愛人(!!!?)生活 番外編 すべての始まり
by新風ゆりあ様
(1)運命の出会い
全ての始まりは、ナイトバロン社で一人の女性事務員が、三月末日で寿退社したことが発端だった。
四月に入ってすぐの土曜日の夜。
都内のレストランの一角から、一人の女性の声が響いた。
「それではみんな、輝美の婚約を祝って。カンパーイ!」
声の主は、ナイトバロン社の女性事務員の一人の沖野ヨーコだった。
ヨーコが言う『輝美』とは、この三月末日でナイトバロン社を寿退社した星野輝美のことだった。
「「カンパーイ!」」
ヨーコや輝美と同じく、ナイトバロン社の女性事務員の草野薫と岳野ユキが、ヨーコの乾杯の音頭に応え、グラスを持ち上げた。
カチン!
グラスとグラスをかち合わせる音が響いた。
「みんな、ありがとう」
今日の主役である輝美が礼を言った。
輝美、ヨーコ、薫、ユキは同い年で、同じ年にナイトバロン社に入社し、仲良くなっていた。
「あーあ。輝美も結婚かー。羨ましいな」
薫が愚痴った。
「ほんとよねー」
ヨーコが薫の愚痴に同調した。
「それにしてもさぁ、まったくもって微動だにもしなかったわよね、工藤新社長。輝美の婚約話を訊いても。こんなに美人な輝美にも靡かないなんて。お堅いったらありゃしないわねー」
ユキが愚痴った。
ユキが言う『工藤新社長』とは、この四月にナイトバロン社の新社長となった工藤新一のことだった。
「新社長は内田さんや吉田さんの婚約話にも、まったくもって微動だにもしなかったわよね〜」
薫が愚痴った。
薫が言う『内田さんと吉田さん』というのは、昨年ナイトバロン社を寿退社した内田麻美と吉田歩美のことだった。
「あの二人、争うような感じで張り合ってたわよね。内田さんは仕事をバリバリこなすことで新社長の気を引こうとしてたし、吉田さんは持って生まれた可愛らしさで新社長の気を引こうとしてたけど、結局二人とも新社長の気を引くことはできなくて。そのうちに内田さんにも吉田さんにも新社長以上に想える男性に巡り合えて、寿退社したんだったわね」
ユキが薫の愚痴に同調した。
「私、吉田さんは可愛かったから、新社長の気を引けるかも知れないと思ってたんだけどな〜」
輝美が口を挿んだ。
「お堅い新社長の心を熱く融かせる女性なんて、いないのかもね〜」
薫が愚痴った。
「ねぇ、みんな!新社長の心を熱く融かせる女性が現れるかどうか、賭けない?」
ユキが悪戯っぽく微笑んだ。
「ユキ、本気なの?きっとみんな、現れない方に賭けると思うわよ」
輝美が呆れ顔になった。
「あら、私は表れる方に賭けるわ」
ヨーコが口を挿んだ。
「ヨーコ、本気なの?」
薫が呆れ顔になった。
「えぇ。本気よ」
ヨーコが微笑んだ。
「やめた方がいいんじゃないの?」
薫が気遣った。
「いいえ。やめないわ。新社長の心を熱く融かせる女性はきっと現れるわ。それもそう遠くない未来に」
ヨーコが微笑んだ。
「知らないわよ。賭けに負けたって」
薫が呆れ顔になった。
薫たちにはヨーコの予言が本当に当たるとは思えず、新一の心を熱く融かせる女性は表れない方に賭けた。
やがて各企業が各大学に求人票を出す時期が来た。
毎年新卒者の採用を行っているナイトバロン社も、各大学に求人票を出した。
その求人票を見た沢山の女子大生たちからナイトバロン社の人事課宛に、大量の履歴書が送られて来た。
その中にあったのだ。
新一の心を熱く融かせる女子大生からの履歴書が。
「まったくもって今年も大量に送られて来たな、履歴書が」
大量の履歴書を前に、ナイトバロン社の山田人事部長がため息をついた。
「どうせ新社長狙いの女子大生ばかりだろうがな。一応目は通さないと」
ぶつぶつと文句を言いながらも、山田人事部長は一通ずつ履歴書に目を通して行った。
「毛利蘭。××大学卒業予定。ほう。若い頃の副会長に負けず劣らずの美人女子大生だな」
蘭の履歴書を見た山田人事部長が感心した。
山田の言う『副会長』とは、ナイトバロン社の副会長にして、新一の母で元女優の工藤有希子のことだった。
「ふむ。通っている大学も申し分ない大学だ。それに清楚そうで純情そうで。空手をやっているようには見えないな」
山田が感心した。
こうして蘭の履歴書は第一関門を突破した。
「さて。この大量の履歴書を社長にも見せないと」
山田は大量の履歴書を抱えて、社長室へ向かった。
社長室の前に着いた山田はドアをノックした。
コンコン。
「山田です。履歴書を持って来ました」
山田がドアの向こうにいる新一に声をかけた。
「あぁ、ご苦労様。入ってください」
部屋の中から新一の声がした。
「失礼します」
山田は社長室に入った。
「社長、忙しいところ申し訳ありませんが、履歴書に目を通していただけますか?」
山田が頼み込んだ。
「えぇ。僕もそのつもりです」
新一が答えた。
新一は山田から大量の履歴書を受け取り、一通ずつ目を通して行った。
「毛利蘭。××大学卒業予定。へぇ。若い頃の母さんに負けず劣らずの美人女子大生だな。通っている大学も申し分ないし。清楚そうだし純情そうだし。とても空手の有段者には見えないな」
蘭の履歴書に目を通した新一が感心した。
(この女子大生に会ってみたい)
それは新一の中に初めて沸き上がる感情だった。
この歳(二十四歳)になるまで、どんな美人にも心を動かすことなどなかった新一だったが、蘭の容姿や経歴に何故か心が惹かれたのだ。
「山田人事部長。この女子大生たちに筆記試験と面接の通知を出していただけますか?」
新一が選りすぐった履歴書を山田に差し出した。
その中には蘭の履歴書も含まれていた。
「かしこまりました。それでは失礼します」
新一から履歴書を受け取った山田は、社長室を後にし、人事課へ戻り、筆記試験と面接の通知を出した。
そしてその通知を受け取った女子大生たちがナイトバロン社へやって来た。
「毛利蘭さん、どうぞ」
面接室の中から男性の声が訊こえた。
「はい」
蘭は名前を呼ばれて、深呼吸を一つし、心を落ち着かせると、すっと立ってドアの前まで行き、ノックをした。
コンコン。
「入ってください」
面接室の中から男性の声が訊こえた。
蘭はそれを確認してから、ドアを開けて中に入り一礼した。
面接室の中には数人の面接官が並んで座っていた。
「座ってください」
面接官のうちの一人が蘭を促した。
蘭は言われた通りにその向かい合わせにある椅子に座った。
(まいったな。履歴書の写真で見たよりも美人で清楚そうで純情そうで。ますます心を惹かれちまった)
新一は生で見る蘭の容姿や雰囲気に、さらに心を惹かれた。
「空手を長いことやっていて、かなりハイレベルのようだけど、始めたきっかけは?」
新一が尋ねた。
「はい。その頃全日本チャンピオンだった前田さんに憧れたのがきっかけです」
蘭が答えた。
「正直だね。普通こんな場では精神を鍛えるためとか、身体を強くするためとか、ありきたりの答えを返しがちなのに」
新一がやり返した。
「もともと身体を動かすのは好きで、何かスポーツをやろうとは思ってました。その、前田さんの試合を見た時、うまく説明できませんが、感動したんです。武道がただ乱暴なだけのものではない、芸術にも通じる、高貴で優しさと強さを兼ね備えたものになりうる、そう感じさせられました」
蘭が答えた。
「なるほど。実は僕は武道が心身を鍛えるなんてことはこれっぼっちも信じてない。世の中には、自分の持ってる強い力で弱い者いじめをする奴もいるからね」
新一が切り返した。
「それは・・・!おっしゃる通りだと思います。武道というのは手段であり、決して目的ではありません。悪となるも善となるも、それを用いる者の心がけ次第だと思ってます」
蘭が答えた。
蘭の物おじしないその態度に、新一はますます心を惹かれた。
(この女子大生が欲しい!この女子大生をオレのものにしたい!こんなにも美人だから、恋人がいても可笑しくはねー。もし恋人がいたとしても、絶対にこの女子大生を奪ってやる!)
新一は心に難く誓った。
「君、パソコンは?」
新一が尋ねた。
「一通り、初歩程度に扱うくらいならできます。正直あまり長けてはいませんが、これから頑張って勉強するつもりです」
蘭が答えた。
「本当に正直だね。けど技術については練習次第だというのは確かだ。わが社では、事務員にはパソコンの扱いよりも別の部分でのプラスアルファを求めてる。下手に『私は上手に扱えます』ってのをアピールされるのも困るわけ」
新一がやり返した。
「最後に。わが社のどこに興味をひかれたの?」
新一が尋ねた。
「珍しいソフトを多く手掛けてらっしゃるからです。実は、私は三国志が好きで大学で研究もしたのですけど、人の名前を覚えるのが大変で、貴社の『三国志人物相関図・辞典』はとても助かりました。また、私の父が私立探偵をしているのですが、『犯罪捜査マニュアル』が非常に重宝しているようです」
蘭が答えた。
「それはまた光栄だね。けど事務職はそういったソフトの開発とは直接関係のない部門になる。といっても、社内から広くアイディアを募集することも多いから、無関係ということもないがね」
新一が微笑んだ。
面接が終わり、新一は公的に手に入れた、蘭の携帯のメールアドレスにメールを送った。
ナイトバロン社の社長としては、公私混同はご法度だということはわかっていた。
だが一人の男としては、この機を逃すことはどうしてもどうしてもできなかった。
(手に入れたい!毛利蘭を!どうしてもどうしても手に入れたい!)
抑えきれない感情が新一を突き動かした。
(蘭は来てくれるだろうか?)
一抹の不安を感じながら、新一は休暇を取り、待ち合わせに指定した喫茶店に向かった。
喫茶店に着いた新一は、店員に連れが来るかも知れないむねを伝えた。
新一はまんじりとせずに蘭が来るのを待った。
やがて蘭が喫茶店にやって来た。
(よっしゃあ!)
新一は心の中でガッツポーズをした。
「やあ。来てくれたんだね」
新一が笑顔で手を挙げた。
蘭はその向かい側の席に座った。
「あ、あの、何か先ほどの面接でまずいことでも?」
蘭がおずおずと問いかけた。
新一は最初きょとんとし、次いで苦笑いした。
「いや、試験のことでの呼び出しなら、会社内でしてる。ここに呼び出したのは、オレが君に個人的に興味を持ったから」
新一が言ってのけた。
「え!?こ、個人的にきょ、興味って、あの?」
蘭が驚いた後、尋ねた。
「毛利蘭さん。一人の女性としての君に、オレ・工藤新一が一人の男として、個人的に興味を持ったわけ」
新一が答えた。
「は?」
蘭はここに至ってもまだピンと来てないらしく、しばらく固まっていた。
そんな蘭の様子に、新一は完全に心を奪われていた。
「あ、あの、工藤さん」
蘭が新一に声をかけた。
「なに?」
新一が微笑んだ。
「今、仕事時間中ではないんですか?」
蘭が尋ねた。
「午後休暇を取ったんだ。いつもハードワークだから、たまにはいいさ」
新一が答えた。
「あの、でも業務上で知りえた情報で個人的に接してくるというのは、公私混同なのではないですか?」
蘭が尋ねた。
「そうだね。オレもそう思う。けどオレは、それでもこの機会を逃したくなかったから」
新一が答えた。
喫茶店を出た新一は、蘭を運転手付きの車に乗り込ませた。
「あの、私、今日の試験、ダメだったんでしょうか?」
蘭が尋ねた。
「どうして?」
新一が目を丸くした。
「だってあの、同じ職場っていうのは、いろいろと差しさわりがあるでしょう?」
蘭が尋ねた。
「ああ。うちは仕事に差し障ったりしない限り、オフィスラブには寛容だから。君を採用するかどうかと今のことは基本的に無関係だ。あ、ついでに言っとくけど、もうオレの採点評価表は提出済みだから、君がオレの誘いに応じるか否かで評価が変わる心配はない。その点も安心しといて」
新一が答えた。
新一が言うとおり、新一が書いた蘭の採点評価表は提出済みだった。
しかも採点点数は百。
新一は蘭に心を奪われたその時から、蘭を手元に置きたいと強く思っていた。
会話しているうちに、見慣れた城の姿が前方に見えて来た。
そこは米花町からほど近いところにある大きな遊園地のシンボルマークともいえる城だった。
「トロピカルランド?」
蘭が目を丸くした。
「そう。まずは遊園地でデートってのが定番かなと思って」
新一が微笑んだ。
いくつかのアトラクションをこなした後、「氷と霧のラビリンス」の展望台で、二人は一息ついていた。
望遠鏡で園内はもちろん、東京湾やはるか遠くの景色も見ることができる。
新一は景色を眺めている蘭の頬に缶コーラを当てた。
「キャッ!」
蘭が驚いた。
「ほら、喉乾いたろ?」
新一が缶コーラを差し出した。
蘭は缶コーラを受け取り、プルトップを開け、飲んだ。
ゴクゴク。
新一は腕時計を見た。
もうすぐ噴水の時間だった。
「お、そろそろ時間だ。いいもん見せてやる。おいで」
そう言うと、新一は蘭の手を掴んで走り出した。
そして二人は円形の小さな広場に、噴水の場所に着いた。
「工藤さん、一体?」
蘭が首を傾げた。
「スリー、ツー、ワン」
新一が腕時計を見ながらカウントダウンした。
「ゼロ!」
新一のカウントダウンが終わると同時に、二人の周りで一斉に噴水が吹きあがった。
「わあ。すごい綺麗」
蘭が噴水に見とれた。
日の光を浴びて踊る水が輝き、頭上に小さな虹がかかった。
水の壁で外から切り離され、二人っきり。
(こんなチャンス、逃したくない!)
新一は蘭を抱きしめた。
そして、唇を重ねた。
(うわっ!すっげー柔らけー!想像以上だ!)
蘭の唇の感触に、新一の理性はぶっ飛びそうだった。
やがて噴水の壁が少しずつ低くなり、周囲が見え始めると、新一は蘭の唇を開放し、身体を放した。
(ちぇっ、時間切れか。これ以上のことはこの後にするか)
新一は心の中で舌打ちした。
「じゃあ、行こうか」
そう言って、新一は何事もなかったかのように涼しい顔をして、蘭の手を引いて歩きだした。
だが、新一の心臓はバクバクと音を立てていた。
夕焼けの中、新一と蘭は観覧車に乗っていた。
広い視界の全てが赤く染め上げられていて、息を呑むほどに美しかった。
「綺麗」
蘭が夕焼けに見とれた。
「よかった。喜んでもらえて」
新一が微笑んだ。
新一は自分の腕を蘭の肩に回した。
蘭はそのまま新一にもたれかかって来た。
蘭のその様は、新一のことを嫌がっているようではなかった。
新一は蘭の頬に手を当て、覗き込んだ。
新一は蘭の顔に自分の顔を近づけた。
すると蘭は目を閉じた。
新一はこれ幸いにと、啄ばむような優しいキスをした。
(やぺっ!もっと、もっとキスしてー!)
新一は幾度か口付けを繰り返した。
そのうちに、その口付けはだんだん深く、激しくなった。
蘭を抱きしめる力を強くし、新一は自分の舌を蘭の唇と歯列を割って中に入り込んだ。
「んっ!」
蘭がくぐもった声を上げた。
新一は自分の手を蘭のスカートの端に侵入させようとした。
すると蘭は身を固くし、身じろぎした。
だが、ガタンという音と共に観覧車は地上に着き、新一は蘭を開放した。
いや、せざるを得なかった。
トロピカルランド閉園後、新一は蘭と共にホテルの展望レストランで食事をした。
食後のデザートが終わって、二人は立ち上がった。
二人はエレベーターへ向かった。
エレベーターの中に、他の客はいなかった。
新一は蘭を抱きしめた。
そして甘く深く口付けた。
「ん、ふんん」
蘭がくぐもった声を出した。
蘭の足から力が抜け、新一にしっかり縋りついて来た。
新一も蘭を力強く抱きしめた。
やがてエレベーターが止まり、二人は外に出た。
新一は蘭を客室が並ぶフロアへと連れて行った。
そして客室の一つのドアを開けた。
「さあ、蘭」
新一が蘭を促した。
二話目に続く
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