ。どこにも行かない。蘭を置いて行ったりしねえから」

新一の深みのある優しい声が、蘭の耳元で囁かれる。


蘭は涙を流しながら、しっかりと新一にしがみついた。

新一は律動を続けていたが、その動きはゆっくりとしていて。

今回の2人の交わりは、快楽を求めるものではなく。
お互いの存在を感じ、お互いの気持に寄り添う為のものだった。


「蘭・・・オレはずっとここにいる。ずっと傍に居るよ」
「お願い、私を1人にしないで・・・」
「ああ。ぜってー、1人にしない」
「新一、新一ぃ」
「・・・蘭。オレの、嫁さんになってくれるか?」
「うん。だから絶対、離さないで」
「頼まれたって、離さねえよ」



新一に、蘭の心の中に浮かんだものが何なのか、分かる筈がないと言うのに。
新一は受け止めてくれた。
それが蘭には嬉しく、蘭の奥に凝っていた不安が解かされて行く。


蘭が新一を愛したのは、決して蘭の心の寂しさを埋めるためでも、親代わりにする為でもなかったけれど。

新一との永遠を考えた時、蘭自身がとっくに忘れていた筈の、心の奥底にあった傷が噴出して来てしまったのだ。


蘭の母親である妃英理(戸籍上は毛利英理)は、蘭が子供の頃家を出て、夫の小五郎と蘭とは、10年にわたる長い別居をしていたのだった。
毛利夫妻は、決してお互い愛情がない訳でも仲が悪い訳でもない、むしろ仲が良過ぎてお互いの距離を適切に取れずに、意地を張り合って別居に至ったのであるが。
幼い蘭には、それが分かる訳もなく、突然母親が家を出た事に、大きく傷付いてしまったのだった。

その時の蘭を癒してくれる存在は、誰も居なかったのだ。


蘭も長じて両親の間柄がどんなものか理解出来るようになったし、蘭が17歳になった高校2年の時に、母親が帰って来て。
蘭自身、子供の頃のショックな気持を、心の奥底に封印して忘れてしまっていた。


それが、今になって出て来たその訳は。


蘭がそれだけ真剣に、新一を愛し、共に生きて行きたいと強く願ったからに他ならない。

蘭は新一の温もりに包まれながら、幼い蘭の受けた傷が、ゆっくりと癒され昇華して行くのを感じていた。


『ああ・・・私きっと、いつどんな出会い方をしても、新一を愛したわ。新一に恋してしまったわ。
私の新一への気持は、短く強く燃え上がってあっという間に消えてしまうような、そんなものじゃない。新一の私への気持も、一時的な薄っぺらいものじゃ、絶対にない。
恐れるより、信じてみよう。私達の気持を、私達の絆を』

蘭が再び流す涙は、先程と違い、温かい幸せに満ちた気持ちがもたらすものだった。


   ☆☆☆


そして。
蘭が再び目を覚ました時は、日が高くなっていた。

新一にじっと顔を覗きこまれているのに気付き、蘭は赤面した。

「やだ。ずっと見てたの?」
「ああ」
「私、変な顔してなかった?」
「ああ。こーんな間抜けな顔して寝てた」

新一が意地悪そうに言った後に、「間抜けそうな顔」を実演して見せる。

「もう!」

蘭は怒った顔で新一を枕で軽く叩きながら、幸せだと思った。

「新一」
「ん?」
「東京に帰ったら、そのまま私をお嫁さんにしてくれる?」
「ああ。じゃあ、お持ち帰りって事で」

新一が満面の笑みを浮かべた。

そういった新一の表情が見られる事は、実は滅多にないのだが。
蘭は流石に、そこまでの事は分からない。

蘭の脳裏に、蘭が新一に「お持ち帰り」されれば、きっとかんかんになって怒るだろう顔が浮かんだが。
それは、蘭をとどめる何の力にもならなかった。


「ねえ、新一?」
「ん?」
「新一の戸籍謄本、見ても良い?」
「ああ、勿論。オレも、蘭のを見ても良いか?」
「うん」

新一は、机の引き出しからそれぞれの戸籍謄本を取り出し。
蘭には新一の分を渡し、新一は蘭の分に目を落とした。


新一の両親は、工藤優作と工藤有希子。
工藤有希子は旧姓藤峰。

「あら。新一のご両親って、本名だったのね」
「んあ?」
「推理作家の工藤優作さんと、女優の藤峰有希子さん」
「ああ。そうだな。けど、父さんは現役作家だからともかく、よく母さんの事知ってたな」
「だって、リバイバルで映画もドラマも何度も放送されてるし。私、すっごいファンなんだ」
「そりゃどうも。きっと母さんも喜ぶだろうぜ」
「・・・新一のご両親、いきなり私のような女が新一の奥さんになってたりしたら、怒らないかなあ?」
「大丈夫だよ。父さんも母さんも、オレが自分で決めた事は、認めてくれっからよ」
「でも・・・他の事ならともかく・・・」
「心配か?」
「うん・・・そりゃあ・・・」
「大丈夫だって。蘭ほど上等な女は世の中にそうそう転がってやしねえから、文句なんか出る筈もねえよ」
「そ、そんな事はないと思うけど・・・」

自分への評価はともかくも。
新一が太鼓判を押すのなら信じようと、蘭は思った。

「あ・・・あら?」
「蘭・・・どうした?」
「新一・・・今日が誕生日じゃないの?」
「へ・・・?」


戸籍謄本には、新一の出生日が5月4日である旨、記載されていた。

「あ・・・そう言えば・・・」
「忘れてたの?」
「ああ・・・自分の誕生日を問われれば5月4日ってすぐ分かるんだけど、逆だと覚えてねえんだよな」
「新一」
「ん?」
「誕生日、おめでとう」

蘭の言葉に、新一は一瞬目を丸くした。
次いで、はにかむような笑顔を浮かべる。

「あ、ありがとな・・・」

少し赤くなって、照れたように頬をかく新一の仕草が可愛いと、蘭は思ってしまった。

「でも・・・ねえ、プレゼント、何か欲しいもの、ある?」
「蘭」
「へ?」
「蘭が欲しい」
「・・・って・・・キャ!」

蘭はそのままベッドの上に押し倒され、新一が蘭の上にのしかかり、その手が蘭の体を這い回り始めた。

「ちょちょちょっと、待って、新一!」
「待てねえ。誕生日プレゼント、頂きま〜す」
「ちょ・・・やだっ!こんなのプレゼントじゃないってば!」
「・・・何でだよ?」

新一を押しのけようとする蘭の動作に、新一は顔を上げて不満そうな表情をした。

「今までに散々何回も・・・その・・・してるじゃない・・・」
「うん?だから?」
「今日が誕生日じゃなくたって、するんでしょ?」
「・・・まあな・・・」
「そんなの、誕生日プレゼントって言えないじゃないの。それに・・・誕生日のプレゼントなら、今日の後は1年後までお預けでイイの?」
「それは絶対やだ」

新一が体を起こして、真顔で言った。

「けどよ。本当にオレ、蘭以外に欲しいもんって、別にねえもん」

新一が拗ねたような表情で言って、蘭は顔から火が出そうになった。

「あ、あの・・・私は、誕生日に限らず、これからずっと新一のものだし・・・」
「・・・そっか・・・だな」

新一は再び蘭の上に覆いかぶさり、蘭の胸の飾りを口に含んだ。

「あん!だ、だから・・・っ!」
「プレゼントってのは置いといて。今、蘭が欲しい」
「し、新一・・・っ!何度もしてるのに、何で!?」
「何でこんなに欲望が強いかって?オレにも分かんねえよ。だってオレ、オメーと会うまでは、週に1度自己処理するくれーで充分だったし、自分で淡白だって思ってたんだけどな」
「あ・・・はあん!」
「初めてのエッチで快感を知っちまったから・・・って訳でもなさそうだぜ。今も蘭以外の女には全然勃たねえし」
「あああん・・・はあっ・・・」

蘭自身、新一の愛撫には我を忘れて快楽に堕ちてしまうけれど。
新一以外の男性に触れられるのは、嫌悪以外の何ものでもない事も、分かっていた。

蘭の体は、新一だけに反応して淫らになり、新一の腕の中だけで花開く。
新一も、蘭にだけ反応して飽くなき欲望を覚えるのだろうか?
そうであれば嬉しいと、蘭は感じていた。


後の話になるが。
流石に、初めて結ばれたこの数日ほどの事は滅多にないにしても、新一の「欲望」が減少する事はなかった。
年齢に伴い体力が衰えると共に、緩やかに回数は減少したが、余程の事情がない限り、蘭への求めは毎晩の事だった。
「いずれはエッチに飽きて淡白になるのでは」という2人の予測は、全く当たらなかったのである。


それはさて置き。
事が終わった後、蘭は、満ち足りてもいたが、空腹も覚えていた。
ぼんやりとした頭で、新一へのプレゼントは何にしようかと考える。


「そう言えば、みんなにお土産も買って帰らなきゃ・・・この土地の名物って、何だろ?」
「ああ、でも、お腹空いたなあ・・・まず何か食べなきゃ・・・ここの名物って・・・」

考えている内に蘭は。
旅行に来た筈なのに、最初の日にホテルに併設の工芸博物館に行き、2日目に山歩きをして野生蘭を見た他は、ここの風物も見ていなければ、土地のものも食べていない事に気付き、おかしくなってしまった。


「何笑ってるんだ?」
「だって・・・旅行に来た筈なのに、ここの物、何も見てないし食べてないなあって思って」
「そう言えば・・・でもまあ、新婚旅行ってそういうもんだし」
「新婚旅行!?」
「んん・・・ま、当初の目的とは相手が違ってたけど、そういう事だろ?」
「・・・・・・」


今の時代、結婚初夜が本当の初夜という者は滅多に居ないけれど。
昔、本当にそうだった頃は、新婚旅行など土地の風物を見るよりは、「それ」が主体であったのは確かだったらしい。


「大体、エッチするのって、元々は結婚とイコールだろ?」
「そりゃまあ、昔は・・・でも今は違うでしょ?」
「違わねえよ。オレにとってはな」
「え!?」
「だからまあ・・・その・・・あんな場所になっちまって悪かったけどよ・・・オレの気持ち的にはあれが、オレ達の婚姻の儀式だったんだよ」
「・・・あの・・・山小屋での事が・・・?」

新一が赤くなって頷く。

「最初から、そんな事考えてたの?」
「まあ、漠然と・・・だけどな。オメーを抱いた時、自分の中でハッキリした」
「新一・・・」
「だから・・・オレに取っちゃ、ここ数日オメーと過ごした日々は、新婚旅行と同等。・・・っても、オメーがそれじゃヤだったら、改めて旅行の計画しても良いけど?」


蘭は、嬉しいのだけれど。
どうも、話の行方が新一ペースになってしまっているような気がして、思わず水を注(さ)していた。

「でも、もうお金、無いんじゃない?」
「オメーも痛えとこ突くよな〜、ま、金が溜まるまでお預けか。貯金取り崩すのも勿体ねえし。挙式披露宴にも金かかるだろうし」
「・・・あの。私、お金持ちじゃないとイヤだって言う訳じゃ、決してないけれど。新一って・・・収入とか貯金とか、どの位ある訳?」

新一が事も無げに告げた、月収年収、貯蓄額を聞いて。
蘭は唖然とした。

会社員である自分と、自営業である新一とでは、年収額で単純に比較する事は出来ないが。
蘭は、父親の探偵事務所の経理事務も多少手伝っていたのもあり、新一の収入が、初めて会った日に新一が真由に向かって言っていたような「大したものじゃない」程度ではない事は、よく分かった。

しかも、新一が住んでいるのは、親の持ち家で、住居費がかからない。
加えて新一は、本や資料や必要な備品などにはかなりお金を使うようだが、私生活での贅沢はあまりしないようだ。
蘭が想像したよりかなりの蓄えがある。


『こ、このブルジョア息子〜!!大した収入じゃないなんて、お金の感覚が全然違うんじゃない!』

蘭は思わず溜め息をついていた。

「蘭?どうした?」
「ううん・・・何でも・・・」
「・・・ごめんな・・・多分、やりくりとかで、色々苦労かけると思うけどよ・・・」

新一が申し訳なさそうな顔をしたので、蘭は笑うしかなかった。
考えてみれば、新一の父親は売れっ子作家で、海外に家と別荘とを持つような高額所得者。
新一は真面目に、父親と比較して自分が低収入だと思っているのだろう。

「ううん。学生しながら、その収入なら、決して少なくないと思うわ」

蘭は、それしか言いようがなかった。


「ねえ、新一」
「あ?」
「明日はもう、帰るんでしょ?せっかくだから、私、少しは観光をしたい」
「・・・そうだな。ちょっと出かけるか」


蘭は服を着ながら。
今更ながらこの旅行では、真っ裸で居た時間の方が長いような気がして、少しばかり頭痛を覚えたのであった。


   ☆☆☆


2人で街を歩きながら。
よく考えると、あの山歩き以来、初めての「デート」なのだと気付いて、蘭は不思議な気持ちになった。

新一が、ちょっとそっぽを向きながら、手を差し出して来たので。
蘭はちょっと驚いたが、微笑んでその手を取り。

2人は手を繋いで歩いた。
新一が、前を向いたまま、ぼそぼそと話し出す。

「蘭のお袋さんと親父さんとさ・・・」
「ん?」
「オレの母さん・・・帝丹高校の同期なんだよな」
「え?そうなの?」
「ああ。それに、今の住まいも近所だろ?だから、もしかしたらオレ達って、子供の頃から知り合って幼馴染とかだったのかも知れねえのによ」
「・・・うん?」
「この歳になるまで、出会えなかったってのが・・・何か勿体ねえ気がして・・・」
「・・・そうね・・・」
「もしそうだったら。オレきっと、ずっと蘭を傍に置いて離さなかっただろうな」
「そうかな?」
「ああ・・・でも、出会うのが、間に合って良かった」
「新一・・・?」
「もしも・・・いや、それでも、きっと出会ったら・・・でも、そん時は色々もっと、つれー思いしたと思うしよ・・・」
「うん・・・」

蘭には、新一の言外の含みが分かった。
蘭が高梨と、新一が真由と、それぞれに一線を越えてしまった後だったら。

それでもきっとおそらくは、2人出会ったら惹かれ合ってしまい。
それぞれに苦しい思いをしたに違いないと思うのだ。

蘭はきゅっと新一の手を握り締めた。
初めての相手が新一で良かった、間に合って良かった、心からそう思う。


「きっと・・・幼馴染とかだったら、子供の時からお互い大好きで、結婚式ごっことかしてたりしてね」
「ああ、で、ファーストキスは物心ついたとき」
「でも、そんなに長く傍に居て、飽きないかな?」
「それはぜってー、ねーと思うぜ」

2人は他愛もない、「タラレバ」世界の話をしていたが。
もし本当に幼馴染だったら、また別の苦労があっただろう事を、2人は知らない。


高原の小さな町を、2人はゆっくりと歩いた。
土産物屋を物色し、土地の食事やお菓子を食べて。
景色を楽しみながら、歩く。


ふと新一が足を止めた。
駅前通にひっそりと、この町の役所があって。
勿論休日の今日は役所も休みだが、休日でも開いている窓口がある。


「なあ、蘭」
「ん?」
「誕生日のプレゼント、おねだりしても良いか?」
「え?」

新一が懐から取り出したものは、2人の戸籍謄本と、婚姻届の用紙。
蘭は、最初目を丸くしたが、笑顔で頷く。



そして2人は、この日。
法律上の夫婦となった。




<第7日>に続く

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<後書き座談会>

和葉「・・・出会うて6日目で入籍やなんて、展開速いわ〜」
園子「まあ、原作でも夫婦扱いされてる2人だけどね〜」
平次「ドミはんは、入籍が6日目か7日目かで迷うとったそうやで」
和葉「ほな、この1週間で結婚は、決まっとったん?」
平次「それと、工藤の誕生日と絡めるかは、微妙やったらしいけどな」
園子「なるほどね〜。5月4日は新一君の誕生日だった訳か」
和葉「せやけど、無理に籍まで入れんかて、とりあえず約束、帰って来て入籍でよかったんちゃう?何で旅行先で急いで入籍せなあかんかったんやろ」
平次「せやから、こん話、サブタイトルがハニーウィークやろ?」
園子「うん、それが?」
平次「・・・ハネムーンがどない意味か、知っとるか?」
和葉「そん位分かるで、新婚旅行やろ?」
平次「元々は、その意味ちゃうで?ハネムーンは英語でhoneymoon(ハニームーン)、邦訳蜜月、本来、結婚したてのイチャイチャラブラブの頃を指す言葉なんや」
園子「ええ?ハネって、もしかして蜂蜜のハニーな訳?」
平次「せや。で、ハニームーンならぬハニーウィーク、こんサブタイトルは、工藤達が結ばれてからの1週間って意味なんや」
和葉「2日目で初エッチやなんて強引な展開やな思うとったけど、そういう事やったんやね」
園子「だから、正式な結婚とセットじゃないといけなかったのか〜。でも、そうすると明日は結婚式?」
平次「流石にそれは無理やろ。ま、強引に真似事だけやったら、出来るかも知れへんけどな」
和葉「けど、せやったら最後の日は何があんのやろ?夫婦になった2人が帰宅して、めでたしめでたしなんか?」
園子「・・・何か私、嫌な予感がするんだけど・・・」
平次「1本背負い位ですめば、御の字やろうなあ」
和葉「・・・よう考えたら、こん2人、親にも言わんと勝手に入籍しとんのやな」
平次「せやで〜。いくら成人しとったかて、あのオッチャンが、娘攫われて黙っとる訳ないやろ?」
園子「忘れてた!そうよね、高梨さんなんかより、よっぽど強敵よね!」
平次「ちゅう事で、最終日は花婿と花嫁の父親のバトルやな」
園子「新一君、苦戦必至ね。蘭の為に頑張って」

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