一週間〜ハニーウィーク〜



byドミ



<第1日>



蘭が、そろそろお茶にしようと、ホテルの喫茶室に向かった時。
いきなり女性の悲鳴が響き渡った。

蘭は思わず、悲鳴がした方へと駆け付けた。
おそらく悲鳴を上げた当人らしい女性が、震えながら指差している先には。

一瞬男同士の口付けに見えてしまったが、ぐったりとした中年男性を抱きかかえながら「マウストゥマウスの人工呼吸」をしている工藤新一の姿があった。
男性の腕はだらんと垂れ下がり、復活の兆しは見えない。

やがて新一が男から唇を離し、手首で脈をみて大きな溜め息をついた。

「あの・・・交代しましょうか?」

新一が疲れて人工呼吸を中断したのかと思い、蘭がそう申し出た。
新一は驚いたように蘭を見た後、肩を落としながら首を横に振った。

「いや。もう、手遅れだ・・・」

そう言って新一は、悔しそうな顔で拳を床に叩きつけた。
新一はその男性をゆっくりと床に横たえる。
そして、おもむろに携帯を取り出すと、110番通報をした。

すでにその顔付きは、今の悔しそうな表情から一変して、きりっとしたものに変わっている。


電話を終えた新一が、悲鳴を上げた女性に声をかけた。

「あなたが悲鳴を上げたのは、この男性が倒れている姿を見たからですか?」
「え・・・?あの・・・」

落ち着いて質問をする新一に、女性は戸惑った視線を向けた。

「失礼、僕は工藤新一、探偵です」

新一が名乗ると、いつの間にか野次馬が集まって来ていたその場に、ざわめきが起こった。
「あの有名な・・・」「テレビで見た事がある」「日本警察の救世主ですってよ」というような言葉が、切れ切れに聞こえてきた。

「いずれ警察が来ると思いますが、少しでも状況を知って置きたくて」
「これは、殺人なんですか・・・?」
「いえ、そうと決まった訳では。ただの事故や、病気の発作という可能性は高いです。突然死という状況なので、あらゆる可能性を考えなければなりません」


蘭は、一連の流れを見ていて、今改めて新一に見惚れていた。

まずは人命救助を優先と、ためらわずに中年男性と唇を重ねた行動にはとても感動したし。
命が救えなかった悔しさを露にしても、それに引きずられず迅速に気持ちを切り替え次の行動に移った事にも感心した。


悲鳴を上げた女性は、新一の冷静な物腰に、落ち着きを取り戻しつつあった。
同時に少し頬を染めているのは、新一に見惚れているからか?

新一は確かに容姿が良いと、蘭も思う。
今の新一は最高に格好良いと、蘭は思った。
その女性が見惚れるのも無理はないと思いつつ、少しムカッとしてしまった蘭であった。

蘭が強い視線を感じてそちらに目をやると。
かなり怒った様子で新一を睨んでいる真由の姿があった。

蘭は、真由が怒るのも無理はないと思いながら、「新一の恋人」として素直に怒りを露に出来る真由に、何とも言えず胸がもやもやとしてしまう。


やがて、警察が到着した。
蘭は父親が元警察官で、今は探偵をやっている関係上、警察関係者には知り合いがいるが、長野県警には流石に蘭の知る警官はいない。
新一は長野県警の警察官にもすでに知り合いが居て一目置かれる存在のようであった。

「それにしても、工藤探偵の行く所、どういう訳か事件が起こりますね。マジにお払いをした方が良いのではないですか?」

警察官にまでそう言われて、新一は苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
新一は、事件を解くのには嬉々としていても、殺人傷害事件が起こる事を願っている訳では決してないのだろうと、蘭は思った。
たとえ世間でどう思われていようとも、人が死んだり傷付いたりするのは最大限避けたいと思い、人命救助を優先するのが、彼のポリシーのようである。

「・・・やはり、毒物のようだ。残念ながら殺人事件に間違いないですね」
「そうですか・・・」
「それにしても工藤探偵、あなたらしくもない迂闊さだ。あなたは被害者にマウストゥマウスの人工呼吸をしたんですよね」
「ええ、そうですが?」
「今回は経口摂取によるものではないから良かったが、下手するとあなたまで毒を摂取してしまう可能性があったのですよ。人命救助優先は素晴らしいと思うが、今回の行動は向こう見ずだ」
「ああ。そうですね。でも僕は、彼が倒れていたのを見た瞬間、咄嗟に助けられるものなら助けたいとしか、考えなかったんです。結果は残念な事になってしまいましたが」

その瞬間、蘭は自分の胸が大きく高鳴るのを感じていた。
蘭が今迄、ほのかに惹かれ憧れていた相手に、本格的に恋に落ちてしまった瞬間だったのである。


   ☆☆☆


件の男性は、喫茶室でコーヒーを飲んでいる最中に、急に悶え苦しみだし、倒れたという事だった。
毒物による変死という事で、殺人事件の疑いが濃厚となり、調査が始まる。

細部の調査などは鑑識係の仕事だが、新一は一味違う視点からの意見を述べ、推理を展開して行く。

蘭はその邪魔をしないように気をつけながら、ずっと新一の推理姿を見守っていた。
実際にこうやって、新一が事件に取り組む現場を見るのは、初めてである。
テレビや新聞などでは、鮮やかに事件を解いた後の姿しか分からないが、実際に目の当たりにしてみると、新一が細かな観察をやっていて、幾つもの仮説を頭の中で検証している事が分かる。

「お父さんはいつも、思い上がって事件を遊びの現場と勘違いしている探偵坊主って言ってたけど・・・違うよね。本当に真剣に、取り組んでいるんだ・・・」

新一が実際に事件を解いていく姿を見て、蘭の恋心は更に募り、蘭の切なさも同時にいや増していく。

「工藤さんには恋人が居るし・・・私は、工藤さんファンの大勢の1人に過ぎないし。どうしようもない、のよね」

知ったばかりの、男性に恋する心。
初恋が訪れた途端に、諦めなければならない想い。

蘭は、新一の姿を見ている事が幸福で、同時にとても辛かった。


やがて、僅かな手掛かりから推理を組み立てた新一は、関係者・目撃者・近くに居た人々を集め、自説を披露した。
そして新一が名指しした犯人は、被害者と同質に宿泊していた「恋人」であり、被害者が倒れた瞬間に悲鳴を上げた女性であった。

その女性は、犯人と名指しされると、今までのオドオドした様子を豹変させ、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。

「学生探偵、日本警察の救世主と持ち上げられる工藤新一も、大した事ないわね。どうして私が、恋人である彼を殺さなくちゃならない訳?それに、今あなたが偉そうに言った事は、ただの推測でしょ?証拠はあるの?どんなに素晴らしい推理ストーリーを組み立てても、証拠がなければただの妄想よ!」

蘭は、この瞬間、心情的にこの女性が犯人に間違いないと思った。
もし、見当違いなのであったとしたら、自分の恋人が殺されて、自分に犯人との嫌疑がかかっているのに、これだけ挑戦的で居る筈がないのだから。
けれど、その女性が言う通り、「心情的な確信」だけでは殺人の容疑者として挙げる事も無理である。

しかし、新一は不敵に笑った。
その攻め顔にも蘭はどきんとしてしまう。

「証拠なら、ありますよ。あなたが今もまだ身につけている筈だ。そうと知らずにね・・・」

本人が今まで気付きもしなかった、思いがけない証拠を突きつけられて、その女性は顔色を変えた。
そして、その女性はワナワナと震え出し、拳をギリッと握り締めた。

「・・・何も知らない癖に・・・その男はね・・・私の大切な人を死に追いやったのよ!でも、警察にどんなに訴えても取り合ってもらえなかった、事故として処理されてしまった!私は・・・その無念を晴らしただけ、なのに!」
「・・・それでも、人を殺したりしてはいけないんですよ・・・」
「奇麗事を言わないで!名探偵、アンタも愛する人を目の前で失われる苦しみを味わうがイイ!」

うな垂れて、警察官からの手錠を素直に受けそうに見えたその女性が突然動いた。

新一がハッとしたように視線を動かし。

『え・・・?』

一瞬、新一が蘭の方を見たように、蘭は感じた。
けれど、次の瞬間。

「キャアッ!新一、助けてっ!」
「真由っ!」

その女性は信じられないスピードでその場を逃れると、野次馬の中に居た真由を後ろから抱え、喉元にナイフを突きつけたのだった。

「皆、動かないで!少しでも動いたら、この女の首にナイフがザックリ行くからね!」
「しまった!!」

当然の事ながら、新一も警官達も、誰も動けなかった。

「おい!馬鹿な事をするな!怨恨での殺人なら、まだ情状酌量の余地はある。けど、逃亡の為に直接関係ない人を手にかけたりしたら、罪が何倍も重くなるぞ!」

警官がそう怒鳴り、女は冷笑した。

「罪が何倍にもなったからって、何だって言うの?彼を失ってから、私の人生にはもう何にもない!復讐の為にあの男に近付いて、私の体も汚れ切ってしまっている。どうせもう、生きている意味もないんだから!」

「拙い・・・あの女、死ぬ気だ・・・このままでは・・・」

警官が呟く。
新一も警官も、額に汗を張り付かせながら、動けない。
新一は必死で事態の打開策を考えているのだろうが、どうしようもなかった。

野次馬達は遠巻きに成り行きを見守っている。

真由は喉元にナイフを当てられ動けずに、ガタガタ震えながら涙を流していた。

「正義漢ぶった偽善者の名探偵。可愛い彼女が死んでしまえば、あなたも私の気持ちが分かるかしらね?」
「ひいいっ!!」
「よせっ!」

女がナイフを振り上げる。
その一瞬の隙を、見逃さなかった者が居た。

手刀で女の手を払い、ナイフが落ちた瞬間に、真由を引き剥がしてその場から逃れされたのは、少しずつ死角から忍び寄っていた毛利蘭だったのである。


空手の腕には覚えのある蘭だったが、今度は、真由を逃がしてホッとした隙をつかれてしまった。

「おのれ!」

ナイフを拾い上げた女が蘭に迫って来た。
一瞬の反応の遅れで、蘭が息を呑んだ瞬間、今度は何かがすごいスピードで飛んで来て、女のナイフを弾き飛ばした。

「くっ・・・!」

手を押さえてうずくまった女の元に警官たちが駆け寄り、手錠をかけた。

女のナイフを弾き飛ばしたのは、女が最初に動いた際に床に転がり落ちていた花瓶で。
その花瓶を蹴って見事ナイフに的中させたのは、元サッカーの名手である工藤新一であった。


蘭がホッと息をついた。

「新一〜〜っ」

真由が新一の元へ駆けて行くのを、視界の端で感じながら、蘭は安堵の思いと一抹の寂しさを感じていた。

「オイ!大丈夫か!?」

いきなり耳の傍で思いがけない声がして、蘭は跳ね起きる。
いつの間にか新一が蘭の傍に膝をつき、蘭の肩を抱えていた。

男性に肩を抱かれて、嫌悪感を覚えるどころか心地良いなんて、と蘭は頭の片隅で思う。

「毛利さん、どこか怪我してねえか!?大丈夫か!?」
「は、ハイ・・・!大丈夫です!」

新一は必死な形相をしていたが、蘭の答に安堵したように溜め息をついた。

「ったく。無茶をする人だな・・・」
「だ、だって・・・!」
「でも、ありがとな・・・」

ふわりと。
一瞬の軽い抱擁に蘭は固まる。
それは本当に一瞬で、すぐに離れてしまったけれど。

蘭はくらくらと眩暈がした。
新一の触れた部分がカッと熱くなっている。


「新一〜〜〜!!」

おそらくは、新一が自分の横を通り過ぎて蘭の所に駆けつけた為だろう、真由はすっかりむくれていた。
蘭から離れた新一は、真由のところに行ってその額を小突く。

「真由。オメーな、毛利さんに助けられたんだぞ。お礼の1つも言ったらどうなんだよ?」
「新一、助けてくれなかった・・・」
「あのな・・・オレも助ける隙はうかがってた・・・っても、言い訳にしかならねえよな。あ〜、わーった、オレが悪かったよ!」
「心がこもってな〜い!」


手錠をかけられた女性が、蘭に向かって言った。

「あなた・・・彼らとどういう関係?」
「え?彼らって・・・工藤さん達とですか?さっき偶然ここで会ったばかりの通りすがりですけど?」
「なのに、探偵の恋人を身を挺して助けたって訳?何で、行きずりの相手にそんな事が出来るのよ?」
「それは・・・」

蘭がどう答えて良いか分からず言い淀んだ。
何を考える暇もなく、ただただ、助けたいと、体が動いただけだったから。

そこへ、低く深みのある声が響いた。

「訳なんて・・・いるのかよ・・・?」

蘭もその女も、声を発した新一の方を見た。
新一は強い眼差しでその女性を見据えて言った。

「人が人を助ける理由に、論理的思考なんて存在しねえよ。ただ、人の命を助けたいと、救いたいと、それだけなんだ」

蘭は、息を呑む。
そうだ、今日新一が中年男性に人工呼吸をした時も、そうだったに違いないのだ。

蘭は、新一と自分がきっと同じ魂を持っているのだろうと感じていた。
新一への想いが溢れて止まらない。
新一の事を知れば知るほど、愛しくなって・・・切なくなる。

「・・・私には、分からないわ。もしあの人が生きていたら、そして、あの人が命を落とそうとしたその瞬間に立ち会ったとしたら、私は身を挺して彼を守ろうとしたと思う。でも、名探偵、あなたや、この女の子のように、通りすがりの人を助けようなんて気持ちは持ち合わせていない。この男も、そして私も、生きる価値のない存在だわね・・・」
「生きる価値がない存在なんて、ありません!」

蘭が思わず叫んでしまい、新一もその女性も、そして真由も、蘭の方を驚いたように見た。

「わ、私には、偉そうな事言えないけど・・・でも、人を殺したりしたら、駄目です!どんな理由があっても、命を絶つって事は大罪です!ご自分の命でも、です!だから・・・生きて下さい。生きて罪を償って下さい!」
「私の人生はとっくに終わったと思っていたけれど・・・刑務所に入って生き延びて、その先に何かあるのかしらね・・・?」

警察に連れて行かれたその女性は、最後まで皮肉気な口調だったけれど。
最後に振り返った瞬間に、微かだが確かに笑顔を見せたと、蘭は思った。


   ☆☆☆


事情聴取には立ち会わないと新一は言った。
いつも、立ち会った事がないとの事だ。

「人が人を殺す理由なんて、知りたくもねえ」

と言うのが、その理由らしかった。


喫茶室で、蘭が一息つく。
、新一と真由も同じ喫茶室でお茶していた。
新一と真由は向かい合わせに座っている。
蘭は偶然見てしまったのだが、真由が隣に座りたがっているのに新一はさり気なく隣の席に荷物を置いてそれを遮っていた。

真由はずっと機嫌が悪く、つんけんしているが、新一はあえて真由の機嫌を取ろうとはしない風だった。

「ったくもう!結局、新一と一緒に居たら、事件に巻き込まれるんだから〜!」
「んなの、承知の上でオレと付き合ってんだろうが。嫌なら、オレは別に構わねえんだぜ?」
「そ、そんな事、言ってないじゃない!」

真由が目に涙をためて言った。
蘭は流石にその一瞬、真由が気の毒になる。

真由は我儘いっぱいのようでいて、けれど2人の付き合いで主導権を握っているのは、どうやら新一の方らしかった。
新一にとっては、探偵としての活動が恋人より優先なのであり。
それを弁えていない恋人は要らないと、そう考えている節があるようだ。

だから真由は、新一の探偵活動を邪魔しないよう「我慢して」、付き合いを続けているようである。


『でも私だったら、我慢するんじゃなくて、きっと工藤さんの探偵活動を理解し受け入れられるわ』

蘭はそう考えてしまい、慌てて自分のその思考を振り払った。

『私ったら、なんてさもしい、なんて醜い!』

真由を気の毒に思いながらも、同時に新一と真由の別れを願ってしまっている自分がいて、それが浅ましいと感じてしまう。
異性に恋をするという感覚に慣れていない蘭は、こういった焼きもちや相手の別れを願ってしまう感情が、当然のものである事すら分かっていないのだった。


「それに新一ってばあ、私にもまだキスしてくれた事ないのに〜、あんな中年男にブッチュとやっちゃうんだからあ!」

真由の不穏な発言に、蘭は思わず耳がダンボになった。
新一が人助けであの男性と唇を重ねたのは、蘭は何とも思わなかった。
けれど相手が妙齢の女性であれば、やはり少しは気になったかも知れないと、蘭は思う。

それにしても、真由が「そこ」に拘って不機嫌になっていたとは。

「あれは、人助けだから仕方ねえだろ!?中年だろうが老年だろうが男だろうが女だろうが、関係ねえよ!」
「ふふん、いいも〜ん。今夜新一の事、骨抜きにしてやるんだから!」
「・・・こんなとこでそんな事、大声で言うなよ・・・」


蘭は、妙に胸がドキドキしてしまっていた。
新一と真由とは、まだそういう関係ではなく。
今回の旅行が、2人にとって深い関係になる筈のものなのだ。

『私と同じ・・・?』

そう考えて、蘭はぎょっとする。
今の今まで忘れ果てていたのだが、蘭の今回の旅行は、高梨とそういう関係になる筈のものだったのだから。

『イヤッ・・・!!』

自分自身が高梨と体を重ねるのも、新一が真由と体を重ねるのも、想像するのすら嫌だった。

『私、馬鹿だ・・・本当に馬鹿だ・・・何故、何故、好きでもないのに、高梨さんとのお付き合いをOKしたの!?』

今更ながらに、蘭の心の中を後悔の念が渦巻く。
蘭の目の前の美味しそうなケーキも薫り高い紅茶も、手付かずのままで、紅茶は冷え切ってしまっていた。


   ☆☆☆


夕食を簡単に済ませると、蘭は飲みたい気分になってバーに行った。
しかし蘭が1人で飲んでいると、何人もの男に声をかけられ、蘭はますますウンザリした気分になった。

『1人になりたい。だったら、部屋に帰るしかないかなあ?』

もし2人で過ごすのであれば、その相手は・・・。
蘭の脳裏に端正な顔が浮かんだが、蘭はそれを振り払うように頭を横に振った。

その時。

「隣の席、良いかな?」

耳に心地良いテノールの――たった今思い浮かべたばかりの相手の声がして、蘭はビクリと身を震わせた。

「ど、どうぞ・・・」

蘭は上ずった声で返事をした。
けれど、新一は1人ではなく、真由が隣にベッタリ引っ付いていて。
蘭はガッカリしながらも、当然の事よねと内心自嘲していた。

新一が蘭の隣に腰掛け、真由が更にその隣に腰掛ける。
真由としては新一と蘭の間に割り込みたい風だったが、新一が先にさっさと腰掛けてしまったのだ。

「君みたいな女性が、1人で飲んだりしていると、ナンパの嵐だろ?まあ、君の腕ならなまじの男達なら撃退出来そうだけど?」

新一の言葉に、蘭は赤くなった。
蘭の空手の腕は、その片鱗だけだが、今日新一に見られているのだ。

「なあ、君ってもしかして、毛利小五郎探偵の娘さん?」
「え、ええ・・・そうよ」
「やっぱり。彼とは時々仕事で顔を合わせる事があるけど・・・」
「探偵としては、ヘボ、でしょ?」
「いやあの・・・そんな事はねえけど・・・」
「いいわよ、別に無理して褒めなくたって」
「いや、本当に。以前、オレが高校生探偵としてデビューした頃は、毛利探偵の事、馬鹿にしてた事もあったけどさ・・・長年見ていて、見る目も変わって来た。何て言うか、人間として男としての器の大きさを・・・感じる事も多くなった」

蘭は驚いたように新一を見た。
蘭は、自分を育ててくれた父親を尊敬していたし大好きでもあったけれど、探偵としてはヘボだと思っていたし、新一にそういう風に言ってもらえるとは思っていなかったのだ。
新一に大好きな父親を褒めて貰うのは、素直にとても嬉しかった。

「君の、真っ直ぐなとこは、毛利探偵に似ている。今日はありがとな」
「え?あの・・・私がした事なんて、大した事じゃ」
「あのさ。今日オレ、とんでもねえ失態をやらかすとこだったよ。推理に夢中になって、犯人の女性を必要以上に追い詰めちまって・・・下手したら、事件は解決出来ても、真由とあの女性の命が失われてたかも知んねえ」
「工藤さん・・・?」
「君に、色々な意味で助けられた。君は純粋に、咄嗟に真由を助けようと思って動いてくれたのは、わーってる。でも、オレの未熟の所為で、下手すっと2人の命が奪われたかも知んねえんだ。2人を助けたのは、毛利さん、君だよ。ホントに、ありがとな」
「いえ、そんな事・・・」


蘭の胸に暖かなものが満ちて行った。
新一の言葉が嬉しかった。
新一の助けになれた事が嬉しかった。
たとえ新一に真由という恋人がいても、それだけで報われると、蘭は思った。


「新一、この人の隣に座ったのって、それを言う為だったの?」

新一の隣にいる真由が、新一の腕にしっかりしがみ付きながらそう言った。

「ああ、そうだよ。他に何があると思ってたんだ?」
「・・・ナンパかと思って。だって新一、毛利さんに興味ある風だったから」
「女連れでナンパもへったくれもねえだろ?」
「・・・うん・・・」


蘭は、やはり新一と真由の姿を見ると胸が痛んだが。
それでも、さっきよりはかなり穏やかな気持ちでいられた。

「真由、ほらこれ・・・真由の好きなカクテルだろ?」
「うん・・・でもこれ、何か苦いよ・・・?」
「そうか?気のせいだろ?」

新一に勧められて、真由がカクテルを飲み干す。
その後真由は大あくびをし始めた。
やがてカウンターに突っ伏して、寝息を立て始める。

「あ〜あ、寝ちまった」
「真由さんって、お酒弱いの?」
「いや、あんまり一緒に飲んだ事ねえし・・・でも、酔って寝ちまうのは、初めて見たな」
「疲れたんじゃない?」
「ああ、そうかもな。旅行の初日だし、色々あったし・・・」



それから蘭と新一は、他愛ないお喋りを色々した。
新一は、シャーロックホームズのファンのようで、ホームズトークを始めたら止まらなかった。
毛利小五郎と一緒に解決に当たった事件の事など、若い男女の会話としては少しばかり変わった話題が多かった。


やがて時間が過ぎ、蘭は

「そろそろ部屋に帰らなきゃ・・・」

と腰を浮かした。

「あ、じゃあ、部屋まで送るよ」

と立ち上がろうとした新一を、蘭は制した。

「真由さんを部屋に連れて行かなくちゃ、でしょ?」
「・・・ああ、そうだな・・・けど・・・」
「私の事は心配しないで。酔ってはいないし、真っ直ぐ帰るから、ね」

そう言って蘭は席を立った。
続いて、新一が真由を抱き上げて席を立つのを視界の端で感じ、やはり胸の奥がキリリと痛むのを感じていた。


そして蘭は、部屋に帰りお風呂に入ってベッドに横になった。
かなり疲れていたけれども、今夜は眠れそうにないとも思う。


蘭の胸を占めているのは、今日初めて会ったばかりの工藤新一への想いであった。




<第2日>に続く

+++++++++++++++++++++++

<後書き座談会>

平次「ほなら、恒例なんかよう分からんけど、後書き座談会始めるで。けど、オレらが何でここにおんのか、よう分かれへんのやけどな」
和葉「今回は、こん話で出番のあらへんキャラ同士の突っ込み座談会いう趣旨なんやて」
園子「私は出番あるわよ?と言っても、電話越しになんだけどね」
平次「とりあえず今日は3人だけゆうこっちゃな。けど、何をどう突っ込んだらええんか、さっぱり分かれへんのやけど」
園子「突っ込みどころ満載よ!新一君が、蘭以外の女連れってのが、全然らしくないんだけど!」
和葉「ふうん、そうなん?アタシは、工藤君の事はよう分かれへんのやけど。学園祭で会うたきりやし」
平次「オレも、工藤が女垂らしなんかそうやないんか、そこら辺の事はよう分かれへんな」
園子「あのね〜!傍から見てたら新一君ってば、蘭以外アウトオブ眼中だって事、よく分かるのよ!気がつかないのって、蘭本人位だって思うわ!」
平次「えろう力説すんのやな。けど鈴木の姉ちゃんがそう言うんやったらそうなんやろ」
和葉「蘭ちゃんに工藤君以外の恋人が居てるのんが、ビックリやってんけど、読む限りでは納得や。工藤君と出会わへんかったら、他に恋人が居てても仕方ないんちゃう?蘭ちゃん、可愛いし」
園子「うんうん、それは納得よね。でも、蘭が新一君以外の男の毒牙にかかるんじゃないかとハラハラしてたわ」
平次「毒牙って・・・姉ちゃんが納得の上やったら毒牙とは言わへんやろ?」
園子「だってだって〜、そんな事になった後に後悔して苦しむ蘭なんて、見たくない〜!」
和葉「その点は同感やけど、蘭ちゃんやったら空手があるんやし、薬でも嗅がされん事には、結局、事に及ぶ前に相手を気絶させるんがオチや思うで?」
平次「気の毒なんは、相手の男かも知れへんなあ」
園子「あんた達〜、怒るわよ!そりゃ蘭は強いけど、人を守る時にはその強さ発揮できるんだけど、自分の身を守る点では、ホント無防備なんだからね〜!」
平次「ところでやな・・・工藤、今回原作で姉ちゃんを誑かしたんと同じ台詞はいてるやん。パラレルでも原作の台詞パクるんは、ドミはんのようやる手やけど」
和葉「蘭ちゃんは工藤君に恋したんやけど、工藤君の方はどうなん!?アタシ、二股して蘭ちゃん泣かす工藤君は見とうないで!」
園子「アヤツ〜、蘭を泣かせたらタダじゃ置かないからね〜」
平次「ちょお待てや、まだ二股と決まったっちゅう訳やあらへんやろ?」
園子「で、今回は、ファーストかどうかはともかく、新一君のキスシーン(爆)で。次回は?」
平次「・・・早くもエッチ突入らしいで?」
園子「いや〜ん、誰と誰のよ〜!」
和葉「それ、今回のキスみたいなオチ・・・の筈は、流石にあらへんよなあ」
平次「ちゅう事で、今回はお開きや。次回ホンマ、どないなるんやろ?」

戻る時はブラウザの「戻る」で。