レジスタ!



By 泉智様



番外編:2:未来のバレンタイン編ハードVer.



「ママ〜。今度はどうするの〜?」
「はいはい。ヴィオラ。今度はね・・・。」
「ママ〜。バターを練り終わったよ〜。」
「まあ、ありがとう。助かったわ、コナン。」

キッチンに、ケーキ製作に格闘する子ども二人と、其れを見守る母親が一人居る。

季節は冬。
“ヨーロッパのサッカーシーズンは晩夏から冬を経て、緑薫る春まで”ということもあり。
実は“バレンタイン・デー”のこの日。
この家の主は、サッカー選手という職業柄、試合のために留守にしていた。

「温度に気をつけるのよ、ヴィオラ。」
「うん。」
「・・・え〜っと、小麦粉をふるって・・・っと。・・・わわっ!」
「プッ。・・・コナン。優しく振るわないと、粉が飛び散っちゃうわよ?」
「は〜い。」




『『パパにあげたいんだもん!』』

そう言いだした子ども達と、こうしてバレンタインのプレゼントを一緒に作るようになったのは、何年前からだろう。
必死に奮闘する子どもたちを見ながら、私“工藤蘭”は、頬を緩ませた。









此処ヨーロッパの地に、今や二児の親である私たちが移ってきて、かれこれ13年になる。

高校卒業の年(18歳)に、デビューしたてながらシーズンを通じて活躍した新一は、グランドスラムを達成。新人王という個人タイトルを取った。
翌年(19歳)には、U−23だけでなく(故障した選手の代わりに急遽召集された)フル代表にもデビュー。WC杯予選で素晴らしい活躍を魅せ、世界中のスカウトの視線を集める存在になってしまった。

その為か、かねてからの約束どおり入籍した(20歳)途端。
“1シーズン”という期限付きとはいえ、(新シーズンからの)新一のヨーロッパ移籍が決まってしまったのである。

いくら“期限付き”とはいえ、文字通り新一が“単身赴任”してしまってからというもの。
私は、高3の1年間・遠恋を頑張れた筈なのに、寂しくて・・・寂しくて、仕方が無くて。

それまでの1年と少しの間。どれほどに(試合・その他お仕事で)新一が多忙で留守がちでも新一が居た時には決して感じる事のなかった“家の広さ”に愕然とし。
新一が恋しくて・・・恋しくて。ふとした拍子に何度も涙が零れた。

それでも新聞の片隅に時々載る“遠い異国の地でたった一人、頑張っている新一の写真”を見る度に。

「(新一も頑張ってるんだもん。私も・・・私も寂しさなんかに負けてられない!)」

そう思って。毎日必死に学業に、空手部にと頑張った。
そうして耐え抜いた“単身赴任”生活は、ヨーロッパのシーズン終了後、契約通り新一が期限満了で帰国することが決まり。(本当は、チームの財政(資金)面に問題が無ければ、先方はそのまま本契約・完全移籍させたかったらしい。)

「わあ、良かったなあ、蘭ちゃん。」
「ウン。(もうあと少しで新一に会える・・・。)」

離れ離れの生活は、もう、終わると思っていた。

ところが、新一の日本復帰にあたって、“ビッグ大阪”以外のチームが新一の獲得に動き出したのである。
恐らく新一の(移籍前の)国内での実績・移籍先での1シーズンという短期間で示した結果・(その間に召集された)代表チームで示した実績・そして何より新一の若さ。どれもがチーム・スカウトの目に魅力的に映ったんだと思う。
元々居た“ビッグ大阪”以外のチームが新一の獲得に躍起になって、獲得合戦が熾烈化し。結果、移籍先のチームに不評を買ってしまったのである。
この事態に、流石に“協会”からも公に苦言が呈されたのだが。

「(新一・・・。日本に帰っても、また・・・離れ離れになっちゃうの?・・・そんなの、そんなのヤダよぉ・・・。)」

私は新一本人に確かめもしないで、一人で勝手に思いつめて。
新一の復帰先が確定するまでの数日間。
新一の居ない、広い・・・広すぎる大阪の家で、泣いていた。

そんな日々の後だったから。

『蘭?オレ、○月×日に帰るから。』

帰国日を弾んだ声で電話してきた新一の言葉を、私は素直に信じることが出来なかった。

「えっ?!・・・何処に?」
『何処にって・・・。大阪に・・・お前んトコに決まってんじゃん。それ以外の何処に帰るって言うんだよ。』
「・・・ホント?“ビッグ”以外のチームに入るってことは無いよね?」
『はあっ?!・・・何言ってんだ?蘭。』

どうやら新一は本当に、自分の復帰先をめぐって各チームが鞘当てしあっている事実を、全然!知らないようだった。

「だって・・・だって・・・。新一が復帰するって分かった途端、沢山のチームが今居るチームにオファーかけてるって・・・こっちじゃ毎日、もの凄い騒ぎなんだよ。だから・・・だから私っ・・・。」

なじるつもりは無かったのに、涙声で不安をぶちまけてしまった私に、新一は包み込むように優しい声で応えてくれた。

『・・・・・・蘭。』
「・・・。」
『俺が“帰る”のは、お前のトコだけだ。お前の居ないトコに興味なんて無え。』
「〜〜〜しんいちぃ〜。」
『・・・分かってる。出来るだけ早く帰るから。だから・・・ちゃんと待ってろよ?』
「うん・・・/////。待ってるから・・・気をつけて帰ってきてね?」
『・・・ああ。』









それから数日後。

メールで新一が搭乗する便名を教えてもらった私は、成田空港まで迎えに出た。

到着ロビーに佇む私は、言葉を違えず帰国した新一の姿を見た途端。
こらえていたものが・・・溢れて・・・止まらなくて・・・。

「しんいち・・・・・・新一・・・・・新一!新一ぃ〜〜〜っ・・・・・!」

涙で顔をグチャグチャにしながら(ちゃんとゲートの向こうで私を見つけて)歩み寄ってきた新一の胸に、勢いよく飛び込んだ。
尤も“1シーズン(約一年近く)”もの間、会えなくて寂しかったのは新一も同じだったようで。泣きじゃくりながら駆け寄る私を見た途端。

「蘭!・・・・・・・・・・蘭、蘭・・・蘭・・・。」

新一は歩むスピードを速めて私の前に来ると、腕を思いっきり広げ、折れそうなほどに強い力で、ぎゅ〜っ!と、私を腕の中に閉じ込めてくれたのである。

「会いたかった・・・蘭っ・・・・!」
「うん・・・うん・・・!」

新一の抱きしめてくれる腕の力強さ、胸の温かさが本当に心地よくて。
1シーズンの間に心に澱のように積もった想いが、一気に浄化され昇華されていくようで。
凄く・・・凄く・・・平凡かもしれないけど。
“一緒に居られる事の幸せ”を感じた。


そんなドラマティックな再会の後。
私たちは帰宅するためにその場を離れ、羽田までのデートを楽しんだ。

道中。“新一が一緒に居る”それだけで、同じ景色がまるで違って見えることに、私は一人、驚いていた。
そして、私はホントに新一無しじゃダメなんだなぁ〜って、改めて思って。
嬉しくもあり、一寸だけ悔しくもあった。

「蘭。ウチに帰る前に、どっか行きたいトコあっか?」
「ううん。・・・だって新一、疲れてるでしょ?」
「(クスッ。)蘭と一緒だから、全然。」
「もう・・・バカ/////。」

そんな他愛も無い話をしながら羽田に着いた時。ふと(ピッタリ腕を絡めあって隣を歩く新一の横顔を見ながら)思った。

「(新一ほどの選手なら、帰国の瞬間を捉えようと、マスコミが大勢居る筈よね?)」

そう思い始めたら、気になって。
搭乗手続きを済ませた後、焦って問いかけた私に、新一は実にアッサリ言葉を返した。

「んなモン、決まってるだろ?一刻も早く蘭に会いたかったし。それに・・・誰にも邪魔されずに、デートもしたかったしな。」
「/////!」
「蘭に電話した後、日を改めて、帰国する便をメールで送ったろ。」
「うん。電話で言ってた日付より一日早かったから、ビックリしたわ。そういえば、どうして?」
「実は・・・あっちとこっちのチームに頼んで、俺が無事帰国したって連絡するまで、本当の帰国日を伏せてもらったんだよ。・・・空港に大勢マスコミがたかったら、迷惑になるかな〜って思ったからな。」
「ふ〜ん。・・・で、連絡は、したの?」
「・・・・・実は、これから。」
「/////!・・・んもう。この確信犯。」
「しゃーねーだろ?(公共の)乗り物ん中じゃ、ケータイはご法度なんだから。」
「それはそうだけど・・・ホントにそれだけ?」
「クスッ。・・・まあ一応(確信犯だってことは)自覚してるよ。」

確かに、あんな涙ボロボロの再会シーンをマスコミの目に曝すのは嫌だし。
成田から羽田まで、誰にも邪魔されずデートできて嬉しかったのは本当だし。
それに本当は“私の涙声で、新一は急遽帰国を早めた”んじゃないか・・・とも思えて。

相変わらずの悪戯っぽいウインクの後、(“ビッグ大阪”の)チーム広報に連絡を入れている新一を間近に見ながら、私は自然と極上の笑みを浮かべていた。



  ☆☆☆



それから数時間後。

私たちが伊丹に着いた時。
予想通り・・・いや、予想以上に、其処には、黒山のようなマスコミが待って居て。

「(苦笑)・・・悪い。一寸だけ待っててくれ。」

肩を竦めて軽く溜息を吐いた新一は、急遽設けられた席に向かうと、快く取材に応じていた。









翌朝。

スポーツ各紙・一面TOPは、新一の“極秘帰国”の記事で埋まっていた。
お陰で朝早い時間から(和葉ちゃんに服部君・園子に京極さん・青子ちゃんに黒羽君。皆から)矢継ぎ早に電話が掛かってきて。朝食もそこそこに対応に追われた。
しかも全員、すぐさま訪ねてきたもんだから(園子・青子ちゃん・黒羽君は、園子の家の自家用小型機で飛んできた)、広い家は急に賑やかになった。

「「・・・。」」

この友人たちの素早すぎる反応に、さしもの新一も言葉が無く。
私はおもてなしに追われた。
でも。それも“嬉しい”忙しさだった。

「何や、帰国は今日の便やなかったんか?言うてくれれば、オレも迎えに行ったったのに。水臭いヤツやなあ〜。」
「平ちゃ〜ん。そんなの野暮、野暮。新一が真っ先に会いたいのは蘭ちゃんだけなんだからさあ〜。」
「んな事、分かっとるわ。せやから昨夜のニュース速報に気ィ付いた時、直ぐに電話しよう思たんを、止めたんやないか。」
「ふ〜ん。平ちゃんにしては、気がきいてんじゃん。・・・はは〜ん。察するところ、どーせ和葉ちゃんに止められたんだろ?“野暮な事したらあかん”ってさ。」
「うっわ〜。凄いなぁ、黒羽君。よう分かったなあ〜。昨夜アタシの言うた事。」
「まあ、そりゃあ・・。」
「そりゃそうだよぉ、和葉ちゃん。偉そうに言ってるけど、実は快斗もそうだったんだから。家中の電話を取り上げて、青子、必死に止めたんだよ。」
「だあ〜っ!このアホ子/////!ばらすんじゃねえっ/////!」

相変わらずの服部君と黒羽君の応酬に和葉ちゃんと青子ちゃんも混じってるから、流石に近所迷惑が気になっちゃうけど。

「それにしても、元気そうで何よりです。工藤君。」

この騒ぎに軽く肩をすくめた京極さんが、楽しそうな笑顔でそう言って。

「良かったね、蘭。」

京極さんの傍にピッタリ寄り添う園子も嬉しそうに微笑んでくれて。

「うん。ありがと。」

私も自然と笑顔になった。

一方、新一はといえば、朝っぱらからの電話の内容から“予想の範囲内”とはいえ、帰宅してから(一日足らずとはいえ)ず〜っと続いていた“甘〜〜〜い時間”が見事に破られた事に、一寸だけ(実はかなり)?!不貞腐れていた。

「んもう、新一。良いじゃない?・・・皆、寂しかったのよ。」

だから、軽くたしなめたんだけど。

「・・・そうかもしれねーけどよぉ・・・(ったく、ちったあ、気をきかせろ!ってぇの)。」
「(クスッ。)」

しぶしぶ肯く新一の“言葉にされない本音”を私はよく分かっていた。

なぜなら新一は。
成田に着いてから皆が来るまでの、再会してからたった一日足らずの僅かな時間。

トイレの時以外、片時たりとも私を半径1メートル以内から放さず。
眠らせてくれなかったからである。

家に着いた途端、会えなかった寂しさを一気に埋めるようにして求められて。

「・・・・あっ/////。・・・・・し、新一ぃ/////。・・・・・ご・・・ごは・・・・・で・・きな・・・あっ。・・・あああっ/////!」

約1年ぶりに味わう、新一のワガママも、独占欲も。

「い・・・の!・・・こ・・して蘭・・・傍・・・・・じゅ・・・・腹いっ・・・くっ。」

約1年ぶりに感じる、新一の温かさも、力強さも。

「・・・だ、ダメ・・・・・っ・・・・・。からだ・・・こわ・・・・・ああっ/////!」

約1年ぶりに受ける、しびれるような熱さも、甘さも、切なさも。

「くっ・・・・・蘭っ!」

二人、溶け合って、深く繋がって・・・・・翻弄されて・・・・・。

「あっ・・・・・・ああん!・・・し、しん・・・・・あああああっ/////!」

新一と分け合う何もかも全部。

「・・・蘭。」
「・・・ん。」

それまで不安で寂しくてたまらなかった分。

「愛してる・・・蘭。」

本当に嬉しくて・・・幸せで・・・。

「私も・・・好きだよ。新一・・・。」

喜びとしか感じられなかったのだから。










それから私が大学を卒業するまでの残り2年弱の間、ず〜っと。
新一の帰る家は“私が居る大阪”だった。

別に、あれ以降オファーが途絶えたわけではない。
むしろ益々輝きを放つ新一に、帰国直後からずっと、噂だけを含めても、移籍話が途絶える事は無かった。
ただ、何故か成立しなかっただけ・・・なのである。

ある時は、たまたまその時、新一が完全復帰までに2〜3ヶ月ほど要する故障をしてしまった為に、メディカルチェックでNGとなり。
またある時は、“ヨーロッパ域外選手”である為に必要とされる手続きが上手く行かなくてNGとなってしまった。

ある時は、サイン目前まで行ったのに、何故か破談になったこともあって。
流石にこの時ばかりは、自分の存在が新一の足かせになってるんじゃないかと気を揉んだんだりもした。
でもその時新一は、そんな気持ちはお見通しと言わんばかりに強く私を抱きしめて。

「・・・バーロ。・・・ったく。くだんねー事、考えてんじゃねーよ。」

強い目と笑顔で其れを否定し、私の心を救ってくれたのである。









そして私が大学を卒業した最初の初夏。
新一に(先方の新シーズンからの)移籍話がもたらされた。

この話は、チーム同士、良い方向で進んでいて。あとは新一本人の意思一つというところまで来ていた。
でも新一は、何か迷いがあるのか、受けるかどうか真剣に悩んでいた。

「どうして迷ってるの?折角のチャンスじゃない。」

この問いかけに、新一は心持ち不機嫌そう・・・否、不安そうに返してきた。

「・・・お前は平気なのかよ。」
「えっ?」
「お前の(看護師としての)キャリアを考えたら、今が一番大事な時・・・だろ?だったら、単身赴任しかねえかな〜って思ってさ・・・。」

この言葉に、新一が迷っている・・・というか不安になっている理由が分かって。
私は思いっきり叫んでしまった。

「・・・・・バカッ!」
「なっ?!何だよイキナリ!」
「バカだって思ったからそう言ったのよ!誰が新一を一人で行かせるって言ったのよ!」
「えっ?!・・・・・蘭。お前、何言って・・・。」
「新一がダメだって言ったって、付いていくに決まってるでしょっ!」

私が勢い良く放った言葉に、新一は本気で驚いたらしい。
一見、私を説得するようでいて、実際は自分が迷っている事を、ボロボロ吐き出した。

「オイ、蘭。良く考えろよ?折角一生懸命勉強して試験に受かったんだぞ?看護師としてお前がやっていく為には、今、現場で経験を積むことが大事じゃねえのか?・・・今、オレとアッチへ行ったら、間違いなくそれが出来ねえんだぞ?」

そして、その内容は、嬉しい反面・・・悔しくて、哀しくて・・・・。
目元が・・・熱くなった。

「・・・。」
「蘭。」
「・・・・・バカ。」
「蘭?」
「新一の・・・バカ。・・・・・バカバカバカッ!」
「蘭?!」

お陰で益々感情的になった私は、今考えるとかなりヒステリックだったとは思うんだけど、新一を思いっきり罵倒した挙句、一気に自分の想いを吐き出した。

「そんな事、大学受験の時に、とっくに覚悟してたわよ!だいいち私が看護師を目指したのは、小さい頃からの夢もあったけど、少しでも・・・私じゃ精々体調管理ぐらいしか出来ないけど・・・新一の役に立ちたいって思ったからなんだよ!」
「!・・・蘭。」
「だから、新一が20歳の時、初めてあっちに行っちゃった年からずっと、定期的にTOEIC受けて英語力アップに努めて、他にも色々な国の言葉を勉強して・・・ずっと備えてたんだよ。・・・・・確かに新一の言う通り、看護師としての経験を積むんなら、日本に居たほうが楽かもしれない。でも・・・でも・・・そんなの嫌なのっ!。」
「・・・。」
「もう、あの時みたいに、こんな広い部屋で・・・一人ぼっちで待つのは・・・嫌なのっ!」

そこまで言った時、あの頃の寂しさが胸に甦ってきて。
苦しくて。

「・・・・・ゴメン。蘭。・・・・・気付かなくて・・・ゴメンな。・・・頼むから、そんな哀しい顔で、泣かないでくれ・・・。」

泣き出した私をそっと抱き寄せた新一は、私が落ち着くまであやすように背中をさすっていてくれた。

そして私が落ち着いてきた頃合を見計らって、何かを確かめるように、そっと口を開いた。

「・・・蘭。落ち着いて聞いてくれ。・・・今度行くところは、東京から大阪なんてもんじゃねえ。明美お姉さんや、遠山さんの様な知り合いなんて一人も居ねえ、しかも言葉が全然違う、遠い所なんだぞ?・・・しかも俺がアウェーで家を空けるときは、お前、此処で暮らしてる以上に“一人”を感じるかも知れねーんだぞ?・・・それでも良いのか?」

私を抱きしめたまま。そう問いかける新一の身体は、震えていて。
私の言葉を・・・言葉だけを恐れてるんだって分かって・・・・・安心した。

「良いよ。」

だから、間髪居れずに返された私の言葉に焦った新一は、腕を解いて、私の顔を見つめた。

「即答するなよ。よく考えろよ。」
「勿論、よく考えて・・・言ってるつもりだよ。」
「蘭。」

念を押すようにして放たれた問いかけの返しに、新一は目を見張った。

「(20歳の)あの移籍の後、ウソもホントも含めて、一体どれだけのオファーが囁かれたと思ってるの?・・・この2年間。話が囁かれる度、私は考えてたのよ。“この話が決まったら・・・どうする?”って。」
「・・・。」
「私が学生だった間に来た話が、どういうワケか全部流れちゃったから何なんだけど。“決まった時は、絶対付いていく”って決めてたのよ?」
「蘭!」
「新一の言いたい事は、分かってる。・・・でもね。言葉が違って、どんなに苦労したって、それでも構わないと思ったの。・・・誰も知りあいの居ない、言葉が違うところで暮らすって・・・本当に大変なんでしょう?・・・・・20歳のあの移籍の時、新一だって・・・ホントは辛かったんでしょう?・・・・・あの日。帰国したあの日。成田であんなに強く抱きしめてくれたじゃない。・・・・・違うなんて言わせないし・・・言えないでしょう?じゃなきゃ、今、そんなに迷ってなんかいない筈だもん。」
「・・・蘭。」

図星なんだろう。
私の肩を掴み、顔を覗き込んでいた新一の手の力が緩んで。視線が逸れた。

「私は・・・私はね、新一。・・・いつでも“新一の帰る場所”でありたいの。自分のキャリアを重ねて、オフにしか会えないなんて・・・そんな“七夕”みたいな生活より、新一の傍に居て、新一が安らげる場所を作って、其処にちゃんと居たいの。嬉しい事、楽しい事、つらい事も泣きたくなるような事も全部・・・受け止めて分け合いたいの。・・・それにね。看護師の実践経験だって、その気さえあれば何処でだって、いくらでも積めるわ。そりゃあ、言葉のハンデはあるし、日本の資格がそのまま其処でも認められるかなんて、分かんないよ。でも私は、今しかできない事をしたいの。・・・・・新一は、世界で羽ばたける人なの。今、このチャンスを逃したら、きっと・・・ううん、絶対、後悔するわ。私は後悔する新一を見たくないの。私を置いていくのが辛いという理由で、羽ばたくのを止めて欲しくないの。だから・・・。」

ここまで言ったところで、逸らされていた新一の視線が戻ってきた。

「・・・・・・・・・・参ったな。」

何ともフクザツな表情を浮かべた新一は、私をぎゅっと抱きしめると、すぐに腕を解いて私の頬にキスを落とした。

「・・・・・新一?」
「・・・・・負けたよ。蘭。・・・・・お前にだけは、ホント、敵わねえな。」
「新一。」

完全に降参の言葉を呟いた新一は、もう一度私をぎゅっと抱きしめて。
心に溜まっていたものを一気に吐き出すかのように、フ〜〜〜ッと大きく息を吐いた。

「(新一?)」

少しして。何かが吹っ切れたのか。
私に穏やかで真っ直ぐな瞳を向けると微笑んで、受話器を取り上げた。
そして、私の目の前でチームと話しをし、受話器を置いた。

「・・・。」
「新一?」

受話器を置いて振り向いた新一の顔は、私の大好きな不敵な笑みを取り戻していた。

「今更、変更はきかねえからな。・・・お前も・・・仕事先や友達に連絡しとけよ?」
「新一!」
「成功するとは限らない。もしかすっと・・・散々、振り回すことになるかもしんねーぞ?」
「・・・良いよ、それでも。だいいちそんなのお互い様でしょ?」
「・・・バーロ/////。」
「絶対、離れないんだから。」
「ああ・・・。絶対、離さねーよ。・・・生まれ変わってもな。」
「フフッ。・・・何たって“魂の伴侶”だもんね?私たち。」
「・・・だな。“二人で一つ”だもんな?」

ようやくいつもの微笑を取り戻した新一と声を上げて笑った私は、すぐさま私たちの両親・私の職場・友人達に連絡をし、移籍・・・海外へ引っ越す事を伝えた。



この後、身辺は慌しくなった。
査証にメディカルチェック。住まいの相談に通訳の確保。
記者会見に契約の細部のツメ。
用具類のスポンサーへの挨拶等々。
する事は色々あったけど、不思議なくらいに全てが滞りなく決まり。
新一は、ヨーロッパ・セリエAの、とあるチームに完全移籍した。









それから今日まで。

ヨーロッパで過ごした13年の間に新一は様々な実績を積み上げ、いくつかのチームを渡り歩いた。

そのチーム遍歴の中で特筆すべきはUEFAで優勝争いをするチームに入って結果を残し、日本人初の“バロンドールとヨーロッパMVP”を獲った事だろう。

あの時は、お義父様にちなんでヨーロッパだけでなく日本の新聞にも

【リトル・バロン、日本人初の快挙!バロンドールを獲得!】
【リトル・バロン、日本人初の快挙!ヨーロッパMVP!】


という大見出しが出て大騒ぎになったし、“新一の価格”が大急騰して移籍相場が騒がしくなった・・・そう小耳に挟みもした。



それから10年近い歳月が流れ。
新一のキャリアは、シーズン終了後開かれるWC杯で、終わりを告げることになった。
それを限りに、現役引退を表明しているからだ。



そう世間に発表する前。
新一は私だけに、今後の構想を話してくれた。

それは“引退後。直ぐに帰国せず、暫くコッチでコーチ学を学んでライセンスを取り、ゆくゆくは後進の指導に当たりたい”というものだった。

まあ、それ以外にも色々仕事が出来てきそうな気はするけど。
とりあえず資金も伝も無いわけではないし。
語学力は全く問題ない新一だから、ある意味心配は無いと言っていいだろうと思っている。



  ☆☆☆



「ママ〜、混ぜるよ。良い?」
「あ・・・え、ええ。良いわよ。」
「じゃ、コナン。押さえてるから、ゆっくりと優しく混ぜるのよ?散らかしちゃ、ダメなんだからね?」
「分かってるよ、お姉ちゃん。」

耐熱ボウルに材料を入れ、姉弟協力して調理実習中な様子は、本当に微笑ましい。

どんなに忙しくても休日になると、子どもにメロメロで私にベッタリな新一を二人は本当に慕っている。

『バレンタインにパパにプレゼントをしたいんだ。』
『ねえ、ママ。パパの好きな味、教えて?』

そう初めて言ったのは、何年前の事だろう?
こうして見ている間にも、二人の奮戦は続いている。

勿論、私は私でちゃんと作っているんだけどね。

『『良い?ママは手伝っちゃダメだからね!』』

そう主張して聞かない子ども達を見ていると、

「(一体誰に似たんだか・・・。)」

と苦笑したくもなるんだけど。
とりあえず、必死に頑張っている子ども達を見守りつつ、手を出さず傍近くに居る私は、


『お子様は二人。お二人にとって、一番良い時に恵まれますわ。』


ふと、あの日“見てもらった未来”を思い返していた。









一人目を授かったのは、新一が“ビッグ大阪”からセリエAのクラブに完全移籍した2年目の頃。
私が街に慣れ、日常会話なら何とかなって。二人ともに本当の意味で落ち着いた頃だった。

美しい街並みに、熱狂的なファン。

新一はこの街とファンを凄く気に入って、生まれた娘のミドルネームに、チームカラーの“ヴィオラ”を頂いた。
名前は、工藤ヴィオラ愛里。今年の誕生日で11歳になる。


二人目を授かったのは、その2年後。
新一がイタリア屈指の名門チームに移籍した翌年のことだった。
最初のチームで“軸”として押しも押されぬ結果を出している新一に、イタリア屈指の名門チームから舞い込んだオファーは、結果として新一の人生に大きなものをもたらすものになった。
この移籍話にファンが衝撃を受けてざわめく中、チーム同士が何度も交渉をした結果。
新一は膨大な移籍金と引き換えに、相思相愛だったチームを離れることになった。

新たなるチームがある場所は、ファッションで有名な上、強豪チームが並び立つ街。

そのチームは流石イタリア屈指の名門チームだけあって、活躍する選手たちは、各国の代表を務める選手ばかりだった。
そんな中でも、激しいポジション争いに競り勝った新一は、在籍中にチームの好成績に重大な貢献を果たし。
結果、移籍2年目にして、日本人初の“バロンドールとヨーロッパMVP”を獲得。
名実ともに、世界屈指の選手の一人として認められる事になった。


このタイトル獲得は、妥当だと言う人も居れば、奇跡だと言う人も居て。
天地をひっくり返すほどの大騒ぎになった。

その頃生まれたのが、新一が大好きなホームズの作者の名前“コナン”を同じくミドルネームに頂いた息子。
名前は、工藤コナン周一。今年の誕生日で9歳になる。





新一の活躍で周りがどれほど騒がしく、近づく人間が変わろうとも。
18歳の遠恋の時に心に決めたように、私は私であろうと努めたし、イタリアに来てから舞い降りた二人の天使の存在が、どれほど私たちを・・・とりわけ新一を慰めたか。

子どもに恵まれてプライベートが充実し、ビッグタイトルも獲って仕事も充実していた新一だけど。この13年間、決して順風満帆な時ばかりだったわけではない。





世界で活躍する大概の選手が経験するように、様々な選手・監督との出会いがあり。
実際は違うのに勝手に誰それとライバルだ、不仲だと騒がれ、時に監督との確執を疑われもした。
監督の構想で新一を十分活かしきれないポジションに配されて、結果がなかなか出ない時もあったし。
多すぎる選手の起用配分だとか言って、出られる試合数が制限されたこともあった。
時には(自分が19歳の時、フル代表デビューの切欠となったように)故障して、招集に応じられず、悔しい思いをした事もあった。

ただ、幸いなるかな。
世間で色々囁かれ、時として疲れる日があっても、必ず分かってくれる誰か彼か(新一に言わせれば私以上の人は居ないそうだけど/////)が居て。
何らかの形でさりげなく心身ともに、助けの手が入った。
だからこそ、新一も私も子ども達も、今、こうしていられるんだろうな、と思っている。









「焼けたよ!」
「ママ〜ッ!」

新一の現役最後のシーズンの終わりを間近に迎え、回想に浸っている私を、子ども達が現実世界に呼び戻した。

「この匂い・・・焼けてるよね?」

ワクワクと不安が入り混じった目で私を見る二人に微笑んだ私は、オーブンを開けた。
オーブンからは、とても香ばしい匂いが漂ってきて。

「・・・。じゃ、二人とも、下がって頂戴。熱いから、これはママが出すわね?」
「「は〜いっv。」」

出してみれば、ヴィオラとコナンが焼いたチョコレートケーキ・スポンジがふっくらと、良い具合に仕上がっていた。

「・・・。あ〜あ。一寸、焦げちゃったね〜。お姉ちゃん。」
「うん。・・・どうしよう。一寸焦げてるね。このままじゃ、パパに渡せないよぉ。」

私からすれば年々上達してると思うんだけど。
子ども達からすれば、僅かでもオコゲができてしまったのは、大層不満な事らしい。

「フフッ。大丈夫v。ママだってケーキを作りなれない頃は、焦がしたことがあるし。それにね、焦げたところはカットすれば良いのよ。二人が一生懸命作ったんですもの。パパは絶対!食べてくれるわよ。心配要らないわ。」
「「・・・ホント?」」
「勿論よ。今までだって、そうだったでしょ?」
「「うん!」」

私の後押しで元気を取り戻したヴィオラとコナンは、ケーキからオコゲを上手に切り分けると、丁寧にチョコレートソースを塗って、今年のバレンタインの贈り物を完成させた。

「「やったぁーっ!」」

無邪気に喜ぶ二人を見ながら私は、うちと同じ年頃の子どもを持つ親友達を思い出した。









うちと同じくヨーロッパ暮らしが長くなっている比護さんたちは、隣国・フランスに住んでいて。ちょっとした休暇の時に、結構、行き来がある。
志保の処には、コナンと同じ年の女の子が一人居る。
名前は、比護シェリー玲奈(今年の誕生日で9歳)。

確か4年前。

初めてバレンタインの贈り物をしたいと言ったシェリーちゃんの顔と言葉は、娘を溺愛する比護さんに激しい衝撃を与えたそうである。
電話越しに笑いながら話す志保に聞いたところによると。
比護さんは、

「相手は誰だあ〜っ!」

そう絶叫して、酷く取り乱し。
当日まで相手が誰かと、シェリーちゃんと仲の良いお友達に目を光らせていたとか。
結局、相手はパパである比護さんと。なんと・・・・・ウチのコナンで。

「・・・そうか・・・。」

比護さんは、ウチの息子なら・・・と鞘を納めた。

後日。
新一相手に、男親の悲哀を語り合っていたとかいないとか。

そんな比護さんは、新一より一足早くヨーロッパに移籍し、スペイン(単身赴任で1年・志保が追いかけてきて9年)・フランス(4年)と渡り歩いて、3年前、引退した。
今は、スポーツドクターの修行中の志保と一緒に、そのままフランスでコーチのライセンスを取るべく修行を重ねている。





一方、園子のところには、ヴィオラと同じ年の男の子が一人居て。
名前は、鈴木一誠(今年の誕生日で11歳)。

孫息子を、鈴木財閥会長夫人の園子のお母さんは、目に入れても痛くない程に可愛がっているそうである。

実は、園子の夫である京極さんは今、“東京スピリッツ”に所属している。
移籍したのは、新一のヨーロッパ移籍と同じ頃。園子との結婚を前にしての事だった。

鈴木財閥が“東京スピリッツ”の出資者の一員で、財閥後継者である園子との結婚があったから已む無し、という事情があったからだけど。京極さんの移籍は“ビッグ大阪”に決定的な戦力ダウンをもたらすものとなってしまった。
流石に“慶事”が絡んでいるから“そういう事情”を突き上げて騒ぐマスコミは居なかったが、中にはそれでも穏やかじゃないファンも居て。移籍後1年程は、京極さんに対するブーイングが厳しかったそうである。
そんな空気が変わったのは、京極さんの所に息子さんが産まれた頃だったそうだ。
勿論、めげずに着実に結果を出している京極さんに対する畏敬の声が高かった為でもあるそうだけど。

ともあれ、園子は一誠くんの首が据わってからというもの、京極さんがオフに入る冬になると、遠距離などものともせず、家族総出で遊びに来た。
一誠くんは、年相応にやんちゃな中にも、京極さんに似て落ち着いた性質を持ち合わせていて、本当にしっかりしていた。
だからだろうか。ヴィオラは一誠くんを慕っていて。
4歳の頃には、バレンタインの贈り物をしたいと言い出したのである。

この言葉に新一は(比護さんのように絶叫こそしなかったけど)目を見張って驚いた。
しかも相手が一誠くんだと分かってたから、納得しつつも、どこか寂しそうな顔になったのを覚えている。





それから年月が過ぎ。迎えた今年のバレンタイン。
子ども達は新一にチョコレートケーキを作ると同時に、数日前にはそれぞれの“カレ・カノ”にも贈り物を送っていた。
勿論、先方からもちゃんと同じように送られてきている。

気の置けない親友同士、国際電話を交わしながら、次世代の“幼馴染”の恋の行方が話題になったのは当然のことである。









数時間後。試合を終えた新一が帰宅した。

「・・・ただいま〜。」
「お帰りなさいv。」
「んv。」

帰ってくる新一を一番に出迎えるのは、必ず“私”。
しかも、新一の熱〜いHugとKissが欠かされた事は、ただの一度とて、無い。

これは二人一緒に暮らすようになった18のあの日からずっと、子どもが生まれてからも変えられる事の無い“我が家・暗黙のルール”である。
だから私たちの儀式が終わる頃をちゃ〜んと見計らって、子ども達はパパを出迎える。

「「パパ〜、お帰りなさ〜いv。」」
「ただいま。ヴィオラ、コナン。」

勿論、軽いHugと頬にKiss付きで。

「パパ、今日の試合、凄かったね〜っ。」
「おっ、そうか?コナン。」
「ウン!」
「そうそう!カッコよかったよ、パパ。」
「おっv。ヴィオラにそう言ってもらえるとは、嬉しいなあ〜。」

TVで観た試合は、結果こそドローだったけど、格上の優勝候補を苦しめて、相手の勝ち点数増を抑えた良いゲームだった。

新一がセリエAからプレミアリーグに移って選んだのは、長年プレミア当落線上で推移しているチームだった。
だから、ヨーロッパに来てからずっと優勝争いに絡むチームに所属し、年中暇無しだったこれまでを思うと、新一の家で過ごす時間は格段に増えた。
だから移籍の際、その辺も考えて入団した新一以外、最初数ヶ月は、私も子ども達も“新一が居る日常”が素直に嬉しい反面、若干の戸惑いを感じたこともあった。

でもそんなゆったりした日々も、移籍初年。
例年より早々と、しかも例年より良い成績でプレミア残留を決めてから、変わっていった。
何故なら、年を追う毎に年間順位が上昇していったからである。
特に移籍3年目の昨年は、一時は優勝も夢じゃないと騒がれて。(まあ、結果は大事なところで競り負けて、4位だったんだけど。)
移籍4年目の今年。
昨年の成果がウソではない証拠に、またも優勝争いに加わっている。

だからクリスマス休暇明けに新一が“WC杯終了後、現役を引退する”って表明した時は、此処プレミアリーグだけでなくヨーロッパ各地、否、遠く離れた母国・日本からも、惜しむファンの声が物凄くて。
今まで見たことも無いほどの量・様々な言語のファンレターやメールが届いた。
これには、さしもの新一も驚き、心が揺れていたように見えたものだった。

「「はい、パパ!これ、私(ボク)たちからのプレゼント!これからも頑張ってね!」」
「ありがとう。ヴィオラ、コナン。・・・早速、食べても良いかな?」
「「うん!」」
「(・・・んもう。ご飯、入らなくなっちゃうわよ?)」

そう思いつつも、私は止めなかった。
もう、子ども達は寝む時間になっていたからである。

「オッv。・・・美味いな、コレ。・・・お前達、年々上手になってきてるな。」
「「ホント?!パパ!・・・ありがとう!」」

“焦げ”を気にしていた二人だから。
“新一が食べてくれるか”気にしていた二人だから。

「・・・美味しかったよ、ありがとう。パパはこれからも頑張るよ。二人にこんな美味しいケーキをプレゼントしてもらったお陰で、元気パワーがい〜っぱい!ついたからな♪」

早速目の前で美味しそうに平らげて、極上の“父親の笑顔”で微笑んだ新一の笑顔は、心のどこかに不安があった子ども達を本当に喜ばせたのだろう。

「ホント?!うわあ〜っ、ありがとう。パパv。じゃ、次の試合も楽しみにしてるね!」
「ありがとう、パパ。大〜好きっ!」

二人は目をキラキラと輝かせてはしゃいで、喜んで、満面の笑顔で抱きついて。
おやすみなさいのキスをすると、それぞれの部屋に下がっていった。

それを見送った新一の視線が私に移った途端。

「蘭。」

“それ”は既に“父親”から“一人の男”のものに変わっていて。
そっと差し伸べられた新一の手を取った私は、そのまま抱き寄せられた。

「ヴィオラとコナンの気持ちが詰まったケーキ、全部食っちまったから・・・。」

唇を重ねた後につむがれた言葉に苦笑した私は、

「・・・・・私は味見だけってこと?」
「・・・ああ。」

悪戯っぽく問いかけた。

「・・・で?・・・・・もうお腹一杯?」
「まさか。」

この問いかけが冗談だと分かっていながら、わざとらしく大袈裟に驚いて見せた新一は、私の頬に手を当てて再び唇を重ねると、

「お前のを食べなきゃ満腹にならねーよ。」

そう小さく耳元で囁いた。

「・・・んもう。」

“唯の幼馴染”と言い切っていた頃と変わらず、私がほんの少〜し焦らしただけで。
新一の目にはいつも“くれねーのか?”という焦りが浮かぶもんだから。

「はいv。」

私はそっと、ポケットに忍ばせていたチョコを差し出した。

「・・・サンキュv。いただきますv。」
「・・・・・どうぞ。」

安堵した新一は、神妙な顔つきでそれを受け取ると、本当に嬉しそうに微笑んで箱を開け、早速食べ始めた。

「・・・美味いな。」
「ホント?」
「ああ。」

一つ食べて満足そうにそう言った新一は、私の頬に手を添えると、さっきより深く・・・深〜〜〜く・・・口付けて。
本当に・・・長すぎる味見をさせてくれた。

「・・・甘い。」
「でも、美味いだろ?」
「・・・バカ/////。」
「バカで良いしv。」
「ちょっ!・・・んっ/////v!」

長すぎる、とてつもなく甘〜〜〜〜〜い味見は、この後、箱の中身が空になるまで続いて。

「・・・んっ・・・・・もう/////。」

箱の中が空になる頃には、私は頭がボーッとして身体中が痺れて、立てなくなっていた。
そんな私に嬉しそうに笑いかけた新一は、私を抱きかかえてソファに下ろすと、

「はい、口直し。」

そう言って、少量のブラック・コーヒーを持ってきて、口移しで飲ませてくれた。

「・・・苦っ。」
「口の中が甘いから、丁度良いだろ?」
「もう・・・んんっ/////!」

そしてカップが空になったところで、私に軽く口付けた後、抱き上げた新一は、

「じゃ、そろそろメインディッシュを頂くとしますかv。」
「/////!」

真っ赤になった私のオデコに軽く口付けを落とすと、ベッドルームに足を向けた。

「愛してるよ。・・・蘭。」
「・・・私もよ。新一・・・・・。」

そして其処で、甘い・・・新一にとってはチョコより何より甘いものが、一晩掛けてじ〜〜〜〜〜っくりと“賞味”されたのである。









翌朝。

何とも感心な事に、簡単ではあるが、子ども達が朝食を用意してくれていた。

「「まあ・・・///。ありがとう。」」

素直に感心した私達に、二人が無邪気にニッコリ微笑んで言った内容は、

「良いよ。別に。」
「うん。だってバレンタインの翌日っていつも、二人とも遅いじゃない。ねえ、コナン。」
「ウン。だからボク、お姉ちゃんと一緒に頑張ったんだ。」

邪気がない分、私たちを首まで赤くするには十分だった。

「「/////!」」

しかもその後、

「良いよ、まだゆっくりしてて。」
「ウン。片付けやお洗濯、ボク達でやれるから。見ててよね!」

そう言ってテキパキ動いてくれるもんだから、益々恥ずかしくて。

「「/////。」」

流石にその晩から暫く(といっても1週間持たなかったけど)夫婦のコミュニケーションを“控えめ”にしたのは、言うまでもなかったのである。



Fin…….





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