…は一日にして成らず
By あおり様
「〜〜♪」
にこにこと上機嫌に微笑みながら、鼻歌混じりにベッドサイドで髪を梳かしている蘭をおもしろそうに見ていた新一はやがて、読みかけの本に栞を挟んで閉じると、蘭の背後に立って鏡越しにその顔を覗きこんだ。
「なんかいいことでもあったのか?」
鏡の中から蘭が上目遣いに新一を見る。
「わかる?」
「そんだけ機嫌がよけりゃな、誰だってわかるだろ」
蘭はそっか、といいながら寝る前にはかかさないブラッシングを終えてブラシをことんと鏡台に置くと、
こちらに向き直ってぱぱっと顔を輝かせた。
「今日ね、『肌がとってもお若いですよ〜!』ってほめられちゃったv」
そう言ってバスローブの袖からすんなりと伸びた腕の、肘のあたりをもう片方の
手でくるくると撫でてみせる。
そのあたりを何となく視線で追いながら、新一はふと思う。
家の外で肌の美しさをほめられる場所って…
デパートの、化粧品売り場か?
いや、蘭の仕草はどう見ても顔じゃなく、身体の方を指している。
一体どこで、ほめられるほど美しい肌を人目に晒したんだ?
「どこで。誰に?」
思わず口調が穏やかでなくなる、心の狭い新一。
そんな心中を蘭が察するはずもなく、心底から嬉しそうに答えた。
「エステ。担当してくれた人が『まるで10代の肌ですよ〜!』だって。まあ、お世辞なんだろうけどやっぱりほめられると嬉しいよ」
「…なんだ、エステか」
それならば問題なし、とあからさまにほっとする。
「エステいくなんて珍しいな」
「あ、園子が『チケットがあるから』って誘ってくれたの。私初めて行ったけども〜、すごく楽しかったvリラックスできたし、肌はすべすべになるし♪」
喜ぶ蘭を見て新一も優しく言う。
「そんなに気に入ったんならまた好きな時に行っていいぞ?」
こう言っておいてやらないと、蘭は新一の許可なくそういう贅沢をしない女なので。
そう言われてますます喜んだ蘭はありがと〜♪とぽすんとベッドにうつぶせになるとこんなことを言った。
うっかり口を滑らせた、とも言う。
「それでね、園子が『せっかくキレイになったことだし、明日ホテルのプールに行こうよ!』だって」
新一の眉が微かに上がる。
ホテルのプール…か。
とたんに新一の心は広い海から一気に金魚鉢程度に狭くなる。
エステで磨いた肌と今年最初の水着姿を俺より先に他の男の目に晒そうってわけですか?
完全に言いがかりなのだけど、なんせこの男、蘭を独り占めにしたがることにかけては他の追随を許さない。
口の端にふ、と危険な笑みが浮かぶ。
「…ところで俺よく知らないんだけど、エステってのは一体どんな事する所だ?」
狙いをロックオンされてしまったことに気づかない蘭はまだ嬉しそうに答える。
「え〜とね、今日行ったところは…まずお風呂で身体洗って、それから横になってオイルマッサージしてもらって、パックを塗ってしばらくあっためられて、最後にまたお風呂で洗い流して、おしまい」
「マッサージって直接肌に触るのか?」
「当たり前じゃない…あ、わかってるとおもうけど」
エステティシャンって女の人だからね?と続けようとした蘭の言葉にかぶって、
「それはたとえばこんな風にか?」
新一のどこか楽しそうな声と同時に、うつぶせになっていた蘭の首の後ろを大きな手がきゅっと押さえ、もう片方の手が素早く着ていたローブの肩をぐい、と引っ張りおろす。
肩を覆った髪を枕にさらりと流して、晒された背中に少し冷たい手がひた、と触れた。
「きゃ!何す…」
驚いて振り返ろうとした蘭のうなじを必要なだけの力をかけて押さえこむと白い背中を出来るだけゆっくり、撫でる。
シルクみたいに滑らかで、手に吸いつくようなきめの細かさ。
「ちょ…っと、新一…」
「...肌が、すごく柔らかい」
抗議しようとした台詞は新一の甘い声に遮られてしまった。
蘭は枕に押しつけた頬がたちまち熱くなるのを感じ、何も言えなくなってきゅっと目を閉じた。
おかまいなしに新一の手のひらは背中をゆるゆると往復する。
自分の体温より心持ち低めのひんやりとした手の感触が心地よく、抗うことができない。
それに蘭だって正直に言えば、今日エステを終えて最初に思ったことは
(新一にも、わかるかな…?)
というちょっぴり期待めいた思い、だったのだから…
蘭のピカピカになった肌を見て、園子に
「今夜の新一くん、きっと燃えるわね〜!」
とからかわれて赤面しながら否定はしたが。
蘭が大人しくなったのをみてうなじを押さえた手が離れ、うつ伏せになった身体の隙間に入りこんでローブの紐をしゅっ、と引く。
「あ、やぁ…」
ちょっと身を固くするが、
「キレイになってきたんだろ?だったら、見せろよ」
耳元で囁かれる声に捕らえられ、ちょっと頼りないくらいあっけなく、ローブはするりと身体を離れていった。
腰を覆っていた下着も、さも当然のように取り払う。
部屋の明かりに照らされた、形の整った身体を上から見降ろして、白い背中に浮き出た肩甲骨が天使の翼みたいだ、と思う。
新一の喉は正直にごくんと鳴ってしまった。
蘭の頬は横から微かにしか見えないが真っ赤になっている。
胸が高鳴るのを気づかれないよう押さえながら、指の先端だけでその背中から腰へ至る優雅なラインをなぞった。
蘭が、消え入りそうな吐息を漏らす。
休みなく滑る指先がわき腹を撫で上げて、うつぶせに隠された胸の際の微妙なあたりを掠める。
「ぁん…!」
たまらず出てしまった声に新一はふ、と微笑み返して耳に口を近づけて言う。
「エステでも、そんな声だしたんじゃねーだろうな?」
「…バカ!そんなわけ…ひゃん!」
ついでに耳をぺろっと舐められて蘭がびくんと肩をすくめる。
どこの世界にこんな触れかたをするエステがあるものか。
晧々とつけられた明かりのしたで、素肌を晒されて。
ちりちりと焼かれてるように感じるほど熱い視線で見つめられて。
繊細で、でもじれったい、指先だけの愛撫をされて。
「だめ…新、一…」
声が震えて、掠れる。
慣れないシチュエーションにやたらと感度が良くなってしまっている蘭に、新一は気を良くして益々丁寧に、肌に指を滑らす。
「あ…ん…」
「気持いいか...?」
「……//////」
口をつぐむ蘭の耳元にまた近づいて、キスを贈りながら促す。
「ん??」
「………イイ…」
小さく震える声での答えに、満足げに新一の手は形のきれいなお尻をきゅっと柔らかく掴み上げ、そのまま腿の内側に滑りこむ。
「やっ、あん…!」
蘭が身体を捩って逃れようとするのを捕まえる。
「逃げんなよ…」
もうあたたかく濡れはじめていたそこに指が触れ、その反応の良さに新一がくすりと笑う。
「…そんなに感じた?」
「やぁっ…!だっ…て新一が…」
「ん?俺が、なに?」
意地悪く囁くと浅く含ませた指を軽く動かす。
「…ん…バカァ…」
蘭の声が微かに潤むのを聞きとって、これ以上イジメて拗ねられても困る、と新一は一旦手を離して、力の入らなくなっている身体を優しく返し、仰向かせる。
眩しそうに顔を顰めて今更身体を覆おうとする手をやんわりとベッドに押さえると部屋の明かりを絞った。
そして今日初めてその唇に深くキスすると、ようやくこういう時本来触れるべき場所に手を這わせ、唇で触れる。
愉しむように、ゆっくりと。
胸も腰回りも、触れただけで蕩けそうなほど柔らかい。
さっきまでのじれったさとはうってかわったダイレクトな触れ方に、蘭の身体は一気に熱を持った。
「あぁっ、ん…しん…ち…」
「蘭…ほんとに、すごくキレイだよ」
両胸を手に包み込みながらそのふくらみの柔らかい表面をきつく吸い上げる。
「はぁっ…!」
切なそうに喘ぐ蘭の息遣いを聞く自分も呼吸が乱れる。
始めはからかい混じりでやっていたのに、気がつくと…
(…俺が、夢中じゃね〜か)
掛け値無しに美しいこの身体も、しっとりと手になじむ肌も自分の愛撫に応えてあがる甘やかな声も、
この身体の内部につながる、秘めた場所も。
全部自分のみが知ることのできるものだと思うとたまらなく興奮した。
数え切れないほど抱いたはずなのに、何故この身はいっそう貪欲に、飽くことなく求めてしまうのだろうか。
自分の腕の中で、身体を支配する快楽に震えて縋りつく存在が例えようもなく愛しい…
「ら、ん…愛してる…」
「あ…新一…」
首元にかぶりつく唇の熱に、たまらず蘭が顎を仰け反らせる。
そのまま奪い尽くすようにまたきつく吸い上げる。
「もぉ…だ、め…」
激しく乱れる呼吸の合間にやっと呟く蘭の目のふちにたまった涙をそっと指で拭ってやりながら
「…俺も。」
そう言って予告も無しに新一は、その身を蘭に繋いだ。
「はぁっ…!あん…!」
「…っ…」
お互いの熱が絡み合う感覚に2人とも一気に追い詰められる。
新一にももうあまり余裕はなくて、そのままぐ、とより深く腰を進めた。
「…しん…いち…っ!」
「蘭、中も…すごく、イイよ…」
蘭の内側がざわざわと絡みつきながらぎゅっと締まる。
「んっ…!」
危うく弾けてしまいそうになるのをなんとか堪え、細い腰を抱え上げる。
より深い繋がりと熱を求めて何度も夢中で突いた。
動きに合わせて蘭が短く甘い悲鳴を上げる。
「はぁぁっ…!あん!あぁん!!もぉ…やぁっ…!!」
それを耳に心地よく聞きながら自身にもそろそろ迫った限界を感じ、
蘭をぎゅっと抱きしめて耳元で熱っぽく囁く。
「…いいよ、イッても。俺も…そんなに保たねー…!」
「ん…あぁッ…!新一、新一…!!」
「…蘭…!」
意識が真っ白に弾け飛んでしまう直前、蘭は自分をしっかり抱いていてくれる優しい腕に懸命に縋りつき、自分の身体の奥で新一の熱も弾けるのをはっきり感じた。
そのまま、お互いを抱きしめ合って眠りの淵に沈んで行く。
「…蘭。」
「……」
「…怒ってますか?」
「怒ってます。」
翌朝、園子にプールに行く約束のキャンセルを詫びる電話をいれ、受話器を置いた蘭に話しかけた新一だったが、ばっさりと切り返されて苦笑した。
「しょうがねーだろ。つい、な。」
「開き直ってんじゃないわよ…」
余程怒っているのか目も合わせてくれない。
それでもそむけた頬がうっすら赤く染まっているのを可愛いと思いながら新一は笑って言う。
「だいたいな、おめーも悪い。」
「え、なんでよ?!」
「…こんなにそそるカラダしてなきゃ俺だっても少し淡白になれるんだよ。」
「…?!こ、このバカ…!!」
しゃあしゃあと言う新一に唖然としたのち、恥ずかしさにますます赤くなりながらクッションをぶつけた。
それを軽く受け流しながら蘭の腕を素早く引き、抱き寄せてその胸元を覗きこむ。
にやっと笑う新一を睨みながら蘭は赤い花びら模様がべたべたと付けられた素肌を襟を掻きあわせて隠した。
…いくら園子が親友でも。
プールの他の客は見ず知らずの人間ばかりだったとしても。
…このキスマークだらけの肌を水着で晒せるほど、蘭は大胆な女ではない。
そんなわけで中止を余儀なくされてむくれる蘭に、新一はふと思いついたように言う。
「…しかしあれだな、おめーの肌の美しさは俺の精進の結果だな。頑張った甲斐があったよ。」
「はあ…?」
何をわけのわからないことを、と言わんばかりに眉を顰める蘭の眉間を皺ができるぞ、と指で撫でながら、
「エステって、要するに風呂上りに裸でマッサージされるんだろ?俺がおめーに毎日してることとほとんどかわらねーじゃねーか。まさに『美は一日にして成らず』だな。」
そう言ってくくっと笑う。
「な…//////新一の…バカ!エッチ!!」
ぽかぽかと自分を叩く蘭の手を押さえながらともかく蘭の珠の肌を人目に晒すことを阻止したことにひとり満足しながら、さて、あとは…すっかりお怒りのこのお姫様の機嫌を今日一日でどうやってなおしてやろうか…と、新一は愉しそうに笑った。
end
作者様後書き
しんいちくんはエステと○○マッサージ(伏字の部分は自主規制)
とを勘違いしているようです(こらこら)
むかし、エステの体験をした時にメンズコースもあると聞いて
「男性のお客さんにはやはり男性のエステティシャンがつくのですか?」
と突然取材。(今思うと変な客だと思われただろうな〜)
妙齢の美人エステティシャン嬢のお答えは
「いいえ〜、私たちがさせていただきます〜v(にこ)」
そ、それはもうほとんどフーゾクでは…
とうっかり思ってしまった当時19歳の自分にロケットパンチ〜。
…この話し、いろんな意味で大丈夫でしたか?
読んでいただき、ありがとうございました。
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