一週間〜ハニーウィーク〜



byドミ



<第5日>



蘭が目を覚ました時。
優しい温かさに包まれていた。

昨日に引き続きの事なので、既に状況は分かっており。
蘭は微笑んで、意外と逞しい胸板に頬を寄せた。

すると、蘭のその行為に目を覚ましたらしく。
新一が、蘭に向き直り、腕枕と反対の右腕を伸ばして来て、きゅっと抱き締めて来た。

新一が、蘭の額に自分の額をこつんと合わせ、微笑んで言った。

「おはよう、蘭」
「お、おはよう・・・新一・・・」

そして2人は、軽い口付けを交わした。

流石に今朝は、そのままエッチに突入ではなく。
ただ抱き合ったまま、お互いの温もりを感じていた。

今日は、新一に出会ってから5日目で、新一に初めて抱かれてからは4日目だが。
一昨日の朝からはずっと一緒で、その大半の時間はお互い生まれたままの姿で過ごし、何度も愛の行為を行っていた。

つい数日前まで、男性との交わりなど嫌悪の対象でしかなかった蘭なのに、今は快楽に溺れる時間を過ごしている。
勿論それは愛に裏打ちされたものであり、相手は新一に限定されているのであるが。


けれど、こうやって新一と昼夜問わず一緒にいられるのは、あと僅かであろう。
東京に戻って、仕事をしなければならない。
新一には、探偵という仕事と共に学業もある。

蘭は、新一に擦り寄りながら、聞いてみた。

「ねえ、新一。住んでいる所って、東京だよね?」

おそらく新一とは遠距離恋愛にはならないであろうが、忙しさの中で会うのもままならない日は続くかも知れないと蘭は思った。

「・・・家はすぐ近所だよ。米花町だから」
「えええ!?ウソッ!」
「ホント。蘭は、4丁目だろ?オレんちは2丁目」
「・・・何で新一が私の家知ってるの?」
「いや、おっちゃ・・・毛利探偵の住まいが米花町4丁目って、以前聞いた事あったからさ」
「じゃあ・・・会おうと思えばすぐに会える距離・・・だよね」
「うん、まあ、そうだけど・・・」

だけど、の後の言葉を蘭は待ったが。
それ切り新一は、その件では何も言わなかった。


新一は、蘭を肩枕したまま、暫く上を向いていたが、突然ポツリと言った。

「蘭。今日は、・・・高梨さんと会って話をしなきゃなんねえよな」
「う、うん・・・私・・・気持ちの上ではともかく、形の上では・・・今でも高梨さんときちんとお別れしてないんだし・・・浮気と言うか、裏切った事になっちゃうよね・・・」
「それ言われるとオレも痛えんだけど、ま、しゃあねえよな」
「・・・新一・・・抱いて・・・」

蘭が消え入りそうな声で初めて自分から求めた言葉に、新一は一瞬目をぱちくりさせた。

「蘭?」
「お願い。高梨さんと会う前に・・・私が新一のものだって証を刻み込んでいて・・・」


蘭は、高梨にきちんと話をすると決意を固めてはいたものの。
罪悪感と申し訳なさはやはりあって、今からきちんと話をする為の勇気を振り絞る必要があって。
新一に支えて欲しかったのだ。


新一は微笑むと、蘭をきゅっと抱き締めた。

新一の指が、ついと蘭の唇に触れる。
そして1度、軽く口付けて来た。

「蘭。愛してる。何があっても、蘭の身も心も、オレのものだ。そして、オレの身も心も、蘭のものだ」
「新一・・・」

そして2人は、しっかりと抱き合い。
深く口付けを交し合って、身も心も1つになった。


   ☆☆☆


高梨が予約し、昨日まで蘭がいた部屋に、蘭は1人で訪れた。
新一は一緒に行こうと言ったのだが、蘭は断った。
蘭が自分で決着を着けなければならない問題だと思っていたからだ。
その考えが甘かったと、すぐに思い知らされる事になるのだが・・・。

ドアのインターホンを鳴らすと、程なく内側からドアが開けられた。

「・・・高梨さん・・・」

憔悴した様子で、ヒゲも剃っていない高梨の様子に、流石に蘭は胸が痛む。

「蘭。一体どこに行ってたんだ?」

高梨が問うて来た。
昨日の電話越しのやり取りだけでは、信じられない、信じたくない部分があるのだろう。

「新一と・・・工藤さんと一緒にいたわ」
「・・・そいつと、寝たのか?」
「ええ・・・」

高梨が蘭の肩をガッと掴んで、激したように言った。

「何で!何でだよ!!僕はずっと、蘭がその気になるまで我慢して待ってたのに!なのに、あっさりとそいつに体を許したって言うのか!?」
「・・・ごめんなさい・・・」
「蘭!!」
「!!」

高梨に強い力で抱きすくめられて。
蘭は必死に振りほどこうとするが、真剣になった男性の力には叶わない。
抱きすくめられた状態では、空手技も出せない。

「蘭、蘭!愛してるのに、ずっと大事にしてたのに!」
「イヤ!離して!」
「他の男に汚されたからって何も心配しなくて良い。僕はそんな事で君への気持ちが変わったりしないよ。僕が清めてやる。蘭は僕のものだ」
「いやあ!!新一いっ!!」


次の瞬間、蘭を拘束する腕の力が緩み。
蘭を抱きかかえる別の腕があった。

「蘭」

鍵が自動的にかかっている筈の部屋に、どうして新一が入って来られたのか、考える余裕もなく。
蘭は、自分を呼ぶ優しく深みのある声に、覚えのある安心出来る腕の感触に、必死ですがりついた。


新一が蘭を庇うように背後に回して、高梨と向き合った。
高梨が、2人を睨みつけて来る。

「お前が、蘭を寝取った男か。お前のような男が、日本警察の救世主だと!?」
「オレの事、知ってるのか。なら、話は早い。あなたには悪いが、蘭はもうオレのものだ」
「・・・・・・ふざけるな!蘭は僕の恋人だ!ずっとずっと、大事にして来たんだ!お前は有名人で寄って来る女には事欠かないくせに。恋人がいる女に手を出すとは、許せん!どうせ蘭の体に目をつけて弄んだだけだろう!」
「オレの評価はどうでも良いが、オレも蘭に対しては真剣なんでね。第一、蘭本人がオレを選んでるんだ。あなたは気の毒だとは思うが、どうしようもねえだろう」

高梨が、新一を睨みつけた後、蘭に目を移して言った。

「蘭。この男は有名人、いくらでも女を選べる男だ。蘭は遊ばれているだけだよ。蘭は僕に申し訳ないと思ってるんだよね?でも僕は、蘭の過ちは許してあげるから、気にせず戻っておいで」

蘭は、新一の背後に隠れるようにしたまま、かぶりを振った。

「高梨さん、ごめんなさい。許して貰おうなんて思わない、私が悪いんだから。私は、新一を愛してる。高梨さんには悪いと思ってるけど、どうしようもないの」
「蘭・・・」
「心変わりという訳でもない、私、新一に会うまでは男の人を愛するって事を知らなかった。それなのに、好きな訳じゃないのに、高梨さんとお付き合いした私が、悪いの・・・。新一に会って、惹かれてしまう気持ちは止められなくて。愛してしまったから、だから、抱かれたの」
「蘭・・・!」
「私は、あなたが思っていたような、慎ましい女なんかじゃない。ただ、今迄誰も愛した事がなかっただけ。愛する男性にはとても淫らになる、ただの女よ・・・」
「蘭・・・」
「許して貰おうとは思わない、でも、ごめんなさい。あなたとはもう、これ以上お付き合いは出来ない。私は、新一のものだから・・・」

高梨は、呻き声を上げ、よろけて膝をついた。
蘭は、その様子に心痛んだが。
ここで下手に同情した態度を取ってもどうしようもない事も分かっていた。


「工藤。蘭。僕は納得しない。蘭と別れる積りはない。蘭は、僕の恋人だ。工藤、お前は間男だ」
「バーロォ。恋人関係は、お互いの意志だけで成り立っていて、結婚のような契約関係じゃねえ。オメーがどんな積りであろうと、蘭が別れの意志を告げたその時点で、オメー達の恋人関係はおしまいだ」
「・・・このまま終わると思うなよ。工藤、お前の所業はマスコミに流してやる。それに蘭は僕の会社の後輩だ。今回の事を知ったら、職場で皆がどう言うかな?」
「・・・勝手にしろ。さ、蘭、行こう」


蘭は、罪の意識を覚えながらも、それを受け止めていくしかない事も分かっていたので。
新一について、その場を去って行った。


   ☆☆☆


新一に連れられて、新一が取っている部屋に入った途端。
蘭は足が震えて立っていられなくなった。
新一が蘭をソファーまで連れて行き、蘭を座らせ優しく抱き締めてきた。
蘭は必死で新一にしがみつく。

今になって、高梨に抱きすくめられた恐怖が蘭を襲って来たのである。
蘭は、こみ上げる吐き気を必死で抑えた。

新一が、素早くゴミ箱を引きずり寄せて言った。

「蘭、我慢すんな、吐き気がするなら吐いちまえ!」

そして蘭の背中をさする。
蘭は、ゴミ箱の中に胃の内容物を吐き出した。


新一が洗面所から水の入ったコップと湿らせたタオルを持って来た。
そして、蘭の口をすすがせ、口元と手を丁寧に拭い、ゴミ箱を片付ける。

新一は片づけが終わると再び蘭の傍に来て、蘭を抱き締め背中をゆっくりと撫でた。

「し、新一・・・ごめんなさい・・・」
「蘭が謝る事はねえ。オレこそ・・・オメーを1人で行かせるんじゃなかった」

それこそ、新一が謝る事じゃない、何故なら高梨と2人で話すと言い張ったのは、自分自身なのだからと、蘭は思った。
言葉に出せないでいる蘭の思いを、けれどおそらく新一は分かってくれているのだろうという気がした。

新一は蘭の震えが治まるまで、優しく宥めるように抱き締めて、頭と背中を撫で続けてくれた。


「ねえ、新一。どうやってあの部屋に入ったの?オートロックだったのに」
「ああ、それはまあ・・・昨日あの部屋を引き上げる時に、鍵が掛からねえよう、ちょっと細工を・・・必要ねえならそれに超した事はねえと思ってたんだが」
「でも、良かった。新一が来てくれなかったら、私・・・」
「蘭・・・」

蘭がぶるりと身を震わせ、新一は蘭を抱き締める腕に、僅かながら力を込めた。

「蘭、ごめん。オレが昨日、嫉妬のあまり愚かな事をしちまったから、だから彼はあんな風に・・・」

蘭は驚いて新一を見上げた。
新一の瞳が辛そうに揺れている。

蘭は微笑んで、首を横に振った。

「ううん、新一・・・たとえ昨日の事があってもなくても、あんまり変わらなかったと思うの。私は、高梨さんを裏切った。それは、誰が何と言おうと、紛れもない事実だわ」
「けど・・・オレが・・・オメーが高梨とけりを着ける前にオメーを抱いたりしなければ・・・!」
「新一・・・」

蘭は目を見張り、奇異な思いを抱きながら新一を見た。
このたった数日で、蘭には既に分かっていた。
工藤新一という男は、常に前を向いており、過去を悔いる事はあっても、それをくよくよくどくどと思い悩む方ではない。
けれど、今回の事で新一が、こういう風に、「ああしなければ良かったのでは」「こうしなければこんな事には」などと思い悩むとは、一体どうした事だろう?

それこそ、新一の蘭への思いの深さであるという事も、蘭には薄々分かっていたのである。

蘭の恐怖感が、綺麗に取り除かれて行く。
新一の腕の中で、蘭はすっかり安らいでいた。
ここは、蘭が世界一安心出来る場所。
おそらくこれからもずっと。

「新一。そんな風に、自分を責めないで・・・。私ね、どこか軽く考えてた部分があったの。たとえ激したとしても高梨さんがああいう行動に出ると予測もしてなかったし。私には空手があるから大丈夫って、自惚れてもいた。
男の人が、ああいう風に怖いんだって、きちんと分かっていなかったの。もし、この旅行で新一と出会っていなかったら、私・・・」

恐ろしい予測に、蘭は身震いした。
蘭は今迄、無防備なようでいて、無意識の内に意外とガードが固い部分があり、男性と2人きりになるような状況に身を置いた事がない。

けれど今回の旅行で、新一と出会う事なく、高梨と同じ部屋に寝泊りしていたら。
高梨が迫って来たら蘭は抗ったであろうが、それでも最終的には男の力で押さえつけられていただろうと、今になったら思う。

「蘭。でも・・・オレも同じ穴の狢だ。蘭が欲しくて、欲望だけで、オメーを汚した・・・」
「ううん、新一。私、ちゃんと分かってる。あの時新一は、私が拒んでいたら絶対途中でも止めてたって」
「蘭。それは買い被り過ぎだよ」
「それに、それにね・・・私、言ったでしょ?新一にだったら、抱かれたいって望んでたんだって・・・」

蘭が、必死で羞恥心を抑えながら新一に告げる。
きっと蘭の顔は真っ赤になっているに違いない。

「新一。私ね。新一に・・・愛する人に抱かれて、汚れるなんて事、絶対ないんだから。新一の腕の中が、私にとって世界で1番安心出来る場所なの。だから・・・」

新一が、ようやく微笑を見せ、蘭の頬に軽く口付けた。

「蘭。せっかく蘭が買い被ってくれんだから、それに見合うよう、精進するよ」
「買い被りなんかじゃないのに・・・」
「オメーはぜってー、何があっても、オレが守ってやっから。だから・・・ずっと・・・オレの傍に、居てくれ」

蘭はこくりと頷いて、幸せな気持ちで新一の胸に頬を寄せた。

「新一・・・私としては、一応けじめを付けた積りなんだけど・・・やっぱり、高梨さんの方は納得してないよね?」
「・・・まあ、心情的には、彼が怒るのは無理ねえ話だし。すぐに納得して貰えるもんでもねえだろうし。でももう、蘭から別れの通告はしたんだ、後はもう彼自身の問題だ」
「う、うん・・・」

新一の言う事は、頭では理解しながらも。
蘭は今更ながらに、罪の意識に苛まれていた。

「ねえ、新一。大丈夫かな?もし今回の事がマスコミに色々言われたりしたら・・・新一の立場は?」
「心配ねえよ。オレは今迄にも色々あったんでね。目立つ事沢山やって来てっから、やっかみだの何だので、色々と中傷されるのには慣れてる。その点は心配要らねえ。でも蘭は、アイツと同じ職場か・・・たとえアイツが何も言わなくても、色々やりにくいよな・・・」
「う、うん・・・入社してまだ1年だし、そこはプロ意識ないって言われそうだけど・・・もし問題になりそうだったら辞めるしかないかな?」
「まあそこは・・・おいおい考えようぜ」
「うん・・・」

新一に優しく抱き締められて。
蘭は心の底から安心する。

愛する人の腕の中がどれ程に心地良く安心出来るものなのか、それはここ数日で知った感覚だった。


別れを告げたのに、高梨が納得していないのも、気になっている。
新一は、恋人同士の場合どちらかが別れを告げたらその関係は終わりだと、キッパリ言ったけれども。
それは納得出来ない人がいるのも事実であろう。

時間が解決するのを待つしかないのだろうか?

蘭は、新一に惹かれてしまった事も、新一に抱かれた事も、高梨に別れを告げた事も、高梨に悪いとは思っても後悔はしていない。
後悔するとしたらそれは、半年前、高梨の度重なる交際の申し込みに、首を縦に振ってしまった事に対してだ。
その後も、好きになれなかったのに、ズルズルと付き合い続けていた事に対してだ。

高梨がずっと蘭を許さず恨んだとしても、周囲に何か言いふらしたとしても、それは仕方がない事で。
それは甘んじて受け入れるしかないと、蘭は思う。

けれど、出来れば高梨には、どうか蘭の事は早く忘れて、他の女性と幸せになって欲しいと。
決して口にする事は出来ないけれど、蘭は本心からそう願っていた。


   ☆☆☆


突然、音がして、2人はびくりとした。
それは、着メロにもなっていない、何の変哲もない携帯の着信音で。
蘭のものでない以上、新一のものに間違いなかった。


「もしもし、工藤です・・・はい?・・・」

新一の顔つきが変わる。
蘭は瞬時に、それが事件依頼の電話であると、悟った。

「分かりました。すぐに伺います」

新一が携帯を切って、蘭に向き直った。

「蘭、わりぃ」
「事件なんでしょ?」

蘭の言葉に、新一は目を丸くした。

「ああ。今回は長野県警から・・・つい数日前にここにいるのを見られてっから、まだ居るんじゃねえかと思われたらしい」
「行ってらっしゃい、気をつけて」
「ああ。出来るだけ早く帰ってくるよ。待っててくれ」

そう言って、新一は蘭に軽く口付けた。

「蘭。その・・・オレが留守の間、気をつけてくれよな。いくら蘭に武道のたしなみがあっても、万一って事はあっからよ」
「うん、分かってる。この部屋以外では、他に人が居る公共の場所にしか行かないようにするから」

蘭とて、先程の恐怖を忘れてはいない。
新一が来てくれなかったら、激した状態の高梨に、何をされたか分からないのだ。


今は、蘭には分かっている。
たとえ蘭が他の男に陵辱されたとしても、新一は変わる事なく蘭を愛し続けてくれるだろうという事は。

けれど、もし蘭の身に何か遭ったとしたら、新一と蘭双方が、大きな傷を負う結果となるのも、間違いのない事だった。

だから、蘭は危険な状態に身を置く積りはなかった。
新一が居ない状況なら、尚更だった。

「行ってらっしゃい」
「行って来ます」

蘭からも新一に軽いキスを贈り、新一は出かけて行った。


   ☆☆☆


新一が出かけた後。
蘭は空腹感も覚え、ホテル内のレストランに行った。

そこの食事は、味はまずまずだったけれど、1人での食事は味気なかった。
蘭は、以前は1人での食事を寂しいとも思っていなかったけれど。
今は、新一が居ないだけで、とても味気なく感じてしまうのだった。


食後、ホテルのロビーの一角にあるカフェで、コーヒーを飲みながら。
仕方がないので、時間潰しに、新一が持っていた文庫本を読み始めた。

蘭は、父親が探偵である関係もあり、推理ものはそこそこ読む方だ。
けれど、新一が持っている本はどれも本格推理もので、難しく読み進めるのが困難そうだった。

今日、蘭が部屋から持ち出した本は、新一の父親である工藤優作が書いたナイトバロンシリーズ。
本格物ではあるがエンターテインメント要素もたっぷりで、読み始めると夢中になって引き込まれていた。


蘭が夢中になって読み進んでいると、携帯のメール着信音が鳴り、蘭はびくりとした。
送信者を見て、ホッとする。
昨日、お互いの連絡先をそれぞれの携帯に登録したばかりの相手、新一からだった。

事件は解決し、今から戻って来る旨が短い文で書かれており。
蘭は顔をほころばせ、本を閉じて立ち上がった。



フロントに鍵を預け、蘭はホテルの玄関から外に出る。
帰って来る新一を、出迎えたかったから。

そして、外に出た蘭を、追いかけるようにしてホテルから出て来て声をかけた者があった。
蘭が別れ話をしたばかりの相手、高梨である。

「蘭」

蘭は思わず身構えた。
悪いとは思うが、今の蘭は、どうしても高梨を手放しで信頼出来る状態ではない。
状況的に仕方がなかったし、心情的に無理がないとは言っても、高梨が先程蘭を無理やり抱きすくめて来た事、新一があの場に現れなかったらおそらくそれ以上の行為に至ったであろう事は、拭い難い不信感と恐怖となって、蘭の中に残っている。

「そんな顔、しないでくれ・・・僕は・・・」

高梨が手を伸ばして来て、蘭は反射的に飛びのいてしまった。
高梨が大きな溜め息をつく。

「蘭は、そんなに僕が嫌いなのか?」
「嫌いとか、そんなんじゃないけど・・・でも・・・ごめんなさい・・・」


「蘭!!」

離れた所から、別の声がして。
蘭は自分の顔が思わずほころぶのを感じていた。

「新一!」

パトカーが停まり人だかりがしている中から、蘭の愛しい男性が、蘭の方に向かって駆けて来る。
苦々しげな顔で2人を見る高梨の事を、蘭は一瞬忘れていた。


「新一、どうだった?」
「バッチリさ。後は長野県警に任せて来た」

そう言って新一が人だかりの方を指す。
新一が犯人を突き止めてしまえば、後はもう、確保して連行し取調べをするのは、警察の仕事なのだ。

新一が蘭を柔らかな表情で見て近付き。
そしてふと、険しい目付きで高梨の方を見た。

「事件とあらば、蘭を放り出して行ってしまって。それで蘭を幸せに出来るのかい?」

高梨が皮肉気に言った。

「・・・幸せと思うかどうか、それを決めるのは、蘭だ」

新一の言葉に、高梨は肩を竦めて見せた。

「今は蘭も熱に浮かされているから、分からないだろうけど、蘭を幸せに出来るのは僕だ。探偵のようなやくざな浮き草稼業と違って、こちらは安定した固い仕事について、少なくない収入を得ているんだからね。僕は心が広いから、蘭が傷物になっていても気にする積りはない。いつまでも蘭の帰りを待っているよ」

蘭は正直、高梨の言い草に腹が立った。
高梨は今現在目の前にいる新一への敵愾心のあまり、言ってはならない事を言ったのだ。
蘭の父親毛利小五郎は、それこそ高梨が「浮き草稼業」と評した、探偵であるのだから。

新一がギリッと唇を噛んで、何かを言おうとした時。
すぐ近くで騒ぎが起こった。

「逃げたぞ!」
「追え!」

そういった声が聞こえたかと思うと。
パトカーの方角から駆けて来る男が居て、数人が後を追っていた。

駆けて来る先頭の男は、よく見ると手錠が掛かっている。
連行されようとする瞬間に逃げ出した様子である。

その手が懐に入ったと思うと、きらりと光る物を取り出した。
それがナイフだと分かった時には、もうその男は間近に迫っていた。


「どけえ!!女!!」


ちょうどその男の進行方向に、蘭が立っていて。
蘭は息を呑んだが、体が竦んでよける事が出来なかった。

蘭も、他人の命が掛かっている時には咄嗟に体が動くのだが、悲しいかな、自身の危機には反応が遅れてしまうという面があった。

ここをすんなり通す訳には行かないと身構えながらも、向かって来るナイフをよけられないと、どこかで絶望的になっていた。


けれど。


「ぐうっ・・・!!」

蘭の前に素早く躍り出た人影があり、ナイフを持ったまま勢いをつけてぶつかって来た男と共に、その場に転がった。



「新一ぃっ!!」

蘭が悲鳴のように名前を呼ぶ。
蘭の前に躍り出て、自身が蘭の盾となったのは、新一だったのである。

新一の腹部にナイフが突き立っているのを、蘭は、心が壊れそうになりながら、見ていた。
気が遠くなりそうなのを、必死で堪える。


「新一、新一、新一い!!!」


逃走しようとしていた男が警官達に押さえ込まれる風景も何も、蘭の目には映っていなかった。
蘭は震えて崩れ落ちそうになりながらも、必死で自身を支え。
屈み込んで、地面に転がった新一の肩を支える。

「蘭・・・」
「新一!喋らないで!」
「蘭・・・大丈夫だ・・・ナイフは刺さってねえから・・・」
「え・・・?」

新一が、やや顔をしかめながら、自力で体を起こした。
顔色も普通だし、どこからも出血していない。

新一がナイフを抜く瞬間、蘭は顔色を変えたが、本当に出血もなく、新一は大して怪我をしていないようだった。

「しんいち・・・」
「・・・こいつが、盾になったな・・・」

そう言って新一が懐の内ポケットを探って取り出したものは、ビロード張りの小箱だった。

「・・・・・・」

小箱自体も、大きく傷がついて無残な姿になっていたが。
新一がその箱を開けると、中から転がり出たのは、ちょうどナイフが突き立った為か、金属部分に傷が付いてしまったダイヤの指輪だった。

新一が掌に載せたそれを、蘭はじっと見詰めた。
内側に、文字が彫ってあるのが見える。

「Shinichi to Ran」

蘭は、息を呑んだ。

「新一・・・これ・・・は・・・?」
「今のオレの経済力では、これが精一杯。既製品だけど。蘭を初めて抱いた日ホテルの宝石店で、それを買って。急ぎで文字入れをして貰った。今日が出来上がりの日だったから・・・でも、傷がついちまったな・・・」


蘭は、最早涙をとどめておく事が出来ず、新一に飛びついて泣き出した。
人目があろうがどうだろうが、それどころではなかった。

「ら、蘭!?」
「ううっわあああん!新一い!!」

新一が戸惑いながらもそっと蘭を抱き締め、蘭の背中をぽんぽんと軽くあやすように叩いていた。


   ☆☆☆


蘭はどうやらそのまま意識を失ってしまったらしい。
蘭が気付いた時には、新一が借りている部屋のベッドに寝かされていた。

新一がベッド脇に腰かけ、優しい瞳で蘭を見下ろしていた。

新一が無事で生きてそこに居る。
それだけの事が、幸せだった。


数日前までは、蘭にとって新一の存在はテレビタレントのアイドルと同列のものだったのに。
今や、もし失われたら生きて行けないと思ってしまう程の存在になってしまっている。

蘭の眦から涙が零れ落ちた。


「蘭?大丈夫か?」
「しん・・・いちぃ・・・無茶・・・しないで・・・もし新一が居なくなっちゃったら・・・私・・・きっと生きて行けない・・・」

蘭がしゃくり上げながら言葉を綴る。
新一は、そっと蘭の頭を撫でて、言った。

「ああ。オレはぜってー、死んだって生きて帰って来っから、もう泣くな」
「新一・・・それって・・・すごい矛盾・・・」
「蘭。それに、オレも同じだ。オメーが失われたりしたらオレは・・・だから蘭も、自分を大切にしてくれ・・・」

新一の低い優しい声が心地良い。

自分の命以上に大切な存在がいるという事、その相手と心通わせているという事。
それは、それこそ矛盾するようだけれども「今すぐ死んでも悔いがない」と思える程に、幸せで満ち足りた気持ちだった。


蘭は、新一の方に手を伸ばそうとして、動きを止めた。
蘭の左手の薬指に、光るものがある。
先程、ナイフの先を受け止めて傷付いた、ダイヤの指輪に間違いなかった。

「新一・・・これは・・・?」
「さっきの指輪。金属部分の傷は完全に消えてねえけど、蘭の指を傷付けないように歪みは直して磨いて貰った」
「これって・・・意味はあるの?」
「オレとしては、オレが蘭のものだって約束の印。蘭がどういう積りで嵌めていても、もし嫌なら外して貰っても、構わねえけど。出来れば・・・あの・・・蘭とオレとを救った指輪だから・・・オレの気持ちとして、蘭の指に置いて欲しい」
「嬉しい・・・大事にするね」

蘭はそう言って微笑んだ。
新一が蘭の事を真剣に想ってくれていて、将来の事まで含めて考えてくれているらしい。
今はそれ以上に、何を望む事があろう?

「それにしても・・・いつの間に私の指のサイズなんか測ったの?」

新一が選んでくれた指輪は、蘭の左手の薬指にピッタリと収まっていた。
新一が如何に優れた探偵であっても、指の正確なサイズまでは簡単に分かるまい。

蘭の右薬指に収まっている七宝細工の指輪はフリーサイズだからともかくも、こちらの指輪はそうは行かない。

「あ・・・それはその・・・山小屋で、蘭が気を失っている間に・・・蘭の指に糸を巻きつけて」

新一が赤くなって告白した。
そう言えば、通信販売などで指輪を注文する時、自分の指のサイズが分からない場合は、糸を巻きつけてサイズを測る方法があったと、蘭は思い出した。

「そう言えば、こっちの指輪を嵌めてくれた時、この次はきちんとしたもんを贈るって約束してくれたよね」
「ああ。って言うか、その時はもう、買った後だったんだけどな」
「新一・・・」
「・・・多分、普通はそこまで考えていねえって思うけど。オレにとっては、あの山小屋でオメーを抱いた、ひとつになったあの瞬間が・・・」


そこまで言いかけた時、突然、部屋のインターホンが鳴った。
新一は言葉を中断させ、ドアのところまで出て行った。
ほどなく新一は蘭のところに戻って来て言った。


「蘭。高梨さんだけど・・・会うか?」

蘭は、一瞬息を呑んだが、頷いた。
新一が傍にいてくれるのなら、何も怖い事はない。


高梨は、ヒゲもきちんと剃ってこざっぱりした格好になっていた。

「やあ・・・寝床に横になっているところを悪いと思ったんだけど、僕はもう、帰るから」

高梨の言葉は、思いがけないものだった。

「色々思うところはあるし・・・僕は今でも、らん・・・毛利の事は、好きだよ。だけど、あの時、目の前で何があっているのか分かっていながら、君の危機に対して、僕は動けなかった。1歩もね。けど、彼は躊躇わず盾になった。偶然の幸運で彼もかすり傷で済んだけど、本当だったらそれこそ死んでいたかも知れない、なのに、躊躇わず君の前に身を投げ出した。君と出会ってからの歳月は関係なく、手を出した云々も関係なく、この男には、敵わないと・・・僕は敗北を認めざるを得なかった」
「高梨さん・・・」

高梨は、肩を落として残念そうであるけれども、どこか吹っ切れた様子が伺えた。

「幸せに、とは口が裂けても言わないよ。でも、別れを認めないと言ったのは、撤回する。君は最初から、僕のものではなかった、悔しいが、それが真実だろうから」
「高梨さん・・・ごめんなさい・・・ありがとう・・・」
「礼なんて、言わないでくれ。余計に悔しくなるから。それじゃ」

そう言って、高梨が踵を返して立ち去るのを、蘭は半泣きになりながら見送った。
高梨の事を、1度でも愛した事はない。
けれど、蘭なりに真剣に付き合おうと思い向き合おうとして来た相手だったから、このような結果になったのは、胸が痛む事だったのである。


   ☆☆☆


その日の蘭は、もうとても部屋の外に出る気にはなれなくて。
ルームサービスで夕食を取った後。


新一の腕の中で、新一とひとつになる時間を過ごした。


「ああん・・・しんいち・・・しんいち・・・」
「くっ・・・蘭・・・はあっ・・・らん、らん」

お互いの名を繰り返し呼び続け。
愛の言葉を囁きながら。

夜は更けて行った。



そして蘭は、意識が遠くなるほどの絶頂の中で、日付が変わる時報を微かに聞いた。
新一と出会ってから6日目を迎えようとしていた。

その日は、2つの祭日に挟まれた日、国民の休日と呼ばれる日であったが。
その日がどういう意味を持った日であるのか、高みの中で意識を手放してしまった蘭には、分かっていなかったのである。







<第6日>に続く

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<後書き座談会>

平次「何や、予想通りやけど、高梨はんには気の毒な展開やったなあ」
園子「気の毒なんかじゃないわよ!蘭にあんな事!許せないわ、キー!!」
和葉「まあまあ園子ちゃん、落ち着きいや。気持ち的には無理ない思うで」
平次「まあ何やな、大事にしてた恋人を寝取られたんは間違いあらへんし」
園子「そもそも、蘭に新一君以外の恋人がいるって設定が、無理がありありなのよ!」
和葉「園子ちゃん、落ち着きいや。どうどう」
園子「ま、でも、高梨さんが身を引いて、一件落着というところね」
和葉「ちょおアッサリ過ぎのような気もすんのやけど、そこはドミはんがグチョグチョドロドロにあんまりしとうないっちゅう事で」
平次「せやな。ところで、工藤が姉ちゃんを庇うくだりは、原作19巻、工藤が大阪に来た時のパクリやな」
和葉「ああ、あの沼淵の・・・って、あん時工藤君大阪に来とったん!?蘭ちゃんやコナン君が大変やったんに、工藤君そん時、一体何しとったん!?」
平次「はは・・・この座談会でも、和葉はまだ何も知らん設定になっとんのかいな?」
和葉「平次、何か言うたか?」
平次「何も言うてへんわ!」
園子「何その大阪の話って?」
和葉「あんなあ、コナン君が蘭ちゃん庇うて、包丁で刺されたんで!」
園子「えええ!?」
和葉「で、そん時コナン君を守ったんが、平次のドアホがコナン君に貸したったお守りでな・・・」
園子「ふんふん、そんな事が・・・蘭、悪い事は言わないわ。事件とあらば蘭を置いて飛んでってしまうような唐変木は止めて、年の差あるけどあのガキンチョに乗り換えたら?」
平次「ははは・・・(同一人物やっちゅうねん)」
和葉「平次、何か言うたか?」
平次「何も言うてへん言うたやろ、ドアホ!」
園子「でも、ひとつだけ謎が解けたわ!」
和葉「へ?園子ちゃん、何なん?」
園子「このお話の始まりは、曜日は不明だけど、4月29日の祭日よ!」
平次「・・・そんなん、数えたら分かるで!」
園子「で、この話、今日が5日目で。もう既に、全身痒くてたまらない位の、ほっといてくれなラブラブいちゃいちゃ状態になってんだけど。まだあと2日もある訳?あと何があるってのよ」
平次「せやから、サブタイトルの『ハニーウィーク』に意味があんのや言うてんやろ」
園子「で、う〜ん、思わせ振りに終わったけど、5月4日って何の日だったっけ?ここまで引っ掛かってるのに、思い出せないんだよね」
和葉「多分、次回で5月4日の謎が解き明かされるんちゃう?」
平次「お、和葉、珍しゅう冴えとるやないか」
和葉「アホ言わんといて!」
園子「って事で、今日はここまで」

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