Lovers night



by 槇野知宏様



風呂上がりに台所へ寄って、冷蔵庫から冷えた缶ビールを1本取り出す。
タオルで濡れた髪の毛を拭きながら寝室に入ると、ラフな格好をした美和子さんが床に横座りしてプロレス雑誌に見入っていた。
職場での彼女といえば「都民の平和と安全を守る警察官」の見本と言うべきビシッとした服装をしている。
今は自宅という気楽さもあるのだろうが、身につけているのは下着と首の部分がよれた男物のTシャツだけ。
缶ビール片手に雑誌をめくっている姿―――外では見せる事のない完全にプライベートな素顔の美和子さんがオレの目の前にいた。

「渉くん、どうかした?私の方をじっと見て」
「昼間の格好も良いけど、そういう格好も良いなって思いましてね」
「誉めて貰っても何もしないわよ?」
「そういうのは最初から期待してませんよ」

苦笑しながら彼女の隣に腰を下ろすのだが、自然に美和子さんの方へ視線が動くのは致し方ないだろう。
洗いざらしの髪、湯上がりの肌、雑誌のページをめくりながらビールを飲む動作を見てたら、職場の上司兼奥様が可愛く見える。

「美和子さん」

オレの声に振り向いた彼女の唇を塞ぐと口腔内から微かにビールの匂いが漂い、キスが深くなっていく度に彼女とオレの唾液が嚥下していく。

「い、いきなり何をするの?」
「ん?あなたを見てたら・・・つい」
「だったら私も反撃するけど、構わないでしょ?」

その瞬間、オレの両手首は彼女の右手内に取り込まれてしまった。反撃しようとしても手首を完全に極められているので身動きがとれない。

「ちょ、ちょっと美和子さ・・・」

抗議しようとした口を即座に塞がれ、熱い吐息と互いの舌が絡み合う音が部屋中に響く。
ちらりと彼女の方を見れば、その顔に浮かぶのは小悪魔的な笑顔。
美和子さんを見ていると、だんだんと彼女のペースに引き込まれてくような感じがする。
手首が自由になるのを確認して、彼女の背中に腕を回しつつ耳元で囁く。

「あのですね、美和子さん」
「渉くんが私のスイッチを入れたのが悪いのよ」
「そいつは悪うございました」
「うん。分かれば宜しい」

彼女の髪を撫でながら、互いに笑い合う。


オレが上で彼女が下という体勢をとると、体からほのかに石鹸の香りがして、体の奥底にある神経を刺激してくる。
肌にキスするという行為だけでも“跡を付けるのが怖い”“その柔らかさに溺れてみたい”という二面背反に囚われるんだよなあ。
しかし美和子さんの潤んだ瞳と唇から漏れる吐息が、前者の考えを強制的に押さえ込むのには十分過ぎるほどだ。

「凄く色っぽいですよ。何かオレ、我慢出来ないかも」
「わ、渉くんったら、からかわないでよ」

美和子さんの耳元で小さい声で囁くと、怒りと艶が混ざった声を出す美和子さんだが、その声が余計にオレを刺激する。

「す、すみません・・・でも言ってる事はホントですから」

そう言いつつ頬にキスをして首筋に舌を這わせ、右手でTシャツの上から胸を揉むと彼女の口から微かに声が漏れ聞こえる。

「渉くん・・・あなたがそうなら私にも考えがあるわよ」
「へえ。どういう考えですか?」

彼女の首筋から唇を離して答えた瞬間、今まで上だった体が下に入れ替わった。
声を出す間もなく、ただ見上げる視線の先には美和子さんの顔。頬は上気しているが先刻と同じ小悪魔めいた表情が浮かぶ。

「な、何ですか?」
「さっきのお返し」

そう言いながら彼女は顔を近づけてくる―――瞬間、背筋を電流が走った。
確かにオレと同じパターンで攻めて来るのだが何かが違う。そのまま快楽に溺れてしまって良いくらいだ。

「何か渉くんの声って可愛い・・・これならどう?」

耳たぶを舐めながら、そんな事を聞いてくる・・・オレ、そこまでしてないんですけどね。
さすがにやられっぱなしというのも何なので、空いている手を直接下着の中に進入させる。

「えっ?ちょ、ちょっと渉くん。駄目だって」

その言葉に耳を貸さず攻勢に転じる・・・って、別にオレと美和子さんは戦闘をやってるわけじゃない。
左手は下着の中、右手は彼女の首の後ろを固定した状態でキスの雨を降らせると、次第に白い肌に赤い斑点が増えていく。
キスをしながらTシャツを脱がせ、今度は双丘への一点集中攻撃を繰り返していくうちに左手指が湿り気を帯びてきて、美和子さんの吐く息も通常より熱く感じる。

「だ、だから・・・それ、止めて」
「どれを止めて欲しいんです?」

わざとらしく聞いて両手の動きを強くしてやると、彼女の身体が震えたと思ったら、操り人形の糸が切れたかのようにオレの方へ倒れ込む。
倒れ込んだ後、オレに覆い被さった状態で息をしているが、その身体からは色気が立ち上っているかのようだった。

『まずい。調子に乗り過ぎた』

いささか焦ったオレは美和子さんを抱えてベッドに移動させると、シーツの上にゆっくりと下ろして様子を伺う。


「あ、あの・・・大丈夫ですか?」

心配になって奥さんに顔を近づけた瞬間、両腕が伸びたかと思うとオレは彼女の胸に押し付けられてしまった。
動こうにも両手で後頭部がロックされているため動けないし、胸で口と鼻を押さえられているため呼吸も満足に出来ない。
ある意味では拷問だが、視点を変えればなかなか気持ち良いもの・・・って、オレは中年のオヤジか?
いくら何でも呼吸困難には陥りたくない。オレが慌ててベッドのマットを数回叩くとロックが解けた。
新鮮な空気と共に蠱惑的な匂いが入ったので、顔を上げると顔を真っ赤にした美和子さんがオレを睨んでいる。

「み、美和子さん?」
「さっきから“止めて”って言ってるのに、どうして渉くんは意地悪するのよっ」

そう言いながらだんだんと近づいてくるなぁと思ったら、オレの腰へ跨って見下ろす体勢を取る。

「あの、これは何なんですか?」
「さっきの仕返しに決まってるでしょ。高木巡査部長?」

艶やかな笑みと共に美和子さんの手がオレ自身を掴んだと思ったら、それを自分の中に進入させたのだ。
オレの一部が彼女の中に入った途端、オレは悲鳴を上げていた―――悲鳴というには大ゲサだが声を上げたのは事実である。

「あら、女の子みたいな声出して・・・ホント、可愛いんだから」

重ね合わせられる唇と絡み合う舌が奏でる微かな音が部屋一杯に響く。
唇が離れて美和子さんの口から唾液がオレの首筋や胸に滴り落ち、それに沿って彼女の舌が生き物のように動き回る。
無論、舌の動きと平行して腰も動いているものだから、押し寄せる快楽というものは並み半端なものではない。

「ぐっ・・・うわっ」
「どうしたの、渉くん。さっきからそういう声ばっかりじゃない?」

今まで夜の時間といえばオレが最後までリードしていたが、今回は美和子さんがリードしてるようなもの。その所為かオレを襲う快楽は、前者より後者の方が圧倒的に強く激しい。
外気に晒されているにも関わらず、汗と唾液、そして愛液で張り付いた箇所が熱を帯びて熱く感じる―――ハッキリ言ってもう限界寸前だった。

「ね、ねえ・・・わ、渉くん・・・は、反省し・・・た?」
「え、ええ・・・反省しましたけど・・・もう限界ですね」

美和子さんも臨界点を突破寸前らしく言葉も途切れがちで、オレを押さえ付けていた体力の方も無くなりかけている。
最後の力を出して腹筋を利用して上体を起こすと、そのまま彼女を抱き締めて囁く。

「美和子さん、大好きです」
「私も大好きよ。渉くん」
「じゃ、動かしますよ?」
「うん・・・」

暫く抱き合っていたが腰をゆっくりと動かしていくと、全身の筋肉が強張ったような感覚に陥る。
それと平行してオレのものは一気に締め付けられ、中身を全て吐き出すと同時にオレはベッドに倒れ込んだ。

「美和子さん、大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫・・・」

まだ整えていない息遣いは荒く、密着した肌から美和子さんの鼓動が聞こえる。それを聞きながら彼女に優しくキスをしてこう切り出した。

「明日は非番だったでしょう?お義母さんも留守ですから一日中こうしていませんか?」
「・・・了解。それも悪くないわね」

そう言って美和子さんは小さく頷くと、了承の意味を込めたキスをオレにくれた―――そういう非番の過ごし方も悪くないかもしれない。


                                                          終わり






言い訳ともいう後書き


河野宏彦です。HNを変更して初の「ラブ天」ネタですが、僕としては「初の裏ネタ」というイメージがあります。
前回書いた「a passion mark」から半年近く経過していますので、そう思ってもしょうがないですが(苦笑)
今更言うのも何ですが、ホントに裏は難しいです。表ネタを書くより数倍は精神力、体力そして画力をフル回転させますので。
「タイガースの1勝は他球団の2〜3勝、1敗は2〜3敗に匹敵する」と、心の師匠H・Sさんが言ってましたが似たようなものです。
「裏ネタ1本は、表ネタ2〜3本を書くだけの体力、精神力、画力を要する(by 河野宏彦)」以上、河野でした。

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