ロンドンの夜
by 槇野知宏様
私がシャワーを終え、バスタオルを巻いたままベッドルームへ向かうと、探さんはベッドの横に腰掛けて私を見つめている。
「探さん、どうなさったんですの?」
「湯上りの紅子さんも色っぽいな、と思いましてね」
「2月も遭っていないと、お世辞も上手になったじゃありません?」
「お世辞じゃなく、僕の偽らざる本音ですよ」
毎週末、私はロンドンにある探さんのアパート、彼はパリにある私のアパルトマンという具合に行き来して逢瀬を重ねていたが、ここ2月は遭っていなかった。
これは探さんが大学生と探偵という2つの職業をこなしているためであり、彼と関係を持ってから覚悟してきた事だからしょうがない。
「紅子さん、何か飲まれます?湯上りの1杯も格別ですよ」
「そうね。頂こうかしら」
ベッドの横の小机にはワインのボトルとグラスが用意されているが、探さんが飲みかけのものしかない。
「あら、グラスが足りない・・・取ってきますわ」
勝手知ったる探さんの部屋なので、何処に何があるのかは十分に把握している。
グラスを取りに行こうとして足を踏み出そうとした時、彼の声が耳に響いた。
「別に取りに行く事はありませんよ、紅子さん」
「えっ!?」
その言葉の意味が分からず振り向いた私の唇を探さんが自分のそれで塞いだ。
同時に甘い液体が喉、そしてワインの香りと彼の匂いが鼻腔を通過して行く・・・2月ぶりの探さんの匂いに陶然としてしまう。
「な、何なさるの?」
「いえ、久しぶりに紅子さんを抱けると思ったもので・・・いけませんでしたか?」
「そんな事はないですわよ、探さん」
そして再度、唇を合わせる。これが“探偵印・絶対零度のカミソリ”(黒羽くん談)と称される私の愛する男性と私の関係。
ベッドに寝かせられ、下から探さんの表情を伺うと、優しげな表情が浮かんでいる
部屋の明かりは全て消され、明かりと言えばカーテンを敷いた窓の隙間から差し込む程度の月の光。
探さんの両掌が私の頬に密着し、上から彼が私を見つめている。
「紅子さんの髪や瞳って光加減によっては深紅や緋色、そしてルビーを溶かし込んだような赤・・・その色があなたの妖艶さを際立たせる」
「もう探さんったら・・・ホント、口が上手になった事」
そう言って、どちらからともなく唇を合わせるが、2ヶ月という長い期間を置いていたためか最初から激しいほどのキスを繰り返す。
口腔内は舌と唾液が交じり合い、私と探さんは遭えなかった月日を取り戻すかのように互いの身体を貪るように求めた。
いつの間にかバスタオルはベッドの下に落ち、私の裸体は2ヶ月ぶりに彼に晒されている。その火照った体に室内のひんやりとした空気が何とも心地よい。
その間にも探さんの唇は額、頬、唇、首筋、胸へと降下するが、胸まで来た時に動きが止まった。
止まったかと思えば左胸の突起を口に含み、左手で右胸を触る。
胸への1点集中攻撃に身体の奥から快感が上昇する。
「んっ・・・」
「気持ち良いんですか、紅子さん?」
「探さんの意地悪。胸ばっかり攻めるんだから」
「だって、紅子さんの弱いところですからね。相手の弱点を衝くのは当然の策ですよ」
そう言いつつ口に含んでいた乳首を軽く噛むと同時に、全身に電気が走ったかのような感覚に囚われる。
「あんっ・・・も、もう・・・さ、探さんったら」
このまま彼にイニシアティブを取られたままというワケにはいかない。
私とて彼の弱点を知っているのだから。
言う事を聞かない身体を総動員して、彼の弱点である箇所を攻める。
彼の胸、うなじを啄ばむように舐め、耳の後ろに息を吹きかけた。
「くっ・・・紅子さんも・・・やるじゃないですか」
「当然ですわ。私もやられっ放しではないんですよ」
上体を起こして艶然と笑う私に探さんが唇を合わせてくるが、彼は指を私の秘所を行き来させ、負けじと私も探さんのものを上下に愛撫する。
ようやく唇を離すと、唾液が糸を引き、それが月光に反射して怪しく光り、互いの身体もうっすらと汗をかいていた。
私をベッドに横たえた探さんが、上から私を見つめる。
「紅子さん、もう・・・よろしいですか?」
「ええ」
頷いた私の中へ探さんのものがゆっくりと侵入して来た。
「あっ、はあぁぁぁんっ」
探さん自身が完全に体内に侵入したと同時に私の全身が震える。
別に痛みとかではなく久しぶりの快感に身体が打ち震えているのだ。
「あっ、あんっ・・・探さん、好き・・・」
「僕も紅子さんの事が好きですよ・・・世界中の誰よりもね」
彼が動く度に紡ぎ出される言葉。これは1人の男性を愛する1人の女性の本音。
やがて動きが速くなると前後して淫靡な水音が室内に響く。既に私は限界点に達しつつあった。
「紅子さん、僕もそろそろ限界ですけど・・・」
「ん、んんっ・・・も、もう・・・溶けちゃ・・・」
体内に入っていた探さんのものが膨張したのを感じた瞬間、体内が一気に満たされた感じがした。
事が終わった後は彼の腕か胸を枕にして眠るに限るのだが、後ろから探さんに抱き締められて眠るのも悪くない。
今夜は後者だったが、ふと私はワインが置かれている小机の引き出しから顔を覗かせているエアメールに気付いた。
「探さん、これ・・・」
「ああ、それは結婚式の招待状です」
「結婚式の招待状って、誰と誰ですの?」
「黒羽くんと中森さんですよ・・・吉事が続くのは良いんですけど、立て続けにこられるとね」
確かにその通りだ。ここ1年で知り合いが立て続けに結婚してしまい、出費もバカにならない。
「そうですわね。でも、探さんは出席するつもりなんでしょ?」
「“紅子さんが一緒に帰国する”って、言ってくれるなら帰国しますよ」
「もう、探さんったら」
そう言って私たちは今夜何度目になるか分からないキスを交わした。
こうしてロンドンの夜は更けていく。
終わり
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