愛人(!!!?)生活 番外編 すべての始まり



by新風ゆりあ様



(4)頭痛



蘭がナイトバロン社に入社して、社長秘書室の一員となってから約一か月後の五月の初め、ヨーコは輝美に電話を掛けた。

「もしもし。輝美?ヨーコだけど。大事件が起きたのよ!」
ヨーコが興奮した声を上げた。

「ヨーコ?何よ?大事件って」
輝美が尋ねた。

「現れたのよ!工藤社長の心を熱く融かせる女性が!私が予言した通りに!」
ヨーコが声を上ずらせて答えた。

蘭が入社してからまだ一か月しか経っていないのだが、新一が蘭を、蘭が新一を熱い目で見ていることに、ヨーコは気付いていた。

「ええっ!?それ、本当なの?ヨーコ!」
輝美が盛大に驚いた後、尋ねた。

「本当よ!嘘だと思うんなら、見に来ればいいわよ!」
ヨーコが断言した後、付け足した。

(ヨーコの言うことは本当なのかしら?ヨーコは見に来ればいいと言ってたんだから、ちょっと見に行ってみようかしら)
輝美は興味が湧き、ゴールデンウィークが終わった五月六日に、ヨーコたちを訪ねるという名目で、ナイトバロン社に向かった。




「あっ、輝美!来たのね!」
ナイトバロン社の食堂で、ヨーコが輝美を出迎えた。

「ヨーコ、あなたが言ってた女性ってどんな人なの?」
輝美が尋ねた。

「毛利蘭さんっていって、この四月にナイトバロン社に入社して、社長秘書室に配属された人よ。長くて艶やかな黒髪で、大きくて丸くて吸い込まれそうな黒い瞳で、桜色の頬と唇の、それはもう女の私がでも見惚れてしまうような、超絶な美人女性よ。あ、噂をすれば現れたわ。あの人よ、毛利さんは」
ヨーコが今しがた食堂に入って来た一人の女性を指さした。

輝美はヨーコが指をさした女性を見た。

ヨーコの言うとおり、輝美から見てもそれはそれは美しい女性だった。

「へぇ〜。確かにヨーコの言うとおりね〜。って。ヨーコ?どうしたの?何浮かない顔してるの?」
輝美が納得した後、ヨーコの様子がおかしいのに気づき、尋ねた。

「うん・・・。工藤社長はもんのすご〜く熱い瞳で毛利さんを見ているし、毛利さんももんのすご〜く熱い瞳で工藤社長を見てるから、あの二人はもんのすご〜く想いあってるとは思うんだけど。毛利さん、なんでかわからないんだけど、ちぃ〜っとも幸せそうじゃないのよ。それがもんのすご〜く気になっちゃって」
ヨーコが答えた。

今までどんな美人にも心を動かさなかった新一に愛されているはずなのに、蘭が幸せそうな顔をしてないことに、ヨーコは気付いていた。

(なぜ毛利さんは幸せそうじゃないのかしら?何が原因なのかしら?)
ヨーコは考え込んだ。

しかし、いくら考えてもわからなかった。




それから三か月ほどたった八月の最終の金曜日。

その日、ナイトバロン社の社員たちは、ナイトバロン社がトロピカルランドに今度できた最新式のアトラクションのコンピューター技術に協力した見返りとして、花火大会の無料招待状をトロピカルランドからもらって、トロピカルランドに繰り出していた。

その中にはヨーコ、ユキ、薫、そしてヨーコたちに花火大会の無料招待状を貰った輝美もいた。




ヨーコたちは噴水広場に差し掛かった。

するとそこには新一と蘭がいた。

「あら、社長と毛利さんだわ。あの二人もトロピカルランドに来てたのね」
ユキが目を丸くした。




「ここで一年前、初めて蘭とキスしたんだったな」
風に乗って、新一の声が訊こえて来た。

「覚えててくれたの?」
蘭が目を丸くして尋ねた。

「忘れるわけねーだろ。だから蘭も今日ここに来たいって思ってたんだろ?」
新一が答えた後、尋ね返した。

「え?私も?」
蘭が目を丸くした。

「オレも今日は思い出のここにしようか、それとも、って迷ってたんだ。何しろ今日は混むだろうし、おまけにうちの社の連中がたくさん来てるの間違いねーから、広い園内だからってどこでどう目撃されるかわかったもんじゃねーし」
新一が照れくさそうな顔をした。

「そう・・・。やっぱり、目撃されたらまずいものね・・・」
蘭が沈んだ声を出した。

しかし、新一はそれに気づかなかった。

「ああ。何と言って冷やかされるか、想像するのも恐ろしいもんがあるから」
新一がまた照れくさそうな顔をした。



新一は蘭の左手を取り、薬指にエメラルドとダイヤをあしらったまばゆい指輪をはめた。

「オレたちの一周年記念のプレゼントに。その・・・エンゲージリングを・・・」
新一が顔を赤らめた。

「は?え?エンゲージ?」
蘭が目を丸くした。

「結婚しよう」
新一が蘭にプロポーズした。



「お〜!社長が毛利さんにプロポーズしたわよ!」
薫がにやついた。




「は?結婚?何言ってるの?新一!そんなことできるわけないじゃない!」
蘭が泣き笑いしながらまくしたてた。

蘭のその言葉を訊いた新一の顔色と表情が、見る見るうちに変わり、蘭の両腕を乱暴につかんだ。

「痛っ!」
蘭が顔を顰めた。

「蘭!オメーはオレのもんだ!今更ほかの男に乗り換えようったって、赦さねー!」
新一が蘭を睨んだ。

「何よ!そう言いたいのは私の方よ!新一には誰よりも大切な奥様がいらっしゃるじゃないの!二人もの女と結婚できるわけないでしょ!」
蘭がまたまくしたてた。



「ねぇ、みんな。私が寿退社した後、社長は誰かと結婚したの?」
輝美が薫たちに尋ねた。

「「「いーえ!誰ともしてないわよ!独身のままよ!」」」
薫たちが口をそろえて答えた。




「は?奥様ってなんの話だ?」
身に覚えのない濡れ衣を着せられた新一が蘭に尋ねた。

「とぼけないでよ!園子から訊いたんだから!ナイトバロン社の社長には、元女優の美しい奥様がいて、社長はその奥様を溺愛してるんだって!」
蘭が喚きながら答えた。



「ちょっと!一体全体、どこの誰よ!毛利さんに変なこと吹き込んだのは!」
ヨーコが頭を押さえた。



そのころ、鈴木邸では。

「ぶわ〜っくしょい!」
蘭に変なこと(?)を吹き込んだ張本人の園子が、鈴木財閥の令嬢らしからぬ、下品で盛大なくしゃみをした。

「ずずっ。やだわ。風邪でもひいたのかしら?それともどこかのイケメンさんが私のことを噂してるとか?困るわ〜。私には真さんという、れっきとした最愛の婚約者がいるのにぃ〜」
くしゃみの意味を変にとる園子であった。



場所は戻ってトロピカルランド。

「待て待て待て。園子って鈴木財閥の?」
新一が蘭を押しとどめた後、尋ねた。

「そうよ!親友なんだから!」
蘭が喚きながら答えた。

新一はガックリとうなだれ、蘭の両肩に手を置いた。

「蘭。それ訊いたの、いつの話だ?」
新一が尋ねた。

「え?い、いつって。二か月くらい前よ」
蘭が答えた。

「鈴木財閥主催のパーティより前か?」
新一が尋ねた。

「え?そうかも知れないけど。それがどうしたの?」
蘭が答えた後、尋ね返した。

「あのな。その時園子さんが言ってたのは、うちの先代社長。つまりオレの親父の話」
新一が盛大なため息をつきながら、諭すように答えた。

「は?」
蘭が目を丸くした。

「園子さんは、あのパーティの日まで、ナイトバロン社の社長が代替わりしてること、知らなかったんだ」
新一が蘭を諭した。




「ちょっと!何なのよ!園子さんって鈴木財閥の後継者なのに、ナイトバロン社の社長が代替わりしてることを、鈴木財閥主催のパーティの時まで知らなかっただなんて!大事な取引相手の会社のことなんだから、事前に知ってなきゃいけないんじゃないかしら!」
ヨーコが頭を押さえた。



「ええ?」
蘭が目を丸くした。

「だから『元女優の美しい奥様』ってのは、お袋のこと」
新一がため息をつきながら、蘭を諭した。

「あ、え、え?じゃ、じゃあ、新一は?」
蘭が目を丸くしながら尋ねた。

「オレは紛れもなく独身!」
新一がきっぱりと答えた。

「で、でも。だってっ」
蘭はまだ納得してないようだった。

「まだあんのか?」
新一が尋ねた。

「週末はいっつも『家』に帰ってたし」
蘭が文句を言った。

「だから、それは、親父とお袋がいる家のこと!」
新一が諭した。

「でも、この前、綺麗な人があなたのおうちにいたもん!二人で楽しそうに笑いあってたじゃない!」
蘭がやり返した。

「は?綺麗な人?綺麗なんて言われても全く心当たりねーんだけど」
蘭以上に綺麗な女性になど会ったことがない新一が首を傾げた。

「赤みがかった茶髪の。確か『志保』って」
蘭がうなだれた。

「シホ?ああ、あいつって美人なのか?それは隣人の阿笠志保だ」
新一が答えた。

「隣人?」
蘭が目を丸くした。

「オレはその親父さんと仲が良くて、よく発明品なんかを貰ってんだけど、志保はそれを届けに来てくれてるだけ。まあ昔なじみだから気心は知れてるけど、それだけだ」
新一が諭した。

「だって、だってっ!お互いなんだか照れてすごく甘い雰囲気だったもん!」
蘭が文句を言った。

「だから、んなんじゃねーって。第一、彼女ももうすぐ嫁入る予定だし。この前はお互いに自分の恋人のことでのろけあってたような気がする。お隣さんだけど、昔からお互い一度も怪しい雰囲気にも気持ちにもなったことはねー」
新一が諭した。

「本当に?」
蘭が尋ねた。

「嘘なんか言わねー。って、なんで蘭がそんなとこ目撃してんだ?」
新一が答えた後、尋ね返した。

「新一に奥様がいるって訊かされて。信じられなくて。私・・・」
蘭が辛そうな顔で答えた。

そして顔を覆って俯いた。

新一はそんな蘭の肩をそっと抱き寄せた。

「ああ、あの日、オメーが泣いてたのはそのせいだったのか」
新一が蘭の背中を軽くポンポンと叩いた。

「ね、ねえ。じゃまさか新一ってマザコン?」
蘭が詰め寄りながら尋ねた。

「それはぜってー違う!」
新一がきっぱりと即答した。

「なんでそう言い切れるの?」
蘭が尋ねた。

「だってオレ、母さんより蘭が大事だから!」
新一が答えた。

「じゃなんで毎週おうちの方に帰ってたの?」
蘭が尋ねた。

「それは何というか、蘭とのことがバレたら母さんが面白がって邪魔しに来るのは目に見えてたからだ!」
新一が答えた。

「え?」
蘭が目を丸くした。

「オレだって、週末蘭と一緒に過ごしたかった!母さんは蘭のこと気に入ってるし、嫁いびりの心配はまずねーんだけど。妙にぶっ飛んでるし、絶対オレたちをからかって遊ぶに決まってんだ。悪気がねーだけに始末にわりーんだ!」
新一がまくしたてた。

「だって。新一、『もしできてたらオレの子を産んでくれるか』って言ったけど、責任取るとは一言も言ってくれなかったじゃない!」
蘭がやり返した。




「あら〜。やっぱりあの二人、ヨーコが言うように、一線超えてたのね〜」
ユキがにやついた。



「それはっ!『責任取って結婚する』なんてつもりは全くなかったんだ!だってオレ、子供ができようができまいが、そんなことには関係なく、絶対蘭を嫁さんにするって決めてたんだから!」
新一が大声を上げた。

「え・・・。嘘・・・。」
蘭が目を丸くした。

「嘘でこんなことが言えっか!オレは蘭を一目見た時からそうしたいと思ってたし!蘭を抱いた時には、ぜってー嫁さんにするんだって思ってたんだ!」
新一が声を荒げた。

「だ、だって」
蘭が涙目になった。

「まだ納得できねーのか!?」
新一が怒鳴りながら尋ねた。

「だって新一なら女の人より取り見取りじゃない。私がヴァージンだったから?だから責任取ってくれるの?」
蘭が喚いた後、尋ね返した。

「あ〜〜〜っ、ったく、もう!責任取るんじゃねーって、さっき言ったばっかだろが!あのな。そりゃ蘭が初めてだったのは無茶苦茶嬉しかったけど。オレの方も特定の女相手にその気になったのは初めてだったんだ!」
新一が怒鳴りながら答えた。

「は?」
蘭が目を丸くした。

「あのな。笑うなよ。オレは、オレにも、蘭が初めての女だったんだ!」
新一が怒鳴った。

「えっ?」
蘭が目を見開いた。

「だからオレはその・・・、蘭を抱くまでは童貞だったって言ってんだ!」
新一の顔が赤くなった。

蘭の顔もまた耳まで真っ赤になった。

「え?嘘。何で?」
蘭が尋ねた。

「だ、だから。オレ、蘭じゃないと勃たねーんだ!」
新一が怒鳴りながら答えた。

「蘭に会うまでは特定の女を見て『勃つ』なんてことはなかった。正直男だから生理的に勃つことがなかったと言えば嘘になる。けどまあ欲望処理するだけなら一人でできるわけだし。七めんどくさい手順を踏んで様々なリスクを冒してまで、女を抱きたいと思ったことはなかった。蘭に会って初めてオレは一人の女を『欲しい』と思ったんだ!だから面接のとき、正直言ってすっげーやべー状態だったんだ。誤魔化すの大変だった」
新一が顔を赤くした。




新一の言葉の意味がようやく分かったのか、蘭は新一に縋りついて泣き出した。

「お、おい、蘭!?」
新一が慌てた。

「っく。ひくっ。わ、私、えくっ。新一の愛人じゃなかったんだ・・・」
蘭が大粒の涙を流した。

「蘭・・・。ああ、そうだよ。蘭、オメーはオレの恋人。愛人なんかじゃねーんだ」
新一が蘭を優しく抱きしめた。

「ワリィ、蘭。オレ全然気づいてなかった。オレの態度がオメーを不安にさせてたんだな。ごめん」
新一が謝った。

すると蘭は縋りついて泣きながら頭を横に振った。

新一は蘭の顎に手をかけて上向かせた。

「蘭、泣き止んでくれ。オメーに泣かれるとオレはすごく困るんだ」
新一が申し訳なさそうな顔をした。

そしてポケットからハンカチを取り出すと、蘭の顔を拭った。

するとやっと蘭が泣き止み、笑顔を見せた。

新一は蘭に顔を寄せ、蘭は目を閉じた。

その時。

プシュー!

噴水が噴き出し、二人の姿は見えなくなってしまった。

「も〜!せっかくいいところだったのに〜!」
ユキが文句を言った。

しばらくして噴水が収まり、再び新一と蘭の姿が現れた時、二人は固く抱き合って熱い口付けの真っ最中だった。

「お〜っ!」
薫がにやついた。




「蘭。結婚しよう」
新一が再びプロポーズした。

「はい!」
蘭がようやく幸せそうな輝く笑顔で頷いた。

「よし!そうと決まれば善は急げだ!」
新一が蘭の手を掴んで引きずるように走り出した。

「え?し、新一っ!?」
蘭が驚いた。

「今から婚姻届けを出しに行く!」
新一が顔を赤くした。

「ええっ!?新一、今は夜でもう・・・。それに明日は土曜日で役所はお休みよ!」
蘭は戸惑っているようだった。

「心配しなくても、戸籍関係の届け出受付は、年中無休だ。」
新一がやり返した。

「で、でも私、印鑑持ってないし」
蘭が言い訳した。

「工藤も毛利もよくある姓だ。三文判がそこらへんに売ってある」
新一が切り返した。

「しょ、証人は?」
蘭が尋ねた。

「誰か適当に捕まえる」
新一が答えた。

「で、でも、でも、新一!」
蘭はそう言いながら、新一に引きずられて行った。




最終話に続く


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